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2016年12月18日 (日)

ときおがそらをとぶぅーっ?

江戸な日用品  森有貴子・著 喜多剛士・写真  平凡社

 21世紀東京、何かもーネオトーキョーシティとか言って近未来SFじゃねな東京もあると思いますですけど、その実、お江戸のカルチャーいつまでもぉーもあると思いますなんですよ、奥さん(誰?)何とゆーか東京って街は、400年昔の記憶がずっとそこにある街なんですよねぇ…でして、そのグッズガイド本だろか?

 日本橋って、ある意味、日本の文化遺産になるんじゃね?な老舗がいぱーいなんだなぁと納得しますた(笑)最早、世界遺産も底が見えてしまった昨今、日本は日本で、国宝とか重文とか超えて、いいね❤もあってもいいと思ふの(笑)やっぱ、一番じゃなきゃいけないんですかぁーで、国民の生活が第一じゃね(笑)

 本書に掲載されているグッズは、皆、ハレのそれではなくて、ケのそれなんで、ちょっと地味かも?なんですが、そこは江戸っ子の粋が詰まっているので、ただでは起きないんですよ、奥さん(誰?)一つ一つが、ヘェーとおろろく下地、仕掛けが隠されているよな(笑)

 てな訳で本書程、まずは見て見てな世界もなかろー(笑)で、一目見れば、日本人なら誰でもピンと来る世界が展開されているんですよ(笑)ええ、ああどこまでも日本人的な(笑)

 アリス的には、雨天決行で傘とか、海奈良の婆ちゃんへのお土産の箸で、箸とか、46番目のドラえもんで、どらやき(梅花亭/中・新川)とかあると思いますだろか(笑)

 後は鮫山警部補の銀縁メガネで、眼鏡とか、コーヒー中毒の准教授に捧ぐで、漆のコーヒーカップ&ソーサーとか、それと月が二つあるアリスの月で、行燈の「和紙を通した柔らかな光が月明りのような「月華」」とかもありますよってに(笑)

 さて、傘の場合、江戸時代に普及したのは、「女性の髪型が複雑化したからともいわれています」とな…確かに、蓑や笠じゃ日本髪崩れてまうやろの世界か?洋傘の方は「幕末の万延元(一八六〇)年、アメリカに派遣された使節団のひとりが持ち帰ったことで洋傘が広まります」とな…他所から来たぞ、作ってみよーって、最早日本人のパターンなのか(笑)で、おんなじがつまらないからアレンジがどんどん進むと…

 後、眼鏡男子というと聖典では、鮫やんの出番ですですけど(笑)まっ昨今は「メガネ男子ブーム」でイメチェン男子多しなんだそーだが(笑)そんな眼鏡ですが、「現存する最古の眼鏡は、京都大聖寺大仙院所蔵の室町幕府十二代将軍の足利義晴の遺品とされています」って、そーだったのか?室町幕府?ちなみに「彼の亡くなる前年に、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが日本を訪れ、眼鏡を献上品としたことが多くの史料に残っています」とな…一年しか使わなかったのか?も気になるとこですけど、ピントはどーやって合わせていたのだろぉ?

 他にアリス的というと京都絡みで千代紙か?「京都の公家で千代姫という女性の好みの遊び道具であったことから、その名がついたともいわれている千代紙」だそな…「その前身は、平安時代より貴族が親しんでいたとされる墨流し、吹き絵、絵奉書といわれています」とな…昔は紙は貴重品だったはずで、それで遊べたとゆー事は相当にセレブじゃないと無理ゲだった模様…こーして見ると江戸時代ってパネェ事なんですねぇ…

 何とゆーか、本書は豆知識の宝庫、例えば浴衣は「鎌倉や室町時代、貴族が湯浴み時に着ていた湯帷子が起源とも言われ、庶民の間に広がったのは江戸時代に入ってからのこと」とな…「江戸初期は湯屋と呼ばれていた銭湯帰りに着るものだったのですが、江戸中期から夏の日常着へと進化していきます」とななな…

 何でそーなるの?的はお話しとしては、江戸時代の贅沢禁止令キタコレで、パンピーは絹が着れなくなったなら浴衣を着ればいいじゃないってか(笑)「当時のファッション・リーダーである歌舞伎役者が、衣装や日常着として考案した柄を浴衣に染め抜くと、人々もすぐさま同柄の浴衣を真似て作ったそうです」ですからぁー(笑)江戸っ子なめんなよぉってか(笑)

 何事も気がつけばアートにいっちゃうもんねな日本の工芸ですけど、浮世絵はともかく、浮世絵団扇なるものがあって、それが今だと「大英博物館やメトロポリタン美術館etc.に所蔵されているとは知らなんだ…

 江戸豆知識的には庶民は「菜切包丁が一本あれば十分でした」って…その理由が「基本は魚介類と野菜中心のつましい食生活。魚は売りに来る棒手振りに頼めばおろしてくれるし、むき身にした浅利、佃煮や煮炊きした惣菜も長屋の井戸端まで売りに来てくれます。包丁を使うのは、味噌汁に入れる菜っ葉を刻む時ぐらいだったとか」って、今より外食産業進んでね?もしかして、お味噌汁とご飯を炊く位で後は業者任せでOKって事?

 ちなみに「アゴ(刃元の先端)を丸くした菜切包丁は、正月に食べるのし餅を切りやすくするために作られた」って…お餅って菜切包丁で切るものだったのか?刺身包丁も江戸後期になってから鮪のズケきたこれで、「鮪をきれいにさく取りできるようにと、改良を重ねて刃先が四角になった刺身包丁が誕生した」そな…必要は発明の母って本当なんだなぁ(笑)

 も一つ江戸的生活で、「庶民にとって食器は、毎日洗うものではありませんでした」って、ホンマでっかぁーっ?「月に数回、洗う日が決まっていたそうです」とな…じゃ普段はどーしていたのかとゆーと「ご飯を食べ終わるとお茶や水を茶碗に入れて、沢庵できれいに茶碗のぬめりをとり、茶碗の水を飲んで終了だったとか」って…お寺で修行中のお坊さんの食事がそんな感じだったよな?よーするに昔の日本食って油が殆どない食だから、そゆので十分回っていた模様…やっぱ食器の汚れって油汚れなのか…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。そして、本書の中でこれぞまさしく日本人らしーエピだなぁで、はんぺん(神茂)のとこに「当時の主要な輸出品にフカヒレがあり、その需要で大量に余った鮫肉が魚市場で取引されていました。そこで大量の鮫肉を使う日持ちできる商品はないかと、日本橋の商人が試行錯誤の末、しんじょの製法を工夫して、「はんぺん」が誕生したのです」って…何とゆーか、何事も無駄を嫌う日本人の性質が如実出てね(笑)しかも、美味しいは正義、なんですよ、奥さん(笑)

 掲載されている老舗のみなさまは、
 竺仙(日本橋小舟町/浴衣)、濱甼・高虎(日本橋浜町/袋物)、染絵てぬぐい・ふじ屋(浅草/手拭)、伊場仙(日本橋小舟町/団扇・扇子)、前原光榮商店(台・三筋/傘)、村田眼鏡舗(日本橋宝町/眼鏡)、黒江屋(日本橋/漆器)、大黒屋(墨・東向島/箸)、木屋(日本橋宝町/包丁)、さるや(日本橋小網町/楊枝)、亀の子束子・西尾商店(北・滝野川/束子)、松徳硝子(墨・錦糸/ガラス・うすはり)、堀口切子(江・大島/ガラス・切子)、江戸屋(日本橋大伝馬町/刷毛・刷子)、白木屋傳兵衛(中・京橋/箒)、うぶけや(日本橋人形町/鋏)、都行燈(荒・東日暮里/灯り)、伊藤印房(台・千束/判子)、篠原風鈴本舗(江・南篠崎町/風鈴)、伊勢たつ(台・谷中/江戸千代紙)、小津和紙(日本橋本町/和紙・和紙小物)、榛原(日本橋/和紙・和紙小物)
 食関係のそれの詳細は本書をドゾ。

 目次参照  目次 グッズ

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