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2016年12月26日 (月)

右を向いても左を見てもぉ(笑)

民族とネイション  塩川伸明  岩波書店

 最近の話題の上位を占めているのは、民族関係か?宗教関係か?果たしてどのグルーブに属しているのか?の旗色を示せで、旗色の正義とは何か?の世界じゃね?一概にそー言うけどそれってどよ?とゆーか、ちょっと待って、今の言葉プレイバックプレイバック?なお話しだろか?

 とはいえ、それを一口で言えるのならば、こんな丸々一冊の本になる訳もなく、「本書で取り上げる問題はきわめて複雑な相互関係にある」に尽きるんじゃね?って事じゃね?「民族・エスニシティ問題は、一方では、人々の日常生活における感情・意識・行動に関わる場面(言語・宗教・文化・生活習慣・メンタリティ・個別具体的など)で取り上げられるが、他方では、狭義の政治とりわけ国家の形成あるいは分裂に関わる場面にも重要問題として登場する」とな…よーするにとても広範囲にある問題だから、切り口は幾らでもあるじゃんの世界が展開している模様…

 そんな訳で、この学問分野も「政治学(これも、政治哲学・政治理論、アイデンティティの政治、各国政治史、国家制度論等々に分かれる)」、「社会学(理論社会学、民族・エスニシティの社会学、宗教社会学、アイデンティティの社会学等々)」、「文化人類学/社会人類学/民族学(「民俗学」という表現はヨーロッパ大陸で伝統的に用いられてきたのに対し、「文化人類学」はアメリカ、「社会人類学」はイギリスで主に用いられてきた。日本でいう「民俗学」は「民族学」とは区別されるが、ある種の接点がないわけではない)」、「社会言語学」、「歴史学(民族史、地域史、帝国史、思想史、サバルタン研究、その他多数の事例研究)」、文学批評(ポストコロニアル批評)」etc.という事になるらすぃ…

 よーするに何を見るのか?どこを見るのか?でいかよーにも検討できるんじゃね?とゆーのが、この手の問題、研究の実態らすぃ(笑)まっその人の立ち位置でこれまた違ってくるし、おんなじ事じゃねにもなると(笑)

 で、実にらすぃんですが、まず言葉の定義からどよ?で、本書では、エスニシティとは「とりあえず国家・政治との関わりを括弧に入れて、血縁ないし先祖・言語・宗教・生活習慣・文化などに関して、「われわれは〇〇を共有する仲間だ」という意識-逆にいえば、「(われわれでない)彼ら」はそうした共通性の外にある「他者」だという意識-が広まっている集団を指す、と考えることにする」のだそなもし(笑)よーするにここでは客観的にどよ?より主観的にどよ?の方が問題だって事らすぃ…まぁ詳細は本書をドゾ。ここの区別だけで、多分本一冊位できるんじゃね?な話だからなぁ(笑)

 更に「エスニシティを基礎とし、その「われわれ」が一つの国ないしそれに準じる政治的単位をもつべきだという意識が広まったとき、その集団のことを「民族」と呼ぶことにする」とな…こちらも議論百出ですので、詳細は本書をドゾ。

 更に更に「「国民」とはある国家の正統な構成員の総体と定義される」のだそな…しかも「近代社会における国民主権論と民主主義観念の広まりを前提にすれば、国民とはその国の政治の基礎的な担い手ということになる」とゆー、「国民主権的な発想が広まっていない時期については、「国民」という観念自体も存在せず、後の「国民」は「臣民」として捉えられていた」そな…よーするに国民概念って今でしょ(死語?)なのか(笑)

 でもって、ここでネイションがキタコレなんですが、「日本語の「民族」と「国民」は、ともに英語で言えばネイションになる(というよりも、元来、ネイションの二通りの訳語として、この二つの日本語が生まれた)」のだそな…「ヨーロッパ諸語におけるネイション(英)/ナシオン(仏)/ナツィオーン(独)/ナーツィヤ(露)の意味は、それぞれの国と時代によって多様であり、単純一筋縄では理解できない複雑性をもっている」そな…なるほろ、欧州情勢は複雑怪奇は今も昔も変わりなしってか(笑)

 そゆ事態を踏まえて、「本書では、日本語にネイションの訳語が二通りある点を利用して、ネイションにエスニックな意味合いが色濃く含まれている場合には「民族」、ネイションがエスニシティと切り離して捉えられている場合に「国民」とする」とな(笑)単語の意味って完全に同意の方が珍しいのか?貴方の赤と私の赤は違うまで行けば、最早哲学かも(笑)

 区分けはいつも難しいとゆー事らすぃ…単純明快スッキリーとはいかないのが現実じゃねとゆー事か(笑)例えば、民族の指標の一つに言語ありまっせで、「同じ言語を共有する集団を「一つの民族」とみなすわけである」とな…しかし、この場合も「何をもって「一つの言語」」とみなすのか?はたまた「「方言」とみなす」のか?それが問題だって事になるとな(笑)成程、仕訳、本当に必要なんですか?なんですかな訳か(笑)

 アリス的には、民族とかネイション…社学的にはあると思いますなんだろか?准教授ってとこかなぁ?まぁアリスの場合は大阪人というくくりとか、阪神ファンというくくりの方がキタコレに見えるけど(笑)

 さて、字義的にとこでどよ?はまだまだ続くよで、「英語のネイション/ナショナリティやフランス語のナシオン/ナシオナリテは、エスニックなニュアンスがあまりなく、「民族」より「国民」の方に近い。特に、ナショナリティ(英)/ナシオナリテ(仏)の語は、「国籍」の意味で使われることが多く、その国籍はイギリスでは血統主義ではなく出生地主義によるし、フランスも一九世紀末以降、出生地主義の要素が強まったから、その意味でもエスニシティとの結びつきは弱い」とゆー事になるらすぃ…

 更に「アメリカ合衆国の場合には、「ネイション」はほぼ完全に「国民」の意味であって、エスニックな意味はないといってよい。「多数のエスニシティが、その複雑性を超えて単一のアメリカン・ネイションに統合する」という発想が優越的である(アメリカでは、「ナショナル」という言葉「民族的」ではなく、「全国的」という意味になる)」とな…ついでに加の場合は、「英語系ネイションとフランス語系ネイションがそれぞれ存在するという見方が優勢で」であるそな…

 そして英の場合は、「イングランド・スコットランド・ウェールズという複数のネイションがある(アイルランド独立の前はアイルランドも含まれたが、その後は北アイルランドのみが残った)。ここでは、「ネイション」の語にある程度までエスニックな要素が含まれており、日本語の「民族」に近い」のだそな…同じ英語圏でも違いは色々ある模様…これでいくと豪とかNZもニュアンス違いそーなのだろか?

 違いの真打キタコレで、「ドイツおよびロシアでは、ナツィオーン/ナツィオナリテート(独)、ナーツィヤ/ナツィオナーリノスチ(露)の語にエスニックな意味が色濃く付着している。そのため、エスニシティに関わりない「国籍」の意味でこれらの語を使うことができず、「国籍の意味では別の言葉を使う(ドイツ語ではシュターツアンゲヘーリヒカイト、ロシア語ではグラジュダンストヴォ)」なんだそな…

 更に「ドイツ語ではフォルクという言葉にエスニックな意味が込められていることが多いため、それに比べれば、ナツィオーンにはエスニックな色彩は総体的に薄い」そで、「ナツィオーンとナツィオナリテートの区別」は「前者は「国民」と訳されうるのに対し、後者は「少数民族」ないし「エスニシティ」という感じになる」そな…

 ところが「ロシア語のナロードはドイツ語のフォルクと似通った言葉(ともに「人民」と訳れる)ではあるが、ソ連時代以降、ナーツィヤとナロードを区別して、前者はエスニックな「民族」、後者は超エスニックな「国民」とする使い分けが広まった」とな…

 どゆ事ゆーと「ナツィオナリテート(独)とナツィオナーリノスチ(露)はともにエスニシティを指すという意味でほぼ同義であるのに対し、ナツィオーン(独)とナーツィヤ(露)のあいだにはややズレがある(前者は「国民」と「民族」の両様に解されうるのに対し、後者はほぼ全面的に「民族」)」となるそな…言葉は変わってゆくのねってか(笑)

 アバウトにまとめると「ネイションおよびその関連語は、英仏では非エスニックな「国民」の意味で使われることが多い(アメリカではそれが最も徹底している)のに対し、独露ではエスニックな意味合いが相対的に濃いということになる。そして、日本語の場合、ネイションを「国民」と訳すと英仏的なニュアンス、「民族」と訳すと独露的なニュアンスとなる」そな…そーだったのか?日本(笑)

 と言葉一つでも色々あってなですので、詳細は本書をドゾ。これがナショナリズムになると最早何と言っていいのか?歴史ってパネェ…まぁ「「愛国心(愛国主義)」の語にはプラス・イメージ、「ナショナリズム」の語にはマイナス・イメージがまとわりついていることが多い」の件は、心当たりが多すぎるってか(笑)

 後、文化としての環境ってどよ?の件の詳細も本書をドゾ。子供と生まれなとこだよなぁ…氏も育ちも子供自身が選択したものでなし、ですし、おすし(笑)なのに「いったんある年齢までにある文化を習得してしまうと、そこからの離脱は非常に困難になる。外国語を習得したり、異文化を吸収することはあっても、それはあくまでも「外国語」「異文化」としてであって、十全に「自らの」ものにするのは、不可能とはいわないまでも、かなり困難である」って事だよなぁ(笑)国籍と国民と文化ってどよ?どこまで簡単に答えが出る問題でなしってか…

 まず国民国家の変遷で、欧州の場合、「「国民国家」の形成には、長期的な社会変化と短期的な政治変動の影響とが重なりあって作用している。先ず長期的な社会変化としては、交通・通信手段の発展、教育の普及、出版活動の活発化等々が、狭い居住範囲を超えた広い範囲でのコミュニケーションを発達させたという事情がある」そな…「そして、そうしたコミュニケーションが特定の言語によってなされることにより、その言語を共有する人たちのあいだで、ある種の一体感が形成されるようになった」とな…

 「共通言語を基礎としたコミュニケーションの濃密化、その言語に基づいた教育の普及は、前近代におけるよりもはるかに広い範囲の人々のあいだでの経済的・文化的交流を容易なものとする。このことが近代的資本主義い剤の発展と強い相関をもち、ネイション形成の重要な要因となった」とな…

 も一つ、仏革命キタコレで、「フランス革命は「国民の国家」という観念が主導的となる時代の幕開けを告げた。そのことは、政治の主体とされる「国民」のあいだにどのようにして一体感を創出するかという課題を浮上させた」とな…しかもこれは単に仏一国の話ではなくて、「ナポレオン戦争を契機に、ヨーロッパ諸国はフランスという強力な敵国と戦うためという要請から、それぞれの「国民的団結」を創りだす必要に迫られた(いわは、後の「総力戦」の論理の萌芽的登場)」であり「そのことは同時に、フランス革命を契機とする「国民国家」観念の影響が隣接諸国に拡大していくことを意味した」とな…

 とはいえ、「実際には、ヨーロッパ諸国においても、「純粋かつ模範的な近代」「純粋な国民国家」が実在したわけではない」とゆーのは肝に銘じておかんとね、らすぃ(笑)

 一番、仏さんの場合、「革命を経験する中で、「共通の法律の下に生活し、同じ立法機関によって代表される共同生活体」という「国民」(ナシオン)観が広がった」とな…ただ「ここでいう「国民の一体性」は、その時点では、言語・文化などの共通性に基づくものではなかった。フランス革命当時、住民の言語は統一されておらず、後に標準フランス語とさる言語を話す人たちは全人口のおよそ半分程度だったといわれる」ってホンマでっかぁーっ?

 よーするに「先に「国民国家」が一種の外枠として形成され、その後に、上からの政策によって言語的統一が推進されていったのであり、それがある程度以上達成された後の「フランス国民」は「民族」的な意味を持帯びることになった」とな…なるほろ、仏…

 二番、独というと、「第一国家成立に先立って、ドイツ語という言語を共有するネイション(ドイツ語ではナツィオーン)形成が進んでいた点が特に注目される(ここでのネイション/ナツィオーンは「国民」ではなく、「民族」に当たる)とな…

 「一八七一年に実現したドイツ統一はドイツ人の居住範囲と完全に重なる国家をつくったわけでない。一方からいえば、オーストリアやスイスのドイツ語圏はこれに加わらず、別個の国家としてとどまった」とな…そんな訳で「ドイツ国家の領土の外にも「ドイツ人」意識をもつ人々が多数住む地域があった」し、逆に「ドイツ帝国の中には、デンマーク人居住地域やポーランド人居住地域が含まれていたし、ユダヤ人も多数いた」そで、他にもかのアルザス・ロレーヌ地方キタコレだし、独国内でも文化的差異は大きかった模様…例えばプロイセンとバイエルンは同じ独人の夢を見るか?とか(笑)

 三番、伊キタコレで、「イタリア統一(一八六一年)達成期の有名な言葉として、「イタリアはできた、イタリア人をつくらねばならない」」がありますよってに…「「イタリア人」とされる人たちのあいだでの言語(方言)の差異、社会的・経済的・文化的な差異もかなり大きく、ある意味では「民族」の違いと見られることもある」とな…とはいえ「ドイツと違って連邦制ではなく中央集権的な単一国家制度がとられ、国家的統一を目指す政策がとられたが、そうした政策が一世紀以上とられた今日でもなお地方間対立の問題は残っており、ときおり浮上しているのは周知のとおりである」辺り、何だかなぁ…

 四番、大英帝国サマ来たぁーっ(笑)の場合、近代化の「最先進国」であることに伴う特殊性ともいうべき要素」がキタコレらすぃ…そーだったのか?ウルフ先生?とゆー事は、「イギリス以外の諸国の近代化過程においては、何らかの先発国が「模倣されるべきモデル」として存在していたのに対し、イギリスだけはそうした先行モデルももたなかったという点で特異である」とゆー事らすぃ…そんな訳で「近代化過程が長期にわたって漸進的に進行したため、古い要素も遅い時期まで残ったという特徴もある」となるそな…

 まぁ何にせよ、英ってばイングランド、スコットランド、ウェールズに北アイルランドの連合国ですから…「各地ごとの独自性を残しつつ「ブリティッシュネス(ブリテン性)」という意識も次第に登場した。これは一つには、交通・通信・出版の発達による文化的接近・融合の産物であり、とりわけ「英語」=イングリッシュの普及が大きな役割を果たした」とな…

 また実に英らすぃとゆーか「ヨーロッパ大陸との差異が重要であり、対フランス=カトリックという対抗意識がブリテンという統合を成り立たせたとされる」とな…成程、EU離脱ってか?

 そして「英国(グレート・ブリテン)は複合的ネイション構造をもつ国家として成立したが、こうした複合国家においては、愛国主義(パトリオティズム)とナショナリズムの関係が単一ネイションの国家よりも複雑なものとなる」そで「愛国主義は国全体(ブリテン)に向けられるものであるのに対し、ナショナリズムは個別ネイション(スコットランド、ウェールズなど)に向けられるものという区別がある」だそな…ちなみに「微妙なのは、ブリテン全体の中核たるイングランド」の場合だそで、イングランド・ナショナリズムってあるのか?ないのか?それが問題だって事らすぃ…そーだったのか?ウルフ先生?

 また、スコットランドの場合「イングランドとの対等なパートナーとしての認知を認める方向」であるのに対し、アイルランドの場合は「イングランドへの抵抗と独立論に傾斜した」そで、ブリテン内の対イングランドの思惑もそれぞれにありそーな悪寒ってか?

 更に英の場合、植民地キタコレで、こちらの「同化=包摂と異化=排除」や自由貿易主義の普遍性と、不均衡経済などについての詳細は本書をドゾ。

 さて、そんな各国が19-20世紀にかけて帝国の時代キタコレになる訳か…「国民国家が台頭するよりも前の「前近代の帝国」は、広大な領土を支配し、その中には他種のエスニシティが住んでいたが、統治の密度が低かったため、民衆は国家とはあまり関係なしに生活しており、特定の支配民族の文化による統一が強行されることも基本的にはなかった」とな…

 そんな訳で「「国民国家以前」の帝国においては、中心的な民族への同化政策がとられることもあまりなかったから、オスマン帝国は「トルコ人の帝国」ではなく、ハプスブルク帝国は「ドイツ人の帝国」ではなかった」とな…そんな訳でロシアも「ロシア人の帝国」ではなかった…

 ちなみに「現代のロシア・ナショナリストの中には、かつてのロシア帝国が多様な異民族を広く受け入れ、活躍の場を与えていたことを指摘し、ロシアは寛容な帝国だったと強調する傾向がある。しかし、これはロシアが異例に寛容だったということではなく、むしろ前近代の帝国に一般的な傾向というべきである」そな(笑)まぁどこの分野もシンパっているから(笑)

 そんな帝国の逆襲、オスマン帝国の場合…19世紀後半になると西欧の影響キタコレになっていった模様…「古い帝国のもとでは必要でなかった中心的民族による周辺民族の電化的同化と統合が、「国民国家」のもとで必要となる。しかし、それを下手に強いるなら、周辺民族の反撥を招き、かえって帝国の統合を揺るがしかねない」とゆーのがどこの帝国でもジレンマきたこれってか(笑)

 「オスマン帝国は多宗教・多言語・多民族の国家であり、統治エリートとなるにはイスラームへの帰依と「オスマン語」の習得が必須だったとはいえ、出自がムスリム・トルコ系である必要はなかった」とな…だがしかし、時代は「多様な住民の全体を統合するのは極度に困難だったことから、むしろトルコ語を話す「トルコ人」の団結論-トルコ・ナショユリズム-が登場することになる」とな…で、そのせーで「かえって非トルコ系住民の対抗的ナショナリズムの登場を刺激し、やがては帝国解体への動きを促す結果になった」そな…

 しかも「チュルク語(トルコ語より広い同系統諸言語)を離すムスリムは、ロシア帝国領にも多数住んでいた。一九世紀末-二〇世紀初頭にはヴォルガ・タタールやクリミヤ・タタールなどの間から、西欧文明の影響を受けて、イスラームを近代化に適合させようとし、世俗教育を重視する「イスラーム改革運動」があらわれたが、こうしたロシア・ムスリムの動きはオスマン帝国の知識人のあいだに密接な相互影響関係をもつことになった」って…黒海の向うは露ってか?

 その露帝国の場合、領土が広大すぎて、ついでに居住民族もいぱーいで一口で説明するのは無理ってもんじゃね?とゆー事らすぃ(笑)また「帝国内諸民族に対するロシア人のまなざしも一様ではなく、あるものに対しては「恐るべき強大な敵」(主にポーランドなど西方の諸民族に対して)、あるものに対しては「文明を広めるべき未開者」(主に東方の諸民族に対して)、そしてまた東スラヴの諸民族に対しては「一心同体」であるはずだとの同胞意識(但し、あくまでもロシアが「兄」であり、ウクライナとベラルーシは「弟」だという前提で)、といった多様性をもっていた」って…詳細は本書をドゾですが、自国と他国を兄だの弟だの、家族だの言いだすと禄な話にならないよーな気がするのは気のせいか(笑)結局、言って決めつけているのは露で、言われている方の言い分は如何に?だよなぁ?私、気になりますってか(笑)

 そしてハプスブルク帝国来たぁーっでは、「ハプスブルク帝国は一八六七年の「アウスグライヒ(妥協)」により、オーストリア・ハンガリー二重帝国体制をとることになった」そな…よーするにこれで「ハンガリーは名目上オーストリアと対等の地位を獲得したが、二重帝国内の他の諸民族の地位の問題はオーストリア・ハンガリーそれぞれの内部に残った」とな…そゆ訳で、「ハンガリー王国はクロアチアに対してはアウスグライヒの小型版による自治を認めたが(「ナゴドバ」体制)、それ以外の諸民族(ルーマニア人、スロヴァキア人など)に対しては、ハンガリーの「国民国家」として純化政策(フランス型の同化主義)をとった」とな…

 一方、オーストリアは「一八六七年の憲法で、すべての民族は平等である。すべての民族はその民族の特性と言語を守り、育てる権利を有する。教育・行政および公共の場においては、その地域で使われている言語の平等性が国家によって保証される、という原則が打ち出された」とな…まぁある意味、建前これ大切ってか(笑)で、現実はどよ?とゆーと「ユダヤ人は宗教的集団であって「民族」の定義に当てはまらないとされたから、ここでの平等化の枠外におかれた」そで「相対的に有力な少数派であるチェコ人やポーランド人と、より弱小のルテニア人(ウクライナ人)などのあいだには大きな格差があった」そな…ちなみに「チェコ人が多数派のボヘミアでは、チェコ人とドイツ人のあいだで、言語政策と官吏の地位をめぐって複雑な紛争が展開した(一八九七年バデーニ言語令とその撤回など)」とゆー事態に陥っていた模様…本音と現場って…

 さて、オスマン、ロシア、ハプスブルクと帝国内にいぱーいいますユダヤ人ってか…詳細は本書をドゾですが、「東方ユダヤ人(アシュケナジムと呼ばれる)は、イディッシュ語(ドイツ語を核として、ヘブライ語・スラヴ諸語の要素をまじえた言語)を主に使っていた。これに対し、オスマン帝国ではスペイン系ユダヤ人(セファルディムと呼ばれる)が多かった」そな…

 「ロシア帝国内のユダヤ人は、一九世紀後半にある程度の同化傾向が始まったとはいえ、それがあまり進まないうちに一九世紀末以降のボグロム(虐殺)にあい、帝政末期まで全体としての同化度は低かった」とな…しかも「居住地で独自の国家をつくることは不可能だった」し、「「文化的自治」論に傾斜」し、「どこか余所の地に「ユダヤ人の国家」を建設しようという考え(シオニズム)を唱えるようになった」とな…「後にイスラエルに移住するユダヤ人のうちかなりの部分は、ロシア帝国およびその隣接地域から移住した人たちだった」って、そーだったのか?イスラエル?

 また「一九世紀末以降、ロシア帝国におけるユダヤ人ボグロムの波や第一次大戦・革命の混乱の中で、多くのユダヤ人がロシアやポーランドから西欧・中央諸国に流入した。そのことは、在住国に同化しつつあったヨーロッパ・ユダヤ人と新たに流入した東方ユダヤ人の関係という新たな複雑な問題を引き起こした」となるそな…ロシアでもユダヤ人虐殺あったのか…

 なお、他に社会主義者達の民族論などの詳細は本書をドゾ。

 さて、話は新大陸に飛んで米の場合はとゆーと、一応「基本単位としての州は住民のエスニック構成と対応していないのである」ですけど、「特定の民族的マイノリティが多数派になる州をつくることも論理的にはありえたが、それは意図的に回避されたのだとの指摘もある。マイノリティがその伝統的居住地域で多数派を形成していた場合、その地域は州とされず、線引きの操作によって彼らを少数派としてたり(フロリダ)、人口構成が変わって彼らが少数派になるのを待ったり(ハワイ、アメリカ南西部)、あるいはプエルトリコやグァムのように彼らが少数派に転落する見込みのないところでは、州とする代わりに「自由連合州」とか「保護領」が設定された」って、さすが米の正義、歪みない(笑)そーいや一昔前に日本を米の51番目の州になんて妄想話があったけど、これからするとたとえ日本が米に併合しよーが、州になれる見込みはないんじゃね(笑)

 さて、そんな素晴らしき米ですが、一応「国家建設の基本的理念として、エスニックな紐帯による統合ではなく、むしろ異なるエスニックな背景をもつ人々が自由・平等・民主主義という普遍的理念のもとに結集するのだという自己意識がアメリカでは伝統的に強い」という事になるそー(笑)「現実には、特定の領土をもつ特定の国家として、他国と対抗的関係に入る中で、「アメリカ人」としてのネイション形成が進められた」のだそな(笑)

 まっ「「万人に開かれた国」という建前をもちながら、他面では、実際に受け入れられる移民には限りがあり、また「アメリカ人」として統合されうる対象も限られているという閉鎖性があった点が注目される」とな…ええ、「列島人種(主に非白人)」という単語があった事からすも見えてしまいましたの世界じゃね(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。

 とりあえず、「理念の上では、「アメリカ的自由」という観念が一種のナショナル・シンボル」となったそな(笑)「アメリカでは自由主義が生活様式そのものとなり、そのことが、逆説的な表現だが「教条的な自由主義」「自由主義の絶対主義化」「自由主義的画一性」等の現象を生み出した」かもって(笑)よーするに「「自由主義」のナショナリズム・イデオロギー化」じゃね?ってか(笑)

 「「普遍性」の標榜が国民統合の軸となり、特異なナショナリズムの原理となったのは、ある意味でかつてのソ連とも似たところがある。それは「革命によって建国された国」という共通性があるためであり、単なる偶然ではない」って、どこも大国って革命とお友達?

 さて、加の場合は、「英語系とフランス語系という二つのネイションがあるという考え方が有力である」そな…まぁ加も移民の国ですから、ケベック州のフランス語系住民の地位問題って相当にアレらすぃ…詳細は本書をドゾ。「フランス語系住民のみに特別の地位を認めること」は他の「ウクライナ系、ドイツ系、中国系その他の移民や、先住民などの問題」キタコレになる模様…

 豪の場合は、白豪主義から多文化主義へという流れらすぃ…尤も「多文化主義は既存の「文化」を固定的な単位とみなすことを暗黙の前提にしがちであることへの批判論もある。どのような集団の中にも、その集団の枠自体に反撥する少数派はいるし、また集団側の境も流動的であるはずなのに、多文化主義はかえって既存の「文化」を共有する(と想定された)集団の枠を固定していまうという問題である」って…最近何でも多がつくと良い事のイメージが勝手にあるけど、そーでもないのか?

 ラテンアメリカの場合は、言葉も宗教も似たよーなもんじゃね?とゆー観点からすれば、たくさんの国の分裂して独立する必要はあったのか?ですけど、そーなったのか「植民地時代の行政的な区画を受け継いだという事情が大きい」って、そーだったのか?中南米?「イベリア半島出身の官僚のキャリアは本国のマドリードを含み、また複数の植民地に及んだのに対し、現地生まれの官僚はいくら出世してもマドリードに到達しないことはもちろん」「限定された範囲を「巡礼」した」という事らすぃ…よーするに一つの行政区内をぐるぐるしている内に「「われわれ」意識が生まれ、それがそれぞれの「ネイション」の基礎となったというわけである」とな…何だかなぁですが、こちらの詳細も本書をドゾ。

 アジアに移って、中国の場合、「ある地域の中で相対的に「高度の文明」を自認する集団が他の集団を「野蛮」とみなし、「開化」の対象と位置づけるというのは、世界各地でよくみられる現象であり、中国だけの特徴ではない」そな、だがしかし、「漢字文明の際立って強い文化的ヘゲモニーは、これがあたかも唯一の中心であるかに自認する意識を遅い時期まで保存することを可能にした」とな…まっこちらの詳細も本書をドゾですが、結果「他の国々と並ぶ一つの国家として自己を意識せねばならなくなったことは、中国にとって大きな衝撃となった」となる訳で(笑)

 でもそんな中華の「中国を支配した清朝はまさくし外来王朝だったという事実」はどよ?でこちらの詳細も本書をドゾ。民族的云々では20世紀的指針に「五族共和」(漢・満・蒙・回・蔵)キタコレですけど、「観念においては対等な漢民族の一つであるはずの漢人が、現実には圧倒的重みをもち、政治的・文化的にも中心的な位置を占めるため、個別のエスニシティを唱えた統合であるはずの「中華民族」論は実際には漢民族・漢文化への同化を意味するという新たなディレンマが発生した」とゆー事にってか(笑)

 それにしても、民族自決も紆余曲折ありましての世界だったのか?ちなみに19世紀半ば以降のソレは、「より小規模な、あるいは「未開」とみなされた集団は、より大規模かつ「文明的な」民族に吸収され、統合されるのが「歴史の進歩」であると考えられていた」って…ホンマでっかぁーっ?しかも「この問題に関する限り、自由主義と社会主義のあいだに原則的差異はなかった」ってドンダケェー(死語?

 蛇足ですが「ウェストファリア条約(一六四八年)以降の国際社会体系は諸国家相互の主権尊重・内政不干渉を大きな原則とするから、他国の中での分離独立運動を外から支援することは内政干渉として排斥される」のか…

 そしてWWⅠ以降、「「自決権」をめぐる一連の議論は、理念の戦いであると同時に、国際政治における影響力をめぐるヘゲモニー争いでもあった」とな…自決、民族、国家、国民、思惑は枯野を駆け巡るで「さまざまな集団の思惑が食い違い、多くが幻滅することは不可避だった」とゆー帰結かな、ですか?そーですか?

 リアルはどよ?とゆーと、「ドイツ・ハプスブルク・オスマンの三帝国が第一次世界大戦の敗戦国となり、ロシア帝国が革命により瓦解したことは、中東欧を支配してきた帝国の一斉の崩壊を意味した」って事じゃね?

 で「結果的にポーランドは大きな領土を獲得し、それと関係して内部に大量の少数民族をかかえることとなった」とな…「ルーマニアも戦勝国として領土膨張を実現し(ハンガリーからトランシルヴァニアを奪ったほか、ロシア帝国領だったベッサラビアも獲得した)、内部に少数民族をかかえることになった」とな…ハンガリーは「敗戦国として領土を一挙に職掌され(戦前の領土の三分の二、人口の五分の三を失った)、国外に多数のハンガリー人が残るということになった」とな…ちなみに「在外ハンガリー人問題は今日に至るまでデリケートな問題であり続けている」そな…そーだったのか?ハンガリー?

 さて、民族自決、独立キタコレとなれば、世は小民族国家で溢れてどないすんねんの世界にならね?って事で、取り敢えず「新興の諸国家に対して、内部の少数民族の保護を義務づけた」「民族的マイノリティ保護」という概念の登場ってか?

 だがしかし、「マイノリティ保護を義務づけられたのは、中東欧の新興諸国のみにとどまり、西欧諸国については、植民地の民族自決も「本国」内のマイノリティ保護も問題にされなかった」とな…そして「マイノリティ保護は少数民族の自決権を認めないことの見返りだった以上、さらなる民族自決の拡大ではなく、現につくられた国家への統合が目標とされた」とな…

 ここで新たに、少数民族、マイノリティとは何か?もキタコレになる訳で…こちらの詳細も本書をドゾ。マイノリティなめたらあかんぜよの世界だなぁ…一例としては「東欧各地に多数移住していたドイツ人は、新たに形成されつつある「国民国家」(特にポーランド、チェコソロヴァキア)の存立を脅かす潜在的「強者」とみなされ、それゆえにこそ、大きな問題となった。ドイツからの領土回復要求もあり、それはやがて第二次世界大戦の引き金ともなった」とな…最強マイノリティ独人キタコレってか?

 そしてポーランドの場合、「戦間期には、全人口の約三分の一にものぼる少数民族をかかえることとなった(ウクライナ人、ユダヤ人、ベラルーシ人、ドイツ人、リトワニア人など)」って…このウクライナ、ベラルーシ人地域では「戦間期にはハプスブルク期よりも強い同化(ポーランド化)政策がとられた」となれば、少数民族の「対抗ナショナリズム」キタコレになるのは目にみえる結果じゃね?でして、「これは第二次世界大戦中から戦後初期にかけてのポーランド・ウクライナ関係を複雑化される要因となった」そな…

 しかもリトワイア問題もキタコレで「ポーランドとリトワニアはかつて連合王国をつくっていた歴史があり、国家回復期のポーランドにも最盛時の大領土復活の志向があったが、それはリトワニア人の側からしてみればポーランドによる併呑の志向とななされた」って…ヴィリニュス問題、侵攻、割譲辺りの歴史的変遷についての詳細は本書をドゾ。ポーランドって…他にも独人の同化ではなく異化政策、ユダヤ人の排除、移民(流出)奨励政策など、ポーランド政府パネェ…

 チェコスロヴァキアの場合は、チェコ人とスロヴァキア人は「きわめて近い関係」にあるはずなんですが、「ハプスブルク帝国内でチェコ人地域(ボヘミアとモラヴィア)はオーストリア支配、スロヴァキアはハンガリー支配だったため、歴史が異なった」とな…でもって「チェコの方が経済発展が早く、知識人やエリートを多数輩出したので、新国家形成はチェコ人主導となった。そして、チェコ人とスロヴァキア人という別々の民族が存在するのではなく、単一の「チェコスロヴァキア人」が存在するとの想定のもとに、単一の「国民国家」がつくられた」とな…想定外も凄いと思っていたが、想定内ももっと凄かったでござるの巻か?

 結局、これでスロヴァキア人のナショナリズム運動キタコレになって、チェコの敵って事で独と手を結ぶ事が後のナチと手をとゆー流れって…ちなみにそのチェコスロヴァキアで最大のマイノリティが独人ってゆーのもこれまた何だかなぁ…

 色々あってな三番目に登場は、ユーゴスラヴィアでして…この地域は「長らくオスマン帝国とハプスブルク帝国の勢力争いの場」となっていたそで…19世紀後、「セルビア人(東方正教圏に属し、相対的に早い時期にオスマン帝国から独立した)とクロアチア人(カトリックで、ハプスブルク帝国下にあった)が特に有力で、両者のあいだにヘゲモニー争いと構想の食い違いがあったが、ともかくも南スラヴとしての共通性があり(「ユーゴスラヴィア」とは「南スラヴ」の意)。そうした共通性のもとに、統一した独立国家が形成されることになった」とな…

 建国の紆余曲折についての詳細は本書をドゾ。ユーゴスラヴィア史パネェでござる…ただ、これも大きく国をまとめよーとすると必ずマイノリティきたこれになるのは歴史の必定なのか「非セルビア人たちの眼には、形を変えた「大セルビア主義」と映った。特にクロアチアでは、これに反撥するクロアチア民族主義が強まり、その中から「ウスタシャ」という民族運動組織が創立された」とゆーから、対立の歴史も長いのか…ちなみユーゴスラヴィア共産党はに「一九三〇年半ばには、むしろセルビアの支配にいする諸民族の自決権を強調する立場に移行した」とゆー…

 そしてWWⅡの頃はどよ?とゆーとウスタシャが率いたクロアチアに枢軸系の傀儡政権」キタコレで、現在のクロアチア共和国より広い領土を所有していた模様…でもってこの「ウスタシャ政権は特にセルビア人を敵視し、大規模なセルビア人殺戮が行われた。セルビア人側(特に、セルビア民族主義組織のチュトニク)もクロアチア人に対して報復行為を行い、相互殺戮がエスカレートした」そな…しかも当時「コソヴォはファシスト・イタリア政権下のアルバニアに併合されたが、アルバニア人の多くはドイツ・イタリアと協力してセルビア人虐殺に加わった」って…さすが世界の火薬庫バルカン半島、半端ない…ちなみにちなみに「このような大規模な民族間の相互殺戮は、戦後長らく「忘れられるべき汚点」とされ、語ること自体が抑圧されていた」って…バルカン半島って常に今でしょ(死語?)なのか?

 そしてソ連はどよ?とゆーと、もー凄すぎて何も言えねぇ状態ですので、詳細は本書をドゾ。「ソヴィエト政権は民族差別を単純放置したのではなく、アファーマティブ・アクション(積極的格差是正策)的な要素を伴う民族政策を通した差別克服を目指し、そのことがかえって新しい問題を生んだ」そな…小さな親切大きなお世話とか、過ぎたるはおよばざるがごとしって奴だろか?うーん?

 とりあえず、ソ連というとユートピア思想キタコレで、理念は常に挫折、空洞化するのが世の習いって奴ですか?そーですか?「ソヴィエト愛国主義」キタコレってか…詳細は本書をドゾですが、「ソヴィエト政権は独自の形で「(複数の)民族」およびそれと対応する「(複数の)国民国家」を形成してきた。一時期「ソヴィエト人」という概念が強調されたことがあるが、これは「民族」カテゴリーではなく、その上位概念-エスニシティの差異を超えた「国民」としての一体性-という位置づけだった」って、ドンダケェー(死語?)

 かくて「「形式においては民族的、内容においては社会主義的」という有名なスローガンは、むしろ「形式ないし建前においては社会主義的、内容ないし実質においては民族主義的」とみられるような現実を生み出していた」って…そーだったのか?ソヴィエト?

 ソ連の中の人の民族カテゴリー分けの詳細については本書をドゾ。中央アジアにベラルーシ、ルーマニアにモルドヴァ、南コーカサスにミングレル人、ラーズ人、スヴァン人、グルジア人、ミシャール人にクリャシェン人、タタール人etc.と、ホントにドンダケェー(死語?)でございます…

 しかも「ソ連においてロシア人が中枢的な位置を占めてきたのは紛れもない事実だが、この体制はその「平等」イデオロギーの制約のゆえに、実質的な格差をあからさまに正当化することが困難だという特殊性をもっていた」って事で、ここでもねじれキタコレになるのか(笑)

 なのに「ソ連におけるロシア人は、一般には「支配民族」とみなされているが、彼ら自身のあいだにはそのような自意識はなく、むいろ被害者意識とルサンチマンが一般的だった」って、何かもー最近はどこもかしこも己が自称被害者多いよなぁ…

 そんな訳で現代ロシアでは「ロシア・ナショナリズムが有力な社会組織となり、時として露骨に排外的色彩を帯びたりしていることはよく知られている」そで、それは「ソヴィエト時代においてロシア人が自分たちの独自利害や価値意識を前面に押し出すことを抑制されていたことへのルサンチマンという性格」からきてるとな…ロシア人も我慢していたって事らすぃが…えーと…まぁ…

 も一つ、ソ連国内で、「ロシア革命がユダヤ人の陰謀だという類の反ユダヤ宣伝は論外だが、二〇年代以後の共産党員およびソヴェト・エリートの中でユダヤ人の比率が相対的に高かったことは歴史的事実である」そな…ロシアのユダヤ人問題の詳細も本書をドゾですが、「ロシア帝国では二〇世紀初頭に至るまでユダヤ人の大半がユダヤ教とイディッシュ語を維持していた」そな…

 そしてソヴィエト期のユダヤ人扱いについての詳細は本書をドゾですが、「第二次世界大戦以前のソ連では、諸分野のエリート中でのユダヤ人の比率は概して高く、彼らはソヴェト化の相対的な受益者としての位置を占めた」そな…でもそれが「非ユダヤ人大衆のあいだの「ユダヤ人=ボリシェヴィキ」同一視、およびそれに由来する反感と差別感情を増幅するという結果を招いた」とな…

 大戦前の領土拡張でその地に住んでいた大量のユダヤ人キタコレになるし、WWⅡではナチス・ドイツの反ユダヤ政策に抵抗するにはソヴェト政権を支持するしかなく、「ソヴェト政権の対外宣伝の道具として利用される」もやむなしとゆー事らすぃ…そしてそれらが「非ユダヤ人大衆のあいだの反感をさらに強める結果を招いた」とな…どゆ事とゆーと「ドイツ占領地域でのユダヤ人大虐殺には、現地の非ユダヤ人大衆が率先して参加した例が少なくない。こうした諸民族の微妙な関係は、戦後になって「思い出してはならない」経験として封印された」って、ホンマでっかぁーっ?

 で、戦後どーなったとゆーと、政権はユダヤ人の自決、自立を恐れ、大衆は更に反ユダヤ主義だしで、「事実上の反ユダヤ政策がとられた」事になると…

 そして「民衆のあいだの反ユダヤ意識は根強く残り、一部の政治家もそれを利用し続けた」とな…社会主義のユートピアもパネェ…

 さて、植民地の方に視点を移してみるとどよ?で、インドネシアの場合、「この国には言語・社会構造・生活様式を異にする数百のエスニシティがあり、二〇世紀初頭の頃までは「インドネシア」という概念も「国民」意識もなかった」とな…オランダ領東インドパネェとゆー事で詳細は本書をドゾ。

 インドの場合は、多言語の国という事だろか?「一九九一年センサスによると、話者一万人以上の言語だけでも九六、話者一〇〇万以上の言語も二二あった」とゆーから、ドンダケェー(死語?)更に、印は「連邦制とエスニシティ・言語区分がある種の対応関係にある」とこらすぃ…印の場合、民族というより、「州をつくる基準は「言語」ということになったものである」なんだそな…

 トルコの場合、オスマン帝国崩壊後、国民国家のトルコ共和国キタコレで、「世俗主義と共和主義」「「国民」の均質性」「民族・宗教に関わりない「市民」としての統合」キタコレになるのか(笑)まっこゆ建前の下、「トルコ人への同化を求めるものであり、クルド人などの民族的存在を否定するものだったことはよく指摘されるとおりである。市民ナショナリズムの建前が、実はその裏の中心的文化への同化政策を行うという構想は、フランスの場合と似たところがある」とな…そーだったのか?土?

 そしてアラブの場合は、一口にアラブと言っても「アラブ地域には二〇以上の国家がある。宗教(イスラーム)と言語(アラビア語)という指標では共通性をもつことから、これら諸国の人々は「一つの民族」(カウミーヤと呼ばれる)であり、「一つの国家」に統一されて然るべきだという運動が起きることがある」とな…そんな訳でこの地域のナショナリズムは二つあるというか、二重であるとゆーかの世界らすぃ…それぞれの国家のもあり、統一国家もありで…

 尤も、この統一国家キタコレは絵空事や理想、理念というよりは、反イスラエル、反米の旗印に効力絶大って事らすぃ…敵に対する時は大きい物語が必至アイテムなのか?こちらの詳細も本書をドゾ。

 そしてイスラエルの場合は、「ユダヤ人がそれぞれの居住国で対等の市民となる可能性に絶望し、独自の国家を建設するしかないとする考え(シオニズム)」の果てにの建国キタコレでしょかねぇ?そのイスラエルに移住してきたユダヤ人も全世界からキタコレですから、違くねって事で、「言語的・文化的には非均質的である人々を統合する核として、ヘブライ語の普及」キタコレになったらすぃ…イスラエル政府はこれを公用語にする事によって「公教育を通して普及されることで、「国民」をつくりだしたのである」とな…そーだったのか?ヘブライ語?

 まぁまとまれば、必ず中にマイノリティとしての民族ありとゆー事らすぃ…これらを内包しているという事は解体への芽をも内包しているかもね?な話にもなるよーで、ユーゴスラヴィア、中国、ヴェトナムについての詳細は本書をドゾ。他民族国家どこまでもパネェっす…

 そして冷戦が終わったですが、グローバル化・ボーダーレス化キタコレで、「そのことに対する反撥や抵抗が各地に生まれ、新たな条件下でのナショナリズム再生の基盤ともなっている」そな…ボーダーレス化によって「垣根を改めて強めようとする動きも進行している」し、グローバル化の方は「経済競争の激化が、各国の経済ナショナリズムをあおっている」し、新自由主義による格差社会キタコレで、反余所者、反隣国、国民の一体感という幻想に浸るキタコレの傾向も強まってきているとな…また、国内への難民、移民問題も一役買っているとゆー側面もあるんじゃねらすぃ…

 そして帝国、米の誕生ってか?冷戦後の一人勝ち国家に見られる米に対する風当たりも相当に厳しいものがあるとゆー事らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。まぁ反米主義も全世界でキタコレ感ないと言えば嘘になるしなぁ…

 欧州の方はEUキタコレで、国民国家どーなるんじゃ?じゃね?そしてエデンの東じゃないけど、EUの東はどこになるんだぁーっ?も物凄く大きな問題になりそーな悪寒ってか?本書ではEUの拡大とはどこまでか?が焦点になっていますが、この前の英の離脱選挙からすると、規模を維持できるのか?もしくはEUの壮大な理念もどーなるのか?もあると思いますなのか?

 更に欧州内のマイノリティ問題もある訳で…いずこの国も国内に独立分子キタコレってか?言語から文化からその他諸々どーするよ?がいぱーいらすぃ…

 そして、手広く広げよー国の輪みたいなれば、逆向きのベクトルもキタコレも世の習いで、昨今の急激な右系化も大問題ってか?格差拡大も問題だし、元々住んでいた自国民への対応が新自由主義的には切り捨てご免だからなぁ…

 そんなこんなで「ソ連、ユーゴスラヴィア、チェコソロヴァキアという三つの連邦国家の解体、そして東西ドイツの統一」もキタコレとな…これらは「社会主義が終わった」と、WWⅠとWWⅡの戦後処理じゃね?でして、更に興味深いのは「冷戦終焉時に他民族国家の解体を経験したのは、どれも連邦制をとっていた国であり、しかも、旧来の連邦制度において、「共和国」という位置を与えられていた地域だけが独立国となったという事実である」って、そーだったのか?連邦制?

 何とゆーか、中央アジア、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタン辺りの事情とか、ウイグル、チベット、モンゴル、バスク問題とか、モルドヴァ、ルーマニア、ウクライナ、ロシアの関係とか、ロシアの下とイランの上の地域というか、黒海とカスピ海の間というべきか?の国々のすざまじさは…ええ、チェチェンとか、グルジア(ジョージア)とか、アゼルバイジャンとか、アルメニアとか、北南オセチアとかとかある辺りでござますよ、奥さん(誰?)他にも、バルカン半島各国もどよ?ですしおすし…こちらの詳細は本書をドゾ。

 後、史実とは何か?もキタコレになるのか?これか政治だ?なのか?一例としては「トルコによるアルメニア人大虐殺(一九一五年)問題」どよ?でして…土がEUに入る条件の一つが、「トルコ政府が「ジェノサイド」を認めていないことがトルコのEU加盟への重要な障害となっている」とこだろか?「とりわけフランスがこの点で強硬な態度をとっているのは、他者(アルメニア人)の悲劇を政治的思惑に利用しているのではないかとの疑念もないではない」とな…

 また「イスラエルという国が、パレスチナ・アラブとの関係では新たな加害者として登場したことをどのように捉えるのかという問題」もどよ?で、西欧は負い目あるからユダヤ及びイスラエルの主張を「無条件で聞かなければならないという意識が強く、またアメリカでは強力なユダヤ・ロビーが存在して、親イスラエル政策への圧力をかけている」とな…これをアラブ人から見たらどー見えるのか?は皆まで言うなの世界か?

 そして、社会主義から離別した中東欧諸国の欧州回帰現象もどよ?とゆー話になるらすぃ…チェコ、独、ポーランド辺りの領土問題と歴史問題しかり、バルト三国及びウクライナ、ベラルーシ等でのユダヤ人大虐殺問題も、現地人無関係じゃないとこに歴史の闇があるとゆー事らすぃ…「従来「ソ連体制の被害者」という自己意識のみを強調してきたために、自分たちも「加害者」の一員だったという事実をなかなか正面から受けとめることができないでいる」って…ホンマでっかぁーっ?

 また露のウクライナ・ジェノサイド問題や、エストニアの歴史記念碑問題とか、反露意識もキタコレになるらすぃ…歴史に対する認識というか、我慢が一挙に噴出してきた感がパネェ…何か離婚騒動の顛末を見るよーな気がするのは気のせいが、一緒に生活するって事はお互いに日日の不満を溜める事で、これまた日日にフォローしとかないと、ある日ドッカンときて修復不能になって、更に正義合戦キタコレになるのか?

 本書でひときわ目を引いたのが、「イスラエルの学者でもあり政治家でもあるヤエル・タミール」の弁…「「ホロコースト犠牲者の記念館が「過去の蛮行を現在の政治的な利害のために利用する仕方の一つ」だと指摘し、「受難の神聖視は、憎しみと不信を増幅し、そればかりか、紛争を永続化させるばかりの後向きの政治を生むことになる」と書いている」の件だろか?ユダヤ人がこれを言うかもあると思いますだけど、ユダヤ人だからこそ言える事だよなぁ…何か夜と霧を思い出してしまった…

 その他アンジェイ・ワイダ監督といい、「通常「被害者」として「加害者」を糾弾する立場にあるとみなされている集団の一員が、その糾弾が一面的になったり、独善的なものになったりすることへの警戒の念を表明し、寛容を呼びかける」人達が、まだこの世にはいたんだなぁ…

 そして今でしょ(死語?)では、各国の国内のナショナリズムの対応問題だろか?国内といいつつグローバルでボーダーレスですが何か?でもあるけど(笑)植民地統治における少数民族利用、独立してどよ?なんて問題はザラとある感じだもんなぁ…また自国内人口比問題もどよ?だし…リベラル・ナショナリズム、シヴィック・ナショナリズム、エスニック・ナショナリズム等についての詳細も本書をドゾ。

 また、西と東、上から目線と下から目線、身内と他者、資源の有無、寛容と開放性、相互理解、軍事紛争化、合理的選択と今でしょ(死語?)用語オンパレードでございます。こちらの詳細は本書をドゾ。どう捉えるかはマクロで見るか、ミクロで見るか、それが問題だってゆーか、問題にならない為のエトセトラだろーしなぁ…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん、これでも相当に端折っていますでして、本当に最初から最後までノンストップ劇場ですので、興味のある方は本書をドゾ。それても世界は、陽はまた昇るなんですよ、奥さん(誰?)

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