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2016年8月15日 (月)

習慣は女王である。それによってなし得ないことはなにもない?

身体巡礼  養老孟司  新潮社

 サブタイトルは、ドイツ・オーストリア・チェコ編なんですが、所謂一つの紀行記なんだと思いますが、訪問先が各地の墓地・霊園…ええ、お墓巡りなんですよ、奥さん(誰?)ただ、そゆ物理的なガイド本とゆーのではなくて、お墓に行って考えたみたいなエッセイ的な要素の方が大きいんじゃね?でして、考えるお墓って感じかなぁ?まさに文化の終着地ってか?

 で、まずはウィーンに行ってみよーってか(笑)となればハプスブルク王家のお墓、埋葬とは何か?なんですけど、ハブスブルク家の伝統的埋葬の仕方がパンピー的には、それってありですかぁーっ?なんでござる…「ハプスブルク家の一員が亡くなると、心臓を特別に取り出して、銀の心臓容れに納め、ウィーンのアウグスティーン教会のロレット礼拝堂に納める。肺、肝臓、胃腸など心臓以外の臓器は銅の容器に容れ、シュテファン大聖堂の地下に置く。残りの遺体は青銅や錫の棺に容れ、フランシスコ派の一つ、カプチン教会の地下にある皇帝廟に置く」って、ドンダケェー?しかも、これ現代にまで続いてるんだから凄い…2011年7月にオットー・パプスブルクも「伝統に従って埋葬された」とな…ハプスブルクがぱねぇのか?それともこれがオーストリア的伝統って奴なのか?死んでから臓器取り出すって、臓器移植か、エジプトのファラオの世界かと思ってますた…

 ちなみに三つに分けたとゆー事は三つの場所に埋葬される訳で、この場合教会は「どちらも歩けば十分以内の距離なんだそー」ご近所さんに遺体をばらまくもとい各所埋葬ってあると思いますのか?パプスブルク家的には…

 まっ文化的背景的に凄いと思ったのは、こちらの皇帝廟には一族だけ、例外は「マリア・カロリーネ・フォクス伯爵夫人」、マリア・テレージアの教育係だけとゆーから、これはマリア・テレージアの肝入りで決まったんだろか?逆に、入っていないでフェルディナンド皇太子妃ゾフィー、あのサラエヴォで皇太子と共に暗殺されたお人ですが、「彼女はハプスブルク家の家内法に照らせば身分違いで、正規の皇太子妃の扱いを受けることがなかった」とな…よーするにハプスブルク家的には家族のくくりに明確なラインがあったとゆー事らすぃ…

 と、こーして背景を探っていくというか、たぐっていくというか、たどっていく旅に出るぅぅぅぅーっになる模様(笑)異文化間の壁パネェ(笑)

 アリス的に、お墓…出てきそーで出ていないよーな気がするんだが…永遠の34歳の二人の場合、自身のお葬式とかお墓は想定外な世界かもだけど、アリスはともかく准教授のお墓って物凄くシンプルイズベストというか、もしかして墓はいらねぇーになりそーな悪寒ってか?何せ自他共に認める無神論者だしなぁ…

 さて、ハブスブルクの埋葬に戻るんですけど、心臓に目を戻すと、「ヨーロッパには心臓を重視する伝統がある」んだとな…ちなみに「イエスズ会は心臓信仰に肩入れしている」って、そーだったのか?イエスズ会?それにしても何で埋葬場所を三つに分けるか?で政治的配慮というか、経済的配慮みたいな説もあるのか…「菩提寺が三箇所あったら、お寺は経済的に助かるからである」って…死んでも身も蓋もない話になるのか…

 それにしても心臓信仰って欧州的にはあると思いますらすぃ…英国王リチャード一世キタコレで、「リチャードはシャリューの攻城戦で受けた矢傷により、四十一歳で死ぬ。その遺体は三つに分けられ、遺体そのものはアンジューに、心臓はルーアンに、他の内臓がシャリューに葬られた」そな…これがだいたい800年前の話なのか…ついでに言うと「十字軍の時代には、心臓を分けて埋葬することは珍しいことではなくなっていた」そー…ちなみに「ハプスブルク家の慣習は十七世紀に確立」したよーで、それでも3,400年前って事だもんなぁ…欧州は複雑怪奇ってこれもじゃね?

 仏の場合は、聖ルイ(ルイ九世)の場合も、十字軍で病苦を押してチュニスに赴き亡くなったそーだけど、「ルイの内臓の一部はチュニスにあっていまだに墓として残り、心臓と他の内臓は取り出され、領地の一部だったシチリアのモンレアーレにある。遺体そのものはサン・ドニ大聖堂に運ばれたが、フランス革命で失われた」(ウィキペディアによると指一本は残っているらすぃって…)

 これらから言える事は「心臓が本人を象徴するものとして重要だという、抜きがたい感覚が欧州の文化にはあった」んじゃね?と…

 他にも、アルトエッティングの「黒のマリア像を祀る八角形の礼拝堂」があるんですが、こちらの黒の聖母「バイエルンのヴィッテルスバッハ王家の信仰の対象だった。この礼拝堂には、王家の銀製の心臓容れが納められている。総数二十八」って…ブルータスお前もかの前に、あのルードヴィヒ二世の心臓もここにあるそーだからパネェ…

 それにしても心臓論議ってギリシアの昔からあったのか?「プラトンは不滅の魂は頭に、理性と感覚は心臓に、欲望は肝臓にあるといった。それに対してアリストテレスははむろん精神は一つだから一つの臓器にあるはずだと主張し、それは心臓にあるとした。ヒポクラテスはそんなことはいわず、脳の存在は認めたが、ただし当時のことだから、きちんとした主張があったわけではないらしい」って…ちなみに「医学史上では、精神の座を脳だと主張したのはアレクサンドリア学派だとされる」そな…「ヘロフィロスは精神の座が脳であることを主張し」「精神の座が脳室にあると考えた」とな…とはいえ、「医学上の考え方の変遷は、心臓信仰とは直接の関係はない」って(笑)

 次に宗教的な視点から見ると「心臓信仰はカトリックの中ではすでに正統と見なされている。その歴史はじつはハプスブルク家の埋葬と時代をほぼ同じくしており、十七世紀のことである」とな…これまたちなみに仏の修道女マルグリット・マリー・アラコックの幻視かららすぃ…「心臓信仰はそれまで教会の教義にはなかったと思われるからである」とな…まさに正統とは何か?の世界らすぃ…

 まぁともかく、著者的関心の的は「近代思想と心臓信仰が共存する社会、その幅に広さに惹かれるといってもいい」だそで、世の中には論理的な説明のつかない事がいぱーいってか(笑)人間だもの(笑)

 さて、お墓といえば骸骨じゃね?で、その手の名所も欧州にはあるあるの世界らすぃ(笑)本書でもセドレツの礼拝所(チェコ)に行っていたりして「欧州でも指折りの骸骨堂である」って…ちなみにローマにも有名な骸骨寺はあるし、パリもカタコンベが観光名所になっているそで、他にもエヴォラの骸骨聖堂(ポルトガル)とか、欧州的にはそれが自然という事なんだろか?

 骨が消えない欧州は、「ものも消えない欧州では、夏草という自然が帰ってこないで、人工物が残る」ローマのコロッセオを見よってか…成程、全てが残るなら歴史と伝統も残らざるを得ないって奴か…なくならないなら考古学が発祥するはずだよなぁ…ここ掘れワンワンで骨と石が出てくるんだから…ジュルジュ・キュヴィエ先生は正しいってか…

 ハードで残すかソフトで残すか、まっ日本の場合は、酸性土壌で100年もすれば骨も溶けて流れりゃ皆同じの世界ですから、儀式とか行事で残す方向に行くんじゃね?とゆー事らすぃ…例としては「伊勢神宮の式年遷宮」とか、「建物そのものより、行事を残す」とな…

 そして「ユダヤ共同体は歴史を存在した個人の記録として残す。ある時代以降は国がなかったのだから、それしかできなかったのかもしれない。だから逆に世界中どこにでもはびこる。個人が歴史を構成すればいいからである」になるらすぃ…

 まぁそれもともかく、ユダヤ人墓地にお参りにいくならば「ユダヤ人の墓に切花は禁忌だそうである。死んだものを捧げてはいけない」んだそな…そーだったのか?ユダヤ人?

 お墓も色々、心臓というか遺体も色々ですけど、ハプスブルクから始まったお墓の話で、その一族の埋葬スゲェからキタコレでしたけど、やっぱ何事にも逆張りの人はいるらしく、ヨーゼフ二世、マリア・テレージアの息子ですけど、この人の場合、「棺は簡素にしろと命じて、その通りになっており」「この王様は内臓も取り出していない」とな…

 他に骨感覚の東西って奴で、「骨の保存に関して、日本と欧州で事情が違ってくる理由の一つは、欧州には石灰岩の地域が多いことである」そーで、どゆ事とゆーと石灰岩ってアルカリ性だから「骨が溶けにくい」からいつまでも残る傾向じゃね?で「火葬が例外であるヨーロッパでは、墓地にどうしても骨が溜まってしまう」で、どーしたかとゆーと「パリ市の場合には、だから墓にたまった人骨をときどき市がまとめて掘り出し、地下の石切り場に入れて整理した。それをカタコンベと称しているのである」って…そーだったのか?カタコンベ?

 感覚の違いでいくとラオスとブータンの場合、「両国は仏教国で、じつは墓を前提としない、いわゆる無墓制である。元来の仏教圏には墓がないはずである」って、そーだったかのか?輪廻転生?

 も一つ、凄いなと思わされたのはウィーンには葬儀博物館があるとな…前は市営だったけど、今は民営化して葬儀社が担当しているらすぃ…さすがウィーンと言うべきか…

 豆知識的なとこでウィーンで「デメルで甘いものを食べた」のとこで、「給仕の中年のオバサンの態度が悪いと、淵野さんが怒る。たしかに中欧は全体にいわゆるサービスがよくない。プラハで宿泊した一流ホテルもそうだった」って…サービスの概念が違うよな?

 人間性のつながりになるのか豪でのベビーシッター観、豪でユダヤ人の女の子にベビーシッター代を渡したら、母親が返しにきたとゆー…「オーストラリア人の子どもなら、喜んで受け取って、それで済むからである。当時のメルボルンで、子どもたちになにかさせようと思ったら、お金を払うのがいちばんだった。マラソンをやらせるのに、一人一ドルあげるといったら、おびただしい数の子どもが集まった」って、さすがアングロ・サクソンというべきか、シティとウォール街は伊達じゃねぇってか(笑)こーしてみると豪もロビー活動簡単そーだよなぁーと思うのは気のせいか(笑)

 ユダヤ教つながりで、ユダヤ人墓地を見学するのに男性の場合は帽子をかぶっていないといけないらすぃ…女性は無帽でもOKというのも「ユダヤ教では「女性はより神に近い」のだそうである」と現地のユダヤ人のガイドさん談とな…そーだったのか?ユダヤ教?ちなみにユダヤ人は母親がユダヤ人の場合もれなくユダヤ人だが、父親がユダヤ人で母親が異教徒の場合は「ユダヤ人になる規定がうるさくて、ふつうはユダヤ人と認められない」って、そーだったのか?ユダヤ人?ユダヤ教?

 他にというとブルクハウゼン(独/ドナウ川の支流を隔てて、オーストリアとの国境ぎりぎりの位置にある)には「トルコとの攻防戦で築かれた「欧州一長い城」のある町として有名らしい」そな…山城なので城の眼下が街って事になそで「ナポレオンは「地下の街」と呼んだ」そな…どんな景色なのか?天気がいいと景色よさそう?

 結局、お墓の旅とは過去の確認というか、認識?各国、各民族、各血筋で過去とは何か?を無意識に示しているんじゃまいか?でしょかねぇ?そんな訳で、著者の述懐が意味深じゃね?で「中国人は歴史をいうが、その歴史とはいわゆる客観的な歴史ではない。むしろ現政権の権力の内に「過去がどうであったか」を決定する権利が含まれており、それは権力の重要な一部をなす。そうする理由は、功利的には明らかである」とな(笑)でもって「もちろんそれをやると、さまざま副作用も生じる。それはすでに司馬遷の時代以前からよくわかっている」事じゃね?「歴史を消すのはべつに日本人の通弊ではない。中国人に至っては実物を消してしまうのである」とな…こちらの詳細も本書をドゾ。

 も一つ付け加えるなら、「古田博司によれば、毛沢東以来の現在の北京政府は「かつて帝国主義日本に勝利した」ことをもって、その正統性の根拠としている。その帝国主義日本はもう消えてしまった。したがってこの北京政府の正統性は「内なる日本」にならざるを得ない。それが現代中国の「反日」が外から見ればメチャクチャに見える理由であろう」とな…正義とは何か?成程ハーバードってか(笑)

 まっ歴史的重みでいけば究極のじゃねでヴィクトール・フランクルの件が、凄い…今更な人物なので詳細は本書をドゾですが、「いつの時代でも、どこであっても、まともな人と、そうでない人がいる、これはフランクルの言葉だったはずである」で、「同じ囚人たちから選別されたカポー、つまり囚人頭には、ナチの収容所職員より性質が悪い連中が多数いたことを、フランクルはイヤというほど、よくわかっていたのである」は、それこそフランクルでしか言えない話だよなぁ…そして究極の極みとでもいうのが「ナチのいくつかの強制収容所を生き延びたフランクルは、ナチに対するドイツ国民の共同責任論を否定した。それはフランクルでなければいえないことだと、自身でも理解していたからである」の件は、まさに何も言えねぇ「それをいうのが私の責務だ、と」…修羅場をくぐり、腹をくくった人の言動は強く、重いですけど、これはもーすざまじいとしか言い様がない…真に凄いとはこの事だよなぁ…

 関連あるのかなぁで都市の自然志向とは連綿と続くものらすぃ…「ヒットラーもまた、国民の衛生に関心が強く、ドイツ国民の体位はヒットラー治下で向上したといわれる。社会全体に禁煙を徹底させようとしたのもヒットラーで、国家的に禁煙運動を始めた最初の政治家とされる」って、そーだったのか?准教授?ちなみに「これがやがて社会的な衛生思想となり、精神科の患者さんの断種から安楽死、やがてはユダヤ人撲滅へと続いていく。意識的な健康志向は、都市の自然志向の一つの表現なのである」ってててて…

 まっ人とは何か?天才とはの件で著者一流のジョークがパネェ「現在では偏差値がいちばん高い高校生は東大医学部に集まるはずだが、そこから世界を動かすような学問が生まれたという話はあまり聞いていない。つまり学生を入試で選んだだけでは、天才にとってのいい雰囲気ではないらしいのである」って、これも東大医学部卒東大医学部教授だった著者じゃなきゃ言えないセリフだよなぁ(笑)

 学問の世界も何だかなぁだしなぁ(笑)ハンス・ドリーシュの「新生気論」の件のとこで、新しい学説がキタコレの学界の反応って…「徹底的に攻撃されるということは、じつはなにか核心を突いているということの裏返しである。後ろめたい人ほど、無意識に自分が疑いを持っている中心的なイデオロギーに対して、強く防御的になる。「そういう考えもあるかもしれないね」とはいわないのである」って…もしかしてはいここわらうとこなんだろか?

 あちらではどーか?とゆーと、「欧州の人がおたがいにどう思っているか、それは私にはよくわからない。でもイギリス人は大陸側からは野蛮だと思われているはずである」って、そーだったのか?ウルフ先生(笑)「ドイツがEUを牽引し、イギリスが少し脇によって立ち、ロシアが斜めに向かって、アメリカが一応の覇権を握る。それが今の欧米世界だが、そこには野蛮さの順序みたいなものが見える」って、そーだったのか?グローバル(笑)

 お墓を巡る旅とゆーのは、人と文化に行く着くよな(笑)「エネルギーを利用して、産業革命はさまざまな労働者を駆逐した。コンピュータの世界はホワイトカラーを駆逐しつつある。郊外の大型店舗は小売店を駆逐し、その大型店舗は通信販売に駆逐されつつある。経済性、合理性、効率性を追求すると、余計なものはみんな消える」とな…でも「墓ぐらい、役に立たないものはない」じゃないで、経済性、合理性、効率性を追求してそれもやがて消えるのか?ネアンデルタール人からお花を手向けてきたのに…

 そーいえば、文化とは無駄だってのたまったお人がいたよなぁ(笑)原理主義と進歩主義、どちらも何だかアレだなぁと、立ち止まって考えるには、確かに墓地は最適かもしらん(笑)何せ動きよーがないんだから、ついでいえばその、そこの文化の結晶、もしくは吹き溜まりなんだから、しかも存在感半端ネェーだし(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。究極のメメントモリがここにあります…

 目次参照  目次 国外

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