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2017年4月16日 (日)

おさえると浮いてくる。浮いてくるから、またおさえる?

はい、泳げません  高橋秀実  新潮社

 所謂一つの体験型エッセイだろーか?体当たり企画とも言う(笑)著者的には物凄い捨て身だと思われ、とゆーのもいい年齢をした大人の男の人が、スイミングスクールの初心者コースに通い、何とか泳げるまでの汗と涙と根性の物語なんである、はず、なんだが、著者のとぼけた文章を読んでいくと、著者的には物凄く大変な日々のはずが、読み手は微苦笑に誘われるノリだったりして(笑)

 そんな訳で、水泳行脚、泳げない人間には泳げない訳があるの世界で、これって、泳げる人からしたら、とても不思議な世界なのかも?そゆ事で、スクールの桂コーチ(♀)が物凄くいい味だしていらっさいます(笑)とゆーか、平日の昼日中の水泳教室の生徒なんて女性のたまり場じゃなかろーか?で、そゆとこに幾ら仕事とはいえ単身飛び込む、著者もパネェでござるじゃね(笑)おばさんのアイドルというか、アドバイスを背に今日もプールに向かうのであった…哀愁の、気持ちは青年の中年男性だろか(笑)

 とゆー事で、本書第一章は泳げない人必読の書とゆーか、分かり合えるんじゃなかろーか?いやもー私は水が苦手だとゆーのを縷々とつづられていらっさるんですよ、奥さん(誰?)まるで純文学の私小説のよーなノリとでもいおーか?BGMはマイナーコードでお願いしますのノリといおーか(笑)

 そして初めて知ったんですけど、各プールには文化があるって事らすぃ…フリーが開放されているから、勝手に泳いでいいのかと思っていたら、さすが日本、プールごとにしきたりがある模様(笑)「東京体育館の地下プール。ここはもう必死になって泳ぐプールです。ピーンと張り詰めていますから、我々には居場所がありません」「ホテルなどのプールに行くと、カップルが中心で、こっちは水着を見せびらかすためのものなんです。誰も泳いでいないから、こりゃいいやと必死に泳ぐと、逆にバカだと思われます」(@木村さん)とな…でもって「横浜国際ブールのメインアリーナは、静寂なプールである。誰ひとり口をきく人がおらず、異様なまでに静まり返っている。それゆえ人の視線と、水のゆらゆら感がひときわ目立つのである」そな…凄いなプールの人間模様…

 アリス的にプール?ラフレシアでもそんなシーンは出て来なかったよーな気がするが?如何なものか?

 他にアリス的というと、ダリ繭で出てきたかなぁで「かつて鳥羽水族館で見た「イルカショー」を思い出した。彼らも水から飛び出て、円を描きながら頭から突っ込んでいた」って…そーだったのか?イルカ?

 さて、著者は、お水怖い、プール怖いと言いながら、「定期的に初心者向け水泳教室が開かれていると聞いて、東京・千駄ヶ谷にある東京体育館のプールにも出かけてみた」とな…気持ちは前向きに前進しよーぜなんですが、行ってみれば萎える言動がいぱーいってか(笑)何とゆーか、これは本書全編を通して感じる事なんだけど、泳げる人と泳げない人の意思疎通って、天地の開きがあるよーな(笑)

 そして本書のメインきたこれで、東京・南青山にあるリビエラスポーツクラブのスイミングレッスンに通う事になると(笑)著者の一大決心を見よでしょかねぇ(笑)そこのコーチが本書で一番キャラ立っている高橋桂コーチのご登場となると、実は本書の各章について桂コーチによる短いコメントがついていたりするんですよ、奥さん(誰?)この泳げない人と泳げる人の視点の違いがくっきりしてこちらも物凄いコントラストです(笑)

 まぁそれもともかく、この水泳教室、桂コーチの指導法もユニークなんですが、生徒の皆さん、平日昼日中ですから女性ばかりで、こちらのキャラも皆濃い(笑)著者はそこでもまれて果たして泳げるよーになるのか?というか、水に対する恐怖心を制する事ができるのか?だろか?

 著者の水との格闘は続くってか?例えば「水に入ると、実にせわしない。うつ伏せになって、左右の腕を回し、立って歩いて、またうつ伏せになる。障害物競争のような、このせわしなさが私には耐えがたかった」とか、「水泳とは「昇天」なのである。「呼吸しよう」などと考えず、やはり死んだつもりにならないといけないのである」とか(笑)

 それでもやがて「25mが泳げるようになると、私は女性たちにそうほめられた。「泳げたわね」ではなく「きれい」。水泳は上手、下手ではなく、「きれい」か「見苦しい」かなのである」って、そーだったのか?フォーム?ちなみに水泳におけるきれいは「左右のバランス」と「リズム」だそな…

 桂コーチの特訓の下の泳いでみしょーホトトギスの詳細は本書をドゾ。で、本書的にはちょっと脇道というか、変奏曲的な、スパイス的なとこで、日本泳法を体験しますたのとこが実に楽しそーなのだ(笑)

 ちなみに「武士が川やお堀を渡るために生まれたものなのである。現在、公式に認定されている流派は十二派。北は水戸の水府流から、南は鹿児島の神統流まで、それぞれの地勢に会った泳ぎが開発された」って、そーだったのか?古式泳法?何より凄いと思わされたのが「敵に攻め入るために泳ぐ。泳ぐこと自体が目的ではないのだから、水中で、「息も絶え絶え」になってはいけないのである」とゆー事は疲れない泳ぎ方なんだろか?もしかして?

 で、そんな侍チックな泳ぎやんかぁーで、てっきり戦国辺りかと思っていたら、「泳法が確立したのが江戸時代」って…「まさに武士道。心構えの世界なのである」って…備えあれば憂いなしってか? 

 そんなこんなで、著者は水府流太田派に、たのもーってか(笑)ちなみに「水府流太田派は、もともと水戸藩で生まれた水府流を母体とし、明治十一年に太田捨蔵によって創始された。東京高等師範学校で教えられていたため、教師となった卒業生たちにより全国に広まった流派である」そな…

 日本泳法についての詳細も本書をドゾですが、これまた興味深いのは「競泳は前進することで安定を得る。しかし日本泳法は止まっていても安定しなければならない。何が起きても何も起きなくても、自分の体をコントロール。それが日本泳法なのだ」って…そんな訳で、秘儀いぱーいってか(笑)武士気分というより、ちよっとした忍者気分が味わえるノリじゃなかろーか?

 他には、これは豆になるのか?スイミングスクールにおいて「一般的に男性コーチは優しいです。苦しいと言えば、それじゃ歩きましょう、ということになる。私は違います。苦しかったら、我慢する。そうやって心肺機能を鍛えます」(@桂コーチ)って、スバルタきたこれ?

 これは豆というより、リアルですの世界のよーな気がするが「横浜国際プールで、美を競うシンクロナイズドスイミングの練習を見たことがある」の件で「顔が水面から出るたびに女性たちは、すさまじい形相でぶふぁああ、ぐわぁああなどと息をしており、まるで揃っておぼれようと必死になっているようで、見ている私まで息苦しくなった」って…なるほろ、シンクロ、息継ぎは見てはいけないの世界だったのか(笑)

 水泳あるあるでは、クロール…「十九世紀後半にイギリス人が開発したものである。フレデリック・カヴィルがオーストラリアの原住民からヒントを得た泳ぎがその原形とされている」って、そーだったのか?アポリジニ?

 でもって「産業革命以降、イギリス各地ではプールが建設され、スピードを競う賭けが行われていた。その中で、彼らは「より速く」を目指してクロール(原語は「虫が這う」「腹這いで行く」の意)を発達させたのである」ってこれまたそーだったのか?ウルフ先生(笑)

 興味深い豆知識としては、「人間の祖先は泳ぐサルだったという進化説」だろか?どゆ事とゆーと「サルは海を泳いでいるうちに立つことを覚え、人間となって陸に上がったのだと」ゆー説らすぃ…エレイン・モーガン(英国人女性)パネェ…太古の昔も「出産、子育てに追われる日々。熱波に襲われ干ばつに見舞われた鮮新世(約500万年前~200万年前)は食糧も得にくく、メスたちには耐え難いものだったらしい。そこで彼女たちは、逃げ場として海を目指した」って、ホンマでっかぁーっ?

 そんな訳で「海に入れば、肉食獣も襲って来ないし、貝や魚などの食糧もある。メスたちは貝を食べるため、小石を使うことで「道具の発見」に至る。泳いでいるうちに水中では無駄である体毛を失い、その代わり水との断熱材として皮下脂肪を備えたのである」って、しかも「水中から顔を出す姿勢の中から自然と直立姿勢を覚えた」そで、「それを見て、後からやってきたオスたちはその真似をした」とな…

 「水によるメスザルの開放こそが、人間の人間たるゆえん。女性の先導で人間は海辺で誕生したというわけである」って…原始女性は太陽であったってこゆ事(笑)まぁそれはともかく、こゆ説は殿方ウケはしないよねって事で、「この説は異端とされている」というのは分かるよーな気がする(笑)「「裸のサル」で有名なデズモンド・モリスも、この説を認めてはいるものの「それ以上踏みこむことをためらった」そな(笑)草原か海かそれが問題だってか?もしくは、文句があるならベルサイユもとい、海にいらっさいってか(笑)

 科学的なとこでは、水とは何か?まで行きまっせで、長沼毅助教授(深海生物学/広島大)にもお話を伺っているとこがパネェっす(笑)表面張力とか、冷水反射etc.についての詳細は本書をドゾ(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。それにしても、著者の後書きがパネェで「水中で、やがて私は気づきました。日常的に使う「わかりました」という表現は「理解した」ということではなく、「もう勘弁して下さい」という意味なのです。そして「辻褄を合わせる」とは「言い訳を成立させる」ということに他ならない。陸上を支配するこれらのキーワードから解き放たれることが、すなわち「泳ぐ」ということだったのです。「水に流す」とはまさにこのことなのでしょう」とな…水泳とは達観であるってか?

 それなのに「プールに泳ぎに来る人たちは、当たり前ですが、泳ぎに来ているんです。人と接する必要がない、周りの声が聞こえないといのはストレス解消になるんです。有酸素運動が目的の人は止まっちゃいけない」「ここ(プール)では、すべて暗黙の了解なのです」(@桂コーチ)って、初っ端から言い切る鬘コーチはやっぱり、パネェでござるっ(キパッ)

 目次参照  目次 スポーツ

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