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2017年4月28日 (金)

とではなくの(笑)

私のマルクス  佐藤優  文藝春秋

 うーん…所謂一つの自叙伝だろか?著者の高校生から大学院生までの、青春のメモリアルみたいな?疾風怒濤の青春編とか、風雲急を告げる青春編とか、嵐を呼ぶ青春編とか、サブタイトルにつけたくなる内容のよーな気がする(笑)

 でもって、人とは若い時に、そのライフワークに出会うんだろかなぁかなぁ?こちらは、ヨセフ・ルクル・フロマートカじゃまいか?で、これも日本のパンピー的には馴染みのないお名前じゃまいか?で、チェコのプロテスタント神学者なんだそな…

 ちなみに「フロマートカは、イエス・キリストを信じる者は、他の宗教を信じる者よりもこの世界を現実的にとらえることができると考えた。そして、神学者にとっての活動の場は、教会や大学の研究室ではなく、この世であると強調した」お人らすぃ…

 それにしても、タイトルがタイトルなのに、何故に宗教、それもキリスト教キタコレなのか?とゆーか、著者は同志社大学の神学部に入学するので、タイトルロールのマルクスよりもキリスト教神学の方が出番多いよーな気がするのは気のせいか(笑)

 まぁそれは第一章のしょっぱなから、「ソ連・東欧などの現実に存在した社会主義国家、そして中国、北朝鮮、ベトナム、キューバという現実に存在する社会主義国家もマルクスの言説とはほとんど関係ない。それは、ドイツのキリスト教民主同盟/社会同盟の活動が聖書で証されたイエス・キリストの言説とほとんど関係がないのと同様である」とあったりして(笑)

 しかも「私の理解では、マルクスは資本主義が自立した円環をなすシステムで、産業社会においてこのシステムを壊すことは、ほぼ不可能なくらい難しいことを論証したのだ」とな…

 まぁ本書はある意味、突き詰めてマルクス(主義)、突き詰めてキリスト教(神学)の対比かなぁ?著者の中で、それらが占める割合が上下動していサマが見えるとゆーか?人は何を信じ、救いを見るか?なんでしょかねぇ?まぁそーじて、若いっていいやねって事じゃね(笑)

 そーなんですよ、これ青春記なんですよ、奥さん(誰?)メインの一つがマルクスでなかったら、ロードムービー的にハリウッド映画がお好きな青少年成長もの、全米が泣いたドラマになってもおかしくないと思うんだけど?どよ(笑)

 アリス的には、二人の母校の英都大的に、同志社大だろなぁ(笑)

 著者は同志社大神学部に進学するのですが、日本国内の数ある神学部の中でも当時、一番ラジカルなところだったらすぃ…というより、何でもありとゆー一番懐の広い神学部だったんじゃまいか(笑)何せ「無神論研究で神学修士の学位を出す」とこなんでございますよ、奥さん(誰?)

 そんな同志社大は、「キリスト教主義学校」ですが「ミッションスクール」じゃねぇーよとゆースタンスらすぃ(笑)何故なら「ミッション(宣教団)スクールというのは欧米が日本を植民地とするための道具としてのキリスト教を看板にした学校をつくったのであるというのが神学部の自己理解だ」そで、「同志社は日本に土着したキリスト教の大学なので、ミッションスクールではなく、キリスト教主義大学だという」って、元祖あなたとはちがうんですですね、わかります(笑)

 他にも同志社用語ってあるらしく、例えば三位一体も同志社では「三一」と言うそな…言葉は正確に使えって事らすぃ…

 後、「同志社大学神学部は会衆派というプロテスタントの会派に属するが、これは個別の教会が全ての権限をもつという考え方で、上部団体を認めない。組合教会と呼ばれることもある」そな…「同志社の神学的概念と学友会の文化が私には深いところでつながっているように見えた」になるらすぃ…やっぱ我が道を行くなんだろか(笑)

 ちなみに「プロテスタント神学は、通常、聖書神学、歴史神学、組織神学、実践神学の四分野に区分される。組織神学には、教養学、倫理学、宗教哲学の下位区分がある」そな…

 さて、同志社大の「神学部教授陣の研究室は神学館四階にある。神学部の専門科目は受講生が五、六人未満のことが多いので、研究室で授業をする教授もいる」そな…神学部にはゼミ室とかなかったんだろか(笑)

 まぁ神学部はともかく、当時の同志社大の環境とは何ぞや?とゆーと、一番凄いのが東京では収束していた学園紛争が、同志社では現在進行形だった事じゃまいか?ちなみにこれ「同志社ガラパゴス」と言われていたそな(笑)どこまでも独自路線を行く、それが同志社精神なんでしょか(笑)勿論、学内試験なんて、でもそんなの関係ねぇー(死語?)が実態だったらしー(笑)まっ詳細は本書をドゾ(笑)

 学園紛争的なとこでは「同志社大学の学生運動活動家は、「同志社ブント」と通称されていた」そで、「同志社の場合、それが大学間を横断した学生運動や労働者を含む党派にならず、大学の学友会と一体となった学園主義という特徴があった」そな…

 ちなみに「同志社大学自治会連合というのは日本共産党=民青同盟による任意団体で、同志社大学生はほとんどいない」って、ドンダケェー(死語?)

 同志社あるあるは続くよですけど、こちらは京都あるあるになるのだろーか?で、当時「京都大学、同志社大学、立命館大学の学生たちの間には奇妙な閉鎖的な関係があった」そで、「サークルやアルバイトで一緒になることはあっても、定食屋や飲み屋などは大学別にだいたい区分けされているのである」ってホンマでっかぁーっ?本書によると「鴨川より東側は京大生、その西から金閣寺の手前あたりまでは同大生、金閣寺より西側は立大生」の縄張りって事になるらすぃ(笑)ついでに「南に下がった繁華街の三条河原町や木屋町の飲み屋も大学別にそれとなく分かれていた」って…

 そんな訳で、「賀茂川と高野川が合流して鴨川になるところに下鴨の三角州があるが、ここで拠って大学別の喧嘩になることがある。京大対同志社、立命館対同志社の喧嘩はよくあるが、京大対立命館の喧嘩はあまりない」って…もしかして同志社って喧嘩上等キタコレだったのか?血気盛んってパネェ(笑)

 で、京都の学生運動も「この構造が基本的に引き継がれていた」そで、「同志社大学では日本共産党・民青同盟の影響はほとんどなかったが、立命館大学は民青の関西最大の拠点で、また京大にも民青は影響力をもっていた」そで、「同志社の民青を立命館や京大の民青が応援して、学友会と衝突することがときどきあった」となり、「同志社ブントは学園主義的傾向を高めるようになった」とな…

 さて、こーして著者の大学生生活が始まっていくのですが、その内、一人二人…とご学友が登場してくるのですが、こちらの詳細は本書をドゾ。いや、出てくる学生も教授陣もキャラが立っているとゆーか、皆それぞれにモブ人生ではなく、主人公はってますが、何か?なお人ばかりなりな気がするのは気のせいか?もしかして、これが同志社カラーって奴なんだろか(笑)

 あんまり凄いのでその人達については本書をドゾ。いやぁ省略できない人生というか、履歴ってあるんですよ、奥さん(誰?)日本人にも、こんなに骨太な殿方っていたんですねぇ…何だか、むしろ感心しますた、いえ、マジで(笑)

 でもって 後、当時の日本のキリスト教、「日本のプロテスタントの牧師、神学者は三つのグループに分かれていた」そで、「第一が福音派」「社会問題から距離を置いて、内面的信仰に純化していこうというグループ」「大学紛争後の東京神学大学の教授陣がこの流れを作っていた」そで、「第二が社会派」「人種問題や韓国のキリスト教徒との連帯などに積極的に取り組んでいくグループ」「プロテスタント最大教派である日本基督教団の執行部を占めていた」「同志社大学神学部や関西学院大学神学部の教授陣が社会派と見られていた」そで、「第三が問題提起派」「社会派の左翼的なポーズは欺瞞で、日本の帝国主義体制の解体を真摯に指向していないと批判する極端な考えを主張する人」「学生運動で東京神学大学を追放された神学生たちがこのグループの中核になっていた」そな…中の人にも本当、色々あってなの世界なんだなぁ…

 神学というと何か静謐なイメージでいたら、物凄くラジカルな気にさせられるのは気のせいか?でして、こちらの詳細も本書をドゾ。熱いです(笑)

 まぁ大きい組織の方もアレですが、小さい組織といっては何だけど、同志社大内の方も燃えているかの世界だった模様…当時的には、田辺町移転を巡って学内の衝突は日常でござるの世界だったのではなかろーか?まぁある意味、大学自治とは誰のもの?みたいなノリか(笑)

 そんな小競り合いの中では「今出川キャンパスの明徳館地下には生協食堂があった。生協執行部は共産党が握っている。今出川キャンパスで学友会系学生とぶつかって逃げ場がなくなると共産党系の学生はこの生協食堂に逃げ込んだ」って…そーだったのか?生協?

 後、食的に(笑)、スウェーデン館のシチューで、ハンガリーのマルギット島のホテルのレストランでの牛肉がたっぷり入ったグラーシュ(シチュー)とかでてきます。

 他には、同志社大周辺、もしくは同志社大生御用達の界隈のお店とかでは、「"わびすけ"とは同志社大学今出川キャンパスの烏丸通をはさんで向こう側にある喫茶店」だそで、昔懐かしい「メリケン粉の臭いのするカレーライスがメニューにあった」そな(笑)

 「京阪四条駅そばのバー「キエフ」」は「同志社大学の新左翼系学生活動家が好む飲み屋の一つだった」とか、ちなみに同じ鴨東ビル六階には「ロシアレストラン「キエフ」がある。京都とキエフが姉妹都市だったことに因んでつけられた名前だ」そな…バーはその姉妹店なんだそな…詳細は本書をドゾですが、ちなみにこちらの露料理美味しいそーです(笑)

 他にも、「三条河原町の「リラ亭」というショットバー」、「出町柳駅前の「珉珉」という中華料理店」とか、「「塩梅」という高級な居酒屋」とか、「伊藤博文の孫娘がやっている祇園の御茶屋」とか、室町今出川の居酒屋「はやし」とか、今もあるんでしょかねぇ?

 ちなみに「同志社大学はキャンパス内禁酒という不文律があるのだが、渡邊研究室にはいつもウオトカ、ウイスキーが備蓄され、話が盛り上がってくると、渡邊先生が酒の栓を開けて、飲みながら話すことになる」って…准教授の研究室は、お酒ではなくて、煙草とコーヒーが充満していんだろーなぁ(笑)

 「同志社大学の今出川キャンパスと新町キャンパスの間にある「朝日湯」という銭湯についているコインランドリーで洗濯と乾燥を済ませる」の件とか(笑)生活感も忘れずに(笑)

 他には、当時の「社会主義国には宣伝画家という職業があった。この連中は社会主義リアリズムの徹底的な訓練を受けているので、写真のような肖像画を描くのは朝飯前だ。その後、ソ連やチェコスロバキアの異論派(ディシデント)と付き合うようになって、マルクスやレーニンの肖像画を体制からクレームをつけられないギリギリのところで滑稽に描くというのが、画家たちの粋な遊び方」って、そーだったのか?アマノン画伯(笑)

 それと、「宇野弘蔵と河盛好蔵の対談「小説を必要とする人間」」のとこだろか?「小説は自分の心理的な状態を明らかにしてくれるといってよいのではないでしょうか。読んでいて同感するということは、自分を見るということになるのではないでしょうか」(@宇野)の件とか、ミステリ作家的にどよ?アリス(笑)

 後、読書スタイルかなぁ?神学書を読む場合(笑)、「周囲に参照用文献をたくさん置いておかないと内容を理解することができない。ギリシア語でも通常の古語ギリシア語辞典だけでは不十分で、紀元一世紀の古典ギリシア語よりも少し崩れたコイネー・ギリシア語辞典が必要になる。またドイツ語の代表的な神学事典"Die Religion in Geschichte und Gegenwart"(歴史と現代のなかでの宗教)などが必要になる。またヘーゲル、フォイエルバッハ、マルクス、ハイデッカー、ウィトゲンシュタインなどについては、邦訳があるものはそれを参照にした方が手っ取り早い」って、ドンダケェー(死語?)

 も一つ、本関係のとこで「本は迷ったら買え」(@渡邊先生)のお言葉は、世の読書家はたいがいそーじゃね(笑)准教授の下宿みたいに(笑)

 他に、方言的なとこで、「「どつく」とは関西の方言で「殴る」という意味であるが、標準語の殴るよりはちょっと強く「殴り倒してやる」くらいのニュアンスがある」「ちょっと殴ることは「しばく」という」って、そーだったのか?アリス?

 後は、暴力つながりで、犯社的にはどよ?かなぁで「ピーサレフは革命陣営に属していた。しかし、政治的暗殺と確信犯的な強盗殺人は権利的に同格であるという認識は一致している」の件だろか?何に一致してるかとゆーと保守派のドストエフスキーとである(笑)「ピーサレフは、人間の力によってユートピア社会が実現するとは考えない。従って、人為的に革命を引き起こすことが可能であるとも考えない。原理的にピーサレフは暴力革命や流血は必要悪と考えている。しかし、流血は合理的な必要最小限にしなくてはならない。革命を引き起こそうとする冒険主義は無駄な流血をもたらすだけだから、忌避すべきだ」の件は、組織の大小を問わず何だかなぁ…准教授ならどーゆージャッジを下すのだろか?うーん…

 取り敢えず、マルクスなとこを拾い読みすると、「ユートピア思想、千年王国思想のどちらでマルクスを読み解くかは、「資本論」の論理構成をどのように整理するかで違ってくる。いわゆる唯物史観の公式に基づいて、原始共産制→奴隷制→封建制→資本主義→共産主義(その初期段階としての社会主義)という見方をするならば、階級闘争の結果、革命が成就するという構成なのでユートピア思想と親和的になる」そな…

 ところが「資本主義がシステムとして自立していて、恐慌を反復しながらあたかも未来永劫に続くという構成をとるならば、この体制の内側にいる人間からシステムを破壊する原因を論理整合的に導き出すことはできなくなる。外部性を指定しなくては、資本主義システムの転換ができなくなる。そうなると革命は千年王国の形で到来することになる」んじゃね?もある思いますだろか?果たして、どっち?ってか(笑)

 またマルクス自身に対しても、「両親は、ともにラビ(ユダヤ教の律法専門家)の家系だ。父親ハインリヒはユダヤ教からプロテスタントに改宗し、行政官(律法顧問)になった。母親は、生涯ドイツ語をうまく話せなかった」お人とな…でもって「十二歳までマルクスは一般の学校で教育を受けていない」そで「マルクスが操ることができるのは四則演算など算数の水準にとどまり、数学に弱いことも、数学は商人の技法と軽蔑していた人文系ユダヤ人知識人の伝統の中で理解すべきだと思う」の件は、そーだったのか?ユダヤ人?何かユダヤ人とゆーと、どーも皆ヴェニスの商人のイメージでいたので、算盤、数学ちょちょいのちょいかと勝手に思ってますた…

 でもって「マルクスの文体は三回変化している」そで、少年時代(1836-41年)までの「ロマン主義の臭いが強いが、比較的率直な文体である」時期、次が「ライン新聞に」寄稿しはじめ「フォイエルバッハに関するテーゼ」(1842-45年)までの「ヘーゲル左派の言い回しを多用している」時期だそで、最後に「ドイツ・イデオロギー」(1845/46年)からのソレとゆー事になるらすぃ…「この頃からマルクスの文体は、ユダヤ教のタルムード学の手法に近づいていくのである。自らの言説を積極的に提示するよりも、既成のテキストに注を付し、更にその注に注を付すというの手法、更に国家によって認められた大学やアカデミーなどの公的機関と無縁なところで知的営為を進めるというのは典型的なタルムード学者である」って、そーだったのか?ユダヤ教?

 よーするに「プロテスタンティズムと親和的なヘーゲル左派の文体から、マルクスがユダヤ教のタルムード学の伝統に回帰していくように私には見えるのである」って、ホンマでっかぁーっ?マルクス的には、ユダヤ教への帰還なんて事になるのだろーか?うーん…

 それと著者によると「文体は思想をあらわす」のだそな(笑)

 まぁマルクス主義の一つとして宇野理論あると思いますでいくと、「人間が主観的にどんなによい社会を組み立てたいと思っていても、資本主義の内在的論理の根本、つまり宿疴である労働力商品化を止揚しないならば、客観的には巨悪の構造が生まれてくるのである」ですしおすしで、他にも疎外論キタコレってか?「貨幣を偏愛することは、偶像崇拝にとらわれるこで、キリスト教徒としてあってはならない態度なのである。この倫理が私たち神学生の魂をとらえた」のだそな…まぁ資本主義は、マネー信仰でごわすでごわすってか(笑)

 また「マルクスの「資本論」に内在的論理が崩れてしまう部分がでるのだろうか。それはマルクスが社会主義者で、革命を起こしたいという欲望をもっていたからである。そこで宇野はマルクスの社会主義イデオロギーが「資本論」の論理整合性を崩している部分については自身の著作「経済原論」から削除していくべきだと考える」に至ったりして(笑)

 まっマルクスに一番翻弄された国家としてはソ連があると思いますだろーけど、「マルクス主義がそのよい例で、唯物史観のような作業仮説が、ロシアでは不動の真理として受け止めれられ、グロテスクな物語を作り出していったのだ」ですしおすしってか(笑)

 でもって、「ヘルジャーエフは、ロシアの共産主義者を理解する場合に、マルクス主義の知識は役に立たないという。ロシアの共産主義者は、ロシア正教会の修道院でときどき現れる極端に禁欲的で、世直しを望む、一種の終末思想とのからみでとらえた方がよいという」の件でしょか?これは「カール・バルトとも整合的」で、「マホベッツのロシア革命観は、ベルジャーエフを継承している」とゆー事らすぃ…詳細は本書をドゾ(笑)

 でもって、神学とマルクス(主義)って、那辺にありや?なとこでは、大学生活を通して著者の内部で熟成されていくよーな気がするのは気のせいか?てゆーか、欧米人は基本誰もが皆、キリスト教から逃れられないとゆー事じゃね?全く関係ねぇーと断言しても、関係ないと相手を意識している時点で、相手を認めざるを得ないよな?

 まぁトーシロの見立てはともかく、現地はどよ?とゆーと「ドイツでは総合大学を称するためには、神学部を擁している必要がある。各総合大学には神学部が必ずある。この伝統は無神論国家を標榜していた東ドイツでも継承されていた」そで、ライプチヒ大学は「東ドイツ時代にはカール・マルクス大学と呼ばれていた。ここにも神学部があった」そな…「冷戦の影響を受け、東西ドイツ間の学術交流はそれほど活発でなかったが、神学に関しては学生や神学者の自由往来が認められ、東ドイツの体制を露骨に批判しない限り、東ドイツでも神学研究の自由はかなり保障されていた」そな…

 でもって、20世紀の「キリスト教神学の歴史」とは、「前半はカール・バルト、フリードリヒ・ゴーガルテン、エミール・ブルンナー等が展開した弁証法神学(危機神学)でプロテスタント神学の影響が圧倒的に強かった」のに対し、後半は「カトリック神学の影響が強くなる」んだそな…第二バチカン公会議(1962-5)キタコレってか?「ヨハネス二十三世は改革派の教皇で、カトリック教徒とプロテスタント教徒、東方正教徒、更にマルクス主義者との対話路線を推進した。キュンクはヨハネス二十三世の路線を体現した神学者で、カトリック神学の中にプロテスタンティズム、マルクス主義、現代哲学の成果を包摂しようと試みた」って、そーだったのか?キリスト教?

 まぁそんなキュンクをバチカンは「破門」する事になるんですが、カトリック内も色々あらーなとゆー事らすぃ…何事も組織の路線変更あると思いますだろか?この辺りの詳細も本書をドゾ。

 またキリスト教の基本スタンス的なとこで、「キリスト教は、約二千年前に神は人間の「最も深い深淵」にそのひとり子イエス・キリストを送ってくださったので、それによっと人間の救済は基本的に担保にされていると考える。キリスト教の自己理解では、イエス・キリストが現れた一世紀初頭が最も悲惨な時代で、その後の人類史で起きた悲劇は、アウシュビッツや広島・長崎の原爆投下も人間の「最も深い深淵」にあたらない」のだそな…

 その事で「人間の「最も深い深淵」に降りてきて、人間の苦難を共有した神の子イエス・キリストは「然り、わたしはすぐに来る」といって、一時的にこの世から去っていった。終末の日に再びイエス・キリストがやってきて人間を救い出すのである。この終末の日に備えて準備をするのがキリスト教徒の仕事なのである。聖書にその指針が明示されている」そな…もしかして、最悪の日は二千年前だから、それから先は何があっても大丈夫って事なんだろか?うーん?

 この辺りの詳細は本書をドゾですが、「神の偉大な力によって人間の救済が事前に担保されているという構成は、キリスト教、マルクス主義、イスラームのいずれにもある」そで、「救済が事前に担保にされているから希望が成り立つのだ」という構図らすぃ…ところがユダヤ教の場合は、「終わりの日に神が来て人間を救済することをユダヤ教徒は待ち望んでいる。しかし、それが既に担保にされていると信じることがユダヤ人にはできないのだ」そな…

 リアルだなぁでは、著者の友人のイスラエル人のお言葉だろか?「僕は神を信じたいのだけれど、信じることができないのだと思う。もちろん無神論を信じることもできないけどね。アウシュビッツ以降のユダヤ人はみんなそういう感覚を共有しているよ。この夏のヒズボラ(レバノンのシーア派系武装集団)の攻撃で、イスラエル北部の人口は半分になった」の件はリアル過ぎて何も言えねぇの世界じゃなかろーか?

 アウシュビッツにおける「誰が生き残るかということは、決して人知ではわからない。しかし、それが神の意思であるというのは、あまりに安易な合理化のように思えてならない。神という作業仮説をできるだけ回避することが、僕は人間として誠実なあり方だと思う」(@同友人)とゆーのは、あまりに重すぎて言葉にならないんですが…宗教と歴史も何だかなぁ…

 他には、「チェコのマルクス主義哲学者のバルト神学批判には、ドイツやスイスの神学者とは異なる二つの視点があった」の件かなぁ?「第一は、十九世紀の自由主義神学とバルト神学の連続性を重視する考え方」と「第二は、バルト神学に与えたロシア思想、特にドストエフスキー文学の影響を重視する点」のとこをどよ?か…

 そゆ事で、「マホベッツは一九一七年のロシア革命には二つの源泉があると理解している。一つは、マルクス主義である」、「もう一つは、ロシア正教に顕著に見られるメシア(救世主)思想である」でして、「要するに、ロシアには全人類を救済する特別の使命があるという考え方」なんだそな…すっごいですねぇー(笑)

 マルクス主義とキリスト教の葛藤というか、因縁浅からぬな関係性というかは、極東の端っこの非キリスト教徒からは伺い知れない深淵があるよな?気がするのは気のせいか?まぁとにかく、「マホベッツの解釈では、バルト神学はロシア革命を正面から受けとめ、世界が無神論化、唯物論化するという形で近代が完成する中でキリスト教が生き残ろうとする必死の試みということになる。当然、この試みは失敗するというのがマホベッツの見解であるが、必死で生き残ろうとするキリスト教の断末魔から、マルクス主義も何かを吸収できると考える」とな…

 何とゆーか、こちらの詳細も本書をドゾですけど、マホベッツでも一つだけ。「一九六八年の「プラハの春」時点で、マホベッツはカール(プラハ)大学哲学部教授をつとめていた。マホベッツは他の改革派系哲学者とともにソ連軍を中心とするワルシャワ条約五ヵ国軍の侵攻に断固抗議した」お人ですしおすし…その後「マホベッツは筋を通したため、カール大゛核から追放された。その後、カトリック教会のオルガン弾きをしていたが、一九七七年、反体制派の声明「憲章77」に署名したために、オルガン弾きの職も失い、異論派ネットワークの互助で糊口をしのいでいた」とゆー、まさに筋金入りのお人だったでごさるってか…後に社会主義体制が崩壊して、マホベッツは「再びカール大学哲学部教授に」復職する事になるとゆー、何とゆー波乱万丈な人生…

 そしてやっと来ましたフロマートカで、「第一は、マルクス主義の無神論を根源から疑う必要がある」、「第二は、人間存在の根底における超越性の問題」、「第三は、無神論、世俗化は資本主義社会においても生じている普遍的現象という現実」だそで、こちらの詳細も本書をドゾ。

 フロマートカ先生についてのイロハは本書をドゾですけど、「農民戦争の際、貧農に反対した一五二五年のルターの決定は、国家がいわゆる臣民に対し圧政や残酷な手段を用いるとき、既制秩序の権威に対する革命や抵抗の真の動因を理解しようとするドイツ国民のあらゆる傾向を抑圧した」(「なぜ私は生きているか」/フロマートカ)とか、まぁ批判とゆーか、反省の著じゃね?ですけど、よーするに、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だのフロマートカ君に至った模様…

 因縁浅からぬキリスト教神学とマルクス主義ですが、まっそれは著者がそこをテーマにというか、フロマートカを選択した時からキタコレ状態じゃなかったのだろか?で(笑)ただ、キリスト教とは、「思想ても世界観でもない。イエス・キリストを信じることで救われるという救済主教なのである」で、よろしくなんだろなぁ(笑)

 リアルな方の共産主義、社会主義なとこでは、著者が15歳の夏に訪れた東欧編が、何とも凄い…中の人的にはどよ?ってのを見てしまいましたの世界かなぁ…青少年の一人旅なとこも何だかなぁですけど、「スイス、西ドイツ、チェコスロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ソ連」を直に見たというのは大きいと思ふでして、こちらの詳細は本書をドゾ。特に、ペンパルのフェレンス君のブタペストの自宅を訪ねての邂逅シーンは、何かスタンバイミーみたいなイメージなんですけど、どよ?

 ちなみにシュトゥットガルトからプラハ行きの列車での車内にて、チェコ人と結婚した女性と同席になったとこの会話も詳細は本書をドゾですが、国を行き来するとゆー一つをとっても「一九六八年の「プラハの春」の後遺症」が残っている時代だったでござるの巻らすぃ…

 意外なのが、「社会主義時代の東欧は慢性的なホテル不足で、特に観光シーズンの夏のプラハにホテルの予約をせずに訪れるのはあまりに無謀だった」の件だろか?旧共産圏とゆーと、移動手段も宿泊先も日程きっちり決まっていないとヴィザおりない雰囲気だったんですけど、そーでもなかったのか?

 でもって東独の場合、三省堂の略号がSSDとは知らなんだ…ちなみに東独でSSDと言えば「国家公安局=秘密警察」の事で、SSDとは「とても怖いよ。ベルリンのユースホステルに資本主義国の学生は泊まれないようになっている。こんな調子で話をすることもできないよ。東ドイツやチェコスロバキアと比べるとポーランドは別世界だ」(@東独の大学生/ワルシャワのユースホステルにて)になるらすぃ…

 ちなみに1970年代の東欧を見て著者は「東欧社会主義国は食糧事情や住宅事情が日本よりも良い「豊かな社会」であるという印象を強くもった」に至る訳で、当時の「ワルシャワ、プラハ、ブタペシュトなどの一九七〇年代半ばの生活水準は、特に食に関しては西ヨーロッパより高かったようだ。ソ連でも共通することであったが、この頃、共産圏では一種の愚民政策がとられ、食品、酒などの供給を充実し、生活レベルで国民の不満が出ないようにおさえた」そな…

 「一般労働者は働かない。一日の実働労働時間は三~四時間で、土日は郊外の畑付き別荘で家族とゆっくり過ごす。夏の休暇は二ヵ月で、政府機関や国営企業の負担で、三食付きのサナトリウム(療養所ではなく、西側のリゾートホテルのようなもの)でゆっくり休養する。東欧では共産圏内の海外旅行も「当たり前」になっていた」そで、「キューバ、ベトナム、北朝鮮へのツアーなどもあった」ってホンマでっかぁーっ?

 で、これまた全然知識足らずでアレなんですが「ハンガリー人、ポーランド人は非同盟中立路線を取るユーゴスラビアへの旅行も認められており、そこで「西側」の空気を吸うこともできた」って、ユーゴスラビアの立ち位置って、そんなとこだったのか?オシム?

 でもって、「東ドイツは昼間、街を歩いている人はほとんといない。みんな仕事をしているんだ。ポーランドは昼からみんなウォトカを飲んでいる。ルーマニアでは黒海沿岸のリゾートに行ったけれど、外国人ばかりでルーマニア人はほとんどいなかったよ。オーストリアか西ドイツの観光客が多かった」(@フェレンス君)とな…またソ連旅行について「ソ連は嫌いだよ。だけどソ連旅行はエキゾチックじゃないか。ヨーロッパと全然別の世界が広がっている。好奇心がかき立てられる」(@フェレンス君)とゆー事になるらすぃ…なるほろ、ハンガリーってか?

 まぁ一番納得したとこは「ポーランド人であれチェコ人であれ、自らが自国や自民族の悪口を散々言うくせに、外国人が批判すると怒り出す。この非対称的な感情がナショナリズムの「ゲームのルール」を構成している」の件だろーか(笑)まぁ最近では、自国や自民族を持ち上げるだけ持ち上げて回るのや、他国や他民族の悪口を言い回ってゆくのが流行りみたいだが(笑)

 また超リアルなお話では、フェレンス君の両親の体験談かなぁ?ハンガリー動乱(1956年)の、ブタペスト市民としてはWWⅡよりこっちの方が「もっと怖かった」(@フェレンス君の母)でして、経緯の詳細は本書をドゾですが、「ハンガリー側の犠牲者は死者一万数千名、負傷者数万名、更に二十万名近くの亡命者を出した」とそな…でまぁハンガリー人側的見解になるのだろーかで「「あのときいちばん卑劣だったのはルーマニア人だ」とお母さんが言った」になるらすぃ…いやまぁ何とも何だかなぁ…

 また、ハンガリーのカーダール第一書記の変節?行動?についても本書をドゾ。「「君たちは誰を相手に喧嘩をしているかわかっているのか」ロシア人が力で自らの意思を通そうとしているときに、それと正面から対峙して、玉砕するのは己の国家と民族に対して無責任だということをカーダールは主張しているのだと私は受け止めた」そで、東欧の気分は何とも言い難いものがあるよーな…

 ちなみに「カーダールやフサークのような東欧社会主義国首脳の肖像画が悲しげになるのは、大国の政治に翻弄される中小国の地政学的な悲しみを反映しているからなのであろう。小泉純一郎氏のような天真爛漫な「明るい宰相」をもつこができたのは大国日本にいるわれわれの特権なのだ」って、日本って大国だったのけ?と素朴な疑問が(笑)ちっちゃい辺境の島国で、細々と生きているのかと思ってますた(笑)

 まっ何にせよ、ハンガリー人の中で「ソ連を好きな人はいないと思いますよ。しかし、ロシアになると話は別です」(@フェレンス君の父)という事になるらすぃ(笑)当時的にはですけど、21世紀の今となればフェレンスパパ何と答えるのだろーか?気になるところだよなぁ?

 ちなみにちなみに「ハンガリー民衆に対する弾圧をサルトルは激しく弾劾しているのに対し、日本共産党はソ連軍の介入を是認」していた模様…こちらの詳細も本書をドゾ。

 日本も日本で、その当時の政治的旗色が見えてくるとゆーかで、「民青って共産党の青年部みたいなところでしょう」(@著者)「そうだ、民青というのは恐ろしい組織だよ。共産党や民青は暴力反対と言うけれど、いちばん暴力的だ。原水爆禁止についてもついこの間まで、民青はソ連の核実験に賛成していたんだ」(@元塾講師)の件とか…

 他にも「「状況はよくわからないが、「資本論」に書いてあることは絶対に正しい」というような形で「資本論」を読むのは間違えていると鎌倉先生はいう。「資本論」は信仰の対象ではなく、科学の書であることを忘れてはいけないという」の件とか…

 「ヘーゲルには気をつけなさい。弁証法という考え方には危険が潜んでいます。特に弁証法を精神の運動だけに限定して適用している内は大きな問題はないのですが、これを社会に適用すると大きな悲劇を生み出します」(@藤代先生)とか…

 1989年の六月、プラハにてで「現実に存在する社会主義においてはほんとうの意味での宗教批判がなされていない。だから、レーニン、スターリンの個人崇拝や共産党に宗教的に帰依するという現象が起きるんだ。ロシア共産主義は宗教現象だよ。マサリクはそのことに気がついた。マルクス主義には人間性を回復する英知があると私はいまでも信じている。時間はかかるけれども、チェコスロバキアの全体主義体制は必ず壊れるよ。今度は、「プラハの春」のときとは違う。逆戻りはしない。ただ、社会主義後のチェコ人は、共産主義も神も、そして自分自身も信じることができない、とてもシニカル(冷笑的)な人々になると思うけどね。そういう状況でわれわれがどうやつて人間性を回復していくかについて、もう一度、マサリクやフロマートカに立ち返って考え直してみる必要があると私は思っているんだ」(@マホベッツ)は、この後、プラハで、東欧圏で何が起きたか…いやぁ歴史って凄い…

 他にも「渡邊先生は「思想の力」ということをいつも強調していた。それに対して、哲学についてはあまり語らなかった。哲学とは"フィロ(愛)+ソフィア(知)"つまり知に対する愛であるので、制度化された学問と親和的であるのに対し、思想は人間の生き死にの原理で、どこか制度化できない、特に大学における学問の枠組みからはみ出してしまう何かをもっていると渡邊先生は考えていた」の件も、意味深だよなぁ(笑)

 まぁでもこれぞ同志社大魂とゆーとこでは「戦前、同志社では、学生が引き起こす問題をトラブルではなく"ツラブル"と言った。ツラブルがないような同志社は同志社でない。文部省の言うことなどに従っていたら、私立大学の意味はなくなる」(@和田先生)の件だろか(笑)

 後、著者を取り巻く、教師のつながりも凄いものがあるよーな気がするなぁ…塾の先生からして、一線を画していないか?なお人がズラズラと出てくるんですよ…日本にも、こんなに骨のある教師がいたのかと、ちょっとおろろいた(笑)それは後に、同志社大の先生達も皆一癖も二癖もある人達ばかりで、やっぱひとかどの人間って、どのよーな時期でも出会う人の質が違うんじゃないかと思ってしまった(笑)

 「一九七〇年代後半に社青同を名乗る組織はいくつかあったが、社会党が公認しているのは向坂逸郎社会主義協会代表を信奉する社青同向坂派だけだった」で、又の名を「社青同協会派」ともいうらすぃ…一方、「社会主義協会は向坂派、太田派に分裂していた」そな…なお「太田派は社青同全国協議会という団体をもっており、社青同全国協とか社青同太田派と呼ばれていた」そな…でもって、「これら二つの組織は議会主義で、社会党選出の国会議員や地方議員と緊密な関係をもっていた」そな…

 更に「解放派」キタコレで、こちらは「一九六〇年代末に社会党がパージした革命的労働者協会(社会党・社青同解放派)を指し、議会主義を否定し、暴力革命によるソビエト政権の樹立を主張している新左翼の党派だった」そで、「学生運動の世界では向坂派より解放派のほうが影響力をもっていた」そな…

 そんな訳で「新左翼のほとんどの潮流はマルクス・レーニン主義の延長線上に立つが、労農派マルクス主義から派生した解放派は、レーニン主義をマルクス主義の正統的発展形態と認めない。むしろローザ・ルクセンブルクに代表される西欧の急進マルクス主義に近い論理構成をもっていた」そで…

 何か派閥がいぱーいでクラクラしそーですが、「一九七〇年代には解放派と革マル派の間で激しい内ゲバが展開され、死傷者が発生していた」とゆー状況だったらしー…

 また、「ルカーチ門下のテーケイやマールクシュの哲学書を繙く中でプダペシュト学派の人々と自由学園の羽仁説子先生が親密な関係をもっていることを知った。とか、安井侑子氏関連のとこで詳細は本書をドゾですが、「ソ連共産党中央委員会国際部で対日関係を取り仕切っていたのは、イワン・コワレンコ日本課長だった。コワレンコは「日本人は力で押せば必ず屈服する」という哲学の信奉者で、事実、その手法で冷戦期の対日外交を取り仕切った」で、「コワレンコは「ユーコさんは悪い本や論文ばかり書いている」と言ってました」(@ソ連共産党中央委員会の日本専門家)とか出てきたりして(笑)日本のヤマトナデシコなめたらあかんぜよってか(笑)

 米的なとこでは、「アメリカのプロテスタント神学者ラインホルド・ニーバーの「光の子と闇の子:民主主義の弁護とその伝統的擁護に対する批判」」のとこでしょか?詳細はこれまた本書をドゾですが、「ニーバーはナチス・ドイツをニヒリズムが生み出した「闇の子」と考える」そで、「アメリカや西欧の民主主義陣営は「光の子」とな…「アメリカの「光の子」はあまりにひよわで、力の行使を恐れ、ナチズムの席捲を許してしまった。真の民主主義は、状況によって躊躇せずに力を行使し、「闇の子」を封じ込めるべきであるとする」って、何かいかにも米的だなぁと思っていたら、「ニーバーは現在、アメリカの新保守主義(ネオコン)にも高く評価されており、対国際テロリズム闘争のイデオロギーの基礎としても用いられている」そーですよ、奥さん(誰?)

 米つながりで、「アメリカのワスプ(アングロサクソン系の白人プロテスタント・エリート)には今も反ユダヤ主義感情が根付いている。イスラエルにとってアメリカは最重要軍事同盟国であるが、イスラエル人がアメリカ人に特別の愛情をもっているわけではない」(@著者のイスラエル人の友人)って、でもイスラエル人って米との二重国籍人多しじゃなかったっけ?あれも都市伝説か?

 後、これは豆知識的になるのだろーかで、「宗教改革の最大の指導者はマルティン・ルターである」というのは、世界の常識のよーな気がするが、「ヒトラー総統が最も尊敬したドイツ人はルターだった」って、ホンマでっかぁーっ?

 ヒトラーでたついでというとアレですが、「もともとポーランド人の反ユダヤ主義はドイツ人以上だった。共産党は反ユダヤ主義色の薄い政党だったが、「白衣の陰謀団」事件以後は、ユダヤ共産党員も次々と逮捕されていった」「イスラエルには現実に存在する共産主義については幻滅したが、社会主義的信念をもった人々が多かった。この傾向はソ連が崩壊するまで続いた。モラルとして富を公平配分するべきという考えはいまもユダヤ人の間で強い」(@著者のイスラエル人の友人)とな…ご友人の父親のエピとかも今となっては歴史の証言だよなぁ…

 ついでに独人はとゆーと「ドイツ人はユダヤ人に対しては常に頭を下げ続けている。しかし、腹の中でドイツ人が何を考えているかはわからない。ナチズムはヒトラーによって突然生まれた現象じゃない。ドイツのプロテスタンティズムやロマン主義の歯車がちょっとだけずれたところでナチズムは生まれた」(@著者のイスラエル人の友人)って認識らすぃ…

 で、「そのときどの国家もユダヤ人の命を助けてくれなかった。この物語のもつ意味はわれわれにとって大きい。僕たちは、他人に同情されながら絶滅するよりは全世界を敵に回しても生き残ることを選んだ」かくて「誰のことも信じられないという強烈な猜疑心とわれわれが生き残るためにはユダヤ人国家が絶対に必要だという強烈な愛国心」(@著者のイスラエル人の友人)がキタコレになったらすぃ…うーん、今でしょ(死語?)だけに今でしょだよなぁ…

 ちなみに「シオニズムとマルクス主義の親近性についてスターリンはよく理解していたと思う。それ故に一九四八年にソ連はアメリカとほぼ同時にイスラエルを国家承認したのであるし、その後、一九五〇年代初めにはシオニズムにマルクス・レーニン主義が換骨奪胎される危険性を感じて露骨な反ユダヤ主義政策に転換したのだと思う」ですしおすし…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピいぱーいで、ある種壮大な世界観もいぱーいなんですが、これだけ大風呂敷を広げても、「実は、若い頃、いちばん初めに触れた世界観型の体系的思想、要するにこの世界がどのようになっていて、生き死にの原理は何かという思想から人は離れることができないという考えに私は傾いている」とあっさり告白するところに、著者の真骨頂があるのかも(笑)

 それも「私はいいかげんで、本質的に人間の知性を信じないキリスト教が身の丈に合っているのだ」ですしおすしとな(笑)

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