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2017年9月 9日 (土)

極東の東?

異邦人が覗いたニッポン  雑学総研・著  KADOKAWA

 サブタイトルは、再びの「ディスカバリージャパン」でして、表紙コピーには、ベリー、ハリス、モース、バード、フェノロサ、小泉八雲…不思議の国で、彼らは何を見たか?とあったりして(笑)

 どゆ本かとゆーと、幕末から明治維新後に来日した外国人の方々の日本体験記かなぁ?まぁ日本の日本にかかわりのあった外国人ご一同様で、本書に掲載されている人達は一応、親日派、知日派とゆーカテゴリーになるんだろぉか?

 てな訳で、マシュー・ペリー、タウンゼント・ハリス、ラザフォード・オールコック、ニコライ・カサートキン、アーネスト・サトウ、フェリーチェ・ベアト、ハインリッヒ・シュリーマン、ウィリアム・スミス・クラーク、ジョサイア・コンドル、エドワード・S・モース、イザベラ・バード、アーネスト・フェノロサ、エリザ・シドモア、ウォルター・ウェストン、ラフカディオ・ハーン・ウィリアム・メレル・ヴォーリス、ラビンドラナート・タゴール来たぁーってか(笑)

 でまぁ当時の感覚ですから、登場人物達は「いわば「文明国」からやってきた者ばかりであるが、極東の島国にいまだ残されていた未開の文明を目にして、その豊饒さに驚愕した」ですしおすし…何とゆーか、時代感覚あふるるじゃまいか(笑)まっ、ローマ帝国時代なら、グレートブリテン島も辺境の未開の島ですから(笑)時代感覚ってパネェと思わないか?カエサルってか?

 素朴な疑問としては、百年前の訪日外国人数ってどの位だったのだろー?だよなぁ…本書には17名の方々が掲載されている訳ですが、その比率ってどの位なんだろぉと?

 アリス的には、大阪(大坂)についての件で、まずオールコックから「翌日は、市中を四方八方に貫流している一三の川や運河を舟でまわってみた。たしかに当地は、日本のベネチア(ベニス)である」(「大君の都」/オールコック)そで、「自身もイラストに書き起こしている」そな…しかも「大坂は江戸と異なり、一般民衆にかぎっては外国人に対して敵対心を抱いていないことを理解し、「居住するにはきわめて望ましい場所であるように思えた」ようだ」とな…昔から大阪人ってフレンドリーだったのね、アリス?
 そんな訳でオールコック曰く「日本人は、支配者によって誤らされ、敵意をもつようにそそのかされてないときは、まことに親切な国民である」そーですよ、奥さん(誰?)
 大阪観光については、サトウも「われわれは、大坂市を貫流している川の大きな木橋を渡り、堤にそって左へ折れ、また右へまがり、それから果てしもないような長い街路を通って、ようやく本覚院という寺に落ち着いた」(「一外交官が見た明治維新」/サトウ)そで、「宿舎の居心地を良くするために、あらゆる手が尽くされ、また場所柄から言っても最上と思われた」と、サトウも大坂にはいい印象なんですよね(笑)こーしてみると江戸のピリピリ感は相当なものだった模様…江戸はそんなに攘夷の風が吹いていたのだろか?
 更に「われわれは、大坂で丸五週間を過ごしたが、その間一日として退屈な日がなかった」そで、堺へにも足を延ばしていたらすぃ(笑)
 他には、ロシア紅茶か、神保町で、ニコライ堂キタコレだろか?「千代田区神田駿河台に、「ニコライ堂」という石造の堂々とした大聖堂が建っている」の件かなぁ…「正式名称を「東京復活大聖堂」という」のだそな…お茶の水駅からも見えるあのドーム型の建物でござるってか?
 それからこちらは准教授的になるのか?准教授の趣味の一つに登山キタコレで、「飛騨・木曽・赤石の各山脈の総称として「日本アルプス」と名付けたのは、明治初期に大坂の帝国造幣局に招聘されたイギリス人技師ウィリアム・ゴーランド(ガウランドとも)だが、日本アルプスの名を世界に広く知らしめた人物こそ、ウェストンであった」って、そーだったのか?日本アルプス?
 更に、「後年ロンドンを訪れた松方三郎氏から、彼が心から愛した上高地に近代的なホテルができると聞いて、眼に涙を一杯浮かべて、黙ったまま窓から外を見ておられたそうだが、彼の心に残っている自然のままの美しい上高地が損なわれてゆくことを、さぞ悲しく感じたのであろう」(「知られざる日本を旅して」/ウェストンの訳者あとがき/長岡)とな…日本の自然よ、今いずこってか(笑)
 他にアリス的というと、同志社大学の建築関係でヴォーリズのとこもそかな?それにしてもヴォーリズ目線では、富士山って、頭の欠けた不完全な形の山で、それは東洋の不完全さの表れと見たのか?「その不完全さは「西から光」(福音)によって全きものにされると思った」(「ヴォーリズ評伝 日本で隣人愛を実践したアメリカ人」/奥村直彦)とな…プリン型より円錐型ってか(笑)
 さて、本書を拝読していると、歴史、事件、行事の感覚の違いが如実になっていて何だかなぁ?例えば、生麦事件、幕末の歴史的大事件ですけど、これ「イギリス商人C・L・リチャードソンら四人が、横浜の生麦村において、薩摩藩の最高権力者・島津久光の行列に遭遇した際、久光一行の通行を邪魔したというかどで薩摩藩士に惨殺されたという一件で、生麦事件の賠償交渉の不調により、イギリス艦隊は薩摩へ遠征して薩英戦争へと発展」したアレなんですが、これを当時の英人、アーネスト・サトウの視点で見ると「野蛮きわまる殺戮がリチャードンという上海の商人に加えられた。この人は、香港のボラデール夫人およびウッドソープ・C・クラークとウィリアム・マーシャルという二人とも横浜に住んでいる男と一緒に、神奈川と川崎の間の街道を乗馬でやって来たところ、大名の家来の行列に出会い、わきへ寄れと言われた。そこで通路のわきを進んでゆくと、そのうち薩摩藩主の父、島津三郎の乗っている籠が見えてきた。こんどは、引き返せと命ぜられたので、その通り馬首をめぐらそうとしていたとき、突然行列中の数名の者が武器を振るって襲いかかり、鋭い刃のついている重い刀で斬りつけた」(「一外交官の見た明治維新」/サトウ)となるらすぃ…何とゆーか価値観の違いなのか?それとも大菩薩峠なのか?それが問題だってか?
 後、肝心の日本についてはどよ?では、シュリーマンの場合「日本人が世界でいちばん清潔な国民であることは異論の余地がない」(「現代のシナと日本」/シュリーマン)と断言していらっさったりして(笑)日本人って昔から潔癖症だったのか(笑)
 青年よ大志を抱けのあのクラーク博士の場合は「他の不品行について言えば、日本の紳士、淑女たるもの誰一人としてダンスをしようなどと思っておらず、大学生たるもの一人として女中と一緒に歩くのを見かけることもない。私の見る限り、私の知る限り、異教徒たる日本人はアメリカの名ばかりのクリスチャンより悪徳に耽ること少なく、遥かに親切で勤勉、しかも、もっとも酒から遠ざかっている。私は、酒を飲んだ挙句に喧嘩したり、歩けなくなっていたり、怒ってたの人に殴りかかるのを見かけたことがない」(故郷への手紙にて/クラーク)って、クラーク先生、きっと新橋には行かなかったのね(笑)それはともかく、米も一盗二卑三娼キタコレだったんでしょかねぇ?
 また、バードのとこでは日本上陸の第一声が「横浜に浮浪者が一人もいないことを目にし、「街頭には、小柄で、醜くしなびと、がにまたで、猫背で、胸は凹み、貧相だが優しそうな顔をした連中」(「日本奥地紀行」/バード)ですからぁ(笑)
 後、親日度キタコレでは、「コンドルはそのほかの外国人と異なり、日本の文化に深く傾倒し続けて、日本画やいけばな、日本舞踊などにも並々ならぬ興味を抱き、研究書も多数著すほどであった」とか、「当時の外国人の中には、日本人を見下すような態度を取っていた者も少なくなかったようだが、そのような中にあってもコンドルは学生たちに寄り添い、日本に好意的であった」とか、また「シドモアが日本を見る目には、当時の多くの西洋人が持っていたような、「極東の未開の島国」といった負の印象がほとんどない」とか、まぁシドモアによると当時から「これまで、科学者、学者、教授、詩人、政治記者があふれるほど日本を紹介してきましたが、気分を明るくしたり、心地よい印象を残す配慮に欠けていました」(「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー」/シドモア)ですから、差別と偏見のない記事は昔からの伝統芸能だったよーで21世紀の今に続くってか(笑)
 それから結婚観の違いも何だかなぁで、ヴォーリズのとこですが、「実はヴォーリズが日本に滞在するかぎり、満喜子は日本国籍を失ったままアメリカの市民権も得ることができないという、いわば「無国籍」状態になってしまう」そで、当時の婚姻と国籍の関係もどよ?そんな訳でヴォーリズは日本に帰化するに至ったりして…
 豆知識的には、英の場合なのか?全世界的なのか?は知らないが、「当時、書記官という仕事は、現在のようにエリートが就くような類のものではなく、宣教師や商人が兼務することも少なくなかった」の件だろか?大使館員?外交官?の内訳も今でしょ(死語?)とはかなり違っていたんだろか?ウルフ先生?
 当時の日本土産の一つに写真があったらしく…「日本各地で撮影された写真は台紙に貼られ、アルバムとして仕立てられて販売されている。これは、明治以降に来日した外国人向けの土産用として制作されたもので、風俗写真には手で採色がなされてカラー写真のように加工されたものも少なくない」そな…
 それから、タゴールって「アジア人としてはじめてノーベル賞(文学賞)を受賞した人物」で「偉大なる「総合芸術家」であった」お人なのか…
 他には、これぞ米ってので、モースのとこですが、モースって「ハーバード大学にて、「アメリカの動物学の祖」とのちに讃えられることになるルイ・アガシー教授の弟子」だったそーな…でもモースはアガシーに同意できなかったとな…というのも「アガシーは神を絶対的なものと考えるカルビン派の家柄の出身で、聖書に反するような学説を支持していなかったことが挙げられる」そな…これぞ米の正義、昔から歪みありませんってか(笑)
 まぁ人柄的なとこでは、フェノロサのとこかなぁ…法隆寺の僧侶の反対を押し切って夢殿の開帳。秘仏救世観音キタコレも今となってはどよ?と思うが、米に戻ってからもボストン美術館の東洋部長に就任するのはともかく、「助手のスコット夫人と不倫関係に陥ってスキャンダル」キタコレとか、「ボストン美術館に無断で「日本浮世絵目録」を出版して理事会と対立する」とか、何とゆーか、そゆお人だったんだなぁ…
 ちなみにそんなフェノロサを「日本に招聘することに尽力したのがモース」とな…
 後、ワシントンの桜ですけど、その詳細も本書をドゾ。それにしても、当時タフト大統領夫人と珍田駐米大使夫人による植樹からキタコレなんですけど、自国の大統領夫人のお手植えも、今となってはアレなんですかねぇ?まぁそれが米の歴史感覚ってか(笑)
 その他、当時の海外事情的には、シュリーマン、来日前は中国にも行きましたで、考古学の興味のある彼にしてみれば万里の長城を見なくてはの世界だった模様…でもそれは「もはや「過去の栄光の記念碑」に過ぎないと感じざるを得なかったのである」ですしおすしで、更に「当時の中国国内は彼にとって最悪の印象しか残さなかったようで、埃や悪臭、食べ物に閉口し、移動の手段として用いた軽装馬車のあまりにもひどい乗り心地に悩まされたという」ですしおすし…
 特に大英帝国サマ半端ねぇーで、サトウの場合は、「新興国・日本をイギリスの当時の敵国であるロシア陣営に組み込ませないための監視であった」とな…これは当時のトレンドだったのか?米人のクラーク博士も「南下政策をとる大国ロシアが日本(とくに北海道)に攻め入るのではないかと危惧していた黒田と意気投合し、ロシアから日本を守る意味合いも込めて来日したと考えることもできる」そな…露の南下、世界中で大迷惑の懸念発動中ってか?
 更に、バードのとこで、「彼女の北日本の旅には、イギリスの政府機関として活動する公使館の意思がはたらいていたのではないか」ってか?「イギリスの公司ハリー・パークスや外交官・通訳官アーネスト・サトウらの支援のもと、「外国人旅行免状」を手にすることができたイザベラは、晴れて開国直後の日本を旅する権利を得た」ですしおすし…そんな訳で彼女の旅の「背後にはイギリス政府の思惑も絡んでいたと考えることもできよう」らすぃ…詳細は本書をドゾ(笑)
 まぁ英政府の暗躍ってとこでは、タゴールの二人の協力者って事で随行していた二人、C・F・アルドルーズとW・W・ピアソンという英人も「タゴールの行動を監視する役目を担っていたという説もある」そな…「当時、インドはイギリスによって統治されていた植民地であり、マハトマ・ガンディーの非暴力的独立運動もまだ全盛を迎えてはいなかった」そな…さすが英、いつでもどこでも歪みなしってか(笑)
 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。
 目次参照  目次 国内

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