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2017年3月10日 (金)

世紀末?

ローマ人の物語 40 キリストの勝利 下  塩野七生  新潮社

 コンスタンティヌスによって政治が宗教を使って帝国を上手く回せていけばいいんだわの世界キタコレになりましたが、下巻ではサブタイトル通り、宗教が政治をのっとり、牛耳っていくお話しになりますた、めでたしめでたしってか(笑)

 さて、ユリアヌスが亡くなって、ヨヴィアヌスも消して、ヴァレンティニアヌスが皇帝になりますた…そして就任一か月後に、実弟ヴァレンスを共同皇帝にしますた…そしてヴァレンティヌスが帝国の西を、ヴァレンスが東を担当する事になったとな…

 何故なら事件は西で起きているんだぁーっだったから(笑)東は、ペルシア王国が悲願の北部メソポタミア奪還、ペルシア王シャプールの老齢、更にヨヴィアヌスが内政、キリスト教問題の方に専念している内に、アルメニア王国も「王を殺して事実上の属国にしてまった」とな…てな訳でペルシア王国的には、西方政策万々歳の結末じゃまいか?

 蛇足ですが、アルメニア王の妃は、「ローマ皇帝コンスタンティウスの許婚」「コンスタンティノープルの有力者の娘」だったお人ですが、「奴隷の身に落とされ将軍の一人に下げ渡されたという」ですから…「皇帝ユリアヌスの説得にも耳を貸さずにペルシア戦役では中立を貫いたアルメニア王だったが、それも役には立たなかったのである」とな…アルメニアの政治センスについては何だかなぁ…まぁ戦時における中立問題については今だとベルギー人にご意見をお伺いしてみたいものよのぉ?ですが、如何なものか?

 そしてシャプールからシャプール二世へと王権交替となれば、それが落ち着くまでペルシア的には西方にかかわる暇なしとなると、ここに小康状態が訪れると…

 対してローマの西では、蕃族の侵入が日常茶飯事になっていたと…「ライン河を越えてガリアに侵入-フランク族、ブルグンド族、ヴァンダル族、アレマンノ族」「北海からブリタニアに侵入-ヒクト族、スコット族、アングロ族、サクソン族」「ドナウ河を越えて侵入-ゴート族は総称で、オストロゴート、ヴィジゴートと、多くの部族に分れて個別に侵入するときも、また、部族が連合して侵入する場合もあった。そして、この戦線に新たに加わったのが、遠くアジアからの民というフン族」「北アフリカを侵略-砂漠の民。ときに彼らは勢いに乗じて狭いジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島まで侵略」って、最早、リメスって名ばかりの存在だった模様…まぁローマの場合、国境から向うは皆、大盗賊団でFAって感じだからなぁ(笑)

 まぁこれらの戦線を端からもぐら叩きゲームのよーに転戦して行くヴァレンティニアヌスって…皇帝職は今日も大変ってか(笑)何せ毎日が戦時ですから、政治、内政になんかかかわっている暇がないとゆー事で、路線は概ねコンスタンティウス時代と同じですが、何か?で、ヴァレンティニアヌスの方は「皇宮内で陰謀をめぐらす時間的余裕もなかったので、皇帝とその周辺は、この意味ではクリーンであり落ちついていた」って…人間、暇になると陰謀に走るのか?そーなのか(笑)

 そんな訳で、キリスト教公会議開催、皇帝出席なんて、そんなの関係ねぇーで、宗教はそっちで勝手にやれって事で、ミラノ勅令再交付で、皇帝は一切関与してる暇なしって事で、「神殿は破壊されず、祭儀も禁止されない時期を送ることができたのである」とな…

 ただし、人間って自分のコンプレックスには抗えないのか、無教育のヴァレンティニアヌスは「高等教育を受けた人間を嫌った」とな…で、この時代のそれは非キリスト教徒、「キリスト教側の言う「異教徒」って事で、「その人々のメッカが、ローマの元老院だった」とな…で、戦事以外は何事も放置プレーな皇帝が「これらのローマ旧家出身の元老院議員たちを、皇帝に対する反逆という罪名をかぶせることで、物理的に抹殺したのである」って…これでローマ元老院の規模が2/3になったとゆーから、ドンダケェー(死語?)

 そんなヴァレンティニアヌスですけど、実の息子グラティアヌスには「ローマ人の考える教養を、西方随一と評判の学者を個人教師に招いて学ばせていた」って言うから、ヴァレンティニアヌス、パンピー時代にスノッブと何かあったのか?相当に根が深そーだよなぁ…

 そんな諸々な状況の中、紀元371年11月17日、ヴァレンティニアヌスが急死してしまうとな…そして帝位は、東側はヴァレンスで留意、西側は、伊以外は、「すでに「皇帝」の称号をもつグラティアヌスが、そして伊を「四歳でしかない異母弟のヴァレンティニアヌス二世に「皇帝」の称号を与え」て、「皇帝の統治地域」としたとな…ヴァレンティニアヌス二世の後見人は「未亡人になったばかりの、熱狂的なアリウス派の信者でもある母のユスティーナ」が受け持ったとな…この三者体制で小康状態が二年続く事になると…

 アリス的には、ローマ…というよりキリスト教キタコレか?何せ二人の母校、英都大もプロテスタント系大学だもんなぁ(笑)

 後、アリス的とするなら知識人の件か?「知識人ならば、現状を冷静に分析し、諦観をこめて時代の流れを眺めていることは許される。なぜなら、世間が思うほどには知識人の影響力はないから」って…そんなはっきり言っていいんですか(笑)特に、言と行が乖離していればいるほど、そんなの関係ねぇー(死語?)になる模様…

 そしてフン族がやって来たってか(笑)蛮族の浸入とは玉突き事故であるみたいなノリらすぃ…よーするに蛮族内というか、ローマの向うの土地に住む蛮族を、その向うの蛮族がやって来て、押し出される形で、ローマに流れ込むと…だから、ローマ的には蛮族の東、もしくは北から、常にこの玉突き事故の果てに侵入されているよーなもんだったと思いねぇってか?だから、国境近くの蛮族と上手く停戦、ローマ化しても、その隣の蛮族がその蛮族のとこに侵入してきたら、元の木阿弥って事じゃね?まぁその繰り返しが、リメスの向うで繰り返されてきているとゆーそして、その蛮族の最東端にフン族参上で、これがどんどん西へ南へ移動するとな…となると、玉突き事故の果てに、リメスが破られると…

 で、さすがに蛮族の中の蛮族のフン族には、そんな蛮族達でさえ、ヤバくね?って事で「住む土地を奪われてしまったのが、ドナウ河が黒海に流れこむ流域に住んでいたヴィジゴート族だったのである」とな…

 でで、何が起きたかとゆーと、ヴィジゴート族のローマへの難民申請じゃまいか?ローマ側のドナウ河の南に移民させてくれれば、武装解除するし、ローマ兵として勤務するし、農地で耕作するよってか(笑)

 これに東側担当皇帝のヴァレンスはいい話じゃないかとのってしまったとな…とゆーのも「ドナウ河を守るローマ軍の、軍事力の増強になる」し、蛮族の浸入その他で過疎化している国境付近の土地の有効活用(農耕地復活)キタコレで一石二鳥じゃね?そんな訳で、ヴィジゴート族のドナウ河南部の移住認めちゃおしてしまったとな…

 紀元376年の秋にヴィジゴート族のドナウ渡河キタコレってか…まさにボートピープルでんなの世界でして、ドナウ河なめたらあかんぜよで大河なんですよ、奥さん(誰?)それをボート、筏で渡る危険率は考えちゃいけねぇーってか?何せ「蛮族と文明の民のちがいの一つは、人間の命に対するセンシビリティにある。北方蛮族にとっては、多少の犠牲は犠牲ではない」そな、それってどこかの隣こkゴホンゴホン…

 さて、物事は何事も想定外に満ちているってか(笑)この場合、予想難民数十万人が三十万人キタコレってか(笑)「それは、皇帝が公式に認めたヴィジゴート族のローマ領内への移住に、皇帝が認めていないゴート族の他の部族までが便乗したからであった」って…結果どーなったかというと「トラキア管轄区の受け入れ態勢をパンクさせてしまったのである」とな…成程、ゲルマンの移民問題って伝統芸能だったのか?ゲルマンのご先祖様(笑)

 そして問題が山積み、まず食料問題、秋に渡河って事は、農産物は普通春播いて秋収穫じゃね?って事はこの秋から来年の秋までの一年間の食料どーするよ?とな…更に、「生活必需品等の多岐に及ぶ」のもローマ持ちだよね、当然って事で…「移住者は常に、すでにその地に住みついている住民並みの待遇を期待するものなのだ。自分たちを、やむをえず故国を捨てた難民と思うからだろう」って、これってどこかのデジャブに見えるのは気のせいだろか?メ〇ケル(笑)

 更に、ここが一番の問題だと思われで「この難民は、武装した難民でもあったのだった」ってか…

 かくて「誓約したはずの武装解除がいっこうに成果をあげなかった」事になってしまうと…それは「ローマ帝国に期待していた生活面での保証が、遅々として進まなかったからである」とな…「男たちが、武器を捨てることを拒否したのだ」とな…立て蛮族の労働者ってか(笑)

 よーするに予想した移民数より大量の移民が雪崩込んで、「不測の事態への対処が不充分であったことにつきる」とな…「その責任は、大量の移住受け入れという事態を、それに許可を与えたヴァレンス帝自身が、軽く見たことに発していた」んじゃね?って事らすぃ…大丈夫、ヴァレンス(笑)世の中には何事も、想定外だから責任はありませんと言えば責任回避できるらすぃよ(笑)

 まぁ行政的にもトラキア管轄区に丸投げしたけど、その為の組織も費用もないない尽くしでそれってどよ?しかも、移民への給与物資納入業者が「質が劣悪であり、量も、約束よりも少なかった」とゆー悪徳業者ですが、何かだったりして(笑)それにしてもアンティオキアといい、古代の商人って悪徳業者多いよーな気がするのは気のせいか?

 さて、こんな状態で移民してきた蛮族に不満なしなんてある訳なく、蛮族の精神キタコレになる模様…「蛮族の精神とは、日々の労苦に耐えることで生活を立てるよりも、他人のものを奪って生活の糧にする生き方を、良しとする考え方である」とな…それって21世紀の今でもどこかのくnゴホンゴホン…

 そして、移民蛮族の略奪が始まったとな…何せ既に渡河済なんだから、陸地移動軽い軽いって事で、「西のダキアに、そして南のマケドニア」にまで略奪キタコレになると…

 事態がここまで来てしまえば、「翌・紀元三七八年の春を待って、皇帝ヴァレンスは、シリアのアンティオキアからようやく腰をあげた」とな…詳細は本書をドゾ。実戦経験のなく、虚栄心のある皇帝って、百害あって一利なしってか(笑)成程、キ〇メロン(笑)

 紀元378年8月9日ハドリアノポリスの戦闘勃発…「ローマ軍は、二人の高官、三十五人の大隊長、そして、全軍の三分の二にあたる、膨大な数の兵士を失ったのである」しかも「皇帝ヴァレンスは、少数の臣下とともに焼き殺された」とな…戦いとその後の詳細は本書をドゾですが、結果、「ドナウ河の南全域」を占領されてしまったとな…

 ちなみにこのハドリアノポリスの戦闘の歴史的大敗、完敗は、「ローマ帝国に住むローマ人の多くに、強烈な打撃を与えずにはすまなかった」らすぃ…これによって「ローマのゲルマン化が、もはや留めようもない時代の流れであることを明らかにしていくのである」とな…後は「暴力的なゲルマン化か、それとも平和裏でのゲルマン化か」それが問題だってか?「なにしろ、追い払うことはもはや不可能になったのだから」だそーですよ…そーだ、直接選挙で決めよーなんちゃって(笑)

 さて、この時点で、帝国の西にはグラティアヌス19歳と、伊のヴァレンティニアヌス二世7歳の二人の皇帝がいますたとな…問題は、帝国の東、皇帝の空位どーするよ?でして、ここでグラティアヌスは、テオドシウスを皇帝に抜擢すると…

 彼の経歴についての詳細は本書をドゾ。なかなかにドラマチックですが、ある意味政治方の皇帝、軍部は戦時で忙しくてそれどころじゃないのに、行政の宦官官僚の暗躍ははびこっていた模様…何か、優秀な人材が宦官の囁き一つで、処刑やら追放やらされていくのは、本当に国がすり減る一方なんだなぁ…

 まぁともかく、一人のニートな男が一夜にして皇帝キタコレって、ある意味シンデレラボーイなんだろか?ちなみにテオドシウス31歳でございますた(笑)失うもののない人、もしくはその身一つの人というのは、大博打の始まりじゃあーってのをマジでやれるって事なんだなぁと…何せ、元失業者ですから、何一つ持たずに皇帝になり、最前線送りで、何とかしろの世界ですけん(笑)

 こちらの人心掌握術とか、戦略、戦術についての詳細は本書をドゾ。まっ「褒章と懲罰の公正な実施」「戦闘に勝つこと」がメインじゃね?って事じゃね?何しろ「自分自身の命がかかっているため、兵士たちの司令官に対する評価は、部外者の想像以上に妥当で厳格である」ですから(笑)

 何とゆーか今だけでしょな人だったんだろなぁ、テオドシウスという人は(笑)どゆ事とゆーと東でグダグダ揉めている時間はないと、何せ宿敵ペルシアもありますけん(笑)となれば、手打ちできるところはするっきゃないでしょで、「ゴート族をドナウの北に追い払うのではなく、ドナウの南に定住地を与えることに」とな…今で言うブルガリアとセルビア・モンテネグロ辺りになそな…そして自治権を認められたとな…どゆ事とゆーと帝国への納税の義務はない。でも兵役をつとめればお給料払うよとな…

 さて、ゲルマンの男性がおとなしく農耕に従事するなんてあるのだろーか?とゆー素朴な疑問が(笑)答えは聞くまでもなく「眼の前に農地と兵役の両方があれば、迷うことなく兵役を選んだ。略奪と兵役は、手にする武器ならば似ていたこともある」となる訳で、結局、国境付近の農作物の再生産なんて、夢のまた夢に終わるとな…とゆー事はどゆ事ゆーと、食料自給すら危ういって事にならね?でして、食えるまで面倒みるよとゆーのもあって、ローマ帝国にとっては、兵士が増えて兵力up以外、持ち出しが増えただけとゆー結末に…

 更に、ローマ人の蛮族と文明人の違いとは何かと言えば、「ラテン語を話す話さないよりも、多種多様な民族がともに共生するために必要なルール、つまり法律、を受け容れた、法治の民であるか否かが、文明の民と蛮族を分ける計器であったのだ」とな…どゆ事とゆーと、「ともに住む人の間で生じた問題の解決を、法律に基づいて決めるか、それとも、腕力で決めるかのちがいである」って、それってどこぞの隣こkゴホンゴホン…よーするに「日々の労苦のつみ重ねによって生きていくか、それとも、他人の持物を奪うことで生きていくか、になった」とな…成程、自称漁船の漁師ってか(笑)

 かくて「これによって帝国に住む他の人々の生活が安定し少しは楽になったかと問われるならば、答えは完全にノウである」って…そーだ、直接選挙に行こーってか(笑)こーして、農民層は完全にオワコン、自作農なんてやってけませんで、農奴キタコレになる模様…

 今でこそ農家、農民ってマイノリティですけど、当時は圧倒的マジョリティ、今で言うなら基幹産業ですから…何せ産業革命前までは、たいていの人は農業に携わっていた人達で…これの斜陽、没落って事は、今で言う格差社会による中間層の抹殺に近いものがあると…そしていつの時代も「中間層の確立していない人間社会は、不健全であるだけでなく機能しないからである」に至る訳で…

 既にローマのエリート層だった元老院も壊滅的で、ローマの中間層である自立農がなくなったら、この国に後は何が残るのか?とゆー事だよなぁ…

 そして、ここに司教アンブロシウス登場ってか…ローマの名門出のエリート、州長官でもあったお人ですが、こちらの経歴についての詳細は本書をドゾ。何はともあれ、キリスト教三位一体派(カトリック)の人達に推挙されてキリスト教徒に、そして司教になったお人でございます…キリスト教的にはパウロのよーな人となるのか?

 歴史的流れでいくと「紀元三七四年、アンプロシウス、ミラノ司教に就任」「紀元三七五年、ヴァレンティニアヌス帝、急死」「紀元三七八年、ハドリアノポリス」戦役大敗、ヴァレンス帝戦死。「紀元三七九年」テオドシウスが皇帝に就任。

 さて、ここで登場人物紹介というか、背景はどよ?で、グラティアヌス帝、「幼少時からすでにキリスト教に好意的であり、とくに皇帝になって以後は、三位一体派に傾いていた」アンブロシウスの影響か(笑)、テオドシウス帝、紀元380年に過労の為か重体となり「生死をさ迷っていた際に訪れたテッサロニケの司教の手で、洗礼を受けた」とな…

 一神教徒じゃないと洗礼を受けた、受けないの違いについてピンと来ないんだけど、これの意味は物凄く絶大なものとなる訳で、この後の皇帝の人生と帝国の運命を握る出来事と化していく訳だったりして…

 というのもテオドシウスは「キリスト教徒になった。つまり、「羊」になったのである」これに尽きるよな…そしてそれは「「羊飼い」である司教の導くままに従う、羊の一匹になったのだった」って事ですけん…

 更に背景確認、「キリスト教の許での皇帝の権威と権力は、人間が委託するから行使できるのではなく、神が認めたからこそ行使できるのだ。その神の意を伝える資格は、司教にあるのだった」とゆー事でして、「司教は、神意であることを理由に皇帝の首をすげ替えることさえも、その気になりさえすれば可能であったことになる」んじゃね?じゃね?

 これを避ける方法は一つ、「死ぬ直前まで洗礼を延期するしかなかったのである」とな…だから、あれ程、キリスト教の擁護者であった大帝コンスタンティヌスも死期で初めて洗礼を受けていたりする訳で…

 さて、これに気付かない、そしてこれを利用しないアンプロシウスじゃないよねって事じゃね?でして…今までの「司教と言っても当時は、生まれが低く教育もさして受けておらず、教養の低い人が多かったのである。その中でアンブロシウスは、鴨の群れの中に舞い降りてきた一羽の鶴のような存在だった」そな…もっと端的に言えば掃きだめに鶴みたいな存在だったんだろなぁで、ローマのエリートなめたらあかんぜよってか?

 何せ当時の皇帝達でさえユリアヌスを除けば「書記の助けなしには文章一つ、満足には書けない男たちであったのだ」ですから、お察し下さい…こーなってくると、キリスト教的にも、皇帝的にも、アンブロシウスの価値は計り知れないソレじゃね?教養、頭脳、洗練、弁論、外交、何でもござれで頭一つ抜きんでている訳ですから…

 そして「ミラノ司教アンブロシウスは、キリスト教会の次の大飛躍の、基盤固めを着々と進めていたのである」とな…それも信じる派閥の為にですから…

 キリスト教の凄いとこは外に異教徒という敵がいて、内に異端者という敵がいるというのが伝統芸能だった模様で…異端というか、派閥の違いは教理の解釈の違いという事になるらしーんですが、これを、どげんとせんといかんというのが、公会議の役割なんじゃね?ですけど、「公会議の決定ぐらいで収まる抗争ではなかった。信ずる教理の解釈がかかっているというだけでなく、司教区の支配という世俗の世界での権力までがかかっていたからである」とな…世俗を捨てたはずの聖職者が世俗の権利を求めて身内内で争うって…

 まぁこちらの詳細も本書をドゾ。異教と異端撲滅運動はどんどんエスカレートしていく訳で…これに、勿論皇帝も絡んでくる訳でして…ミラノ勅令で信仰・宗教の自由は、最早、そんなの関係ねぇー(死語?)キリスト教一択に的が絞られてきたとゆー事に…

 まずは「皇帝グラティアヌスによる「最高神祇󠄀官」への就任の拒否から始まった」とな…更に、女祭司制度の廃止、神殿の経費の財源であった果樹園や葡萄畑の没収、神殿の閉鎖、祭儀の廃止etc.詳細は本書をドゾ…

 究極のそれは「共和政時代の昔から元老院の会議場の正面に安置されてきた、「勝利の女神」の像を撤去させたこと」にまでキタコレってか…これらの一連の騒動についての詳細は本書をドゾ。

 だだし、渦中の人のグラティアヌス帝は、紀元383年ブリタニアの反乱キタコレで死亡、享年24歳…これで形式的に後を継いだのがヴァレンティニアヌス二世12歳…名ばかりの皇帝はこれまた21歳でお亡くなりになる訳だが、問題は今でしょ(死語?)でして、実質的に帝国は、テオドシウスの下にとゆー事になったんじゃね?そして、テオドシウスの手綱を握っているのは…

 何かを一つ妥協したらその後ずるずると芋づる式に権利を拡大主張していく方式って、どこかで見たパターンだと思うのは気のせいか?まぁともかく、それはローマも変わりなしだったよーで、件の勝利の女神撤去事件からは雪崩をうって怒濤の勢いでキリスト教化が進むんですよ、奥さん(誰?)

 私的な祭儀の禁止、偶像崇拝の禁止、祭壇の前で灯明をともすこと、香を焚くこと、壁面を花飾りで飾ること、神々や先祖に献酒することetc.全て禁止キタコレぇー…ここにきて、キリスト教以外の宗教の立ち位置は、異教ではなく、邪教になったんですよ、奥さん(誰?)

 そんな訳で、神殿の神々の彫像の廃棄、神殿の破壊キタコレでして、成程パーミヤーンってか…「テオドシウスの時代をもって完全に変わる。神殿とは、当時のキリスト教会が厳しく禁じていた偶像崇拝を体現したものであり、邪教の象徴であり、何よりも「アウトロー」の具象化、とされたからであった」てな訳で「テオドシウスの勅令はこの事実上の破壊行為に、宗教的正義という大義名分を与えたのだ」そな…

 そして紀元388年、マクシムスの反乱を鎮圧したテオドシウスは41歳は、初めて首都ローマを訪問する。そして「ローマ人は宗教として、あなた方は、ユピテルを良しとするか、それとも、キリストを良しとするか」を元老院議員に選択を迫るとな…「議員たちは、圧倒的な多数で、「キリスト」を採択した」とな…「これは、ローマの元老院という多神教の最後の砦が、キリスト教の前に落城したことを意味する」とな…その後の事は皆まで言うなの世界か…

 そして、破壊行為はどんどん進んでいく訳だったりして…「首都ローマだけでも二十八も存在した公共図書館もふくめ、ローマ帝国中にあった膨大な数の図書館の閉鎖」…続いて、蔵書の散逸、オリンピアの競技会の全廃…

 最早、見事としか言いよーがないアンブロシウスのローマ帝国教化計画フルスロットルってか…そして、更に決定的な野望キタコレで「神と皇帝との関係をキリスト教徒たちの前に明確にする課題」…よーするに己が上なんじゃを名実共に内外に示しキリスト教を不動のものとするとゆー…

 シナゴーグ焼き討ち事件の結末と、テッサロニケ暴動事件の結末など、詳細は本書をドゾ。よーはカノッサの屈辱の前振りキタコレでしょか…最早テオドシウスとは、アンプロシウスの思うがままってか?おかけざまで、テオドシウスにも大帝キタコレですが…

 最早、ローマは皇帝の時代ではなく、司教の時代に突入した模様…そしてその礎を築いたのがアンブロシウスという事になるらすぃ…アンプロシウスの功績「異端や、そこまで行かなくても単に異なる考え方をする者に対しての、論争なり闘争の方法の確立」「聖職者階級の倫理向上を目的にした、方法論の確立」「修道士や隠者たちを、教会組織に組み入れるための制度の確立」「民衆を対象にした、宗教教育の方法論の確立」「教会であげる種々の祭式の、つまり教会典礼の再編成」「職のない人々や孤児に対する、教会の行う慈善事業の再組織」「殉教者への信仰の、理論面での確立」「聖人信仰の創立」と、輝かしい業績の数々でございます…こちらの詳細は本書をドゾ。

 さて、誰が主人公なのか最早何だかなぁなローマ帝国ですが、紀元395年テオドシウス死亡。その後継者は「長男で十八歳のアルカディウスには東ローマ帝国を、次男でまだ十歳だったホノリウスには西ローマ帝国を残したのである」そして帝国は二分されたってか(笑)それについては次巻をドゾ。

 恒例の豆知識的には、古代人の死生観とはどよ?で「ギリシア人は薄明りの寂しい冥府の存在を信じていた」そで、「ローマ人は、死ねば二人の天使が両側からささえて天に昇る、と信じていた」そな…よーするに古代人に地獄の発想はなかったらしく、これを持ち出してきたキリスト教って革新的だったとゆー事らすぃ…

 後、一神教と多神教の違いのとこが興味深いか…「一神教とは、自分が信じているのは正しい教えであるから、他の人もそれを信ずるべき、とする考えに立つ」そで、「多神教は、自分は信じてはいないが、信じている人がいる以上、自分もその人が信ずる教えの存在理由は認める、とする考え方」なんだそな…

 で、「殉教は、文字どおり、自分の信ずる教えに殉ずる行為であって、そのためには死をも辞さないとする決意である」とな…とすると「殉教は一神教徒にしか生じえない現象であり、多神教徒には馴染まない現象」じゃね?「21世紀の現在、最も一神教徒らしい一神教徒は、もはやキリスト教徒ではなくイスラム教徒のほうが多いが、自爆テロがどちらの側に頻発しているかを思うだけでも、ギリシア・ローマ宗教の徒に殉教者が出なかった理由にも、肉迫可能ではないかと思う」の件は、まさに今でしょ(死語?)かもなぁ…

 そして本書で一番忘れてはいけない人は、この人、クイントゥス・アウレリウス・シンマクスじゃね?「紀元三四〇年に首都ローマで生まれた」「ガリア系ローマ人の家系」父は首都長官まで務めたエリート…そしてシンマクス本人も「「名誉あるキャリア」のゴールとしてもよい「首都長官」に、四十四歳でなっている」とな…

 何が問題かと言えば、例の勝利の女神像撤廃反対を皇帝に奏上したのが、このお人とゆー事なのだ…でもって、勿論、これに反対するアンプロシウスも皇帝にお手紙書いたで、皇帝への手紙という形で、両者の論戦キタコレになったとゆーお話しなんですね…こちらの詳細は本書をドゾ。結構な紙幅を使って、語られていますし、また両者の手紙の訳文も掲載されています…

 一神教徒ではない日本人ならば、このシンマクスの論理が非常に分かるわぁの世界な気がしてならないんですよねぇ…この論争と、この人についての詳細は本書をドゾですが、「彼が、「異教ローマの古き誇りの最後の炎」とされたのも当然であった」とゆー人ですから…シンマクスが、五賢帝の頃生きていたら、もしくはカエサルの頃とか、つい夢想してしまいますた…成程、国家の落日というのは人材を活用できなくなる事を言うんだなぁと…こゆ残念が積み重なって…ローマの官僚で行くと一番会ってみたい人はアッピウスなんですが、次はこのシンマクスかもしれないなぁと、つい思ってしまいますた(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。

 目次参照  目次 文系

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