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2017年4月22日 (土)

君よ知るや西の国?

マルクスの心を聴く旅  内田樹 石川康宏 池田香代子  かもがわ出版

 サブタイトルは、若者よ、マルクスを読もう番外編なんですが、「本書は「内田樹さん、石川康宏さんと訪ねるマルクスの旅」と銘打ったドイツ、イギリス八泊九日の旅の記録です」でして、所謂一つのツアー道行記?旅行記?なんだろか?読後の最初の感想は、観光旅行というよりも、ゼミ合宿じゃね?ですが、どよ(笑)

 旅の最初はトーリアからってか(笑)マルクス的には「一八一八年に生まれたマルクス、ギムナジウムを一七歳で卒業するまで、この街で育ちました」とな…それにしてもトーリアってどこ?とゆーと、独のラインラント=プファルツ州でして、仏との国境の町?州?になるらすぃ…アルザス・ロレーヌを思い出すまでもなく、戦争のたんびに仏領になったり独領になったりの繰り返しですけんの世界だったらすぃ…ちなみに「トーリアも、マルクスが生まれる三年前まで、ナポレオンに征服されてフランス領だったのです」しおすし(笑)そんな訳で「ドイツ(当時はプロイセン)に戻ってからも、しばらくはナポレオン法典が施行されていたそうです」しおすし(笑)

 そんな歴史の町、マルクス生誕の町には、カール・マルクスハウスがあるそーな…何かゲーテハウスを思い出してしまったが、この手の何ちゃらハウスって独の伝統芸能か(笑)

 そしてゼミ合宿じゃね?と思わされた宿に帰ってからの講義(講演会)ありますよってに(笑)でしょか?講師は「ベルリンにあるブランデンブルク科学アカデミーのユルゲン・ヘレス博士」とな…「ヘレスさんはトリーア生まれの歴史学者。現在、ドイツ、ロシア、日本などの研究者により新「マルクス・エンゲルス全集」(「新全集」あるいは「新メガ」)の編纂が進んでいますが、その中心にいるお一人です」という事で分かる人は分かる世界的権威らすぃ…

 とゆー独の夜は更けてアカデミックな旅は続くってか(笑)

 アリス的に独はともかく、英となれば英国庭園だろか?ウルフ先生?

 本書では、旅の四日目に英入りしてまして、最初の訪問地はマンチェスターでござい…ブリテン島のどの辺りにあるのかと言えば、ちょうどど真ん中辺りよりちょっと西側だろか?マンチェスターというと、咄嗟に浮かぶのはサッカーだったんですが、本書的には、エンゲルスですよね、分かります(笑)

 エンゲルスがマンチェスターに初上陸したのが1842年だそで、「マルクスと知り合う前です」という事になるそな…「父親が共同経営者である「エルメン・アンド・エンゲルス商会」で働くためでした」そで、「一八四四年、イギリスからドイツに帰国する途中、エンゲルスはパリに亡命していたマルクスと再会し、意気投合して一緒に活動をはじめます。そして、四八年革命が失敗に終わったあと、二人はイギリスに活動拠点を移し、エンゲルスは再びマンチェスターで「エメルン・アンド・エンゲルス商会」の仕事をすることになるのです」って、エンゲルスも流浪の人生だったんだなぁ(笑)

 そして何故にマンチェスターに来たのかとゆーと「科学産業博物館」を見学する為らすぃ…こちらに「当時の紡績機械や織機が展示されているのです」そで…英の産業革命キタコレで、当時の最先端産業の紡績業でござったとな…こちらの労働環境がいかほどのものであったのか?はマルクス、エンゲルスの著作をドゾ。

 で、アリス的には、ここを見学して「あの機械をつくった人たちは、明らかにフェティシズム(物神崇拝)ですよね、明らかに!」(@内田)のとこかなぁ?海奈良の准教授的に(笑)

 経済史的には産業資本ってパネェって事でしょか(笑)「マルクスは機械制大工業の成立が社会全体にどういう影響を与えたかについて、いろんなことを書いていますが、中心は、それによって労働者に対する資本家の経済的支配が確立したということです」(@内田)の件かなぁ…しかも、熟練労働者じゃなくて未熟練労働者でもええじゃないかになって「機械の導入にともなって、児童労働や女性労働が一挙に広まります。そういう経済的な支配の深まりを、マルクスは、資本による労働の形式的包摂から実質的包摂への転換といったむずかしい言葉で表現しました」(@内田)という事らすぃ…

 ここでの豆知識としてはペイズリー柄?模様?のとこでしょか?「ペーズリー模様といえばイギリスでクラシックな模様でとっても有名です。しかしこれはもともとベンガルの民族模様で、インドからコットンの織物を輸入してきたときに、ペーズリー模様が大人気となって、イギリスがつくるようになったものです。インド模様のペーズリー柄も盗んじゃったんですね」(@池田)って、ホンマでっかぁーっ?東インド会社パネェ?さすが、大英帝国サマやぁー(笑)

 翌日はリバプールで、今度は「奴隷博物館」へGOってか…「当時、アフリカ大陸から黒人をアメリカに連れてきて、奴隷として綿花の栽培などを行わせていました。その綿花がイギリスに輸出され(リバプール港)、マンチェスターなどでそれが糸にされ(紡績)、イギリスの輸出を支えていたわけです(いわゆる三角貿易)」とな…

 他にも「アメリカのリンカーン大統領の像が、マンチェスター市役所の近くに建てられていること」だそで、何故に英でリンカーンとゆーと、「南北戦争まっただ中の一八六三年一月一九日付の手紙で、マンチェスターの労働者が、人種を基礎にした政府を奴隷制の政府に替えようとする南部の諸州に反対して闘っていることを支持し、連帯するための手紙でした」って、ホンマでっかぁーっ?意外なところで意外な結びつきが?と思いきや…これマルクスに続く道だったのか?

 「リンカーンは、奴隷制反対を掲げて、その共和党の大統領候補となるのですが、マルクスは「ニューヨーク・デイリー・トリビューン」に起稿し、リンカーン支持を打ちだします」って、「一八六〇年大統領選挙でリンカーンが勝利すると、南部が独立を宣言し、南北戦争が開始されます。それがイギリスにも影響を及ぼします。南部の港が封鎖され、綿花の輸出が困難になるからです。イギリスが輸入する綿花は、全体の四分の三がアメリカからだったそうですが、それが五%にまで低落。六二年には六割の工場が休止し、紡績労働者の完全雇用率は一割ちょっとまで落ち込むことに。「綿花飢饉」とも呼ばれる事態となったのです」とな…英も貿易業にのめりこんでいたんだなぁ…

 そんな中、「これを利用したのが、アメリカの南部の諸州です。イギリスに代表を送り、こうなったのはリンカーンのせいだと主張して、支持を獲得しようとしたのです」って、自国問題を他国に行って喧伝して、ディスカウント何ちゃらをする方法論って、どこぞが元祖かと思っていたら、米が起源だったのか(笑)

 ただし、英人は漢でござるってか?「マンチェスターを含むランカシャー州の労働者が反撃します。「奴隷を自由に」という請願署名を開始するのです」って、この時、この労働者達の大多数が失業しているの状態のはずなのに…ちなみに、あのリンカーンに宛てた労働者の手紙の中に「われわれは、南北戦争を自分のこととして思っていた。アメリカが働く人のものになるのか、奴隷主のものになるのかの戦争だと」ある件は涙なくして読めません…150年前に働く人の国になったはずなのに、今でしょ(死語?)はウォール街の国とはこれ如何に(笑)

 蛇足ですが、「マルクスは「ニューヨーク・デイリー・トリビューン」の寄稿者、ロンドンにおけるコレスポンダント(特派員)になって、定期的にずっと原稿を送ることになった。全部で八〇〇本の原稿を書いたということです」(@内田)とな…まっ書き手がマルクスですから「何度も使いまわしできるくらいに高いクオリティの原稿だったということです」(@内田)しおすし(笑)

 ちなみにこの「「ニューヨーク・デイリー・トリビューン」というのは、当時、発行部数が世界一だったっていうんですよ」(@内田)、「当時、米国内で読まれていた英語紙として最大の部数を持っていたということです。そこにマルクスが一〇年にわたって毎週毎週、山のように世界の現状分析についての記事を書いていたわけです」「日刊の新聞に社説として掲載されていた。これが、アメリカの国内における国内世論の形成に無関係だったはずがないわけです」(@内田)って、そーだったのか?ニューヨーク・タイムズもとい、ニューヨーク・デイリー・トリビューン(笑)

 それもともかく、アフリカから運ばれた奴隷って、米だけじゃないんですって事らすぃ…「ある研究によれば、一四五一年から一八七〇年までの奴隷輸入数は、全体が約九五六万人とされていますが、アメリカはそのうちの約四〇万人です。一番多いのはブラジル(約三六五万人)で、それに続くのがジャマイカやグレナダなどのイギリス領カリブ地域(約一六六万人)、サント・ドミンゴなどフランス領カリブ地域(約一六〇万人)、スペイン領アメリカ(約一五五万人)とされています。なお、奴隷の総数については、最大で一億人という説もあり、確定していないようです」って、ドンダケェー(死語?)

 さて、豆知識的には、「ビートルズの八作目のアルバム「サージェント・ヘパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」」において、「このアルバムはタイトルと同じ名の架空のクラブ・バンドが演奏するという設定なのですが、何十人かのバンドの一員としてマルクスが登場しているのです」って、ホンマでっかぁーっ?

 他には、リバプールの街並みについて、後日、「リバプールの非常に空疎な豪奢さを見た時にも感じました。たいへんなお金をかけてつくられたリバプールの街並みを見て、これはまたすさまじいかたちで全世界の富を収奪したものだと、ぼくはちょっと気分が悪かったんです。「いくらでも金はあるぞ」と言って建てた建物というのは、やっぱり「いくらでも金はあるぞ」ということを誇示するために建てられた建物以外の何ものでもない。それを建てた資本家たちの等身大の人間性が透けて見える。なるほど、と思いました。街並みに人間性が出てしまう。そこがヨーロッパらしいと思いました」(@内田)と語っていらっさいます…うーん、リバプールって、そんなに成金達の夢の跡みたいな町なのか?

 そして旅の最終目的地ロンドンへなんですが、マルクスのお墓のある「ロンドン郊外のハイゲート墓地」キタコレってか(笑)マルクスの遺言で「一八八三年、質素なお墓に葬られました」そな…でも「一九五六年になって、この大きな記念碑(新しいお墓)ができたそうです」って…その理由が「各国から共産党の代表団がやってくるので、その際に集まれるような広い場所がほしかったというもの」なんだそな…21世紀の今も共産党によるマルクス墓参詣でって、どの位の規模でやってんでしょか?とゆー素朴な疑問が?

 さて、旅の最後に石川先生と内田先生の対談が行われるのですが、しみじみと今でしょ(死語?)の資本主義についてのお話の詳細は本書をドゾ。資本家というとピン来ないとゆーか、今までのイメージが固定されているので、これを役員プラス大株主とかにするとイメージしやすいんじゃないかなぁと(笑)それをサポートする政治家・官僚を加えると更にな気がするのは気のせいか(笑)

 マルクス的なとこでは、共産主義って革命だぁーってノリのイメージも固定概念としてあるみたいですけど、こちらも「労働者は資本に滅ぼされることを受け入れるのではない限り、資本を制御せざるをえなくなるし、そうした闘いを重ねるからこそ、資本主義の歴史的限界に対する認識も深まり、広がっていく。つまり、「革命か改良か」という二者択一ではなく、部分的な改良の積み重ねが、資本主義経済のあり方を根本的に転換する革命を引き寄せていくのだ」(@石川)とゆーのがマルクス自身の考え方だったらすぃ…

 だから「民主的に確立された政府は、個別資本による利潤追求の土台となっている生産手段の私的所有を廃止し、これを社会全体の財産に転換する。これまでの対立的な労資関係を共同的な人間関係に転換し、資本間の利潤追求競争にも終止符を打つ。これが革命権力による経済改革の核心です」(@石川)となるそな…よーするにマルクス的未来は、資本家のいない世界なんだなぁ…ある意味、みんな一緒でみんないいってか?

 とまぁ、ロンドンの夜も更けて、マルクスと今でしょ(死語?)は暮れてゆく訳だったりして…いやもー現地に行けば、縁の地に行けば、何かしら不思議発見ってあるもんなんだなぁ(笑)

 アリス絡みで英編ばかりチョイスしてしまいましたが、マルクスの母国独の方も、まさに色々あらーなでこちらの詳細は本書をドゾ。何と言ってもマルクス詣で、知の巨人の足跡を訪ねてですから、本気でやろーと思えばは幾ら時間をかけても足りないになりそーな悪寒ってか?

 幾つかチョイスすると、「マルクス・エンゲルス全集」のエピでは、「一九三〇年代からの長い事業ですので、途中でスターリンの介入があったり、いろいろなことがあったらしいです。七〇年代になり、国際チームができてから、わりとしっかりしたものがつくられているということです」(@内田)とか、「マルクスの書簡」のエピでは、「いまでも発見されては古書市場に出るらしいんですが、中国人が爆買いしているんですって。その結果、古書市場におけるマルクス書簡の価格が暴騰していて、歴史研究者としては非常に困るというお話でした」(@内田)とか、エンゲルスの生地ブッパタールに「フリードリッヒ・エンゲルス・ハウスがそこにあるそうですが、その前に中国政府が等身大のエンゲルスの像を建てたということです。再来年のマルクス生誕二〇〇年の年には、今度はトリーアにカール・マルクスの像を建てるという計画があるらしいとのこと」(@内田)とな…まぁどこぞとどこぞの御一同様がたは、いつでもどこでもポッキー、もとい銅像建てるのが国giゴホンゴホン…

 また、「スターリン時代にソ連政府がマルクスのアーカイブ・マニュスクリプト(手稿)のなかから、自分たちにとって都合の悪いものをかなり除去してきたっていうことがあるわけです」「帝政ロシアが行ったさまざまな悪政に関してマルクスが批判しているものについても、かなり削除、隠ぺいしていたということでした」(@内田)とな…

 でもって、「マルクスのアメリカにおける労働運動、社会主義運動に対するエールに関するものも、おそらく、かなり意図的に抑圧されていたんじゃないかと思います」(@内田)でして、東西冷戦中は「マルクスがアメリカの社会運動に関してなんらかの行為とか関心を持っていたというのは、冷戦の構造上、まったく都合の悪いことになります。ですから、当然のことながらマルクス主義の陣営においては一切そういうことは話題にならなかった」(@内田)とな…

 しかも米の方も「「自国の社会運動がじつはマルクス主義の形成とつながっている」ということは、隠ぺいしておきたい歴史的事実なわけです」(@内田)な訳で、結局どゆ事とゆーと「アメリカもソ連も、「マルクスがアメリカの社会運動に関心を持っていた、あるいは一定の影響を与えた」ということは歴史的な事実として抹殺したかった。東西両国がこの点に関して暗黙の合意形成をしてしまった以上、そういう資料が出てくるはずもないし、それについて主体的な研究が行われるということも、たぶん、なかったんじゃないかと思います」(@内田)って、そーだったのか?カチンの森(笑)

 さて、「二〇世紀のいわゆる「マルクス主義」は、マルクスの理論をねじまげただけでなく、マルクスの神格化も進めていったと思います。ソ連発のマルクス主義、内実はスターリン主義ですね。スターリンが許容したマルクスの伝記や、マルクスの美しい愛の物語とか家族の物語は、そのすばらしいマルクスの後継者であるスターリンを神格化させる手段とされたように思います」(@石川)ですしおすし…とゆーか、旧ソ連がやった事でねじまげなかったものって何か一つでもあるだろーか?と素朴な疑問が?

 そんな訳で「レーニンが一九二四年に亡くなったあと、スターリンはロシア革命を戦ったレーニンの友人たちを、文字通り抹殺しながら、個人専制の独裁権力を一九三〇年代に打ち立てます。同時に、スターリンは、こうした力による支配だけでなく、マルクスやエンゲルスを敬愛する人々に、同じく自分も敬愛させたいと考えました。しかし、書き物によってその欲求を満たすことはできません。そういう能力をスターリンは持ち合わせていませんでしたから。そこで、スターリンは、一方でマルクス、エンゲルスを二〇世紀の帝国主義の時代には通用しない古いマルクス主義だと相対化して、他方で自分をレーニンとともに帝国主義の時代にロシア革命を達成した先覚者だと定式化し、これを広める活動に取り組みます」(@石川)って、自画自賛しかありませーんってか?

 「スターリンによる大量テロルは、一九三五年から三八年頃をピークとします。その目的は、「レーニンを知る世代の絶滅」だったとも言われています。大テロルの手は、海外の労働者党・共産党にも向けられ、ソ連にいた日本の共産党員も犠牲になりました。虐殺を正当化する理由とされたのは、彼等はドイツや日本の帝国主義のスパイなのだというウソでした」(@石川)って…まぁ嘘のないソ連って…うーんうーんうーん…

 この話、WWⅡや朝鮮戦争の顛末に続き、更にその先にもいきまぁーすっですので、興味のある方は本書をドゾ。知れば知るほど、スターリン(ソ連)って…他にも中国、インドと…皆まで言うなか…

 こちらは豆知識になるのか?実はマルクスは米に移住するつもりだったとか?「マルクスは「ライン新聞」が潰れたあたりで(一八四二年)、もうアメリカ移住を考えていて」(@内田)、「マルクスは移住のために必要書類を申請しているんですよね。アメリカに行きたくて、テキサスに行こうとしていたと書いてありました」(@内田)って、言論弾圧に嫌気がさして、そーだ米に行こーってノリだったらすぃ…もし、マルクスが米に移住していたら、歴史が変わっていただろーなぁ…

 そゆ事で「ヨーロッパ各地の社会主義者たち、革命家たちというのは弾圧に追われて大量にアメリカに行くのです。そうして、この人たちが社会運動や労働組合を組織していって、二〇世紀の初頭にはアメリカ共産党をつくることになります。ロシア革命の三年後の一九二〇年ですが、中国共産党とかインドネシア共産党、日本共産党とほぼ同時期に党形成を果たしているわけです。その中心になったのはヨーロッパの移民たちであるということが、アメリカ共産党の歴史にちゃんと書いてありますけども、共産党が結成されるそのもっと以前の段階、一九世紀の中頃から、政治亡命をしてヨーロッパから逃れてきた人たちがアメリカ各地に社会運動、組合運動の拠点をつくり、これがアメリカにおける社会運動の起源になっていった」(@内田)って、今の米のパンピーはご存知なんだろか?

 究極の豆ではエンゲルスってどんな人?に「二〇か国語をしゃべったんだ」(@ヘレス)ってお人だったらすぃ…これだけでも語学の天才じゃね?「エンゲルスは、マルクスが第一バイオリンで、自分は第二バイオリンだ、マルクスとともに生きることができたのは幸福なことだったと人生を振り返ります。生前にはマルクス家の経済生活を支えるために、二〇年もの資本家生活に耐え、マルクスが亡くなった後には「自然の弁証法」など自分のやりかけの大仕事を取り止めて、「資本論」第二部、第三部をまとめる仕事に取り組みました」(@石川)とあるんですが…まぁある意味、天才は天才を知る、という関係だったんだろーなぁ…

 まぁ究極のエンゲルスでは、これを(笑)「エンゲルスの「エンゲル」って天使(エンジェル)という意味なんですね。ああ、マルクスにはエンゲルスがいてよかったなあって、改めて思ったんです」(@池田)じゃなかろーか?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。それにしても、マルクス全作を自国語(翻訳)で読めるのは「ドイツ語、ロシア語、英語、日本語を使う人に限られています」(@石川)の件があるのですが、こんなマルクスツアーが敢行できるのも日本位なんじゃなかろーか?と思うのも気のせいか?気軽にパンピーがマルクスできる環境って、世界的にどの位なんだろか?

 目次参照  目次 国外  目次 文系

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