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2016年11月26日 (土)

日本の音?

義太夫を聴こう  橋本治  河出書房新社

 所謂一つのエッセイだろか?そしてお題は義太夫…義太夫、果たして今の日本人にこの名前だけで分かる人がどれだけいるのか?ついでに、モノホンを聴いてこれまた理解できる人がどれだけいるのか?うーん、日本の伝統芸能パネェ(笑)

 物語、楽器付きでしょか?歌っているというよりは喋っているに近く、三味線の音は伴奏というよりは、合いの手みたいなノリの?で、それは何?とゆーと、文楽のアレらすぃ…文楽というとどーもあの人形使いのみなはま方の方ばかりに目がいってしまうんですが、その実、彼らは物語に合わせて人形を動かしている訳で、劇進行的には、義太夫キタコレなんじゃね?なのか?のか?

 まぁ何にしても、思うのは昔の芸能は贅沢だなぁと思うとこだろか?何がと言えば、時間が(笑)今だとどんな芸能でも、一つ2時間位が相場じゃね?コンサートにしても、お芝居にしても、洋の東西問わず、午後六時か七時に始まって八時か九時で終わる位の長さとでもいおーか(笑)一次会の宴会タイム位で済む時間とでもいおーか(笑)

 ところが昔の芸能って丸一日がかり何て事が普通にあったよーで、延々朝から晩まで演ってたんですかねぇ?何が言いたいかとゆーと、今だと通しで上演できるとこ、こと、ありえへーんというか、無理じゃね?の世界が展開している模様…

 しかも、劇で言う一幕だけでもボリュームあるのに、それが何幕もあり、幕間劇あり、で、何より、そんな長丁場の物語を支えているお約束が観客の頭に共有されているとゆー大前提がありで、伝統芸能、なかなかに体力、気力、それに知力もいるとゆーフルマラソンというより、トライアスロンなノリだと思うんだが、如何なものか?

 で、本書では、そんな儀太夫の中でも道行だけをチョイスしてお披露目って事らすぃが、これは物語の本筋からしたらワキだけど、でも、変化があってメロディアスらすぃのだ?義太夫の初心者的に、サビだけでもどよ?みたいな、儀太夫ってこんな感じなんですよ的なお話しらすぃ…まっ幕間には幕間の楽しみというか、短めだし、素人には入り易くね?みたいな?

 まぁプロの奏者からしたら刺身のツマのツマだけお聞かせするのは如何なものか?とゆーのもあるだろーけど、トーシロ的にはいきなり仏料理のフルコースきたこれよりも、まずはメインの合間に出てきたお口直しのシャンパン・シャーベット美味ぇーからの方が敷居はかなり低いのでは?と推察いたします…

 とゆー訳で、とにかく、素人に義太夫とはこんな曲調で、こんな物語進行で、動きのあるお話しなんですよ、とゆー、映画における予告編みたいなノリかなぁ?そして本書をそれを紹介しているお話しのよーな気がする?

 アリス的に義太夫…まぁ文楽とゆー事で、オノコロ島か?

 後は雛人形の漫才、おわらいのとこかなぁ?「鼓を打ちながら漫才をするというのもその名残で、そのルーツは室町時代にまでさかのぼります」って、そーだっのか?漫才?「初めは千秋万歳と言われていたのが、江戸時代になると各地に広がって、三河万歳、大和万歳、秋田万歳と言われるようになります。かつての獅子舞のように、正月になると各家を回って「おめでとうございます」のお祝儀芸を演じる門付け芸です」って、これまたそーだったのか?漫才?

 で、それは「大夫と才蔵の二人のコンピで、才蔵が鼓を打ち、それに合わせて烏帽子に直垂というオーヴァーな恰好をした大夫が、祝言の言葉を語りながら舞うというものでした」って、ホンマでっかぁーっ?ちなみにこれが「鼓を打ちながらやる漫才の原型」って…

 そんな訳で、「室町時代から昭和の戦後まで大衆的な芸能の中に鼓が使われ続けていた」とゆー事らすぃ…漫才に歴史ありってか…コマチさんに聞いてみよー(笑)

 義太夫、三味線と語り(歌?)ありきでして、まず三味線とは何ぞや?かなぁ…「私は日本音楽の楽器の中で、三味線が一番すごいもんだと思っていて、特に儀太夫三味線は「どんなものでも表現できる」くらいのものだと考えています」とな…そーだったのか?三味線?

 ちなみに、昔々のその昔中国からやってきた三味線は「初め撥で弾くという演奏法がなかった」って、ホンマでっかぁーっ?ちなみに「沖縄の三線は今でも撥を使わずに爪弾きですが」って、そーだったのか?じゃみせん?

 では何故に三味線を撥で弾こうなんて思ったかとゆーと、琵琶からとな…「それまでの日本に、抱えて弾く弦楽器は琵琶くらいしかなくて、しかも琵琶は撥で弾きます」とな…かくて、三味線が一気にメジャー楽器になったらすぃ…それは「三味線の音が派手だからですね」とゆー(笑)

 どゆ事とゆーと「琵琶は、音を反響させる胴の部分も含めて、全部が木製です。胴も、中は空洞ですが、それほど厚くはありません。持てばある程度の重量感もあって、それにふさわしく音も低く重厚です」とな…それに対して三味線は「箱型の木の枠に動物の皮を両面に張ってあるという点で、太鼓のような音の響き方をするものになって、その音も大きく派手です」更に「象牙の撥で弾くことによって、琵琶よりも小回りが利いて幅のある音が出せるようになりました」とゆー訳で、音の表現がいぱーいでけたとゆー事らすぃ…

 かくて「華やかで派手な音を出す三味線の登場で、日本の音楽は中世から近世へと進みます」とな…

 も一つの琵琶と三味線の違いでは、「琵琶が踊りの伴奏音楽になれなかったことです」もある模様…こちらの詳細は本書をドゾですが、一例として「出雲の阿国の始めた阿国歌舞伎の舞台には、三味線が登場しません」とな…三味線が登場するのは「遊女歌舞伎、女歌舞伎と言われるものが登場するようになってからです」とな…

 そして浄瑠璃がキタコレで、「浄瑠璃というのはそもそも「物語を語る芸能」です」とな…「「浄瑠璃」が登場したのは室町時代のことで、同じ「語り物」であっても、それ以前の鎌倉時代からある「平家物語」を語る芸能とは区別する意味で、新しく登場した語り物を「浄瑠璃」と言ったのでしょう」となる模様…

 更に「江戸時代になって、この「浄瑠璃」に人形に動きを付けて上演されるようになり、「人形浄瑠璃」と言われるものが出来上がります。この浄瑠璃を語るのが義太夫節で、それを語るための音を出す楽器が三味線」だけど、浄瑠璃の音には、琵琶もあれば鼓もあったらすぃのだ…こちらの詳細は本書をドゾ。

 それは「日本の語り芸は、語る声自体に節回しがあって、伴奏楽器はそこに合いの手を入れるように、ところどころでリズムを刻むものでよかったのです」とな…だから、打楽器的で全然OKな世界だったらしー…ところが「三味線が登場することによって、「語り物」と言われるものが高度な表現を可能にするようになったのです」とな…芸能の夜明けじゃーってか?

 色々説明あるんですが、そちらの詳細は本当に本書をドゾで、「江戸時代の日本音楽の中心にあるのは三味線ですが、この三味線には大きく二つに分けられます。一つは、歌舞伎の中心にあった長唄三味線で、もう一つは人形浄瑠璃を成り立たせた太棹の義太夫三味線です」って、そーだったのか?三味線?三味線に種類があるなんて全然知りませんでした…

 で、その違いは「長唄三味線が澄んでさっぱりとした花やかな音が出るのに対して、義太夫三味線は重量感のある、あえて言えば濁った音です」とな…ちなみに元は義太夫三味線だったらしーのですが、長唄三味線が一般化したので、儀太夫三味線の方が太棹と呼ばれて区別されるよーになったらすぃ…

 また、別の表現でいけば「華やかな音に改良された長唄三味線の音は「劇場の音」ですが、義太夫三味線の音はそれ以前に「民衆の音」」って事になるみたいです…よーするに義太夫三味線がソフィスケイティドされたら長唄三味線になったんだろか?

 そして長唄三味線なんで、長唄で、長唄は歌ですから、物語を語らないとな…そして義太夫の方はまず語りありきとゆー事らすぃ…「義太夫節の方は、一つの長い物語を語るものですから、その物語が完結するまで、語り手である大夫を何人も替え、三味線弾きも何人も替えて、休憩時間を取りながら、朝から夜までずーっと語り続けます」って…義太夫とはまず体力ありきの世界かも(笑)

 そして何を語っているのか?は詞章なんですが、しかもそれは「義太夫の詞章は普通の古文とも違います」って、ドンダケェー(死語?)しかも「浄瑠璃は、現代人のために作られたドラマではありません」でして、江戸時代の人ならばツーさ言えばカーで分かる内容も、今でしょ(死語?)では、何言ってけつかるねんという全くの意味不明のミステリーきたこれになる悪寒ってか(笑)

 何事も分かるには下地がある程度必須アイテムって事だよなぁ(笑)まさに文化って奴じゃね(笑)

 と、ここまでがまた本書のさわり、これを踏まえて道行に行ってみよーと思いませんかぁーっなノリですので、本書的メインなお話しについての詳細は本書をドゾ。いや、やっぱ紀行文は、テンポやリズムがあるからトーシロでも入り易いって事ですかねぇ?

 さて、本書他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。個人的には、本書巻末の著者と鶴澤寛也さん(女流義太夫三味線弾き)との対談のとこがツボりました(笑)

 例えば、義太夫の三味線の音の表現のとこで、「テンというのは三の糸の開放弦なんですけれど、バリエーションがあって、テン一音で悲しみや勢いを表すとか、きれいな音を出すよりも状況を描写することが大事なんです。業界用語では「模様を弾く」と言います」(@鶴澤)とか、義太夫は物語の心理を表しているなとこで「でも、みんなあらすじでわかりたがるんだよね。あらすじでわかってもいいこと何もないですよ。「私は不幸じゃないから、不幸な話は聞かない」っていうのはひとつの理屈なんだけど、それをやっていると他人の不幸もわからなくなる。近世の演劇は人間模様のドラマだから、他人の不幸と自分の不幸というのは必ずオーバーラップするようになっているんです。他人の不幸に共観できるのが江戸時代の観客」(@橋本)とな…それが昭和30年代位までは続いていたそな…それが切れた現代は「今は歌舞伎だって新作というとシュールなわけのわかんないのばっかり、泣ける芝居はやらない」(@橋本)とゆー事になっているらすぃ…そーだったのか?歌舞伎?

 後、義太夫の三味線の立ち位置ってのが「義太夫なんかだと、三味線が大夫に稽古つけるのは意外と当たり前で、三味線のほうが上だったりするんですよ。実際語るのは大夫のほうが比重は大きいんですが」(@橋本)って、そーだったのか?義太夫三味線?もしや文楽は、人形よりも、大夫よりも、三味線聞けの世界なのか?のか?

 最後に一つ、本書で一番ハーヘーホーと思わされた一言を「歌舞伎だって、今の時代、若いのはしょうがない。昔とは全然違って、踊りなのか体操なのかわかんない」(@橋本)って…歌舞伎にもにんげんこくほーとかいたよーな気が(笑)

 目次参照  目次 音楽

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