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2017年8月31日 (木)

前向きに?

江戸東京<奇想>徘徊記  種村季弘  朝日新聞社

 所謂一つのエッセイ本かなぁ?奇想というより、著者の思い出の地巡りみたいなノリだが?まぁ今はなき昭和というか、戦前前後東京がメインかなぁ?人って誰しも少年期とか、青春の頃の思い出って特別なものがなくね?

 なので、著者と同年代の方には多分泣ける程、懐かしいエピ満載じゃなかろーか?でもって、そゆのを全然知らない人間にとっては、江戸の話も昭和の話も知らない昔的には同じ昔話の感覚なんだなぁと気付きますた(笑)

 とはいえ、お題が東京なので、せいぜい四百年位の話なんですが、それでもこの四百年でこれだけのエピが生まれてくる訳だから、これも一つの人間だものなのか?そーなのか(笑)

 人間臭いエピでは、「法華寺には女性の参詣人が多かった。なんでも住職の日附が評判の美男とかで、とりわけ若い女性の参詣客がわんさと押しかけた」って、ホンマでっかぁーっ?今でいうアイドル来たぁーっ状態だろか?ちなみに「江戸時代の日蓮宗の寺には美男住職がやたらと多い」そで、成程、江戸時代にそーだお寺に行こーと思い立ったら、日蓮宗系に行けばいいのか(笑)

 その中でも有名なのが「谷中の延命院」「日潤上人」だそで…「この日潤上人に昔の悪党仲間の柳全が取り入った。日潤・柳全は延命院に大奥の女中達を引っぱりこみ、秘密の地下室までこしらえて淫楽のかぎりを尽くしたとか」そな…ちなみに「巷説では、日潤上人の前身は初代尾上菊五郎の遺児丑之助とされている」そで…なんだかなぁ(笑)

 も一つ、土地で人に道を尋ねた時のエピで、「「電電公社」なるものは、今はこの世に存在しない。ご近所の方は、それがいまをときめくKDD研究所に代替わりしているのを百も承知で、そんなIT革命後の舌を噛むような物件の名前は口にしたくもない、といった気色がなくもなかった」の件は(笑)昔の名前で出ていますってか(笑)

 アリス的には、異形他の温泉キタコレで、森ヶ崎鉱泉とか「仲田定之助の記録によると、森ケ崎鉱泉の湯は無色透明の真水のそれではなかった」そな…まぁこちらの詳細も本書をドゾですが、東京の温泉事情について一つ…「「醤油を煮しめたような…赤黒く濁った湯」は、東京湾沿岸をぐるりと馬蹄状に囲んで点々と存在している。千葉の養老温泉、浅草の観音温泉、麻布十番温泉、いまはなくなった新橋駅前の海水湯、神奈川県なら藤沢にもコーヒー温泉というのがあったし、鎌倉にもこの種の温泉が出る」って、ホンマでっかぁーっ?で、その理由が「大昔、東京湾が陥没したとき沃度含有のガスが地下に沈殿したそうだ」「東京湾沿岸の温泉水分布図では、千葉県のほうほどガス含有量が高く、神奈川県に近いほど沃度含有量が濃くなるといわれる」そで、神奈川辺りはヨードきたこれ状態らすぃ…赤黒いのはヨードのせーってか?

 本書では「梅屋敷の西に辰巳天然温泉」キタコレだし、お湯の効能は色々あるんだろーけどその一つに「ヒステリー治療」にもどよって事らすぃ…昨今はイライラした人多しだから、辰巳の赤黒い湯あると思いますだろか?

 ちなみに昔の新橋の駅前にあったという海水湯の描写がパネェ…「駅前はいきなり海水湯なる銭湯で、鯉のいる小体な池と黒塀ごしの松の木のある庭つきの風流な造作、小さいほうの浴槽にはコーヒー色の正真正銘の温泉が湧いてい」たそな…昔のお風呂屋さんって土地にも余裕があったんだなぁ…

 他にアリス的というと、比類なきのお金で「貨幣の鋳造所、日本橋人形町には明治二年(1869)まで「銀座」があった」そな…「もともと金座のありかは日本橋、銀座は今の銀座に置かれていたが、その京橋よりの銀座に不祥事があって、一時こちらに銀座を移したのだ。このとき水天宮より蠣殻町に銀・銅貨の鋳造所を置いたので、元からの銀座と区別してこちらを「蛎殻銀座」と称した」そな…また「両替所も日本橋が本場だった」そで、「銀行は日本橋、株取引の兜町と金融業街的性格はいまもって続いている」となるそな…そんな訳で今でしょ(死語?)でも「五百円玉のようなコインばかりを、何かの都合で一千万円なら一千万円と大量に必要とする場合、一千万円の高額紙幣と両替してくれ特殊な両替商が、人形町にだけはあるのだそうだ」ってホンマでっかぁーっ?

 も一つ人形町つながりで、「近くの葺屋町や堺町が芝居町だったので、人形町には上方からの芸人、人形浄瑠璃、歌舞伎の関係者が多かった」そな…こちらはオノコロ島的にあると思いますだろか?アリス?

 まぁ上方の人が来ますたでは、「廻船問屋は古くから大坂勢が一手に仕切り、江戸の廻船問屋は名ばかりで荷をさばくだけ、開府当時の何もなかったお江戸に、最初に乗り込んできたのは京大坂の冒険的な商人だったのだ」そな…そんな訳なのか、「ある音韻学者から聞いた話だが、生粋の日本橋言葉にいちばん近いのは、天明の飢饉以前の大坂の船場言葉だという」って、これまたホンマでっかぁーっ?

 それから、朱色他の蕎麦で、「ざるそはは深川がはじまりなのだそうだ」けど「かけそば(ぶっかけそばの略称)は深川の本場人足や職人があつあつの汁をぶっかけて食ったので深川が本家本元だといわれるが、ざるそばになると、方々で元祖ざるそばが名乗りを上げそうだ」って、そーだったのか?お蕎麦?

 蛇足ですが、「中野は「ぬき屋」の多く住む土地だった。ぬき屋というのは、そばの皮をむき、実だけをぬいてそば屋に供給する職業だ。江戸のそば屋の大半は、ここからそば粉を買っていたという」って、そんな商売あったんですねぇ?ぬき屋?初めて聞きますた?

 暗い宿の天丼で、浅草の「てんぶらに天健」どよ?「天健のかきあげ丼はボリュームがすごい」そな(笑)

 後は暗い宿他のホテルキタコレで、「鉄砲洲海岸と呼ばれていた埋立新地が、外国人居留地に指定されたのは明治元年。法制化の直前に外国人専用旅館として築地ホテル館が建てられた」そで、その名も「蛮名ホテル」…「築地異人館とも、築地ホテル館とも、エド・ホテル(Yedo Hotel)とも称された」そな…このホテルについての詳細は本書をドゾですが、「建ててから何年もしないうちに焼失してしまったので資料がほとんど残っていないのである」で、まさに幻のホテルでしょか?

 蛇足ですけど、蛮名ホテル焼失以後も、「明石町には明治八年にアメリカ公使館が置かれた。これが手狭になって赤坂に移った跡地に建てられたのがホテル・メトロポール(明治二十三年・1890年)。またまたホテルだ。現在のセントルークスタワーの一翼の新阪急ホテルにいたるまで、築地はよくよくホテルに縁が深い土地なのである」って、そーだったのか?築地?

 他には、御書物奉行の近藤重蔵守重かなぁ?好事家で、「自分の管轄する徳川家の図書蔵の紅葉山文庫所蔵の書物の整理と読書に明け暮れ」で帰宅しても徹夜で本のコピーしてたってお人ですから…「「徳川時代に出来た書物で、今の学者に一番役立つのは、新井白石と近藤重蔵の著述だといった人さえあります」とあり、学者としても「近世第一流」とされている」そな…

 でもって、本の虫というだけでアリス的じゃまいかですけど、も一つ「知友であった南畝は、重蔵が御武具奉行(お弓奉行)として大坂に左遷されているあいだに、人造富士の狂歌を詠んでいる」そで…本より弓の方が下なのか?それとも江戸と大坂の違いなのか?それが問題だってか?

 他にアリス的というよりこちらは准教授的になるのか?で若宮八幡宮のとこ「ここは金山神社と合祀されていて、金山神社のほうは子安信仰の神社でもあるのか、境内から何本もの巨大な男根がにょきにょき生えている。絵馬も、一糸まとわぬ人妻があられもない恰好で金精様を抱っこしている絵柄。いっそ悪びれないエロ神社で、これがなかなかうれしい」の件は、変態性欲の権威の准教授的にはクリアしているところかな?と(笑)

 准教授的にも一つ、ジャバウォッキーの天体望遠鏡で、戦前の科学博物館には「ドームではプラネタリウムを上映していた」そな…

 それと蝶々の准教授の好物蟹キタコレで「池之端ももう根岸よりに「五十蕃」という中華料理屋があった」の件で、「平土間で丸テーブルを囲んでいると、二回の赤い欄干の上で大きな蟹のハリボテが鋏をちょきちょきされていたような記憶がある。でも、これは記憶違いで、上海蟹の丸揚げの印象が強烈だっただけのことかもしれない」って…お店の外なら蟹道楽のイメージだが、お店の中にも蟹はいたとゆー事か(笑)

 それとコーヒー中毒の准教授に捧ぐで、浅草の「井上珈琲店」もどよ?

 後は、こちらは片桐さんのテリトリーになるのか?「何年か前まで師走になると神田神保町の交差点に救世軍の楽隊が出て、賛美歌を奏しながら社会鍋に醵金(カンパ)を呼びかけていたものだ」そな…そーだったのか?クリスマス?それと「市電(後の都電)は池袋駅東口から出て、護国寺、伝通院を過ぎ、春日町で大きくカーヴして神保町へ向かった」そな…昔は神保町にも路線電車が走っていたのか?

 も一つ四風荘の片桐さんの手土産で神楽坂キタコレか?ちなみに今でしょ(死語?)の「お昼前の神楽坂はもう学生や若者でかなり賑わっている」になるらすぃ…

 豆知識的には、経王山文殊院圓融寺、「平安前期慈覚大師の開祖。釈迦堂は室町初期の建立とあって、重要文化財指定、現存する東京都区内最古の寺院建築である」って、そーだったのか?圓融寺?

 近藤富士のとこで出てくる近藤重蔵守重なんですが、「寛政十年(1798)に極寒の千島に渡り、エトロフ島に会所を設けて日本の漁場を拡張し、魚運上金を年間四十万両にまで増大せしめた功労者として名高い。前後十二度に及び前人未到の北海道、樺太、千島を探検し、その後、功によって一介の与力から一躍御書物奉行に抜擢された」そな…近藤さんの詳細は本書をドゾですけど、日本にもそんな気骨のある人がいたのか?まぁちょっと奇人変人だったらしーが、でも日本人としては忘れてはいけない偉業じゃね?それにしても江戸時代には、日本の国益に適う公務員がまだ居た時代だったのか(笑)21世紀の今からするとテラ羨ましス…

 豆的に当時の人達が信仰深かったのか?はたまたお伊勢参りみたいに信仰にかこつければお出かけ御免の世界が展開してたかは知らねども、江戸大名屋敷(の中の寺社)も例外ではなかった模様…「代表格が人形町移転以前の三田有馬屋敷の水天宮で、永井荷風「日和下駄」には明治におけるその凋落の相が記録されている。人びとは季節毎の神仏信仰を口実に、物見遊山がてらに大名屋敷、武家屋敷見物に押しかけたのである」ですしおすし…最早、お屋敷もテーマパークってか?

 土地的に品川って、「徳川の瓦解以後は、江戸の中心から都落ちしてきた旧幕の武士のアジール(避難所)のような観を呈した土地」となる模様…今だと品川って山手線内で都心のイメージだけど、江戸的には郊外的イメージなのか?

 品川つながりで「問答河岸の碑」とか、「「問答河岸由来記」の板書」のとこがありまして、こちらの詳細は本書をドゾなんですが、この板書の筆者が宇都宮徳馬だそな「どなたもご存じのように、元自民党代議士でありながら反戦雑誌を発行していて、数年前に物故した特異な政治家である」って、そんな政治家が自民党にもいたのか?

 東海道つながりでいくと「安政四年(1857)に江戸へ向かう途中、川崎の本陣があまりにも荒廃しているのを目にして万年屋に宿を移した」とかありまして、もー安政年間になると参勤交代どころではなくなっていたのか?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、ええいぱーい(笑)興味のある方は本書をドゾ。最後に一つ個人的にハーヘーホーと思わされたとこを「江戸の花見といえば、まずは左二郎の住まいのある上野である。もとより桜の名所だが、東照宮の境内とあって鳴物や飲酒はご法度。あえて酒や弁当を持ち込むつもりなら幔幕の囲いをしなければならない」とあって、今とは全然違っていたんだなぁと…もー桜の時期の上野なんて、トーシロには迂闊に近づけるとこじゃなくなっているよな気がするのは気のせいか?

 掲載されているところは、
 学芸大学駅(東横線)→圓融寺→すずめのお宿公園→祐天寺→祐天寺駅(東横線)
 中目黒駅(東横線)→近藤富士(新富士)→目黒不動尊→居酒屋「ばん」
 北品川(京急)→土蔵相撲跡(現・コンビニ)→舟溜まり→東海禅寺→品川寺→荒井屋(老舗の鰻屋)
 川崎駅(JR)→万年屋跡→六郷橋(旧・六郷の渡し)→大師線港町駅→川崎大師駅→川崎大師→若宮八幡宮→金山神社→川崎駅前飲食店街
 平和島駅(京急)→前の浦→鉱泉湧出の碑(大森寺)→旧温泉旅館街(森ケ崎本通り)→平和島駅→梅屋敷駅→梅林のある公園(梅屋敷)→辰巳天然温泉
 人形町駅(日比谷線/都営浅草線)→旧花街散策→日本橋小、蛎殻町殻物商品取引所→水天宮→グリーンベルト(旧浜町川)→甘酒横丁→玉ひで
 上野公園口(JR)→科学博物館→両大師堂→旧寛永寺表門→墓地(勅使門)→根本中堂→国際子ども図書館→東照宮→精養軒→鈴木演芸場
 浅草駅(東武)→東向島駅→向島百花園→業平橋駅→隅田公園→隅田川→弘福寺→長命寺→吾妻橋→飯田屋(どぜう)
 門前仲町→黒船稲荷(旧・四世鶴屋南北住居跡)→洲崎神社→洲崎橋跡→江東区役所→横十間川親水公園→深川江戸資料館
 門前仲町→富岡八幡宮→仙台堀川→平久川→万年橋→芭蕉庵史跡→展望庭園→永代橋
 浅草橋(JR)→柳橋→隅田川→両国橋→片葉の芦(小公園)→回向院→墓地→両国シティ・コアビル(シアターX/小劇場)→本所松坂町吉良邸跡→両国小学校→時津風部屋→両国公園→栗又駄菓子店→江東橋
 亀戸駅(JR)→天神社→船橋屋(くず餅)→横十間川→法性寺・柳島妙見
 築地本願寺→公園→聖路加国際病院(礼拝堂)→慶応義塾開塾ノ碑・蘭学事始ノ碑→セントルークスタワー→鉄砲州稲荷神社
 根津駅(千代田線)→上海楼→びっくり階段(異人坂)→根津教会→根津神社→薮下通り→鴎外記念本郷図書館→旧高村光雲邸→須藤公園→菊見煎餅→夜店通り商店街→谷中銀座→あかしや
 柴又駅→高木屋老舗(草団子)→川千家(鰻)→帝釈天(内部拝殿)→江戸川堤→矢切の渡し→葛飾図書館→中川橋→亀有駅前商店街→立石→大林酒場
 北千住駅→旧日光街道→都税事務所(鴎外の橘井堂医院跡)→中六(酒合戦)跡・問屋場跡・高札場跡・千住小橋跡→青果・川魚の旧問屋街→伝馬屋敷、絵馬屋、団子屋、梅の湯→名倉接骨院→荒川放水路
 浅草駅→雷門→仲見世→伝法院通り→おたぬきさま→宝蔵門→観音様→木馬亭(浪曲)→赤垣(寿司)→かいば屋
 三ノ輪駅(日比谷線)→土手通り→中江(馬肉)→吉原弁財天→鳳神社→一葉旧宅跡→一葉記念館→竜泉寺→台東区立中央図書館
 立石駅(京成)→小公園(立石)→熊野神社→中川の土手→宇ちだ(居酒屋)
 中野駅→青梅街道→淀橋→成願寺(中野長者伝説)→朝日ヶ丘公園(象小屋跡)→宝仙寺
 飯田橋駅→毘沙門天→光照寺→お琴の宮城道雄記念館→中町公園(太田南畝宅跡)→不動前駅(東急目黒線)→行元寺
 後楽園駅(丸の内線)→磔川公園→伝通院→墓地→小石川植物園→播磨坂→切支丹屋敷跡→茗荷谷駅
 巣鴨駅→地蔵通り商店街(旧・中山道)→庚申塚商店街→滝野川銀座→近藤勇墓(板橋駅手前)→板橋駅前本通り商店街→仲宿商店街→板橋(石神井川)→板橋区役所前駅(都営三田線)
 王寺駅(京浜東北線)→飛鳥山公園→北区飛鳥山博物館→音無親水公園→扇屋→王子稲荷→名主の滝公園→山田屋(居酒屋)
 護国寺駅(有楽町線)→護国寺→大塚先儒墓所→吹上稲荷→向原駅(都電)→鬼子母神前駅→鬼子母神→雑司ヶ谷墓地→大塚駅前
 大塚駅→東福寺→三業通り→猫又坂→天祖神社→江戸一
 池袋駅→勤労福祉会館・区立郷土資料館→立教大学→江戸川乱歩邸→祥雲寺→熊谷守一美術館→千川駅(有楽町線)
 池袋駅→常磐通り→区立池袋図書館→御獄神社→ せん寿司
 御成門駅(都営三田線)→芝公園→増上寺→東京タワー→青松寺・墓地→愛宕山(男坂)→愛宕神社
 新橋駅→土橋跡→新橋跡→新橋駅前ビル地下→烏森神社→お多幸(おでん)

 目次参照  目次 国内

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