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2017年4月13日 (木)

彼らは世界を獲得しなければならない(笑)

若者よマルクスを読もう  内田樹 石川康宏  かもがわ出版

 サブタイトルは、20歳代の模索と情熱なんですが、所謂一つのマルクス指南書?というか、入門書?おじさんのアイドル、マルクスいらんかねぇーの世界かなぁ?取り敢えず、それを著者二人のメール交換で、語っていきましょーホトトギスってか?

 取り敢えず、タイトルにある通り購読対象が高校生辺りに設定されているらすぃので、非常に平易に書かれているんだと思われですけど、そこはやっぱりマルクスなんで、専門用語を用いず嚙み砕いても難解な雰囲気漂うとか、スケール壮大すぎて溺れそうとか、後、読み手の品性を物凄く問われる本書かな?のよーな気がする(笑)まぁ、儲けちゃいけないんですかぁーなだけなお人には、ちと厳しいよな(笑)

 で、サブタイトルにあるよーに20代、まぁある種青年時代のマルクス(の著作活動)は、こーだったんですよ、奥さん(誰?)のノリのよな?なので、本書はまだ、資本論にまでは到達していません(笑)出てくるのは、「共産党宣言」「ユダヤ人問題によせて」「ヘーゲル法哲学批判序説」「経済学・哲学草稿」「ドイツ・イデオロギー」辺りかなと(笑)マルクス、資本論だけじゃないんですよ、おぞーさん(誰?)

 何だか、とっても難しいそーとか、とっつきにくそーとか、マっ、マルクスぅー?な気になるのもあると思いますですけど、一応こちら「「初心者にことの起源から説明する」という作業」(@内田)に一球入魂キタコレらすぃので、まぁその心意気だけでもどよ(笑)

 てな訳で拝読していくと、石川先生の書簡はレジュメみたいで、内田先生はご本人贔屓のポイントと茶々のよーな気がするのは気のせいか(笑)

 アリス的に、マルクス…学生アリスのモチさん達かなぁ?経済学部的に?と思っていますたが、ヘーゲル哲学キタコレで、哲学科の江神さんもあると思いますだろか?

 さて、初っ端は「共産党宣言」(1848)とな…「これは最初から「共産主義者同盟」という団体の綱領として書かれたもので、学者たちが書くような一般の研究書や解説書の類ではありませんでした」(@石川)となるそな…

 その構成はとゆーと「Ⅰ ブルジョアとプロレタリア」「Ⅱ プロレタリアと共産主義」「Ⅲ 社会主義的および共産主義的文献」「Ⅳ 種々の反対政党に対する共産主義の立場」(@石川)とゆー事になるらすぃ…詳細は本書をドゾですが、初っ端からマルクス節来たぁーっで、まずそのスケールを見よ?でしょかねぇ?「社会の仕組みや歴史をまるごとつかみとろうとするマルクスの大胆不敵な精神であったように思います」(@石川)って事じゃね?全世界が舞台ってか(笑)

 でもって、共産主義革命とは何ぞや?で「①[労働者による政治権力の獲得]」「②[政治の革命と社会の革命]」「③[共産主義の社会とは]」「④[革命の方法をめぐって]」(@石川)と解説の詳細は本書をドゾ。よーするに共産主義のすゝめ?もしくは手引き?みたいなのが、共産党宣言なんでしょか?まっとにかく政権奪取して共産主義政権樹立、そして世界に広めよう共産主義の輪って事らすぃ…

 ただし「共産主義社会というと、少数のエリート(階級)あるいは共産党が国家をその手に握り、万能の力をもって国民全体を計画的に管理していく社会というイメージがあるかも知れません。しかし、マルクスにとっての共産主義はそれとはまったくちがうものでした。なにせそれは、本来の意味での国家が死滅した後の社会だとされていたのですから」(@石川)とな…マルクス本人からしてみれば、ソ連共産党とか、中国共産党とか、どー映るのだろぉ?って皆まで言うなか(笑)

 世界はでけぇーんだぞととゆー感覚を垣間見せてくれるものとゆーのが、マルクスの世界観とゆー事だろか?で、「「世界を獲得する」という巨大な(ほとんど幻想的な)目標のために、マルクスがまず示したのは具体的で日常的な「団結」というみぶりでした」(@内田)そで、でもって「マルクスはそのきわめて戦闘的なマニフェストの最後を「友愛」の言葉で締めくくったのです」(@内田)って…いやまぁー何とゆーか、友愛とゆー言葉に罪はないと思うんですが、その単語を耳にするとゲンノショウコを飲み込んだよーな苦い気分になるのは何故なんだぜ(笑)

 まぁそんな小市民な己の灌漑はともかく「真の革命宣言は「憎しみ」や「破壊」を称揚する言葉ではなく、「友愛」の言葉で終わらなければならない。このきわめて人間的な構えにおいて、マルクスは一九世紀、二〇世紀の無数の凡庸な革命家たちに卓越しているとぼくは思っています」(@内田)とな…内田先生の青年の主張でしょか(笑)

 さて、お次の「ユダヤ問題によせて」は、「ブルーノ・バウアーの二つの論文の書評という形をとった書き物です」(@石川)とな…「当時のドイツはキリスト教を国教としており、ユダヤ教徒の政治的・社会的権利はきびしく制限されていました」(@石川)そな、でもフランス革命キタコレで、「フランスのユダヤ教徒は、一七九一年にキリスト教徒と同様「フランス市民」としてのすべての法的権利を獲得していたのです」(@石川)って事で、独もこれに続けと当時の独知識人は声を上げてたとな…

 で、マルクスも主張するよって事らすぃ…「ユダヤ教徒は、キリスト教徒をはじめ他の社会成員との権利の平等を求めている」(@石川)で、それが開放されたら、一ユダヤ教の人達の問題じゃなくて「ユダヤ人問題は、全ドイツ人がかかえる「時代の一般的問題」となる」(@石川)じゃまいかじゃね?なのに「バウアーは「ただ「キリスト教国家」だけを批判して「国家そのもの」を批判していない」(@石川)って、片手落ちだろ、常考って事らすぃ(笑)

 よーするに、解放には「政治的解放」と「人間的解放」があるんじゃーっとゆー話になるらしく…一つ、「「政治的解放」がもたらす進歩は、たしかに進歩ではあるが、「従来の世界秩序の内部」での進歩にとどまるものだ」(@石川)、二つ、「近代の「政治的解放」は、近代的権利をもった「公民」を生み出したが、同時にそれは「市民社会」と「利己的な精神」を世に解き放つものでもあった」、三つ、「この政治的解放は、実際上、万人の同権ではなく、利己的精神の代表である「ブルジョア」を中心にすえる社会をもたらした」(@石川)とな…フランス、万歳ってか(笑)

 どゆ事とゆーと「マルクスはこの段階で、近代社会がもたらす人々の法的平等と経済的不平等を区別し、この社会が経済活動の新しい主体となったブルジョアを中心としたものであることに、はやくも着目していたのです」(@石川)って事じゃね?結局、王侯貴族がいなくなったら、ブルジョア、成金が来たでござるの巻か(笑)

 そして「ヘーゲル法哲学批判序説」の方はとゆーと、一つ「宗教が人間をつくったのではない、人間が宗教をつくったのだ」(@石川)、二つ「宗教はこの社会での不幸を、天上での「幻想的幸福」にすりかえる「民衆のアヘン」としての役割を果たしているが、そのアヘンを捨てて生きていくためには、民衆はいま生きている社会の改革に向かわねばならない」(@石川)、三つ「いまや天上がどうかであるかではなく、地上にある現実社会の究明こそが哲学(学問)の課題」(@石川)、四つは独の法や政治は今でしょ(死語?から見たら時代錯誤、旧態依然って事で、一応世界に通じるのは独哲学)じゃねって事で、その中でも「ヘーゲルの国法論」がメインキャラだから、まずこいつを倒す、挑戦するって事で、ヘーゲル法哲学批判キタコレらすぃ…

 そゆ事で、これってマルクス的には、独をどけんとせんといかんってその一心じゃね?まぁともかく「ドイツ人の人間的解放を達成する現実的な主体として、プロレタリアート(労働者階級)が登場」しますたとな(笑)

 一つ、「ドイツは豊かな哲学の到達にふさわしく、現実社会の改革に成功することができるのだろうか」(@石川)で、今でしょ(死語?)の近代は勿論、その先のレベルにまで行けるかなぁー?に「マルクスは、それが達成されるかどうかは、形成されつつあるプロレタリアート(労働者階級)の理論的成熟によると指摘します」(@石川)、二つ、理論の明日はどっちだで「理論はものごと(近代社会の仕組み)を根本からつかみ、社会変革の内容を明快に示すことができるものとならねばならない」(@石川)で、独哲学もその方向へ進むべきじゃねで、三つ「そうした理論を身につけて行動し、人間の解放を達成する主体となるのは、近代的な産業を生み出しつつあるプロレタリアート(労働者階級)である」(@石川)ですしおすしって事らすぃ(笑)うーん、独哲学を楽々クリアな労働者…独の労働者の知的レベル高ぇー…

 宗教か、哲学か、それが問題だなんでしょか?当時の欧州、欧米?的には、キリスト教か?ユダヤ教か?旗色をハッキリしろ?の世界だったんでしょかねぇ?でもって、これって、元同属嫌悪って奴だろか?

 てな訳で今度は「反ユダヤ主義」についてのエトセトラ来たぁーってか?「反ユダヤ的な感情はヨーロッパ世界においてはごく自然なものでした。それは、キリスト教がユダヤ教から「分派」した宗教として登場してきたから当然のことです」(@内田)って事らすぃ…それは「どのような宗教も政治党派も、「分派するだけの必然性があった」こと主張するためには、彼らがもともと属していた「母胎」が腐りきっていて、使い物にならないものであることを主張しなければなりません」(@内田)って事になるとな…米対英、キリスト教、イスラム教対ユダヤ教、もしくはイスラム教対キリスト教、ユダヤ教の過去から今までの歴史、関係性を見れば、どよ?ってな?

 何はともあれ「中世に至って、ヨーロッパ全土がキリスト教化された結果、反ユダヤ感情はヨーロッパ人の宗教感情の「基準」になりました」(@内田)って、そーだったのか?キリスト教徒?「反ユダヤ的な行動はきめわて感情的なもので、「思想」というほど体系的なものによって基礎づけられていたわけではありません。どうしてこれほどユダヤ人が憎いのか、反ユダヤ的行動をしている当人も説明できなかった」(@内田)って、イジメかこわるいの世界がずっとずっとだったのか?欧州って…

 そんな中に19世紀末になって「政治思想としての近代的反ユダヤ主義」「憎しみを「説明」する理論」(@内田)キタコレってか?

 どゆ事とゆーと「政治思想として反ユダヤ主義が定式化したということは、これから先、人々は「憎しみ」の支援抜きに、地勢的に、事務的に、効率的にユダヤ人を殺すことが可能になったということを意味します。その近代反ユダヤ主義の最大の「成果」がナチスによる「ホロコースト」(六〇〇万人のユダヤ人の大量虐殺)です」(@内田)って…ホンマでっかぁーっ?

 まぁ詳細は本書をドゾですが、マルクスも同時代人とゆーか、そゆ欧州事情の中にいたとゆー事を忘れてはいけませーんって事らすぃ…一応「この文章をマルクスが書いているとき、ドイツのユダヤ人は法律的には「解放」されていました」(@内田)とな…ユダヤ人も公民として市民権持ってるもんねの世界だったらすぃ…

 よーするにユダヤ人は政治的には解放された、では人間的に開放されたのか?早い話が建前はでけた、本音はどよ?って奴ですか?そーですか?

 フランス革命キタコレで、「近代市民革命でヨーロッパの市民(ブルジョワ)たちは政治的には解放されましたが、けれども、それは実は自己利益の追求をあらゆることに優先させる利己的な精神を解放することに他ならなかったのではないか、マルクスはそう考えます」(@内田)、「市民革命のおかげで、身分制社会はなくなり、特権階級も(建前の上では)解体されましたけれども、その後に出現したのは弱肉強食剥き出しの競争社会でした。そこでは能力のあるものは高い序列に格付けされて、権力や財貨や情報や文化資本を占有し、無能なものは社会の下位に位置づけられて、飢える。けれども、それは自己責任である。というのは、「政治的に開放された」市民たちは全員が「自己利益を追求する自由」については等権利だからです」(@内田)って…自由な競争社会の結末が、格差社会へまっしぐらってか(笑)

 でもって、他にも、市民革命、近代革命キタコレで、「政治的に開放された」のに、「宗教が存在する」のか?「宗教が存在するのは、宗教を以てする以外に埋めることのできない社会的欠陥があるからである。つまり民主政治を実現した社会には固有の社会的欠陥があるに違いない」(@内田)と、マルクスは推論を突き進めるってか?

 紆余曲折の詳細は本書をドゾですが、よーするに「マルクスは近代市民社会の偉大な達成であるはずの「私利の追及の自由」と「信仰の自由」こそ、むしろ人間がいまだ十分には解放されていないことの証拠だと考えた」(@内田)って事らすぃ…自由になったと思ったらす、ますます不自由になっていたでござるの巻か(笑)

 で、人とは、全て、利己的な人間、私利私欲にしか目がない人間、そんな人ばかりなりなんだろかぁーっ?だって、理想に向かって、フランスの人権宣言とか、米の独立宣言とか、あったじゃまいか?って事で…「これらの英雄的・非利己的な献身の目標が、「利己的人間の権利承認を堂々と宣言」することだったという点にマルクスは納得がゆかないのです」(@内田)に至ると…

 でもって、人には、公私があるじゃまいか?で、公民と私人どよ?って事になるらすぃ…でこちらも、マルクス的には、これもどよ?と(笑)「「自分さえよければそれでいいが、いろいろうるさいから法律には従う」というような人間を作り出すために人間は営々と努力してきたわけではないだろう。人間が真に解放されるというのは、そういうことではないだろう、と」(@内田)とな…何とゆーか、マルクスって究極の理想主義者のよーな気がしてきた(笑)

 かくて「マルクスは人間が自己利益の追求を最優先することを止めて、自分の幸福と利益を気づかうのと同じ熱意をもって隣人の幸福と利益を気づかう「類的存在」になることを「人間的解放の完遂」だと考えました」(@内田)とな…何とゆーか、強欲は止めれって事じゃね?

 で、金儲けしか頭にない、そんな生き方に駄目だししているとゆー事らすぃ…でまぁ、そのスクルージなのか、ヴェニスの商人なのか、今一アレですが、そゆお金以外に眼中にない人達の総称としてのワードに「ユダヤ人」と「自己利益の追求を最優先するキリスト教」(@内田)にラベル化キタコレじゃね?って事なのかなぁ?こんな事してるとユダヤ人みたいになっちゃうよってゆー言い方…してるんじゃね?でして、マルクスも時代の風潮に毒されるいるんじゃね?ってゆーまぁ今で言う、ディスカウント何ちゃらみたいなノリだろか?まっ物事、マイナスのイメージを喚起させる意味に使うのは、人として如何なものか?とはいえ昨今は、差別とヘイトなワードは天井知らずのうなぎ上りの世界に突入しているみたいですが(笑)

 でで「近代反ユダヤ主義というのはエドゥアール・ドリュモンというフランスのジャーナリストが「完成」させたわけですけれど、ドリュモンはその歴史的ベストセラー「ユダヤ的フランス人」で、四〇年前にマルクスが使ったのと同じロジックを使いました。ドリュモンもまた「フランス人はユダヤ化した」と書いたのです」(@内田)とな…今も昔もメディアって、多分、これも、比喩、で、注意喚起、なんじゃね?じゃね(笑)

 さて、「経済学・哲学草稿」、こちらでは「経哲手稿」キタコレなんですが、これは「一九三二年にアドラッキーという人が、パリ時代のマルクスが書き残した三つの手帳をもとに、独特の編集をほどこし、こういったタイトルをつけて出版したもの」(@石川)なんだそな…

 こちらの詳細は本書をドゾ。所謂一つの下書きノートみたいなノリじゃね?で、絵画でいうとこのラフスケッチみたいな、しかも私的なソレのよーな気がするが?どーよ(笑)ただ、相手はマルクスですからねぇ…たとえ殴り書きであったとしても、その一つ一つがやっぱパネェって事になる訳で(笑)天才はどこまでいっても天才でござるって事らすぃ(笑)

 でもって、マルクスの偉いところは、まともなとこじゃなかろーか(笑)社会の矛盾、底辺を知り、洞察し、くみあげる…自分とは関係ないと切り捨てるのではなく、「つよい共感力と創造力をもっていた」(@内田)…とゆー人としての倫理観って奴が、これまた人としての器の大小になるんでしよかねぇ?天才とはこの器がはてしなくどでかい人達を言うのだろか?

 かくて「「疎外された労働から解放するのは私たちの仕事だ」と主張したのです」(@内田)となる訳で、疎外された労働者を見て見ぬ振りをする、もしくは疎外された労働者の上にあぐらをかいているよーな社会や人間はあかんとちゃうのか?とゆー、ノーと言えるマルクスでありましたとな…ある意味、マルクスって相当に正義感なニーチャンだったんだなぁ(笑)

 正義とは何か?キタコレでしょか(笑)結局「社会制度を変えても、法律を制定しても、非人道的な行為をきびしく罰しても、自己利益の追求が本音である限り、この社会はアンフェアであることを止められません。人々は合法的な収奪の仕方を工夫し、大義名分を掲げた支配の方法を発明するだけです。人間そのものが変わらなければ世の中はよくならない。当たり前と言えば当たり前なんですけれど、マルクスはそう考えました。どう変わるのか。「類的存在」めざして変わる」(@内田)って、いつやるの?今でしょ(死語?)ってか(笑)何とゆーか、マルクスって進化論だったのか?

 そして「自己利益を排他的に追及する人間は社会的ではない。社会的ではない人間は人間ではない。マルクスはそう言っている。「私のためにつくる」ものは人間ではない。それは動物である、と」(@内田)って、いやぁ熱いっ熱いっス、マルクス先生っ(笑)

 そして、「ドイツ・イデオロギー」キタコレで、こちらエンゲルスとの共著って事になるらすぃ…でもって「私は、だいたいこの文献で、マルクスは、マルクス主義以前のマルクスから、マルクス主義者としてのマルクスにたどり着いたのではないかと思っています」(@石川)になるらすぃ…

 でもって、「「ドイツ・イデオロギー」は、第一巻[最近のドイツ哲学の批判]/Ⅰフォイエルバッハ/ライプツィヒ宗教会議/Ⅱ聖ブルーノ/Ⅲ聖マックス/ライプツィヒ宗教会議の終結、第二巻[ドイツ社会主義の批判]真正社会主義、という構成になっています。日本語の[全集]版で、およそ五八〇ページという、とんでもないほどの分量です」(@石川)って…そーだったのか?ドイツ・イデオロギー?

 独哲学も色々内包していた模様で…こちらの詳細も本書をドゾですが、「ヘーゲルの哲学には「弁証法」とよばれる変革の精神がふくまれていましたが、ヘーゲルの現実世界に対する態度は、政治でも、宗教でも、いまある世界のあり方をすぐれたものとして擁護する保守的-現状肯定的-なものでした。青年ヘーゲル派は、そのいわば言行不一致を不満として、とくに宗教の分野で古い体制に挑戦したのです」(@石川)って事らすぃ…独国内も色々あったんですねぇ(笑)

 こちらのまとめ的なそれについては本書をドゾですが、幾つかチョイスすると、「「哲学者たち」は、思想(意識や理念や自我など)が社会の支配者であるとするわけですが、マルクス等は反対に、現実世界での支配者こそが、彼らの思想を支配的な思想にしていくのだというのです」(@石川)とか…「社会を改革するためには、支配的な諸思想から、それが社会全体の利益を代表しているかのような外観をはぎとる独自の取り組み-思想の分野でのたたかい-が避けられないというわけです」とか、「その時代、時代を、時々の支配的思想をもとに理解しようとすれば、それは支配者たちに、都合のよい解釈にしかならない。そうではなく、その時代や社会が「実際にそうであるところ」を、事実にもとづいて分析するのが歴史についての科学の役割だというわけです」(@石川)とゆー、どこまでも上を見るな下を見ろとゆー、現場史観じゃね(笑)

 何はともあれ元ネタのご本が分厚さキタコレですので、こちらのお話は本書をドゾでして、いや何とゆーか、二十代の若造が、世の論客に真っ向勝負を挑んでいるんですから、凄い…このむこーっ気の強さがマルクスの性格なのか?はたまた若さっていいわねの世界なのか(笑)頑張れ、青春(?)のノリに近いよーな気がしてきた(笑)

 うーん…マルクス…もしかして世界で一番誤解されているお人、もしくは思想かもなぁ?世間的に、マルクス主義とか、共産主義とか、社会主義とか、イメージどよ?じゃね?21世紀の今、賞味期限切れの共産主義もってこられてもが、世間一般の認識かなぁ?よーするに、共産主義、共産国家とは、世紀の失敗作である、みたいな?

 だが待ってほしい、本当にそーだろーか(笑)マルクスの凄さってそんな十把一絡げで語っていいのか(笑)

 でもまぁ「ぼくと石川先生ではマルクスの受け取り方はたぶんかなり違っています。でも、それでいいと思います。テキストの読み方は、読者ごとに違って当然だし、人によって読み方が違えば違うほどむしろ、それはテキストの器の懐の深さや奥行きの厚みを意識するのだとぼくは思っています」(@内田)って事じゃなかろーか?同じものを見ても、人によって見えてくるものは違うぜよってか(笑)

 ちなみに「私は、マルクスという人は、自分がわからないと自覚する問題の範囲や、わかりたいと渇望しうる問題の範囲が恐ろしく広い人だったように思っています。そしてその範囲の広さが、そこに踏み込んで何事かを「発見」していく喜びの積み重ねにもはげまされ、どこまでも休むことなく突きすすむマルクスの探検家的なバイタリティを生み出したのではないかと思っています」(@石川)だそな…人それぞれにマルクスありですけど、そんなマルクス自身は、でもそんなの関係ねぇー(死語?)を地で行くお人のよーな気がするのは気のせいか(笑)

 でもって、物事の探求する姿勢が見えてくるとゆー事でもあるらすぃ…「「センセイ、答えを教えてください」ではなく、「この世の誰もまだ見つけていない応えを、自分が探り当てにいくのだ」という本当の意味での欲求」(@石川)の命じるままに進めってか?まさに知のフロンティア最前線にいますが、何か?だよなぁ(笑)この気概を見よってか(笑)

 そして、マルクスを読むと、「マルクスがいう唯物論の哲学は、理論を現実世界を切り裂く型紙のようにとらえることを厳しく批判するものでしたから」(@石川)とゆーよーに、迂闊に触ると火傷するぜの世界が展開している模様…そゆ事なのか、「マルクスを読むと自分の頭がよくなったような気になるからです」(@内田)って、ママママママ、マルクス、マルクスを読むとぉー、頭がよくなるぅーってか(笑)

 とは言っても、「マルクスを呼んでも、問題は解決しません。でも。自分がどれくらいものを考えるときに不自由であったか、どれくらい因習的な思考の枠組みに囚われているか、それは身にしみてわかります」(@内田)という体験をする事になるらすぃ…

 かくて「マルクスはぼくの問題を解決してくれない。けれども、マルクスを読むとぼくは自分の問題を自分の手で解決しなければならないということがわかる」(@内田)って、これが本当の、キョーイクテキシドーって奴だろか?

 でもって、「ぼくたちが長い期間にわたって繰り返し読む文章にはだいたい共通する特徴があります。それは「読者にある種の全能感を与えてくれること」です」(@内田)って事らすぃ…

 また、今となると、厳密には現代とあてはまらない事もあるじゃまいか?とゆー重箱の角をつつくよーな真似はどよ?でしよか?「どのような天才でも、「これから起こるすべてのこと」を予測した上で、それを説明できる理論を立てることなんかできやしません」「これだけ多様な現象をみごとに説明してくれた「人類の知的達人」に向かって、「一つでも説明できない事例があれば、何も説明していないのと同じだ」というような厳密主義的な言いがかりをつけるのは、大人のすることではありません」(@内田)って、それって言いがかりをつけて半万年のどこかのくnゴホンゴホン…

 まぁ歴史観というか、世界状況というか、時間経過といった「「後知恵」があれば凡人にでも答えが出せる程度の問題でマルクスほどの知性がつまづくはすがないではないですか」(@内田)は、モロにですよねぇーなとこだろか(笑)

 何はともあれ、現実社会の状況がかなり悪くね?で、ハニー何とかしなくっちゃな世界なんですが、それを「一気に社会をよくしたいというマルクスの願望はぼくにもよく理解できます。現に「思想」である「特殊な社会的領域」を隔離し、排除し、粛清して、「一気に社会をよくしよう」とした多くの運動がこの書物の後に試みられました。でも、スターリンのソ連も、毛沢東の中国も、ポル・ポトのカンボジアも、どれも得たものより失ったものの方がはるかに多かったとぼくは重います」(@内田)とか、「選挙でやっつけるとか、論争でやっつけるといったことは大いにあるわけですが、スターリンや毛沢東やボル・ポトがそれぞれ行ったように、自分に「敵対する(あるいはその可能性がある)者」-それは非常に恣意的に決定されましたが-を、物理的に抹殺していくという革命論は、マルクスからは出てきません」(@石川)とかは、今マルクスが生きていたら、きっとそれらの国々を俎上に乗せているよーな気がするのは気のせいか?

 マルクス的に言えば(笑)解放された大人であれば、「自分と政治的意見が違う人についてもその言論の自由は保証する。自説への反対者を含めて全体を代表する。それが「公民」に求められる条件だとぼくは思います」(@内田)じゃね?ちなみに「ぼくはここまで書いてきてわかったんですけれど、ぼくたちは若い人に「政治について礼儀正しく語る」という、今の日本ではたぶん誰も推奨していないことのたいせつさを知ってほしいと思って書いているんじゃないですかね。対話におけるディセンシー(礼儀正しさ)はしばしばそこで交わされている意見の当否や命題の真偽よりも重要であると」(@内田)な…そこまで言うか?もあると思いますですけど、礼に始まり礼に終わる国の人だもの(笑)品性は大切に、それが日本人の矜持じゃなかろーか?

 そゆ品性とか倫理観とゆーのでは、「「私はプロレタリアである」と自称する人間が「ブロレタリアに全権を」と主張することは許されない。論理的には正しいけれど、倫理的には正しくない。人間は自分が手に入れたいと望むものをまず他者に贈与することによってしか手に入れることができない。これもまたぼくが長く生きてきて確信している教訓の一つです」(@内田)とな…

 そんな訳で、マルクスが「「プロレタリアに全権を」というテーゼを贈与の構文で書きました。このテーゼはプロレタリアではないマルクスが「自分の所有物」を贈り物として差し出しながら言っているがゆえに倫理性を維持できている」(@内田)のだそな…

 そゆ意味では、マルクスはその頭脳を、全人類の為に差し出した人なのかもなぁ(笑)そーして見ると、世界には、その手を差し出す人や、その足を差し出す人や、その声を差し出す人がいるのかもしれないってか(笑)持つ人は、それを世界の為に使えってか?うーん、それが躊躇なくできる人が世界に何人いるのか?それが問題だってか(笑)

 さしずめ著者達は、その視線、視界、視点を差し出しているのかもなぁ?

 とはいえ、「「生身が許すうちで最良のこと」を選び出して、「やれるところから、ぼちぼちと」。マルクスはそう考えたのではないかとぼくは重います」(@内田)ですしおすし(笑) 

 豆知識的には、「マルクスとリンカーンは同時代人なんです」(@内田)のとこかなぁ(笑)そーいや米の南北戦争って、日本でいうと幕末、明治維新の頃ですから…19世紀の中頃ってパネェと思うのは気のせいか?蛇足ですけど、「南北戦争が終わったときに、ロンドンにいたマルクスがエイブラハム・リンカーンに戦勝を祝う電報を打ったのは事実です」(@マルクス)って…ホンマでっかぁーっ?

 これを豆知識というのは何だかなぁですが(笑)「自分のことを善良で有能な人間であると思い込んでいる人の方がむしろ卑劣な行為や利己的な行為をすることをためらわないということです」(@内田)でしょか?なるほろ、テロリズム…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん解説いぱーい、エピいはーいですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に一つ、本書で一番ハーヘーホーと思わされたとこを一つ、「人間が何ものであるかは、その人が「何であるか」という本質的な条件によってではなく、「何を生産し、いかに生産するか」によって決定される」(@内田)じゃね(笑)

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