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2016年8月29日 (月)

仏の精髄っ

お菓子でたどるフランス史  池上俊一  岩波書店

 所謂一つの歴史本だとは思うんですが、お菓子と仏、このコラボ、本当に必要なんですかぁ?というのが、読後の正直な感想かなぁ…と言うのも、仏史がメインなのか?スイーツがメインなのか?それが問題だってか?で、多分、仏史が縦軸で、横軸がスイーツだと思われなんですけど、このコラボ…うーん、無理矢理スイーツ出した感半端ない気がするのは気のせいか?

 むしろ、スイーツ史に仏を絡めた方が読み物としては面白かったんじゃないかと思ふ…でも、そしたら、仏史ぶつぎりになるかもだけど(笑)

 まぁ、細かい事はおいておいて、取り敢えず、仏ってこんな国(の成り立ち?経過?)で来ましたが、何か?の世界が展開していらっさる模様…よーするにローマ帝国崩壊後の西ヨーロッパとは何か?かもなぁ…

 で、今でしょ(死語?)的には、仏といえば仏料理もそーですが、仏菓子、スイーツの代表みたいなノリですからねぇ…「「お菓子はフランスが一番だ」という認識は、フランス人だけでなく、世界中で共有されています」だそーですから、お察し下さいってか(笑)まぁこれは「フランスの成り立ちと、文化的世界戦略にあります」とな…お菓子一つにしてもあだやおろそかにしてはいけませんとゆー事か(笑)

 とゆーのもスイーツって生活必需品じゃないよね?とゆーとこから来ているみたいです(笑)お菓子とは「その土地の文化の精華のひとつです」とな…「社会関係や文化の潤滑油・調整の道具として、余分なものとして付け加わったからです。だからお菓子は、地位や権力だけでなく、遊びやしゃれっ気とも結びつくんです」だそな…

 よーするに社会にゆとりがないとスイーツなんてどよ?って事になるらすぃ…「この「余分なもの」を、いかに丹精込めてつくりあげ大切にするかが、文化の質を測るひとつの基準となるのではないでしょうか」とな(笑)ある意味、スイーツって、お祭りと似たよーなもんだろか?本当に必要なんですかぁ?そのものですけど、無いと物凄く味気ない…成程、文化そのものじゃね?って事か(笑)

 だからこそのお菓子とはハレの食べ物であるキタコレになるか(笑)だからこそ、祭事とか、贈り物とか、装飾性とかあると思いますになるらすぃ…でもって、「都会性」キタコレで、「高貴さや贅沢、洗練」の極地じゃね?とゆー事らすぃ…おふらんすの香りってか(笑)

 アリス的には仏はともかく、お菓子の方か甘ったるいもの好きの准教授キタコレで無問題ってか(笑)まぁ准教授絡みでいけば、46番目の趣味の中の一つにケルトも入っていたはずで、「現在のフランスの国土は、古くから人間が住み着き、さまざまな民族が入れ替わり立ち替わりやってきましたが、前九世紀頃に東方、ドナウ川流域から鉄器文化を携えてやってきたのが、ケルト人です」の件だろか?

 後アリス的というと、美食文学視点からだと、バルタザール・ロラン・グリモ・ド・ラ・レニエールでしょか?その他、ジャン・アンテルム・プリヤ=サヴァランとか、、アレクサンドル・デュマの遺作が何と「料理大事典」とは知らなんだ…

 さて、仏人は仏の歴史を語る時、「自分たちのもっとも古い祖先はこのケルト人だと答えますが、もちろんもっと古くはクロマニョン人、イベリア人、リグリア人などと称される集団もおりました」とな…とはいえ、ケルトの影響はとても大きいのは否めない訳で…それが今に続いているのもあると思うよの世界らすぃ…まっ詳細は本書をドゾ。

 そしてローマきたこれで、カエサルのガリア戦記ですよ、奥さん(誰?)まっそゆ事で、文化キタコレにもなるのか?こちらの詳細も本書をドゾ。そゆ文化の流れには勿論スイーツもありますとゆー事らすぃ…

 ローマ崩壊後に、仏に来たのはフランク人とゆー事になるとな…「フランクの王クローヴィスは、ライン川からピレネー山脈まで、パリを中心とする領国を築きました」そで、そしてその土地のローマ人達を支配するためにクローヴィスは「キリスト教のカトリック(アタナシウス派)に改宗します。キリスト教は、その後、フランク王国で大きな力をもつようになります」とな…とゆーのも「フランクの国王たちが、政治的な混迷を脱するために、組織力のある教会の力を借りたためです」って…

 王朝的には、メロヴィング朝、カロリング朝と続く訳ですが、こちらの詳細も本書をドゾ。ちなみに「フランク人をはじめとするゲルマン民族にも、もともと死者に化け物が近づかないように蜂蜜入り菓子パンを捧げあがめる風習があったようです」となな…古代にはスイーツは、神事的な要素多しって事でしょか?

 それはともかく、仏史的には、「王権が再びフランス全域にその力をおよぼすようになった、中世も半ば過ぎ、紀元一〇〇〇年を超えたあたりからでしょう」という事になるらすぃ…というのもローマ帝国が分裂、崩壊して中世この方「「余分なもの」であるお菓子などを食べる余裕はなくなっていきました」からとな…

 しかもキリスト教の悪徳の中に大食があって、その中にスイーツに含まれるのは当然じゃねとな…何ですけど、実は「ヨーロッパのケーキの語源は、キリスト教の儀式の中にあります。「ウープリ」とか「ニウール」というお菓子が作られ、献納されていたのです」って、そーだったのか?ケーキ?

 でもって、材料がないとお菓子なんて作れないよね?って事で、修道院キタコレってか?とゆーのも「修道院は、大地主ですので、小麦をはじめとする多くの穀物、ブドウ、川魚のほか、蜂蜜、卵やチーズなども手に入りました」とな…しかもそれらの農産品を納めている農民達がパンとかスイーツとか作るの駄目絶対だったよーで…ある意味、スイーツって修道院の独占物になっていくのか?

 まぁこちらの詳細も本書をドゾ。欧州史というのは、縦割り行政のはしりじゃまいか?じゃまいか?で、後にですけど、パン屋は甘いパンあきまへんとか、お菓子駄目とか、者と物の対応が物凄く細かく細分化されているよな気がするのは気のせいか?まぁ独占権と税金がセットだからなんだろか?まっその独占権という特権への賄賂もとい政治献金ってものあったろーし(笑)

 話は戻って、そんな訳で当時の修道院は美味しいもの発信地というか、特産品キタコレってか(笑)

 そしてやがて民間の職人が作る事になると、で、それが菓子職人キタコレになってお祭りのお菓子も担当しますたみたいなノリになっていく模様…こちらの詳細も本書をドゾ。

 時代的には、カペー朝、封建制、三身分制とかキタコレになるんですが、こちらの詳細も本書をドゾ。世界史的にはもスイーツ史的にもキタコレとなると十字軍遠征でしょかねぇ?スイーツ的には、アラブ、アジアから、砂糖、香辛料、オレンジ、レモン、アプリコットが来たぁーっとなったとな(笑)

 まぁそんな訳でルネッサンスぅーの食卓はスパイスきたこれになる訳でこちらの詳細も本書をドゾですが、「甘酸っぱい」味が時代の先端をいくお味とゆー事になるのか?フルーツと砂糖のソース、それにスパイスってか?

 そんな料理はともかく、スイーツの方も「食事の最後にドラジェや砂糖漬けのショウガやオレンジの皮で作った砂糖菓子」キタコレになった模様…オリエンタルなかほりってか?いつの時代もセレブって…

 「ジャムついて述べれば、フランスでは、アラブから伝わったバラのジャム、シトロンのジャム、ジャコウのジュレ入りジャムなどのほか、プルーン、ミルティーユ、メギなどの果実、アンゼリカの茎、スミレの花などのジャムも新しく作られました」とな…バラのジャムって英のイメージでいたら、アラブからだったのか?

 他にもパン・デピスの変遷もパネェので詳細は本書をドゾ。パン焼き職人キタコレって事ですか?そーですか(笑)中世末になると、甘いデザートきたこれでもあるとゆー事らすぃ…焼き菓子なんかも出てきて、パイもキタコレになる模様…まぁあのタイユヴァンもキタコレですから、仏のシェフもこの頃から個人名を馳せるよーになるんでしょか?うーん?

 後は、お祭りというより行事とスイーツの関係も確立されていくとゆー事らすぃ…復活祭とか、公現祭とか、そしてクリスマスとか(笑)

 まぁスイーツというと甘いイメージで砂糖がないと始まらない気がしないでもないけど、十字軍で砂糖が入ったからって、それはとても貴重、だから薬屋さんで取り扱っていますが、何か?だったけど、これが今度大航海時代キタコレで、植民地プランテーションきたこれで、砂糖の供給量がドットコムもといどっと入るよーになったとな…砂糖の輸入量の増加はそのままスイーツ文化キタコレにつながる訳でこちらの詳細も本書をドゾ。アンティル諸島有難-ってか?ちなみにそのお砂糖に食生活的にどれだけインパクトあったかもあると思いますだけど、「革命の起きた一七八九年にフランスの国際収支が黒字であったのは、もっぱら植民地つまり砂糖の島に負っていました」となる訳で…

 また仏史的には、アンリ二世の妻にカトリーヌ・ド・メディシスが嫁いできたとな…とゆー事で、当時の料理先進国の伊から仏に料理革命、スイーツ革命キタコレってなる訳で…「果実のパテ、ジャム、砂糖漬けのフルーツ、ヌガー」更に砂糖細工菓子やスポンジケーキ、アイスクリームも、そじゃね?って事になるらすぃ…まぁ個人的には、マナーきたこれかなぁ?「肉を手づかみで食べていたフランス人の「蛮人」にフォーク使用を勧めたのです」って、「貴族たちもフォークを使っていなかったのです」って、ホンマでっかぁーっ?文句があるならベルサイユ(まだできていないけど/笑)いらっさいてか(笑)

 後は、大航海時代って事で中南米からチョコレートきたこれで、こちらの詳細も本書をドゾですが、「スペイン王室は、このおいしくなったチョコレートの秘密を、長らく門外不出にしていましたが、やがて一六〇六年、スペインからイタリアに伝わったのち、他の諸国にもまたたく間に広まったのです」とな…

 ちなみにこれが仏に伝わったのも、ルイ一三世にアンヌ・ドートリッシュ(西、アストリア地方の王女)が嫁に来てココアきたこれになったからだそな…欧州の食文化は花嫁からってか?まぁ後にボンポンがマリー・アントワネットの大好物だったそだから、チョコ文化は右肩上がりってか?

 そして太陽王ルイ一五世キタコレで、これまた絶対王政キタコレにもなるのか?仏史的な詳細は本書をドゾですが、ここにきて、「それまで他国からせっせと略取してきたフランスが、今度は、ヨーロッパ中の模倣の対象、憧れのモデルとなりました」とな…そーだ、ヴェルサイユへ行こうってか(笑)そして「より洗練されたデリケートな食べ物が多く登場するのは、つづくルイ一五世時代からのことです」となる模様…この辺りからおフランス様キタコレになるのか?

 そんな流れで「一八世紀には、ジャム、マーマレード、甘いケーキなどが登場し普及していきました」とな…「パイやプディングを甘くして食べることを流行ました」となり、「甘い菓子パンの登場もこの頃です」となるとな…も一つ「クリームは、アイスクリームとして一般に流行します」とな…ア・ラ・モードきたこれってか?ちなみにクリームがキタコレになるのは一九世紀とな…「牛乳から乳脂肪を分離させて作りますが、一八七九年にクリーム分離器が製造されて、より早く確実に牛乳クリームが手に入るようになりました」とな…生クリーム大量に使えるよーになったのは百年前位からなのか?

 そゆ事で、仏人一人当たりの砂糖の消費量もうなぎ上りってか?で1845年には年間3.6kgだったのが、1858年には4.3kg、1861年には6.4kg、1866年には7.1kg、1871年には7.8kgとなり、パリ人だけなら、1870年に10kg以上って言うから、パンがなければお砂糖なめればいいじゃないってか?

 さて、お菓子エピでは、レクチンスキーとババとか、ポンパドゥール夫人とチョコとか、マリー・アントワネットとクグロフとかについての詳細は本書をドゾ。

 世はベルサイユへいらっさいで、中央集権国家キタコレで、世界の中心は仏みたいなイケイケの時代だったと思いきや、「各地方それぞれに内部の税関がありましたし、度量衡も統一されていませんでした」また徴税も「地方ごとに異なっていました」だそで、内実パラパラとゆーのが仏の実態だったらすぃ…

 そんな訳で増税キタコレって、どこの国も税金上げれば、政府が倒れる、これ必然って奴なのか(笑)しかも、英との対抗から米の独立戦争に肩入れしてますます国庫が空になると…かくて、陛下、革命でございます来たぁーっになるのか(笑)

 とはいえ、革命の狼煙を上げた庶民とブルジョワでは目指すものが違っていた訳で、その後の19世紀は、お貴族サマの立ち位置に、ブルジョワがとって変わっただけとも言うになるのか(笑)

 まぁそれもともかく、それまて宮廷、貴族お抱え料理人達が放出されて、パリにお店開業しましたが、何か?になり、勿論スイーツ店もキタコレになると…この辺りから、一般人も巻き込んでのスイーツ文化の花が咲くになるとな…

 そして世紀のシェフ達キタコレで、ユベール・ルボー、アントナン・カレーム、ユルバン・デュボワと出てくるし、後にオーギュスト・エスコフィエ、ガストン・ルノートルも控えている訳で、スイーツも、ピエス・モンテ、クロカンブーシュ、シャルロット、ブラン・マンジェと出てくる訳で、その他にも19世紀のお菓子として、エクレール(エクレア)、パリ・ブレスト、ミルフィーユ、サントノレ、ルリジューズ、タルト・タタン、ピュイ・ダムールと同時多発的にあちこちでスイーツが生まれてくるもんね状態に突入ってか(笑)これまた詳細は本書をドゾ。

 ちなみに、プチフールって、ブルジョワの密かな楽しみだったのか(笑)いつでも、どこでもちょこっと頼めるみたいな(笑)しかも「ブルジョワたちは、日曜ともなれば、朝、善き敬虔な市民として地区の教会のミサに列席しますが、その教会の門を出たらすくざま、町一番の菓子店に行って、評判の菓子を紙袋に詰めてもらい、大事に持ち帰る-というのが、大きな楽しみでした」とな…となると、スイーツ店って教会とワンセットであると思いますなのか?仏?

 後は、サロンきたこれで、こちらでもスイーツ如何っスかぁーで、社交界で評判のスイーツも当然出てくるよねって事か(笑)女主人の腕の見せ所ってか(笑)

 まぁ何はともあれ「フランス菓子には、家庭で作るというより、徹底的にプロの世界に属する、という特徴があります」とな…餅は餅屋が徹底しているのが仏って事らすぃ…そんな訳で、「一九世紀はお菓子の黄金時代であり、パリやリヨンなどのグルメ都市には多くのパティシエが輩出し、店を構えていました」になる模様…需給一致キタコレってか(笑)

 それにカフェ文化キタコレだし、交通網が発達してプチ・旅行ブームキタコレだし、ここでもスイーツの需要増大ってか(笑)で、都市からお菓子持って出ていく人達もいれば、逆に地方の名産品がパリにキタコレもあると思いますでパリでブレークってか(笑)ちなみにマドレーヌもコメルシー(ロレーヌ地方)のスイーツだったのか?こちらの詳細は本書をドゾ。

 紆余曲折は色々ありすまよってにでして、例えばWWⅡの時の食料配給制下のスイーツなんて、何じゃそりゃの受難の時代もあれば、戦後のイノベーションきたこれもある訳で…こちらの詳細も本書をドゾ。輸送手段、冷凍設備、大量生産、機械化キタコレってか(笑)

 それにしてもムースって、「一九八一年、ミッテラン大統領による社会主義政権が生まれたことがムースの時代到来のきっかけ」って、ホンマでっかぁーっ?「労働時間短縮の政策が打ちだされると、菓子屋業界はそれに反対する措置として、ショック・フリーザーを導入しました。生菓子をまとめて作ってこれで冷凍保存しておくのです。しかし、果実は冷凍に向きません。でもピューレ状にしてクリームなどと混ぜてしまえば冷凍が可能です。かくしてムースの時代がやってきた」ってか(笑)

 仏豆知識的には、仏の「国籍を得るための条件として長らく「出生地主義」をとってきました」のとごだろか?「フランス人としての市民権を得るには、フランスの国土で生まれ育つことこそが重要であり、いかなる民族・人種の者でも「フランス人」になりうる」というスタンスだったとな…ちなみにお隣の独は言わずと知れた「血統主義」のお国柄だったそな…

 まぁそれもともかく、この仏の出生地主義も「一九世紀以来、血統主義併用へ変更されました」そーですが…まぁそんな訳で現代仏、移民多しの世界に突入している模様…「フランス人の四人に一人は、その親か祖父母が移民であるといわれています」とな…

 でもって「ひとたびフランス人になると、移民たちはフランスという国家にいわば忠誠を誓い、国家の基本原理を遵守し、フランス語という共通語を正しく話し書くことが求められます」「さまざまな出身・由来をもつ人々かなら成るフランスでは、私的な空間では独自の宗教や生活慣習や言語の自由が保護されていますが、公的な場では全フランス人が、唯一の共通の原則に従わなければならないのです」とな…

 かくて突き詰めると「フランスにあるものだけが正しく、普遍的な価値をもつのだ」と正当化されるのです」って、まぁこの「思い込みの強烈さ」がおフランスとゆーものらすぃ…「そうしてドイツの哲学も、イタリアの音楽や人文主義や食文化-そしてお菓子-も、うまく採り入れ、しかも採り入れてしまってからは、あたかももともと自分のものであったかのようにふるまい、外にも主張するのです」って、それってどっかのくnゴホンゴホン…

 後、豆知識的に今でしょ(死語?)では、「一九〇五年の「政教分離法」でした。教会の動産・不動産は国有化され、目録作りがされた後で、使用が認められました。宗教は「私的」領域に追いやられ、国家の「公的」な関心事ではなくなります」ってな(笑)そしてその百年後には…歴史は繰り返すってか?

 さて、「フランス語を守り、公的な場でそれ以外の外国語をけっして使わせてこなかったフランス、この孤高の矜持を、グローバル化時代にどこまで守りきれるでしょうか。そしてフランスの文化戦略はどうなっていくのでしょうか」とゆーのが、仏のこれからの歴史って事になるらすぃ…食文化始め芸術の都パリ、まだまだ当分は安泰なんですかねぇ?

 他にも色々本当に色々エピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。フランス菓子は永遠に不滅です(キパッ)ってか(笑)

 目次参照  目次 文系

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