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2017年1月22日 (日)

基礎知識?

イスラム教入門  中村廣治郎  岩波書店

 どゆ本かとゆーとタイトル通りの本だろか?読後の正直な感想は、まるで教科書を読んでいるかのよーでした…でもって、これを良い意味でも悪い意味でも言えないとこが己の読解力の無さだろなぁ…本を読む度に、何を書いてあるのか全然分からない、全く歯のたたない本にぶちあたる事は日常茶飯事とはいえ、今回のはその中でも極北じゃまいか(笑)もー笑っちゃう程わかんないでして、そゆ時はいつものパターン、目次に逃げるで行くと。

 はじめに、Ⅰイスラム世界と日本、1イスラム教の呼称、2イスラム教の広がり、3日本人とイスラム教の関係、Ⅱイスラム教の歴史、1イスラム発祥以前、2ムハンマドの宣教、3イスラム共同体の理念、4イスラム共同体の発展、Ⅲイスラム教の信仰、1コーラン・テクストの成立、2コーランの信条、3イスラム神学の確立、4イスラム哲学の発展。Ⅳイスラム教の実践、1イスラム法とは、2イスラム法の歴史、3イバーダート(儀礼的規範)、4ムアーマラート(法的規範)、Ⅴイスラム教の分派、1スンニー派、2ハワーリジュ派、3シーア・ザイド派、4シーア・一二イマーム派、5シーア・イスマーイール派、6ドゥルーズ派、7ヌサイリー派、8アフマディー派、Ⅵイスラム教の神秘主義、1スーフィズムの発生、2スーフィズムの理論と実践、3スーフィー教団の発展、Ⅶイスラム教の近代、1イスラム教の覚醒、2イスラム教の改革、3伝統への回帰と近代への苦悩、あとがき、になるんですが、これでだいたいイスラム教についてフォローしているとゆー事らすぃ…さすが入門書(笑)

 でもって、思うのは、これもしや各章単位で一冊の本が書けるレベルなんじゃなかろーか?これだけの内容を一冊にまとめようとしているから、エッセンスだけぎゅっとなとゆーノリで、こー言っては何だけど、ある程度基礎知識がないとクリアするのはむつかしーと思われ?じゃね?それにしても印と希の間は、激動の歴史だったんだなぁと感心しますた…とゆー訳で、「われわれが本書で試みようとするのは、宗教学の立場からするイスラム教理解である」そで、行ってみよーと思いませんかぁらすぃ…

 アリス的にイスラム教というと、マレーの時のホテルの部屋にあったキブラ位だろか?うーん?

 さて、本書に戻ると、イスラム教とは何か?で「最小限の定義とは、イスラム教が一神教として自己のアイデンティティをもちうるぎりぎりの要件ということになる。つまり、ユダヤ教・キリスト教に共通する一神教の原理プラス・アルファということなる。このアルファが最小限のイスラム性ということである。これこそまさに、イスラム教の信仰告白(シャハーダ)、「神は唯一にして、ムハンマドはその使徒である」によって表現されていることである」とゆー事らすぃ…

 まぁイスラム教の呼び方からして、イスラム教徒にはこだわりがあって、「ムスリムの、この呼称へのこだわりは尋常ではない」とゆー事態になっているとな…その心は「コーランにそう規定されていると理解されているからである」とな…こちらの詳細は本書をドゾ。

 とにかく一口で語れるような内容ではないので、目についたとこだけチョイスすると…日本人としては、やっぱ日本とのかかわりってどよ?と思わね(笑)一応「日本人とイスラム教ないしはイスラム世界との接触が本格的に始まるのは明治になってから」なんですが、歴史を振り返ると、色々あるじゃまいかの世界らすぃ(笑)

 「聖武天皇の天平勝宝五年(七五三年)に日本の遣唐副使、大伴古麻呂が長安で大食国(アラビア)人に会ったといわれ、また鑑真和上(六八七-七六三年)に随行して来日した三人の中の一人、安如宝が中央アジアのプハーラー出身といわれ、鎌倉時代に来日した元の使節五名の一人、撒魯都丁(サラーフッディーン)はムスリムであったと考えられる。さらに室町時代には足利義満の頃、京都三条坊門烏丸にアラビア人が一人住んでいたといわれる。その名をヒシリといい、京都五山の一つ、相国寺の僧である絶海中津が中国(明)から一三七六年に連れてきたものである。彼はのちに摂津の楠葉(現在の大阪府枚方市樟葉)在住の日本人女性と結婚し、二児をもうけ、長男をムスルと呼んでいた。これはムスリムないしはイラクの都市モースルの転訛と想定される。ムスルは母方の姓をとって楠葉入道西忍と名のり、次男は民都卿入道と呼ばれた。ムスルは海外事情、とりわけ明の国情に通じていたので、四代将軍義持に重用されたといわれる」って、ホンマでっかぁーっ?何とゆーか、日本史の裏側はいつも凄い…

 でもって、江戸は鎖国時代だからないよね?とゆーと…「従来の漢籍による中国経由の情報に加えて、ヨーロッパからの新しい情報が多くもたらされることになった」そな…「和蘭風説書」(@オランダ商館長)とか、「蘭学・洋楽の隆盛と共に新しい世界地理書が著され、中東・イスラム世界についての知識も増えていった」とな…

 そゆ箏で日本でも「采覧異言」(@新井白石)や「増補華夷通称考」(@西川如見)とかキタコレって事らすぃ…こちらの詳細は本書をドゾですが、当時既に、「トルカ(トルコ)」、「アラビア」「オルムス(ホルムズ海峡)」「ハルシャ(ペルシア)」とか、「トルケイン(トルコ)」「アラビア」「ジュデヤ(ユダヤ)」「エジット(エジプト)」「モラコ(モロッコ)」「回回国(中央アジア)」について記述されているそな…江戸に世界地図あると思いますだろか(笑)

 でもって「新井白石が初めてイスラム教とムハンマドについて紹介していることである」とな…そーだったのか?白石?

 更に1800年代になると「海外事情についての日本人の知識は、洋学を通して飛躍的に増大し、それが山村昌永「訂正増訳采覧異言」(一八〇三年刊)や箕作省吾「坤興図識」(一八四五年刊)をはじめとして多数の地理書の刊行となって表れた」とな…江戸末期、相当量の情報が流布していたらすぃ…

 そして時代は文明開化、明治キタコレで、「多くの日本人が軍人、商人、官吏、企業家、山師として朝鮮、中国大陸、台湾、東南アジア各地に出掛けた。この地域には多数のムスリムが居住していて、日本人は必然的に彼らと接触するようになる。また、ヨーロッパに向かう日本の留学生、外交使節、企業家などはその途次、インド、エジプトなどに寄港し、現地の実情をつぶさに観察する」箏になったと…リアルきたこれってか?

 例えば「エジプトの混合裁判所制度」に日本は異常な程の関心を寄せたらすぃ(笑)また、「エジプトのオラービー・パシャの指導するナショナリズム運動」にも注目していた模様…これらの詳細は本書をドゾ。

 そんな訳で、日本人にもイスラム教に入信する人キタコレで「その第一号とされているのが山田寅次郎である」そな…土との友好に尽力したお人らすぃが「一九〇二年スルターン自らの勧めでイスラム教に入信し、アブドゥル=ハリールのムスリム名を授かったといわれる」そな…その他には有賀文八郎などもいらっさいますので、詳細は本書をドゾ。

 また、「一九三四年より毎年日本人のメッカ巡礼団を派遣することにした」なんて件もありまして、こちらの詳細も本書をドゾ。戦後の中東との交流は60年代後半からとゆー事になるそで、こちらの詳細も本書をドゾ。とゆー一連の流れが、日本とイスラム交流史という事になるそな(笑)

 さて、メインのイスラム本家というか、本流、中東から東に西にのイスラム圏については、今更ですので詳細は本書をドゾ。ええ、これを一口でまとめるのはちょっと無理ゲーでして、チョイスしだしたら、最初から最後まで羅列する事になりそー(笑)

 なので、まぁ時代を表しているなぁとゆーか、著者の現代人じゃけん一言付け加えないとなとこが、ポツンポツンと時々顔を出していて、それが本書の味を出しているよな?

 例えばコーランと言えばアラビア語そのもののイメージで「今日、ムスリムの間では、コーランは何よりもアラビア語で神が語った言葉をそのまま一字一句誤りなく忠実に記録したものと信じられている。したがって、コーランとは何よりも「アラビア語のコーラン」であり、それを別の言語に翻訳してものはもはや神の言葉ではないとされる」が流布していますけど、「現行のコーランが啓示されたままの言葉を一字一句忠実に伝えたものであるということを積極的に証明するものは何もない」って著者言い切っているし…しかも「むしろ、そうでない可能性の方が高い」って…そんな訳でコーランの集録についての詳細は本書をドゾ。第一回の初代カリフ・アブー=バクル、第二回の三代目カリフ・ウスマーンなどその他諸々出ていらっさいまする…

 また、「神が唯一であるということは、それだけで十分であり親も子も必要なく、また伴侶も助力者も不用だということである。それはまた「並ぶ者なき神」ということ。神はユニークで神に比べられるものは何もないということ、超越神であることを意味する」の件は、実に一神教的発想じゃね?

 さて、イスラム教における来世、終末思想、天国と地獄、最後の審判の件ですが、こちらの詳細も本書をドゾ。天国と地獄の描写は、「焼けつくような砂漠で暮らす人間にとっては、それは恐ろしいほどの現実味をもっていたことだけは確かである。かりに預言者が異なる風土や社会(例えばアメリカ)に遣わされたのなら、神はもっと別の描き方をしたであろうし、天国における女性信者の報償に対しても記述がなくてはすまないだろう」って、著者ェ…

 他には哲学と宗教の対比、もしくは共存とは何ぞや?かなぁ…「イスラム教は大征服によってエジプト、シリア、イラクにおけるヘレニズム研究の中心地をその支配下においた。そこではネストリウス派や単性論派のキリスト教徒や異教のサービア教徒がその後も研究を続け、その後裔たちはのちに宮廷の侍医、天文学者(占星術師)、翻訳家として活躍した」そな…

 そんな訳で「ヘレニズムの諸学問が翻訳によって本格的にイスラム世界に移植されるのは、アッバース朝カリフ・マームーンが翻訳所として「知恵の館」をバグダードに建ててからである。そこで有名なフサイン一族やイブン=ナーノマ(八三五年没)やクスター・イブン=ルーカー(九〇〇年没)などが活躍した」そで、「これらの学者の翻訳はガレノス、プトレマイオス、ユークリッドらの医学、天文学、幾何学に限らず、プラトンやアリストテレスのほぼ全著作から、アフロディシアスのアレクサンドロスなどの注釈書をも含む大規模なものであった」とな…その結果「ムスリムの中で哲学について独自の著作を出す者が出てくる」に至る訳で…その後のイスラム世界での哲学活動についての詳細は本書をドゾですが、時間と共に紆余曲折の果て…

 復活における肉体と霊魂の在り方一つでも、「哲学思想が正統神学の教義と矛盾することは明白である」にキタコレになってしまったとな…ガザーリーの主張、活動についての詳細は本書をドゾ。よーするに「哲学者を「不信仰者」と断定したのみならず、ガザーリーはそれらのテーゼ自体が哲学的に成立しえないことを論証しようとしたのである」とな…「この批判が哲学に与えた打撃は大きく、その後哲学は西方のスペインでイブン=バーッジャ(一一三八年没)やイブン=トゥフィイル(一一八五年没)の活躍をみ、またアヴェロエスことイブン=ルシュド(一一九八年没)がガザーリーを批判し哲学を弁護するために「自己矛盾の自己矛盾」を著したが、スンニー世界における哲学の衰退を止めることはできなかった」とな…

 そゆ訳で「以後、哲学の伝統はラテン・アヴェロイスト(アヴェロエスのアリストテレス解釈に従うキリスト教哲学者)にその後継者を見出すが、イスラム世界ではスーフィズムと共にシーア派の流れの中に引き継がれ、真の意味のイスラム哲学として発展し、今日まで続いている」そな…とはいえ「スンニー世界で哲学が姿を消した」とゆー事になると…うーん…イスラム教徒って確か九割がスンニー派だったよな…とゆー事はイスラム圏で哲学の立ち位置って…

 現代視点でいくとイスラム法と離婚の件も興味深いよな?「五つの離婚の形式がイスラム法で認められていたが、何といっても夫が主導権を握り、妻が経済的にも弱い立場にあったため、事実上タラーク(「男性側の一方的宣言による離婚」)による離婚が一般的であった。したがって、近代におけるイスラム法の改革では、夫のタラーク権に対してさまざまな条件が付されて制限されるようになった」そで、他にも「幼児婚についてもその弊害が指摘され、結婚年齢の引き上げが行われ、一夫多妻制や一時婚も禁止されたり、さまざまな条件が付されたりして、事実上多くの国では困難になっている」そです…

 それに関連してじゃないけど、「法規範における最大の相違点は、スンニー派が男性に女性よりも二倍多い相続分を認めるのに対し、シーア派が相続での男女平等、スンニー派で否定されている一時婚(ムトア)を認めていることである」ってのもあったりして…

 またヌサイリー派の教義についての詳細は本書をドゾですが、「人間は最初光明世界の星であったが、神への不服従によって地上に堕ち、肉体に閉じこめられた。しかし、光明が、肉体の牢獄に閉じこめられている霊魂を救うために下ってくる。こうして七つの地獄と七つの天国を輪廻したあと、信仰深い物は光明世界に戻っていく。もっとも女性には霊魂は認められていないので、彼女らはこのドラマに関与しない」そな…

 でもって、イスラム教のリベラル化のとこで、「アブドゥの弟子のモダニスト・ラインにつななる主な者としては、まず「女性の解放」「新しい女性」など女性の解放について多くの著作を残したカーシム・アミーン(一八六三-一九〇八年)がある。彼によりば、イスラム教では本来男女の平等が説かれており、女性隔離、ヴェール、一夫多妻制などはすべて誤ったイスラム解釈からくる」となるそな…その他、アフマド・ルトフィー・サイイド(一八七二-一九六五年)@カイロ大学学長、アリー・アブドゥラージク(一八八八-一九六六年)、ターハー・フサイン(一八八九-一九七三年)の他、サイイド・アフマド・ハーン(一八一七-九八年)、アミール・アリー(一八四九-一九二八年)、シブリー(一八五八-一九一四年)、アブール=カラーム・アーザード(一八八八-一九五八年)、ムハンマド・イクバール(一八七五-一九三八年)など出てきますので、こちらの詳細も本書をドゾ。

 何とゆーか19世紀から啓蒙主義もイスラムにキタコレだったんでしょか?よーするに「一夫多妻制、女性隔離、奴隷制、女子教育、利息など」の「合理的解釈」「思想の自由」「自助の精神」「合理主義」「自由主義」キタコレになったらすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。

 そして現代、「原理主義的イスラムが今日大きな流れとなっているが、それを批判し、近代との調和を模索するネオ=モダニスト・ムスリムの存在も重要である」とな…なるほろ、そゆ人達もいらっさったんですねぇ…こちらの詳細も本書をドゾですけど、本書は以下の文で末尾となっているのですがなかなかにアレな気がするのは気のせいか?というのも「問題は現今のイスラム世界には、このような真に革新的な思想を自由に表明し議論する自由がまだなく、したがってそれを大衆に伝達する機会もないことであろう」っててて…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん解説、エピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。さて、個人的に本書で一番ハーヘーホーと思わされたとこを一つ…「ハナフィー法学派の祖であるアブー=ハニーファの高弟で、アッバース朝カリフ、ハールーン・ラシードの信任の厚かった大法官アブー=ユースフ(七九八年没)は毎年末、妻に自分の財産を贈与し、あとでそれを返させるということでザカート税を免れていた。このことが師のアブー=ハニーファに伝えられると、師は次のようにいった-「それは彼の法学のやり方であり、それはそれで「法学的には」正しい。なぜなら、それが現世の法学なのだから。しかし、それが来世においてもつ害はどんな罪よりも重い」と」とな…さてこれを某前都〇事ならどう答えるのか、聞いてみたいものよのぉ越後屋ってか(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

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