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2017年10月

2017年10月31日 (火)

結論なんて出ない旅の結論?

骸骨考  養老孟司  新潮社

 サブタイトルは、イタリア・ポルトガル・フランスを歩く、なんですが、前回に引き続き、お墓巡礼ツアーでしょか?どちらかとゆーと納骨堂巡りの方が正しいのか(笑)これが究極の死を思えなんだろーなぁと…でもって、欧州のお骨事情も、複雑怪奇でございましたなんだろか?

 結局、生死、人生観、死生観、共にどよ?って事かなぁ…「歴史の中では、身体は前に出たり、後ろに引っ込んだりする」そで、「身体が前に出るのは乱世で、背景に引くのが平和な都市の時代である」そな…でも、その変化もを「一度に変わるというものではない。いわば螺旋を描くように少しずつズレながら動いていく」のだそな…まぁ腹が減っては戦は出来ぬと、武士は食わねど高楊枝の間を気付かない内にシフトしているとゆー事だろか?

 でまぁ、著者は死というか、墓地というか、納骨堂というか、お骨の行方の現場にひたすら行ってみますたって事らすぃ…やっぱ事件は現場で起こっているんだぁーって事でしょか(笑)「ひたすら現場を歩いて、なにか出てくるのを待つ」「このやり方は、現代の学問とは違う。ちゃんとした科学の世界なら、研究には目的があり、方法があり、歴史がある」そな…「行ってみなければわからない。そこが面白いから行くのだが、これは学問とは認められない」となる訳で行き当たりばったりなんて、そんなの学問じゃねぇーって事になるらすぃ…フィールドワークって一体?

 で、結局、己の疑問は己で解決ってか?「意識が身体をどこまで、どう把握できるのか、それはわからない。だから実地に当たってみるしかない。身体の研究はつねに実地に戻ってしまう。身体は意識ではないのだから、当然であろう」って事になるらすぃ…何とゆーか、身体はどこまでも自然って事でFA?

 また、「世界は意識的にコントロールできる。そう思うことが意識の最悪の癖である。それを訂正するのは唯一、外界からの入力、つまり感覚である」じゃね(笑)

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2017年10月29日 (日)

あの雲はなっぜー?

アルプスの印象  福田耿之介  アドミックス

 福田耿之介写真集とあるよーに、所謂一つの写真集と思われなんですが、アルプス…本場のスイスアルプスは、こー写真で見ると迫力あるというか、ゴツい感じがするのは気のせいか?えーと、山もあそこまで行くと、岩山なんですよね…当たり前ですけど…マジで、雪よ岩よの世界だったんだと納得しますた(笑)

 人間、山派と海派に分けるのならば、どちらかとゆーと海派の人間なので、こー山山山な画像キタコレには、素直におおっとゆーしかないよーな?個人的には、非日常的な光景なので?これを毎日拝んでいるスイスの人達は、どーなんだろぉ?当たり前の風景なんでしょかねぇ?何かもーこちらは迫力に圧倒されてしまうんですが(笑)

 さて、こちら写真家というか、プロが撮った写真じゃなくて、ただのスイスアルプス好きの愛好家が撮影してきた写真だそで、撮影時には表に出すつもりはあまりなかった模様…なので、ブロから見るとそゆのが分かるらしーのですが、トーシロから見る分には、遜色ないとゆーか、物凄く綺麗に撮れていると思うんですけど?一枚一枚絵葉書にしても大丈夫だと思われ?じゃね?

 てゆー事で、実にふつくしい写真集です。まぁ写真集なんで、もーこれは四の五を言わず、まずは見て見ての世界だよなぁと(笑)

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2017年10月28日 (土)

鳥や雲や夢さえも掴もうとしている?

須賀敦子のフランス  文・稲葉由紀子 写真・稲葉宏爾  河出書房新社

 前の三冊と著者が違うので、多少雰囲気が違うかなぁ?かなぁ?ですが、デザインが同じなので、見た目はそっくりってか(笑)何とゆーか、須賀敦子のヨーロッパって、仏と伊で、伊が居住の場としたら、仏は旅人の場かなぁ?はーるばる来たぜ、西欧ってな感じの?

 なので、本書は須賀敦子の仏での思い出の地巡りみたいなノリのよーな気がする?住んでいたとゆーよりも、訪れたみたいな?この感覚の違いは大きいよーな気がするのは気のせいか?

 例えば、「一九五四年六月半ばの金曜日、須賀敦子はシャルトルに向かう学生の巡礼の列にいた。パリ・モンパルナス駅を前々夜に発ち、ランブイユ駅で仮眠したのち、四十キロの道程を二日かけて歩きとおす。信仰について討論を重ねながら、ボース平野の麦畑を進む巡礼の旅」とゆーシャルトル大聖堂キタコレとか…

 そしてもう一度、「十七年後の一九七一年七月、須賀敦子はまた、このシャルトルのカテドラルを訪れた。ペッピーノの死後、四年暮らしたミラノを引き払い、日本に帰国することを決心。車でフランスに入り、各地のエマウスをまわって、国際ワークキャンプに参加する。その旅の途中でシャルトルに立ち寄っている」そな…

 ちなみに今でしょ(死語?)の学生たちのシャルトル巡礼は、「現在も続いている」そーなんですが、「三万人と書かれていた参加者数は、いまははるかに減って四千人程度。それも、当時のようなカトリック左派を中心にした学生たちは姿を消し、また一方では、伝統主義的で保守的な、いわゆる原理主義系グループが分裂して別の日に巡礼を行うようになり、往時の盛り上がりは見られなくなってしまった。巡礼の時期も、三月の「枝の主日」の週末にと変わっている」のだそな…何とゆーか、カトリック内にも右やら左やらあったのか?でもって分裂…派閥?派閥なのか?

 まぁ変わったのはそれだけではなくて、現地そのものも変化している模様で、「五十年の歳月は、フランスの穀倉といわれるボース平野さえも遠慮なく浸食しているようだ」ですしおすし…

 そんな中たどり着いたシャルトル大聖堂は、「二つの塔が空に屹立していた。左には、レースのような装飾に覆われたゴシック様式の「新塔」。右には、それよりすこし低い、飾りのない素朴なロマネスク様式の「旧塔」。二つの塔の異なるリズムをがっちりと抱きとめる、力強いファサード。そしてそのみごとな均衡の主軸となっているのが、中央のばら窓と「王たちの扉口」だ」そな…どれだけの月日が流れよーと大聖堂はそこにあるってか(笑)

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2017年10月26日 (木)

百年?二百年?五百年?千年?

図説 ヨーロッパの王朝  加藤雅彦  河出書房新社

 欧州というと王様がいぱーいなイメージでいたら、今でしょ(死語?)では「イギリスほか数ヵ国」なんだそな…でも一昔前の「二〇世紀初頭のヨーロッパでは、フランスとスイス、そしてイタリア山中の小国サンマリノを除けば、すべての国が君主制をとっていた」って、ホンマでっかぁーっ?とゆー訳で、今は共和国名乗ってますの国々も、元は王様の国だものだったゆー事らすぃ…欧州パネェ…とゆー事は、世界史というか、欧州史って、王制の歴史なのか?もしかして?

 そんな訳で、本書は独、墺、仏、西、伊、英、北欧、露、バルカンとベネルクスの王家についてのエトセトラかなぁ…G8の方の王家と歴史については世界史で一度は見た事があるよーな気がするが、その他の国々のはどーなんだろぉ?と例えば、ベネルクスってどよ?

 「九世紀にフランク王国が、東西フランクと中間のロタリンギアに三分裂し、さらにロタリンギアが東西フランクに分割されたとき、その北部のネーデルランドも二分割された」そで、その後「ネーデルランドは、それぞれ東西の支配下に入るが、東西の辺境に位置し、いわば「はざま」的性格が強かったこの地域には、多くの自立的な侯国が誕生した」とゆー事らすぃ…

 そして「一五世紀になると、ネーデルランドの大部分はブルゴーニュ(ブルグンド)公国の領有下に入る。ブルゴーニュ家は、もともとフランス王のカペー家から血を分けている」そな…

 そんな中、「一四七七年、ブルグンド家の一人娘マリアがハプスブルク家に嫁いで、ネーデルランドはハプスブルク家の所領に帰した」とな…でもって1558年「ハプスブルク家の皇帝カール五世(カルロス一世としてスペイン王を兼ねる)が退位すると、同家はオーストリア系とスペイン系に分かれ、ネーデルランドはスペインの領有するところとなる」そな…

 そして次代のフェリペ二世の時、「リベラルな気風の強い北部(オランダ)で、ナッサウ=オラニエ家を中心にして反乱が起きた」とゆー事らすぃ…こちらの詳細は本書をドゾ。かくて「北部七州は一六〇九年、「オランダ連邦共和国」として事実上独立した」とな…

 そして「一七九五年にフランスの共和制を範とする「バタヴィア共和国」が、従来の総督制共和国にとって代わり、さらにナポレオンが登場すると、彼の弟ルイを国王とする「オランダ王国」が一八〇六年に樹立された。そして最終的にオランダはフランスに併合されてしまう」とな…

 そしてナポレオン失脚の後、「イギリスに亡命していた共和国総督の息子ウィレムが帰国し、一八一五年に「ネーデルランド王国」初代国王ウィレム一世として即位した。今日のオランダ王朝のはじまりである」そな…で、この時、南部(ベルギー)を含み、更に「オランダ国王はルクセンブルク大公を兼ねることになった」そな…「一八一四-一五年のウィーン会議で行われたこれらの決定は、ナポレオン時代の苦い経験から、オランダを強化してフランスの再侵攻を阻止しようという列強の意図から出たものであった」とな…

 でも「オランダ国王ウィレム一世の差別的支配への不満は、一八三〇年にパリで七月革命が成功するとたちまちベルギーに波及し、独立を要求する反乱になって爆発した」そな…

 かくて1830年ロンドン会議で、「ベルギーの独立を承認し、さらに第二回ロンドン会議では、ベルギーを永世中立国とすることを決定した」そな…

 そして「王制を独立の条件とされたベルギー議会は、最初フランス王ルイ・フィリップの次男ヌムール公を初代国王に望んだが、フランスを警戒する列強に容れられず、一八三一年、ドイツのザクセン=コーブルク=ゴータ公国からレオポルド一世を迎えることを承認した」となりますた…

 ルクセンブルクの方は、「ウィーン会議で大公国として独立を承認されたものの、ルクセンブルク大公位はオランダ王が兼ねていた」そで…でも「第三代国王ウィレム三世が一八九〇年に男子の世継ぎがないまま他界すると、オランダでは以後三代にわたる女王の時代を迎えることになる」そな…

 だが待って欲しい(笑)「ルクセンブルク大公国では、「サリカ法典」により女子の大公位継承権を認めていなかったため、オランダ国王がルクセンブルク大公位を兼ねることは不可能になった」とな…

 そゆ事で「一八九〇年、ナッサウ家のアドルフ一世が引き継ぐことになり、ルクセンブルク大公国はオランダ国王の支配から解放され、名実ともに独立を達成することになった」そな…そして「一八六七年にルクセンブルクはベルギーと同様、永世中立国としての保障が外国より与えられた」とな…

 そんなルクセンブルクですが、ヴィルヘルム四世に男子の世継ぎがなく、「女子の継承権を可能とする法改正が行われて、一九一二年に」マリー・アデライドが一八歳で即位したとな…

 WWⅠ後、「彼女の親独的態度が国民から非難を浴び、彼女は一九一九年に退位して妹のシャルロットに大公位を譲った」そな…またベルギーの「第四代国王レオポルド三世は、第二次大戦でドイツ軍に降伏したため、戦後退位に追い込まれた」そな…ちなみに「先王のアルベール一世は、第一次大戦ではベルギー軍を率いてドイツ軍とたたかい、国民から「騎士王」とあがめられた」そで…まぁともかく、ベルギーではボードゥアン一世に譲位されたとゆー事らすぃ…

 そして三国の王家は今でしょ(死語?)に続いているとゆー事らすぃ…いやまぁ何とゆーか、ベネルクスの歴史も半端ねぇーでございます…

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2017年10月24日 (火)

ローマの昔日?

須賀敦子のローマ  文・写真 大竹昭子  河出書房新社

 ミラノ、ヴェネツィアと来て、ローマ到達だろか?須賀敦子の欧州とは、仏と伊とゆー事で、特に伊は住んでいた期間が一番長いところだもんなぁ…縁があるとなれば、伊でしょか?

 須賀敦子の遍歴としては、「パリで二年間留学して帰国。しばらくは日本放送協会国際局に勤務するが、一九五八年、ふたたび日本を離れる決意をする。行き先は今度はパリではなくローマで、半年たらずで三十歳をむかえる初秋のころ、この街に到着した」そな…

 そして「ローマに来てすぐ、須賀は留学を斡旋したカトリック団体から半ば強制的にあてがわれたイタリア人の修道女が経営する郊外の学生寮に入った。だが、そこは規則ずくめで居心地が悪く、一か月いただけで、知り合いの神父が紹介してくれたテルミニ駅の近くの寮に移ったのだった」で、ローマの拠点はここになるとゆー事らすぃ…

 大まかな流れとしては、「フランスにいたころ、夏休みのあいだペルージャでイタリア語の講習を受けたことが、須賀がこの国に興味をもったきっかけだった。ローマに留学し、そこでコルシア書店の活動を知ってミラノに移り、書店のメンバーと結婚し、個人誌を発行し、日本文学の翻訳という仕事をなしとげた。そうした仕事を土台にして作家須賀敦子が誕生したのである」ですしおすし(笑)

 でもって、そのローマは、「街そのものが作家の思索の変遷にかかわっており、都市と建築物、その底に流れるヨーロッパの思想などが深く掘り下げられている」そで、「ローマは、フランスで得られなかったものを探しもとめたイタリア暮らしの出発点であり、晩年になって意識して自らを振り返った場所だった」となるらすぃ…

 そゆ背景からか、「留学時代に書かれた文章は、なにかを目指して燃えている明るい勢いにあふれている。屈託がなく、楽天的で、影を感じさせない。三十数年後に書かれた文章は、もっと陰影が深く、すべての出来事を静かに見据える深い視線につらぬかれている。理想は描かれず、さまざまな声が共鳴するポリフォニックな響きだけが聞こえてくる」に変化しているらすぃ…経験は人を育てるって奴でしょか?うーん?

 そのローマ、本書では、名所案内というか、観光地巡りというか、登場する場所が、どこかそゆとことつながっている感じがするのは気のせいか?というより、ローマにあるものは皆、必ず曰く因縁の歴史ありのよな(笑)

 例えば、須賀敦子が通ったとされるサンタンセルモ教会とか…「サンタンセルモもベネディクト派修道会の教会で、数多いローマの教会のなかでも「典礼の諸儀式の厳格さとグレゴリアン聖歌の美しさ」で知られているという。建物は比較的新しく、こぢんまりとしていて、なにも特別なところがないその「ふつうさ」に安堵感を覚えた」とゆーよーなとこらすぃ…

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2017年10月22日 (日)

本格的な冬に備えて?

野菜たっぷりのスープとシチュー  田口成子 井野好子・料理  成美堂出版

 表紙コピーは、具だくさんで栄養満点!とか、おなかもココロもあったまるとか、じっくりコトコト定番スープ、野菜が主役のヘルシースープ、ピリッと辛いスパイシースープ、主食にぴったりワンディッシュスープ、みんな大好きあったかシチューなんですが、所謂一つの汁物系のレシピ本だろか?

 いやもー何とゆーか、秋が来たぁーっで、そろそろシチューがおいしい季節になってきましたねじゃね?そんな訳でシチューの文字が気になって手に取ったんですが、レシピ的には、和野菜のラタトゥイユ風シチュー、チキンと野菜のクリームシチュー、きのことえびのクリームシチューパイ包み、ビーフシチュー、ミートボールのブラウンシチューとかあるのですが、シチューとゆーと、白いのと茶色いのとゆー簡単なイメージしかなかった己が情けない…

 まぁ本格的な冬に入る前に、シチューをマスターしておきたいと思う今日この頃ってか(笑)あったかいは正義なんですよ、おぞーさん(誰?)

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2017年10月20日 (金)

折れてなーい?

稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?  亀田潤一郎  サンマーク出版

 著者は税理士だそーで、その経験と著者が歩んできた人生訓の集大成って感じでしょか?でまぁ、それがタイトルに集約されているよな?

 そんな訳で「さまざまな社長の財布を目にするなかで気づいたのは、長年安定して儲け続けている社長、とくに資金繰りがスムーズにいっている会社の社長というのは、例外なく、「美しい財布を持っている」ということです」なんだそな…

 ふつくしい財布とは何ぞや?と、庶民な己は思ってしまいましたが?ブランド物で新しいとゆー事だろか?とか?

 誰でも一つは絶対持っている身近なアイテム、お財布にここは一つ注目してみよーってか?お財布との付き合い方教えますの世界が展開している模様?

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2017年10月19日 (木)

らびあんろーず?

ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅  文・写真 松本路子  メディアファクトリー

 ある意味、世界の庭園巡りかなぁ?まぁ薔薇園とも言うですけど(笑)でもって、仏と英だけですが、何か?ですけど(笑)

 まぁ有名人縁の土地、縁の薔薇キタコレって事らすぃ…バラの名前となれば、著名人の名前がついているものいぱーいでして、名前がついているとゆー事ば、その著名人がバラに関係していた事があるじゃまいかで、行ってみるといぱーいエピあるよって事らすぃ…

 そんな訳で、本書は、皇妃ジョゼフィーヌ、ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ、ピエール・ド・ロンサール、ウィリアム・シェイクスピア、ウィリアム・モリス、コレット、マリー・アントワネットと名前聞いただけで、ピンとくる方ばかりなりってか(笑)

 いや何とゆーか、これだけの人物となるとエピだけでもすごい事になりそーな悪寒じゃね?でして、例えば、ナポレオンの最初の奥さんだったジョゼフィーヌって、「正式なファーストネームはマリー=ジョゼフ=ローズ、幼い頃からの呼び名はローズ。「ジョゼフィーヌ」名は、後にナポレオンが自分だけの名で呼びたいと付けたものだ」そで、もしかしてジョゼフィーヌって渾名だったのか?それとも改称?ジョゼフィーヌってサインする時は、どの名前だったんだろー?私、気になりますっ(笑)

 まぁ、そんなジョゼフィーヌのマルメゾンの庭って薔薇で有名だからなぁ…ちなみに「フランス産とはもとより、オランダ、イギリスなど、あらゆるルートで手に入れた」薔薇がいぱーいって事らすぃ…更に新種の薔薇もいらっさーいらしーし(笑)

 かくて「マルメゾンの庭のバラは約二百五十種を数え、その多くが近代バラの基になっている。これはジョゼフィーヌの大きな功績で、彼女がバラの女王、そしてバラの母とも呼ばれる由縁である」とゆー事らすぃ…

 まっそんな彼女ですから、彼女の名前のついたエンプレス・ジョゼフィータとゆーバラも勿論ありますよってに(笑)オールドローズの一季咲きらしいんですが、写真見る分には、トーシロが見てもピンクのバラらしいバラのよな?

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2017年10月17日 (火)

国家人民の為に立てる君にして、君の為に立てたる国家人民には無之候…

街道をゆく 十  司馬遼太郎  朝日新聞社

 道のあるとこへならどこへでもな旅ですけど、今回は羽州街道と佐渡・国なかみち・小木街道でして、それってどこ?とゆーと、山形と佐渡島のお話になるらすぃ…

 どちらも全然土地勘がないので、何かおろろいたとしか言えねぇ…

 でもって、佐渡って佐渡金山位と朱鷺位しか頭になかったんですが、そんな甘いもんじゃなかった模様…「もっとも古くは「古事記」の国生みのくだりに出ている。ということは、七、八世紀の大和盆地の人々の可視範囲に、当然なことながらこの北方の海に浮かぶ孤島が入っていたことになる」そな…ちなみに佐渡は佐渡だけでお米自給自足できるだけの収穫量があった島なんだそな…

 また日本書紀の頃の大和政権の版図には「新潟県にまではとてもおよんでいない」とな、でも佐渡は入っていたらすぃ…

 とはいえ、「佐渡は「遠国」とされながら、「国」として区分された歴史は古い。奈良朝時代はそうであったり、なかったりした。しかし、「続日本紀」の養老五年の記述とおりなら、天平勝宝四年(七五二)十二月からはずっと「佐渡国」である」そで…

 話は飛んで江戸時代の日本海航路、「新潟港を目指す北前船も、風待ちなどで大ていは佐渡に寄港することが多かった。このため佐渡の言葉は上方アクセントが基礎になっており、越後弁と異なっている」そな…そーだったのか?佐渡弁?

 佐渡と金山の歴史って江戸に入ってかららしーし、の前に室町末期、上杉景勝が「金銀をめあてに侵冠してからであった」ですけど(笑)それに連なって、江戸初期の大久保長安と、辻藤左衛門、幕末期の川路聖謨の三人は要チェックやでぇみたいです(笑)いつの時代も有能なお人はいらっさると、そして有能ゆえに不遇に至るもこれまたいつものパターンか(笑)

 他にも日下部定好もお忘れなくでしょか(笑)

 また幕末の対露の島防衛問題なんかの件も本書をドゾ。対馬の事を忘れちゃあかんってか(笑)

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2017年10月15日 (日)

水の都の島々にて?

須賀敦子のヴェネツィア  大竹昭子・文・写真  河出書房新社

 ミラノに続くヴェネツィア編なんですが、ミラノが生活空間としたら、ヴェネツィアは旅先とゆー事になるのだろーか?メインは、ミラノ生活の最晩年辺りにヴェネツィアに行きましたとゆー話らすぃ…でもって、その頃須賀敦子は、夫と祖母と父を立て続けに亡くした心身ともにキタコレ状態で、またコルシア書店の方も時代の波にのみこまれて翻弄されている時、更に国際社会での日本があまりに米よりで評価がた落ちとゆー、海外にいる日本人にとっては相当に生き辛い時だったらすぃ…

 「夫を亡くした翌年の冬、ミラノから日帰りで訪ねたのが、その後も長くつづく須賀敦子とヴェネツィアとの出会いだったのだ。ヴェネツィアは夫が「きっといつか僕が連れて行くと約束した場所のひとつ」だったが、それを果たせないまま彼が亡くなったあと、書店の主催する講演会で知り合った生粋のヴェネツィアっ子に誘われて、島で短い一日を過ごしたのだった」そで、何とゆーか、癒しとゆーか、再生の土地みたいなノリになるだろーか?須賀敦子的に?

 そして、そんなヴェネツィアへの追想の旅が始まるって事でしょか?

 とはいえ、須賀敦子も初めての訪問時には、ヴェネツィアの魅力を即座に把握できなかったそーで、その後何度も訪れる内に知る事になるとな…「なにごとを理解するにも時間をかけるのが須賀敦子のやり方だった。いや、かけるんじゃなくて、かかってしまうのよ、と主張する声が聞こえてきそうだが、知識で理解するのではなく、対象の前に素の状態で立ち、感じたものかを手掛かりに肉体的に受容しようとつとめた」そで、だからガイドブックも読まないタイプだったらすぃ…「知識は他人が開拓したものだが、感覚は自分だけのものであり、感覚の地図が描けたときにはじめて知識が生き、対象が自分のものになるのだった」とゆーのが須賀敦子流の生き方らすぃ…

 もしや須賀敦子って、考えるな、感じよのお人だったんだろか(笑)

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2017年10月13日 (金)

かたちあるもの(笑)

欧州ヨーロッパのドボクを見に行こう  八馬智  自由国民社

 所謂一つのガイド本だろか?欧州見どころガイドとか?でも、本書の対象物は、普通の観光ガイドと違って、よくある名所旧跡・ショッピングとかじゃなくて、モノは土木建造物(笑)そして、欧州と一口にいっても、本書の対象国は、仏、独、蘭、白、瑞西の五か国…うーん近代工業的には、英が、また古代ローマ的には伊が抜きんでているよーな悪寒ですけど、こちらは一か国でも本一冊軽くできそーだからかなぁ?

 さて、本書でなるほろなぁと思わされたとこが、各国の最初にこの国のドボクってこんな感じみたいなミニ解説があるのですが、それが秀逸なんでございまよん(笑)仏の場合は「「文化」へのプライドが極めて高いだけでなく、近代土木技術の概念が生まれた国とも言われている」って、そーだったのか?仏?「ドボクのジャンルにおいても洗練されたかっこよさが漂っていて、それは他国の追従を許さないレベルだ」そーだけど、「全体的に見ると、個人プレーばかりが目立ってしまい、総合力ではイギリスやドイツに軍配が上がることが多いようだ」って…そんな訳で「オシャレ方向に突き抜けた個性豊かなフランスドボク」って事になるらすぃ…常に全体より個を優先するのが仏の美学って奴でしょか?

 これが独になると、かつては近代化の名乗りに英とか仏に先んじられた感のある独だけど、「マジメにこつこつと各種のテクノロジーを積み上げてきた成果」で、今EUの盟主ってか?そんな「ドイツのドボクは目的に対して正面から愚直にアプローチしているものが多く、壮大で無骨で厳ついものになりやすい」そな…そんな訳で「少々堅苦しい場面もあるかもしれないが、それらを全身で受け止めて、ドイツドボクを楽しもう」って、独の土木へのアプローチは体当たりしかないのか(笑)

 そして蘭の場合は、蘭の国民性とは「寛容で合理的で柔軟でケチだと言われている」って、ドンダケェー(死語?)「実は平坦な地形と独特の国民性は密接に関係がある」ってホンマでっかぁーっ?そゆ事で「オランダという国の成り立ちを知れば、そのことが強く実感できるだろう」とな…おらんださんも歴史に翻弄されたクチか?

 更に白となると、「ベルギーの特殊性は、民族や言語が異なる北のフランダース地方と南のワロン地方に二分され、かつ、絶妙に融合していると言う点だろう」とな…そんな訳で「捉えどころが難しいという前提で、親しみやすいがあまり洗練されていない風景を、ニヤリとしながら体験しよう」って、ドンダケェー(死語?)何とゆーか、ワッフルとチョコのイメージでいたらアレなのね(笑)

 でもって、瑞西はとゆーと、「アルプスの牧歌的な風景を思い浮かべる人もいるが、秘密主義のスイス銀行、徴兵制度による最強のスイス軍、標準装備だった核シェルターなど、EUにも加盟しない永世中立国として謎を感じる人も多い」って、英もEU離脱方向だし、金融立国は孤高ってか?まぁともかく、「アルプスの小国を維持するための思慮深さは、ドボクにも現れている」そで「文化や技術を丁寧に積み上げながら、自分の地域にとって都合がいいようにコントロールするしたたかさを目撃しよう」って、アンダーコントロールってか?

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2017年10月11日 (水)

家飲み?家カフェ?

絶賛!持ちよりレシピ  森下久子  河出書房新社

 表紙コピーは、「また、あれ作って」といわれたい!なんですが、ちょい昔から流行出した持ち寄りパーティの為のレシピ本だろか?参加者が、銘々何か一品ずつもってきてのご飯の場、いーと思いますなのかなぁ?まぁ会場宅が全部用意しなくていいとゆーとこもあると思いますかもだし、どこかの会場をレンタルして、持ち寄りでどよもあるのだろぉか?

 でまぁ、そゆ時の料理って何をもって行けばいいのか?本書によると、冷めても美味しい、取り分けが楽、サイズもミニで、見た目が華やか、インパクトよろしくで、会場宅に負担をかけさせないこと、持ち運びが楽なこと、調理時間の時短のワザを持てみたいなんですが、よーするに自分も相手先も楽々で楽しいを目指さないと、続いてはいかないって事だよなぁ…

 ある意味、お弁当レシピの豪華版みたいなノリだろか?とトーシロは思いますた(笑)まっ、パーティの予定はないが、どーしてこの本を手に取ったかとゆーと、ハンバーグが美味しそうだったから(笑)本書的には、さっぱりトマトソースの煮込みハンバーグ、なんですが、ハンバーグだと小っちゃいサイズでもたくさんあるとインパクト大だなぁと思いましてん…

 何か家庭料理の極地のよーなハンバーグですけど、パーティメニューにもなるんだなぁと、ちょっとおろろいた(笑)

 ちなみに「パーティを間違いなく盛り上げるには、男性受けするメニューを知っておくことも大切。会場で男性が「これ、うまい」と喜んでくれると、その場が明るく活気づきますよね。キー素材は、肉、ガーリック、ねぎ。これらを組み合わせた料理は、またたくまに売り切れます」って、このセットって何かガツン系と思うのは気のせいか?

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2017年10月 9日 (月)

お気に(笑)

NHKサラメシあの人が愛した昼めしの店  NHK「サラメシ」制作班(編)  主婦と生活社

 所謂一つの、番組派生本だろか?なので著名人達が贔屓にしていたお昼ごはん(お店)がいぱーいのガイド本になるんじゃまいか?だから、自宅の近所とか、仕事場の近所とか、昔からご縁があるとかで、十年、二十年当たり前、半世紀もどんと来いの世界だったりして(笑)

 でまぁ、本書を拝読して、一番に目にいったのが鰻のとこ(笑)そーいや最近、鰻食べていないよなと気付きまして(笑)本書にはお三方の贔屓のうな重キタコレで、一つ目は、淀川長治氏の、うな重(うなぎ奈加川/溜池山王)、二つ目は、米長邦雄氏の、うな重(ふじもと/北参道)、三つ目が本田宗一郎氏の、うな重(鰻家/東長崎)と出てくるのですが、いずこのうな重も皆それぞれに美味しいそー(笑)

 何とゆーか、鰻のごちそう感って、何なんでしょかねぇ(笑)お寿司とか、ステーキとかと違った、このハレ感とゆーか?究極の外メシ的な立ち位置って?世の中には鰻も自分でさばいて食する人もいるんだろーけど、圧倒的にプロ任せな分野じゃね?てゆーか、お魚屋さんでうなぎそのまま売っているのを見た事がないんだが?築地に行けばあるのかなぁ?

 まぁ有名人の人達みたいに気軽にランチでうな重なんてゆーのはアレだけど、日本人なら誰しも一つは贔屓の鰻屋ってあるよーな気がするのは気のせいか?

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2017年10月 7日 (土)

インテリジェンス、インフォメーション、インテレクチュアル?

人たらしの流儀  佐藤優  PHP研究所

 所謂一つのインタビュー本でしょーか?21世紀を生きる知恵とゆー事でしょか?何かもー現場感半端ないんですが…結局、これ位の事はスタート時に出来ていないと世界で勝負はできないとゆー事らすぃ…まっビジネスマン的にもそゆ事か?

 まぁ何にしても「インテリジェンスが優れているかは、常に結果がすべて、常に事後に決まる」のとこかなぁ…終わり良ければ全て良しって事なんですか?そーですか(笑)で、こーすると一回こっきりの厳しい世界のよーですが、実は「三回、チャンスを与えられる。しかし、三回ともうまくいかなければ、「あの人はいい人なんだけどね」で終わる。そうしたら、インテリジェンスの世界でその後、相手にされない」って事らすぃ…やっぱりとても厳しい世界の模様…

 何とゆーか、インテリジェンスには狡さを求められるけど、狡すぎると「皆から信用されなくなって逆に損をする」って、それどこの松永久秀?そんな訳で「インテリジェンスの理想的人間像は、「ずるさを隠すことのできる程度の知恵のある、ずるい奴」なんだそな…となると、毛利元就とか、徳川家康タイプになるんでしょかねぇ?

 とかく世の中嘘が多い世界ですけど、真のインテリジェンスのプロの世界では、嘘をつかないとゆールールがあるそな…むしろ聞いている分には掟とゆー感じだが(笑)もし、嘘を言うなら、後が怖い事になるとゆー…仕事は何事も信頼と実績ですから(笑)信用ないと始まらないと…

 とはいえ、「ロシア人がよくやるやり方」の「象さんの法則」というのがあるそな…こちらの詳細は本書をドゾ。ミステリ的にはダブルミーニングで違う答えに導く奴じゃね?嘘はついていないけど、導き出される答えが一つとは限らないと…それには絞り込む手順があると…

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2017年10月 5日 (木)

おうちイタリアン?

私のイタリアンごはん  栗原はるみ  扶桑社

 所謂一つのレシピ本でしょか?何となくイタリアンな、本書によると「ワインにも白いごはんにも合う」イタリアンとゆー事らすぃ…イタリアン、パスタとかピッツァ以外の洋食メニューになると、一目で、これが伊とか、仏とか、英とか、独とかとかとか、区別できる人ってどんだけいるんだろぉ?とふと思う?例えばステーキなんかの場合、ソースか?付け合わせで分かるんだろか?とか?済みません、料理音痴なので、さもない事、とこで日々つまづいておりまする…

 まぁそれもともかく、己の中でイタリアンときたら一番に浮かぶのはビザ、ピッツァでございますで、あの生地のとこはプロは違うといつも思ふ…ええ、カリカリのクリスピーな生地も、ふかふかのパンよりもふかふかじゃねの生地も、蕎麦とか饂飩と同じよーに伊ではビザ生地うち三年とか、十年とか修業が必要なんでしょかねぇ?

 ちなみに本書では、グリーンピース&トマトのピザ、三つ葉&生ハムのサラダピザ、チーズのピザ、トマトとルッコラのピザが掲載されておりまする…まぁピザも色々あらーなってか(笑)

 何とゆーか、伊のイメージは、マルゲリータのイメージそのままで、トマトとバジルとチーズの国って感じなんですが、実際のとこはどーなんでしょか?地方地方で全然違うとゆーのはよく聞くんですけど(笑)

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2017年10月 4日 (水)

くりっくり?

Hikurifukuro栗名月  日影茶屋  \230

 本日は十五夜という事で、ネーミング的にどよ?なんですが、どよ(笑)でもって、こちら所謂一つのお饅頭と思われですけど、どよ?

 で、お饅頭的には、中に白餡と栗が入っておりまする。そして、このお饅頭のガワ、しっとりではなくフワフワでもなく、サクサク系でござるとな…でもって甘くなーい(笑)茶色いから黒砂糖系かと思ってみたら、全然そんな感じはないとゆー(笑)

 更に、中身の白餡はさすがに甘いんですけど、これもサッパリ系というか、くどさは全くないよーな?

Hikurihalf← 半分

 そして、栗、多分まるごと一個が入っているんじゃまいか?渋皮付きの甘露煮っぽいんですけど、こちらもあんまり甘くないーいでして、総じてこちらのお饅頭、甘いには甘いんだろーけど、お上品な甘さのよな?

 でも外側のサクサク系のせーか、食べてる時、食べた後、口の中が乾くのでお茶が欲しくなる一品かなぁ?

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2017年10月 3日 (火)

作家誕生までの長い前振り?

須賀敦子のミラノ  大竹昭子・文・写真  河出書房新社

 所謂一つの旅行記だと思われですけど、でもそれは須賀敦子の足跡を辿る旅かなぁ?ミラノというと、伊の金融みたいなイメージでいたんですけど、実際のとこはどよ?って事でしょかねぇ?ましてや、須賀敦子が住んでいた頃のミラノ…年表見る分には、1960年代とゆー事になるらすぃが…半世紀以上前となると、どーなんだろぉ?

 でまぁ、まず須賀敦子の著作を拝読していないと、今一ピンと来ないのだろか?特に人間関係というか、登場する人物達とゆーとこで、どよ?かなぁ(笑)

 そんな訳でトーシロとしては、なるほろミラノにおろろく本書かな?と(笑)

 まぁそんな旅のエトセトラでは、「主要道路以外は道に名前をつける習慣のない日本の地図に親しんでいると、どんな細い道にもくまなく名前の書いてあるヨーロッパの市街地図は慣れるまでとても見にくいものだ」の件は、逆に日本に来る外国人観光客が、日本の道は分かりにくいとよくこぼすのと裏表の関係か(笑)地図も文化なんだなぁ(笑)

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2017年10月 2日 (月)

おいしい予感?

青山・表参道・六本木とっても上等なランチ  オフィス・クリオ  メイツ出版

 表紙コピーは、少しだけ贅沢して心を豊かにしましょうとか、日常からちょっと離れてすてきな時間を過ごしませんか?とかなんですが、所謂一つのレストランガイド本と思われ(笑)まぁ場所が、青山、表参道、六本木ときたら業界人の御用達って気がしないでもないが、まぁランチ位ならば一見パンピーでもオケなのか(笑)

 そんな訳で、豪華にランチ、贅沢ランチ、食欲の秋じゃけん食うぞーモードなら、肉でしょ?で、肉ならばステーキじゃね?と昭和な発想でつい見てしまいますた(笑)となると、牛ハラミのステーキ(シェ・ピエール/南青山)とか、牛フィレ肉のステーキ(レストランDaDa/北青山)、特選ステーキ他(鉄板焼きステーキあずま/神宮前)、けやき坂特選ステーキランチ他(けやき坂/六本木)、和牛石焼ステーキ(瀬里奈/六本木)、扇コース(ステーキ含)(喜扇亭/赤坂)とか、結構、昼からステーキあると思いますなのか(笑)

 とゆーか、鉄板焼き屋さんって基本ステーキがメインなんだなぁと、今更な事に気付く始末…何か鉄板焼き屋さんて、ホテルに一つは必ずあるのがお約束みたいなノリかと思っていたら、普通にあったんだなぁとこれまた今更な事に(以下略…)

 勢いで言ったら、和牛サーロインをガブっとな、ですけど、己の脂身考えたら、フィレ一択しかないよーな気がする…ソースもサッパリ和風だよね(笑)

 と肉にとりつかれてますが、本書、和洋中魚も野菜もデザートも何でも揃っていますので詳細は本書をドゾぉーっ(エコー付/笑)

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2017年10月 1日 (日)

海は誰のもの?

ローマ亡き後の地中海世界 2  塩野七生  新潮社

 そしてサブタイトルは、1巻と同じく、海賊、そして海軍なんですが、引き続き怒濤の地中海情勢でございます…前巻でシチリア島の陥落、イスラム圏にキタコレですけど、北アフリカの次のターゲットは、南伊とな…ちなみにこれらは「単なる軍事行動ではなくて「聖戦」(ジハード)なのである」ですしおすし…

 そんな訳で「北アフリカのイスラム教徒が旗印にかがけた聖戦は、海賊行為と表裏一体の関係にある」そで、「海賊行為には完全制覇に向けての前哨戦という意味があると同時に、同胞を食べさせていくうえでの産業になっていたからだ」とな…

 かくて「九世紀末から十世紀の間中吹き荒れたサラセンの海賊たちによる蛮行は、このようなわけで主として南イタリアに向けられた」そーですが、それ以外の地方も被害にあっていまっせってか…

 よーするに「制海権を保持していないということは、敵に海上を勝手気ままに行動される、ということにかぎらない。自由に陸地に乗りつけられるだけでなく、内陸部にまで深く進攻される危険に常にさらされている、ということでもある」の件は、今の平和ボケしている日本人には一番ピンと来ないとこじゃまいか(笑)

 でまぁ、伊半島はまだ表向きはビザンチン帝国領じゃね?でしたけど、そのビザンチンは、土地と民が被害にあっていてもなしのつぶて、ごくまれに軍隊を派遣しても海賊に全敗とゆー素晴らしさ…ここまでくると「キリスト教徒は皆「誤った信仰の徒で臆病なイヌ」と見下していたのが当時のサラセン人である」でも、彼らもビザンチン海軍はちょっと警戒していたらすぃ…それがこのありさまですから、「地中海西方には敵なしと、彼らが思ったのも当然である」になりましたとさ(笑)

 最早、見逃してくれとサラセンに上納金を支払うしかない南伊だったけど、そのお金もビザンチン帝国から出る訳でなく、南伊の人達からしぼりとり、更にそのお金を自分とこの代官たちが着服してサラセンに届けられていないですしおすしですから…公務員の鑑じゃまいか(笑)しかも海賊の来襲に、「ビザンチンの代官はさっさと逃げて助かった」の世界ですしおすし…だいたい、一つの地域への海賊の襲来で、殺された人の数六千、拉致された人の数一万とゆーだけで、今でも相当の人数だと思われじゃね?これが、人口少なかった中世ですから、被害がどれだけ甚大だったか分かろうとゆーものじゃね?

 とにかく、人力の中世ですから、労働力確保はどこも必至とゆー事らすぃ…この海賊行為(人さらい)には、「一、スペインに送り、キリスト教徒との最前線に投入する兵力として」「二、市場で売りに出し、男は農園奴隷に、女は家事奴隷として一生働かせるため」「三、鎖につないで、ガレー船の漕ぎ手として使うため」に必要って…

 よーするに小さい市町村ならば、一度の海賊の来襲で廃墟必至、そして誰もいなくなったになりもーしたがいたるところにキタコレ状態って…

 そして、それが中小都市だけにおさまらず、ついに「紀元九三四年、ジェノヴァが急襲されたのである」に至るわけで…

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