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2016年7月28日 (木)

ドナドナ?

馬車の歴史  ラスロー・タール  平凡社

 マジでタイトル通りの本なんですが、正直な感想としてはマジっすか?でして、うーん、馬車一つで世界史が語れるんだなぁとちょっとおろろいた…で、その場所について紀元前から今でしょ(死語?)まで語れるって、作者何者?というか、これは相当に凄い資料の山がないとできないんじゃなかろーか?

 そんな訳で図も多いんですけど、違いが分からない読み手なので、特に最後のコーチなんて、馬車的にどこがどーしたらそれなのかの違いがいまいちピンと来ないので申訳なくなってきたりして(笑)

 そして本書の初っ端は、「馬車を発明したのは誰だろうか?」から始まるんですね(笑)何とゆーか今は昔の物語りで、そんなの関係ねぇー(死語?)もとい知るよしもなしの世界じゃね?なんですけど、「たいていの発明がそもそも知識の積み重ねという性格であるにもかかわらず、往々にして個人の名前と結びつけられたり、百科事典の項目に個人の名前で出ていたりする}の件は、実に欧米か(死語?)の感覚じゃね?あっ欧米の正義か(笑)

 でもちょっと待ったぁーっで「とはいえ、ある発明の来歴を過去にさきのぼっていくにつれ個人の名前はあまり見られなくなり、やがてある時点に達して-近代の初め頃であることが多い-そこを過ぎると名前の記載はいっさいなくなり、登場するのは神話の神々だけになる」そで、しかも「神話の中では、発明は伝説上の神々に帰せられることが多い」とな…いと、まっとーとおぼしきよしですけど、一応、欧米か(死語?)では断り書きを入れないといけない課題らすぃ(笑)本当、何でもかんでも個人で回っていると思っている人達なんだなぁ…

 かくて「馬車の発明を一人の人間に帰することはできない」となる訳で(笑)それはもー日々の積み重ねなんですよ、奥さん(誰?)って事か(笑)

 とゆー訳で車輪の前からキタコレになるのか?よーするに荷物を運ぶのにどーしたら楽にいぱーい運べるか?で、まずは引きずってじゃね?とゆー事にならね?先史時代キタコレってか?

 アリス的に馬車…うーん、移動手段としては電車か車かのノリだからなぁ…まっ都市生活ならそれ二つがメインか?だいたい現代日本で馬車って、皇居に新任の大使がキタコレの時とか、皇族のご成婚パレード位か?それも昨今車のよな気がするが?てな訳で日常に馬車を見る事って殆ど無くね?

 国名シリーズ的にはペルシャきたこれですかねぇ?「ペルシア人は、ナポニドス王の生存中にバビロニアを征服した(紀元前五三八年)」そで、「ペルシア文化は戦車をあらわす独特の表現にかわって、新しいスタイルの表現を生み出した。すなわち、戦車にかわって台頭してきた騎兵である」とな…とこちらの詳細も本書をドゾ。ちなみにダレイオス三世の時にあのアレキサンダー大王の合戦キタコレになるらすぃ…

 後はスウェーデン館的に「一七四八年にチヴィック(スウェーデン南西部、スコーネ地方)で発掘された巨大な石櫃」は「北方の青銅器時代のものとみなされている」そな…その石櫃に「戦車の輪郭が描かれ、四本のスポークがついた車輪も二つ見られるのだ」そな…

 また「ヨーロッパ北部の青銅器時代からは、二輪の戦車や四輪のワゴンが描かれた岩壁画が知られている」そで、「そこに描かれたワゴンの構造的な特徴のいくつかは今日まで生きのび、スウェーデンの田舎やフィンランドの南西の一部で使われている四輪車に同じ特徴が見られる」んだそな…そーだったのか?ヴェロニカさん?

 近代キタコレでは「ニュルンベルクの機械工ヨハン・ハウチュは手動のはめば歯車と梃子の働きで「自動的に」動く馬車を組み立てた」んだそな…どんな馬車かの詳細は本書をドゾですが、「ハウチュはこの車に乗って、一六四九年のニュルンベルクの街をパレードした」んだそな…そして「スウェーデンの皇太子カール・グスタヴはハウチュを訪ねて、この車を五〇〇ライヒスターレルで買い取った」とな…ちなみに「戴冠式のパレードにこれを参加させた」そーですから、お察し下さい(笑)

 英国庭園的には「エームズ(ウィルトシャー)近郊にある有名にイギリス青銅器時代のモニュメントは巨石を円形に並べた遺跡」なんだそな…詳細は本書をドゾですが、「モニュメントのそばには、戦車競走のために特別に建造された長さ二七〇〇メートルのレース・コースもあった」とな…

 他には、46番目の准教授の趣味の一つケルトから、「ケルト族は古代人のなかでも、とくに優秀な馬車造りだったからである」とな…詳細はこれまた本書をドゾですけど「イギリスでは、ほかのどの土地よりもあとまで、ケルトの戦車が生きのびた」んだそー(笑)

 まぁ何にしてもローマ崩壊以後、「イギリス諸島の住民もローマの交通システムを維持しようとは思わなかった。かつて道路だったところは、ふたたび「緑の道」になった」とな…文明とはインフラを維持できるか?否か?それが問題だってか?

 ついでに治安もねで「一三世紀には道路の治安があまりにも悪くなったために、セント・オルバンズ大聖堂の参事会員たちは武装した男たちを雇ってロンドンの道路を警備させた」って言うから、こちらもお察し下さいじゃね(笑)ゆかいなロンドン楽しいロンドンってか?

 さて、近代キタコレで「通説によると、イギリス諸島にコーチを紹介したのは、女王エリザベス一世の宮廷に仕えるオランダ人の馭者ギリアム・ボーネンで、一五六四年のことだったという」とな…ちなみに「イギリスのワゴンもやはり起源は大陸で、オランダからイギリス諸島に渡ってきたものだった」そな…かくて「コーチは宮廷や貴族やブルジョワ階級にとりいれられたが、一方、農民はワゴンを好み、しだいにワゴンがカートにとってかわるようになった」とな…そーだったのか?ウルフ先生?

 英の馬車事情というか変遷についての詳細は本書をドゾ。ちなみに「イギリス紳士はコーチなしでは暮らせなかった。町に出る交通手段はそれだけだったからである。一八世紀のイギリス人が家にじっとしているのに飽きたことは、イギリスにおける重要は発展とみなされている。人びとは一年のうち少なくとも二週間から数か月間は海辺で過ごしたり、有名な競馬を見に出かけたりするようになった。「グランド・ツアー」の習慣もその頃から定着するようになり、旅するイギリス人は大陸でも悪名を馳せるようになった」とな…なるほろ英国紳士(笑)

 他にも「ロンドン市長のコーチは、イギリスでもとくに有名なコーチの一つであり、由緒のあるものだった」そな…「一七五七年十一月のチャールズ・アスギロン卿の就任式に使われたもので、車全体にすばらしい彫刻がほどこされていた」そな…ところがどっこい「「これまで作られたなかで最高級の馬車」は、建築家のウィリアム・チェンバーズが設計したイギリスの皇室馬車である。その壁の絵は一七六一年にジョヴァンニ・バティスタ・チプリアーニが描いた」そで…なんつーか、これらの馬車の画像みる分には、シンデレラの南瓜の馬車並にデーハーなんですが(笑)

 さて、准教授やアリス的には郵便馬車強盗の件のエピかなぁ?「一八世紀半ばまでにイギリスでは郵便泥棒があまりにも増えたため、一七六五年には郵便馬車強盗および銀行券と小切手の入った手紙を盗んだ者は死刑に処せられることになった」って、ドンダケェー(死語?)

 犯罪つながりで、「犯罪者を牢獄へ、また死刑囚を処刑に運んでゆく特殊なカート」とかどよ?で、「死刑囚を運んだ例で最も有名なのは、マリー・アントワネットをギロチンまで運んだダンブリルだろう。この「転がる棺桶」はフランス革命の時代には有名な車だった」そな…

 英面白豆知識的には、「一七八六年には、エディンバラとロンドンの間に運航時間の決まった郵便馬車が走るようになった」とな…「これまで六日六晩かかっていたこの旅が、わずか二泊三日に短縮されたのである」で、ある意味高速馬車キタコレになるのか?ところが「そのような高速が人間の頭脳に悪影響を及ぼすのではないかと疑問を呈した人もいた。そんな異常なスピードで旅をした男女は脳に障害を起こして、ロンドンに着いたとたんに頓死するという噂が流れた」ってドンダケェー(死語?)しかも「ドイツ人の教育家ヨアヒム・カンペは、あまりの高速のために、ヤーマスからロンドンまでの旅のあいだ、郊外の風景が一つも見えなかったとこぼしている」って、ホンマでっかぁーっ?(笑)是非ともカンペ氏にはのぞみに乗っていただきたい、できれば山梨のリニアにも(笑)

 さて、馬車の歴史ですが、人が引きずる、動物が引きずる、で、ながえキタコレになるのか?どゆ事とゆーと、2本の棒を馬とかの両脇にくっつけて長く垂らす事にすると、その後ろの2本の棒のスペースに荷物をくくりつけて引きずって運ぶという算段らすぃ…非常に原始的な荷物の輸送方法だけど、確かに簡単に運べるよなとゆー…

 まぁ紀元前からキタコレらすぃが、驚くべき事はこの手のソレってつい最近まで使われていたとこらすぃ…こー言っちゃあ何だが、長い棒が二本あれば何とかなる訳だから、製作コスト的にはあると思いますなのか?技術的にも?

 で、車輪はいつどこ?になるのか(笑)何しろ馬車の歴史ですから、「車輪のない馬車というものはないから」そこが問題じゃね(笑)コロからきた説とか、糸紬からきた説とか、更には象徴としての車輪キタコレってか?

 とはいえ「現実に使われた最初の車輪が一枚板のものだったことははっきりしている」とな…よーするに丸太の輪切りって事らすぃ…勿論、これは「こわれやすいという大きな欠点」もあるけど、でも簡単に作れるじゃまいか?ですよねぇ(笑)こちらの車輪発展史については一筋縄ではいかない模様なので、詳細は本書をドゾ。

 その点では、車軸、車体、梶棒とながえ、くびきも詳細は本書をドゾ。

 それにしても、くびきをくっつけるには二つの方法があって、一つは「二頭の動物にくびきをかけるやり方」、も一つが「一頭の動物を二本のながえのあいだに置くやり方」だそな…これで何が分かるかとゆーと、「ユーラシア大陸が、一本の梶棒にくびきでつないだ二頭立ての地域と、二本のながえに一頭立ての地域とにはっきり二分されるのだ」とゆー事らすぃ…ちなみにその境界線は「バルト海から始まって南の方向に走り、やや東寄りにそれてカスピ海を通ってからアルタイ山脈に沿って中国の南の辺境に至る」そな…でもって「この線の左側は二頭立ての地域であり、右側の地域は一頭立てのタイプが使われる」とな…そーだったのか?西、東?しかも「こうした分布は紀元前一〇〇〇年という早い時期から見られ、ほとんど変化がないまま、つい最近までつづいてきた」とな…不思議なのはこの二つの地域はそれなりに文化交流もさかんだったのにも関わらずですから(笑)この手の伝搬って?

 それもともかく、現代人が忘れ勝ちなとこその二で「道路のない時代に荷物を長距離にわたって運ぼうとしたら、原始的な車輪付き運搬道具-ワゴンやカート-を使うよりも、人間が運ぶか、動物の背に乗せて運んだほうがずっと便利だったはずである」の件じゃね?現代人だと道って普通にある気がしていたら、世の中どーもそーじゃなかったんじゃねでして…

 さて、歴史キタコレで、通説では馬車を発明したのはシュメール人じゃね?とゆー事らすぃが、それほど簡単な話じゃないらすぃ…詳細は本書をドゾですが、それでも「車輪付きの運搬具を初めて使ったのがシュメール人であることは疑問の余地がないとされている」そで…エジプト発祥ではなかった模様…この辺り、それぞれ考古学者的には決着ついたって事なんだろか?

 詳細は本書をドゾですが、そしてバビロニア、エジプト、アッシリアと戦車キタコレにもなるのか…「馬という助けを得て、戦車は本当に重要な武器になった。そして同時に、力と神聖さの象徴となった」とな…王様は戦車に乗るってか(笑)

 ちなみに「戦車がエジプトに伝わったのは、紀元前一六七〇-一五七〇年頃のヒクソスの侵略によってだった」そで、エジプト的には馬車とは、荷物の運搬ではなく、戦車の道具が初めて物語らすぃ…何だかなぁ…

 その他昔の名前で出ています系はいぱーいあるので本当本書をドゾとしか言えねぇの世界なんですが、インドの場合はインダス文明が紀元前三〇〇〇年前から「車輪付き運搬具をもっていた」んじゃね?もあるんじゃね?とゆー事らすぃ…

 も一つ、アレなのは輪廻転生…の輪廻って、車輪キタコレになるのか?「苦難にみちた「人生の車」」って…こーして見ると仏教って車輪的な比喩、お言葉がいぱーいってか?とゆー事らすぃのでこちらの詳細も本書をドゾ?もしかしてお釈迦さまは車輪がお好きってか?まっ逆に言えば、それだけ当時の印では車輪が身近なものだったんだろか?

 他にも色々ありますが、ギリシア文明キタコレもあるのか(笑)まぁ戦車キタコレの方は本書をドゾですが、「紀元前七〇〇年頃、戦車は戦争の道具としては使われなくなり、それ以降は狩猟や競争だけに使われるようになった」とな…

 ちなみに「戦車競走は、満足に走れる戦車ができたと同時に生まれたと思われる。とはいえ「組織化」された「定期的」な戦車競走がはじまったのはオリンピック競技会が始まったとき、すなわち紀元前七七六年からだろう」とな…なるほろ、昔の五輪には戦車競技もあったとなの世界か?これがローマならベンハーの世界か?

 そしてローマへですけど、こちらはもー他のとこと違って、馬車もそーですけど、何より道路をマジで造りましたが、何か?の世界でして、そこで乗り物キタコレは間違いなしじゃねでして、こちらの詳細は本書をドゾ。

 まぁそれは「ローマ帝国の滅亡ののち、技術全般、とくに交通システムはヨーロッパ全域にわたって劣化の兆しを見せた」ですから、お察し下さいじゃね?成程、メル〇ルってか?

 メロヴィング王朝(仏)から続く交通の茨の道についての詳細は本書をドゾ。まぁ「ヨーロッパでも、かつてローマ帝国に属さなかった地域の道路についていえば、ローマ人が築いたあとで放置され劣化していった街道以上にひどい状態だった」そですから…そんな訳で「車に乗って旅をするのは貧しい田舎者だけだった。騎士や貴族は騎馬で旅をし、若いご婦人たちですら馬に乗るほうを好んだ」そで、「聖職者や修道士ですらラバに乗って旅をしたのである」って言うからドンダケェー(死語?)

 そんな訳で「西ローマ帝国の崩壊から今日までの六世紀間」を見てみると「馬車の構造や繋駕法において、それ以前のものと大きくかけ離れたものはない」そな…だがしかし、自作農達は「自分の利益のために農業生産の方法や農具を改良しようとした」訳で、結果「カートやワゴンの近代化がなされ、さらに繋駕法にも改良が加えられて馬の牽引力をフルに活用できるようになったのである」そな…ちなみにこれは「馬にかぎったこと」だそで…「中世はおろか現在にいたるまで、牡牛の牽引力をさらに増すための工夫は何一つなされていないのだ。この五〇〇〇年間、くびきには何の変化も見られない」って、ホンマでっかぁーっ?

 ちなみに「中世には、戦車はほとんど使わななかった」そで、こちらの詳細も本書をドゾ。更に中世になると「古代に見られたような馬車の宗教的な重要性もしだいに失われていった」そで…馬車の権威なんてそんなの関係ねぇーっ(死語?)ってか?

 とはいえ、「一一世紀から一二世紀のあいだに、道路を使う荷物運送や旅行者はますます増加した」そで、「産業革命以前のおもな動力は馬だった」とゆー事で、「道路状況は悪かったにもかかわらず、街道は馬の引く車でしだいににぎわうのうになり、街道の交通量が激しくなるにつれて盗賊の数も増していった」とな…かくて「盗賊の「黄金時代」は一二世紀にはじまった」そな…追剥ぎキタコレってか?

 さて、近代キタコレで、馬車は馬車でも色々あってなの世界が展開していく模様…詳細は本書をドゾですが、例えばコーチの場合、「コーチはたんなる交通手段ではなく、地位の象徴でもあった」そで「コーチの外観の小さな違いからその所有者の地位が読みとれるのだった」そな…仏の場合「皇室の王子や王女、孫などは、深紅のカバーを堂々と誇示していた。コーチのてっぺんに深紅の布を釘で留めつけて、馬車を覆うという特権が許されたいたのだ」そー…「公爵は同じようなカバーをコーチのまわりにゆるやかに広げることしか許されなかった」そで、「「王のカロッス」に乗るには、貴族の家柄が一四世紀までさかのぼれることを証明しなければならなかった」って…差別じゃありません区別ですってか(笑)さすがおフランス様は違う(笑)

 そして、米も輸出で儲けねばの時代もありますたとゆー事で、「アメリカの馬車製造業者はきわめて積極的であり、ヨーロッパの型をもとにして広範な種類の車を製造した」とな…そんな訳で「ヨーロッパ人から見ると、アメリカの馬車は不格好で趣味が悪いように思えたとはいえ、その軽さと頑丈な構造はどこでも評価された」んだそな…

 も一つ米の話題でヒッコリーの車輪キタコレじゃまいか?でして「アメリカから世界各地に輸出され」そで「とくにサラヴァンの商標で製造された車輪は最高の品質だった」そな…軽くて丈夫これ絶対ってか(笑)

 そんな馬車全盛期もやがて二十世紀になると潮をひくよーになくなっていった模様…ホームズの時代はとほくになりにけりってか(笑)「一九〇五年以降、ヨーロッパの宮廷は、がたのきたステート・コーチにかえて自動車を使うようになった」そで、使っているのは「保守主義の生きた化石とも言えそうなオーストリア皇帝フランス・ヨーゼフだけが馬の引く馬車に固執しつづけた」って、さすがリピッツァーってか?

 そして時代はロールスロイスなんですか?そーですか(笑)まぁ今や、リムジンよりエコカーじゃねにもキタコレかもねかもねですけど(笑)

 まぁ日本人的に不思議に思うのは猫も杓子もじゃないけど、特権階級は何台もこれみよがしに馬車買占めというか、着飾ってナンボの世界に突入しているにも関わらず、道路事情には少しも配慮していないとこがパネェ…欧米って本当、個人の持ち物以外は考慮の範疇にないんだろか?公共なんてそんなの関係ねぇー(死語?)ってか?

 都市の中のぬかるみ、水たまり、溝なんてのはまだいー方で、街の外の街道に至っては、「大きな穴があいていた。道路の補修に熱心だったのはオランダだけである」でして、例えば「フランスでは最初にバリ-トゥールーズ間、のちにパリ-アルザス間に街道が引かれたが、この建設は強制労働でなされ、国民に非常に苦役を強いた」とな…成程、これが欧米のインフラの伝統か?

 まぁ治安で強盗問題もパネェでござるだけど、馬車でお出かけって、道の悪さで命がけ、道の悪さに馬車の足、車輪がとられて転覆とか日常茶飯事だったらすぃ…しかも当時、事故って馬車壊れましたましたでJAF呼んだろって訳にはいかないだろし…、道が悪いからスピード出せなくて歩いた方が早いとか…まず、馬車よりインフラだろと思うのは、あまりに21世紀ナイズされた思考なんでしょか(笑)

 ちなみに本書、日本についての記述は殆ど出てきませんが、唯一(?)掲載されているとこが「今日のビルマ、タイ、カンボジア、ラオス、ヴェトナム、インドネシア、日本といった地域は、一部はインド、一部は中国の文化的影響力のもとで発展した。したがって、東洋に広まったさまざまなかたちの車輪付き運搬具もこの二つの帝国が起源になっている」そですよ、奥さん(誰?)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。二本の棒からキンキラキンキンまで馬車の歩いてきた道ってパネェでござる(笑)

 目次参照  目次 交通

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