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2017年1月 9日 (月)

昔々あるところに?

世界共和国へ  柄谷行人  岩波書店

 サブタイトルは、資本=ネーション=国家を超えてなんですが…うーん、歴史とは何か?未来とは何か?かなぁ?またはマルクスとカントの間で?だろか?独哲学の潮流って(笑)壮大なロマンなんですよ、奥さん(誰?)

 どゆ本かとゆーと、最終章の「世界共和国」のとこが総論かなぁ?詳細はそれまでの前章で各論を見よかもなぁ(笑)

 よーするに「「世界帝国」から「世界経済」への変容において、資本=ネーション=国家が形成されたということです」を踏まえて、20世紀21世紀キタコレになる模様…また、国家と資本主義の関係も、「国家なしには資本主義はないし、資本主義なしには国家はない」なんだそー…「そのような国家と資本との「結婚」が生じたのは、絶対主義国家(主権国家)においてです。帝国主義の問題は、そこに始まっています」とな…

 かくて、「ヨーロッパにおける絶対主義国家(主権者)は、王が都市(ブルジョア)と結託して、封建的諸侯を制圧し、集権的な体制を作ったときに成立しました」そな…でもって、「それを可能にしたのは、強力な火器と貨幣経済です」だそだし、更に「世界市場の形成」もね、とゆー事らすぃ…

 しかも「主権国家は他国との関係なしにはありえません」とな…「「主権」とは、一国だけで存在するものではなく、他の国家の承認によって存在するものだからです」となな…でもって更に凄いのは「主権国家は、他国が主権国家でないならば、支配してよいということを含意しています」ってホンマでっかぁーっ?

 そんな訳で、主権国家は本性的に膨張的なのにです。主権国家の膨張を止めるには、他の主権国家だけです」って、成程、南沙諸島ってか…

 大きくなる事が運命づけられているとはいえ、「ハンナ・アーレントは、ネーション=ステートの拡張として形成される帝国には、近代以前の世界帝国にあったような、他民族統治の原理がないといっています」となる訳で…どゆ事とゆーと「拡張の後にはきわめて異質な民族集団も実際に統合され得るからである。国民国家はこのような統合原理を持たない。そもそも初めから同質的住民と政府に対する住民の積極的同意(ルナンの言う毎日人民投票)とを前提としているからである」(@アーレント)とゆー事になるとな…よーするに「ネーションは領土、民族、国家を歴史的に共有することに基づく以上、帝国を建設することはできない」(@アーレント)って事になるらすぃ…

 とゆー事で、「国民国家の延長としての帝国は、旧来の「帝国」ではなく、「帝国主義」と呼ばれるべきものです」となる模様…この違いは果てしなく大きいって事か…「世界帝国はさまざまな部族国家や共同体の上に君臨したが、支配関係に抵触しないかぎり、そのなかの国家・部族の慣習に無関心でした」とな…

 そんな訳で、「国民国家は征服者として現れれば必ず被征服民族の中に民族意識と自治の要求を目覚めさせることになる」(@アーレント)って事にならね?とな、でこれが「帝国主義のディレンマ」キタコレになるらしー(笑)そんな素敵な例が「ナポレオンによるヨーロッパ征服」に見出せるとな(笑)

 「ナポレオンのヨーロッパ征服は、一方でイギリスの産業資本主義に対抗するための「ヨーロッパ連邦」の企てを、他方で「フランス革命の輸出」を意味した」そな…で、結果はとゆーと、「ドイツその他のおけるナショナリズムの喚起」来たぁーっ(エコー付)ってか(笑)よーするにこんな感じで「帝国主義はこのようにして世界各地に国民国家を作り出したのです」とな(笑)藪をつついて蛇が出たって奴だろか?

 さて、その前に「絶対主義王権国家は、その内部に、それを相対化するような権力や各種の共同体を認めない。それは、すべての者を「臣下」(subject)する。さまざまな身分や集団に属していた人たちが、絶対的主権者の臣下として、同一化(均質化)されるのです。主体(subject)としての国民(ネーション)が成立するのは、その過程を経たのちです」とゆー事らすぃ…そーだったのか?サブジェクト?

 よーするに「国民国家が「帝国」の原理たりえないのは、その前身である絶対主義国家が「帝国」の原理を否定するものだからです」とゆー事じゃね?ちなみに「絶対主義国家が「王政」としてあらわれる例は少ない。それはむしろ、前の述べたように、発展途上型独裁国家や社会主義的独裁国家のようなかたちであらわれます」と言えば分かり易いのか?なるほろ、21世紀の今でもアレって軽く百年はおっくれてるぅーって事なのか(笑)

 まっ中の人がどーなのかのはともかく、国民国家とは「「世界経済」の中で形成されるユニットです。それは歴史的な構築物であり、不安定なものです。とはいえ、それは容易に解体されるものではないこと、また、解体されるならば宗教的あるいは血縁的共同体が出てくるだけだ。ということを心得ておく必要があります」とは、非常に意味深だよなぁ(笑)

 とはいえ、「今日では、国民国家という枠組みが弱まっている傾向があります」じゃね?だがしかし「それは国家を解消するものではない」んですよ、奥さん(誰?)ちなみに「ヨーロッパ共同体の理論家たちは、それが近代の主権国家を超えるものだと主張しています。しかし、国民国家が世界経済によって強いられたものだとしたら、地域的共同体も同様です。ヨーロッパ諸国は、アメリカや日本に対抗するために、ヨーロッパ共同体を作り、経済的・軍事的な主権を上位組織に譲渡するにいたった。ただしこれを近代国家の掲棄であるということはできません。それは世界資本主義(世界市場)の圧力の下に、諸国家が結束して「広域国家」を形成するというこどしかないのです」って、そーだったのか?EU(笑)

 ナポレオンからの夢の産物ってか?で、「その理念的な根拠は、旧来の「帝国」の同一性に見いだされます。ただ、それを実現する企ては、結局、フランスあるいはドイツの「帝国主義」にしかならなかった」とな…そーだったのか?サ〇コジ、メ〇ケル(笑)

 まっ過去の教訓を踏まえての、EUとゆー事になるらすぃが?「彼らが帝国主義ではないような「帝国」を実現しようとしていることは明らかです」だそな(笑)まさに、のようなもので、今でしょ(死語?)ですもんねぇ(笑)

 世界中どこだって、色々あらーなの世界ですけど…そんな中、「ネーションが形成されるためには歴史の忘却が必要だ」(@ルナン)もありますよってにですけど、「広域国家の形成についても」そじゃね?って事らすぃ…「それらもまた「想像された共同体」あるいは「創造された共同体」にほかならないのです」とな…あれ?歴史を忘れた国家に未来はないと、どこぞの大統りyコホンゴホン…

 さて、本書によると「資本主義がどんなにグローバルに浸透しようと、国家は消滅しません」とな…一例を上げれば、英の「「自由主義的帝国主義」を支えたのは、強大な軍事力であり世界最大の課税」だったし、「今日のアメリカの「ネオリベラリズム」についても同じです」とな…国家があっての資本主義ってか?

 そして、本書の命題みたいなノリの「単独行動主義」か「多国間協調主義」か、それが問題だ?にキタコレってか(笑)この対立は、ヘーゲルとカントの構図と同じじゃけんって事らすぃ…「カントが永遠平和のために、国際連合を構想」しましたが、何か?で、「それを最初に嘲笑的に批判したのがヘーゲルです」とな…

 「ヘーゲルの考えでは、世界史は諸国家が相争う舞台です。世界史的理念はヘゲモニーをもった国家によって実現される。ただし、国家はそれ自身の利益を追求してもいいのです。たとえば、ナポレオンがそうであったように、一主権者あるいは一国家の権力意志が、結果的に、世界史的な理念を実現する。そこに「理性の狡知」があるというのです」とな…

 ここから見える事が一つ「単独行動主義をとるアメリカの論理が、ホップスではなく、ヘーゲルであるということは明らかです。つまり、アメリカはそれ自身の利益と覇権を追求することによって、世界史的理念を実現するのです」とな…

 かくて「ネオコン(新保守主義)のイデオローグは国連に依拠するヨーロッパを批判したととき、それを「古いカント的理想主義」としてやっつけたのですが、そのとき自分たちは「古いヘーゲル」にもとづいていることに気づかなかったのでしょう」って、はいここわらうとこ、なんだろか?本当に有難うございました(笑)元祖おまゆーは大国の嗜みだよなぁ(笑)

 さて、カントの「自然の狡知」についての詳細は本書をドゾ。まぁ「彼の理念は窮極的に、各国が主権を放棄することによって形成される世界共和国にあります」ですから、いやまぁー何ちゅーか男社会がある限り無理ゲーな気がしないでもないが、理想、理念、夢想、未来etc.には必要なお言葉かも?人はパンのみに生きるに非ずってか(笑)

 そして、今地球規模の問題が山積みで、喫緊の課題としては、「1戦争、2環境破壊、3:経済的格差」をどげんとせんといかんはずなんですけどねぇとゆー事か「グローバルな非国家組織やネットワークが数多く作り出されています。しかし、それが有効に機能しないのは、結局は、諸国家の妨害に出会うからです。資本に対抗する各国の運動は、つねに国家によって分断されます」とな…

 かくて今でしょ(死語?)って事らすぃ…グローバル・コミュニティの時代キタコレってか?まぁ個人的には、上記の123の問題は312だと思うけど、経済格差と失業問題が解消されれば、自ずと見えてくるというか、安定化すると思われじゃね?何せ世の中、衣食足りて礼節を知るですしおすし(笑)

 と、ここまでが軽い総論で、その詳細は各論を見て見てってか(笑)

 アリス的には、この手のグローバルなんちゃらって、男子ぃーが好きそーな話じゃまいか?ですけど、まぁ、経済云々辺りは犯社的にもあると思いますだろか?准教授?また、カントやヘーゲルその他哲学者ご一同サマの件では、江神さんの方になるのだろか?うーん…

 他にアリス的というと、アリスの妄想力、もとい想像力のとこかなぁ?で、「ネーションが成立するのと、哲学史において想像力が、感性と悟性(知性)を媒介するような地位におかれるのとは同じ時期です」とな…「それまでの哲学史において、感性はいつもも知性の下位におかれていましたが、創造力も、知覚の疑似的な再現能力、あるいは恣意的な空想能力として低く見られていました」って、そーだったのか?アリス(笑)

 だがしかし、「カントが想像力を、感性と知性を媒介するもの、あるいは知性を先取りする創造的能力として見いだしたのです」って、これまたそーだったのか?カント?

 まっ「悟性と感性の分裂が現にあるわけです。その分裂を想像力によって越えようとすれば、文学作品が生まれる。文学による綜合が「想像的」なものだということは、誰も否定しないでしょう」となるらすぃ(笑)

 もー何とゆーか、本書に関してはまずは読めの世界じゃね?でして、読めばわかるとゆーか、分からずとも読めともゆーか…まぁ、実に平易な文体ですので、スラスラと読めるんですけど、そのスラスラが怪しい(笑)えええとか、おおおとか、あれっとか、立ち止まるとこしきりな本書かな?かな?一般向けらすぃので、できればこれは中学生の頃に読むと、世の中に対してちょっと開けるかもしらんってゆーか…汚い大人の事情が見えてしまいましたかなぁ?いえ、まーキレイ事もいぱーい、現実もいぱーい、政治と経済と哲学って一体?

 いえ、最後に本書は夢と希望に向いているとゆーか、そこに向かって走れぇーな前向きな本ですので、千里の道も一歩からですしおすし(笑)三歩進んで二歩下がるでも、誰かがやらねばで、皆で進まねばなんですよ、おぞーさん(誰?)

 そんな訳で細かいとこは本当に本書を見てくらはいとしか言えねぇ…

 で、まず押さえておく一番のポイントは、本書とは何か?で「国民国家は、世界資本主義の中で、それに対応し、また、それがもたらす諸矛盾を解決しようとします」とな…「資本制経済は、放っておけば、必ず経済的格差と対立に帰結する」そですが、「ネーションは共同性と平等性を志向するものであるから、資本制がもたらす格差を解決するように要求する」とな…かくて「国家はそれをさまざまな規制や税の再分配によって実現する」でしょーかな(笑)「資本制経済もネーションも国家もそれぞれ異なる原理なのですが、ここでは、それらが互いに補うように接合されています。私はそれを「資本=ネーション=国家」と呼びたいと思います」と、ここてタイトルがどゆ事か、よくわかるってか(笑)これを踏まえて本書をヨロとゆー事らすぃ(笑)

 ただし、この資本、ネーション、国家の接合というのは非常に薄い、薄氷の上のよーな、「危ういバランスによって存在するものです」になるらすぃ…

 どゆ事とゆーと、20世紀後半に「福祉国家」キタコレでしたけど、これも当時の「「社会主義」に対する危機感から、先進資本主義国家がとった形態」に過ぎず、90年代以降「「社会主義」圏が消滅すると、福祉国家への動機がなくなります。その結果、「安い政府」が主張されるようになりました。資本が海外に出て行って、自国の労働者が失業しても構わない、それより、資本の利潤を優先すべきだ。結局、それが国民の利益にかなうことになる、という主張が、まかりとおるようになったのです」って、それって今でしょ(死語?)じゃね(笑)

 ちなみに国家には四つのタイプがあるで、一つが国家社会主義(共産主義)、二つ目が福祉国家資本主義(社会民主主義)、三つ目がリベラリズム(新自由主義)、そして四つ目がリバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)なんだそな…こちらの詳細は本書をドゾ。国家とは、「統制と自由」と「不平等と平等」の間にあるものだったのか(笑)ちなみにこちらはチョムスキーの仕訳って奴だろか(笑)らすぃーが、イマニュエル・ウォーラーステインによる19世紀的構図では、一つめ福祉国家資本主義(ボナパルト/ビスマルク)、二つ目が国家社会主義(サン・シモン/ラッサール)、三つ目が自由主義(古典経済学)、四つ目がアソシエーショニズム(ブルードン/マルクス)の主張した背景とゆー事になるらすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。

 まぁ所謂一つの欧州史かなぁ(笑)もしくは1848年の世界革命とは何であったのか?でしょか?詳細は本書をドゾですが、よーするに国家社会主義とアソシエーショニズムは「敗北したということです」じゃね(笑)で変わってうって出たのは「福祉国家資本主義」とな…

 そして1870年に普仏戦争キタコレで「勝利したプロシャは、南北戦争(一八六五年)によって統一を遂げたアメリカ合衆国と並んで、イギリスの自由主義帝国に挑戦するようになります」そで、それをモデルに日本も富国強兵、産業資本化キタコレってか?そして、これにて「帝国主義時代は実質的には一八七〇年から始まるといっていいのです」になるじゃまいか?って事らすぃ(笑)ついでに言うとパリ・コミューンが1871年ですから、お察し下さいってか(笑)

 でもって、マルクス登場ってか(笑)まっこちらの詳細も本書をドゾ。ただ「マルクス主義の欠陥は国家主義にあるのではなく、むしろ、国家の自立性を見ないアナキズムにこそあるのです」でしょか?プラス「マルクスは民族問題に関しても楽天的な見通しをもってしました」とな(笑)それはその後「マルクス主義者の運動はまさに「国家社会主義」的なものに転化してしまった。また、それはいつも民族の問題に躓き、ファシズムに屈服するか、さもなければ、自らナショナリズムを称揚するようになったのです」って、これまた、今でしょ(死語?)なのか(笑)

 どーしてこーなったぁー?とゆーと、「一八七〇年以前には社会主義運動を担った人たちは、主に職人的労働者であり、独立心が強く組織を嫌うアナキストでした」そな…ところが19世紀末になると「重工業化が進む時期には、その基盤はなくなります」とな…で拠点が労働組合キタコレになったけど、元がアナキストですから「革命家というより反抗者です」じゃねで、「革命騒ぎは大好きだけれども、地道な政治・経済的な問題にとりくむことができないタイプの人が多い」って、それってどこかの政とuゴホンゴホン…いやまぁ本当に必要なんですか?なんですか(笑)

 かくて、人は国家社会主義か福祉国家主義の方がマシじゃね?って方向に走るとな…そんな訳で19世紀末から社会主義運動は二つに割れるとゆー事らすぃ…一つは「エンゲルスの相続人であったベルンシュタインに代表される社会民主主義(福祉国家主義)」で、も一つが「レーニンに代表されるロシアのマルクス主義(ボルシェヴィズム)」とな…

 そして後者は「ロシア革命の結果として絶大なる影響力をもつようになりましたが、結局、国家社会主義(スターリン主義)に帰結し、社会主義そのものへの幻滅をもたらすことになりました。レーニンがプロレタリア独裁のあとに死滅すると想定した国家が、官僚体制とともに、この上なく強固になっていったからです」とな…成程、元祖想定外だから問題ありませーんと責任ありませーんは露からだったのか?

 で、これではあかんとゆー事で「一九六〇年代に初期マルクスやプルードンを復活させる運動、つまり「リバタリアン社会主義」が出てきた」とな(笑)

 でもって、そのリバタリアン社会主義も衰退しますたですが、何か?じゃねでして、結局これは「理念であって、現実的でないから」もあると思いますですけど、「資本、ネーション、そして国家に対する認識が欠けていたから」じゃね、と(笑)

 何とゆーか、歴史って大いなる挫折の道なんだなぁ(笑)まぁ本書はそれを受け入れて、未来志向でいこーじゃまいか?らしーが、まぁどこまでも果てしくなくとほいですけど(笑)

 かくて、経済を見て、政治を見て、宗教を見て、哲学を見るの旅に出るぅー(エコー付/笑)になるんだろか?でして、こちらの詳細は本書をドゾ。何とゆーか、はじめに言葉ありきか、原始女性は太陽であったかの世界から、現代まで俯瞰する時間と空間能力が問われるよな(笑)後、未開社会パネェで、民族学もか?

 まぁこちらもおべんきょになりますで詳細は本書をドゾですが、本書のタイトルに戻るならば、ここは必須か(笑)で、「生産力が上がり剰余生産ができたから、国家が形成されたのではない。むしろその逆に、国家によって、灌漑にもとづく集団的な農業、そして、長時間労働の強制があり、その結果、生産力が急激に向上したというべきです」って、そーだったのか?国家?

 まぁ含蓄深いとゆーか、興味深い記述で「交換がなされる前に、略奪がなされる可能性がある。交換は、むしろ暴力的略奪が断念されたときに生じるべきというべきです。共同体間の生産物交換は、一つの共同体が他の諸共同体を支配し、それ以外の暴力を禁じること、いいかえれば、国家と法が成立することによって可能になります」とな…なるほろ、略奪があるとゆー事は、そこに暴力が禁じられていないか、法が機能しないとゆー事か?ある意味、暴力的で無法地帯宣言って、国民はバーバリアンですってか?

 しかも「国家の基盤は何よりも暴力的収奪にあるのです。それが一時的なものではなく永続的かつ拡大的であるためには、むしろ被支配者を保護し育成しなければならない。国家は、他の国家からの略奪に対して、共同体を防衛します。また、積極的に「公共的」事業を興す」「また、共同体の間で葛藤・対立があるとき、国家はそれを調停し制御します」とな…よーするに、国外と国内では対応が違うよって事じょか?もしかして、はいここわらうとこ、なんだろか(笑)

 これまた真理だでは「支配者と収奪される者の関係が持続的なものであるためには、略取-再分配があたかも互酬的交換であるかのように表象されなければならない。さもなければ、どんな権力も長く存続することができないのです」のとこじゃね(笑)そーだったのか?パナマ文書ってか(笑)

 そんな訳で、「国家は共同体と共同体の間にはじまるのであって、共同体の内部からはじまるのではありません」とな…「国家はそもそも他の国家(敵国)を想定することなしに考えることはできません。国家の自立性、つまり、国家を共同体や社会に還元できない理由はそこにあります」となな(笑)成程、仮想敵国(笑)

 さて、そんな国家間で交換しなきゃとなれば、どーなる?で、「商品交換が国家の保護なしには成立しないということです」で「商品交換は相互の契約にもとづくものですが、その履行を迫る力は国家にあります」とな…そして貨幣経済キタコレで、しかも「貨幣は国家を超えて通用するような力をもつ」って、そーだったのか?金融スワップ(笑)

 そして経済における信用キタコレで、こちらの詳細も本書をドゾですが、つまるところ「世界経済が相互信用によって成り立つ」じゃねで、「貨幣は商品(金)である必要はない、諸国家が同意し支持すれば、世界貨幣は成り立つのだということ」なんですよ、おぞーさん(誰?)最早、貨幣は共同体内だけで通用すればいいんだわ、じゃなくて、対外的にも通用しないと話にならないとゆー事態にキタコレってか(笑)

 また、宗教についての詳細は本書をドゾ。これ程一口で語れない題材はないんじゃねとゆー事で(笑)とりあえず、「普遍宗教は、商人資本主義・共同体・国家に対抗し、互酬的(相互的)な共同体、つまり、アソシエーションを志向するものとしてあらわれたのです」とな…「普遍宗教がもたらしたのは、自由の互酬性(相互性)という倫理的な理念です。それが政治・経済的平等を含蓄するにいたったとはいえ、後者が至上目的ではなかった、ということを忘れてはならないのです」となな(笑)

 そして、今再びの国家キタコレですけど、国家ときたら主権でして「「主権」とは、一国だけで存在するものではなく、他の国家の承認によって存在するものだからです。それはまた、他国が主権国家でないならば、支配してようということを含意する」とな…そーだったのか?南沙諸島とその他諸々(笑)

 でもって、「資本主義的市場経済も一国だけで考えることはできません。それは「世界経済」としてのみ成立するのです」とな、そーだったのか?シティ?ウォール街?

 結局、「他の部族的共同体を征服して収奪し、他の世界帝国を解体しそれを市場経済の中に引き入れることによって発展したのです。資本主義は旧来の世界帝国やその周辺部を変えてしまいました」とな…

 さて、世界経済市場キタコレで、まずマニュファクチュアありきなのか?分業制キタコレで「生産力を飛躍的に上昇させる生産手段」が確立されたと…「マニュファクチュアは、基本的に、国家と商人資本のヘゲモニーで推進されたものです。絶対主義国家による国家と商人資本の提携は、一方で、世界市場における商品交換のために競争しながら、他方で、世界中の資源(金・銀・その他)を略奪し、各地の部族的共同体を支配する植民地主義をもたらしました。交換による差額で儲けるより、略取によるほうがてっとり早いので。そして、略取できないときには交換する。「重商主義」と呼ばれる時代の内実は、そのようなものです」って…まぁ今でもそんな事しているくnゴホンゴホン…

 そして、これがまた意外だったんですが、「世界市場の成立とそこでの競争は、必ずしも産業資本を生み出すものではありません。実際、ヨーロッパの東部では、それが逆に「再販農奴制」と呼ばれるものを生み出したし、アメリカ合衆国の南部では奴隷制が、また、ラテン・アメリカでも農奴制が出現しました。このような奴隷制や農奴制は近代以前のものではなく、ある意味で「近代世界システム」の一環です」って、ホンマでっかぁーっ?

 しかも、どーしてこーなったぁーっ?が、「商人資本主義が、基本的に諸国家の間の価値体系の差異に利潤を見いだすものであり、それぞれがどのような生産様式をとるかに無関心だからです。より安くより多く生産できるのであれば、何でもよかったのです」の件は、まさに今でしょ(死語?)じゃね?グローバル企業とは利潤に魂を売った人達の群れな気がするのは気のせいか?

 そして時代は、産業資本主義来たぁーっで、労働者来たぁーっになるのか…こちらの詳細も本書をドゾですが、「産業資本の剰余価値は、労働者が労働力を売り、そしてその生産物を消費者として買い戻すという広義の「流通過程」しかありません」に尽きるよな(笑)

 結局、経済が回るには、使う人にお金が回らないと始まらない訳で(笑)賃金カットとか、リストラとか、長時間労働とかを「すべての資本がそうすれば、剰余価値を実現できない」事にしかならないって事なんですよ、奥さん(誰?)かくて、「個別資本が利潤を確保しようとすればするほど、総体として不況が悪化します」とゆーだけの事じゃね(笑)経済についての詳細も本書をドゾ。

 さて、「「ネーション=ステート(国民国家)」は、世界資本主義の下で、世界帝国が解体されていく過程で生じたシステムです」だそな…「ネーション=ステートが生まれるのは、市民革命によって、こうした絶対的主権者が倒され、人民主義が成立段階です」とな(笑) そして「個々人が「自由と平等」を獲得するときに成立します」とななな(笑)ただし「個々人の自由や平等のほかに、個々人の間の共同性が必要になります」そーで(笑)

 まっネーションという共同体は「支配の装置である国家とは異なる」ものらすぃです…こちらの詳細も本書をドゾ。傍目には人類に残された最後の良心って感じだが(笑)その点では、アソシエーショニズムの方がどよ?なんだろか?「アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動です」ですから(笑)

 言葉遊びのよーに次から次へと専門用語キタコレですけど、よーするに、過去からの教訓を得て、明日に向かってうてでしょか?希望はいつの時代にも最後の灯だからなぁ(笑)

 蛇足ですが、封建制についてのとこもおべんきょになりますた…「支配者のレベルで見ると、封建制は、主君と家臣の双務的な契約関係によって成り立っています。主君は家臣に封土を与え、あるいは家臣を養う。そして、家臣は主君に忠誠と軍事的奉仕によって応える。この関係は双務的であるから、主人が義務をはたさないとき、家臣関係が破棄されてもよいわけです」で、よーするにこれってば「互酬関係」じゃねって事じゃね(笑)

 なので「主君の絶対権力や集権的な中心化を許さない」そで「王も諸侯から際立った存在ではありえない」そな…「そのため、封建制はつねに戦争体制としてあったのです」って、ドンダケェー(死語?)終わりなき権力闘争、もとい戦争状態って訳?

 かくて15,6世紀になって中央集権化、絶対主義王権国家キタコレになった模様…「王は並び立つ封建諸侯を制圧して封建制を解体し、常備軍と官僚機構を確立した」とな…

 ちなみに欧州で自由都市キタコレになったのは、「封建制、つまり、帝国の集権制の弱さ」によってらすぃ…「帝国が弱いということが、自由都市をもたらしたのです」ってホンマでっかぁーっ?「西ヨーロッパでは、小国家(封建国家)が分立し、皇帝は名目的な存在でしかなかった。そのため、ローマ教会は、皇帝や封建諸侯に対して独立した存在でありえた。西ヨーロッパに自由都市が成立したのは、その争いのなかで、都市が教皇側についてさまざまな特権を得たからです」って…そーだったのか?バチカン(笑)

 で、次に中央集権国家キタコレになる訳ですが、王が封建諸侯や教会を出し抜けたのは、「破壊力をもった火器の発明」と「商品経済の浸透」からだそな…

 そして次に市民革命キタコレになると…これらの詳細は本書をドゾですが、何にせよ、国家という単位を見る場合、中の人と外の人ではちゃいまんねんって事らすぃ…「市民革命以後に主権となった社会契約論の見方によれば、国家の意志とは国民の意志であり、選挙を通して政府によってそれが実行されると考えられています。ところが、国家と政府とは別のものであり、国民の意志から独立した意志をもっていると考えるべきです」だそな…

 でもって究極のソレ来たぁーっで「国家が存在するということを人が如実に感じるのは、戦争においてです。つまり、他の国家との戦争において、国家の本質が出てくるのです」とななななななな…「通常、国民は、国家というものが実のところ、つねに他国との戦争に備えていることに気づきません。だから、戦争は突然の出来事のように見えます。しかし、それは長期的な展望と戦略によって用意されたものです。そして、それを実行するのが常備軍と官僚機構です」って、成程、霞が関(笑)

 そして市民革命以後も、常備軍と官僚機構は「廃棄されるどころか、質量ともに増大したのです」とな…大きな政府ぱんじゃーいっ(笑)しかも「それは別に国民のためではありません。国民主権の下であろうと、国家はそれ自身のために存続しようとするのです」とな(笑)

 いやまぁーもー今でしょ(死語?)って、どよ?ですが(笑)本当に詳細は本書をドゾ。怒濤ですっ怒濤(笑)とどのつまり「議会制民主主義とは、実質的に、官僚あるいはそれに類する者たちが立案したことを、国民が自分で決めたかのように思いこむようにする、手の込んだ手続きです」って、そこまで言い切っていいんですかぁーっ(笑)

 米的には、チラホラこんなんですよぉな感じで出てますが(笑)例えば、「アメリカでは、二大政党の民主党と共和党が争っていますが、ある意味で、その差異はほとんど無いに等しい。そのことは、その名称は違っても、一般に、産業的先進国において生じている現象です」だそで、政権交代キタコレはよくある話ですが「どちらが勝とうが大した差が生じないということから、選挙に関する無関心が広がります」って、そーだったのか?米?大統領選の度に大騒ぎしているから、米人って選挙好き、米の伝統芸能なのかと思ってますた(笑)

 民主主義ってどよ?では、「北アメリカ先住民のイロコイ族にもそのような直接民主主義が見いだされます。実際、彼らの民主的統治原理が、アメリカ合衆国の創設において模範にされたといわれています」って、ホンマでっかぁーっ?

 英的には、周辺国家としての立ち位置からすると日本と似てるのか?ある意味、大陸の隣の島国的にあると思いますなんだろか?オキシデント(笑)

 独的には、「ドイツ語では、代謝は交換を意味するので、人間と自然の関係は交換あるいは交通ということになるのです」って、代謝って医学用語で、交通って流通系かと思っていたら、独的には接点ありまくりなのか?

 希的には、古代ギリシアの場合、「アテネの民主主義は、西洋に固有の原理として、見習うべき規範として称賛されています。しかし、これは近代国家の代議制民主主義とは根本的に異質です」で、「アテネの民主主義は支配者共同体(=市民)の原理です。それは非市民の奴隷を支配する共同体」で、「商業にもとづくにもかかわらず、それを非市民である外国人や居留外国人に任せる共同体」だったそな…生活全般をよそさま任せって…今も昔もギリシャ様ってか?

 ついでに言うと、哲学も同じで「「ソクラテス以前の哲学者たち」は、外国人ないし居留外国人であり、いわば承認としての思想家だったのです。そして、彼らをソフィストとして攻撃したのが、ポリスの思想家ソクラテスやプラトンでした。ここから、商業を肯定する思想など出てくるはずがないのです」って、そーだったのか?アテネぇ…

 面白豆知識になるのか?「プラトンのような思想家は、ソクラテスを死刑にしてしまうような民主主義に反撥していました。彼にとっては、エジプトのような国家こそが望ましかった。プラトンが哲学者=王が支配するような国家を考えたとき、エジプトが年頭にあったのです」って、ホンマでっかぁーっ?

 日本関係では、「帝国の文明を選択的に受け入れ、それに従属しないということは、日本独自の特徴というよりもむしろ、亜周辺の特徴なのです」って、ホンマでっかぁーっ?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ伊ぱーいですので、興味のある方は本書をドゾ。

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