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2017年9月21日 (木)

はーるばるきたぜっ(笑)

喪失の国、日本  M・K・シャルマ  文藝春秋

 サブタイトルは、インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」なんですが、うーん、読後の正直な感想は、インドのエリート中のエリートが書いた文章というよりも、日本のもてないおっさんの書いた文章のよーな気がしますた(笑)

 まぁ日本についてのこの手の本ってたいてい2パターンの内のどちらかで、一つは日本って最高ーっていうアゲアゲの本か、もしくは日本って最低というディスりにディスりましたの本かどっちかだからなぁ(笑)

 本書は一応、同じ印人のビジネスマンに向けた日本とはこー付き合えみたいな指南書らしーので、カルチャーショック本というか、不思議の国日本から、タイトルにあるよーに印よ、決して日本のよーになるなの同胞への警告、嘆願本かなぁ?

 よーは戦後の日本の経済発展は極度の米化と引き換えじゃね?それってどよ?みたいな話かなぁ?

 取り合えず本書当時の90年代の印事情はとゆーと、「遊説中のラジブ・ガンディー氏が暗殺されたのが去年の五月。その後を引き継いだナラシンハ・ラオ(日本ではナラシマ・ラオとも)政権が、国民会議所の起死回生をかけて、経済危機の打開策として打ち出した大幅の規制緩和の結果がこれである」でして、「国内産業への過度な保護政策が国際競争力を失わせ、財政が逼迫した所に湾岸戦争が勃発し、海外に千五百万人、三百億ドルを上回る同胞(印僑)からの送金が途絶えて、インドは極端な外資不足に陥った」とな…

 かくて「IMF(国際通貨基金)からの膨大な額の特別借款の累積にくわえて、今回の借款による「新経済政策」が、通貨の切り下げであり、外貨導入(外国企業との合併)であり、自由化政策なのだ。こういう方向は十年前のインディラ・ガンディー政権時代からはじまっていたが、ラオ政権のここにいたっての一気呵成な改革に不安感をもつ者は多い」とな…

 まぁ詳細は本書をドゾですが、よーするに、近代化なにそれおいしいの?とゆー疑問?疑念が印中を席巻していた模様…著者的なスタンスは、「インドの将来を考えるなら、やむを得ない選択だ。われわれの心はいま、古い価値観と新しい考えのジレンマに苛まれている。だが、世界経済の流れに乗りそこねてはならない。すでにインドは、中国に充分なほど水をあけられてしまっている。今回の大規模な経済改革が、インド経済を立て直すだけではなく、貧民層をも救うことを私は信じたい」の件で、印の仮想敵国って中国だったのか?

 とはいえ「一部のヒンドゥー極右勢力が不穏な動きを見せはじめている。元首相の爆殺事件も、それと無関係ではないのではないかといううわさもある」ですしおすしとな…

 また、「十二月六日、インド北部の町アヨーディヤーで、ヒンドゥー教徒の過激派がイスラーム寺院を完全に壊し去ったのである」かくて、「ボンベイで大規模な暴動が発生し、インド全土がパニック状態になり、パキスタンではヒンドゥー寺院がイスラーム教徒の手で破壊され、ついでイギリスに飛び火した」とな…

 とゆー訳で歴史的にも根深い問題が印パ間にはある模様でして、こちらの詳細は本書をドゾ。ただ、「そもそも四百年以上まえの歴史の不正をいまになって正そうと言う人民党は、対立を煽ることで政権の奪取をもくろんでいるのだと述べた」と著者が述べているとこだろか?過去の正義ってそれってゴホンゴホン…

 アリス的には、暗号をで、まず占星術キタコレなんですが、著者のファーストネーム、モーハンダースというのは「多くのヒンドゥー教徒同様、出生時の黄道宮が属した宇宙音に従ってつけられた」ですしおすし…また渡航する出発日も「「ジャナム・パトリガー」という誕生星表をもとに決められた」そで、印では占星術キタコレ状態が展開している模様…
 というのも「何事をするにつけても口を出す親族が多いこの国では、占星術での決定が皆を説得する口実になるからだ」って、ホンマでっかぁーっ?いやぁ、どこの国もこうるさい親戚っているもんなんだなぁ(笑)
 「この国の占星術は幸いなことにヒンドゥー教やイスラーム教より古い歴史をもっていて、種族や宗教を超えたパラダイムの感がある」そな…何事も歴史と伝統がモノを言うって事だろか?ちなみに「マハトマ・ガンディーが、独立日を占星術師が占うことを馬鹿馬鹿しく感じなかった理由もそこにあるといえるだろう」って、ホンマでっかぁーっ?
 蛇足ですけど、ご親戚一同サマがそれはそれは一筋縄でいかないのは、彼の母親が息子に対して日本からの土産は何一ついらないと断じているとこからもそゆ事らすぃ…とゆーのも「ようするに親族の皆が、日本製のカメラや電化製品のお土産を期待しているからだ」そな…何とゆーか印的には、口は出すわ、土産はよこせっていうのがジャスティスなんだろか?印の親戚的に?
 こちらは乱鴉のハッシー関係と言っていいのか、コンピュータ関連で、「バンガロールといえば、いまや世界中から熱い眼差しを向けられているハイテク産業の都市である。中国やパキスタンからミサイルがとどかない距離にあるということで、南インドのこの町が航空・電子産業の拠点になって久しい。十年ほど前からソフトウエアの開発地として注目されるようになり、昨年は日本のソフト会社も設立された。いよいよシリコン・ヴァレーの様相を呈してきたといえる」とな…って、そーだったのか?バンガロール?それにしてもミサイルが着弾するか?否か?が理由とは知りませんでした…でも今でしょ(死後?)ならどこからでも射程内な気がするのは気のせいか?
 蛇足ですけど、「インドでもここ数年、電子機器の発達が目覚ましいが、日常生活に入り込んでいるのは電卓ぐらいである。インドの場合、電子機器の広汎な社会的利用は望むべくもない」そな…そゆのも「さまざまな国内的、周辺国家的事情から、電子技術は軍事的分野にとどまっており、またこれからもとどまることが予想されるからである」からだそな…
 とゆー事は「仮にこの先、国内的なマーケットが成熟しても、電子技術の社会的応用は、周辺国への軍事的優位を確立しないかぎり制限され続けると思われる」って、90年代から印ってそゆ国だったのか?
 他にアリス的というと暗い宿他のホテルシリーズで、ホテルのドアボーイのとこ…「インドのように敬礼はせず、親しげな笑顔も見せないかわりに、べたべたとまとわりついてくる感じがない。これはチップの習慣のない国の特徴なのかもしれない」って…そーだったのか?ドアマン?
 また、「インドでは、どんなホテルでも部屋の何割かは物置になっている。さもなくば使用不能のまま放置されている」ってホンマでっかぁーっ?印ではメンテナンスの概念が違うらすぃ…詳細は本書をドゾですけど、そんな訳で「インドでは、客は必ず部屋見をしてから決める」って…室内では何かが壊れていて普通って、それってありですかぁーっ?
 それとこれは准教授的になるのだろーか?で、「多くの人を殺してきた者がどのように高潔な人間であったか、あるいは、高潔な人間がいかに多くの人間を殺してきたかは、たとえば、ムガール初代皇帝バーブルの自伝「バーブル・ナーマ」を読めば理解できる。彼は多く戦いをし、多くの人間を殺したが、同時に、ひじょうにすぐれた詩人でもあり、かつ人格者であった」って、犯社的にどよ?
 更に、著者の上司曰く「最も未熟な自己実現の方法は殺し合いだよ。賢い者は血を流さずに政治、つまり交渉でそれを手に入れる。さらに賢い者は経済だけで手に入れる。そして最も賢い者は、日々の労働の中にそれを見出して他に求めない。これは本来逆になってはならないものだ。ところが愚かで貪欲な人間は、平和を求めるがゆえに経済発展を望み、経済発展を望むゆえに政治力を求め、政治力を求めるがゆえに軍事力を高める。その結果、幸福を得るために集められたはずの金は、再生産しない兵器の購入に消えてしまう。これはじつは、政治家たちにとっては旨味のある話でもあるのだ。何しろ、兵器というものは売り手と買い手が示し合わせて値段をつければいいからね。集めた金の再配分のシステムとしては、これほど都合のいいものはない。いまの世界がこの無意味な「大口消費」を最終段階とする構造をもっているかぎり、幸福のための資金はいつまでも無限の闇に吸い取られていく。近視眼的に見れば平和を維持するために防衛戦の能力は必須だ。ところが不幸なことに、現代では核による先制攻撃能力の確保以外にそれはありえない。だがシャルマジー、遠目に見れば、平和の手段が戦争であることは大矛盾だよ。そうだろう」の件は、圧巻でする(笑)
 
 まぁ犯罪的には、轢き逃げ事件に関しての印のデフォがパネェ…印では轢き逃げ事故を起こした場合は、そのまま逃げるのが普通なんだそな…というのも「現場にとどまれば集まった野次馬に車を取り囲まれ、引きずり出されて撲殺される可能性があるからです。地方では救急車もないし、病院に担ぎ込むことも難しい。重傷の場合はまず助けられない。だから大都市の市街地を除いて、逃げる運転手が多い。もし逃げなかったら、運転手どころか、乗客の命も危ないかもしれないのですよ。しかし人間を轢く事故はそんなにありません。牛や山羊の轢き逃げなら日常茶飯事ですが」って、ドンダケェー(死語?)これが印的正義か?
 後、アリス的には大阪キタコレのとこだろか?「京都、奈良を回ったあとに見た大阪の町はコンクリートのジャングルで、私にはまったく別の国の町に見えた」のだそな…
 それとこちらは片桐さん的になるだろか?で、日本の出版社や出版事情のとこの詳細も本書をドゾ。印の出版はなかなかにアレな模様で、何せ「数百の言語があり、まったく異なった文字が十種類以上もある。本を買えない貧しい人がひじょうに多い」のが現状らすぃ…多言語でそれぞれに本を出そうとすれば、それぞれが物凄く少部数になって、コスト的にどよ?って事になるらすぃ…
 よろしいならば英語でいいじゃんとなれば、今度は「インドでは、英語を話すことができる者はそれなりにいても、読み書きができる者はそれほど多くない」ってホンマでっかぁーっ?かくて、英語本とゆーのは富裕層の為の本になるし、富裕層ならば輸入本を購入するとな…だって輸入本の方が、「印刷も製本もよく、編集もしっかりしている。くわえて、欧米から刺激されたがっている彼らは、輸入本を持つことをステイタスだと考えている」そな…
 それと忘れてはいけない二人のソウル・フードのカレーで、赤坂にて、「近くにターター財閥系のインド・レストランがあるという。とっておきの情報だったが、値段を聞いて驚いた。一食で、私のインドでの一か月の給料分がかかる。ほんとうにインド人が経営しているのだろうか」って(笑)
 
 ちなみに普通のインドカレーってどよ?とゆーと「私は、ジャガイモ、ナスや、へちまや、里芋や、オクラや、グリーンピースをスパイスで味つけし、煮たり炒めたりしたもので、それに豆汁の「ダール」とヨーグルトがくわわると答えた」とな…
 それにしても日本のカレー屋さんでは、「インドでは最もポピュラーなジャガイモやカリフラワーのカリーや、グリーンピースやホウレンソウのカリーがない。また、食卓に欠くべからざる豆汁もない。チャパティやプーリーなどのパン類もない。しかも、どれもライスとセットになっていて、一品が一食分の量になっている。だから二種類以上食べることができない」とはこれ如何に?こちらの詳細は本書をドゾ。
 また、パキスタン人が経営するカレー屋さんでは、「料理店の扉を開けると、懐かしいスパイスの匂いとともに、美味そうなギーの匂いが漂ってきた。店内にはインド音楽が流れていた。ゆったりとした、落ち着いた空間だった」とな…ちなみに店主はラーワルビンディーから来たお人だったらしー…こちらの詳細も本書をドゾ。
 そこで著者は「どうしても食べたかった豆汁。カリフラワーのカリー、それからグリンピースとジャガイモのカリー、ホウレンソウのカリー。野菜団子のカリー。チーズの塩焼き。カシミーリー・プラオ。ノンヴェジではタンドゥール・チキンとエビの窯焼き。シーク・カバーブ。チキンのヨーグルト煮。パン類のプーリーとナーン。そしてビール」を注文するんですよねぇ(笑)
 そしてカレーの食べ方なんてすが、「私は料理同士をミックスさせ、ライスと捏ねると美味しくなると、何度もアドヴァイスをしたのだが、誰も実行しようとしなかった」とな…ちなみに「インドでは、スパイスの使い方がそうであるように、混ぜることを愛する」のだそー(笑)
 印では、「混ぜないこと、すなわち「純粋」という言葉、あくまでも「悪い混ぜ物が入っていないもの」という意味」なんだとな…とにかく調理では、「「純粋」でなく「豊饒」を求める」のだそー…
 印的な豆がいぱーいなんで、そちらをチョイスすると、まず写真…写真館でのムスリムの客が「写真を撮ると魂が抜かれるので撮らないことにしてきた」のだけど、パスポート用に撮りに来ますたのとこの詳細は本書をドゾですけど、「じつは若いムスリムの中にも、こういう人が少なからずいることを私は知っている」って、ホンマでっかぁーっ?
 後、自身の上司の履歴を示して、印のインテリゲンチャ層がさりげに示されているとこかなぁ?「ロンドンに留学し、デリー大学で経済学を教えたことがある人で、私の国には珍しい謙虚な人物である」って、ドンダケェー(死語?)「こういう人物はわが国の場合、特殊な環境で育った人が多い。多くの場合、医者や弁護士などの裕福な家庭に生まれ、何不自由ない少年時代を過ごし、イギリスで教育を受けて帰国する。そしてその多くが「アーリヤ・サマージ」に入会する」とな…
 蛇足ですが「アーリヤ・サマージというのは、「アーリヤ協会」の別名でも呼ばれる寛容なヒンドゥー復古主義の団体で、活動はヨーロッパのフリーメイソンに似たものだ」そでこちらの詳細は本書をドゾ。印国内の紳士クラブみたいなノリか?何となくロータリークラブみたいな気がするが?
 そんな上司曰く自身が「イギリスに留学した経験から、われわれがリラックスできない民族だとかねがね主張している人である」そな…印人というとヨガのイメージで、むしろ年がら年中リラックス状態かと思ってますた…
 も一つ、何人かの印人と新しく出会っていたりするんですが、名前だけで、どこの出身で、どのカーストに属するか印人的にはすぐに分かるものらすぃ…
 それから、「インドでは、肩書きがあれば彼が若くても大切にするし、なければほとんど無視する」というのが通常運転らすぃ…素晴らしきかな肩書社会ってか?「日本から派遣された人間がたとえば日本の大企業にぞくし、日本の窓口だったとしても、彼に肩書きがなければインドの中小企業人すらまともに取り合わない。それがインド商取引世界の常識である」そで…また仕事内容もカースト制キタコレらすぃ…
 「カースト制に則った、わが国のセクショナリズム」キタコレで、例えば「タイピスト以外は誰もタイプを打たない。タイピストが休んだ日は、したがってどのような書類も作成されない。お茶を入れるボーイが休んだ日は、外のチャーイ屋が雇われる」そな…詳細は本書をドゾですけど、書類を落としても自分で拾ってはいけないってどよ?常に自分よりカーストが上か下かを判断の基準にしている模様…
 ちなみに「インド航空の機内でパンを落としたら、近くにいたインド人スチュワーデスが日本人スチュワーデスを呼んで拾わせたという話も出た。たぶん彼女は高位カーストだったのだろう」キタコレってか?素朴な疑問なんだが、インド航空に欧米系のスッチーがいたとして彼女達も素直に拾っていらっさるのだろーか?
 さて、印では「誰に対しても「ミスター」か「ジー」でしか呼びませんよ」という事らすぃ…敬称が少なくて羨ましスですけど、印企業内では「「肩書き」がすべてである」そな…そんな訳で印裏事情、肩書が全てを決すなのだから、肩書の売買の闇市場があるとゆー事じゃね?
 「在任期間中も、ポジション料を上司に上納することがあります。公然の秘密になっているのが普通で、私の会社ではそういうことはありませんが、古い会社や役所や学校では、上司が部下に三千ルピーの給与受取証を書かせて二千ルピーしか渡さないというようにやります。天引きされた方には「肩書き」が残る。それをもとに他から稼ぐのです。業者から裏金を取る、商品を横流しする、部下を私的に使う、いろいろやって、天引きを上回る利益を得るのです」って、ホンマでっかぁーっ?それにしても役所や学校って公務員じゃないのけ?
 それと性風俗というか風俗業の関係のとこも詳細は本書をドゾ。男性、ビジネスマンというと避けて通れない話題らすぃ(笑)
 で、「「買春野郎」と陰口を叩かれているインドのトラック運転手が、しばしば親方に女房を寝取られていることである」って、ホンマでっかぁーっ?よーするに「上司が部下の女房を寝取るために単身赴任を命ずること」みたいなもんらすぃ…「その間に妻は妊娠し、帰宅すると臨月を迎えていた。計算が合わないが、自分の子として育てるしかない。妻子を養うことは宗教的義務である」って、それにしても印には、大友宗麟みたいな上司ばかりなりなんだろか?うーん?
 宗教的なとこでは、印では「いまやヒンドゥーやイスラームへの帰属意識は政治的に利用され、争いを生むだけのものになっている」って、ホンマでっかぁーっ?
 「現実のインドは、ヒンドゥー教徒ばかりでなく、全体の一七パーセントにあたる一億語千万弱の異教徒が住んでおり、その大半はイスラーム教徒である」そだし…
 それとおろろいたのは、「仏陀がすぐれた人であるとしても、いい人であるという概念はインドにはない」の件かなぁ…印的に仏陀って一体?
 蛇足ですが、著者が奈良の興福寺の宝物館を訪れた時に、「インドの神々があふれているのにおどろかされた。インドラもシヴァもすべて日本までやって来ているのである。その姿はすっかり変わっていたが、像から伝わって来る清冽な精神力はインドよりはるかに強く、ひじょうに芸術的に仕上げられていた」とな…仏像はワールドワイドって事なんでしょかねぇ?
 でもって、京都、奈良を見て、日本は木の文化の国じゃね?と思ったらすぃ(笑)尤も「インドでは、大樹の樹上はジャッカルや魔物の棲む所」のイメージらすぃ…
 まぁともかく、「われわれインド人が「人間として」というとき、「個人としての人間性や宇宙的存在としての普遍性、あるいはカースト社会における業的存在において」という意味になる」そで、「インド人はガンジス河畔に坐し、自己と宇宙との同化をつうじて神を感得する」し、「ヒンドゥー教徒やイスラーム教徒やキリスト教徒の心に住まいするのは神で、日本人に心に住まいするのは「衆生」に対する意識である」そな…へーへーへー…
 まぁともかく、「私の世代では、海を渡ることを宗教的タブーだと考える者はもはやいないが、祖父や曾祖父の時代までは、保守的なバラモンたちの間で、海を渡ると身が汚され、カースト社会から抹殺され、親子の縁を切られ、寺院に詣でることも許されなくなると考えられていた。海を渡ることは野蛮人に格下げされることであり、実際一八五七年のインド人傭兵の反乱(インド大反乱)は、この宗教的タブーを無視したイギリス側の指令、つまり海外派兵命令が主原因の一つになっている」ってホンマでっかぁーっ?
 そしてインドでは、「対等の挨拶はない」そで、「百メートル先からでも、挨拶を見るだけで身分のちがいを判別することができる。その意味でインドの挨拶は他の諸国と同様、サル社会における「順位付け行動」と同種のものである」そな…
 他に印の日常、風俗、行事系になるのかでは、印の結婚式では「式のあいだ花嫁の父親が絶えず聖なる火の蕃をして、バター油を注ぎ続ける」そな…
 というのも、炉のある宿に宿泊した時に、「その部屋には、真ん中に一辺一メートルの「炉」というものがあって、そこに火が焚かれていた。結婚式の式場によく似た雰囲気のものであった」とあったりするんですよ、おぞーさん(誰?)
 また、「武人階級の結婚式では、いまでも男たちは伝統的な刀を携えて出席する。彼らは祝宴の席で何頭もの生贄の山羊の首を刎ねるが、その光景を何度か目の当たりにしたことがある。二、三頭も刎ねると刀は曲がってしまう。それを足で踏んで伸ばして、また刎ねる」っていうのが印の刀的ジャスティスらすぃ…
 後、女性問題では、「インドでは一昔まえまで、女性は一人で外に出てはならないことになっていた。現在はいくらか緩やかになっているが、しかしいまも夫たちが買い物かごを下げて市場へ出かけるのは、彼がフェミニストであるからではなく、妻を他人の目に晒すことが危険で愚かしいと考えるからである」って、ホンマでっかぁーっ?
 ちなみに「二千年まえに書かれた「マヌの法典」には、「妻や娘はつねに家族の監視下に置かねばならない」と述べられている」って、監視下って…しかも、男女間のいざこざの場合、日本には「パキスタンの保守的な地域のように、親が娘を殺してもいい権利はなく、わが国でときどき起きるような息子や娘への制裁殺人もない」って一体?
 印的には、「社会的に未成熟な娘に対して、「山犬が跳梁する荒野へ一人で伴侶を求めに出かけよ」と言う親はインドでは皆無である。わが国では、伴侶は当事者自身が探すのではなく、世間知に富んだ大人たちが探すのが常識だ」になるそな…
 また印では、ウェイトレスもいないとゆー事らすぃ…「レストランでは食事や飲み物を運ぶのはすべて男性で、唯一の例外がスチュワーデス」なんだそな…だから、新幹線とか電車内の売り子さんも「インド人は、彼女をゲイシャガールの類だと疑ったのであった。無理からぬことと言わねばならない」って…
 でもって、カフェとかバーでの男女のデートとか別れ話とかも印的にはありえへーんの世界らすぃ…「インドでは、そのようなシーンは森の中に入って密かに繰り広げるべきものであり、衆目に晒すべきものでは決してない」のだそな…何とゆーか、ピクニックやハイキングならともかく、二人っきりで森の中の方がヤバくね?と思うのは気のせいか?
 そんな訳なのか、「インドでは、男女は互いに一対の神であり、別れはごくわずかな例外をのぞいて死別以外にない。それどころか、かつては夫が死ねば妻も共に焼かれたものだ」そな…でも、妻が死ねば夫は?
 また「夫婦の間が冷えるとか、離婚を考えつつ暮らすとか、互いに幸せでないという感情はインドにもないわけではないが、欧米社会や日本に比べるとひじょうに少ない」のだそな…
 そして、王様の道楽ときたらハーレムキタコレで、「女性に関しては、インドは特別の文化を持っていた」そで、「王たちは、ハーレム作りに情熱を注いだだけでなく、一般庶民の女房にも手を出した」って、ホンマでっかぁーっ?とビックリしている場合ではないと何せ「当の女房もその亭主も、それを光栄なことと考えていた」っていうから、ドンダケェー(死語?)
 詳細は本書をドゾですが、「不義密通が許されない社会で、王との一夜だけは不義と見なされなかった」のだそな…「王のなかには、暇つぶしに、処女狩りを競い合う者もいた。この場合も親たちは、それほど問題にしなかった」とな…
 蛇足ですが、「王のなかには年に一度、ペニスを立てて臣民の前に現れる式典を設けた者もいたことをわれわれは知っている」って、印の正義パネェ…
 芸能関係になるのだろか?では、「インドで歌や手品など披露すれば、乞食のカーストだと勘ちがいされて翌日から口をきいてもらえなくなる」そな…かくし芸なんて単語、印にはなさそーってか?「古典舞踊ならばともかく、人前で歌うのはインドでは乞食のカーストのやることで、ミュージシャンという言葉はそのまま乞食を指している」とな…そーだったのか?ミュージシャン?
 そしてカラオケのついての詳細も本書をドゾですけど、カラオケが印で流行るかのとこで「かりに歌うことに対する価値観が急に変わったとしても、個室のスタイルは不可能です。政府は治安上、このような構造をもつ遊興場を決して許可しないでしょう。電話ですら、公安の盗聴権をインドは法で定めているのですよ」って…「国内外の軍事的緊張が充分に緩和されないかぎりは、テロリストたちが喜んで秘密の談合場に使いそうな防音設備の貸し部屋など許可するはずがないと思います」って、ホンマでっかぁーっ?カラオケとは平和があって成り立つものとは知らなんだ…
 それと服飾関係になるのか?で、京都で舞妓さんを目撃した時、「彼女の身につけている帯と靴は、面白いものであった」そで、「腰帯はインドでは男性の武人しかしないが、彼女はたいへん大きな、長い、豪華な錦織のそれを、体いっぱいリボンのように後ろで結んでいた」とな…「日本の帯はインドのように武器を身につけるためにあるのではなく、衣服を止めるためにある」って事じゃねってか(笑)蛇足ですけど、京都では他に「私たちはヨーガの道場である東福寺にも行った」とあったりして、印人から見ると東福寺ってそういう立ち位置なのか(笑)とゆー訳で京都観光の詳細は本書をドゾ。
 服装関係でも一つ、「インド人女性がかつてサーリーの下に下着をつけなかった」って、ホンマでっかぁーっ?
 後、気候のとこでは、印では「夏のあとに雨季が来る」のだそで、梅雨の後に夏が来る日本の季節にビックリって事らすぃ…
 印の食関係では、まずはカトラリー事情…「インド料理にはナイフで切って食べるようなものはないし、フォークではご飯を捏ねることもできない。チャパティやプーリーといったパン類にしてからが手でちぎるものだから、手を使いながらナイフとフォークも使うというものは、顔を洗いながら歯を磨くようなもので、まったく集中できない」とゆー事になるらすぃ…
 また、エア・インディアって国営航空会社だったのか?で、その機内食に一昔前はビーフ・ステーキがメニューにあったとな…でも「国内から批判が出、ビーフ・ステーキは八〇年代初めにメニューから外され、仔牛のカリー煮にかわったという。が、最近はそれもやめてチキンとラム料理になったという」そで…スッチー曰く「ビーフ・ステーキは一九三二年、ターター大財閥によって設立された「ターター航空」が自治体法改正によって「エア・インディア」として国営化された一九五三年以来のメニューだろうという」って…
 蛇足ですけど「ターター財閥の初代、ジャセトジー・ヌッサルワンジー・ターターは、十九世紀後半、綿花商人から身を起こし財を成した立身伝中の人物で、人も知る民族主義者の雄である。ヨーロッパの高級ホテルで人種差別による入館拒否にあって彼は発奮し、エッフェル塔と同じ鉄骨をフランスに注文して、東洋一の「タージ・マハル・ホテル」をボンベイ(現ムンバイ)に建てた。ボンベイのヴィクトリア駅やプリンス・オヴ・ウェールズ博物館とともに、インド・サラセン様式の規矩ともいえるそのホテルは、九十年ちかく経ついまもインド洋の沖合いに向かって威風堂々と建っている」そな…そーだったのか?タージ・マハル・ホテル?
 でもって「財閥の繁栄とともに彼の遺志は受け継がれ、国営航空も国営金融機関も、国家としての対外的基礎の大半は、ターター一族の民族的産業資本によって準備され実現された」そな…うーん、まさに印の偉人といった感ですが、こちらの詳細は本書をドゾ。
 まぁともかく、ヒンドゥー教的には牛を神聖視して食べないのが普通ですけど、でも肉食についてのタブーは奥が深いらすぃです、印でも…例えば「現代の聖人に列せられるあのマハートマ・ガンディーでさえも、頑丈な肉体と精神を持つ「西洋的近代人」へと自らを改革すべく、青年時代にあえて肉食を試みたことがあったではないか」って、ホンマでっかぁーっ?
 また、機内で著者的ビックリは、飲酒できるじゃまいか?で、「最も進歩的なニューデリーですら、法は公衆の面前で酒を飲むことを禁じている」のに、何故なんだぜ?って事らすぃ…
 それというのも、印的には「われわれが酒に害悪を見ている」からじゃね?飲酒と禁酒の間には暗くて深い感覚があるみたいです…
 そして日本での食事なんですけど「トーストは南インドのイドリーのようにぬめぬめし、歯にへばりついた。バターは黄色くて塩味があった。紅茶は淡泊で水はまずかった。牛乳にはこくというのもがまったくなく、牛乳とはとても言えない代物だった」そな…
 更に「天ぷらは、インドにもある。ちがうとすれば小麦粉を使わず、豆粉を使うことだ」そな…「私の生まれた町では、天ぷらはチャナ豆の粉を水で溶いた中に唐辛子や刻んだ玉ねぎを投げ入れて素手でかきまわし、そのまま手で掬って油の中にばらばらと落とす。形を整えたりしない」そで、「大都市の大ホテルの有名レストランなら別だろうが、料理人が自分で材料を吟味したり、食材を探しに行くという話は聞かない。三分以内に食べないと怒る料理人もいない」そな…
 
 それと食事中の板前さんとの会話なんかのとこで、「タクシーの運転手といい、料理人といい、日本はじつに奇妙な国である。インドでもし、レストランのコックやウェイターが客の話に聞き耳を立て会話に割り込んだりすれば、オーナーは彼を即刻首にするだろう」ですしおすし…
 包丁談義のとこでは、まな板や砥石の話の詳細は本書をドゾですが、ナイフ(包丁)は、「インドで使うのは刃渡りが七、八センチで、俎を使わず掌の上で切ることもあるから、調理場の雰囲気はまったくちがう。
 また漆のとこでは、日本の漆器は「カシュミール地方の漆よりももっと滑らかで、繊細に、完璧に仕上げられている」とな…それにしても印、漆器あったのか?一度、目にしてみたいものよのぉ、越後屋ってか?
 でもって、食器の価格についての件も本書をドゾですが、「インドでは、たとえボンベイのタージ・マハル・ホテルの看板レストラン「タンジョール」でさえ、皿一枚に千ルビー(約三千五百円)もかけていないはずだ」そな…印の食器はリーズナブルってか?
 食べ方も、「インドでは、食器を持ち上げたまま食べるのは道端でスナックを頬張るときぐらいである。品位を欠く行為」なんだそな…
 それからスーパーの魚売り場にて、「インドにいたとき、私は魚が美しいものだと考えたことは一度もなかった。魚に対する私のイメージは、たぶん多くのインド人がそうであるように、どんよりとした七月の曇り空のような鈍色の、汚れた、たんなる死体にすぎなかった」って、ドンダケェー(死語?)魚は鮮度が命と思うのは気のせいか?
 お酒関係で、ヒールを注ぐ時、インドの場合は「注ぐ者がグラスを持ち上げ、満たしたあと、グラスを渡す」のが普通らすぃ…
 食で面白いと思ったのは、印人的にも「われわれはただ、中国人は蛇や蛙や犬を食べ、アメリカ人は血の滴る牛のステーキを食べ、フランス人は蝸牛や仔牛の脳味噌やチーズを黴びさせて食べるというふうに、食材の差異を以て異国の食文化を理解している」のとこだろか?印人的にも、そゆ仕分けしていたんですねぇ…差別じゃありません区別ですってか?
 食関係では、根深いものがあるなぁと思わされたのは、日本在住印人が日本人と食を共にした場合の席で、「同胞たちは皆、出された料理に塩や唐辛子をかけたり、唐辛子をベースにした中国調味料の豆板醤をまぶして食べていた」の件だろーか?
 レストランならまだしも家庭料理にそれをするのはどよ?と著者は注意喚起していらっさいまする…「経済の自由化以来、外国からインドへの資本参加がひじょうに活発になってきているが、相手国であるアメリカやスイスや日本の商社マンたちの間では、インド人は主張するだけで相手が折れるのを待つ人種だと呆れられはじめている」そで、食卓の態度一つで「ますますそのイメージを補強してしまうことになる」んじゃないか?と著者は懸念していらっさいまする…
 「さらに問題なのは、多くのインド人が、会食の場で「私は生類を憐れむので肉食をしない」と述べ、最悪の場合は「私は肉食をしないが、あなたがたが食べる分には何の問題もない」とつけくわえることである」の件かなぁ…これに対して「日本人のなかには、これをジェントルマンシップや寛大さと勘違いする者もいるが、インドとビジネスを望むようなレヴェルの人たち、つまりインド通の日本人なら、この傲慢さと無神経さに腹を立てない者はいない」となる模様…
 どゆ事とゆーと「動物だけを生き物と捉え、植物は別、あなたは殺生をするが私はしないと述べるような立場は穏やかではないし、異文化からみれば偽善そのものであって、彼らの目にはただお高くとまっているように映るだけでなく、何よりもこの意識が古いカースト差別に由来していることを看破してしまう者もいる」ですしおすし…これまたどゆ事とゆーと、「「私は僧侶階級だが、あなたは賤民階級だから、私があなたの肉食を認めるのは至極当然である」という差別意識の深層を、そこにみてしまうのである」って…印的には、食べるものもカーストで決まっているから、他人サマが食べるものを口にしても、もしくは指図しても全然失礼には値しないって事だろか?カーストって…
 カーストと食というのは印ではガッチリ結びついているらしく、「最近インドのある村で、自分たちのカースト順位を向上させるべく、下層カーストの全員が完全菜食主義を取り入れたことが報じられた。これは、肉食がいまもインド人にとって、どういうことを意味するか端的に物語っている」そな…でもって日本人的には、「インド人の食習慣が、歴史的な出自に関わる差別に根ざしていることを知っている者はそれほど多くない」んじゃね?って事らすぃ…
 さて、インドでの席次ですけど、「インドで上等の席といえば窓際でなく奥の中央だが、やはり皿や料理に差があったり、サービスにも差がある」そな…「インドでは外の目から隔離し、店内では客たちの視線を浴びる席が上席」なんだとか…
 ちなみに「インドのレストランの上客は欧米人で、男女のペアはとくに歓迎される。端の席のインド人より料金上も優遇されることがある」って、そーだったのか?ウルフ先生?
 それと食材の流通に関係するのだろーか?でマッシュルーム来たぁーってか?「私はマッシュルームのない砂漠地方で育ったので食べたことがなく、デリーに出てからも食べなかった。父や母などは形すら知らない。ヒマラヤ産のこの食物を、他の地方の人びとは野菜や果実の一種と見なしているが、私にとって菌類は黴の一種であり、肉よりも遠い存在である」って、ドンダケェー(死語?)印内にもマッシュルームはあるんだろーけど、印的にポピュラーな食材ではないのだろか?こーなると他のキノコの立ち位置も、私気になりますっ(笑)
 後、さすがスパイスの国なのか、「インドではどこでも唐辛子粉の料金は取らず、テーブルに塩と唐辛子粉を置いて好みの味にできるようにしている」のがデフォらすぃ…そんな印ですが、「三、四百年まえまでインドに唐辛子はなかったこと、それ以前は淡泊な味付けだったこと」ですしおすしでして、印=激辛の国というのはちょっと違うとゆー事らすぃ…
 それと上にも書きましたが、印はミックスが正義の国ですので、とある日本人のデリーでの中華料理店での一幕…「ボーイが焼きそばの上に注文した料理をすべて重ね盛りしはじめたという」って、ホンマでっかぁーっ?「それを聞いて私の方が仰天した。私は、中華料理というものはそうやって食べるものだと堅く信じていたからである」って、印の中華料理店って、一体?
 ちなみに「インドでは、皿は料理を受け取る場であり、食事の間中、そこに料理やローティやライスが足し続けられる。他の家に招かれてそこの主人が皿に料理を足し続けてくれなかったら、誰もが自分は招かれざる客だったのではないかと不安になる」そで、「客の皿に料理を足し続けることは、インドでは主人の義務である」になるそな…何とゆーか、印人の食の接待は、わんこそばが一番向いてね?と思うのは気のせいか(笑)
 また印の生活事情関係では、まずはお手洗い、西洋式ダメ絶対らすぃ(笑)「私の知り合いで、便座に直接尻を下ろした者はいない。ひじょうに不潔な感じがするので、誰もが便座の上に靴のまま上がる。デリーでも気の利いたホテルなら、西洋式の便器の上部横に張り出しの踏み台がついているのだが…」なんだそな…
 また機内の「ステンレス式の便器は、私にとってとくに違和感があった。この素材は、ハイスクールに通いはじめてから現在まで、ステイタスな食器のイメージそのものだからである」って、ステンレスの食器って、昭和な給食のイメージだが、印では違っていたのか?また「尻洗い用の水がなく、トイレット・ペーパーを使わなければならなかった」のも著者的にはどよ?って事らすぃ…今ならウォシュレットきたこれなのに(笑)
 そして日本の空港内のトイレでは、「チップを要求する女たちがいなかった。便器の前に立つと自然に水が流れ、水栓のない洗面所で最初戸惑ったが、手を出すと蛇口から水が出た」「すべてが電子制御されているらしい」の件は…今のウォシュレットなら以下略(笑)
 ついでにホテルのトイレでも「正直いって私は恐れた。トイレ一つにでもさまざまな操作知識が要求される。日本はインドのように、石器時代の名残をどこにも残していない」とな…
 とはいえ、「日本人はわれわれとくらべ腕や足が太く、インド人の倍ちかくある。そして誰もが短腕短足である。日本の便座が低く、小便器の朝顔が低い位置にあるのもこのせいだ」そーですよ、奥さん(誰?)
 街の生活事情になるのか?「デリーだったら誰もが遅くとも六時までに退社し、家族のもとに直行する。繁華街も午後八時には闇が訪れ、九時には流しのオート力車の姿も絶える」のか都市の光景らすぃ…意外と印と早寝早起きなのだろか?
 また、実際の居住の方も住むに至って、著者はまず「ランプを買わねばと思っていた私は、拍子抜けしてしまった」になる訳だったりして、電気、水道、ガス、インフラはその日の内にすぐつながるとはとはってか(笑)今時、灯りがランプって、山小屋位しかないと思うのは気のせいか?
 そんな訳で住居事情もこれまた違っていて、印では公園の側っていうのはペケらすぃ…「大都市にかぎらず、公園はいつ難民のスラムになるかわからず、またそうでなくてもたえず騒音とゴミに悩まされ、鳥害や猿害も多く忌避されるのだと話した。家の周りに金網を張って、人間のほうが檻に入る生活をしている者も多く」って、ドンダケェー(死語?)印では既に難民問題キタコレだったのか?
 
 それとマンション居住でも「隣部屋同士まったくつき合いがないことだ。インドでもそういうケースが多いが、それはカーストや職能集団による歴史的階級的分断である」そな…
 また、「インドでは家の中はもちろん、聖所では必ず素足になる。それは素足が浄だからだ」そで、でもって、靴を揃えるために靴に触る事をよしとしないらすぃ…「インドで靴に触れるのは低いカーストの者であること、このタブーが転じて、最大級の敬意を表す場合に、相手の靴を素手で触れる「プラナーム」という挨拶があることを話した」そで、日本の玄関だけでも印人にとっては難関らすぃ(笑)
 後、そんな著者のデリーでの生活は、「社会人になってからは仲間四人と一部屋暮らしだった。そのほうが安くすむだけでなく、デリーには知人が多すぎて、一人暮らしをすれば夜昼となくやって来るからである。プライヴァシーが保てないし、だいいち無用心だ」って…四人で一部屋、それにプライバシーはあるのか?そちらの方が疑問なんだが?
 それからこれは温泉に行って判明したんですが、「インドでは逆に、裸で入ると怒られる」そで、混浴はありえへーんの世界らすぃ…また「インドには食事のまえに風呂に入る習慣がない」そで、そーなると印では食後にお風呂がジャスティスなんだろか?
 物事情では、印では「落ちていた物を拾って着服した者はそれほど責められないし、逮捕されれば同情されるだろう。自分の掃除する道路で清掃人が拾ったものなら誰もが彼の所有を認める。これは私の郷里では古くからの不文律だ」そな…とゆー事は、印では物を落としたらはまず返って来ないのが普通って事か?
 建物事情では、都庁舎を見て、「人びとの税金によって建てられたものだという。このような素晴らしく贅沢なものを建てても、都議会を構成する議員たちが政治基盤を失わないのは脅威であった。インドの場合なら、たちまち自分の基盤を失うにちがいない。インドで可能なのは寺院の建立や再建だ。そういう建築なら宗教体主義を利用した政党の政治基盤の拡大と絡んで、年がら年中計画されている。軍備とともに、貧民を無視して金を湯水のように使っても文句の出ない分野である」のだそな…
 そんな訳で「独立直後、内務大臣だったV・J・パテールは、グジャラート州ソームナートのヒンドゥー聖地プラバース・パータンに九百年前アフガン・ムスリム(アフガン系イスラーム教徒)によって破壊されたヒンドゥー寺院を国費で再建することを提案した」来たぁーってか?これによって「インドを他宗教多民族の複合国家としてではなく、イスラームの国(東西パキスタン、東パキスタンは現在バングラデシュ)と分離したヒンドゥーの国という、コミュナルな捉え方を打ち出したのである」キタコレって事らすぃ…政治、宗教、土木(建築)、何だかなぁ…ちなみに「この案は中庸的な思想をもつネルーの政教分離主義によって退けられたが、排他的な思想は年を追って過激になっている」そな…
 空港事情では、「ライフルを持った警備員や軍人が一人もいないのにはおどろかされた。係員の全員が柔道や空手の達人なのだろうか。あるいは仏教の国だからか」って、印の空港には、銃装備が当たり前って事なんだろか?うーん?
 鉄道関係では、「デリーですから二十駅前後、しかもその大半は乗客用の駅ではない」って、それは貨物とゆー事だろか?
 車、道路事情では、高速道路で、「バナナの皮や飴の包み紙を窓から投げ捨てていた」って、「インドでは車外に投げ捨てることをよしとする」って、ホンマでっかぁーっ?高速道路でそれをしたら事故になるんじゃないのけ?
 郵便事情では、「インドでは書留なら届くが、普通便だと中身が抜かれたり消えてしまうことがある」って、ホンマでっかぁーっ?
 銀行というかお金事情では、両替で、自身でお札を二度三度と数えなおすのが印的デフォらすぃ…「日本円はすべて紙の帯封でとめられ、ホッチキスでとめられていないのにはおどろきだった。間から抜こうと思えば抜ける。誰もそういうことをしないのだろうか」って、逆に印ではそれが日常茶飯事って事なのか?
 物価というか、生活費の違いは、今でしょ(死語?)だと違ってくると思うのでパスして、ホテルのフロントにて「インドでは荷物は片時も離さず、札は互いの目の前で一枚一枚数え、汚れている札はつき返す。甘い顔をすれば二日間の宿泊に三日分を請求したり、特別の税をつけたりしてつけ込んでくるのがいるから、政治家のように尊大に構えないとしても、それなりの態度をとる」のがシャスティスらすぃ…
 そんな訳で、経済事情なのか産業事情なのかはともかく、「インドは現在、社会全体で身分制による巨大な工場制手工業国を形成しているのだ」そな…何とゆーかこちらの詳細も本書をドゾ。で結果、「幸か不幸か、わが国は地球で唯一の、「自前でスリッパから原爆まで作る」と豪語する自立国になったのである」そな…
 「生産という言葉がもつ基本を、インドが失わなかったことは特記されるべきことかもしれないが、これは先祖の率直な生き方に知恵を見出したからではなく、周辺国との対立があまりに大きくで、他国の部品に依存することが危ぶまれたからにすぎない」って、ドンダケェー(死語?)
 もー本当に詳細は本書をドゾですが、「現代インドにハイテク機器を導入するためには、意識の社会的生産基盤が必要である。それがないまま導入すれば、廃墟とお荷物が増えるだけだ」って、ホンマでっかぁーっ?
 そゆ事で「インドの男たちや女たちは、自国の経済にかなり無関心であると私は思う」もキタコレになるのだろーか?「インドのように百人に一人しか税金を払わず、国家歳入の九五パーセントちかくを所得税以外に頼っている」ってホンマでっかぁーっ?
 それと印の病院事情になるのだろか?で、「諸外国から最新鋭の医療機器を贈られるが、試運転が終った時点で放置されることが多い。それまでにどこかをこわしてしまい、直さないからである。組織の上部は、メンテナンスの経費を計上する頭がない」って一体?更に「機器を扱う医者が修理を希望しても、彼の上司は拒絶する。なぜなら、設備の導入は自分の権限だが、修理はもう一つ下の者の仕事と考えるからである。しかし、現実には下のポジションは存在しない。歴史的カーストの中に該当するものがないからである」そで、更に一つ一つの作業に対するカースト的云々についての詳細は本書をドゾ。ふと思ったんだが、印には効率化って単語は存在するんだろーか?謎だ…
 後は、活字事情で、英字新聞のとこでは「インドの新聞のように、ページによって紙質がまちまちということはなく、どのページも真っ白で、印刷は素晴らしく、しかもいいにおいがした」って、そーだったのか?新聞?
 蛇足ですが、「いつも似たようなパターンの記事ばかり書いて、うんざりしているインドやパキスタンの新聞記者たちのここ数年の愉しみといったら、ときどき起きる離婚の記事を夫婦の顔写真入りで書くことだが、それにも最近は飽きているはずだ」っ、どこの国も新聞記者って…
 また、雑誌として「インドでは一九七〇年代に、ドゥララープ・シンと彼の三人の息子のハルバジャンとグルミートとクルビールが、「フィルム・ミラー」や「ホット・ウェーヴ」や「コンフィデンシャル・アドヴィザー」誌(月刊)を売り出したが、中にはそのようなページを予感される記事がふくまれていた。しかしあれから二十年経ったいまでも、インドの雑誌は控え目だと言わねばならない」とな…
 後、印の言葉なんかでも、「インドで「明日」といえば、まったくあてにならない約束のために使われる言葉である。それは明日を指さず、しばしば「そのうちに」とか「気が向いたら」意味でつかわれ、約束は十中八九、守られない」そで、今日の場合は、「インドではそれが「今日」ではなく「これからすぐに」の意味で使われる」のだそな…何だかなぁ…
 言葉としてはこんにちはの挨拶として使われるナマステ、あれの意味って「あなたの存在に私は帰依します」って事なのか?
 他には、武道系で、「インドにも剣道があり、さまざまな流派があった。道場は各地にあった」そで、しかし、近代兵器が登場した「現在はインド相撲と古式トレーニングを合わせてもつ道場だけしか残っていない」のだそな…何か、印とゆーと、ヨガ道場が乱立しているイメージでしたけど、そーでもないのだろか?
 また、「インドでは、古くから多民族多宗教の国であった。戦にはつねに敵に対する強い「異物」感がつまきとった。戦に敗れることは自らの文化を失うことであり、種族全体が辱められること、あるいは種族の殲滅を意味した。そのような戦いのなかでは、優美な武器より残忍に武器がふさわしかった」って…ドンダケェー(死語?)
 他には、印的価値観として、平敦盛を引き合いに出していますが、「引き止められても応ぜずに逃げきり、態勢を立て直し、いつの日か捲土重来の機会を窺って、同胞の仇と奪われた領土を執拗に奪還する人物の方が主君としてふさわしいと見なされるにちがいない。十六世紀の勇将プラタープ・シン王は、まさにそんな主君だった」とな…
 「インドでは、王は何よりもまず臣民の生命と領土を守る義務があると考え、これが帝王学になっているから、国の命運を託された者はいかなる局面であっても王国の破滅を自らの美学で早めるようなことをしない。わざわざ殺されに戻るなど無責任な行為であって、王家の武将として愚かしいということになる」んじゃね?って事らすぃ…
 かくて「インド人は、目的のためにあらゆる手段を講じ、いかなる場合にも目的と手段とを混同することがない」そな…
 更に、「インドにもイギリスに対する歴史的コンプレックスはある」けど、日本の欧米に対するソレの方が重症じゃねとな…
 また、「インドに「破壊」という概念があって「焼失」という概念がなく、日本には「焼失」という概念があって「破壊」という概念がないのは」石の文化圏と木の文化圏の違いじゃね?って事らすぃ…「石の文化圏であるインドで「焼失」と言えば、中国古代やヨーロッパ中世の焚書に代表されるように「記憶の焼失」を意味し、「精神の喪失」には直結しない。精神の喪失はあくまでも「破壊」である」となるらすぃ…
 さて、ビジネスマンが書いているのでビジネスのところが多分メインなんだろーと思うんですけど、こちらの詳細は本書をドゾ。印的感覚の違いが浮き彫りってか(笑)ちなみに「インドの商取引では、双方が条件を出し合って、時間をかけながら妥協点を見出す。相手の立場を理解するために時間をかけるというより、相手を説得することに主眼がおかれる。裏経済においても、リベートの額に関しては同じように行われる」そで…
 互いに腹を隠し合って、強い態度で交渉に臨むのが一般的であり、これは大は勿論、小は大根一本の売買からも同じ事なんだそな…印とは売り買いに時間をかけることに何の痛痒も感じないお国柄とお見受け申し候ってか(笑)
 慣習が違うとはいえ、「景気をつけて店主が釣り銭を投げてよこしている」のも印的はに通常運転乙って事らすぃ…
 また、「インドの大商店では入り口で客を選別し、場合によっては客の荷物を預かるくらいだから、冷やかし客を笑顔で送り出す店主などまずいないだろう」って、それってありですか?諸外国から差別だぁーっの大合唱は来ないのだろか?印には?
 タクシーの場合も「運転手は身なりの立派な者には吹っかけ、追加料金をねだり、身なりが粗末な者に対しては乗車拒否をする」のがこれまた印的デフォらすぃ…そーだったのか?ガウディ(笑)
 後はありがちなネタとして日本在住の印僑キタコレでしょか?「日本の印僑たちは、子どもをハーバードへ留学させることしか念頭にないようだったし、ラーマ神よりシヴァの化身を標榜するアフロ・ヘアのサッティヤ・サイババのほうに惹かれているようだった」って、そーだったのか?印僑?
 ちなみに「日本では関東にも関西にも、とくにシンディー(分離独立時に現在のパキスタンから流入した実業家カースト)たちを中心に、少なからぬサイババ信者がいた」そな…こちらの詳細も本書をドゾ。
 しみじみと今でしょ(死語?)なとこでは、印日関係の変遷かなぁ?当初、「このころ、日本のインドへの直接投資承認額は、アメリカや印僑の投資を除いてスイスと並び、前年比十倍を超える大きな増加率を示していた」そな…経過の詳細は本書をドゾですが、「一九九三年に入ると、スイスや日本の投資に減速感が出てきた。いっぽうアメリカの伸びはますます加速された。二十世紀末までにアメリカは、インドの外貨導入政策の期待に最も応える国となり、投資額は日本の数十倍に拡大する可能性が出てきた」そな…かくて風は米へがキタコレって事らすぃ…
 これスイスも同じよーな目にあっているんでしょかねぇ?日本離れの理由がいぱーい掲載されいますけど、つまるところ金の切れ目が縁の切れ目って事じゃね?世界のドルは強かったって事ですよね、本当にありがとうございました…でまぁ米の方が仕事がしやすいって事らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。
 豆知識的には、オイルショック時の日本の商社マンのお話…「「平時よりも戦時のほうが、過剰時よりは不足時のほうが、つまりマイナス要因があるときのほうが商社というものは儲かる。あのときはうんと儲けました」と言ってウィンクしてみせた」の件かなぁ…日本中が大変だぁーとゆー時、笑いが止まりませんがなとゆーとこもあったと(笑)
 後、日本的なエピのとこで一つだけ、先の大戦の後始末ですけど、「現在、大多数の日本人は大東亜戦争を日本の侵略行為であったと見なしている。ところが奇妙なことに、この認識は自ら吟味し得心したものでなく、戦勝国の解釈を鵜呑みにしたもので、彼ら自身はいまも事実の把握を怠っているのである。侵略戦争であったとすればどのような内容の侵略戦争であったか。どのような歴史的情況と経緯によって起きたのか。中国大陸に対するソヴィエト・ロシアや欧州の策謀はどう展開されていたのか。中国の政治情況はどうであったのか。欧州諸国の植民地であった東南アジアの政治情況はどうだったのか。戦勝国は、自らの行為をも同時に裁判にかけ、法の客観性、平等性を求めたか」はどよ?と?「自らの手による分析と理解とを抜きにして、罪科だけを認めることは信じられない」って、言ってくれるのは印位じゃね(笑)
 でもって、「「怯懦か暴力か、二者択一を迫られたなら、私は暴力のほうを勧めるだろう。…なぜなら、民族全体が去勢されるよりは、暴力に賭けるほうがよほどすぐれているからである」と」ってこれ言ったのが誰あろう、あのマハトマ・ガンディーなんですよ、奥さん(誰?)
 そして著者は「侵略され殺されてもいいなどという感情は、じっさい両親を殺され、妻や子どもを殺されたとき、まったく軟弱な考えにすぎなかったことに気づくだろう」と言い切っているとこが凄い…印人が断言しているとこに凄味がねぇ…
 更にかのパル判事のとこも、「パル判事は、極東国際軍事裁判において、一方の当事者である連合国が敗戦国を裁判の形で裁くことへの違法性を指摘し、司法上の大前提を欠いたこの裁判に対して、また、法的安定性を欠いた遡及効の問題に鑑みて、無罪の意見書を提出したのであった」そな…
 まっ客観的に物事見ろよって事でしょか?でも、世の中何が難しいって、己の事で客観的になれる事じゃね(笑)
 まぁそんな訳で他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、ええ、本書は本来、対日本について書かれた本なんですよ、印がこーだというより、日本はこーだみたいなノリがメインのビジネスマン向けの本なので…その中から、日本のとこではなく逆張りの印のとこだけチョイスしますた(笑)日本人からしたら、印の方が不思議の国のよーな気がするが如何なものか?
 そして結局、著者の懸念、経済改革、外貨導入によって、印はどーなるのだ?とゆーその一念の下に書かれた本書かな?と?日本的に言うとこの頃、印は維新後日本みたいなノリかなぁ?どっと海外から何もかも押し寄せてくる、果たして印はそれを受け入れられるのか?はたまた打ち払う事ができるのか?それが問題だってか?
 そして最後に一つだけ、本書で一番正直者は、著者の妹君ではなかろーか?日本での生活について妹に手紙に書いて送ったら、「妹は羨ましがって日本人と結婚したいと書いてきた。思いもかけないことだったが、このことがのちに妹に不幸をもたらした。自分の憧れをマスコミに語り、それが雑誌に載ったことで、インド政府は妹を社会秩序を攪乱する不穏当な人物と見なし、パスポートの発給を停止したのである」そな…何とゆーか、印にも出る杭は打たれるって事があるらすぃ…印の正義の明日はどっちだ?ってか?
 目次参照  目次 国内
 

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