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2016年8月 1日 (月)

私心と私欲(笑)

ローマ人の物語 37 最後の努力 下  塩野七生  新潮社

 ローマ帝国史も、終盤に入ってまいりました、ディオクレティアヌスの時から風向きが変わってきたなぁと思いつつもまだ心はローマな気がしていましたが、このコンスタンティヌス帝になって、完全にローマなんてそんなの関係ねぇ(死語?)に陥っている事が如実になるよな?

 そんなこんなで本書の冒頭も「歴史家の中には、ローマ史の叙述を、コンスタンティヌスの時代の到来とともにやめてしまう人が少なくない。もはやローマ帝国ではない、という理由によってである」の一文は、非常に重いとゆーか、分かる気にさせられるお話だよなぁと…

 今までは曲がりなりにも市民の為の国家という様相があったのですが、コンスタンティヌスからは完全に、王一人の為の国家になってしまうんですね…なので歴史を追っていっても、男のエゴの物語で、パンピー的には何も面白くないんですよ、奥さん(誰?)独裁者が台頭する世界って、魅力あると思います?がモロに出た感じかなぁ?

 ただキリスト教的には、公認してくれた皇帝って事でコンスタンティヌス素晴らしスの世界ですけど、何事にも裏がある訳で…まぁ何ちゅーか何ちゅーかだよなぁ…

 とはいえ、まだコンスタンティヌスの治世の始まりではキリスト教はマイノリティであったとな…「非ローマ化を、巧妙にしかも執拗に進める必要があったのである」とな…しかも「コンスタンティヌスは、需要とは自然に生まれてくるものとは限らず、喚起することによっても生まれてくるものであることを知っていた「戦略家」、ストラテジーの語源であったギリシア語を使えば「ストラテゴス」であったのだ」そな…

 紀元324年、コンスタンティヌスはローマ帝国の「ただ一人の皇帝」に返り咲いたとな…そして権力を手に入れたコンスタンティヌスは何をしたか?と言えば「新しき首都、新しき政体、新しき宗教による、新生ローマ帝国である」とな…

 アリス的にローマ…何だかなぁ…首都とは何かだけ取り上げれば京都的な立ち位置とは何か?にもなるんだろーか?うーん…

 まぁともかく、コンスタンティヌスの構造改革は、「第一に、既成のものでも使えるものやシステムは、そのままで残して活用する」「第二は、そのままでは不都合なものやシステムは、自分が良しとするものやシステムに改めたうえで活用する」「第三は、それでもなお不都合が多ければ、新しく別に造り出す。ただしこの場合でも、既成のものやシステムでも破壊はせずに「新成」と共存させ、「既成」が、「新成」に人材やエネルギーを吸い上げられて自然に衰微していくのを待つ」が基本路線だった模様…実に老獪な政治家の趣じゃまいか(笑)

 で、首都移転である、百万都市とうたわれたローマからどこへというとコンスタンティノポリス(ビザンティウム)にとな…しかし、ギリシア史上でもローマ史上でも一度も主要な都市になった事のない土地であったりする…海に突き出たそれは確かに要塞都市として機能しそーとゆーのもあったげと、どーもラテン語圏からギリシア語圏への移転という意味もあったよーで…とにかく概ね更地みたいなもんなんだから、コンスタンティヌスの思い通りの都市設計、首都設計ができるってもんじゃね?と…かくて施行は324年、落成は330年5月11日だというから突貫工事乙という事になるのだろぉか(笑)

 どんな都市であったかの詳細は本書をドゾですが、名前からしてコンスタンティノポリスですからお察し下さいの世界か?しかも、一番先に建てたのは皇宮ですから…人民の人民による人民のためのの真逆、コンスタンティヌスのコンスタンティヌスによるコンスタンティヌスの為の都市という事になるじゃまいか(笑)更にローマ的なものの排除、神殿とか、コロッセウムとか、半円形劇場とかありまへーんってか(笑)

 単なる利権集団に成り下がったんじゃね?な元老院も、その実はとゆーか、元はノブリス・オブリージュの精神で成り立っていた訳で…国家、ローマ帝国的に言うならば共同体の為に命を懸けていたとこがあった訳ですが、まぁ間の紆余曲折、変遷の類の詳細は本書をドゾですが、硬直化し、権力をとり上げられては、後は形骸化するしかないとゆー…元老院、放置プレイでオケじゃね?で最早「皇帝コンスタンティヌスの任命した、実権をもたない名誉職でしかなかったのだ」となり果て、勅命にハンコ押しみたいな太鼓持ちになってしまったとゆー事だよなぁ…

 更に軍隊の方も様変わりして、「国境線担当の軍事力と皇帝直属の軍事力の比率が、完全に逆転したのがコンスタンティヌスの時代なのである」でして、今までの安全保障というのは、国境線近くの帝国民の安全も入っていたのですが、これからは王様第一、皇帝第一で、まず皇帝の安全が大切、国境荒らされても荒らされた後に蹴散らすとゆー話になっていったよー…これは軍隊の待遇にも如実に現れていたよーで、リメスの方の軍人には退職金のその他の優遇政策も立ち消えになっていたみたいで、逆に皇帝直属の軍は厚遇されていた模様…これなら人材は皇帝軍の下に集まるよねぇ…

 よーするに蛮族の侵入なんて想定外なんだから責任ないわーとゆーのがコンスタンティヌスから如実になってきたとゆー事か?自分の権利は増やすよ、でも義務や責務は減らすよって、それはどこぞの永田町や霞が関や新橋の論理か(笑)

 しかも、行政担当も専門化すると…かくて出世の為に法律をおべんきょする人が増えたとな…これも共同体の為にというより、己一人だけの出世・保身の為にとゆー事に…でもって官僚が増えるといいことがあるかとゆーと、どこぞの霞ヶ関を見るまでもなく…

 官僚と軍人が増えれば経費は鰻のぼりなのも、どこぞの以下略でして、「これだけは言えると思う。元首政時代の税金のほうが、絶対に安かった」とゆー事で…

 また、貨幣価値がだだ減りしていって、こちらの詳細も本書をドゾですが、これってインフレ?みたいな、もしかしてハイパーインフレかも?な世界が展開していっていたよーで…これに対処する為に、コンスタンティヌスは銀本位制から金本位制に移行する訳ですが、これによって、物価の安定というよりは、貧富の格差を助長しただけじゃね?に終わったよな…何が問題って施政者が一番してはいけない中間層を壊滅する行為にまっしぐらってか?そして、貨幣が安定、経済が安定してなければ人々は防衛の為にタンス貯金に励む訳で…お金が回らないと経済も回らない、市場も回らないで負のスパイラルにこれまたまっしぐらってか?

 よーするに蛮族による略奪以前に、国内経済が傾き、貧富の格差が拡大し、「まるで帝国の民の多くが疲弊しきっている中で、皇帝一人が光り輝いているように」な事態が進行していったと…凄いぞ絶対君主制(笑)

 とまぁ我が世の春驀進中のコンスタンティヌスではありましたが、家庭内はどよ?というと、まぁ既に政争とはいえ、妻の父、妻の兄、異母妹の夫を亡きものにしているとゆーところからしてアレだけど、紀元326年「「副帝」クリスプスが逮捕され、アドリア海の奥に突き出たイストリア半島の突端にある、ポーラの町の牢獄まで極秘裏に護送された」そこで拷問が行われる事になると「罪状は、皇妃ファウスタとの不義の関係」だそで…これに対して最後までクラスプスは容疑を否認…獄死の後、今度は皇宮内の浴室にて熱湯風呂にて死亡…

 ちなみにクリスプスはコンスタンティアヌスの実子、前妻との間の一人息子だし、戦場でも活躍してくれてコンスタンティアヌスを助けてくれた存在だったりする…ついでに言うと妻のファウスタはマクシミアヌスの娘で、皇女だったお人…皇帝になりたかったコンスタンティアヌスは、皇帝になる為の条件を揃える為に妻と離婚して皇女であるファウスタと再婚したとゆー図式、しかも二人の間には三人の息子が生まれたそーで…

 とにかく、二人の間に本当に不義が存在したか否か?は不明なんだそな…ただ、コンスタンティアヌスが関与しないで二人を亡きものにする事はあり得ない訳で…よーするに息子であろうと妻であろうと用済みならば、切って捨てようホトトギスってか…跡継ぎにはまだ年少期にある息子達がいるし、それまでコンスタンティアヌスの帝位を脅かす存在はいないってか?

 詳細は本書をドゾですが、そして著者によるこの事件の背景についての推測もなるほろなぁの嵐ですけど、後一つ付け加えるとしたら、コンスタンティアヌスとクリスプスの関係は頼朝と義経の関係みたいなもんじゃね?若くて人気がある、しかも自分の地位に限りなく近い者に専制君主が悠然としていられるか?男の嫉妬は…

 妻の方もこれまた頼朝と北条政子みたいなもんか?妻の方の身分が高いというか、皇女という出仕が大切だったけど、成り上がった皇帝的にはどよ?だろか?まぁ何にせよ、皇帝は一人だけ、ただそれだけの世界に住んでいた人じゃね?しかし疑えば、最初の実父の死亡も病死みたいになっているけど放蕩息子の帰還じゃないけど、帰国して一年でタイミングよくお亡くなりになっているところも、何だかなぁ…と…そこからこの方の野望と野心の人生が始まった訳ですけど、鏡よ鏡、世界で一番偉いのだぁれ?ってか(笑)

 さて、本書の後半は、コンスタンティヌスとキリスト教の関係を読み解くみたいな章になっているんですが、タラレバな話として「もしもコンスタンティヌスがあれほど大きな貢献をキリスト教会に対して果していなかったとしたら、キリスト教のその後の隆盛はあったであろうか、という問いに対して、少なくない数の歴史家たちが、教会内部での果てしない教理論争で自己疲弊していったあげくに、ローカルな宗教の一つに成り下がっていただろう、と答えているくらいなのである」とな…

 コンスタンティヌスの出生についての父の後を継ぐまでの詳細は本書をドゾ。ある意味、この人もティベリウスばりに、出自が複雑といえば複雑、単純といえば単純なんだろか?能力もあったし、何より野心があったと…ただティベリウスと違うのは、成りたい人と、成りたいと思わなかった人じゃね?ある意味、コンスタンティヌスは成り上がり者の悲哀が付いて回った人なのかもなぁ…

 で、いやいやながらも己の才能を帝国の為、社会の為に還元したティベリウスだけど、コンスタンティヌスの方は儲けちゃいけないんですか?というより儲けを独り占めしちゃいけないんですか?を進んだ訳で…ラグビー精神からこれまたほど遠い人だったとゆー事か?ラグビーにヒーローはいない…成程米で流行らないはずだよなぁ(笑)

 元々多神教のローマでは、キリスト教だろーと信仰の自由はあるじゃまいか?だったよーで、長らくとゆーかほぼ放置プレイで進んでいたと…リアルにはキリスト教徒ってご近所付き合い悪いよね、なノリだったよーですが(笑)

 多神教の中の一神教はあると思いますだけど、一神教の中の多神教はまずないとゆー事じゃね?

 話は戻ってコンスタンティヌス的キリスト教擁護策なとこで、土地の寄付みたいなのもあったりして、とゆーのも地方の離農が激しくて、実は帝国一の地主ってローマ皇帝でしたとゆー事態になっていたとな…その土地をなんと教会に寄付としてたとゆーからこれ如何に…もともとローマ皇帝の私有財産は、ローマ帝国の帝位についているからこそ使う事ができる権利に過ぎず、勝手に使える私有財産ではないはずなんですが、さすが絶対君主制、誰も文句言えないんじゃねになっていたよーで…なんたってNo2の実の息子すら切り捨て御免ですから、土地や金をどれだけ転がそーが、そんなの関係ねぇー(死語?)だったよーで…

 まぁこれによって、キリスト教内での活動資金キタコレになる訳ですから…しかも、キリスト教の聖職者たちには、国家・地方の公職、及び軍務につかない権利、更に聖職者は納税の義務からも逃れられるのである…

 世の中下り坂の時、食べていくためにもキリスト教に改宗する人は多かった模様…何しろ妻帯が禁止されるのは中世に入ってからの事ですから、生活に大打撃を受けている中間層的には、キリスト教に入れば特権がいぱーいとゆーのもあったそな…ちなみに「信仰よりも利益で入信する者が多かった」(「キリスト教会史)」/司教エウセピス)とな…

 ついでにと言っていいのかコンスタンティノポリスでコンスタンティヌスはバラマキ政策も実行すると…例の下層民に対する小麦の無料配給でございますよ、奥さん(誰?)ありがたやーって事で、ありがたい皇帝が推しているのがキリスト教とな、じゃあって事で、信者増えまくりってか…

 しかも紀元325年にはニケーアの公会議までコンスタンティヌスは主催しちゃうんだぜ(笑)こちらについての詳細も本書をドゾ。ちなみに論点を物凄く単純化すると「神とその子イエスは、同位か、それとも同位でないか」だそで…神学的には大問題らすぃ…

 まぁ宗教における真実とは何か?じゃね?でしよか?哲学における真実と、宗教における真実は単純にイコールではないと…

 また、一神教の凄いとこは、「キリスト教ではとくに、自分たちと同じ社会に住む人よりも、自分たちと同じ神を信仰する人のほうを重要視する傾向が強い」とな…下手すると親や兄弟より同じ信者がこれ一番大事ぃとなったら…家族とか、社会とか、制度的にどよ?まぁある意味今日の二重忠誠問題につながる訳か…

 さて、コンスタンティヌスが何故に熱心にキリスト教おししたか?は、つまるところ、皇帝になる為の保証問題だろかなぁ…今までならばローマ市民に選ばれた、ローマ的な第一人者みたいなノリで、みんなの代表やらせてもらってますの世界だったけど、絶対君主制となれば、俗界の人ではなくて、それは神ですって…不可知である神のご託宣によって選ばれし者なんですよ、奥さん(誰?)

 では、その神のお告げを誰が教えてくれるのか?「キリスト教では、神意は聖職者を通して伝えられることになっていた」よーするに「司教たちを"味方"にすれば「神意」も"味方"にできるということになる」となれば、後は司教達を懐柔すればいいんじゃね(笑)

 こーしてコンスタンティヌスは、「教会を建てて贈ること」「教会活動の財源になる、資産を寄贈すること」「教会の諸活動を第一線に立って実際に行う聖職者たちへの、公務と納税の免除」「独身者への法律上の不利の解除」「司教区内での司法権まで認めた」しかも他の人の税金の減額あっせん所みたいなのもやってもいいかな?したらすぃ…

 ちなみに軍隊には、キリスト教徒の兵士には日曜日は安息日なので休暇が与えられたそーで、でも他の宗教の人にはその休みなしにしたそな…凄いな、コンスタンティヌス…

 かくてこれ以降、皇位の世襲制も「それがいかに能力のない息子に継承されようと、その理由づけに苦労する必要はもはやない」になってしまった訳とな…何たって「神がそれを望んでおられる」の一言で全てOKなのよってか(笑)

 何たって「決めるのは人間ではなく神としたこの「考え」が、支配する者にとってはまことに好都合であったからだった」がキタコレになる模様…まぁそれが中世だの世界だろーし…きっとどこぞの大国の大統りょゴホンゴホン…

 とにかく絶対君主制に移行したディオクレティアヌスと権威付けに成功したコンスタンティヌスのおかげで「ローマ帝国は再生したとする研究者は多い」んだそーな…尤も中身は丸っと違っちゃったけど、どーよ?ですから…それでも延命した100年の価値はあるとゆーのだろぉか?謎だ…パクス・ロマーナ再びとはならなかった訳で、「「これほどまでして、ローマ帝国は生き延びなければならなかったのか」とは、ローマの誕生から死までの歴史を学び知る人の多くの胸中に、自然とわきあがってくる思いでもあるのである」になってしまうと…

 まぁ日本語的に言うなら晩節を汚したになるんだろーけど、カエサルの頃のローマを知っている人からしたら、雲泥の差だろーしなぁ…本書を拝読する分には、絶対君主制ダメ絶対ですかねぇ…私心のない人ならばまだしも、己のエゴを自制し、なおかつ己の才能を社会に還元するをよしとする人なんて、そーざらにはいないとゆーだけの事じゃね?私心なき独裁者、言葉面からして無理があるよーな(笑)

 も一つ、逆にディオクレティアヌスは何故、キリスト教を排除しようとしたか?ですけど、結局、自分の帝位を保証して欲しかったコンスタンティヌスと違って、ディオクレティアヌスの場合は、リメス死守、国家安全保障の確立、その為には「帝位を安定させることによって指導者層が一致団結するシステムの回復も重要だが、帝国内に住む一般の人々までが、自分たちの「共同体」を守る想いで一致団結することも欠かせない。蛮族は自分たちにとっての敵、と断ずる想いこそが、ほんとうの意味での国家の安全保障の「礎」なのである」とな…敵は本能寺にありってか?はともかく、帝国に略奪行為を行う者は敵であるが前提で、キリスト教徒かどうかが前提ではないとゆー事らすぃ…

 ディオクレティアヌス視点では「キリスト教が普及することで、帝国の「防衛線」が溶解してしまうことであったのだ」に尽きるよな…蛮族のキリスト教徒を帝国のキリスト教徒がどー対処するか?は安全保障上大問題であったとゆー事らすぃ…この辺は、今のインテリジェンス業界の、カトリック、ユダヤ、イスラム、ゲイネットワークを物凄く警戒するのと似ているのか?何事も二重忠誠はまずいとゆー事らすぃ…

 そゆ点で、「この人をローマ帝国最後の皇帝に位置つける研究者も少なくない」そな…まぁある意味、私心が物凄く少ない稀有な人だったよーだけど、それだけに人の欲とか、業とかに疎い人でもあったよーで…統治者としての能力はともかく、セレブが皆、ディオクレティアヌスみたいな心根の人ばかりなら世界はも少し住みやすかったろぉなぁ(笑)

 豆知識的に、歴史的に大帝と頭につくのは、アレキサンダー大王、コンスタンティヌス大帝と、シャルルマーニュなんだそな…ちなみにシャルルマーニュって誰?っていうと「ローマ帝国が存在していた時代は北方蛮族中の一部族であったフランク族の王シャルルは、西暦八〇〇年にローマを訪れ、ローマ法王の手から、神聖ローマ帝国の皇帝として帝冠を授けられた人である」そな…「神聖ローマ帝国とは、ローマ帝国は滅亡したもののその後は暗黒の中世に突入したままそこから抜け出せないでいるヨーロッパにも、キリスト教を旗印にかかげた強大な帝国を建設しようという試みであったのだ」とな…神聖ローマ帝国も歴史的はアレだが、まっ豆知識的にはそこではなくて、現代の話…「ブリュッセルにあるEUが本拠にしているビル建物はシャルルマーニュと名付けられている」って、成程仏、成程独か(笑)EUの建前と本音も凄いなぁ…

 も一つ豆知識的には、ギリシア人とは「あくことのない議論好きの人間」だそで、「ローマ人が「言より実効」ならば、ギリシア人は「実行より言」であったからである」って、ギリシア人1700年も昔からそーなのか?EUおすてきすぐる(笑)

 他にもたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。それにしても信仰の完全な自由の件で、この精神で現代まで進んでいれば「民族間国家間の争いは起こっただろうか、その争いとて宗教を封印するまでには至らなかったはずだ。宗教を大義名分に使えなければ争いは人間同士のことになり、単なる利害の衝突にすぎなくなる。ゆえに、争うことが損とわかるや自然に収まる。宗教を旗印にすると、問題は常に複雑化するのだ」でしょかねぇ…まぁこれにしみじみしてしまうのも唯一絶対教の外にあればこそかもしらんが…

 目次参照  目次 文系

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