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2017年9月17日 (日)

泥沼には泥沼の戦い方がある?

ローマ亡き後の地中海世界 1  塩野七生  新潮社

 サブタイトルは、海賊、そして海軍なんですが、所謂、ローマ崩壊からの1000年ってどよ?の世界だろか?でもって、本書、こんな事はあまり言いたくないのだが、今まで読んだ著者のご本の中で一番読破するのに時間がかかったよーな気がしたよな?実際の読書時間はそんなに変わらないと思うのですが?気持ち的に何か読書にのれないとゆーか?ローマの時みたいなワクワク感がずぇんずぇんないんですわぁー…

 こーローマの時はある種冒険モノみたいな山あり谷あり高揚感があったんですけど、ローマなき後の地中海って、陰々滅々じゃね?サブタイトルが海賊と海軍になってて、普通海賊というとカリブの海賊か、ショニー・ディップのイメージを思い浮かべますけど、これ見る限りは、海賊って、収奪、略奪、虐殺、破壊以外の何者でもないよな…

 地中海の北側は、地中海の南側の海賊に1000年以上襲撃され続けてきたとゆー、何かもー、拉致監禁の奴隷化が日常茶飯事ってパネェ…地中海史って一体?

 で、記念すべき第一巻は、延々その略奪史なんですよ、奥さん(誰?)

 そんな訳で、今日の教訓、制海権は大切に、でしょか?特に平和ボケしている日本人はある意味本書は必読の書かもしらん…これがリアルだって奴ですか?そーですか…本当にありがとうございました…

 まぁだいたい、海賊には二つ種類があるとゆー事すら知らない日本人というか、日本人的には海賊は海賊という単語しかないよね?とゆー事からして平和だなぁなんじゃね?どゆ事かとゆーと、海賊には、ピラータ(非公認の海賊)とコルサロ(公認の海賊)の2タイプあるよとな…

 元は、ピラータしかおらず、よーするに犯罪者しかいないよねとゆーのがローマ時代までのお話…ローマの後、コルサロきたこれとなるらすぃ…でその公認海賊って何じゃそりゃとゆーと「その背後には、公認にしろ黙認にしろ、国家や宗教が控えていた者たちを指す」になると…それって…

 ローマって本当に法治国家だったんだなぁとしみじみする本書かなでございます…

 アリス的には、地中海?海賊?うーん…ローマ帝国時代ならミステリーも成り立つかもしれないけど、中世ってミステリーが成立しにくい世界じゃなかろーか?やっぱ、ミステリーって法治国家でないとむつかしくね?

 まずは東ローマのユスティニアヌスが紀元565年にお亡くなりになりますた…伊半島は紆余曲折の果てにローマが取り返したから、ボロボロだけどなの世界でしたけど、568年、今度は「ロンゴバルド族が南下してきたのである」ですしおすしで、再び伊半島は蛮族の手に…それもローマ教皇とロンゴバルド族による伊半島細切れとゆーか、パッチワークのよーに半分ずつ所有する事になりましてんって…飛び地の飛び地は皆飛び地だみたいなノリか?

 そして、中東では「五七〇年には、アラビア半島のメッカでマホメッドが生まれている」「布教開始は六一三年。死んだのは六三二年だが、その二十年足らずの間にアラビア半島の半ばをイスラム化していた」ちなみに「預言者マホメッドは、武人としての才能にも恵まれていたようである」ですしおすし…

 マホメッド死後二年で、「アラビア半島を完全制覇」、「六三五年にはビザンチン帝国の重要な都市の一つであったダマスカスを征服、ここに首都を移した」、636年には「シリアがイスラム化された」、「紀元六四二年にはアレクサンドリアを落として、エジプトをイスラム化した」、644年には「トリポリを征服して現在ならばリビアになる地方をイスラム化した」、紀元六七〇年には早くも、現代ならばチュニジア領になるチュニスの南一五〇キロの地に、カイラワンと名づけた、北アフリカではじめてのアラブ人による都市を建設している」、698年に「カルタゴ陥落」、北アフリカ完全制覇となれば…

 次はイベリア半島だとゆー事で「紀元七一〇年になるやジブラルタル海峡を渡り、イベリア半島の制覇行」キタコレってか…そして「ポワティエの戦い」でフランク王国に敗戦し、ひとまずイスラム化はピレネー山脈を挟んでストップしたとゆー事らすぃ…

 西はこのよーな状況だった、東はどよ?とゆーと、ササン朝ペルシア滅亡…「オリエント文明の母体でありつづけたメソポタミア地方までもがイスラム化されたのである」とな…そして「紀元七六二年、これまではどの帝国も首都を置いていたクテシフォンを捨て、わずか四十キロしか離れていないとはいえ、バグダッドと名づけた新都を建設する」そな…

 こーしてイスラムの波はわずか百年の間に「ビザンチン帝国の、のど元に迫るまでに強大になった」とゆー…

 この「イスラム勢力圏の急速な拡大の要因は」「新興の宗教がもつ突進力と、アラブ民族の征服欲が合体した結果」らすぃ…「これをスローガン風に言い換えたのが、「右手に剣、左手にコーラン」であった」とな…

 ちなみにイスラム的には、「イスラムの教えの真正さに人々が感銘を受けたゆえである、という見方をとっている」そーですしおすし…

 一神教の信仰パネェで、その歴史もパネェとしか言えねぇじゃまいか?とゆーのも「「戦いに行け、聖書の真の教えを誤って信仰している民(ユダヤ・キリスト教徒)に向って」(コーラン第九章「悔い改めの章」29-30節)、「不信仰の徒に出会ったときは、大量の血を流させ、捕囚につなぐ鎖を締めつけよ」(同第四十七章「ムハンマドの章」4節)って…

 いやもー何も言えねぇしかないよな…ですけど、さすがマキアヴェッリ先生一言モノ申すで「「武器を持たない預言者は自滅する」とな…「いかに正しい教えを説く宗教であろうと、それを他者に強いる力をもたなければ、宗教としても成功は望めない、ということである」とな…

 イスラム的にラッキーだったのは、「イスラム教が立ち向った時期のペルシア帝国もビザンチン帝国も弱体化していたからである」で、どちらも蛮族の侵攻と戦争で疲弊していた上に、ビザンチンの場合は、キリスト教内の教理論争で、教会内でも分裂、対立、憎悪キタコレですしおすし…

 これがどゆ事かとゆーと、同じキリスト教徒でも自分の所属する派閥は敵認定待ったなしって事らすぃ…現実に何が起きたかとゆーと「アレキサンドリアがイスラム教に占領されたとの報に、歓声をあげながら街にくり出したのは、コンスタンティノープルのキリスト教徒たちであったのだ」から、お察し下さいってか…

 宗教がそれである上に、政治も似たよーなもんで、「汚職と重税」が常態ってどよ?紆余曲折は本書をドゾですが、「イスラム教徒になりさえすれば、これまではビザンチン帝国に払っていたような税は、払わなくてよい、となったのだから」ですしおすし…で、パンピーから見たら、どよ?になっていた模様…

 何とゆーか、イスラムの勢いも凄かったが、キリスト教圏の腐敗も凄かったとゆー事で、とどまるところ知らずって奴だろか?

 と、ここまでがローマ亡き後の歴史の流れのおさらい…そして本題の海賊キタコレになるには、今度は地中海の南岸区域、北アフリカの海岸線はどよ?とゆー話になって、まずサラセン人とは何か?からだろか?

 ローマ時代のサラセン人とは「アラブ民族の一部で、砂漠に住むベドウィンを指す名であったらしい」「古代サラセン人は、砂漠の舟でもあるラクダに乗って行き来する隊商を襲って積み荷を奪うか、でなければ保護料ということでの通行料を払わせるのを生業としていた」そな…それがローマ「帝国後期のローマ軍では傭兵として参戦することもあった」そなな…

 そして預言者マホメットきたこれになった時、「イスラム化の波が押し寄せた地方ではどこでも彼らが先兵役を務めた」模様…かくて、「北アフリカを制圧したイスラム教徒のアラブ人も、彼らとは地中海をはさんで向い合うことになってしまったキリスト教徒」もみんな「サラセン人」と呼ぶよーになったとな…それが「中世の一千年もの長い歳月、イスラム教徒全体の呼称として、「サラセン人」が定着したのである」にまで行きましたとな…

 かくて、海を挟んで南岸がイスラム教徒、北岸がキリスト教で、ファイッのゴングが鳴ったのだろか?で、あれから四十年もとい千年、地中海は大荒れになってしまった模様…

 日本人の今の感覚でいくと、海に出るという事は、漁業が真っ先に浮かぶんだけど、保存法に塩漬けか乾燥しかない時代は、海でのお仕事となると、「交易か、海賊か」の二択しかないとな…ちなみに「古代ローマでは盛んに行われていた牡蠣の養殖も大規模で本格的な魚の生簀も、中世人は知らない」って…何だかなぁ…

 で、「手っ取り早く利益を手にできる海賊業が、より魅力的に見えたとしても当然だ」になるらすぃ…農業よりも、漁業よりも、海賊業でええじゃないか?ええじゃないか?ってか?しかも「彼らの新しい宗教は、異教徒に害を与える行為を正当化していたのである」のだから…

 「イスラム教徒にとっては、国家とか民族とか人種は問題ではなく、真に重要なことは、イスラム教を信仰しているか否か、なのである」「彼らの考えでは、世界は「イスラムの家」と「戦争の家」の二つしかなく、「イスラムの家」に属す者の責務は、その外側にある「戦争の家」に行って闘って勝利し、それによって「イスラムの家」を拡大していくことにあった」そな…

 そしてイスラム教の布教は「一般の信徒にとっても責務であったようだ」そーで、「イスラム教徒にとって、異教徒への単なる敵対行為でも「聖戦」(ジハード)に結びつくのは、コーランを唯一の導きの書と信ずる以上、実に自然な方向」じゃまいかって事らすぃ…

 かくて、652年、「キリスト教徒に向けられたイスラム教徒の海賊の来襲」が始まり始まりってか…「エジプトのアレキサンドリアを発ったイスラム船がシチリア島最大の都市であるシラクサを襲い、破壊し略奪し、八百人もの男女を拉致し、アレクサンドリアの奴隷市場で売り払った」とゆーのが最初の海賊行為という事になるらすぃ…これから千年間このヒャッハー状態が続く事になると…

 よーするに「砂漠の民であったアラブ人でも、海洋民族であるオリエント在住のギリシア人を使える立場になれば、地中海の往来も可能になる」とゆー事じゃね?

 これより以降のサラセン人の海賊行為についての記述の詳細は本書をドゾ。あまりに多すぎて、それらを羅列していくだけでも本一冊になるよなって、なっているのか…よーするに、その土地の地方長官(アミール)がジハードを宣言すれば、それは海賊行為ではなくて、聖戦なんですよ、奥さん(誰?)

 とはいえ、北アフリカ事情も色々あってなでして、アラブ人がやってきて、辺り一面はイスラム化した、とはいえ、「八世紀の時点でのイスラム教では、、「オリジナル」と呼んでもよい感じのアラビア半島生まれのイスラム教徒と、それ以外の土地の住民でアラブ人による征服後に改宗した者を、同格とは見ていなかった。彼ら自身が、「原イスラム教徒」「新イスラム教徒」と分けて呼んでいた」「コーランの教えを一般の信者に説き明かすのが使命の導師も、「原イスラム教徒」の出身者と決まっていた」そな…

 更に原イスラム教徒は「「イスラムの戦士」の名のとおりに、「イスラムの家」拡大のための戦闘に参加する資格を負う人々だが、その戦闘に勝って獲得した土地や物や人を我がものにする権利も有する」とゆー戦利品の権利ありになり、新イスラム教徒の人にはイスラム戦士に参加する資格も戦利品の分配の資格もありませーんとゆー事らすぃ…

 で、何が起きたか、ジハードの名の下に展開される海賊業の分け前よこせって事じゃね?かくて、新イスラム教徒も海賊はじめましたになった模様…その結果「原イスラム教徒には聖戦の遂行という満足をもたらし、彼らほどは信仰心に燃えていない新イスラム教徒にも、手っとり早く得られる富をもたらしたからである」になったとな…めでたしめでたしってか?

 そして、「収益の五分の一は「地方長官」に上納し、残りの五分の四は、船主と船員たちで分配される」のまで決まりますたとな…

 こーして地中海の北の沿岸とゆーか、上陸した後の内陸部もなんだが、略奪されまくりの世界に突入していく訳で…略奪品の中には拉致された住民もありますの世界でして…この「住民たちは、迎え撃って一敗地にまみれた敗者ではないから捕虜ではない。だが、聖戦を旗印にするイスラムの海賊から見れば敗者であり、それゆえに勝者がどのように処分しようがかまわない戦利品なのである」になるらすぃ…で「奴隷しか行き先がない」になるとな…

 キリスト教徒の男性の場合、一「海賊船を始めとするイスラム船の漕ぎ手」、二「聖戦が進行中のイベリア半島での、イスラム軍への参加」、三「奴隷市場で売りに出され、買った人の下で奴隷としての生涯を終える」、四「なぜか「浴場」と呼ばれた強制収容所に入れられ、使役に使いたいと思うイスラム教徒から選ばれるのを待つ」「低賃金労働者」となり、女性の場合は「そのほとんどは奴隷市場で売りに出された」しかも「イスラム教への改宗を強いられる率は断じて高かった。何故なら「イスラム教では、異教徒との性関係を持つことは禁じられていたからである」って…

 南側はこんな日常ですから、もー「北アフリカに住むイスラム教徒=サラセン人=海賊」というのが周知徹底してしまうとゆー事に…

 当時の北側の国々は、国家安全保障なんて、そんなの関係ねぇー(死語?)とゆー状態だったらすぃ…ビザンチン帝国は斜陽の一途だし、フランク王国も内輪もめがお家芸だし、スペインはイスラム化じゃね現在進行形ですから…そしてイタリア半島のローマ法王も軍隊なんて持ってませんの世界ですしおすし…こちらの詳細も本書をドゾ。

 またお金による平和を買います交渉も、「どこの「アミール」も、カネだけはもらっても実行には動かなかった」そな…「海賊業も、原イスラム教徒にとっては聖戦だったが、新イスラム教徒にとっては、聖戦という大義名分を旗印とした産業、つまりビジネス、になっていた」そで、簡単に止めれるものじゃねぇーって、それってどこかのくnゴホンゴホン…

 も一つ、それに付随してイタリア半島にいっぱい建っているサラセンの塔(トッレ・サラチェーノ)って、その名の通り、サラセン人の海賊をいち早く見つける為の物見の塔だったのか…大変役立ちましたとはいかなかったよーですが…というのも、海賊なら海賊旗とか帆を掲げてやってくる訳じゃなくて、むしろ味方のフリして侵入してくるのが常道じゃね?よーするに味方の船がやってきたと思ってみたら、実は海賊でしたとゆー…

 で、住民にこれだけ被害甚大だとゆーのに、地中海北側の中の人は、何だかいつももめていたになるのだろーか?こちらの詳細も本書をドゾ。ビザンチンとカトリックの間のイコン問題とかね、キリスト教徒内で一致団結して事にあたろーとゆーのは…絵に描いた餅みたいなノリか?

 それでも「この時期のヨーロッパのキリスト教徒たちがいだいていた、このまま放置しておいては早晩ヨーロッパもイスラムに飲みこまれる、という危機意識も、あの時代に生きていた人々の立場に立てば、充分すぎるほど十分に根拠があったのである」なんですけど、けど?けど(笑)会議は踊るってか…

 ちなみに当時のイスラム戦士のスローガンとゆーか、お言葉「聖ピエトロ大聖堂をアラブの馬の厩舎に変えてやる」も、大言壮語には聞こえないお話だったらすぃ…バチカン、ピンチってか?まぁこの手のお話では「コーランをアラビア語でくり返し読んではそれを信じ切っているこの人には、異教徒のキリスト教徒は、人間でさえもない犬なのだ」そで、その犬の分際でイスラム教徒に剣をふるえば、「殺すしか、ふさわしい対処はなかった」とゆー論理らすぃ…「キリスト教徒は、「臆病で反抗する勇気さえもないイヌ」だったのである」とな…

 まぁともかく、シャルル・マーニュと神聖ローマ帝国キタコレについての詳細も本書をドゾ。これで対サラセン人海賊に勝つるの話が、人の寿命ってあっけない…まっでも神聖ローマ帝国設立で、東ローマとゆーかビザンチン、よーは東と西の距離はどんどん加速して、もー戻らないの方向でオケ?になってくよーんでしょか?

 海賊の方は海賊で、お宝がどこにあるか知ってるよって事で、修道院を狙えの世界が展開していった模様…「最も効率の良い収穫を期待できるのが、この修道院なのであった」って…やっぱあるところにはあると…

 何にしても「母国での彼らは、犯罪者ではまったくなかった。いや、英雄でさえあった」って、それってどこかのくnゴホンゴホン…海賊行為はお金入るし、「キリスト教徒の住む地でのサラセンの海賊香道は、言ってみればテロ戦法であった。それで不安をあおり人々が絶望すれば、軍を出しての征服もより容易になるからである。サラセン人による海賊行為は、イスラム化の前哨戦でもあったのだ」って…なるほろテロ活動も年季入ってますってか?しかも、「海賊業そのものが産業として確立」してますが、何か状態ですしおすし…

 また、住民の方も建前上はビザンチン帝国領といっても、住民も国土も守ってくれないし、その上重税だけはかけるしで、見切りをつけましたのお話も展開していく訳で…まぁローマ帝国を思い出すまでもなく、国家安全保障と食糧問題をクリアしないと、統治者とは言えませんからぁ残念ってか(笑)

 まぁシチリア島の陥落、イスラム教徒の手に落ちる編についての詳細も本書をドゾ。何かもー、何も言えねぇ…ローマ攻略とか、もうイタリア各地非常事態宣言じゃなかろーか?この状態でも北伊の領土刈り取りに走って放置のフランク王国とか、海賊なんて相手にしませんのロンゴバルド族とか、で海賊ヒャッハー状態引き続き進行中ってか…でもって、返す刀のオスティアの海戦とか(笑)

 そして伊の海洋都市国家が少しずつ力をつけていきまするで、こちらの詳細も本書をドゾ。まぁ海洋都市は交易で、その相手には略奪者の地中海南海岸も勿論ありますの世界で、伊中略奪されよーと、交易相手ですしおすしを通すのか?否か?それが問題だってか?何か、これだけフルボッコでも、なかなか一枚岩になれないならない伊ってパネェ…

 まぁ「キリスト教徒には、いざとなれば神が守ってくださる、とする想いが強い」そーですしおすし…何とゆーか、イスラム教もキリスト教も一神教を信じている人って、パネェ…

 でまぁ個人的に不思議なのは、あれほど優秀だったローマ兵がいたローマ帝国の末裔のビザンチンの弱兵さもさることながら、これまたローマ帝国をあれほど苦しめた蛮族の末裔のフランク王国・ロンゴバルド族はじめetc.のみなはまがサラセン海賊に簡単に負けているとこじゃまいか?

 またキリスト教徒内というか、人も国も、中の人で助けないというのがパターン化しているよな?派閥あると思います?なんだろか?周辺の見捨て感が半端ない…これが噂の個人主義?シラクサ陥落の場面でも「西方のキリスト教世界の要人の全員が知っていたのだ。知っていながら、誰一人動かなかったのである」で、パンピーなご近所の人も…なるほろ、これが欧州の正義の伝統か…

 その結果、どゆ事が起きたかとゆーと、「シラクサの陥落で完了したシチリア全島のイスラム化で、イタリアや南フランスに住む人々が感じた恐怖」とは、軍事的な侵蝕とな…「人々が最も恐れるのは、文明的な侵蝕である」とな…文明的な侵蝕なら「受け容れないで済む」けど、軍事上の侵蝕はそーはゆかないとな…

 まぁそんな訳で仏海岸も海賊無法地帯になった模様…こちらの詳細も本書をドゾ。

 でもって、付記というか間奏曲というかでこれから200年に及ぶ、イスラムによるシチリア島支配状況についてのお話の詳細も本書をドゾ。マイノリティがマジョリティを支配する時、どのように統治していくかの一つのパターンかなもなぁ…

 豆知識的には、中世っていつよ?とゆーと、「西ローマ帝国が滅亡した紀元四七六年から、ジェノヴァ出身のイタリア人であるコロンブスがアメリカ大陸を発見した、一四九二年までの時代」なんだそな…そーだったのか?中世?更に、「紀元一〇〇〇年が境という感じで、「中世前期」と「中世後期」に二分する」のだそな…

 豆知識、その二、フランク族ってどよ?も「他の蛮族に比べて特別に優れた資質をもっていたわけではない。ゲルマン系の蛮族の常で、勇猛ではあったが残忍でもあり、衛生観念の有無は文明度を計る計器だが、この面でも、平然と不潔、と評するしかなかった」って…そこまで言うか(笑)ちなみに「フランク人の子孫である現代のフランス人は、それゆえに、征服したゲルマン系蛮族と、彼らに征服されたローマ系ガリア人の融合なのである」そな…

 豆知識、その三、浴場の意味について、一「入浴する場所」、二「戦闘で敗れた捕虜たちを収容しておく場所」という二つの意味があったそな…で、中世で浴場といえば、「強制収容所のことであった」とな…イスラムにおいての、この浴場の活用法についての詳細は本書をドゾ。

 豆知識、その四、現在の伊の海軍旗って、あの伊国旗の真ん中に「イタリアの四つの海洋国家の旗をロープで囲んだ図案になっている」のだそな…で、その四つの国が、ヴェネツィア、ジェノヴァ、アマルフィ、ピサとな…これらの四つの都市国家ついての詳細も本書をドゾ。

 それにしても沿岸部が危険だから、山地や崖に移住するはともかく、海洋都市として生きていくなら沿岸から離れられる訳もなく、そゆとこの都市設計って襲撃に備えて迷路化するのか?カスバみたいに…なるほろ、迷路都市って治安的なものなのか…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。まぁ平和ボケした日本人的には教訓がいぱーいかなぁ?まずは、生活を考えよーかなぁで「小さな共同体での自給自足と聴くと理想的で平和な生活かと思ってしまうが、実際は無駄の多い生き方なのだ」そで、「生産性の低下に結びつくのであった」とな…

 「ローマ帝国とは、広域経済圏であったのだ」に対して、中世は「狭域経済圏になるしかなかった」って事で、よーするに物流がいぱーいと、止まってますが何か?では経済効率的にどよ?って事らすぃ…

 中世とは、つつましい家並みと、「豪壮な」修道院や領主の建物に分かれる世界とな…でもって、民は「ローマ時代では収益の一割」が税金だったのに対して、中世では「軽くても五割を越える額になる」ってドンダケェー(死語?)何たって、「防衛も、狭い地域になればなるほど、一人当たりの負担は高くつくようになるからだった」だそな…当時的には南からサラセン人が、北からはスラブ人が攻めてくるが常態だったよーだし…

 「平和とは、求め祈っていただけでは実現しない。人間性にとってはまことに残念なことだが、誰かがはっきりと、乱そうものならタダでは置かない、と言明し、言っただけでなく実行して初めて現実化するのである」とな…尤も昨今では国際法に敗訴しよーが、違反しよーが、そんなの関係ねぇー(死語?)と我を通すのが流行りみたいだけど(笑)

 目次参照  目次 文系

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