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2017年4月24日 (月)

風は西極に連なりて動き、月は北庭を過ぎて寒し…

街道をゆく 五  司馬遼太郎  朝日新聞社

 さて、今回の目的地はモンゴルでござるでして、モンゴル?ロシアと中国の間にある国のイメージでいたら、何とゆーかユーラシア大陸来たぁーっの世界だった模様…それにしても、殿方って、モンゴルがお好きな人が多いよーな気がするのは気のせいか?雄大な大平原ってロマンをかきたてるものなんでしょか(笑)

 それと、まず最初にひっかかったのは、タイトルとの整合性じゃまいか?かなぁ(笑)モンゴル、大平原とゆー事は、都市部でもない限り、ほぼ道がないよな?ええ、ぐるりとどこ走っても行けるぜの世界でして…何せ飛行機の滑走路でさえ、この大平原そのままらすぃので…

 そゆ意味では、モンゴル全土が国民にとって、どこも道じゃね?馬に乗って、ぼくのあとにみちがあるを地でいっているよな気がするのは気のせいか(笑)

 てな訳で、丸々一冊モンゴル編のはずなんですが、そのモンゴル国内に辿り着くまでに、1/3位進まないと到着しないとゆー(笑)今でもそーなのかは知りませんが、モンゴルまで行くには、ロシアのハバロフスクまで飛んで、イルクーツクに飛んで、当地のモンゴル領事館でヴィザ発行してもらって、ようやくウランバートルに飛行機で行けるとゆー手順らすぃ…

 これを個人旅行でやろーとすると相当に手間暇がかかる、ついでに綱渡り状態になる世界が展開する模様…本書も、何せ、どこも飛行機が時間通りにまとも飛ぶが定かではないにも関わらず、ロシア(当時はソ連)は、きっちり申告した日程通りに旅程をしないとあきまへんえじゃまいかで、イルクーツクのモンゴル領事館でヴィザをもらうの件は、当事者的には手に汗握る展開が待っていた模様…

 飛行機が欠航したり、遅延したりのトラブルの影響は、ツーリスト自身が皆かぶれっていうのが、今も昔もロシア(ソ連)の正義らすぃ…かくて著者達は移動の度にドラマが(笑)

 そして、そーまでしていきたい、君よ知るや高原の国って?はじまるよぉってか(笑)

 アリス的に、モンゴル…その内、国名シリーズで出てくるのかなぁ?

 後は、ブラジル蝶で、ゴビ砂漠でも蝶採集が出来るとこだろか?ちなみにゴビ砂漠の蝶々は脚が長いのが特徴らすぃ…それは「蝶は風に弱いが、ところがゴビにつよい風が吹くとき、大草原の蝶たちは短い草のかげ以外に身を隠す場所がない。草の根本に脚をからませて身を倒してしまうために脚が長いのだ」そな…なるほろ、ダーウィンってか?

 他にアリス的というと、こちらは准教授的になるのだろーか、ジャバウォッキーの天体望遠鏡で、モンゴルの星空キタコレでしょか?どの位凄いかは本書をドゾ。ちなみに同行している須田画伯曰く「星ばかり描きつづけているエカキがいるのです。その人は、こんな星ばかりの大観を見せたら、うれしくて狂い死んでしまうかもしれません」とゆー位、満天の星キタコレ状態だったらすぃ…世の中にはそゆ画家の人もいたんですねぇ、アマノン画伯(笑)

 それと准教授のキャメルつながりで、駱駝の遊牧のとこかなぁ?駱駝乳酒にはじまって発酵食品のとこは本書をドゾなんですが、駱駝に騎乗した時の感想で、「落ちないように、前方のこぶの毛をつかんでいた。こぶの毛の掴みぐあいは、あたり前のことだがラクダの下着の感触に似ている」の件で…うーん、所謂これはババシャツの事だろか?

 さて、モンゴルとは?ですけど、「ゴビ砂漠をふくめて、標高一二〇〇メートルの高原をなす北方アジアの一角にあり、モンゴル人民共和国というのがそれである」そな…昔の名前で出ていますでは「外蒙」キタコレってか?「外というのは漢民族の側からみてのそれで、本来、モンゴル人の故地は、中国側でいう内蒙の低い草原地帯よりも、オノン、ケルレンの流れる外蒙高原にある」そな…

 尤も、シベリアのバイカル湖付近に住むブリャート・モンゴル人のみはどういうわけかシベリアの低湿地で遊牧してきた。このシベリアのブリャートのみはソ連邦に属し、ブリャート自治共和国を持つ。人口は六十七万強。中国にもいる」そな…で、中国の方は、内蒙古、「東は東北地方(旧満州)、西は青海省などのいわゆる乾燥アジア地帯に住み、主として遊牧の暮らしを送っており、人口はあわせて百六十万ぐらいらしい」とな…

 ちなみに領土は「日本の四、五倍のひろさ」、「フランスとドイツ、イタリアそれに英本土をあわせたほどもある」、

 でもって、「国章が、疾走する騎馬の牧き人を図案化している」そな…そーだったのか?モンゴル?そんな訳で、今でも国民のみなはまは皆、馬に乗れるのが当たり前ってか…

、首都のウランバートル「都市設計はロシア風」だそーですけど、一歩郊外に出ればそこは「上古以来の草原」の世界が展開している模様…それにしてもウランバートルって「赤い英雄」って意味だったのか?も一つついでに「ウランバートルでは、どの大使館も、しゃれた建物をもっている」そで、設計は「ソ連人」「モンゴル人」のものらすぃ…

 人口は「岡山県より少ない」、「百三十万人程度で、人口密度は一平方キロに〇・八人。世界でもっとも過疎な国の一つである」ですが、ソ連(露)と中国にいるモンゴル人合わせると、「三百五十万人」くらいになる模様…

 でもって、言語は「「狄」のころからさほど重大な変化はしていない」そな(笑)でもって、「言葉の構造は日本語に酷似している。よく間違われるが、中国語とはまったく類縁はない」って、そーだったのか?モンゴル語?

 蛇足ですけど、雨の事をモンゴル語ではポロンと言うそな…何かこの語感が、きゃーうそかわいいーじゃね(笑)更に、ゴビ砂漠のゴビ、「漠然とみれば茶褐色にみえても地面に目を近寄せると、まばらに短い草が生えている土地」の事さすらすぃ…よーは「草の育ちが悪い砂礫地」とな…

 また、モンゴルの人は「姓と字がない」とゆー事で苗字がない模様…「いまも姓はない」って…ホンマでっかぁーっ?「もっとも、いまのモンゴル人民共和国では、父の名前を便宜上姓にするという新しい習慣ができている」そな…とゆー事はモンゴルも家父長制の国だものなんでしょかねぇ?

 更に習俗、「家屋、食物、牧畜の仕方など」も「「狄」のころから、すくなくとも十三世紀の元帝国のころから、基本的には変わっていないであろう」って、ホンマでっかぁーっ?

 ちなみに「フェルトの天幕である家屋も紀元前から変らず、さらには紀元前から飲みつづけている、馬乳酒をいまなお飲んでいるという国なのである」ですしおすし…「包は羊毛の、真白なフェルトである。掌で触れると、ぶあつくて柔らかくて、皮膚にほどよい抵抗感が感じられる程度の硬さがある」のだそー(笑)木組みは柳の枝だそーで、フェルトと縛るのは「麻の細引」なんだとか…

 「入口は、茶室のニジリ口のようにかがんで入れる程度のもので、木製の観音扉がついている」「室内に入ると、天井に、風呂敷を三角に折った程度の大きさの穴があいていて」「煙出しと明かり取りのためのものである」「室内のひろさは、八畳から十畳というところであろう」そで、なれると15分位で組み立てできるそな…でもって、「移動用住居だから、床はない」そで、今でしょ(死語?)は「一面に板を敷く」のだそー

 衣類は、「唐のころから衣服はあまり毛皮を好まず、絹布で織ったモンゴル服を好むようになった。ついでながら絹布は漢民族と交易によって得る」のだそな…馬と絹の交換ってか?

 それと、装飾関係で、「指輪もせず、耳飾りもしないという婦人は、モンゴル婦人の古来の常識からいえば考えられないことなのである」らすぃ…うーん、モンゴルにもし旅行に行くよーな事があれば、女性の場合は必ずアクセサリーの一つでもしていかないとヤバいかも?

 食の方では、まぁ羊肉がメインっぽいんですが、「モンゴル人は古来、野菜を食べないのである。ビタミンCは動物の乳や肉、内臓から間接的に摂っているから不自由がない」生活だったらすぃ…でも、今でしょ(死語?)になると、外食でお皿にもちょこっと野菜が盛り付けされるとこまで来ている模様…でもモンゴル人は遠ざけてよけてる人多しってか(笑)

 ちなみに「この野菜は、モンゴル産である」とゆーから、遊牧民的に農耕民は「土の上を這いずりまわっている汚らしい農作者」とゆー事で下に見ているし、ラマ教的には、「土を掘ることそのものが宗教的禁忌になった。土を掘るとその中にいる虫を殺す。悪業になる」そで、悪く転生したらどーしてくれるって事になるらすぃ…

 そんなモンゴルですから、お皿にのっている野菜も、固有名詞のソレではなく、一般名詞の野菜らすぃ…ええ、何でも一まとめに野菜じゃねで、ええじゃないかええじゃないかとゆー感覚みたいです、モンゴル人的には(笑)とすると、日本にいるモンゴル人力士の人達って、ちゃんこ鍋よく食べれたなぁと思うのは気のせいか?

 とは言え、モンゴルの農業というのは、パンの為の小麦とか位で、後は家畜の飼料を作っているんだそな…どこまでも牧畜メイン、モンゴル歪みありませーん(笑)

 飲み物では馬乳酒キタコレらすぃ…一杯の単位が、コップとかグラスではなくて、どんぶりなとこが何とも…でもって「モンゴル人なら、一食に三杯ほども飲む」のが普通らすぃ…アルコール分は3%以下らしーので、子供も女性も常飲しているそな…

 ちなみに「馬の乳というのは牛乳とちがい、生で飲むと下痢してしまう」のだそで、発酵させてお酒にすると飲めるし、日持ちもするし、ビタミン補給もできるとな(笑)レシピは、馬乳(駱駝乳でも可/でも馬乳の方が美味しいらすぃ/笑)、木桶(革桶)に「ナマ乳を入れ、それに発酵のたねとして古い馬乳酒の残りかすを入れる。そして数日のあいだ、なるべく絶えまなく掻き混ぜるのである」そな…しかも昼夜たがわず、日数かけての方が美味しくなると…そんな訳で下手すると深夜も起きたら、せっせと馬乳酒造りの為に混ぜ混ぜしてるとゆー手間暇かけての一品らすぃ…よーは一日中掻き混ぜ続けた方がよろしとゆー事らしーが、それなら人力より、水車とか風車のパワーを使った方が効率よくね?と思ったのは、己が日本人だからだろーか?まっ包と違って移動する度に水車もって歩くのは厳しいとゆー事かなぁ…

 ちなみにちなみに、包と馬乳酒は、「モンゴル人のみの固有の生活文化ではなく、乾燥アジアにおいて数千年来遊牧してきた諸民族にとって共通のもの」なんだとか…みなはま、お酒とお家を以て大陸内移動ってか?

 お酒は他にも、蒸留酒らすぃモンゴル・アルヒなんてのもあるらすぃーのでこちらの詳細は本書をドゾ。

 後、お天気の草原ってなエピで「もしこの光線のなかで裸で一日中動きまわるとすれば、一時間で一リットル以上の水分が体から蒸発してしまうといわれている」そで、水分補給しないと「高熱を発して倒れるか、死ぬか、どちらかである」って、ホンマでっかぁーっ?「この事情は、サハラでもゴビでもアメリカの砂漠でも、乾燥地帯においてはすべてそうで、変りない」とゆー事らすぃ…乾燥パネェ…

 そして、本書発行当時から見ると、「モンゴル人民共和国は、半世紀前に革命をやった。かつてモンゴルに不利益のみをもたらした中国と手を切り、手を切るために帝政ロシアに接近したり、次いでソ連の応援をもとめたりして、社会主義化した」のだそな…「遊牧社会の社会主義化」あると思いますだろか?とはいえ、「社会主義国の建国歴としては世界で二番目」とは知らなんだ…

 も一つ、モンゴルというと一番先に思い浮かべるのがチンギスハンじゃまいか?ですけど、「いまのモンゴル人は、かつてのチンギス汗のモンゴル人であるという世界中が持つ常識的印象を払いのけるためにひどく気をつかっている」そな…

 というのも「チンギス汗は現在のモンゴル人民共和国の人口の半分にも足らぬ人口をもって、世界を征服し、その往くところ、皆殺しをやってのけ、都市国家のなかではその皆殺しのためにそれっきり歴史から消滅したのもいくつかある。ユーラシア大陸のほとんどの国が、チンギス汗から被害しか受けなかった。その伝承や歴史が国々に濃厚に残っている以上、モンゴル人としてはそれを誇れないというのが当然であろう」とな…

 そんな訳でジンギス汗伝説来たぁーっなんですが、「ジンギス汗の家系伝説における神聖受胎」の場合、「ジンギス汗の遠祖にドンチャルという者がいた。妻のアラン・ゴワは、この夫とのあいだに二児をもうけたが、やがて夫に先立たれた。夫の死後、彼女はさらに三児を生んだ。神の子である」って…

 子供達が少年になった時に母親が話す出生の真実ってのが「亡父の死後、毎夜、包の天窓から光の精が入ってきて、自分の腹部にふれた。やがて受胎し、つぎつぎに子が生まれた。つまりあとの三人の子は神の子である、といった」って…ちなみにこの後このお話は毛利三本の矢と同じお話になって、だから兄弟五人仲良く力を合わせてゴーとゆーオチになるらすぃが…この矢の話って古今東西あちこちであるよーな気がするのは気のせいか?確かロスチャイルドでもそんなエピなかったっけ?

 他にも「アルタン・トプチ」というモンゴル史書というか、古書になるのか?まぁともかく、その中には「モンゴルの史実、伝承、説話、歌謡」がキタコレ状態らしーが、この中のお話の一つに「少女が車から降りて小用をし、やがて少女は車にもどり、男に守られながら立ち去るという情景がある」のだそな…で、「このあと、イェスゲイら兄弟があらわれ、少女が小用をした痕をしさい検分するのである」で、今ならそのフェチはやばいっしょですけど、草原遊牧民族的には「厳粛な習慣」なんだそな…

 まあともかく、そこから「この娘は、善い子供を生む」と占う、もしくは検分して、少女ホエルンを「略奪しておれの妻にする」とゆー判断を下す…政治的には、敵対部族に英雄な子供が生まれるのはヤバイとゆー…何だかなぁですが、その略奪した娘から生まれたのが、かのチンギス汗なんだそな…モンゴル伝説?史実?もパネェ…

 さて、現在に戻ると、現状、モンゴル的にはチンギス汗という言葉そのものが非常に口にし辛いおことばらすぃ…「モンゴル人にとって、かれらの民族を大統一した英雄であるだけでなく、世界中のだれもが、いまなお驚歓と戦慄でもって記憶しつづけている名前なのである。モンゴル人にすればこの名前を公然と誇りたいにちがいないし、それができないのは、つらいに相違ない」ですしおすし、なんですが、「ソ連人が、これをいやがるのである」とな…「公式的には、ソ連人は、モンゴルのチンギス汗というのはあれは侵略者だ。だからいけないという」そーですよ、奥さん(誰?)

 でも「ソ連邦のなかのロシア共和国では、帝政時代の-つまり大侵略時代の-英雄的な皇帝や、シベリアの原住民を征服していったコサックの勇敢な酋長たちに対して公式な理解と尊敬が払われている」のにも拘らずらすぃ…

 まぁこれはどこの国も似たよーな論理で史観をまとめているとゆー事で、例えば「中国の毛沢東氏は、秦ノ始皇帝という、われわれ他民族からみれば暴慢な侵略王としか映らなかった人物を称揚している」じゃまいかってか(笑)ちなみに「秦ノ始皇帝がもし存在しなければ中国大陸の政治習慣のなかに統一ということがなかったかもしれない、という想像は充分正当性をもっている」になるのか(笑)

 でもって、そんな秦ノ始皇帝を評価した毛沢東ですけど、「「ジンギス汗こそ、モンゴル民族の統一をなしとげた偉大なる人物である」と評価し、ソ連の強力な影響下にあるモンゴル人民共和国にむかって宣伝した」そな…政治ってパネェ…

 ところが露的には、十三世紀にやってきたチンギス汗を「人類史における害獣のように憎む」ですしおすし、「タタールのくびき」を忘れるなの世界が展開している模様…「モンゴル人がやってくるまで、ロシアには有史以来国家らしい国家がなかったことを思うと、ロシアというのはひどく若い国であることに驚かざるをえない。ロシア人は民族国家を形成する前に、東方の征服者によつて国家-キプチェック汗国-を体験させられたのである。キプチャック汗国の国家機能はモンゴル貴族を富ませる目的のために存在し、被支配者であるスラヴ人は搾取されるためにのみ存在した」とな…

 これによって何が残ったかとゆーと、貴族が広大な土地を所有し、農奴が耕すとゆー図式、「この単純きわまりない国家構造は、その後のロシア人による帝国に、遺伝のように相続された」って事らすぃ…「帝政ロシアにおける貴族と農奴の関係は」かつての「キプチャック汗国時代のモンゴル貴族と質的にはおなじだし、農奴もまた「タタール」支配のころのスラヴの農奴と、質的には大差ない」とゆー事らすぃ、ましてや公職なんて皆まで言うなか…詳細は本書をドゾですが、傍から見ればその通りでも、これ絶対に露人は認めないだろーなぁ…

 でもって、そんな「ソ連はジンギス汗をはなはだしく憎む。滑稽なほどに憎んでいる」のだそな…

 かくて悲劇は起こるでしょか?「一九六二年に、国家をあげてジンギス汗生誕八百年という大記念行事をやってしまった」しで、これに対し「モスクワの逆鱗にふれて、自粛のかたちとはいえ、モンゴル人民共和国の政治局員の一人が追放されてしまった」し、その後、「国家をあげてジンギス汗の侵略を批判するようになった」し、ジンギス汗という名前はこの国家にあっては禁忌になった」そな…

 さて、国家行事的には、「毎年七月十一日は、モンゴルの革命記念日である。この日、恒例の大競馬がある」そな…「騎手は五歳から七歳くらいまでの少年少女で、千騎以上が参加する」って言うからドンダケェー(死語?)

 乗馬の歴史もスキタイの昔からでして、こちらの詳細も本書をドゾ。それにしても馬にジカに乗れるって事は、戦術的に物凄く優位だったのか?馬の戦車なんかより機動性抜群じゃまいかってか?でまぁ行軍するならば、乗り換え用の馬もいぱーいって事になる訳で…なるほろ、馬とは軍事物資そのものなんだなぁ…

 ちなみにモンゴルのお馬さんは「むかしの日本馬のように小さく、脚がふとい。世界中のどの馬よりも耐久力があるうえに、粗食に堪えるといわれる」そな…なるほろ、モンゴル馬ってか…

 今でしょ(死語?)のモンゴルでパネェでは、憲法じゃまいか?「極端な愛国主義と盲目的な民族主義を排する」って、条文にあるそな…「これについての禁止を憲法で明文化しているのは、世界でもモンゴル人民共和国がただ一ヵ国である」って、今でもあるなら、そのうちモンゴルを見習えなんて話題も出てくるんだろーか?どこかから(笑)

 現代でも一つ、ウランバートルの郊外には火力発電所があるそで、「その発電所で燃えている重油も、モンゴル人が掘っている。ゴビ砂漠のあちこちで石油が出る」って、ゴビ砂漠って油田地帯だったのか?でもって、モンゴルの地下資源では、露天掘りの炭鉱と金があるらすぃ…

 現代モンゴル人で、教育の方もおべんきょができる学生は、国外留学キタコレになるらすぃ…で、そんなモンゴルの未来のエリート達が、「選びたがる専攻は理工科系で、法科や経済はあまりきたがらない。法科を出ればやがては国の政治にたずさわらねばならないが、その世界に入るとソ連との関係などでつらいことが多く、そのために学生たちは敬遠する」って…モンゴル、政治事情もなかなかにアレらすぃ…とても他人事に思えないのは気のせいだろか(笑)

 歴史的なとこでは、中国の周辺国家(民族?)というのか、多かれ少なかれ中国に降れ、同化し、のみこまれるてあとかたもなくなるがパターンだったにも拘らず、何故かモンゴルだけは「古来、中国文明をまったくといっていいほどに受けつけず」、姓も衣服も風俗も言語も、でもそんなの関係ねぇー(死語?)と、染まらなかった人達だったらすぃ…あの元を築き崩壊した後も、そゆ事って…

 「中国人は、文明(自分の)というものには、人は染まるべきものだという信念が古来からつづいている」そで、世界は全て中国化するのが真理って奴らすぃ…中華思想パネェ(笑)でも、モンゴル側から見ると「元来、農耕を卑しむために、とくに元時代は、農耕民である漢民族を賤奴のようにあつかった。むしろ商売をするイラン人やアラビア人を漢民族より上等の民族として上の階層においた」そな…遊牧民vs.農耕民って一体?

 何とゆーか、モンゴル的には、対ソ、対中とゆーのは物凄い関係性らすぃ…

 対中の場合、「モンゴル人は遊牧の民のせいか、性格が大らかで素朴で、感情を剥き出しにして他民族を憎悪するところがすくない」そーですが、漢民族に対してだけは「生まれる以前からきらいだというところがある」って、正直者乙ってか(笑)

 詳細は本書をドゾですが、よーするにモンゴル人からしてみれば、自分の牧草地を勝手に農地にしていく略奪者とゆーノリだろか?かくて漢民族の鍬によって、モンゴル人は「北へ北へと追いやられるはめになった」って事らすぃ…

 ちなみに清朝は「漢民族にとって異民族である満州民族の建てた王朝で、結局は中国最後の王朝になり、近代に入る。この王朝を形成した満州民族はツングースの一派で、モンゴル民族にくらべて純粋の遊牧でなく、古くから半農半牧であった」そな…

 とはいえ、漢民族の農耕の侵略に「満蒙に封禁地をつくったりしたが、末期にはふせぎきれなかった」になるし、内蒙古は漢民族の人口増えるし、あげくに「清朝がモンゴル人の民族的活気を殺ぐためにラマ教をすすめたことも、衰弱に拍車をかけた」とな…どゆ事とゆーと、「生産を支える男子の多くが僧になったこと、さらにはラマ教には僧が初夜権をもつという奇習があって、しかもその性的権威を通じ、僧が梅毒を蔓延させるということなどもあって、人口まで激減してしまった」って、ホンマでっかぁーっ?「清朝の対蒙政策は、政策として梅毒をひろめることまでふくんでいたといわれるから、なみたいていのものではない」って、さすがアヘン戦争の国はやる事が違う…

 また「漢民族の商人が、モンゴル人の商業的無知につけ入って搾取し、いよいよ貧窮化させ、ついには家畜すらうしなって草原をうろつく窮民が清朝末ごろから出てきた。草原では乞食が成立しないのである。餓死するしかない」って…今も昔も中国って…

 軍閥時代キタコレも、「中国の官吏は伝統的に農作物を収奪するという上に立っているため、農民と遊牧民とのあいだに紛争がおこれぱ、かならず農民側に付き、モンゴル人には味方しない」そで、「遊牧のモンゴル人からみれば、「中国人」という語感は、奸智、高利貸、富裕、軍隊、役人といった印象の総合だったにちがいない」ですとな…今も昔も中国って…

 そんな訳でモンゴル人から見た辛亥革命の場合、中国に近い内蒙古に対し、ゴビ砂漠の北方のモンゴル地帯は外藩蒙古(外蒙古、いまのモンゴル人民共和国)とよばれたが、ここにいたモンゴル人が、清国の崩壊とともに、独立運動を開始した。独立というより、露骨にいえば中国人から逃げだす運動というべきものだった」とな…

 そしてモンゴル人は帝政ロシアに応援を求めたのだそな…「中国が軍事力をもって帝政ロシアを牽制」、「帝政ロシアが革命」で崩壊、「日本のシベリア派兵」、「ロシアの内乱」とカオスでんなな事態に至り、「一時期、中華民国の将軍徐樹錚が庫倫を占領し、極端な占領軍政治を布」くことになりものすごい状況に陥るんですが、更に赤軍に敗れた白軍がやってきて、この中国軍を追っ払うんですけど、彼らも中国とやる事は同じで「新たな略奪者」だった訳で、「モンゴル人はほとんど餓死寸前」になりますたって、ドンダケェー(死語?)

 かくて「モンゴル人の革命への熱望はこの悲惨のどん底から成立したもので、かれらにとっての救いは、レーニンしかなかった」とゆー、この後決死隊のモンゴル高原脱出や、モスクワ直訴、中国軍の「残忍な報復」の件についての詳細は本書をドゾ。いやぁ、何かもー凄すぎて何も言えねぇ…モンゴル近代史って一体…

 「要するに、モンゴル人にとって中国という農耕国家のくびきほど陰惨な記憶はなく、この不幸な記憶は、中国が革命で一変してしまっているとはいえ、容易に去らないにちがいない」そな…今となってはロシア革命って一体?な話ですけど、でもその「ロシア革命で得をした他民族といえば、モンゴル人ではないかと思われる」らすぃ…そーだったのか?オバマ(笑)

 そして、モンゴル史的な書物として「元朝秘史」、モンゴル語的には「モンゴルの秘められたる歴史(ふみ)」と言うのだそな…モンゴル語的表現って、日本のやまとことばに似てね(笑)

 でこちらの書物には「かつてユーラシア大陸を往来した草原のひとびとの秘密を説く宝庫として、十九世紀以来、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、日本、ベルギーなどの学者によって、その研究がさかんになった」そな…「中国において、これについての、あるいはひろくモンゴル学についての著われた学者を見ないのは、中国文明の伝統的特徴というの点で、興味がある。自己の文明の周辺に文明は存在するはずがない(事実、それに近いが)というもっとも高貴な保守性のためであろうし、このことは中国にあっては、「源氏物語」の研究者さえいないという事情と、やや通じている」とな(笑)中華思想素晴らしス(笑)

 対日本関係でいくと、「モンゴル人の物知りは日本のモンゴル研究者の名前なら、たいてい何人かを挙げることができる。服部四郎、岩村忍、小林高四郎、村上正二、護雅夫、棈松源一、坂本是忠、小沢重男、田中克彦…」って、ホンマでっかぁーっ?

 他には、「モンゴル政府が発行した人民共和国の歴史」の件だろか?詳細は本書をドゾですが、ディスカウント・ジャパンってこの頃から素晴らしスの世界だったんだなぁ(笑)でもさぁ「その二十世紀前半において、当時"外蒙古"といわれたこの国で、日本人という生き物を現実に目撃したモンゴル人は、何人いただろうか。概していえば、絶無にちかかったのではないか」なのに、こーして歴史は創られるってか?

 「モンゴル人は、かつて汎モンゴル運動を推進させようとした日本帝国主義を、教科書的には痛烈に憎んでいる。しかし実際にはモンゴル人は、日本人に対し、知識以前の親しみをもっている。「われわれは、日本人の先祖だ」と、かれらはよくいう」そで…先祖だの、親子だの、兄弟だのという科白は、儒教関係が絡んでいない事を願うばかりですが、モンゴル的にはどーなんでしょねぇ?

 後、も一つ面白いと思ったのは、ここでの日本語ガイドをしてくれる現地のツェベックマさん(貿易省の役人)なんですが、この方がなかなかにチャーミングな女傑って感じで、本書の中でも一際光っていらっさるよな(笑)非常に味のある御仁ですが、海外編を見て思うのは、通訳・ガイドって女性が多いのだろか?という素朴な疑問が?それもおばちゃん陣多しのよーな?やっぱ、どこの国も最強なのはおばさんなんでしょかねぇ(笑)

 そして、忘れてはいけない旅行者としてのモンゴルですけど、まずホテル「シベリアで経てきたソ連のどのホテルよりも清潔で掃除がゆきとどいていたし、室内の水道施設なども古びてはいるが、よく手入れされていた。むろん、シベリアのホテルで悩まれた故障もない」そな…世界有数の人口過疎地で、人手が足りなくても機能しているもんなんですよ、奥さん(誰?)

 他にとゆーとホテルの部屋の鍵が著者がさわる分にはうまく機能しないとこの件でのフロント女性との会話が面白い…彼女だとちゃんと施錠できるのだが、それはともかく、「モンゴルには泥棒はいない、といった」とな…何かもーここがモンゴルの現状を一番あらわしていると思うのは気のせいか(笑)

 ちなみに「清朝末期のモンゴル人は、当時の庫倫(ウランバートル)の経済をにぎる華僑高利貸のため、一部の僧や諸侯をのぞいて、乞食以下の暮らしに堕ちていた。そのときでさえ、モンゴル人による泥棒はまれだったといわれる」ですしおすし…

 でもって、中国語の革命という言葉が、「辛亥革命のときにモンゴルに輸入された」そで、「この言葉を、モンゴル人は訛って「ガミン」と発音した」そな…そして「ガミンはモンゴルに入ると革命という意味をうしない、泥棒という意味になった。くわしくは「中国兵による暴行・掠奪」という意味として定着したのだが、そのガミンたちの略奪からのがれるために、モンゴルの独立運動がおこったといっていい」そな…お隣が中国、本当にありがとうございましたってか(笑)

 後、モンゴル移動事情なんですが、国内を飛行機で移動して、到着した空港(?)から直で馬で移動とか、あると思いますなんですよ、奥さん(誰?)南ゴビのとこでは、草原が滑走路で、着陸した隣がホテル(包)とゆー立地ですから、ドアツードアが飛行機、あるとこにはあるもんなんですねぇ(笑)

 他にも「飛行機が着陸しようと思っている場所に、これもいつのまにか、モンゴル馬が二十頭ほど、湧いて出たように草を食べているのである。うかつに着陸すれば飛行機は馬群れと衝突事故をおこすかもしれず」なんて件もあったりして(笑)もしや、モンゴルって全土が滑走路であり、牧草地なんだろか(笑)

 ちなみにホテルの包の場合、燃料(暖房?)が牛糞ではなくて、薪だったらすぃ…草原の国で木材って相当に贅沢じゃね?って事になったんじゃね?だったらすぃ…これがモンゴル的、おもてなしなんだろか?

 後、日本人観光客は眼鏡にカメラのイメージというのが、一昔前のイメージでしたけど、モンゴル人からする日本人の目が悪いとゆー事らすぃ…まず「モンゴル人は写真機を持つこともきらいだが、写されることもきらいだ、という」だそで、今もだったら、モンゴル人スマホどよ?ですけど、どよ?なんでしょかねぇ?まぁそれはともかく、モンゴル人は、景色とか人の顔とか一度みたら忘れないとゆーのが、普通らしーのだ…さすが遊牧民、凄い記憶力…そんな訳で十年前に一度チラっと会った人の顔も忘れていないし、自分ちの羊や駱駝とかは勿論、よその家のも見たらわかるってホンマでっかぁーっ?

 蛇足ですが、露関係の豆知識を幾つかピックアップすると、「当然のことだが、シベリアがもとからロシア人のものであったということは事実ではない。日本史の区分でいえば僅々、徳川時代の初期から中期にかけて西からやってきたロシアのコサック群の活動によって併呑されていっただけで、十九世紀以後の概念でいえばこれは侵略になる」ですしおすし(笑)

 で、「シベリアの地域地域を発見したかれらコサックたちは、まず堡塁を築いて原住民の襲撃に備えるのが、常だった。シベリアの古い町にはすべてコサックの堡塁からはじまっているのである。次いでコサックのやることは、現住の狩猟民族から毛皮税をとりたてることであった」とな…お貴族サマは黒貂がお好きってか(笑)

 ちなみにハバロフスク付近の河畔に居たのは、中国的に言うとホジュン族、露的だとナナイ族と言うそな…こちらの少数民族についての詳細は本書をドゾ。

 イルクーツクだとブリャート・モンゴル人キタコレになるらすぃが、こちらの詳細も本書をドゾ。ただコサック来たぁーっの時、「遊牧民は農民にくらべ、気分が開放的で、さらにたがいに客として往来することが好きであった。モンゴル人は大地を掘りかえす農民を警戒するが、同業の遊牧民に対して、基本的な敵対関係はもたない」のだそな…よーするに、シベリアって農業地帯じゃなくて、遊牧地帯だった事が、コサックが容易に東に流れた理由だったらすぃ…

 蛇足ですが、「西郷は、江戸期からはじまったロシアのシベリアにおける活動に対して強い警戒心をもち、かれの征韓論構想もそれが核になっていた。朝鮮が目標ではなく、黒竜江沿岸から沿海州への進出」をもって、露の南下を防ごうじゃまいかとゆーお話らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。

 また、露での楽しい旅だぁでは、「税関で象徴されるところのあの陰鬱なソ連」とか、「飛行場で客を十時間もすわらせておきながら詫びごと一つ放送されないし、乗客は捕虜のように従順でいなければならない」とか、「税関係官の表情も重苦しい」とか、ホテルはホテルで、「便所と浴室を点検した。水道設備に故障があるのか、便器は水が出なかった。浴槽の水も、ほんのすこししか出なかった」とか…また別のホテルでは浴室もトイレも故障していなかったけど、今度は「掃除された形跡がまったくなく、先客の排泄物が白いホーロー製の便器にたっぷり付着していて」だし、浴槽の方は「黒ずんだアカがふちに何条にもついていて、すでに乾いている」とゆー、露サービス絶賛公開中だったらすぃ…

 著者はハバロフスクとイルクーツクに滞在(通過?)しているのですが、「この二つの都市は、旅行者にとって、都市という実感ではなく、印象を整理すれば関所という実感しか残らない」って…

 更に蛇足ですけど、イルクーツクって、かつては「シベリアのパリ」と「半ば捨て鉢な調子でこう呼ばれていた」都市だったらすぃ(笑)帝政末期前は「官庁の建物がめだつだけの静かなシベリアの行政と経済の中心地」だったそーだが、「十九世紀の前半、東部シベリアに金鉱が発見されてから、この町にゴールド・ラッシュが訪れた」そで、いきなり山師の群れの街になったらすぃ…

 それがどんだけ凄かったかは追剥上等の世界は当たり前で、しかも「当時の追いはぎは脅迫などという面倒な手順を踏まず、いきなり殺してしまうのである」で、強盗殺人が日常茶飯事の街って一体…こちらの手口の詳細は本書をドゾですが、金を求めて色んなとこから人がやってくるのは当たり前ですけど、その中に清国人の人もいますたそで「表むきは茶の輸入商」「裏では金の密輸出をし、産をなす者が多かった」そな…

 その中でも一際凄いエピが、清国人の「同族の死者」の対応で、「死体を故郷の山に葬るべく、防腐処理をする」でして、それが腐りやすい脳を頭蓋骨から取り出すという、何か古代エジプトのミイラ作りみたいなノリですけど、実はこれ「死体を密輸用のケースにするためだったといわれる」ですしおすし…あいた空間へ「鼻の抗に管をさしこみ、その管を通して金粉を頭蓋骨のなかへそそぎこむのである」そな…今も昔も中国人って…

 後、交通機関の運行が定刻通りではないとゆーのはよく聞く話ですが、航空機の場合、何でそーなるの?なとこで、飛行機の「風防ガラス」が透明じゃまいか?で、これって「有視界飛行」乙って事じゃね?って事じゃね?よーする見て飛んでいるんだから、天候不良、視界悪化となれば、飛べませーんとゆー…まっ「航法にも関係があるらしく思える」って事らすぃ…さすがに21世紀の今となれば、進化していると思いたいがどよ?

 まぁ「ソ連旅行は、一寸さきは闇であることを覚悟せねばならない。飛行機がぶじとぶかどうか」神様の言う通りってか(笑)

 てな訳で、トラブルのないソ連(露)旅行なんて、あるのだろーか?と思う位、行くとこ全てスムーズに進行しないよな気がするのは気のせいか?「隠忍自重がソ連旅行の心得」と聞いていたけど、現地にくれば意識せずともそーならざる得ないって事らすぃ(笑)

 ちなみに、著者の心境はこの一言にこれまた全てが集約されているよな?「捕虜になるよりましだと思え」…なるほろ、シベリアってか?

 ちなみに露人的な人達では、元シベリア収容所所長さんの場合、一応「その元所長は相変わらずいい人だったが」未だに「日本はいまも対ソ侵略の意図をもっている」を固く信じているそで、その理由が「自衛隊があるじゃないか」だそな…イイハナシだなぁ(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。何か中露に挟まれたモンゴルという国の立ち位置が、他人事にはとても見えない気になってしまったんですが、当時的には国内に130万人かそこらで、国外の同族を合わせても350万人位でそれをしのいでいるモンゴル人パネェ…

 さてそれはともかく、旅行記的なそれで一番ハーヘーホーと思わされたとこは、「ソ連は結構な国ではあろうが、外国人にとってあまりにも外国でありすぎる。-地球上に残った最後の"外国"じゃないでしょうか。と、かつてソ連旅行をしたアメリカの日本学者が言ったことがある」「殺風景にいえば、普遍的でない、という意味である」の件かなぁ(笑)そのソ連も解体して、今やロシアになりもーしたが、果たして露は?本当にありがとうございました(笑)

 目次参照  目次 国外

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