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2017年10月 3日 (火)

作家誕生までの長い前振り?

須賀敦子のミラノ  大竹昭子・文・写真  河出書房新社

 所謂一つの旅行記だと思われですけど、でもそれは須賀敦子の足跡を辿る旅かなぁ?ミラノというと、伊の金融みたいなイメージでいたんですけど、実際のとこはどよ?って事でしょかねぇ?ましてや、須賀敦子が住んでいた頃のミラノ…年表見る分には、1960年代とゆー事になるらすぃが…半世紀以上前となると、どーなんだろぉ?

 でまぁ、まず須賀敦子の著作を拝読していないと、今一ピンと来ないのだろか?特に人間関係というか、登場する人物達とゆーとこで、どよ?かなぁ(笑)

 そんな訳でトーシロとしては、なるほろミラノにおろろく本書かな?と(笑)

 まぁそんな旅のエトセトラでは、「主要道路以外は道に名前をつける習慣のない日本の地図に親しんでいると、どんな細い道にもくまなく名前の書いてあるヨーロッパの市街地図は慣れるまでとても見にくいものだ」の件は、逆に日本に来る外国人観光客が、日本の道は分かりにくいとよくこぼすのと裏表の関係か(笑)地図も文化なんだなぁ(笑)

 アリス的には、須賀敦子…作家としてはアリスが、大学教授としては准教授が、になるのだろーか?うーん?もしくは異国の異邦人としてはウルフ先生だろか?
 後、伊有数の文芸書肆ボンピアーニ社の件だろか?こちらの詳細は本書をドゾですが、「イタリアの老舗出版社はミラノ周辺に集中しているが、それは出版をはじめたのが北イタリアのブルジョワジーだったことが大きいだろう。有産階級が芸術に投資するという伝統が出版事業にも発揮されたのだ」って、そーだったのか?片桐さん?
 それにしても本って「一部のインテリをのぞけば庶民が読書することはあまりなく、本を読むという習慣そのものが上流社会のものだったのだろう。上流階級の好みや関心に通じている人々が、同じ階級のために本を作り提供したのは自然の成り行きだったのである」って、そーだったのか?読書?
 とはいえ、今でしょ(死語?)となれば、「一九七二年、ボンピアーニ家は会社の経営から手を引いた」そで、「リッツォーリ社などが入っている大手出版社系列のひとつになっている」そで、事業内容も勿論変わったとゆー事らすぃ…時代の流れって奴ですか?そーですか(笑)
 須賀敦子関係のミラノ名所は、須賀敦子のアパートメントがあったムッジェロ街とサン・カルロ教会、コルシア書店(現サン・カルロ書店)etc,と出てきまする…
 そのアパート訪問記のとこで「アパートメントの入り口にはオートロックがついていたので、管理人に事情を話して玄関ホールまで入れてもらった」「以前、日本の作家がこの建物に住んでいたと告げると、興味津々という表情であれこれ気をつかってくれた。こういう無邪気な好奇心はイタリアでよく出会うものだ。イタリアの中では「冷たい」と言われているミラノですらそうで、相手に対してストレートな興味を示し、言葉がわからなくても理解しようと努める」そで…うーん、アリスの夕陽丘のマンションも五十年後に訪ねる人がいたりするんでしょか?でも日本だからなぁ…五十年もたっていたら建て替えられてそー(笑)
 コルシア書店の方は、「戦後間もなくダヴィデとカミッロというふたりの神父がはじめた共同体活動の一環として、五〇年代のはじめにコルシア書店がオープンした」「ふたりを実務面で支えたのは、ガッティ、ルチア、ペッピーノの三人だった」とな…こちらの詳細は本書をドゾ。
 そんな訳で、須賀敦子は「イタリアにもどんぐりがあつまっていることを発見したのです」と「どんぐりのたわごと」の巻頭に書いたらすぃ…「イタリアの「どんぐり」とは、コルシア書店の仲間たちのことだろう。野心的にならずに、自分たちのできることを心をこめておこなっている彼らの姿が、「どんぐり的」に思えたのだった」の件は、本書の中でもインパクトのあるところですた…いえ、伊というと個人主義の最たるもので、ベルルスコーニの国だものと勝手に思っていたので…野心的じゃない伊人もいたんだと(笑)
 それとヴィボルドーネ修道院の件も実に欧州的かなぁ…何とコルシア書店の本を印刷、製本していたのがこの修道院だとゆーんですよ、奥さん(誰?)「印刷業はもともとローマのベネディクト修道会がはじめたもので、そこの修道女たちがここに技術を伝えたという」ですしおすし(笑)「いまでは修道院の印刷業は以前よりずっと縮小されているという。仕事のスピードが要求されて修道院のやり方ではたちゆかなくなり、仕事の注文が減ったからだ。いまは古書の修復と、神学関係の映像記録をCD-ROMに入れるのがおもな仕事だという」って、修道女にもコンピュータ化キタコレってか?
 ミラノ豆知識では、「大通りに面したホテルに泊まり、終夜運転の市電の音に悩まれた」そで、ミラノでの宿泊は大通り沿いより一本奥の道沿いがベスト?
 ミラノの街頭は日本人の目には暗めらすぃ…「建物が大きく、街灯が高い位置にあるので余計にそう思うのかもれしない」そで、「歩道を行く人の顔もまともに見えなかった」が通常運転らすぃ…欧米って室内の照明も暗めだと思うのは気のせいか?
 ミラノの通学光景は、「日本ならばひとりで行くだろうと思うような年齢の子供まで親に付き添われているのは、通学の安全を考えてのことかと思ったが、そうでなくて子供かわいさのあまり親がそうするらしい」って、ホンマでっかぁーっ?
 でもって、通勤事情というか、交通事情なんだろかではバイクか自転車多しらすぃ…「渋滞しがちな車より信用にあたいするので中心街には自転車やバイクで通う人が多い」とな…
 そしてミラネーゼ達はとゆーと「どの顔にも都会人らしい朝の緊張感がうかがえる。これはイタリアのほかの都市では見られない、ミラノならではの風景のように思えた」「洗練されたファッションで、自信ありげにさっさっと歩いていくさま」は、まさにミラノっ子って事らすぃ…それにしても「首都ローマの空気は意外にもったりしていて、このようなきりっと締まった雰囲気はない」って、ドンダケェー(死語?)やっぱ伊、北と南じゃ雰囲気かなり違うのか?
 後、これは全然知らなかったのですが、「目の前には銃殺されたムッソリーニの死体がさらされたというロレート広場があった」って、ムッソリーニってミラノでお亡くなりになったのか?てっきりローマかと思ってますた…
 それから、ミラノって運河の街だったとゆーのもこれまた全然知りませんでした…ちなみにミラノの運河はナヴィリオと言うそーな(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。
 これはミラノだけじゃなくて伊マメになるのだろか?で、日曜日たいていのお店はお休みなのにスイーツ店だけはオープンしとるとな(笑)とゆーのも伊では「日曜日は日ごろ離れて暮らしている家族と交流する日」なんだそで、「訪問の手みやげにお菓子を買い求める人が多いからだ」って、甘い生活ってか(笑)
 それと、これはトスカーナ人豆か?で、「トスカーナ人は「カキクケコ」の音が言えなくて「ハヒフヘホ」と言ってしまう(だから「コカコーラ」が「ホハホーラ」になる)」ってホンマでっかぁーっ?確かレオナルドってトスカーナ出身じゃなかったっけ?で、万能の人もハヒフヘホのお人だったんだろか?
 さて、本書の主人公の須賀敦子の経歴の詳細については本書をドゾなんですが、一例として「世界一周旅行の体験を繰り返し聞かせる父のいる家庭で育ち、小学校から私立学校に通い、大学院に進み、二度の留学を果たした」と、戦前戦後の女性にコレですから、相当の良家のお嬢様だったんじゃね?
 さて、須賀敦子のミラノ生活の詳細はこれまた本書をドゾですが、その一つに日本文学を伊語訳をして上記のボンピアーニ社とかで出版していたなんてのもあるのですが、時は70年代に向かい、世界情勢を見よではないですけど「ミラノの出版界でも、知識層でも、アメリカに協力しすぎる日本は極端に評判を落とし、また一般にいっても文学の需要が減っていた」と須賀敦子が言うよーに「日本人というだけで肩身が狭いような、うさん臭くみられるような雰囲気が蔓延し、おのずと自分自身に、自分の中の「日本人」に目が向いた」方向に進む事になるとな…
 よーするに異国人が現地で仕事ができるよーな状態や情況じゃなくなってきたとゆー事らすぃ…かくて須賀敦子は帰国すると…
 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。
 
 目次参照  目次 国外

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