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2017年1月29日 (日)

まねーばんくす(笑)

貯金箱の本  森宣子  新風舎

 所謂一つのグッズ本と思われですけど、追いかけますお出かけならばどこまでもを地で行っている感じかなぁ(笑)貯金箱を求めて、西へ、東へ、世界一周までしたんじゃね?な著者の執念には恐れ入ります…でもって、それをサポートしたとゆーか便乗した日本旅行もパネェ…ツアーに組み込んでお安く行こーぜ個人旅行ってか?ほぼ、ツアーと言いつつ、フリーの方がメインかなですしおすし(笑)

 でまぁ、これが世界中のその手のコレクターっていぱーいいるもんだなぁとゆー、皆、結構いい年齢をした大人が、それも出てくる人達がどーみても中産階級以上って感じからして、これって結構趣味としてあると思いますなのか?

 そんな訳で、伊、墺、蘭、中、独、英、米等の旅行記でもあるよーな気がする(笑)何か、商売繁盛、酒もってこぉーいなノリのよーな気がしないでもないが…まっそんな女一人旅(?)を口語体のくだけた文体と文章でキタコレってか?それと写真と…うん、日銀、文系というよりソロバンの世界だったんだなぁと思い知りますた(笑)

 A4版のハードカバーで、フルカラー写真もいぱーいで実に貴重な貯金箱が目白押しなんですが、まぁ本書で残念なとことゆーと、表紙デザインから始まって構成全てだろか?せっかく貴重な貯金箱がズラリと出てくるのだから、サイズを半分にして逆にページ数を増やし、写真ほメインにした方が良かったんではなかろーか?しからば一葉、一葉の写真の大きさもページ大位にはなったんじゃね?その方がインパクトあるし…

 本書で何よりもおろろいたのが、尼崎信用金庫の貯金箱博物館…何とゆーか、地方の信用金庫の心意気を見たわー…やはり天下の日銀より、地元の信用金庫なんだなぁとこれまた思い知りました(笑)

 とにかく、この尼信さんが蔭に日向にいい仕事してますねですので、こちらも本書の注目ポイントじゃまいか?一昔前って、企業にも良心があった頃なんだなぁ…

 アリス的に、貯金箱…どちらかとゆーと、ミステリ的には、貯金箱より金庫か?まぁアリスも男子ぃーなので、動く貯金箱系は子供の頃にはまってそーではあるが(笑)

 後は面白豆知識系になりそーな悪寒なんですが、ブリューゲルの絵に「金銭と金庫の戦い」なんてのがあったのか、天農画伯?

 さて、本書は貯金箱の旅に出る前に、その発端となった著者のプロフィールから始めた方が分かり易いか?「1981年2月2日から、日本銀行貯蓄資料室と日銀見学案内事務を受け持つことになった」そな…ところが「1985年9月、先進5か国の大蔵大臣・中央銀行総裁がニューヨークのプラザ・ホテルに集まって決議したプラザ合意(合意はコンセンサスでなく、agreement=協定)によって、「貯蓄」はタブーとなった」そな…

 よーするに「アメリカは財政・貿易の両赤字を減らすため、日本の輸出を抑え、もっと輸入を促進させようと、ドイツ、フランス、イギリスを巻き込んで円高・内需拡大策を迫った。それに関連して日本人の働き過ぎと貯蓄率の高さを非難したのだ」って、今も昔の米の正義ってパネェ(笑)

 これに伴い、「日本は中央銀行に貯蓄推進局(創立百周年を前に貯蓄推進部を局に改名)があり、貯蓄資料室があるのは、貯蓄の旗振りを中央銀行がしていると受け取られてはマズイという配慮から、まず貯蓄資料室を消し、次いで貯蓄推進局を貯蓄情報室へ、さらに大機構改革の際、情報サービス局内の貯蓄情報課へと縮小した」って…ホンマでっかぁーっ?いやぁ天下の日銀、さすが米サマのポチやでぇ(笑)

 そんな訳で著者は日銀保有の10200点の貯金箱を「50点ほど除いたあとを地下金庫にしまった担当者である」そな…

 その後「貯金箱の研究(と言ってもまだまだ不十分なものだったが)は1989年3月23日の日本経済新聞の文化欄に、「貯金箱ブタ君にも歴史あり」と題して掲載された」そで、それもあって昔から交流のあった尼信経由で、「スイスのチューリッヒでコイン・デイラーのオフィスを持つ一方、貯金箱の収集をしていて、ヨーロピアン・マネーバンク(貯金箱のこと)コレクターズ=EMBCの会長」とも知り合う事になると…

 紆余曲折はありますが、著者が日銀を退職し、更に転職先の大学も退職し、貯金箱を巡る世界旅行に行こうじゃまいか?となったとな…まずは伊はナポリから(笑)

 「ベスビオ火山の噴火遺跡から発掘された宝珠に似た形の貯金箱を見て、岸本(五兵衛)氏の遺志を継いだ報告と、鎮魂をしたいからである」だそで…

 「なぜなら、美濃半紙2つ折り和綴じという古風で薄っぺたい、子寿里庫叢書第4編「貯金箱」の冊子は、貯金資料室資料のうち、書籍等が廃棄処分となって焼却炉へ行く寸前に渡しが発見し、貫き出したものだからである。そのことを日本経済新聞文化欄に書くにあたり、私は退職願を出した。新聞に出た日、重役食堂はじめ日銀中の話題となって、私のしたことは不問になったけど」という、進退を賭けた因縁浅からぬ仲らすぃ…それにしても日銀、日本に多分二冊位しかない資料を簡単に廃棄処分にしよーとするとは、さすが天下の日銀、タクミですっ(笑)

 ちなみに日銀の貯金箱コレクションも個人の寄贈によるものが主なのか(笑)こちらの詳細は本書をドゾ。まっ日本にもコレクターはいたとゆー事らすぃ(笑)

 貯金箱の歴史としては、「金田真一氏(元尼崎信用金庫専務理事)によると、最も古い貯金箱は、いまから2千百年ほど前の前漢時代のもので、中国雲南省の滇(サンズイに真)王一族の墓から出土した「貯貝器」だということです」だそな…金ではなくて、貝なとこがミソか?子安貝パネェ(笑)

 「金田氏はまた、日本で最古の貯金箱は、縄文時代の末期ごろから現れる「壺」に、種モミや穀物を貯えたのが元祖ではないか」とゆー事らすぃ…これが後のせんべい壺のルーツになるとか?こちらの詳細も本書をドゾ。

 ちなみに当時、日銀の貯蓄資料室にあった一番古い貯金箱は江戸時代のものであったそな(笑)

 そして「日本の貯金箱の特色は、3つにまとめられます」だそで、一つは「割らなければおかねが出ない」、二つめは「縁起をかついでいる点」、三つめは「おかねを入れる穴の位置です」とな…こちらの詳細も本書をドゾ。まさに色々あるんですよ、奥さん(誰?)

 さて、それら(?)を踏まえて、貯金箱を巡る旅に行ってみよーと思いませんか?で、伊に行きますたなんですが、途中、アルベロベロの土産物屋での土製の貯金箱とかに遭遇したりするんですが、伊、これが標準サイズなのか?1mはないにしてもかなり大きい壺みたいに見えるんだが?

 ここでの圧巻は、ナポリ国立考古学博物館の対応でしょか?さすが伊そのものでございます…一応、博物館は開館しているんだけど、貯金箱のお部屋は改装中で開館していないとな…知らずに訪れた著者も著者なら、その対応が物凄い博物館関係者ご一同サマでして、こちらの顛末の詳細は本書をドゾ。まっ伊ですから(笑)

 そしてお次は、墺、ウィーンのオーストリア第1貯蓄銀行のコレクション見学キタコレってか(笑)こちらの対応もまた凄すぎて何も言えねぇー(笑)予約があればお見せしますと言っても何事もあちらの匙加減なんだなぁー(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。それにしても、どーして外国人の人達はコケシに執着するんだろぉ?日本人からしたらコケシって、そーいやあったね?位のノリだが、海外から見る日本のモノのイメージってコケシなんだろか?

 蘭のアムステルダムの貯金箱博物館の件は本書をドゾ。ちなみにこちら次の欧州旅行で再訪の際には閉鎖されていたりして…蘭でも貯金箱の博物館なんて需要がないのか?

 そして次は中国キタコレで、撲満キタコレなんですが、こちらの詳細も本書をドゾ。中国はどこまでもこれまた中国サマだったとゆー事か?博物館級の史料を見る分には、まるで素焼きの壺なりなんですが、何か(笑)

 更に今度は独に行くで、独のコレクターに会いに行く旅でしょか(笑)とゆー訳で独の個人コレクターのみなはまについての詳細はこれまた本書をドゾ。ちなみにボンには貨幣歴史博物館があるらすぃ…いやみなはま濃い人達ばかりでこちらも圧巻(笑)

 でもって、次は英に行くぞと、こちらのコレクターもまた濃い(笑)カラクリの貯金箱についての詳細も本書をドゾ。これだけで生活史になりそーな悪寒ってか(笑)

 それにしても英の対日感情の云々のとこで「日本人はマナーが悪すぎるの。来た時はワイワイ騒いで、ずいぶん歓待してあげても、帰るともうそれっきり。ありがとうの、返事一つ寄越さないんだから肩身がせまいの」(@ヨーコさん/英でガイドを引き受けてくれた日本人女性。チズコさんの妹)とゆー事らすぃ…お宅訪問したら、後日お礼状を出す位しないとあきまへんえとゆー事か?何かもーお茶の世界かも?招かれた前日に招いてくれてありがとーして、当日クリアして、後日昨日は招いてくれてありがとーするとゆー三日がかりのご挨拶みたいな?日本の伝統作法は大変と思ったけど、英も同じなんでしょか?ウルフ先生?

 そして最後に控えしは米でござるで、メカニカル・パンク・コレクターズのコンベンションinピッツパーグきたこれってか?こちらの詳細も本書をドゾ。どこにもマニアはいて、ファンの集いはあるとゆー事らすぃ…何より、米らすぃと感心したのは、オークションでしょか?「30とは30,000ドルである。貯金箱1個に驚くなかれ。MBCAのバンクは、おかねを貯める器でなく、飾る品であると同時に、それ自体が投資でもある。経済学では貯蓄=投資だ」って…成程、米、何事も投資対象なんですね、分かります(笑)ちなみにバーの上のピエロと題された貯金箱の落札価格が、手数料込みで約九百万円だったそーですから、お察し下さい(笑)

 これまたちなみに、「アメリカ人は、木や竹の味が分からない。金属資源の豊かなアメリカでは鋳鉄製しか認めないようだ」みたいですよ、奥さん(誰?)わびさび以前に、もののあはれとは何ぞや?ってか(笑)

 豆知識的には、穴あきコインってやっぱ世界的にも珍しい部類だったのか?本書発行当時では「日本の5円と50円の他は、デンマークの25オーレ、ハンガリーの2フィル、パプアニューギニアの1キルナと、世界に5種だけである」だそな…今だとユーロきたこれですから、もっと少ないのだろか?うーん?

 これも豆になるのか、「ドイツからアメリカへ南北戦争のこる、カラクリ貯金箱が移ったというのは本当でしょうか」の問に「ニュウルンベルクに、ブリキのおもちゃを作る会社があって、アメリカに輸出していたんです。ワン・ペニイ・トイという安物ですが、当時のアメリカは貧乏な移民が多かったてすから、買い手も多かったんですね。さんざん遊ばれると、こわれてしまう。だからいま、価値が出ているんです」(@トーマス・ラウツ)という事らすぃ…それにしてもその頃の米ドルはどーだったのだろぉ?まだ究極のローカルカレンシーだった頃だよね?

 貯金箱の豆では、ゲーテがシラーの息子に贈った貯金箱なんてのも現存しているのか?さすが、独(笑)しかもこの貯金箱、象牙で出来ているとな(笑)でも見た目はドラム缶か竹筒みたいな感じだけど?

 とにかく、最初から最後まで、世界中にこんなに貯金箱マニアがいるとは知らなんだで、何とゆーか、マニアの輪って濃いし、凄いとしか言えねぇ(笑)次から次へと圧倒する人物達が登場するので、これまた必見ってか(笑)

 またマニアックな貯金箱もたくさん登場するので、こちらは写真と共に本書をドゾだと思ふ(笑)

 さて、本書の旅の最後はNYのプラザホテルで終わるんですが、何とゆーか、著者の原動力になっている、プラザ合意忘れまじ、許すまじ精神がパネェ…「いまいましいのは、やはりプラザ合意」って事になるのだろか(笑)

 まぁ平成っ子の方には何じゃそりゃの昔話かもですが、プラザ合意と消費税導入後の日本の経済がどーなったかを知れば、頭の片隅に過去の教訓として覚えておいた方がいいかも?蛇足ですが、プラザ合意の時の蔵相が竹下〇、消費税導入した時の首相が竹〇登、世界に誇る日本の政治家〇下登の功績も忘れずに(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。まっ日銀は貯金箱を封印し、尼信は貯金箱を開放したとゆー事でしょかねぇ(笑)

 目次参照  目次 グッズ

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