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2017年5月11日 (木)

人々が月を欲するから失業が生じてしまう(笑)

会社はだれのものか  岩井克人  平凡社

 所謂一つの経済の本なんだろか?それにしてもタイトルの「会社はだれものか」って「経済学・経営学・法学における最大の論点のひとつ」だったのか(笑)なるほろ社会科学(笑)

 会社って何ぞやでは「基本的には、会社とは「法人企業」の別名です」になるらすぃ…でもって、会社と企業の違いって何ぞやでは、「「会社」とはたんなる「企業」ではありません」とな…ちなみに「「法人企業」とは「法人化された企業」」であり、「たんなる「企業」ではありません」となるそな…

 では法人企業って何ぞやになって「「法人企業」という言葉のうちの「企業」という言葉は、利益を求める経済活動という意味」になるそで、では法人の方はとゆーと「本来ヒトでないモノなのに、法律上、ヒトとして扱われるモノ」とな…

 言葉の定義ははっきりと(笑)本書によると会社=企業ではなくて、会社=法人企業じゃねって事らすぃ…

 さて、法人に出てきたヒトとモノの関係の前に、ちょっと待ったぁーっじゃまいかで、近代史見てみよーってか(笑)「近代社会とは何か」って「近代社会とは、ヒトをモノとして扱ってはいけないということを宣言したことから始まったということ」じゃね?「フランスの人権宣言やアメリカの独立戦争は、すべて、ヒトはモノではない、ヒトは他のヒトに支配されない存在であるということを宣言」してね?奴隷制も、家父長制もさよならさよならさよならぁ~ってか(笑)というこれが近代社会の思想的背景だとするならば、資本主義を発展させたのは「会社という仕組みです」になるとな(笑)

 そして「会社という存在は、実は、モノであるのにヒトでもあるという両義的な性質をもった法人です」、ですが「ヒトとモノをきちっと分けたことから出発したはずの近代社会のまんまん中に、まさにその前提と矛盾するヒトでありかつモノであるという会社が存在し、しかもその物質的な活動の中心を占めている」って、矛盾してね?で、これってホンマでっかぁーっ?

 こーして会社を探す旅に出るぅぅぅぅぅっなんだろか(笑)

 アリス的には、会社…その内、大会社の中で起きた連続殺人事件なんてのが出てくるのかなぁ(笑)ミステリって、クローズド・サークルが基本だから、個人営業に近いものが多しのよな?アリス的に大きな組織でのソレとなると、大阪府警で連続殺人とか、英都大で連続殺人辺りかなぁ?

 さて、株式会社につきものの株主キタコレなんですが、昨今流行の会社は株主のモノってどよ?詳細は本書をドゾですが、株式とは「モノとしての会社のことを指す」のだそで…でもって、株主とは「株の持ち主です」、「モノとしての会社の所有者」なんだそな…

 さてさて、「資本主義経済では、すべてのモノは売り買いの対象になります」で、株式も株式市場で僕と握手もとい売買キタコレってか(笑)でもって株式市場とは「会社資産を直接売り買いする市場」ではなく、「会社のなかに据えつけられた会社資産とは独立に、モノとしての会社を売り買い市場のこと」なんだとな…

 そんな訳で、会社とは「二階建ての構造を持っています」とゆー事になるらすぃ…「二階部分では株主が会社をモノとして所有している。具体的には株式を所有している」そで、一階部分では、「その株主に所有されている会社が、こんどはヒトとして会社資産を所有している」という構図になるとな(笑)

 で、この会社というものの二階部分だけを見る、もしくは強調して見ると、「株主がモノとして会社を所有してるだけに見えます」で、一昔前に流行った「アメリカ型の会社」キタコレになるらすぃ(笑)同じく、一階部分に注目すると「日本型会社」じゃね?よーするに会社の二重構造、コインの裏表みたいなもんで一方だけを強調したって、話は見えて来ないがなって事らすぃ(笑)

 とゆー、大前提、構図に立脚して、本書は成り立っているでござるの巻でしょか(笑)

 そして各論にゆくかなぁ?いっちばーん、コーポレート・ガバナンスって何ぞや?で、それは「会社の望ましい経営のためには、経営者の行動をどのようにコントロールしていけばよいかという問題のこと」だそな(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。

 でもって、「会社が現実の社会でヒトとして活躍するためには、会社になりかわって契約を結んだり、資産を管理したり、他人に対して訴訟を起こしたりする生身のヒトが絶対に必要です。そのヒトが、とりもなおさず代表取締役、もっと広くいえば代表権を持った経営者という存在なのです」になるそな…

 よーするに「代表取締役が代表取締役として契約書にサインすると、それは、代表取締役個人がサインしたものと見なされるのではなく、会社がサインしたものと見なされることになります」とな…かくて、代表取締役の代表とは、「取締役の中のいちばん偉い人という意味ではありません」だそで、それは何か?と言えば「会社を「代表」するヒトであるという意味なのです」しおすし(笑)

 それにしても会社って会社法からすると「会社は代表取締役を持たなければならない」になるそで、しかも「これは強制法規です」って、どゆ事とゆーと「代表取締役のいない会社は、会社ではない」って事らすぃ(笑)

 もし、株主が会社の経営者(取締役)を全て追放したらどーなるか?とゆーと「その瞬間に、その会社は会社としての資格を失ってしまいます」で、「その決議は裁判所によって無効を宣言されることになるはずです」なんだそな(笑)とゆー事は、会社とは経営者とワンセットって事なのか?二人で一人ぃ~とか(笑)

 まぁある意味、会社自由自在は、株主達ではなくて、代表取締役じゃね?な気がするのは気のせいか?でもって、そんな経営者のみなはまのために「会社法というものがあるのです」とな…「会社法では、会社の経営者に、会社にたいして忠実に行動することを法的に義務づけています。これは「忠実義務」とよばれます」し、「会社の経営者にとって、会社の資産は自分のものではありません」もあると思いますとな(笑)

 かくて「経営者は、会社の利益に忠実に経営をするだけではなく、一定程度の注意をもって会社の経営にあたらなくてはならないという義務も課されています。これが「注意義務」とよばれるものです」で、義務は他にも色々あらーなですが、この「忠実義務」と「注意義務」が「二大義務」なんだそー(笑)ちなみに「これらの義務に違反すると、会社に対する背任罪として、経営者は刑務所に入れられてしまいます」って、そーだったのか?電力会社(笑)

 そゆ事で、「法人としての会社とその経営者の関係」は、「「信任関係」という関係です」になり、「法人としての会社はみずからのすべての行動を、「信頼」によって経営者に「任せて」いるのです。それだからこそ、「信任」を受けた会社の経営者は、会社にたいして「倫理的」に行動することを義務づけられているのです」って、ホンマでっかぁーっ?

 何か、これ市場の均衡点を見つける競売人みたいなノリじゃね?私欲なく、中立な存在、そんな人本当にいるのかぁーっ(エコー付/笑)何とゆーか、どこの会社も経営陣、取締役会って、私利私欲にまみれた亡者がなるものかと思ってますた(笑)ほら、エンロンの例もあるし(笑)他にもエトセトラエトセトラってか(笑)

 さて、会社という立ち位置に戻ってみると、「経営者は、まさに会社と信任関係にあり、会社の目的のために自己利益の追求を抑えて行動する義務を負っている。つまり、自己利益の追求を原則としている資本主義が、その中核に倫理性を要求するという逆説がここにある」ってか(笑)資本主義とは、「その中核の部分で、人間の倫理的であることを必要とした社会体制なのです」って、ホンマでっかぁーっ?(×∞/笑)じゃないと、ウォール街や、どっかのアレみたいになっちゃうよって事か…

 そして今でしょ(死語?)問題としては、産業資本主義からポスト産業資本主義キタコレでしょか?それは何かというと、本書によると「おカネの力が弱くなってきたのです」ですしおすしで結果「株主が会社の主権者でなくなってきたことを意味」するとな…

 そんな訳で、まず産業資本主義とは何ぞや?「二〇世紀後半まで資本主義は、産業資本主義とはよばれていました。産業資本主義とは、機械制工場を利益の源泉とする資本主義のことです」「経済学の通説では、このような機械制工場による大量生産を可能にした産業革命こそが、産業資本主義の生みの親だと考えられています」で、ここでもちょっと待ったぁーってか?物事は何事も表裏一体ってか(笑)「機械制工場それ自体が利益を生み出しているように見えるのは、たんなる錯覚にすぎないのです」って、ホンマでっかぁーっ?

 さて、「資本主義は利益を生むことを目的とした経済活動」で、利益とは「収入から費用を引いたもの」「収入と費用の差」じゃね(笑)機械制工業によって、「労働者一人あたりの生産性が」向上したけど、「それは、労働者一人あたりの収入を増やしただけ」じゃまいか?また、「同時に労働者一人を雇用する費用が上がってしまえば、利益はなくなってしまいます」もあるんじゃね?

 まぁこちらの詳細も本書をドゾですが、よーするにこちらも二重性がくっきりと(笑)「産業革命による労働生産性の向上と産業予備軍による労働賃金の抑制」が、いいねってか(笑)

 さてさて、人手が安く買えなくなったらどーなる?産業資本主義が成り立たないとゆー事で、ポスト産業資本主義キタコレってか?

 これからの会社が利益を生み出すにはどーしたらいーんだぁーっ?とゆーと、「意識的に、収入と費用との間の違いを作り出していくことです」しかないんじゃね?って事らすぃ…「とにかく、会社は、競合している他社との違いを意識的に生み出さなければ、利益を上げられない時代になったのです。もはや、横並びではだめなのです」とな…

 利益は違いから、でも「違いというものは、簡単にまねされてしまいます」ですしおすし…かくて「利益の源泉である違いは、一度作り出せばそれで安泰ということにはならないのです」になり、どゆ事とゆーと「常に新しく作り出し続けなければならない」とな…じゃないと、君は生き延びる事ができるのか?とゆーか、できまへんえーって事になってしまったらすぃ…何か飽く事の無き自転車操業に見えるのは気のせいか?

 産業資本主義で、他にも、第一次産業革命、第二次産業革命、組織特殊的な人的資源etc.などの詳細は本書をドゾ。よーするに経営システムは時代と共に変換しているとゆー事じゃまいか?

 また、日本的経営についてのソレも本書をドゾ。何はともあれ「日本をふくめた先進資本主義国において、時代は産業資本主義からポスト産業資本主義ほと転換をとげてしまった」んですよ、奥さん(誰?)

 これからは「違い」からしか「利益」は生まれないとするならば、違いを生み出すものは何か?で、それは「ヒト」でしょって事になるじゃまいか(笑)「ヒトの頭の中にある知識や能力、ノウハウや熟練などが、違いを生み出す重要な源泉になってきたのです」って、どよ(笑)

 とゆー事は、「おカネを支払って、ヒトを雇い入れることはできます」けど、「どんなにおカネの力でヒトを縛りつけたとしても、そのヒトの頭の中を完全にコントロールすることは不可能です」じゃまいか(笑)しかも、幾らおカネを支払ったとしても「そのヒトがどのように自分の頭の中にある知識や能力を発揮してくれるかには、何の保証がありません」じゃね(笑)「とりわけ、それが創造的な仕事であればあるほど、おカネではない何かが必要とされます」って…マジで、お金で買えない価値があるを双方持っていないと成り立たない世界になってきたのか?

 結果、「おカネを持っているだけでは、利益が手に入らなくなった時代-その意味で、それは、おカネの力が相対的に弱くなってきた時代だと言えるのです」じゃまいか?そゆ事で「ポスト産業資本主義の時代とは、おカネの供給者としての株主が、違いの創造者としてのヒトに、会社の支配者としての地位を譲り渡さなければならなくなった時代だと言えるのです」に至ったらすぃ…かくて「株主主権論が、理論上だけでなく実践上も、その正当性を失いつつある時代なのです」って、何だってぇーっ(笑)

 何だかなぁ(笑)これらを踏まえて、会社買収、一世を風靡したM&Aなんて単語もそーいやありましたよねなお話も、産業資本主義でもどよ?で、こちらのケースについての詳細は本書をドゾ。しかもポスト産業資本主義となれば更にどよ?モノでしょ?じゃなくて、ヒトでしょ?となれば、会社資産の価値って、「はるかに不確定性が高い」って事じゃね(笑)

 まぁ、アイデアを生む人、クリエイターとゆー人種と、企業を運営する能力のたけた人って事で企業家とか、立ち上げるのがお好きな起業家とか、これからの時代、適材適所が物凄くものをいう時代になってきたんじゃまいか?これを上手くシャッフルできる、競売人、もとい代表取締役もとい、人事をジャッジメントできる人が、ええ、しかも、非常に中立的で倫理的なお人が必須アイテムなんじゃなかろーか(笑)まさに神の見えざる手(笑)

 まぁそれもともかく、ポスト産業資本主義時代というのは、次代のアイデアを見抜く力を必要とされている時代なんじゃね?で、投資という事では、金融機関はモノではなく、ヒトを見抜く力を求められているとゆー事らすぃ…

 金融機関側もそーだけど、社会としてはも、そのリスクをどれだけ背負えるかが、その国の未来を決めるのかもなぁ?かもなぁ?何事も、常に当たりだけ引くとゆー事はありえへーんの世界ですし…外れをどれだけ引いても当たりが出るまで引き続け、なおかつ当たりが出ても引き続けるとゆースタンスを、ずっとずっと維持できる社会って、はずれた人を敗者にせず、次のスタートラインへ向かう人と見なせる世界だろなぁ…

 でもって「多くの場合は、ひとりの個人が生みだしうる新しいアイデアの数は限られています」って事もあるんじゃね?で…個人で何でも出来る、たくさん出来るなんて、そりゃ超人って奴じゃね?

 となれば、「ひとりのヒトの大きなアイデアを他のヒトが改良し続けていく。複数のヒトの小さなアイデアを組み合わせ、大きいアイデアに仕立てていく。複数のヒトが複数のアイデアをすこしずつ並行して走らせることによって、リスクをプールしていく」とゆー…何かどこかの国の魔改造を思い起こしてしまったんですが、気のせいか(笑)

 よーするに今でしょ(死語?)とは「優れた個人の力がものをいう時代であると同時に、優れた組織の力がものをいう時代でもあるのです」だそな(笑)で、結局、どっちも帰結するとこヒトか?ヒトなのか(笑)そして、多分、上手く機能するためには倫理的な要素キタコレなんだろなぁ…

 でで、CRSキタコレですよ、奥さん(誰?)「コーポレート・ソシアル・レスポンシビリティ」とな…まっ会社の社会的責任ってどよ?ってか(笑)

 ちなみに「ミルトン・フリードマンによりば、会社に社会的責任があるとすれば、唯一それは利益を最大化することにある」なんだそな…さすがシカゴ学派、マネタリズム歪みありませんっ(キパッ)詳細は本書をドゾですが、フリードマンが「株主主義論者であることは、いうまでもないでしょう。かれは、会社とはそもそも個人の利益追求のための道具にすぎないと断定します」ですからぁーっとな…

 何とゆーか、米って国は壮大な個の意見がまかり通る国じゃね?他にもジョージ・ソロスの例とかも出てきますが、どちらにせよ、これらの個のヒトの考え方が動かす経済のインパクト思うと、ワロエナイなんじゃね?と小市民は愚考する訳ですが…何だかなぁ?

 まぁここでは会社の利益って何ぞや?のとこを一つチョイスすると「個人の利益のための道具でしかない会社の経営者が、独自の判断で慈善事業や文化活動を行うことは、個人の選択の自由の幅を狭めてしまう反社会的行為であり、許せない」とゆーのが、政治的には対立しているらすぃ二人の巨人、フリードマンとソロスの見解の一致してるとこらすぃ…どこまでも個、実に米的です(笑)本当にありかどうこざいました(笑)

 会社の社会的価値とは何ぞや?かなぁ利潤追求、儲けちゃいけないんですか?だけ、ええじゃないかええじゃないかがフリードマン的世界観らすぃ…

 社会にとっての価値はそれだけじゃねぇーだろ?って事で、それは「社会が決める価値」じゃね?もあると思いますに立てば、どよ?とな…でもって、近代社会には、市民社会もキタコレなんですよぉーと(笑)

 まず、資本主義経済が前提にするのは、自己利益の追求にはげむ個人です」し、「国家システムが前提とするのは、法律によって課された義務にしたがう個人です」とな…でも、それ以外にも「市民社会」があるじゃまいか?かかか?「社会的な責任を共有している個人こそ、市民社会を構成する市民にほからならない」んじゃね?

 よーするに利益追求それっきゃないと、法的義務だけ果たせばええんじゃーな人ではない人もいるでしょ?で、これが多分、今でしょ(死語?)な人達じゃねぇの?って事らすぃ…そしてその延長線上の一つにCRSもキタコレって事らすぃ…

 今までの価値観からすると、無駄の極地みたいな会社に付随するそれらが、むしろ会社の価値を上げているみたいですが?何か?ってのが、本書のメインストーリーかなぁ?会社とは、経営陣のものでもなく、投資家(株主)のものでもなく、経済学者(評論家)のものでもなく、政治家のものでもなく、パンピー、近代市民、社会のものであるみたいな?

 うーん…これはセレブに受けない理論だなぁ(笑)これまでは上から目線乙でいられたのに、そーじゃないよ、みんな(社会)のものだよって事になったら、これって究極の下剋上本じゃなかろーか?今までは、文句があるならベルサイユへいらっしゃいの世界だったのが、革命でございまするになったんだろか?

 もしかして、その意識の持ちようによって、人はオールドタイプとニュータイプに分かれるのかもなぁ?ヒトは変わってゆくのね、なのが今でしょ(死語?)なのか(笑)

 というのが本書の前半、後半は三人のゲストとのそれぞれの対談が掲載されておりまする。そちらもなかなかにアレなので、詳細は本書をドゾ。

 でもって、他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。この理論が当たっているか?外れているか?は後の時代の人がジャッジするんだろーけど、多分マイノリティであろーこれを地道に日々杭打っている著者も、何気に打たれ強いお人だなぁ…日本人にもこんなに向かい風に胸を張っているお人がいらっさったんだなぁとちょっと目から鱗が落ちますた(笑)

 対談者では、
小林陽太郎、原丈人、糸井重里

 目次参照  目次 文系

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