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2017年10月 1日 (日)

海は誰のもの?

ローマ亡き後の地中海世界 2  塩野七生  新潮社

 そしてサブタイトルは、1巻と同じく、海賊、そして海軍なんですが、引き続き怒濤の地中海情勢でございます…前巻でシチリア島の陥落、イスラム圏にキタコレですけど、北アフリカの次のターゲットは、南伊とな…ちなみにこれらは「単なる軍事行動ではなくて「聖戦」(ジハード)なのである」ですしおすし…

 そんな訳で「北アフリカのイスラム教徒が旗印にかがけた聖戦は、海賊行為と表裏一体の関係にある」そで、「海賊行為には完全制覇に向けての前哨戦という意味があると同時に、同胞を食べさせていくうえでの産業になっていたからだ」とな…

 かくて「九世紀末から十世紀の間中吹き荒れたサラセンの海賊たちによる蛮行は、このようなわけで主として南イタリアに向けられた」そーですが、それ以外の地方も被害にあっていまっせってか…

 よーするに「制海権を保持していないということは、敵に海上を勝手気ままに行動される、ということにかぎらない。自由に陸地に乗りつけられるだけでなく、内陸部にまで深く進攻される危険に常にさらされている、ということでもある」の件は、今の平和ボケしている日本人には一番ピンと来ないとこじゃまいか(笑)

 でまぁ、伊半島はまだ表向きはビザンチン帝国領じゃね?でしたけど、そのビザンチンは、土地と民が被害にあっていてもなしのつぶて、ごくまれに軍隊を派遣しても海賊に全敗とゆー素晴らしさ…ここまでくると「キリスト教徒は皆「誤った信仰の徒で臆病なイヌ」と見下していたのが当時のサラセン人である」でも、彼らもビザンチン海軍はちょっと警戒していたらすぃ…それがこのありさまですから、「地中海西方には敵なしと、彼らが思ったのも当然である」になりましたとさ(笑)

 最早、見逃してくれとサラセンに上納金を支払うしかない南伊だったけど、そのお金もビザンチン帝国から出る訳でなく、南伊の人達からしぼりとり、更にそのお金を自分とこの代官たちが着服してサラセンに届けられていないですしおすしですから…公務員の鑑じゃまいか(笑)しかも海賊の来襲に、「ビザンチンの代官はさっさと逃げて助かった」の世界ですしおすし…だいたい、一つの地域への海賊の襲来で、殺された人の数六千、拉致された人の数一万とゆーだけで、今でも相当の人数だと思われじゃね?これが、人口少なかった中世ですから、被害がどれだけ甚大だったか分かろうとゆーものじゃね?

 とにかく、人力の中世ですから、労働力確保はどこも必至とゆー事らすぃ…この海賊行為(人さらい)には、「一、スペインに送り、キリスト教徒との最前線に投入する兵力として」「二、市場で売りに出し、男は農園奴隷に、女は家事奴隷として一生働かせるため」「三、鎖につないで、ガレー船の漕ぎ手として使うため」に必要って…

 よーするに小さい市町村ならば、一度の海賊の来襲で廃墟必至、そして誰もいなくなったになりもーしたがいたるところにキタコレ状態って…

 そして、それが中小都市だけにおさまらず、ついに「紀元九三四年、ジェノヴァが急襲されたのである」に至るわけで…

 アリス的には、地中海…そのうち舞台になるのだろーか?今だと地中海って明るいイメージしかないんですが、中世の地中海って…うーん…

 ジェノヴァについての詳細は本書をドゾですが、まぁ北伊の大港湾都市ですらこれですから、後のイタリア半島もおしてしるべしの状態でして、こちらの詳細も本書をドゾ。南伊では、住民に「ジズヤ」が科せられる事態になっていたり、ええ、「キリスト教徒のままでイスラム社会に住みつづける者は払わねばならない、この人々にだけ課される人頭税」キタコレだったり、またレッジョでは「キリスト教の教会のいくつかが早くもモスクに改造される」しで、「イタリア半島に建てられたモスクの、これが最初になった」って…法王のお膝元の伊で、モスクきたこれだったのか?

 紀元1000年頃は、もービザンチン帝国も神聖ローマ帝国も伊防衛にはアテになりませーんという事が如実になっていた模様…となれば、そこの住民たち自身が何とかしなくっちゃの世界に突入していったよーで…

 よーするに伊の都市国家(海洋都市)の海軍が海賊に対する事になっていったでござるの巻らすぃ…

 まぁパンピーが襲われる分には、どこも本腰なんていれてられっか、とゆー論理らすぃ…南仏の海岸も相変わらず襲われている日々ですが、そこで「クリニュニーの大修道院の院長」というVIPが被害にあって初めて仏は南仏の海岸にある海賊の根城を一掃したけど、VIPに被害がなければ関心はなくなるとゆー放置プレイですが、何か?だったらすぃ…

 そして海賊側も、「海賊の専門業種化」が進む事になってゆくと…「一人の、海賊としての才能豊かな頭目の下に結集した男たちで構成された海賊集団方式が、一般化するようになった」とな…

 でもって、海賊というから海でのお話かと思っていたら、「サラセンの海賊たちは、海上の戦闘を好まなかった」「彼らが好んだのは、防衛力に欠ける商戦に偽の旗をかかげて近づいて行って襲うか、同じく防衛の手薄な海岸に乗りつけては付近の人々を拉致すること」だそな…

 そしてここでよーやく伊、海洋都市の四天王が登場してくるとゆー事らすぃ…ええ、アマルフィ、ピサ、ジェノヴァとヴェネツィアである…

 と同時に今度は、海賊にもスターが出てくるとゆーか、名前の知れた大海賊登場って事になるらすぃ…ムシェットとキタコレってか?こちらの詳細も本書をドゾ。

 対する、伊男の方も、「船同士の戦闘になると、イタリアの海の男たちは強い」って…伊、やっぱ昔から陸軍より海軍の国なのか?まっ「戦闘力というより、船の操縦能力が長じているのである」らすぃが(笑)

 も一つ、対シチリア島問題の方ですが、こちらも紀元1016年、南伊の「プーリア地方のガルガノの山中」にノルマン騎士ご一行様キタコレで、ここからシチリア奪還の戦いがキタコレってか?こちらの詳細も本書をドゾ。圧倒的な人数差にも拘らず、紀元1037年には南伊の制覇が一応完了するに至る訳だから、ドンダケェー(死語?)そして今度は紀元1061年から本格的にシチリア奪還にキタコレ始まるよぉーで、1086年までの攻防戦で、ついにシチリアが再びキリスト教徒の手に戻りますたになったらすぃ…

 こちらの理由は、第一「イスラム世界では慣例としてもよいくらいの、教義や支配権をめぐる内部抗争」、第二「シチリアを支配していたアラブ系イスラム教徒の実施した、いわゆる「イスラムの寛容」によって、シチリアにはキリスト教徒が多く残っていたこと」、第三「ピサとジェノヴァという海軍力をもったキリスト教国が、海側からノルマン人を助けたこと」だそな…こちらの詳細も本書をドゾ。何はともあれ「シチリアは、二百年ぶりにキリスト教世界に復帰したのである」ですしおすし(笑)

 このノルマン人達の王朝のシチリア統治についての詳細も本書をドゾ。まっともかく「初めはノルマン人の王たち、次いでノルマンの王女と結婚することで始まるドイツのホーエンシュタウヘン王朝とつづいた二百年間、シチリアは聖戦の地にならずにすむのである」になるそな…

 シチリア奪還、ムシェット死亡で、ティレニア海も少しずつ制海権が伊にも少し分が出てきたかも?な、そして各海洋都市が、交易相手の都市、土地に常駐の領事を置くよーになって、よーやく浴場の実体がキリスト教世界にも知られてゆくよーになったらすぃ…拉致された同胞が奴隷扱いされて飼い殺しされているとゆー事が…そして「イスラム世界でのキリスト教徒の奴隷に関係するものは、ごく自然にローマの法王庁に集まるようになる」のだそな…

 かくて十字軍キタコレになるらすぃ…何故かキリスト教徒の奴隷解放を目指せってか?これが紀元1087年の事らすい…こちらの詳細も本書をドゾ。とりあえず200年程単発で続きましたの世界だろか?

 よーするに聖地奪還なお話であって、「北アフリカで奴隷にされて苦しんでいる人々は、「奪還」に値しなかったのである」とな…「人間とは、良かれ悪しかれ、現実的なことよりも現実から遠く離れたことのほうに、より胸を熱くするものである」らすぃ…この関心のベクトルによって、地中海を千年も海賊が謳歌したのも、パンピーの人権なんてそんなの関係ねぇー(死語?)という関心の薄さもあったんじゃねって…当事者だけが大問題ってか…

 それにしても交易って凄いなぁと思わされるのは、キリスト教徒の同胞を拉致していくサラセン人にキリスト教徒側の海洋都市が輸出していたのが船、武具、武器ですしおすし…何かもーマッチポンプじゃね?と思うのは気のせいか?

 で船の漕ぎ手、ガレー船キタコレですから、これをイスラム側は拉致してきたキリスト教徒の奴隷たちにやらせていたと…でもって「キリスト教世界では、捕えたイスラム教徒を使って例は、皆無ではないがあっても数えるほどしかない」「スペインでは、重刑者を漕ぎ手にすることが多かった」とな…「アマルフィもピサもジェノヴァも、自国民か近隣から雇った漕ぎ手を使っていた」そ…ヴェネツィアは「アドリア海東岸に住むスラヴ民族には、漕ぎ手としての雇用と農産物の買い手になることで、彼らの生活を保証したのである」そな…

 でもって、この時代の海の仕事、交易と海賊の一線は、どよ?でジェノヴァなどでは「手っ取り早く金を稼ぎたいとして海賊業に手を出す者がいないでもなかった」のに対して、ヴェネツィアは「国法で厳しく禁じていた」そな…「ヴェネツィアでは、自国民であろうと他国民であろうと、海賊だけは許さなかったのである」とな…

 そしてサラセンの海賊達はといえば「海賊は、手強いと見た相手は襲わない。自分たちより弱い者しか、襲わないのである」そな…なるほろ、海賊には武士道はないよーでござる…

 12世紀になって、マルタ島もシチリア傘下に奪還、また、十字軍の余波で、海洋都市国家の海軍力レベルアップってか?まぁこちらの詳細も本書をドゾ。それにしても個人主義のピサとかジェノヴァ人ってパネェ…やられたらやり返すじゃなくて、やる前にやれなんですね、分かります…確か、キリスト教って右の頬を打たれたら左の頬をの世界観じゃなかったんけ?

 まぁでっどあおあらいぶやねんの世界に突入かで、伊男もやるときゃやるらすぃが(ただしヴェネツィア以外/笑)詳細は本書をドゾですけど「ピサやジェノヴァも、捕えた海賊は帆桁につるし、奪えるものは奪っても、彼らの地に上陸してそこに住む庶民を拉致することまではやらなかった」とゆー事らすぃ…ここがキリスト教徒とイスラム教徒の分岐点なのかも…なので、「ピサにもジェノヴァにも、いやキリスト教世界のどこにも、北アフリカの主な港町には必ずあった「浴場」はない。異教徒を拉致してきて奴隷として働かせる、社会のシステムがなかったということだ」とゆー事らすぃ…

 そして今度はスペインのバレアレス諸島を根城とした海賊が台頭してくる訳ですよ、奥さん(誰?)こちらの詳細も本書をドゾ。

 さて、13世紀後半に入ると、「紀元一二五〇年に、シチリアと南イタリアを強力な中央集権でまとめあげていた、神聖ローマ帝国皇帝でシチリア王でもあったフリードリッヒ二世が死んだ」とな…これまた詳細は本書をドゾですが、何が起きたかとゆーと「二百年つづいたノルマンとホーエンシュタウヘンの王朝は、こうして、紀元一二六六年に崩壊したのである」になったとな…「新たな支配者となったのは、フランス王でローマ法王庁の後押しを受けていた、アンジュー家のシャルルだった」そな…しかしシチリアの住民に嫌われて退場…次に控えしは「スペイン系のアラゴン王家」来たぁーっ(笑)かくて、シチリアも南伊も、北アフリカ、イスラム世界の敵認定キタコレになったとゆー事で、海賊さんいらっしゃーいになったとゆー…

 そして14世紀になると、イタリア半島も変化していたでござるというか、特に北伊と中伊は雨後の筍のよーにコムーネが乱立していたと…そしてその住民達は「土地の経済基盤を持たない、言ってみれば自らの頭脳と手足だけが武器の、都市生活者」キタコレってか?そして彼らが基盤となってルネッサンスぅーっがやってくる下地キタコレになるらすぃ…

 南伊とシチリアは相変わらず「土地を持つ者が社会の有力者でありつづける、封建制のままでつづいていた」とな…そしてアマルフィは海洋都市として衰退するとな…

 また、海洋都市国家を先陣として、「北アフリカのイスラム教徒との間に協定を結ぶ国は多くなってきた」とゆー事態も進むと…イスラム都市の中にキリスト教国家の市民の居住区が築かれるとゆー事か?領事といい、着々と商売商売って事らすぃが(笑)

 よーするに建前的には、条約を結んだ(都市)国家間での海賊行為は無しで、自分とこ以外の国への海賊行為は勝手にドゾ、しかも、自分とこの領民が拉致されたとしても「それを行った海賊が捕らわれたとしても、それは両国の友好な関係に何ら支障をもちらすものではないことを明言する」とかまであったりして(笑)「これは、国民が拉致されても国家間の外交には無関係、ということであろうか。なんだが、どこかの国の外務省と似てなくもない」の件は、はいここわらうとこ、なんだろか(笑)いざとなれば、自分が黙れたんだぁーっと逆切れして叫んでいればいい簡単なお仕事ですってか(笑)まっ、当時的には、領民の人権なんかよりも、儲かりまっかの方が大切、これ、国家の正義って奴らすぃ(笑)

 さて、商業活動が、交易が成り立つって事は間に商品とお金がありますよってにの世界でして、どもその手の商品を作るのに伊が群を抜いていたらすぃ…よーするに伊には輸出産品があったってか…そして北アフリカにはその手の製造業が、手工業が今一だった模様…

 では北アフリカから何を輸入していたのか、小麦とオリーブ油と、野獣の毛皮とナツメヤシ、それと「サハラの金」とな…金がないと金貨できないもんねぇ…

 こちらの詳細も本書をドゾ。日本人として一番になるほろと思わされたとこは、条約に抵触した、破られた時の伊人の対応の仕方だよなぁ(笑)いやぁ毅然として対応するその姿、純粋にそこにしびれるあこがれるぅーっでございます…どこまでもリアリストで一歩も引かない外交担当がいる国ってテラうらやましス(笑)法治国家って…他国でも対応できるものなんですねぇ…

 蛇足ですが、これも豆知識になるのか?海賊が襲う時、あのいかにもな「黒地に白くどくろを染め抜いた旗」を掲げてやって来るなんて事はなくて、むしろ襲う街と友好関係にある「港町の旗」を掲げて行くのが、「サラセンの海賊のいつものやり方」とゆー事らすぃ…

 ついでに中世のキリスト教とイスラム教…「キリスト教世界では、キリスト教徒以外の人々の生存すら認めていなかった」に対して、「イスラム世界では、イスラム教徒以外の人々の生存は認めていたが、それはイスラム教徒が保護してやっているからであり、その「保護代」ないし「生存の耐え代」として、キリスト教徒は「ジズヤ」を払いつづけなければならなかった」更に「教会の鐘を鳴らすことも禁じられ、住む家には"しるし"をつけることを強いられ、イスラム教徒と道で出会えば、脇によって道をゆずるという決まりを守らなければならなかった」そな…

 伊的知識になるのだろか?で、それぞれの地域にて、その性向ってのはあるみたいで、例えば、ピサ人の場合「人一倍気の強い性格で知られるトスカーナ人でもあった」って…トスカーナ地方というとあの田園風景で、ゆったりのんびりしているかと思いきやそーではかなったのか?ちなみに「トスカーナ地方の人間は、フィレンツェでもシエナでもピサでもルッカでも、各都市間では常に仲が悪い。共同歩調を取るのが苦手だからだが、気の強い面ならば共通していた」そな…

 言葉的な豆では、コンスルの語意の変化についての詳細も本書をドゾ。ローマ時代ならば執政官だったそれも、中世、海洋都市的な流れでは、領事って事でOK?ってか?よーするに「海外との交易に従事する自国民保護の担当」者、責任者って事だろか?

 さて、本書、巻末の一章は、国境なき医師団もとい、救出団、二つについてのお話らすぃ…当時、海賊はキリスト教圏の人を拉致するのがメイン商売みたいなものですが、セレブは護衛がいぱーいでまず被害にあわない、海洋都市国家は国が条約履行しるで、帰国できる望み高し、となると、そーじゃないとこから攫われたパンピーはどーなるの?イスラム教圏の浴場で奴隷として一生が終わりますの放置プレイが当たり前だった模様…

 よーするにキリスト教圏の「封建制度を色濃く残している専制君主の領土に、海賊たちの」襲撃が多発する事になると…そこの住民攫ったとしても「啓蒙主義的な専制君主ならば一般庶民の安全も心がけるが、そうでない領主たちにとっての農民や漁民は、所有している馬や牛と同じなのである」故に、拉致されよーが、君主的にはそんなの関係ねぇー(死語?)って事になるとな…

 で、見殺しにされた人々というか、忘れ去られた人々を取り返すべく立ち上がった団体が二つでけたとゆー事らすぃ…1197年に修道士によって救出修道会(奴隷たちを救済する目的で設立された、神聖なる三位一体の修道会)が、1218年に騎士によって救出騎士団(奴隷の買いもどしを目的として設立された王室騎士団)が設立されたとな…

 で、何をしたかとゆーと、現地に行って浴場にいる奴隷達の買い戻しである…で、その浴場に収容されていた人達はどゆ人達かとゆーと「もはや老いて労働にも使えなくなった者か、カレー船の漕ぎ手とかの使役中の事故によって片足や片手を失った者、そして、長年にわたる劣悪な労働条件と栄養状態のために病気になって動けない者、また、照りつける太陽の下での長年にわたる使役によって視力を失い、いまでは盲目になってしまった者、ばかりであったのだ」って、まさに生き地獄だぜのすざまじい光景だったらすぃ…

 こんな状態になる前に何故イスラム教に改宗しなかったのか?とゆー疑問には、「この人々にはイスラム側も、改宗を強いるどころか勧めもしなかったからである」からだそな…ちなみに「イスラム教は、イスラム教徒の奴隷化は禁じていた」ので、「イスラム教徒に改宗さえすれば、奴隷にされずにすんだ」となりますよってに…

 イスラム側が、「改宗を強制したのは、イベリア半島で続行中だったキリスト教勢力との戦役に送り出す兵士として使おうとした者だけだった」そな…

 そしてそれ以外のキリスト教徒の人々は「キリスト教徒のままで留まっていたほうが、彼らにとっては好都合だった」とな…「奴隷は、たとえわずかの使役料を「浴場」の管理人に払おうと、イスラム教徒を使うよりは断じて安くつく労働力であったのだから」って、格差社会っておいしいってか…

 ちなみに買戻しができた人の数は、善意の寄付金としてもっていけたお金分であるから、全ての奴隷化されたキリスト教徒ではないとゆーにしろ、救済修道会が500年間の活動の間に50万人が救い出されたのではないかとゆー「研究者もいる」とゆーから…いったいどれたけ拉致されたのか…ちなみに救出騎士会の方は557年間、344回の救出行を行ったそな…

 何とゆーか、もー凄いエピばかりなりなので詳細は本書をドゾ。中世の闇、物凄く深しだよなぁ…

 でもって、この素晴らしい活動も勿論闇をはらんでいる事になる訳で、不幸な人を救い出す、買い戻す事は、「北アフリカの海賊たちに、拉致すれば必ずカネになる、奴隷として使えない者でもカネになる、と思わせてしまったのである」「結果は、海賊たちの、以前と変わらない来襲である」「人をさらってさえくれば、それだけでも充分な稼ぎになるのだった」って事ですよってに、である意味でこれはいたちごっこってか…

 そしてもう一つ、「身代金を払って買いもどすということは、キリスト教世界にとっては敵である、イスラム世界を豊かにすることにつながるということ」って事で、敵に塩を贈る事になるんじゃねってか…

 蛇足ですが、若き日のドン・キホーテの作者セルバンテスも、救出修道会によって買い戻された奴隷の一人だったとな…もし、買い戻されていなかったらドン・キホーテもこの世になかったんですねぇ…

 千年恨むぅーもとい千年海賊によって拉致奴隷にされた歴史があった西洋って、一体…なるほろEUってか…メ〇ケルばねぇ…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。

 個人的に本書で一番そーだったのか?中世とホェーと思わされたとこは「中世とは古代と近世にはさまれた時代を示す呼び名だが、その名が皮肉に聴こえるほど長く、前期と後期を合わせれば一千年に及ぶ」そな…しかも「この時代の研究が専門の学者たちが気の毒に思えるほどに混迷を極めた時代でもあった」とな…群雄割拠というよりは「実際は「玉」は少ない中で「石」ばかりが、互いにぶつかり合っていた時代にすぎない」ですしおすし…

 そんな訳で「中世を系統立てて書くのは神業でも不可能、という想いにさせられる」時代らすぃ…どこまでもカオスの中世は、まだまだ続くで、三巻を待てってか(笑)

 目次参照  目次 文系

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