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2017年6月29日 (木)

未来の歴史書?

聖なる妄想の歴史  ジョナサン・カーシュ  柏書房

 サブタイトルは、世界一危険な書物の謎を解くなんですが、どゆ事とゆーと、聖書の黙示録、それもヨハネの黙示録とは何ぞや?って事でしょか?何とゆーか、キリスト教徒でない人にはピンと来ないかも?ですが、これがキリスト教徒にしてみれば、物凄い事になっていた模様…何とゆーか、信仰パネェ…それに尽きるよな…

 そんな訳で「今日では、「黙示録」の最も熱心な読者はキリスト教の原理主義者くらいのものだが、「新約聖書」の最後に書かれたこの文書を開いたことのない人々でも、そこに登場するプロットやキャラクターは昔からお馴染みである」そで、「世は(間もなく)終わるという観念-そして、「黙示録」の中で終末描写に用いられる言葉、数字、色彩、イメージ、事件など-は、ハイカルチュアとポップカルチュアを問わず、聖書の昔から現在に至るまで、西洋文明の織物の中に深く編み込まれてきたものばかりである」そな…まぁ「ハルマゲドンの戦い、黙示録の四騎士、第七の封印、バビロンの大淫婦、そして反キリスト、刈入れる者、怒りの葡萄」という単語は、トーシロでも聞いた事あるワードのよな?みんなみんな黙示録起源の言葉だったんですねぇ…

 でもって「何よりも「黙示録」はつねに一種の暗号書として、歴史上の事件や人物-戦争と革命、王と征服者、疫病と災害-の背後に隠された意味を解き明かすために用いられてきた」ってホンマでっかぁーっ?そゆ事で「「黙示録」の言葉とフレーズ、登場人物と場面は、芸術家や詩人、説教師や伝道師などによってつねに使い回されてきた」そな…また「世界の終末に対する恐怖と幻想を売り歩く人々は今のこの世にもいる-ハリウッドの映画製作者然り、ベストセラー作家然り、熱烈なTV伝道師然り、そして大統領候補者然り」って…そーだったのか?米?

 まっでも、「狂信者にとって「黙示録」とは、さる注釈者の言葉を借りれば「キリスト御自らの手になる唯一の聖なる書」である」そーだが、「狂信者以外の読者は、そこに人間の知性-そして人間の作為-か働いていることを見て取る」もんじゃね?って事らすぃ…ちなみに「トマス・ジェファソンに至っては、これを「単なる狂人の戯言に過ぎない」と切って捨てている」って、ジェファーソンおサスガすぐる…

 それにしても黙示録って元祖声を出して読みたい?聞きたい?何ちゃらだったのか?「「黙示録」はまず確実に、テキストである前に説教だったのであり、その言葉とイメージの力は「記者の意図通り、そのテキストが声に出して読まれた場合において」のみ、その真価が認められるのである」そな…観衆の皆様へってか?

 まぁともかく、黙示録とは聖書の中でも異質じゃね?とゆー話は昔から繰り返されてきた模様…「「黙示録」の純然たる異質さは、聖書の昔から現在に至るまで、つねに真面目で分別のある読者を苛立たせてきた」そな、例えば「マルティン・ルターは彼のドイツ語訳聖書から「黙示録」を排除しようとした。なぜなら「そこではキリストは教えられも知られもしない」からである」から…「ジョージ・バーナード・ショウは「黙示録」をそっくりそのまま「麻薬中毒者の幻覚の意味深い記録」と切り捨てた」そだし、「C・G・ユングは「黙示録」のヴィジョンを真剣な研究に値しないと見なした。「なぜなら誰一人としてそれを信ずる者はおらず、全体的な主題も当惑させるものだからである」」し、「敬虔な宗教学者たちですから、このテキストの解析によってなにがしか解るかもしれないという熱心な研究者の主張に対して、つねに公然たる疑義を表明してきた」そな…何とゆーか、元祖フォースの力じゃ?

 黙示録の表裏?薬毒?見誤っちゃああかんぜよってか?「ある釈義学者は言う、「「黙示録」は真人間を狂わせ、狂人を悪化させる」って…そこまで言い切っている人達がいるんですねぇ…マジで黙示録の立ち位置って一体?

 では、その黙示録の中を見てみよーで、「テキストの内容のほとんどは記者がアジア西岸沖のパトモス島で見たヴィジョンの仰天するような光景の描写に費やされている」ですしおすし…「記者は神秘的法悦のトランス状態に達し、そこでさまざまな奇妙なものごとを見る。その一つが、世界の終末に関する神の秘密計画の書かれた巻物である」そな…

 でもって、その巻物には「七つの封印」があり、「巻物を開いて読むためにすべての封印を解かねばならない」んですよ、奥さん(誰?)かくて「「黙示録」おける尤も執拗なモティーフ-すなわち、脅迫的ともいえる数字七の使用の端緒である」そで…繰り返す数字マジック?でしょか?「七人の天使、七つの鉢、七つの燭台、七つの教会、七つの王冠、七つの目、七つの頭、七つの角、七人ンの王、七つの灯火、七つの山、七つ疫病、七つの霊、七つの星、七つの雪、そして七つのラッパ」って…そんなに七がキーワードになっていたのか?

 とゆー訳で詳細は本書をドゾですが、「「黙示録」のキャストで最も印象的なのは悪役の方である」そで、「悪の親玉は「火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた」。この竜の正体は後に「年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの。全人類を惑わす者」であると明かされる。この悪魔の地上における代理人が二匹の「獣」である」そな…ふと八岐大蛇を思い出してしまったが、こちらは八つ、あちらは七つ、この違いは大きいのか?スサノオ?

 こちらの詳細も本書をドゾですけど、この竜というのは、「子羊に対応する存在」とゆー対比になるらすぃ…でもって「大淫婦に対応する存在が「天の女」」なんだそな…てな訳で、天の女が男子を出産し、「この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた」とか、「天で戦い」キタコレで「サタンと大天使ミカエルが互いの天使を率いて激突する」来たぁーっなんですが…

 つまるところ「神が悪魔とその従僕を完全に打ち破る唯一の方法とは、この世界を破壊し、「新たな天と地」としてすべてを造り直すことなのである。だが、終末の時代には緩慢に燃える導火線がついている。第一に、真のキリスト教信者は弾圧と迫害-いわゆる<大艱難>-の時期を耐えなければならない。彼らを迫害するのはサタンの眷属であり、「獣」もその一員である。「獣」は現在では「反キリスト」として知られるが、「黙示録」のテキストにはその名は登場しない。終わりの始まりは徴と奇蹟によって示される-地震と洪水、彗星と蝕、飢饉と疫病、天と地における一連の激しい戦争」とな…キリスト教から見たら、年がら年中地震キタコレの日本って…

 そんな訳で神と悪魔の抗争というか、天と地の抗争というか、の紆余曲折はともかく、最終戦争ハルマゲドン来たぁーっで、何もかも終わりやんけの終末論キタコレになるのか?こちらの詳細も本書をドゾですが、「疾風怒濤の展開の末に「黙示録」は-少なくとも「救われた者」にとっては-ハッピーエンドを迎える」って事らすぃ…「終末期の地上に人間は全員、反キリストによって過酷な艱難を受け-そのほとんどは同じく苛酷に死ぬ。だが選ばれた少数者は復活し、裁きを受け、来るべき世界で永遠の生命を与えられる」とゆーのが黙示録的ストーリーの流れらすぃ…

 結果、「以後、救われる者のうちに数えられたいという切望、そして救われぬ者すべてに対する憎悪こそが、歴史を推し進める巨大なエンジンの一つになってゆくのである」ですしおすしとゆー事らすぃ…なるほろ、選ばれし者だったのにぃーってか?

 アリス的には、黙示録…うーん、ミステリ的にはよく使われていそーか?
 アリス的というか、ミステリ的には暗号のとこかなぁ?
 後は、准教授的にケリントスのとこか?「ケリントスは、地上におけるキリストの千年王国においては「聖人」たちが「宴会、酒宴、婚礼において、ひたすら鯨飲馬食と淫行に耽る」と主張したとされ、異端者として変態性欲者と見なされた人物である」の件で…変態性欲の権威の准教授的にはご存知の世界じゃね?
 も一つ准教授的には、黙示録の「記者は人間のあらゆるセクシュアリティを嫌悪しており、特に女性に対する「憎悪と恐怖」は瞭然である」の件かなぁ?女性嫌い的に…
 さて、黙示録につきものの反キリスト…「古代以来連綿と行われてきた、実在の人物を反キリストと結びつけるという行為であろう」であろーってか?獣キタコレで、「中世初期にはムハンマド」「十字軍の時代にはサラディン」「オスマン・トルコがウィーンの城門を脅かしていたころにはその大スルタン」「フランス革命の余波の時代にはナポレオン」「マルティン・ルターは教皇を(より正確には歴代教皇全体を)」でもって「教皇もまた同じことをした」そで…何とゆーか自分の敵対者は皆、反キリストでFA?
 時代が下れば、「レーニンとスターリン」「ヒトラーとムッソリーニ」「ルーズヴェルトとケネディ」「モシェ・ダヤンとアンウワー・エル・サダト」キタコレになるらすぃ…
 また「一九七〇年代にワシントン、モスクワ、北京を行き来していたヘンリー・キッシンジャーにはその嫌疑がかけられていた」そーだし、「一九七九年のイランにおけるイスラム革命の余波が冷めやらぬ頃、テヘランでアメリカ人が人質になっていた頃」は「アヤトラ・ホメイニ」に、そして「ついこの間まで、最有力候補とみなされていたのはサダム・フセイン」だったじゃまいかって事らすぃ…で、今でしょ(死語?)は「オサマ・ビンラディンである」とな…一応、本書発行当時とゆー事か?
 てな訳で、現代までも黙示録的な思考がずっとずっと続いているじゃまいか?と…でも、「予言の書としては、「黙示録嫌疑」は言うまでもなく完全に誤っている」んじゃね?って…記者は「イエス・キリストの口を借りて明々白々な回答を歌える。「私は、すぐに来る」。この言葉がテキストに記載されてから、かれこれ二千年ほど経ってしまったが、今もなお「黙示録」の読者は、古代のテキストにかくも明白かつ自信満々に予言された復讐の日を待ち続けているのである」って、どよ?また、「福音書の中で彼が言ったとされている言葉によれば、彼の信者の少なくとも一部は、われとわが目で世界の終末を見ることになるという」ってあるじゃまいかってか?ちなみに「使徒パウロもまた、自分の時代のキリスト教徒に同じことを断言している」とな…よーするに、イエスもパウロも記者も、「すぐに起こるはずのこと」としてとらえていたとゆーお話らすぃ…終末論って…
 更に、「「黙示録」の記者は憎しみの人である。彼の心棒する原理は実に単純明快-「自分に賛同しない者は、何者であれ敵である」」なんだとか…何だかなぁと思うけど、それたいていの自己評価高い人がなる病じゃなかろーか?
 そんな訳で詳細は本書をドゾですけど、「「黙示録」の後半は絢爛たる憎悪、そして…ひとえに世の終末を求める願望である」と述べるのは小説家D・H・ロレンス。彼は自らが「黙示録」の中に見出したものに仰天するあまり、自分の手で注釈書を書かざるを得なくなった。彼によれば「黙示録」の記者は、「選民以外の人類全員を抹殺し、自らを神の玉座に登らしむる壮大な計画」を企んだという」とな…何とゆーか、自身は選ばれし者当確なんですね、分かります…
 まぁその手の感覚はあると思いますなんですね、分かりますもまかり通るらすぃ…選ばれし者にとっては終末ってハッピーエンドだもんなぁ…かくて「一九世紀フランスの修道女テレーズ・ド・リジューは、二十四歳で病死する直前につぎのように述べている。「反キリストの時代にキリスト教徒が被る苦難のことを思いますと、私の心は歓びに躍ります。私にもそのような責め苦が用意されいますように」」なんてご発言がキタコレになるらすぃ…
 一修道女のそれもそれですが、これが権力者とかだったらどーよ?で、「六六六という街路番号を持つ建物に入る時、ロナルド・レーガンはその悪魔的な住所を改めるように主張し、リビアにおける何ということもない事件を、聖書の予言の成就と見なしたのである」とな…まぁ一個人としては迷信深い人で済む話かもしれないけど、大国のトップとしては、如何なものか?とゆー事態キタコレなんだろか?
 しかも「レーガン以来、ホワイトハウスに入った人物のすべては-そして彼らが最も信頼する顧問や側近の多くは-自らを「キリスト教再生派」と称している。言い換えれば、彼らは自ら、聖書予言の正しさと不可避性を固く信ずるキリスト教原理主義者であることを告白しているわけだが、その予言の中には当然「黙示録」の終末予言も含まれている」って、ホンマでっかぁーっ?これが米の正義だっ(キバッ)なんだろか?うーん?
 とまぁ、古代から現代まで、黙示録キタコレなエピ満載なんでございます…何とゆーか部外者には物凄く新鮮なネタ満載で、一つ一つ上げていったら本書全文になってしまいそーなんで、これまたいつものフレーズ、興味のある方は本書をドゾ。詳細も本書をドゾ。これしか言えねぇ(笑)
 まぁ「ポップな哲学者アラン・ワッツが笑いながらいうところの「奇々怪々情報」である。そして「黙示録」に匹敵するほど奇々怪々なものは、ユダヤ教やキリスト教の聖書の中には他にはない」ですしおすしって事になるらすぃ…こーしてみると、黙示録ってキリスト教最大の謎になるんだろーか?うーん?
 でまぁ、黙示録黙示録と言っているけど、ここではヨハネの黙示録を指している訳ですが、でも黙示録って、ヨハネだけじゃねぇーよって事とな…「「ヨハネの黙示録」以前にも以後にも、何世紀にわたって創られた「黙示録」が存在している」ってホンマでっかぁーっ?「例えば一世紀のとあるユダヤ教の資料によれば、「ヨハネの黙示録」が歴史上に登場した時点で、すでに七〇種ほどの「黙示録」が知られていた」そな…
 でも「聖書の中に組み込まれるに至ったのはたったの二つに過ぎない」とな…それが「ヘブライ聖書の「ダニエル書」と新約聖書の「ヨハネの黙示録」である」そで…みんなどこへ行ったぁーっになってしまうのか?全ての黙示録が現存して並べてみたら壮観だったろーなぁーと思うのはアレか…
 それにしても、聖書に入れてもらえない、抹消された黙示録ってので、あの「「死海文書」に含まれていた黙示録」とか、「エジプトはナイル河畔のナグ・ハマディで発見されたグノーシス文書の埋もれた書庫の中にあった黙示録」も今でしょ(死語?)って事らすぃ…
 黙示録についての詳細は本書をドゾですが、何はともあれ黙示録も色々あらーなであったとしても「ほとんどの黙示文書の主要な関心は「終末論」-すなわち、この世界はいつ、いかにして終るのかという問題にある」って事でFA?
 ちなみに「終末論は、ユダヤ教の大きな神学的改革の必然的帰結として誕生した。伝統的な説明によれば、古代の異教文明は世界を誕生、死、再生の終り無き周期であると見なしていた」そな…ところが「ヘブライ聖書の記者たちはこれに対して、全く新しい革命的な概念を打ち出した。イスラエルの神は人間の歴史を通じて己の意志を実現する神であり-そしてその歴史には、優れた物語がすべからくそうであるように、始まりがあり、中間があり、そして終りがあるというのである」来たぁーってか?
 かくて「現代の歴史家レニー・B・シェプフリン曰く、「黙示録は、歴史の神に支配される宇宙においてのみ意味を持つ」キタコレってか…
 また、黙示録って、ユダヤ・キリスト教の専売特許ではなくて、「メソポタミア、エジプト、ギリシア、ローマなどの異教文書にも見出しうるのである」ですしおすし…とな(笑)世界の運命は如何に如何にってか?
 でまぁそれらの影響も如何にで「聖書に見られる世界の終末の徴候-「終末の兆しと艱難、悪と戦う神やメシア、そしてサタンとその眷属」-の多くは、ペルシアのゾロアスター文書にまで遡ることができる」そな…「そんなわけで、黙示録的観念を初めとするユダヤ・キリスト教の伝統の多くの故地は、聖地ではなく古代ペルシアなのかもしれない」って、ホンマでっかぁーっ?
 そんな訳でこちらの詳細も本書をドゾですが、我らが「「ヨハネの黙示録」の記者が親しみ、愛し、複写していた古代ユダヤ教の聖書である」来たぁーっとなるらすぃ…ヨハネの黙示録の「サタン、ゴクとマゴクの軍勢、最後の審判、4世界の終末等々は、ヘブライ聖書の特定の一説に遡ることができる」のだそな…一種のインスパイアって奴でしょか?だから、旧約と新約では、同じ単語でも意味がちょっと違ってくるもあると思いますになるらすぃ…
 しみじみ思うけど、宗教ってどこも差異が分かる人の為の世界観だよなぁ…違いが分かる信者の一書だろか?とゆー事で詳細は本書をドゾ。
 しかも、古代のユダヤ教のラビ達は、「世界の終末に関するあれこれの言辞をそのまま信じ込むほど軽信的でもなかった。それ故に、聖書時代末期の黙示文書のほとんどは、単にヘブライ聖書から排除されたのみならず、ユダヤ教の伝統からも完全に抹殺されるに至ったのである」って、そーだったのか?旧約聖書?
 それはともかく、古代における聖書と歴史についての詳細も本書をドゾ。ダニエル書の背景もなかなかに壮絶なよーな気がする…「「カルチュア・ショック」「社会的無力」「国家的トラウマ」」キタコレで、「紀元一世紀、さまざまな黙示文書が書かれ、読まれたユダヤ世界は、この三つの危機に直面していた。当然ながら、間もなく自らを「キリスト教徒」と呼ぶようになるユダヤ人も同様である」になるらすぃ…どこも一枚岩で行け行けドンドンじゃないからなぁ…
 でもって、詳細はこれまた本書をドゾですが、「実際、歴史上のイエスは「一世紀ユダヤの黙示信仰の徒と見なすのが最も近い」と当代の聖書学者バート・D・アーマンは言う」ですしおすし…ちなみに「イエスが黙示録的観念を信じていたという事実は、歴史上の記録から間接的に確認されている」そな…
 さて、では誰がヨハネの黙示録を書いたのか?で、「記者はゼベタイの子ヨハネとされてきた」そな…でまぁこちらの詳細も本書をドゾですが、「記者自身にとって六六六で象徴される「獣」とは、一世紀に生きて死んだ人間であるローマ皇帝を指していたのことはほぼ間違いない」そな…そーいやそのころの中東の地中海側ってローマ帝国領土内だったっけ…
 まぁ何はともあれ「現代の学者のほとんどは、「黙示録」は神秘家にして見者、カリスマ的説教師にして不世出の詩人である一人の記者によって書かれたと考えられている」そな…
 とゆー訳で一人の男のローマ帝国へ対する恨み辛みキタコレになるのだろーか?で、シュプレヒコール来たぁーっなんですかねぇ?
 そんな訳で「「黙示録」の中で最も毒々しく不穏なイメージはローマの帝国主義に対するあからさまな攻撃である」そな…
 とはいえ、「ヨハネが自身が生きていた異教の世界では、キリスト教徒がローマ権力と事を荒立てずに平穏に生きていくことはあっけないほど容易であった」んですよ、奥さん(誰?)「ローマ権力による弾圧の非道さが描かれるのはヨハネの終末ヴィジョンにおいてのみであり、実際の歴史的記録の中ではないのである」って、それってどこかのくnゴホンゴホン…よーするに「アデラ・ヤーブロ・コリンズの言うように、「黙示録」は記者の迫害の体験よりむしろ、「迫害への期待を表明している」のである」に過ぎないって事らすぃ…歴史的に無かった事をさもある事のよーにでっちあげるって、それってどこかのゴホンゴホン…
 「現代の学者は、キリスト教徒に対する迫害、特に「黙示録」が書かれた時代と場所におけるそれは、ヨハネが示すほどグロテスクなものでも、また広範囲のものでもなかったということを認めている」ですしおすし…二千年前の真実が今確認って、イイハナシダナァ(笑)
 まぁともかく「「黙示録」を書いた男は、実は全く迫害などされいないが、確実に「自分は不義なる世界の被害者であると感じている」人物であった、とアデラ・ヤーブロ・コリンズは言う」って、もしやヨハネって元祖被害者ビ〇ネスか?
 でもって「ヨハネは一神教における最も重要な伝統に則っている-すなわち書物の製作である」とな…「当時も今も、人間は語られた言葉よりも、文字に書かれた言葉を信ずる傾向がある。そしてヨハネは、彼のテキストを改竄する者は呪われる、と宣言する」ですしおすし…何とゆーか、黙示録よ永遠なれの世界が展開しているよーな気がするのは気のせいか?
 
 更に「ヨハネは読者や聴衆の塊に火を放つ事を意図したのであり、その点において彼は完全に成功したのである」じゃね?
 しかも「間違いなく、ヨハネの人生と作品にとって最大の皮肉は、彼が「黙示録」の中で予言した事柄がそれほど「すぐに」-というか、むしろ全く-実現しなかった、という単純かつ動かし難い事実である」に尽きるんじゃね?って事らすぃ…「ユダヤ教とキリスト教における黙示伝統は、適切かつ辛辣に「妄想の歴史」呼ばれるのである。ある意味では黙示録は世界の終末の歴史であり、また同時に、終ることを拒み続けた世界の歴史なのである」そな…もしやヨハネって元祖狼少年か?狼が来るぞぉーっ、終末が来るぞぉーっ、それもすぐに来るぞぉーってか?
 そして、黙示録的に救われる人達って「ヨハネは、この地上における親切と同情心によって救済を与ることができると期待する善男善女を褒めそやすようなことは何一つ行っていない」そで、黙示録によって最初に救われる人達とは、「「女に触れて身を汚したことのない」という以外は取り立てて何の長所もない十四万四千人の男たちである」そな…更に聖人と殉教者たち…だそで…キリスト教も女性は不浄の存在だったんですかねぇ…
 でもってその内容は「復讐のファンタジーであり、恐怖のオンパレードであり、そしてある種のフリークショウである」と著者断言するし…
 よーするに「キリスト教徒がローマの権力からの迫害に直面している-あるいはそれを恐れている限り、「黙示録」は事実であれ空想であれ現在の苦難に慰めを与え、終末における血の復讐を約束するものであった」とな…ほぼなかった迫害に対する復讐の書とここまででも何かねじれてね?な世界なんですが、更にこの後、コンステンティヌス帝でキリスト教公認キタコレで、「突如として完全に時代遅れのものとなってしまったのである」来たぁーってか…
 まぁこちらの詳細も本書をドゾ。予言と歴史ってパネェ…で、この黙示録どーするよ問題は、我こそは本物の終末予言者なり御一行様キタコレに続くとなるらすぃ…何とゆーか、キリスト教って打たれ強いよなぁ…ねじれ国会とかも無問題な方々なんだろかなぁ…
 後、歴代のヨハネの黙示録聖書に入れるか入れないか問題についての詳細も本書をドゾ。ちなみにあのマルティン・ルターも難色を示し、東方キリスト教では十世紀過ぎてから入れてみよかな世界だったらすぃ…
 そして正典に掲載されてますよのヨハネの黙示録は、その後の歴史の騒動に結びついているんじゃね?な詳細については本書をドゾ。よーするに信じる人はより信じ、そーでない人もそれなりに影響を与える文書であったとゆー事らすぃ…
 かくて「狂信者にとっては、世界が「予言通り」に終わらなかったという事実を目の当たりにしても、「黙示録」を単なる寓意や偽予言として片付けず、上手くこじつけてしまうことくらい朝飯前である」どゆ事とゆーと、「神の秘密は確かに「黙示録」のテキストの中に暗号として隠されているが、これまでの読者はそれを理解しなかった、と考えればよい」って事で、ジャスティスってか(笑)
 そゆ訳で、「中世の聖書直解主義者は、現代の直解主義者と同様、「黙示録」を神の予言として読むことを主張し、倦むことなく暗号解読に打ち込んだ」そな…ある意味、キリスト教というか、黙示録主義の人って物凄く努力家のよな?
 尤も、ヒエロニムスによると「彼によれば「黙示録」を文字通りに読むのは神学的な誤りであり、そんな誤りを犯すのはユダヤ人だけであるという」って…そんな訳で「彼は同じ誤りを犯すキリスト教徒に対して、考え得る最悪の非難と侮辱を浴びせている。「ヨハネの「黙示録」を文字通りに受け取る者は、それをユダヤ化しているのである」って…うわー…ユダヤ教とキリスト教の間には深くて暗い河があるんでしょーか?
 何とゆーか、それでも黙示録は回っているの世界なんですかねぇ?「バーナード・マクギン、および彼の仲間であり中世における黙示録信仰の専門家であるリチャード・K・エマーソンは言う、「「黙示録」は偏在化していた…ヨハネの強力な啓示は、中世の生活のほとんどあらゆる面に浸透していた」そで…
 で、その対象というか、現実性が、「「黙示録」の読み方に革命をもたらしたのは、戦争や飢饉や疫病などの昔からある世界の終末の徴候ではなく、教会自身の腐敗だったのである」ですしおすしで、詳細は本書をドゾですが、よーするに「言い換えれば、反キリストとは、教皇自身である」来たぁーってか?
 
 今からすると女性に対する表記、評価は如何なものか?の黙示録の描写ですけど、中世において「女性がものを読むということが珍しかった時代に、「黙示録」の最も熱心な読者は女性だったのである」で、「中世の女性の多くが求めていたのは、自分独自の啓示というよりも、霊的な成長や、スリルに満ちた楽しみであった」とな…霊的成長はともかく、スリルって、それってホラー?
 「「黙示録」のストーリーラインはたいしたものではないが、陰謀とサスペンスに満ちたロマンス譚と見なすことはできる」そで…最早、これはざっつえんたーていめんと?黙示録簡単バージョン挿絵入りが流行した模様…
 そして現実の行政行為も黙示録的じゃね?ととられる傾向キタコレらすぃ…例えば「一〇六六年にウィリアム征服王がイングランド王の玉座に就くと、よく知られているように彼は自分の新たな領土の土地調査を命じた」の件も詳細は本書をドゾですけど、「イングランドの庶民は、この土地台帳を見て、「黙示録」の審判の日のヴィジョンを思い起こしたのである」になってしまうんですね…何から何まで、黙示録的じゃねとゆー視線が横行しているとゆーか?日常茶飯事というか…信仰ってパネェ…
 また、この黙示録が浸透し続けた理由の一つに、「その秘訣は、敵対者を容易かつ徹底的かつ多彩に侮辱する、万能の罵倒用語の武器庫を提供したことにあった。「黙示録」の-そしてすべての黙示伝統の-強力無比な内的論理は、あらゆる説得の努力を放棄し、あらゆる曖昧さと不確実性を排除し、ほんの些細な逸脱や意見の相違にすら、最大限の処罰を適用する」事を容易に可能にしたとゆー事らすぃ…まさに旗色を示せ、おとりまきは全てイエスマンってか?
 更に、黙示録に惹かれるのは、抑圧されていた人々、最下層の人々の心にも火をつけたとゆー事らすぃ…どゆ事かとゆーと、「終末への渇望-そしてそれを早めようとする熱意」キタコレって事らすぃ…この世にとゆーか、今生に絶望していたら、一日も早くこの世が終わって欲しいじゃん、だって今だって地獄のよーな生活なんだもんって事で、ご破算に願いましてはの終末どんと来いやーって事で、社会不安加速するってか?
 そして時代は新世界へと…清教徒的なメンタリティについてのそれについてはの詳細は本書をドゾ。取り合えず、米に着いた人達も「清教徒もそれに続く者たちも、「黙示録」のシナリオを好き勝手にいじくり回し、独自の筋書きを平然と付け加えた。事実、彼らは「黙示録」を絶対の真実と主張しつつ、「黙示録」の観念に独自のアメリカ的見解を与えたのである」キタコレってか?まぁ、それが元祖米の正義って奴じゃね(笑)でもって、それが本書によると「世界の終末と人類の滅亡は、正しい見方をするなら、寿ぐべきことに他ならないというのだ」って、ホンマでっかぁーっ?何かだんだん陰謀仮説になってね?
 ちなみに初期の米とは「宗教的ユートピア建設の大志に燃えていたアメリカ最初の入植者たちは、清教徒でない者の市民権を否定し、宗教の違う者を追放し、少数のクエーカー教徒を処刑台に送っても何の罪の意識も持たなかったのである」そな…USAっUSAっ
 でもって今でしょ(死語?)の現代米人でも「新世界の、しかも平和と繁栄の時代においてすら、イエス・キリストの再臨と世界の終末に対する期待は、何不自由なく暮らしているアメリカ人にとっても心躍るものなのであった」そなって、ホンマでっかぁーっ?
 そんな訳で米における終末の日予言の数々についての詳細は本書をドゾ。これが現代にまで続いているのだから、最早、米の伝統芸能なのではなかろーか?
 そしてそんな米では「一九世紀のアメリカの能天気なキリスト教徒は、このような艱難を課せられることを拒否し、全く新しい終末観に飛び付いたのである。彼らによれば、救済に与ることができるキリスト教徒は<大艱難>が本格的に始まる前に奇蹟によって引き抜かれ、天に上げられるというのである。そこで彼らは天の桟敷席に着き、地上に取り残された人々が反キリストの下で苦しみ抜いて死ぬ様子を見物するという特権を享受する。<大艱難>が終ると、ようやく彼らはイエス・キリストと共に地上に帰還し、千年王国に暮らす。彼らの素晴らしい神学的発明は、「携挙」と呼ばれる」って、米の正義、ここに極まれりって奴じゃね(笑)
 ちなみに「「携挙」がキリスト教原理主義者の信仰箇条の地位を得たのは一九世紀後半、それも主としてアメリカにおいてに過ぎない」そで…そもそも「携挙」って単語初めて聞きますた?さすが、何様俺様米様ゆがみないっス…
 かくて米国内の対立も相当にアレな模様…こちらの詳細も本書をドゾ。どゆ事かとゆーと、「一般人が文明の進歩として称揚するものを、原理主義者は悪魔の陰謀として非難する」ですしおすしで、「大企業の「富の集積」」「工業製品に付けられたユニオン・ラベルを「獣の刻印」と見なした」「現代アメリカの大衆文化のエンターテイメントや娯楽」もみんな非難の対象になるとな…
 
 更に、「「黙示録」に付加されたすべての皮肉の中で最も奇妙なのは、アメリカの原理主義者とユダヤ人の奇妙な愛憎関係である」の件の詳細は本書をドゾ。
 それにしても「世界の終末の前に神が選民のためにイスラエルの地を取り戻し、イェルサレムの神殿を再建するという予言もまた成就する。すなわち、ユダヤ人がパレスティナの父祖の地に再結集することは、<再臨>、サタンの敗北、新たな天と地の創造の前兆であり、必須条件なのだ。かくしてユダヤ人は、それと知らぬ間に、終末時において決定的な役割を果たすことになる、とアメリカの黙示録狂信者は鮮烈にイメージしたのだ」そな…
 よーするに「二〇世紀半ばにおける現代の政治的シオニズムの出現」とピッタリって事らすぃ…詳細は本当、本書をドゾですけど、「<再臨>のためにはユダヤ人はシオンに帰還せねばならないと確信」しているキリスト教徒キタコレ状態に突入ってか…イスラエル建国の裏にそんな事情があったとは…これってマジでホンマでっかぁーっ?
 それにしても「キリスト教シオニストを政治面でのイスラエル支持へと突き動かしている終末シナリオは、同時にまた、ユダヤ国家が最終的に反キリストと同盟を組むことも告げているのだ-さらに、いずれ反キリストはその同盟者に攻撃を仕掛け、「ヒトラー以上の残忍さで、全ユダヤ人の三分の二を虐殺する」。終末時にキリスト教に改宗したわずかなユダヤ人だけが救われ、それ以外の者はサタンその人と共に永遠の火の池で焼かれる、と彼らは信じているのである」って…
 まぁとにかく、米におけるキリスト教進化系というかニューウェーブなんでしょか?についての詳細は本書をドゾ。
 それにしても反キリストで、ヒトラーとムッソリーニを比較した場合、ムッソリーニに軍配が上がるのか?というのも「ムッソリーニが支配したのはローマ、すなわち古代の異教ローマの座であり、「黙示録」においてかくも恐怖と嫌悪の対象とされている都市だったからである」ですしおすし…で、黙示録的にローマ帝国って仮想敵国というより純然たる大いなる敵で、それは二千年たっても変わりなしなんだなぁ…もーローマが滅んで千何百年も時が過ぎてもローマと名のつくものはいまだに敵認定なのか?となると、中世によく神聖ローマ帝国なんて名前つけられたよなぁ?欧米においてはローマ帝国おたくと黙示録おたくではどちらが優勢なんだろー?と素朴な疑問が?
 まぁそれもともかく、ヒトラーの方に目を向けると、「ナチス・ドイツは、文明化された人間の精神に黙示録的情熱と狂信が融合した時にどれほど恐るべきことが怒るかということを示すケース・スタディである」って…うーん…
 さて「野蛮人の侵入やイスラム軍、スペインの無敵艦隊、ナポレオンの軍団などは昔サタンの仕事と見なされたが、それらがいくら頑張ったところで、人類は滅亡せず、人類の文明が破壊されることもなかったのだ、何度も何度も、世界は終末を拒んできたのだ」ですしおすしなんですけど、ここに原爆、核兵器登場で、事態は急転するってか?
 どゆ事とゆーと「人類は突如として、世を終わらせるのに神は全く必要がないという恐るべき事実と直面せねばならなくなったのである」に至ると…
 でもって、「ヒロシマとナガサキによってアメリカ人の意識」にも「陰惨な終末論」キタコレ状態に突入した模様…落とされた日本人の鬱じゃなくて、落とした米人の鬱に注目しているところが実に、米じゃね?
 まぁともかく「アメリカには二つの、競合する黙示録的観念論が共存していた。一つは科学、もう一つは宗教に基づくものである。宗教の狂信者にとって、世界が核の惨禍によって終るという期待は、人間ではなく神こそが歴史の著者なのであるという信仰と完璧に一致していた」そな…
 そして黙示録的な世界観と政治もあると思いますキタコレなんでしょかねぇ?レーガンから始まるホワイトハウスの傾向についての詳細も本書をドゾ。
 それにしても米の大統領が、悪の帝国だの、悪の枢軸だのと言うのは今となってはいつもの事かと軽く思っていたら、「悪の帝国」というワード一つとっても黙示録的には重大な意味を持つのか?悪の帝国とは「サタンの帝国を嫌でも思い浮かべる」事になるそな…でもって「悪の帝国と歴史それ自体が間もなく終る、と予言したのだ」になるのか…
 米においての政治と宗教も相当に複雑怪奇の世界に突入しているのだろか?ちなみに「ジミー・カーターは再生授礼派であり-その教会の信徒はおおむね、天啓的前千年王国派の教義を固く信じている」ですしおすし…
 とまぁ、本当に何から何までホンマでっかぁーっ?の嵐でして、もしかしてこれって世紀の奇書なのかも?とじっと手を見るの世界に突入してしまいそーですが、信仰というものの裏面が見えてしまいましたなのかもなぁ?
 まっ何が怖いって「ただ一つを除くすべてが誤りであり、罪であると説く。黙示録的観念は人間の想像力の中にがっちりと根を下ろしているのかもしれない」の件かなぁ…
 でもって、「記者もしくは編者は、自らを不義の犠牲者であると信じていた」場合、「あるいはまた、自称犠牲者は、自分よりも暮らし向きが良いように見える人間に対して怨恨を滾らせる。この現象を学者たちは「相対的剥奪感」とか「ステータス的不安」とか呼ぶ。あるいはまた、犠牲者は自分の熱烈な狂信が適応できないような文化的・政治的変化に対して不安を覚える」の件は、一応こちら黙示録狂信者、原理主義者を指しているんだろーけど、そけってどこぞのくnゴホンゴホン…
 そんな訳なのか、「ヨハネ同様、わずかな躓きが地獄への墜落であると信ずるあらゆる時代の人々は、「黙示録」の道徳律を熱狂的に受け入れてきたのである」ですしおすし…
 後は、ヨハネの黙示録あるあるで、「ヨハネがかくも激怒し嫌悪する悪魔的不品行は数々あれど、なかでも彼が最大の罪と見なしていたのは「商売」であるらしいのだ」の件かなぁ…
 まぁでも「ヨハネは、いかなる状況においても性を穢らわしいものと見なしている。「黙示録」における立派な人間とは童貞と殉教者だけであり、彼らに敵対するものは誰であれ娼婦/売春者に他ならない」とな…
 また「ヨハネはあらゆるものが純粋でなければならぬという観念に取り憑かれていた。神学上の観念というような抽象的なもののみならず、性、食、貨幣などの完全に世俗的な事項においても、である」でして、ヨハネってもしかして究極の潔癖症?うーん?
 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。黙示録って、本当にパネェっす…
 まっ何にしても本書で一番パワフルな人達は、「狂信者は予言が外れた事実を示されても、さほど気にはしないのである。外れた予言は新たな現実に合わせて修正され、新たな予言として提出されるだけなのである」の件は、これが究極の前向きなんでしょか?うーん?
 目次参照  目次 文化・芸術

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