« 変わる事と変わらない事? | トップページ | 時間管理? »

2016年11月11日 (金)

知らざぁ言って聞かせやしょー(笑)

歌舞伎にアクセス  伊達なつめ  淡交社

 歌舞伎…日本人にとっては何となく身近なよーで、敷居が高い、そんな世界のよーな気がするが気のせいか?とゆーのも「歌舞伎座に行く時に着て行くものが問題になるのは、そこが一番格式の高い劇場だからだ」(@橋本治)とかあって、ドレスコードありきらしーじゃんとゆーとこで、まずトーシロはびびる(笑)更に、「歌舞伎は、観客の反応を前提にしてできあがっている。レベルの低い観客を集める歌舞伎は、レベルが低い。それは、事実なのだから仕方がない。歌舞伎の奥深さは、レベルの高い観客の期待に応えるための技術ストックなのだから、「それを引き出させてやる」という、贅沢な構え方をしないとどうにもならない」(@橋本)で、最早歌舞伎観劇とは注文の多い料理店ばりにキタコレの住人だったらすぃ(笑)伝統芸能は受け手にもある程度の素養がないと始まらないとゆーとこが、伝統芸能たる由縁か(笑)

 さて、そんな歌舞伎の歴史も元をただせば、400年前「京都に女性パンクが登場」しますたぁーっが始まりじゃね?出雲の阿国、遊女歌舞伎、若衆歌舞伎、歌舞伎禁止令、狂言尽くし、野郎歌舞伎とこの辺りの変遷は歴史の教科書に出てきた通りのお話しとな(笑)

 「1624(寛永元)年に猿若勘三郎ひきいる猿若座、のちの中村座が江戸に下って興業をはじめた後、元禄時代には江戸に四座、京に三座、大阪に四座、幕府の許可を得た芝居小屋ができ、各座は一年契約で役者をトレードし、演目を用意してセールスをはじめるようになった」とな…ちなみに「毎年十一月はお抱え役者の披露「顔見世」の月だったので、これが現在も、東京歌舞伎座で十一月、京都南座で十二月に行われる「顔見世興行」として残っている」んだそな…そーだったのか?顔見世?

 しかも「役者も契約金アップのために芸をみがこうという意欲がうまれ、すでに「立役」「敵役」「若衆方」「女方」「道外方」などに分かれていた役柄の専門性を深めるようになった」とな…何事もモチベーションって大切だなぁ(笑)ちなみに「江戸の「荒事」、上方の「和事」」もこの頃にでけたとな(笑)

 アリス的には、歌舞伎…海奈良の近松か、後は京都大阪という事で、南座(京都四条大橋詰)と大阪松竹座(大阪道頓堀)かなぁ?その土地の歌舞伎の劇場、あると思いますじゃね?

 ちなみに近松のプロフィールは本書によると「歌舞伎と人形浄瑠璃の大ヒットメーカー。実際におこった心中事件をテーマにした初の世話物「曾根崎心中」のほか、世に数々の名作を送り出す。いまに残る作品80のうち世話物は約3割、ほかは時代物。"こてこての大坂"が観たい向きには近松の世話物がおすすめ」って事になるらすぃ…

 他にも歌舞伎作家達としては、並木宗輔、初世並木正三、初世並木五瓶、初世桜田治助、四世鶴屋南北、河村黙阿弥、坪内逍遥と錚々たる面子キタコレってか(笑)

 さて、いけいけだった歌舞伎ですけど、元禄年代の人気は人形浄瑠璃(文楽)キタコレでやっぱ近松ってパネェって事ですか?そーですか(笑)

 そんな訳で「歌舞伎の停滞期でもあった1716(享保元)年、近松作の「国性爺合戦」が、歌舞伎として京都、大坂、江戸の小屋で上演され、大成功をおさめる」事になったとな(笑)これ以降、歌舞伎は人形浄瑠璃の演目キタコレ状態でフィーバーってか(笑)ちなみに当時は「義太夫狂言」と呼んでいたらすぃ…

 更に享保年間には、能からもフューチャーされましたで、あちこちの伝統芸能をみんなみんな歌舞伎とコラボ、リメイクしてしまえばいいんだわ状態に突入した模様…

 さて、伝統芸能の一番の嵐キタコレは、明治維新で、その荒波は歌舞伎も当然かぶるんですが、白井松次郎、大谷竹次郎の双子の兄弟登場で、松竹キタコレってか(笑)松竹の社史についての詳細はそちらをドゾ。

 そして、第二の荒波は戦後のGHQってか…「進駐軍が封建的な内容の芝居を禁止した」ら、上演できるものなんてないやんけに、でも「親日家で歌舞伎ファンだったフォビアン・パワーズという演劇係長の尽力」で、何とか存続って…米の自作自演?本当に有難うございました…米の文化度と民度って、いつの時代も本当に素晴らしス(笑)

 蛇足ですが、「昭和40年、歌舞伎は重要無形文化財に総合指定された」そな…そーだったのか?重文?成程、どこぞで人間国宝だと啖呵きれる訳か(笑)

 さてさて、歌舞伎の内容についての詳細は本書をドゾ。演目は勿論ですけど、他にも色々ありましての世界ですから(笑)

 例えば、お話しの構造、普通の庶民として暮らしているけど、実は世を忍ぶ何ちゃらみたいな?もしかして越後のちりめん問屋のご隠居が、先の副将軍とゆーのも、歌舞伎的な設定だったのだろか?うーん?

 豆知識的にはチャリ場とかどよ?ちなみに「チャリ場とは、コントのように笑わせることを目的につくられた場面のこと」なんだそな…「語源は人形浄瑠璃の「和田合戦女舞鶴」の「阿闍梨場」という場面であるとも、「茶化す」という言葉からであるともいわれる」って…まぁ長い舞台劇の間には、ちょっとした息抜きも必要だよねって事だろか?

 他に豆知識的で音楽キタコレとなると、竹本、常磐津、清元、長唄、大薩摩とあるらすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。

 他に豆ってゴーでは、大向こうだろか?「大向こうというのは江戸時代の観客に起源があり、芝居好きで時間とお金に余裕のある客」「が、ごひいきの役者に声を掛けたものです」(@中條嘉昭)とな…なお現代は「劇場に属しているわけでも、特定の役者に限定して声を掛けるのでもありません。あくまでも中立の立場で、芝居を盛り上げるように声を入れるのが大向こうの役目です」(@中條)という事になるらすぃ…

 そんな訳で大向こうって会員だったんだそで、「歌舞伎協会から正式に認められた団体です」(@中條)が、東京に三つ、関西に二つあるそな…ちなみに所属会員は男性のみ(笑)

 そして「大向こうの会員は劇場から「門艦」という、顔写真入りのフリー通行証をいただいています」(@中條)とな、それで会場入りして「大向こうとは本来、「向う桟敷」の総称で、最後方の一幕見の立ち見席のことですから、「立ち掛け」が基本です。ですから、三階の客席通路とか、お客さんの邪魔にならない所に立って声を掛けます」(@中條)という事らすぃ…これ完全ボランティアとしたら、凄い世界だよなぁ…どこで、どゆ声質と音量で、何を言うべきかわきまえている訳だから…アマというよりプロの世界の気がするのは気のせいか?

 さて、他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。

 蛇足ですが、歌舞伎の屋号を
 成田屋、高麗屋、沢瀉屋、音羽屋、松嶋屋、成駒屋、播磨屋、中村屋、京屋、萬屋、加賀屋、高砂屋、大和屋、紀伊国屋、橘屋、天王寺屋、高島屋、明石屋、三河屋
 とあるそな…

 目次参照  目次 文化・芸術

|

« 変わる事と変わらない事? | トップページ | 時間管理? »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 知らざぁ言って聞かせやしょー(笑):

« 変わる事と変わらない事? | トップページ | 時間管理? »