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2017年6月12日 (月)

やかましくうるさく言わねば立たぬもの(笑)

寄り道して考える  養老孟司 森敦  PHP研究所

 所謂一つの対談集でしょか?とゆーか、テーマ討論かなぁ?とゆーのも、普通の対談みたいに、会話がどこまでも続く感じではなくて、どちらかとゆーと、一つのテーマについて一人ずつ語るみたいなノリでして、ちょっと変わった形態じゃなかろーか?お互いの話が続いているよーで、そーでもなく。クロスオーバーしているよーで、リンクしていないみたいな(笑)戦後の日本、大学を中心にして、東と西ではこんなに感覚が違うという話なのかもしれないが?後はジェネレーションギャップ?

 まぁそんなに深刻に考えなくてもいーのかなぁと思ったりもして(笑)というのも「脳は論理的であるかのような常識がひろまっている」(@養老)けど、「これは一番危ない落とし穴です」(@養老)とな…「サイエンスは論理を優先しますから、脳を論理的に解釈しようとします。しかし誰でもそうですが、人間がかならず論理的に行動しているかというと、けっしてそんなことはありません。論理は脳の一部の機能です。その脳の一部の機能が、全体を代表してしまっていいのか」(@養老)だそーですよ、ミスター・スポック(笑)

 脳の機能はまだまだわっかりませーんとゆー事らすぃ(笑)第一「言葉なんて、みんな何気なく使っています。しかしどうして使えるかといっても、誰にもわかりません」(@養老)って、わっかるかな?わかんねぇーだろーなぁってか(笑)「ふつう文科系の人は、頭の中に考えがあって、それを言葉で伝えるというけれど、そんなものとちゃうでという感じがあります」(@森)なんですよ、奥さん(誰?)

 でもって、「戦後、あらゆることが説明できるという幻想がはびこっているようです」(@養老)とゆー事です(笑)語り得ぬ箏は語ってはならないんだろーか(笑)もしくは大事な事は言葉にならないとか(笑)もしくは感性の劣化か?今でしょ(死語?)なのは「意識中心主義で、意識以外は存在しないというとらえ方です」(@養老)はじめに意識ありきってか(笑)それ以外はそんなの関係ねぇー(死語?)でもでも意識中心主義は「とくに組織の中の人はそういう傾向が強いように思います」(@養老)って事じゃね(笑)

 更に、今でしょ(死語?)な問題も「いまの知識で考えて、すべてが解決がつくというのはそもそもおかしいことなのです」(@森)って事もあるじゃまいか?って事らすぃ…

 そして「いろいろな分野の専門家の中でも、名を残した人ほど、「わかりません」ということを気楽に言うようです」(@森)って事に尽きるのかなぁ?トップレベルの人程、己が分かる箏と分からない事を分かっているんだろーなぁ(笑)

 更に「こんなことを言うと、また不謹慎だとお叱りを受けそうですが、科学は世のため、人のためのもの、科学者とは真理を探究する求道者である、という考えに凝り固まらずに、もっとラクにやっていけばいいと思うのです」(@養老)とな…ていくいっといーじーってか(笑)

 アリス的には、対談?作家としてあると思いますだろか?でもって、京大関係のとこかなぁ?関西的に(笑)

 作家的なとこでは、E.M.フォスターに言及しているとこかなぁ?「フォスターは四十代まで小説を書いていて、そこからあとの人生は、評論家として生きました。それに対して、日本は小説家をやめて、評論家になることができない世界だったのではないでしょうか。だから、芥川も太宰も三島も途中で自殺したのではないかとふと思いました」(@森)って、そーだったのか?アリス?

 「イギリスには評論文化の伝統があります。ところが日本の場合、そういう種類の文化を認めずに、あくまで作品としてとらえようとする。小説家は死ぬまで小説を書きつづけていかなければなりません。これは小説家にとってはつらいのではないか」(@森)そーだったのか?ウルフ先生?それにしても小説家を持続するってそんに大変なお仕事だったんだなぁ…そーいやヘミングウェイも自殺してるし…

 それと、「プロの作家でも揺らぐタイプと揺らがないタイプは存在するようです。たとえば、夏目漱石は揺らぐタイプで、幸田露伴あたりは揺るがないタイプ」「十返舎一九は揺らぐタイプで、滝沢馬琴は揺るがないタイプ」(@森)なんだとか?そーだったのか?アリス?

 後、「いまの人間は意識の中に住んでいますから、何か起こったら誰か犯人がいると思うクセがついてしまっているようです」(@養老)の件は、ミステリ的にどよ?だよなぁ(笑)ってゆーか、だからこそミステリが流行るのか?

 他にというと現代人は意識の中に住んでいる?というか意識中心主義の中にいるの件で、それによって「理解できないもの、暗がりの中の得体のしれないものも必要なのです。それをなくしてしまったことが、かえってわれわれを追い詰めているような気がしてなりません」(@養老)とな…「ジャーナリストにこういう話をすると、たいがいは賛同の意を表明してくれます。ところが、理解してくれるならこんなふうに改善したらどうだろうと言うと」(@養老)皆、クビになると言うとな…それに「お前さん、クビになるのが心配で、自分の思うようにできないでいるんだったら、それはまるで恐怖政治じゃないか」というと、彼は何も答えられません」(@養老)とな…「ジャーナリズムは社会正義をふりかざしていろいろ言いますが、僕の目から見ると、自分たち自身が恐怖政治にコミットしているように見えます。そういう構図が男の社会まで張りめぐらされているのを見ると、子どもの世界でいじめが出てくるのは当然でしょう」(@養老)とゆー事になるそな…そーだったのか?片桐さん?

 蛇足ですけど「オタクや変人という存在はいて当然なのです」「そういう存在が許される社会のほうがよほど健全なのではないでしょうか」(@森)って事にならね?まぁアリスなんかもミステリおたくだしなぁ(笑)

 他にアリス的というと落語のとこか?「落語があるのは大阪と東京でずか、それはやはりどちらも理屈っぽいからだと思います。落語は理屈っぽくないと面白くありません」(@養老)って、そーだったのか?落語?落語もまた都市型なのか(笑)

 そんな訳で、住宅事情のとこで、「暮らしそのものを大切にしようと思うなら借家で十分なのですが、戦後、多くの人は居住性を捨てて、土地の資産価値を重視するようになってしまいました。それがいろいろな問題を引き起こしているわけですが、結局、農民や武士の文化が台頭してきたからでしょう。不動産に価値を求めるのは、大阪商人の発想ではありません」(@森)って、そーだったのか?アリス?何とゆーか「バブル期に、土地が利用権ではなく所有権で考えれるようになったことが、そもそもの過ちだという気がします」(@養老)って事じゃね?

 人間性では、「要するに、大阪や京都はいい加減なんです」戦時中も「軍隊が弱いというのは、じつは大阪の人にとっては自慢のタネだったようです」(@森)って、ホンマでっかぁーっ?

 東京と大阪比較では「大阪は、異文化に対して比較的寛容です。ところが東京では、標準語を喋らなければならない。東京人になれという強制を感じます。都市というのは、人があちこちから集まって来るのだから、一つにまとまることはありえないのに、どこか東京人になることの強制を感じてしまいます。これは、関西の人間には非常に奇妙に感じました」(@森)というのが西の人間の感覚らすぃ…そーだったのか?アリス?まぁこれは東の人間からしたら逆の論理だろーなぁ(笑)都市にはそれこそいろんなとこから人がやって来るのだから、その人達がそれぞれ違う言葉で会話したら意思の疎通が難しいじゃまいか?で、共通の言葉を皆で使いましょーとゆー事じゃね?多少不自由で窮屈なのは皆お互い様だよねって事で…

 それと京都は「基本的にコネを探す文化だと言えます」(@森)のとことか(笑)「京都のお店の「一見さんお断り」は、買い物にアクセスするのはそれなりのキャリアが要るのだとあっているのでしょう。行列さえすれば買えるというよりは、行列しなくても買えるような付き合いをつくりましょうというのが京都の文化です」(@森)という事になるらすぃ…そーだったのか?婆ちゃん?まっこの一見さんお断りは、差別だとして海外では蛇蝎のごとく嫌われているからなぁ(笑)それで不思議なのは、英のクラブ文化といい、欧米にも会員制とかあると思うんだが、あれは差別ではないのか(笑)まっこれに関しては「京都人の考え方は「それはいままでやってきたんだからしょうがないでしょう」ということです」(@森)という事になるらすぃ(笑)まっ京都的商売というか、付き合い方は、広く浅くではなくて、狭く深くなんですかねぇ?

 一方東京ですが、「東京の実質的な役割というのは、経済だけでしょう。やはり東京にいないと儲からないという雰囲気があると思います」(@養老)とゆー事らすぃ…

 准教授的には教育論かなぁ?例えば、中高キリスト教系の男子校に通った著者は「教育自体は非常に厳しかったのですが、生徒一人ひとりに、常に目が届いていたという印象があります。神父さんが大勢いて、それぞれが生徒をきちんと見ていました。僕は完全にひねくれていましたが、それでもちゃんと見てくれていました」(@養老)って、戦後はまだ教育に希望があったんだなぁと(笑)

 今でしょ(死語?)では「いまの学校は、一丸とならなければだめだと言って。そのような少数派の存在を許しません。何でも右へならえをさせようとしているようにしか思えません」(@森)とか、「先生を選ぶ訓練が昔の中学校にはありました。それがいまはなくなってきて、先生がみんな一枚岩になっている。これがいまの学校教育で、いちばん困ることではないでしょうか」(@森)とな…もー既に、学校とは生徒を守るところではなくて、教師を守るところに変わってしまったからなぁ(笑)

 そんな訳で昔懐かしい(?)学生運動華やかなりし頃をしのんで(?)「全共闘時代の学生は、用務員室の人や事務官の人と仲良くするのが上手でした。学校を封鎖していっしょに暮しているのですから、用務員室のおじさんと仲良くしないと、ものすごく暮らしにくいわけです」(@森)そで、でも70年代に入ると「事務官は単なる官僚だ」(@森)って事になって、対教授の構図がくっきりとの世界に突入していった模様…

 更に戦前の旧制高校では、同じ学年なら年上でもさん付けで呼んではいけなかったそーで、更に「とくに京都は、猫にでも敬語のような言葉を使いますから、あまり年上、年下間での言葉づかいというのは関係なかったのかもしれません」(@森)って、そーだったのか?京都?

 ちなみに旧制の頃の大学受験は今ほど熾烈というか、苛烈というか、家族全て巻き込んで云々という世界ではなかったよーで、「とくに当時は、医学部がそれほどむずかしくはありませんでした。戦争という時代的背景もありましたし、医者をたくさん作っておこうという考えがあったからかもしれません」(@森)って、そーだったのか?医学部?

 学部学科であるあるでは旧制で理科だった場合、「理系学部に行きます。その中で堅気でわりに生真面目な人は工学部に行きました。理科の学生の中でも理学部、とくに数学科や生物科などに行く奴というのは、道楽の世界に行くのも同然でした。到底、堅気になっても食えそうもない時代ですから、さしあたり道楽をしとくかという感じです。野山を歩くのが好きな人は農学部、それで、なぜか人付き合いの好きな人が、医学部に行きました」(@森)って、そーだったのか?理系(笑)

 「僕らの学生時代だと、大学での文芸部や演劇部や映画部、あるいは観世会などという文科系サークル活動の中心は、医学部の学生でした」(@森)ってホンマでっかぁーっ?ある種、医学部学生が文化装置的な立ち位置だったのか?

 とはいえ、医学部は医学部とゆー事で「特殊な学部だったことは事実でしょう」(@森)というのも「教授の権限が絶対的で、非常に威張っているのです」(@森)って事で、昔から医学部って白い巨塔が平常運転乙だったのか?

 とはいえとはいえ、中の人の養老先生によると「教授の存在自体が権威のように言われたこともありましたけど、僕はあまりそうは思いませんでした」(@養老)って事で、むしろこちらはジェネレーションギャップの方に比重がいっている感じかなぁ?養老先生の世代を中心にすると、上の世代が森先生の世代で、下の世代が団塊の世代(全共闘世代)って事になるらすぃ…

 蛇足ですが、医学部に向いている人とは、「臨床の医者というのは、感情的に豊かな人でなければむずかしいのです。患者という人間と付き合っていかなければならないわけですし、コントロールもしなければならない」(@養老)とゆー人らすぃ…でもって、今でしょ(死語?)では「医学部は完全に理系になってしまいました」(@養老)とな…とゆーのも入試で「数学、物理ができないと、絶対に医学部には入れないからです」(@養老)って、そーだったのか?入試問題?で、その結果「教える側からいうと、数学、物理ができる人か入ってくると、実践よりも理論が先行してしまう傾向があり、解剖などを教えるときにたいへん困るのですが…」(@養老)という事態が発生している模様…なるほろ、事件は現場で起こっているんだぁーっですね、わかります(笑)

 で、大学内の問題としての医学部のインターン問題と理学部のオーバードクター問題はかなり根深いものがある模様…そして大学院とは何ぞや?とゆー問題もか?こちらの詳細も本書をドゾ。

 蛇足ですが「「どんな制度であろうが、そんなもの関係ないよ」というのが、われわれの世代の根本にあります。だから本気になって「つぶせ」なんて運動する気はありません。制度を利用して、適当にうまくやっていけばいいではないかと思うのです」(@養老)鳴かせてみしょーホトトギスなんだろか?でもって、団塊の世代って切って捨てよーホトトギスってか?成程、革命だな(笑)

 それに伴う今でしょ(死語?)に続く話になるのか?学生達が「大学院をエリート、つまり将来を保障されるべきものであると考えるほうが間違いなのです。僕らの時代だと自分たちはもともと潜在失業者なんだから関係ないという気分がありました。大学院イコール将来の保障とは考えてもいませんでした」(@森)とな…しかも「二十代の若者というのは新しいものを生み出す希望の星のはずなのに、安定を求めて固まってしまうのは、僕らの年代から見ると、非常に困った事態であります」(@森)とな…まぁ今のリストラ上等の時代では、猫も杓子も超安定志向にならざるを得ないと思うけど?大学院を道楽で済ませられるのは余程の物好きか、セレブって事にならね? 

 身分制って「自分が何者であるか説明が要らない」(@養老)とゆー「実に楽な社会」(@養老)だそで、「若い人が安定を求めるのは、その心理だと思うのです」(@養老)って、ホンマでっかぁーっ?「自分が誰であるかなどいうことは、実は、他人が、つまり社会が決めることです。それは他人が決めることであり、他人の頭の中を変えるわけにはいきませんから、それなら生まれつき決めてしまったほうが早い、というわけでしょう」(@養老)って、諭吉先生が聞いたら逆ギレしそー(笑)若いもんが一番保守的って何やってけつかるねんの世界じゃね?なるほろ日本人、肩書が好きな訳ってか(笑)

 蛇足ですが、肩書社会の日本が身分がなくなってどーなったかとゆーと、「大正になって自己説明が無限に続くようになり、私小説が大流行しました。自分が何者であるかを事細かに説明するようなものが、人々に読まれたのです。これは日本だけの現象でしょう」(@養老)って、そーだったのか?アリス(笑)

 でもって、仕事として見た場合、「いまの若い人は、たとえば自分のテリトリーを守るとか、利害関係を考えるという意味では非常に敏感です。以前は任せられるということが発奮材料になりましたが、いまは逆に自分の利害関係を考えると、面倒になってしまうのでしょう」(@養老)に至るらすぃ…よーするに守備範囲だけ無難に過ごせば、ええじゃないか、ええじゃないかってか(笑)自分中心の効率化って素晴らしス(笑)世の中、オレ得しかないんやでぇー(笑)

 これまた今でしょ(死語?)の学生について「みなが同じ考えをしていなければいけないという意識が、かなり強いように思えてしかたがないのです。それゆえに、仲間外れ、いじめという問題が発生してくるのではないでしょうか」(@森)は、まさに人の違うを怒らざれだよなぁ(笑)多様性って何だっけ?何だっけ?

 ちなみに自身がダンゴになるのが嫌だったと告白し、更に「クラス全体の雰囲気として、ダンゴになろうというのはあまりありませんでした」(@養老)という事で、養老世代は一匹狼世代って事になるのだろぉか?「団結して頑張ろうというのは、だいたいは軍隊の文化です。一致団結、一丸となってという論理は、軍隊以外の何ものでもない」(@養老)って、立て万国の労働者ってそゆ事なのか(笑)「組合や政党なんていう組織は、完全に軍隊文化が根底にあると思います。「一致団結、頑張ろう」というのはだいたい軍隊文化です」(@森)ってか(笑)

 も一つ、ダンゴと言えば団塊の世代キタコレですけど、「全共闘の世代というのは、ちょうど団塊の世代に重なります。よく、団塊の世代は被害者の世代のように言われますが、僕はけっしてそんなことはないと思います」(@森)で、むしろ「団塊の世代は加害者だ」(@森)じゃねとゆー事らすぃ…なるほろ、元祖被害者ビジネスって団塊の世代からなのか?

 ちなみに戦前戦後関係なく「学生運動体験者には、戦略・戦術で社会を操作したがるクセがあるように感じられるのです。でも、そればかりではしょうがありません。テクニックを持っていること自体はそれほど悪いとは思いませんが、いまおそらく団塊の世代は、たとえば会社で、技術を持っているが故に、ある面でやり過ぎて若い世代から嫌われたりしているのではないかと思います」(@森)ってか?何事もコントロール下に置きたい癖があるとゆー事だろか?もしかして支配欲過剰?

 そして団塊の世代とは「僕よりもはるかに、ある種の疑いがない人たちです」(@養老)そな…「いままでのシステムがコロッとひっくり返るのを、子どもだったわれわれは見ていて、世の中というのはアテにならないものだなというのを理屈ではなく身につけています」とな…だがしかし団塊の世代には「それがありません」(@養老)だそで、「彼らのある意味での自己主張の強さは、ここから来ているような気がします」(@養老)って…まぁ確かに団塊の世代の人達って何でか知らないけど自信家の人が多いよな?自己肯定力も半端ないと思うのは気のせいか?

 世代の違いでは遊びの集団の違いもありますよってにでして、「僕らの時代は、遊び集団は、年齢を超えていたようなところがありました」(@森)で、五年や十年離れていてもあると思いますってか?今でしょ(死語?)になると「その集団の幅が非常に狭いように思います」(@森)じゃね?とな…それというのも「全共闘世代、団塊世代が多すぎて、そこだけで充足してしまったため、異世代の混ぜ方が下手になったのでしょう。あれから世代論がものすごく増えたのも、そのためだと思います」(@森)ってのは、説得力あるよな(笑)結局、団塊の世代の論理って、今となると大国の論理に似てね?

 大学の格付けも、今でしょ(死語?)の流行のよーな気がするが?これに対して、「アメリカのように、大学基準協会みたいな会が複数あって、そこでそれぞれ個性ある評価をくだすようになることが必要です」(@森)って、唯一絶対駄目絶対ってか(笑)結局、ここも多視点、多様性って事にならね?

 東大、京大のいいとこ探しになるのか?「老舗と言われても、養老や森みたいなのがいてもしかたがないなと言えるのは、やはり東大、京大のいいところでしょう。言い方は悪いかもしれませんが、地方の大学のほうがそういう許容範囲が狭い。一つの価値を固めることで、地位を上げようという気分がどこかしらあるような気がするのです」(@森)って、地方の方が自由かと思っていたら、実は硬直化していたでござるってか(笑)

 まぁ大学の中の人というのも所詮、「自分のところのテリトリー、いわば国境の中は自由にできる。その代わり外のところには口を出さないという関係で、一種の藩閥制度でした」(@森)って事らすぃ…「京大には、新しいことをしようという雰囲気が比較的ありましたが、よその大学はもっと、昔のテリトリーを維持しようという雰囲気が強いようです。京大ですら自分のテリトリーを守りたがる人がいて、僕もいろいろと苦労しました」(@森)の件は、だから学問って細分化していくんだろか?そーすればどんどん自分だけの王国が出来ていく訳だし(笑)

 何と言っても「新しいものをつくり出そうとするのは、パワーがいることです。何しろ、いままでになかったものをつくろうとすると、この社会はあっという間に「敵」になります。それは、抵抗というよりは、反射ともいうべきほど当たり前のような反応です」(@養老)ですしおすしらすぃ(笑)となると、多分この世に一人の臨床犯罪学者の准教授の風当たりの強さはどれほどのものなんだろぉ?

 も一つ、「大学にいると、フィールドが共有されないのです。プラスとマイナスなら引き合うのですが、プラスとブラスでは固まってしまう。なかなかほとけないのです」(@養老)って世界らすぃ…

 後、対立の構図的なとこで「文部省と日教組は対立しているのでまったく性格の違うものと思われがちですが、実はお互い根本的に構造が似ているので、相手への批判がそのまま自分にも当てはまるのと同じことです」(@養老)って…お山の大将はオレ一人だけでいいってか(笑)そして一丸になってやるのが大好きというのが「日教組の体質にあるのです」(@森)ってか(笑)

 まっ何を信じるか?もしくは人とは信じる生き物であるになるのだろか?で「これを言うと誤解を招くかもしれませんが、現実に戦争中に軍国少年だった人は、戦後になって革命少年や革命青年になった人が多いのです。Xのために粉骨砕身する人は、戦時中も戦後も、やはりそういうタイプです」(@森)って…何かもー宗教のよーだと思うのは気のせいか?

 後は、教科書問題にしてみても、世代間ギャップかもなぁ…教科書が間違っているのなら、正しいとこ拾うとか、他と比較して進めばいいじゃないか?この世に絶対に正しいなんてないよではなくて、間違っているなら、それを壊して正しい新しい教科書を作るのだぁーって、成程、この破壊して創生というパターンが死ぬ程好きなのが団塊の世代の人達なのか?

 それと、これも大学関係になるのか?で「一番予算がとりやすいのはやはり建物なのです」(@森)とな…よーするに予算をハコモノに使う分には文部省(文科省)も文句を言わないとゆー事らすぃ(笑)ソフトを育成しているとこが、ハードに偏るって、本当に有難うございました(笑)ちなみに「私立大学が建物ばかり立派になるのは、建物が一番担保になって、銀行からおカネが出るためなのです」(@森)って、銀行おまえか?というより、犯人は貴方ですの世界か(笑)

 お金問題では、学界の「偉いボスたちが二十一世紀の脳研究の推進のためにいかに公のカネを出してもらうか議論する」世界らすぃ(笑)研究費こそ全てってのは、フクシマの時の御用学者で痛感したからなぁ(笑)

 どんどん大きくなって日本キタコレですけどまず、「日本は唯一絶対の信仰のない、もっと簡単に言えば神様のない国です」(@養老)だそで、そんなとこに民主主義やマルクス主義どんぶらこんとやってきたと(笑)果たして゛ど?とゆーと「キリスト教の根づいていない日本では、マルクス主義も根づくわけがありません」(@養老)じゃね?とゆー事らすぃ(笑)その内、マルクスもルターみたいな扱いになってしまうんでしょかねぇ?欧米とはキリスト教を改革していく事に血道を上げている人達なんだろか?うーん?

 さて、これからの日本、日本がアジアのリーダーシップを担う国になるっ(キパッ)ってのは「僕はそれはやめたほうがいいのではないかと思っているからです」(@養老)とな(笑)というのも「タイやインドネシアには比較的なじみやすいですが、やはり中国社会は日本人にとってかなり異質なところです」(@養老)とな…「日本はせいぜい周辺領域と肩並べているくらいだと思ったほうが、僕はいいと思う」(@養老)って事らすぃ…その方が肩もこらないしって…

 また、日本が特殊な文化だとは思わないが、じゃ何なの?とゆーと「場の文化」じゃね?とな(笑)「場の文化とは、簡単に言えば、蓮歌連句の伝統です」「オリジナリティは個人が出すものでなく、その「場」が出すものだという考え方です」(@森)とな…まっ場の力ってのは確かにあるよーな気がする(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。最後の一つ、本書で一番ハーヘーホーと思わされたとこを一つ。「僕流の「エリート」の定義は、自分で責任をとることです。つまり、教科書でいうならば、自分で選んだ本を自分で読むことです。自分で好きなことをしたら、自分で責任をとるというのがエリートの条件であり、旧制高校というのは、その意味ではたしかにエリートだったと思います」(@森)とな…成程、永田町と霞が関と新橋にはエリートがいないでFAなんだなぁと納得しますた(笑)

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