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2017年10月31日 (火)

結論なんて出ない旅の結論?

骸骨考  養老孟司  新潮社

 サブタイトルは、イタリア・ポルトガル・フランスを歩く、なんですが、前回に引き続き、お墓巡礼ツアーでしょか?どちらかとゆーと納骨堂巡りの方が正しいのか(笑)これが究極の死を思えなんだろーなぁと…でもって、欧州のお骨事情も、複雑怪奇でございましたなんだろか?

 結局、生死、人生観、死生観、共にどよ?って事かなぁ…「歴史の中では、身体は前に出たり、後ろに引っ込んだりする」そで、「身体が前に出るのは乱世で、背景に引くのが平和な都市の時代である」そな…でも、その変化もを「一度に変わるというものではない。いわば螺旋を描くように少しずつズレながら動いていく」のだそな…まぁ腹が減っては戦は出来ぬと、武士は食わねど高楊枝の間を気付かない内にシフトしているとゆー事だろか?

 でまぁ、著者は死というか、墓地というか、納骨堂というか、お骨の行方の現場にひたすら行ってみますたって事らすぃ…やっぱ事件は現場で起こっているんだぁーって事でしょか(笑)「ひたすら現場を歩いて、なにか出てくるのを待つ」「このやり方は、現代の学問とは違う。ちゃんとした科学の世界なら、研究には目的があり、方法があり、歴史がある」そな…「行ってみなければわからない。そこが面白いから行くのだが、これは学問とは認められない」となる訳で行き当たりばったりなんて、そんなの学問じゃねぇーって事になるらすぃ…フィールドワークって一体?

 で、結局、己の疑問は己で解決ってか?「意識が身体をどこまで、どう把握できるのか、それはわからない。だから実地に当たってみるしかない。身体の研究はつねに実地に戻ってしまう。身体は意識ではないのだから、当然であろう」って事になるらすぃ…何とゆーか、身体はどこまでも自然って事でFA?

 また、「世界は意識的にコントロールできる。そう思うことが意識の最悪の癖である。それを訂正するのは唯一、外界からの入力、つまり感覚である」じゃね(笑)

 
 アリス的には、暗い宿他のホテルシリーズでホテルかなぁ?今回の旅行では著者は奥さん同伴なので、「できるだけ立派なホテルにしてもらった」そーなんですよ、おぞーさん(誰?)なので、旅先のホテルが豪華でござ候で、これだけでも一見に値するんじゃまいか?
 まずローマでは、グランド・ラックス・ホテル・スプレンディド・ロイヤル…著者曰く「これ以上、立派そうな形容詞を探してみな」の世界に突入した模様…ちなみにこちらの最上階にレストラン・ミラベルがあるらすぃ…
 ミラノのホテルは、パークハイアットだそで「宿泊代はローマのホテルの倍くらい」なんだそな…ローマとミラノだとミラノの方が物価高いのだろか?
 フィレンツェではフォーシーズンズとな…ちなみにこちらのフロントの百ドル男の件の詳細は本書をドゾ。さすが伊って感じだなぁ?値段も予約もあってなきが如くってか(笑)
 ちなみに、フォーシーズンズの創業者は、「ユダヤ系で土建屋の二代目だったが、世界一のホテルを作りたいと一念発起して、たたき上げたらしい。カナダ人である」って、そーだっのか?フォーシーズンズ?
 で、ホテルですけどどこも一流といわれるとこは「どことなく入りづらい」ですしおすし…でこちらの詳細も本書をドゾ。よーは慇懃無礼感たまんないって事らすぃ…「その上、なんとはなしの文化的差別感を感じる。隠れた差別より、むき出しの差別のほうが気持ちがいい。そういうものだと思えばいいからである」の件は…そんな訳で「フォーシーズンズは、いわゆる一流のホテルとしては、その差別感がいちばんないような気がしていた。カナダ発祥で、ユダヤ人のオーナーならそうだろう。そう思っていた」そな…とはいえ、ロンドンのフォーシーズンズと仏のフォーシーズンズ、更にプラハのとこちらの詳細は本書をドゾ。商売繁盛、金持って来ぉーいってか(笑)事業が大きくなると、失っていくものってあるよねって事か(笑)
 こちらは面白豆になりそーな悪寒ですけど、ヴェネツィアのホテル事情…伊人の知人曰く「ヴェネツィア自体に泊まるとホテルが高いから、いちばん近くの町に泊まれと忠告された」そな…そゆ訳で、「ヴェネツィアには毎日そこから電車で通った」そな…ここまではよくある話と思うんだが、さすが伊、それだけでは終わらない(笑)「驚いたのは、毎日電車賃が異なること。窓口のオバサンの気分で決まるらしい」って、ホンマでっかぁーっ?
 リスボンのホテルは、Hotel Lisboa Plazaとな「値段も大きさも手ごろである」そな(笑)
 そして仏ではジョルジュ・サンク。ちなみに経営しているのはフォーシーズンズだったとは知りませんでした…
 後は、こちらは准教授的になるのか?「なにごとも理解でき、説明可能である。そう思うのがおそらく現代人の悪癖なので、だから異常な犯罪でも、報道は「警察は動機を追及中」と書く、追及すればわかるかというと、そもそも異常なのだから、かならずしもわかるとは思えない」んじゃね?って(笑)「わかる場合は、一見異常に見えたけれども、じつは異常ではなかった、ということなのである」って…犯社的にどーなんでしょお?准教授?
 それと大阪的なとこ?になるのか?「日本語の一人称と二人称では、時代とともに、主客が逆転する」の件で、「大阪では現代でも相手を指して「ジブン」という。関東人が不思議に感じる大阪弁の一つである」のとこだろか?
 これも大阪的になるのか?金銭感覚のとこで著者の「子どものころから高いとか安いとか、いってはいけないという暗黙の教育を受けてきたように思う。その点私は関東人で、関西ではずいぶん違うなあ、と思った覚えがある」の件でしょか?そーだったのか?アリス?
 他にアリス的というと、ムラージュのとこで、「フィレンツェからプロイセンにも職人が派遣されていたことを描いた推理小説もある」の件だろか?そーだったのか?アリス?ちなみにムラージュって何?とゆーと「人体の内部を精巧に複製してみせるムラージュは、現代の写真やテレビのCGに相当する」とゆー事らすぃ… 
 これもアリス的にと言えるのか?むしろ英都大的になるのか?で、「マリア信仰はゲルマンの大地神に由来するという説もある。教会はイデオロギーを統一しようとするから、正規の解釈以外はふつうは許されない。でも実際はテキトーというしかない」の件で、その点で新教よりカトリックの方がゆるくね?って事らすぃ…なんて「以前に一神教について、批判がましいことを書いたら、たちまち反論の手紙が来た」そで、それが「亡くなった主人は信者で、本当に他人の役に立つよいことをした。それが趣旨だった。あんたなんかとは、比べものにならないよ。それが言外に匂っていた。学校の偉い先生らしい。まったく反論の余地もないが、そういう人の学校には、なぜか通いたくないなあ」の件は完全に同意だろか(笑)そゆ点では、あの准教授を雇っている英都のゆるさに安心感を感じたりして(笑)
 さて、肝心のお墓の方ですが、アッピア街道沿いのローマ人のお墓も情報の固定化の為じゃね?みたいなお話が出てきますので、詳細は本書をドゾ。「万里の長城もピラミッドも、巨大な陵墓も、時間とともに変化しないものを意図している」そで、それの「いちばん安上がりなのは、情報化」って事で、文字化、書籍化って事らすぃ…「だからユダヤ人は旧約聖書とタルムードなのであろう」となるらすぃ…聖書って究極のコスパだったのか?
 でまぁ納骨堂はどこも皆インパクトあるよーな気がするのは気のせいか?で、ローマの骸骨寺では、「天井や壁の飾り、シャンデリアに相当する照明器具など、さまざまな室内装飾がすべて人骨で作られている」ですしおすし…まぁこちらの詳細も本書をドゾ。にしても「「かつてわれわれは、あなた方だった。あなた方はいずれ、われわれになるだろう」これが出入り口に示された墓碑銘である」で、頭を垂れるしかないよーな気がするのは気のせいか?アーメン…
 ミラノのサン・ベルナルディーノ・アッシ・オッサ教会の場合は、「壁は作り付けの本棚のような感じで、本の代わりに骸骨が整然と並んでいる。棚と棚の間を仕切る細い壁の部分には、骨が装飾として使われている。全体としては壁一面が頭骨で覆われた感じで、そのためかローマの骸骨堂より装飾が少ないように思える」って、ドンダケェー(死語?)
 葡の納骨堂では、モンフォルテの納骨堂のとこで「欧州で最小の納骨堂の一つではなかろうか」の件が出てきて、地方の小さい町にも納骨堂がある、それが西欧的にジャスティスらすぃ…
 でもって、「いずれの納骨堂も、時代的には比較的新しいものであることが注意を引く。中世の骨ではない。納骨堂という文化(?)がポルトガルにやってくるのに、時間がかかったことを思わせる。それでも納骨堂をともあれ作ったのだから、その基盤にある感性は欧米全体に共通するものであろう」って事らすぃ…感性か…
 
 もしかして葡らすぃーのか?で、プラゼーレス墓地のとこ…このプラゼーレスって、「快楽の意、どうして墓地にそういう名前がついているのか、少し不思議」じゃね?何かハイネの恋歌のよーだなぁ(笑)
 そして仏でサン・ドニ大聖堂キタコレなんですが、こちら「フランス歴代の国王の墓所として有名である。フランス革命までの国王は、数人の例外を除き、ほとんどがここに埋葬された」とゆー事になるらすぃ…でもって、「サン・ドニの国王たちの墓にはある特徴がある。それはジザン(「ジサン」とも)と呼ばれる、柩の蓋に置かれた本人の像である」キタコレって事らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。
 ちなみに「柩の蓋に死体を彫刻する例は、イギリスやスイスなど他の国にもある。ただし高位聖職者のものが多く、崩れゆく死体を示している」のだそー…骨とか、蛇とか、ガマとかキタコレってか?「こうした死体像に示される動物の存在は、死とともに原罪が抜け出すことを意味している」そで、「崩れゆく肉体を示すこの種の像は、ジザンではなく、トランジと呼ばれる。トランジとは、完全に白骨化する前の、白骨に「移行していく」姿を意味している」のだそな…
 でまぁ、仏、王家のお墓、棺事情は「二段ベッド式の墓」キタコレで、16世紀、ルネサンス仕様って奴でしょか?詳細は本書をドゾ。
 それと仏って事で、「モンマルトルの丘の上に立つ白亜の大教会、サクレ・クール寺院は、翻訳するなら「聖心」教会であり、この聖心は「清い心」ではない。心臓、とくにキリストの心臓そのものである」キタコレってか?こちらの詳細も本書をドゾ。どちらにしても仏の心臓特別視伝統キタコレらすぃ…
 それにしても権力者のお墓に対する対応って、これもお国柄が出るものなのか?「十六世紀前半のヴァロワ朝の三代の王の後、さらに三代を経て、ブルボン王朝になる。この王の最後にフランス革命がおこる。だからいちばんひどく壊されたのが王朝の始祖アンリ四世の墓だったらしい」って…仏にも墓荒らしって普通にあるのか?「墓を暴いて死者を鞭打つというのは、日本と中国の違いを示す例として有名である。ただしフランス革命の場合には、単に支配者に対する反感だけではなく、墓に使用された金属を利用するという名分があったらしい」そーですよ、奥さん(誰?)
 仏では、も一つパリジアン・ド・ティエ墓地キタコレでして、「パリ市営墓地の中で二番目」に大きい現役の墓地だそな…「各区画には多少の統一がある。たとえば中国人の墓はそれなりに集まっていて、広東省の人が目立つ。海南島も当然ある」なのに、「ヴェトナム人の墓は近くには見かけなかった」になるんですよ、奥さん(誰?)
 そして再び舞台は伊、ソルフェリーノの納骨堂と、ソルフェリーノの戦いの詳細は本書をドゾ。なるほろ西欧史一筋縄ではいかないってか…よろしいならばせんそうだって、つわものどもがゆめのあとってか?
 お骨関係で、「骸骨が語りかけてくるのか、こちらが骸骨からなにかを感じるのか。西欧はどちらかというと前者で、われわれは後者であるらしい。西欧の骸骨はいわば他者性を帯びている。骸骨にも人格の残余がある。われわれはそれを徹底的に自分のほうに取り込んでしまう」「だからこそ日本の世間では、死者は意見を持たず、権利を持たない」となるらすぃ…でもって、「西欧の死者はドラキュラになる。いわば完全に独立した人格というしかない」「だから敵対する場合には、退治するしかない。そこでは西欧社会の人間関係の常識がそのまま生きている」「相手と自分の間に切れ目があって、それを常に意識している。だから死んだ相手が自ら語るという表現になる」そな…
 そゆ事で、「主客でいうなら日本は徹底して主観的であり、ゆえに取り込み型である。西欧はまさに客観的であり、排除型である」になるそな…何だかなぁ(笑)
 まぁ詳細は本書をドゾですが、「ルネッサンスは個を生み出したというが、換言すれば行為の主体を生み出したのである。ある状況で、行動を決定する主体が存在する(「それはお前だ」)、それが「あえて主語を立てる」西欧近代のメタ・メッセージであろう」とな(笑)かくてやたら自己主張の強い人達が出張ってくるのか?本当にありがとうございました(笑)
 更にそゆ事で(笑)「個人の業績を顕彰」キタコレってか(笑)「十九世紀の欧州ではそれが「天才」という極端な形になった。その淵源はルネッサンス以来の個の重視であろう。世界を動かすのは卓越した個人なのである」そな…だから政治だとナポレオンで、音楽だとペートーヴェンの英雄なんだそな(笑)ヒーロー来たぁーってか(笑)
 宗教関係では、「宗教における布教の問題を端的にいうなら、人をどうだますか、である」って、正直者乙ってか(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。いやぁ解釈問題キタコレでしょか?もー本当に本書をドゾ。「前提はむろん聖職者はウソをついてはいけないということである」「でもどこからがウソになるのかは、述べられている言葉の定義にもよるし、聞く相手にもよる」そな…嘘って普遍的なものでなくて、相対的なものだったんですねぇ(笑)
 「「はじめに言葉ありき」の世界」の人達と違って、日本の場合、そんなに言語表現こだわらないわぁーの件も何だかなぁ?「言葉は素直に発せられ、素直に受けとられればいい」そで、実に日本的じゃまいか?ですけど、これはこれで「社会全体としては効率がいいからである」でして、「いちいち他人のいうことを疑っていたら」そりゃ効率悪いに違いない…
 蛇足ですけど、「ウソに関連して、二〇一四年のわが国では二つ、大きな話題があった。一つは朝日新聞の誤報問題、もう一つはSTAP細胞事件である」の件の詳細は本書をドゾ。でもって「意識中心の世界、現代のいわゆる情報化社会では、情報の発信、受容が大きな比重を占めるようになっている。若い世代はほとんどスマホに張り付いている。こういう時代に誤報の比重が大きくなるのは当然であろう」じゃね?
 後は、死生観というか、むしろこれは人生観かなぁ?で、人生とは「自己実現、本当の自分、個性を追求するようになった。その典型はアメリカ文化であろう」来たぁーってか?
 「そのアメリカの脳科学がなにを見つけたか、ヒトの脳のデフォルト設定は社会脳なのである」って…「一人でものを考えたり、集中して作業をする時の設定ではなく、だれか他人の相手をするときに働く部分がはじめから活性化している」って…ててててて(笑)こちらの詳細も本書をドゾ(笑)
 うーん、「欧米社会、とくに米国では、自由は主体する選択にあると見なす」がデフォってか(笑)いつでもどこでも選ぶ権利があるとゆーのが米的正義って奴じゃね?ですけど、ひるがえって日本はとゆーか、日本人はどよ?かなぁ?
 「欧米の文化では自由とは運動系にかかわる。なにをするか、つまり「する自由」が意識されている。東洋ではそれはむしろ感覚系に関わる。「感じる自由」ではないか」で、そーしてみると自由、平等、博愛も随分意味が違ってくるのだろーか?と素朴な疑問が(笑)
 まぁ何とゆーか感覚の自由というより、感覚からの自由かなぁ?解脱じゃね?と思ってみたり(笑)「心頭滅却すれば火もまた涼し」ですしおすし…でもって、欧米か(死語?)では、「主体があると、そうはいかない。状況に合わせて、自分で判断する。あくまでも主体が支点となって「状況を動かす」のである。だからしょうがなければ相手を殺す。問題自体を消去する」とな…なるほど、米の正義(笑)
 著者は自分を「要するに私は状況依存なのである」と断言していらっさるし…受け身ですなぁだけど、それは相手に強制はしていないとゆー事にならなまいか(笑)
 まぁともかく、「状況依存はさんざんバカにされてきた。主体性がない、自分がない、意見がない、ものごとを決める時には「空気」で決める」ってドンダケェー(死語?)かもしれないが、「状況依存ほど「客観的な」決め方はない。当面のすべての事情を配慮して決定するからである」なんですよ、奥さん(誰?)
 てな訳でこの手の場合、「後から説明責任を問われたって、答えられるわけがない。「あの時の状況では、ああするしか仕方がなかった」というしかない。さもなければ、腹を切る。要するに問答無用なのである」ですしおすし…
 豆知識的には、日本に馬車がなかったのは、「理由の一つは、馬の去勢という習慣がなかったからだといわれる。去勢しないと、暴れ馬が出てしまう」とな…そーだったのか?馬車?
 後、季節感の感覚の違いかなぁ?ローマ(アッピア街道)なら、三月初旬で「若葉がもう出ていて、路傍の草に小さな花が咲いている」という状況らすぃ…ちなみに小さな甲虫もいたそで、日本だと「三月下旬にならないと、虫はあまり出てこない」そーだし、「欧州は花の咲くもの早く、三月末には桜もレンギョウも、ロンドンですでに咲いてしまっている」そで、鎌倉より、ローマやロンドンの方が春は早いとゆー事か?
 それと伊、お国事情的な豆で、「ミラノは近代工業都市で、このあたりの人口はナポリより南、あるいはローマより南は、イタリアじゃない、という。イタリアといって一つにくくらないでくれ、ということだと思う」の件は、どこの国も東西や南北で地域差あり〼の世界が展開している模様(笑)
 これは伊だけじゃなくて、どこの国もかもしれないけど、以前訪れた教会の件で以前は「整備されていなかった」し「門番もいなかった」し、「拝観料もなかった」そな…でも「最近はこういうところは観光名所としてお国の管理になっている。だからすべてがお役所的になり、そうなると官僚の末端、いちばんの出先、たとえば門番が威張るのである」は、お役所と威張るはどこの世界でも完全に一致の世界共通語なのか(笑)
 これもお国事情に入るのだろか?で最近の空港手続きの煩雑さはどよで?「ブリティッシュ・エアウェイズの会長が文句をいっていたのをテレビで見たことがある。「なんでアメリカのやり方に叩頭しなきゃならないんだ」という趣旨である」って、それを普通に言えるのが英国人って事じゃね(笑)テラ羨ましス(笑)
 蛇足ですけど、「清朝の叩頭の礼がコウトウイングという英語になっていることを、そこで始めて知った」とな…中国語から英語キタコレもあるのか(笑)
 ポルトガルお国事情的には、「隣にスペインがあって、それしかない。そのスペインと仲が悪い。というか、おたがいに関係したくないらしい。だからわれわれが親しい西欧の中では「島」なのである」って、そーだったのか?ポルトガル?
 でもって、「マカオがあるから、中国とポルトガルの関係はあんがい深い。それに中国人は人数がむやみに多くて、そのうえ国内の居心地が今一つということなのか、やたらと世界中出かける」そで、ポルトガルで「中国人の集まり」あり〼とゆー事らすぃ…こちらの詳細も本書をドゾ。
 まぁこれもお国事情になるのだろーなぁなエピで、「二〇一三年は伊勢神宮の式年遷宮が話題だった。中国人の高級官僚が伊勢神宮を訪問して、日本人はまだこんなものを本気で信じているのか、と真顔で尋ねたという話がある。いうなれば中国人がアメリカ人になっている」の件だろか?そーだったのか?国際化(笑)
 そちら関係になるのだろーかで、「ともあれ銅像は、よほど歴史上の人物でないと、立てないほうがいいようである」の件で、フセイン、レーニン、スターリンの銅像の行方はってか…「北朝鮮の偉大なる我らが将軍様はどうなるか知らないが、多くは写真のようだから破けば済む。その意味で、べつに政治的にでも日本人だからでもなく、従軍慰安婦像は立てないほうがいいと、ごく普通に思う」そな…何故なら「銅像は意味が失われてからも長い年月保たれてしまう。そこが問題なのである。百年後に子どもが親に「あれはなに」と尋ねたとしたら、返事が「韓国の売春婦」というのでは、まことに話にならない。そういう風に話が縮むのがしかも普通であろう」じゃね?
 まぁ「王様と売春婦は世界で最も古い職業とされているし、王様の銅像はたくさんあるのだから、売春婦があってもいいようなものである。でも中国人がお金を出してアメリカにあの銅像を作るという話が伝えれている。これはいかにも理にかなう。日本の恥であり、やがては韓国の恥になるかもしれない、と中国人が期待している可能性があるからである。それなら相対的に浮かぶのは中国人である。なにしろ息の長い文化を持つ国民ですからね」まっこちらの詳細も本書をドゾ。米の正義は今日も絶好調ってか(笑)
 一方、そんな米の場合は,「二〇一五年秋、アフガニスタン北部で「国境なき医師団」の病院が米軍に「誤爆」されたという報道があった。そもそも私は「誤爆」というのを一切信じない。とくに米軍は前科が多すぎる」そで、「アフガンでは地元有力者の子弟の結婚式を誤爆した」し、コソボでは「中国大使館を「誤砲撃」したこともある」じゃまいか?
 何はともあれ「米軍は誤爆が得意である」ですしおすし…「自衛隊のイラク派兵前に、外務省の奥克彦さんと井ノ上正盛さんが現地で射殺された。これも米軍の「誤射」ではないかという記事が後に週刊誌に出た」そで…
 まぁそんな訳なのか「国際的な中立の委員会に調査を任せたいと国境なき医師団の代表がいっているらしい。誤爆じゃないだろ、という確信があるに違いない」ですしおすし…
 まっ米の正義と誤爆の間には深くて暗い河があるって事でしょか?詳細は本書をドゾですが、「大本営発表にタマされ続けた墨塗り世代としては、政府関係者に嘘をつかれるのがいちばん腹立たしい。その極め付けがブッシュ政権とそれを支えたネオコンである」ですしおすし…でもって「そのアメリカ政府の発表を、白々しくそのまま伝えていた日本のマスコミも政府も、信用する気はまったくない」ですよねぇ(笑)それでも政府(マスコミ)を信じますか?に当の昔に行き着いているよーな気がするのは気のせいか(笑)
 教会的な豆ならば、「カプチン・フランシスコ会の修道士の服は頭巾付き、ベルトは使わず、紐にしているのが特徴で、その紐に結び目がいくつか入っている。素足にサンダルのことも多い」とな…
 伊の教会は、「いまは大きな教会や施設はイタリアでは国有になっているから、日本でいう拝観料が必要である」になったらすぃ…京都みたいなんですね、分かります(笑)
 さて、本書でしみじみとしてしまったとこが、著者の思い出じゃないですけど、「子どものころ、欧米は徹底的に先進国だと思っていた。なにしろ理性的かつ明晰、科学という文化の源ですからね」の件だろか(笑)何かゴッホの日本に対するイメージを思い出してしまった(笑)でもって、「論理とは、さほど高級なものではなく、手続きだとわかってしまった。現代はそれをアルゴリズムと一言で呼ぶ」とこじゃないか?
 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエビ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。何とゆーか、「私にとっては、一冊の書物より、納骨堂のほうが参考になる。書物は情報だが、納骨堂とは全身で格闘しなければならない。それは修行であり、修行のありがたさは、どこだとはっきりいえないが、ともかく自分を変えてくれることである」と、本書とゆー書物で語っているところだろか(笑)
 最後に一つ本書で一番なるほろと思ったとこ世界遺産の件のとこで、「私の住む鎌倉は指定から外れたが、ふだんからむやみに人が多いところだから、ある意味では良かったのだと思う。少なくとも商売をせずに住んでいる住民からすれば、おかげで助かったというべきであろう。それでなくても好天の日、休日などは、市内での行動に不自由することが多い」の件は、パンピーならば完全に同意のお人が多数いそーに思うのは気のせいか(笑)
 訪問先は、
 伊・ローマ、アッピア街道、ローマの骸骨寺(サンタ・マリア・デッラ・コンチェツィオーネ・デイ・カプチーニ教会)、サンタ・マリア・デッロラツィオーネ・エ・モルテ教会(改装中)、イグナチオ・デ・ロヨラ教会、
 伊・ミラノ、サン・ベルナルディーノ・アッシ・オッサ教会、
  伊・フィレンツェ、フィレンツェ大学医学博物館、サン・ミニアート・アル・モンテ教会、スペコラ博物館、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
 伊・ソルフェリーノ、納骨堂、
 伊・サン・マルティーノ、納骨堂、
 葡、リスボン大聖堂、カンポ・マイヨールの納骨堂、モンフォルテの納骨堂、プラゼーレス墓地、ベレンの墓地、ジェロニモス修道院、
 仏、サン・ドニ大聖堂、パリジアン・ド・ティエ墓地
 目次参照  目次 国外

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