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2017年11月 3日 (金)

大局は?

ローマ亡き後の地中海世界 3  塩野七生  新潮社

 サブタイトルは引き続き、海賊、そして海軍なんですが、1453年コンスタンティノープルの陥落来たぁーっから始まるよぉーの世界が展開していきまする…オスマントルコのターンってか?かくて、ビザンチン帝国は滅亡すると…

 の前に時系列的、歴史の動き…1258年「モンゴル軍の猛攻の前にバクダッドは陥落した」とな…「「バグダッド」はペルシア語で、「神に与えられし都」の意味であるらしい」、それまでの歴代支配者が首都としてきたクテシフォンを排除して、「純粋なイスラムの都として、新たに建設したのがバクダッドであった」そな…「西暦七六二年の遷都以来」「メソポタミア地方」の他の都市とは違って「バクダッドがイスラム教徒にとって、特別な都」だったらすぃ…なにしろ「イスラム世界の中心は、アラブ人の宗教とペルシア人の文明の幸福な結婚の成果を示す都市、このバグダッドにあったのだった」そーですから…

 ところが遷都500年を経て「モンゴルの前に屈したのである」かくて、以後、「イスラム世界の中心地は、モンゴルのいる東方ではなく、西へ西へと移る一方になる」そな…ちなみにセルジューク・トルコの首都がコニア、オスマン・トルコの首都はブルサ→エディルネと移動していった模様…

 まぁともかく中央アジアというか、オリエント、トルコでは東からのモンゴルの猛威が凄かったらすぃ…「西暦一四〇二年、小アジアの中央部にまで侵攻してきたモンゴル軍は、オリエント一帯のイスラム教徒の間では悪魔でもあるかのように怖れられていた」そな…トルコも迎撃態勢を築かない訳にはいかないってか?と「小アジアがモンゴル化しようものなら、オスマン・トルコの存続自体が危うくなるのだった」ですしおすし…

 かくてモンゴル対トルコの対戦はアンカラ近くの平原にて行われたそで「結果は、トルコ軍の完敗である。スルタンまでが捕虜にされるという慘状」により、それまでイスラム圏最強のトルコ伝説が地に落ちた瞬間とゆー奴らすぃ…かくてトルコは周辺の覇権を失う事になるが、紆余曲折の詳細は本書をドゾですけど、復活のトルコ来たぁーっ…そして1451年にマホメッド二世がスルタンに即位したとな…

 かくて運命の1453年4月12日がやってきて、5月29日コンスタンティノープル陥落、ビザンチン帝国滅亡とあいなったと…

 アリス的には、地中海…地中海殺人事件ってアガサ・クリスティだったっけ?

 さて、コンスタンティノープルが落ちた事によって、まさに世界が一変したとゆー事か?で、「以後のマホメッド二世は、まるで、返す刀で斬るという感じで西方キリスト教世界へと侵攻に乗り出していくことになる」のだそな…よーするに、みーんなみんなイスラム化すればいいんだわの世界制覇へにとな…

 また軍事的な理由もマホメッド二世にはあったとな…というのもトルコ軍16万人の内訳は「半数以上が、戦利品目当てに集まった傭兵」だったそな…とゆー事は「大軍を持ちつづけるために、トルコは勝ちつづけなければならないのだ」というもの、「属国は、トルカの力が衰えたと見るや兵力を提供しなくなる」し、「戦争をカネもうけの機会としか考えていない者どもは」「敗色濃しと見るや戦場を放棄して逃げ去る」のが必至…

 スルタンが心から信頼できた軍は「イェニチェリ軍団の二万足らず」というのが、オスマン・トルコ軍の実態だったらすぃ…

 とゆー事で、トルコ軍、常勝しかないの世界だったよーで、「一度でも敗北に喫しようものならば、たちどころに十六万は六万に減ったであろう」だし、兵士を遊ばせておく事もまずいとな、というのも「勝った後に時間をもてあましている兵士ほど、社会不安の原因になりやすいものはない」って、今も昔もどこも軍隊って何だかなぁ…

 かくてマホメッド二世は進軍するってか…1455年セルビア征服、1446年ボスニアを支配下に、1460年ギリシアのペロポネソス半島を統治下に、1461年トレビゾンド滅亡、黒海はトルコの海に。

 1463年レスボス島(ジェノヴァ植民地)陥落、島民達の行く末についての詳細は本書をドゾですが、一例として「領主はじめとして、命は許すという約束で降伏した三百人の主だった人々も、そのような約束などなかったとでもいうかのように殺された」から、お察し下さい…国際法とか、国家間条約、約束事なんて、でもそんなの関係ねぇー(死語?)なんですね、分かります…

 そして1469年「小アジアで大量の火薬が製造されていること」「十万を越える数の兵士が徴収」されている事「造船所で、多数の船の建造が急ピッチで進んでいること」が、ヴェネツィアのインテリジェンスの網にキタコレってか…

 1479年ネグロポンテ島(ヴェネツィア植民地・海軍基地)侵攻…こちらの詳細も本書をドゾですが、開城に対して「マホメッド二世は、降伏した者の首を斬るようなまねは絶対にしないと、アラーの神に誓って約束してきた」からのソレも「マホメッド二世は、約束を守った」「提督以下防衛に起った西欧人の全員の、首は斬らなかったが胴体を真二つに斬って殺したのであった」そな…

 ちなみにこの海戦の為にヴェネツィア海軍の指揮をとっていたのはニコロ・カナーレ…当時的に西欧全域で名の知れた「有名な法学者」であったそな…それがこのていたらく…以後、ヴェネツィアは「有名な知識人に自国の海軍をまかせるのに懲りて、知名度は低くても海軍の経験ならば豊富な男を、提督に任命するようになったのである」だそな…今も昔も知識人って実戦で役に立たないのが相場なのか(笑)事件は現場で起きているんだぁーっですよねぇー(笑)

 とゆー訳で、15世紀後半の東地中海情勢は、トルコによる侵攻で風雲急を告げていた模様…こちらの詳細も本書をドゾ。

 とはいえ、海上戦は、やはりトルコ軍的には苦手、不得手という事で、「トルコ帝国は、自国の階上戦力を海賊の頭目たちにまかせることにしたのである」に至るらすぃ…「この方策は、手っとり早いだけでなく安価にもついた」そな…どゆ事とゆーと「海戦は避けられないとなったときに、海賊たちに招集」かける、「それ以外の時期は、海賊業に専念してもらってけっこう」ですとゆー契約関係…

 こーして、海賊業とは「不信の徒であるキリスト教徒を敵とするという、イスラムの大義に沿う」行為であり、更に「私服を肥やすだけの海賊をやっているのでは得られない、公認された社会的立場を獲得すること」になったとな…公認海賊キタコレってか?

 これによって「西欧のキリスト教世界」の方は、「トルコの脅威に対抗するだけでなく、そのトルコ帝国の後援によって以前の十倍もの船で襲撃してくるようになった、北アフリカの海賊とも対さなければならなくなった」とな…倍率ドンってか(笑)

 かくて、「海賊の世界でも、頭目になるのはその人の能力しだい、という時代」になったそで、まさに儲かりまっかの最右翼なお仕事、腕一本でスルタンに次ぐ地位と権力をゲットできるかもってか?海賊、いきなり地中海の花形職業におどり出たになるんでしょか?うーん…

 そして、今まではアラブ人とか、ベルベル人とか、ムーア人とかいかにもイスラム圏な海賊キタコレでしたけど、こーなってくると改宗した、征服された地のギリシア人やユダヤ人やイタリア人やスペイン人が参入してくるというから凄い…

 こーして、地中海全域が、大航海時代だの、ルネサンスだとキタコレ状態にありながら、「質量ともに向上し大国トルコの後援を受けるようになった海賊たちの、活躍の舞台となったのであった」とな…

 そして「十五世紀末の時点で、国が責任をもって海賊対策を実施していた国は、ヴェネツィア共和国だけであった」とゆーから…お察し下さいってか…

 一方で、聖年1500年に合わせて、ローマへの巡礼者達の為にという名目で「歴史上はじめて、法王庁海軍が設立されることになった」とな…こちらの詳細も本書をドゾ。

 さて、さんざっぱら暴れまわったマホメッド二世の治世が過ぎ、孫のセリムがスルタンになっても、西への侵略は止まりませーんてか…そして今度はイオニア海のレウカス島(ヴェネツィア領)をトルコが征服し、海賊の基地化させたとな…

 こーして、1502年「法王ボルジアの呼びかけに応じて、対トルコを目標にかかげた連合艦隊が結成された」とな…こちらの紆余曲折の詳細も本書をドゾですが、一応、レウカス奪還しますたになった模様…

 かくて、海賊達はヴェネツィアが手強いと思い知ると、ショバを移したとな…イオニア海からティレニア海へと…このイスラム海賊の意識の徹底には恐れ入るとしか言いよーがないよーな、創設当初から最後まで一貫して、「手強いと見た相手には手を出さない」でもって弱いと見た相手には徹底的にむしり取る…何かどこかで見た構図のよーな気がするのは気のせいか?

 かくて1508年、リグーリア地方に海賊襲来、略奪、拉致、焼き討ちの三点セットキタコレってか…1509年、ローマ法王庁海軍の港オスティア来襲、旗艦を強奪される…

 また、スペインは大航海時代で、新大陸からお宝いぱーいの船がジブラルタル海峡を通過してバレンシアに向かう船が強奪される…

 そんな訳で、こちらの詳細も本書をドゾですが、1509年、「モロッコとアルジェリアの主要な港町は、スペイン軍の攻撃を浴びる」事になり、アルジェの港のすぐ北側に突き出ている岬を占拠「アルジェの要塞」キタコレってか…

 まぁ成果としては「スペイン王の自尊心を満足させただけ」程度ではあった「アルジェの要塞」ですが、アルジェの住民、イスラム教徒視点からすると、「誤った侵攻の持主ということで「不信の徒」と信じて疑わないこの人々の眼から見れば、キリスト教徒は誰であろうと、自分たちよりは下等な民なのである」「このような下等な民に、自分の家の一角を占領されていることが耐えがたかったのだ」になるらすぃ…よーするに宗教が介在すると「敵は敵でも単純な敵ではなくなる」とゆー事に…それにしても一神教って、強い弱いもアレだけど、それ以上に上とか下とかに物凄くこだわりもった人達のよな気がするのは気のせいか?

 さて、16世紀に入って、海賊クルトゴル対ローマとジェノヴァという構図がくっきりしていく事になると…そして神聖同盟キタコレとな…ローマとジェノヴァと仏の連合来たぁーってか(笑)

 今更な西側の国際事情のおさらい…16世紀は仏と西の二大国家対立がメインでござるの巻か?よーするに、フランソワ(仏)対カルロス(西)の二人の王様が永遠のライバルじゃないけど、西側の覇権を賭けて闘っていたと(笑)「この両者の間でくり広げられるパワーゲームが、全ヨーロッパを巻き込み、イスラム勢の攻勢に対するキリスト教世界の対抗を弱めることになるのである」ですしおすし…で、ここはこの後ずっと繰り返されるボリリズムってか(笑)

 そして、本書後半の主人公の一人になるんじゃないかのアンドレア・ドーリア来たぁーっ(笑)後、法王庁司艦隊司令官のパオロ・ヴェットーリもキタコレなんですが、やはり、このアクの強さからいってアンドレア・ドーリアに軍配が上がるよな?こちらの詳細も本書をドゾ。

 この攻防戦の果てというか、余波でまた「サラセンの塔」乱立キタコレになったり、イタリア半島は今日も大変というか、年中無休で戒厳令の日々だよなぁ…まぁジェノヴァの海賊対応もパネェと思うが、ヴェネツィアの対応も半端ない…戦争ではなくて犯罪者を徹底して、捕虜ではなくて即処刑を徹底って…そのせーかヴェネツィアが一番被害にあわないとゆーから、海賊って弱きを助け強きをくじくの対極にいらしたんだなぁ…まっ被害はスペインが一番うけていたらすぃ…こちらが見逃しても相手は見逃さないんですよ、奥さん(誰?)

 一方、イスラム側はどよ?とゆーと、ローマ法王拉致誘拐を狙っていたとな…「同じ一神教同士であるイスラム教とキリスト教のちがいは、それぞれの信仰の対象のちがいではなく、信仰のしかたが正しいが誤っているか、にあったということだ」そな…「イスラム教徒にすればキリスト教徒は、唯一神への信仰を深める途次で誤った道に入ってしまった人々であり、それゆえに不信仰の徒であり、人間ではなくてイヌ、なのである」だそで、「鎖つきで連行されるローマ法王の姿くらい、キリスト教徒が「イヌ」であることを示す標本もなかったであろう」から、是非、拉致誘拐せねばって事になるらすぃ…イスラムの論理ってパネェ…

 そして「西地中海を荒らしまわり、未遂に終わったとはいえローマ法王の拉致まで試みた大胆不敵なトルコ人の海賊を、トルコのスルタンは、トルコ海軍の総司令官に任命したのである」ですしおすし…クルトゴル大出世じゃね?

 とにかく、西地中海は、ローマとジェノヴァが何とか対応しなくっちゃの世界だったよーです。こちらの詳細も本書をドゾ。

 とゆー訳で、16世紀の世界の構図は、「キリスト教×イスラム教」「カトリック×ギリシア正教」「カトリック×プロテスタント」「カトリックの穏健派×異端裁判派」「フランス×スペインとドイツ」とゆー、皆さーん争っていますかぁーっな状態だったらすぃ…

 紆余曲折色々あってなですけど、ここにスレイマン一世(セリムの息子)登場ってか(笑)世界は、仏王、西王、土王、法王とヴェネツィア共和国の五つ巴のパワーゲームの世界に入っていくとゆー事らすぃ…ファイッ。

 まっオスマン・トルコのスルタンは、即位して血道を上げる事は戦いでござるなのがパターンなのか?スレイマンも1522年、ロードス島侵攻・陥落させると…こーして「地中海の東半分は完全にイスラムの海になったのである」とな…

 何といっても世界を「トルコ主流の「イスラムの家」にすること」という大義名分があったし、「強大国の最高権力者になって、領土拡大の魅力に抗しきれた人はほとんどいない」そで、「唯一の例外は、ユリウス・カエサル、アウグストゥス、ティベリウス」なローマ帝国だったって…線引きした人達か?とにかく、スレイマンにしてもカルロスにしても領土拡大ええじゃないかええじゃないかだったのは否めない訳で…

 さて、名のある大海賊いぱーいで、「ユダヤ人シナム」とか、「ハイルディーン」(赤ひげ)とか、出てきて大活躍さの世界ですので、詳細は本書をドゾ。

 対する海軍の傭兵軍団的なソレでアンドレア・ドーリアきたこれにもなると…このドーリアの雇い主の変遷もまた凄いので、こちらの詳細も本書をドゾ。西側のトップ達って…

 まぁ対海賊戦の方でドーリアによって一定の成果が出てきたますたになった場合、海賊の方はどーするか?強いとこを避け、弱いとこを狙うのが海賊のお仕事ですから、何と自陣側じゃねの北アフリカ側を狙えってか?まだ実質トルコ領でないんだからオケじゃねって、ねこそぎ北アフリカを制覇し、自分の下に置く事に、赤ひげは成功する訳だったりして…

 そして「赤ひげは、自力で奪い取った地方を、トルコのスルタンに献上したのである」チュニジアとアルジェリアもトルコ領になりましたとな…かくて、赤ひげはアミール(海軍帝国)の地位を手に入れるに至ったとな…

 とにかく、スレイマン的にはゴーウエストで、陸に海に大攻勢をかけた時代じゃまいか、こちらの詳細も本書をドゾ。ウィーン包囲網とか、この時代の事でございます…

 でまぁ、紆余曲折の果てについに赤ひげはトルコ海軍の総司令官になるのでござるの巻か?そして初っ端から海賊行為全開だぜぇーで行くのでござる(笑)これが1534年にの事…

 この辺りの西洋史も半端ないで、1537年、ヘンリー八世、カトリックから破門される、1538年、イエズス会が公認、1542年、トリント公会議キタコレ…

 こーしてついに西側一致団結、北アフリカの本拠地をたたく作戦来たぁーってか?1535年チュニスへGoってか?指揮をとるのはアンドレア・ドーリアだぁーっ(笑)ちなみに「一五三五年の「神聖同盟」に参加していなかった大国は、フランスとヴェネツィアであった」そな…こちらの詳細本書をドゾですが、チュニスは陥落したけど、海賊は全員逃亡しましたが何か?で、どんなにキリスト教側が勝利宣言しよーと、海賊は再編に進むってか…

 そしてキリスト教側では、仏と西の対立がのっぴきならないとこまでキタコレでしょか?フランソワ的にはカルロスの方が上なんて絶対に認めたくないとゆーだけの事のよーな気がするのは気のせいか?

 これまた詳細は本書をドゾですが、1525年パヴィアの会戦、1536年ミラノの領有権を巡って一触即発ってか…そこで仏王フランソワは掟破りの暴挙に出ると…「フランス・トルコ同盟」である…しかも事実上の軍事同盟じゃね?仏軍が北伊で西軍をひきつけておく間に、西領の南伊へ土軍は強襲していいよって、ドンダケェー(死語?)

 トルコは、赤ひげに南伊土海軍基地を設置し南伊全域を、ユダヤ人シナムはソマリア沖でポルトガル船を狙えとな…

 キリスト教側対トルコの戦いについての詳細は本書をドゾ。まっドーリアってパネェでしょか?それもともかく、今度はスレイマン、その腹いせか赤ひげにコルフ島(ヴェネツィア領)を襲わせたとな…中立なんて、そんなの関係ねぇー(死語?)味方以外はみんな敵ってか…

 1537年のおさらい…フランソワ、ジェノヴァを手中に出来ず、カルロスはミラノを手にいれる。土軍はウィーンを攻撃停滞中、南伊のカストロを手に入れ周辺を襲撃中…

 かくて再び(?)対トルコ同盟結成の時が来たってか(笑)目標は「イタリア半島とギリシアをへだてるイオニア海にまで進出してきたトルコの勢力を一掃すること」じゃけんっ…

 蛇足ですけど、実に今でしょなエピじゃまいかで、「ヴェネツィア政府は、領土の拡大には関心はなく海外との自由で安全な交易しか重要視してこなかった」、「トルコのスルタンの関心は、領土の拡大にあって交易にはなかった」とゆー事で、「価値観の相違」キタコレってか…しかも笑えない話は「このような場合、勝負を決めるのは、「理」ではなく「力」なのである」って…なるほろ、価値観が違うと共存は厳しーって事か…

 まぁともかく、仏と西とローマ法王庁の駆け引きと思惑が錯綜する中、かくてヴェネツィアも対トルコ戦に参戦ってか…

 豆知識的には、コンスタンティノープルとは英語読みの発音なのか?「この首都の正しい呼び方はギリシア語の「コンスタンティノポリス」である」なんだそな…都市の名前って一体…ちなみに伊語だと「コンスタンティノーポリ」になるそな…で、トルコ語になるとイスタンブールになると…

 他にもオスマン・トルコの首都だったエディルネ(土語)は、ギリシア語だと「ハドリアノポリス」なんだってぇー…五賢帝のハドリアヌスが造ったのか…こちらも伊語だと「アドリアーノポリ」だそな…

 これは面白豆知識になるのだろか?で雄たけびも出身地でちゃいまんねんで、ローマなら「聖ピエトロ」、ジェノヴァなら「聖ジョルジョ」、スペインだと「サンチャゴのため!」となり、マルタ騎士団だと「聖ヨハネ」になるそな…何を叫んで突撃するか?でどこの人か一目瞭然ってか?

 も一つお国事情的な豆で、おフランスの場合「他国人が始めたことは、それがいかにすばらしいことであってもやらない、というフランス人特有の気質」って…そーだったのか?仏人…仏人って究極のドメスティックな方々だったのか…

 これも豆知識的になるのか、「存命中から「大王」とか「大帝」とかの継承つきで呼ばれる人は、例外なく、他国の領土に侵攻することで自国の領土の拡大に成功した人である」ってホンマでっかぁーっ?でもって「内政面でいかに重要な業績をあげても、「賢帝」とは呼ばれても「大帝」とは呼ばれない」って…なるほろ国際法に違反しても領土拡大がジャスティスってか(笑)人間と国家の業ってパネェ…

 後は、これだけ長い間、拉致誘拐で奴隷化されていたのにも関わらず、西側には浴場はなかったそな…「イタリアでもフランスでもスペインでも法王庁でも、同時代の北アフリカには数多くあった「浴場」は、持っていなかったし持とうともしていない」とな…イスラム教徒を捕虜にする事はあっても、「その人々を、異教徒という理由だけで強制的に収容し奴隷として働かせるための使節であった「浴場」は、当時のキリスト教世界のどこにも存在しなかったのである」って…

 また逆も真なりで、前の巻でそんな捕らわれた同胞奴隷達を買い戻す為にでけた救済修道会とか、救済騎士団とかもイスラム側には皆無であったとな…これが「中世・ルネサンス・近世を通しての、キリスト教世界とイスラム世界の違いを示す一つかと思われる」って…じっと手を見るってか…

 この点では、頭髪と髭の対処にも言えるんじゃまいか?で、「拉致してきたキリスト教徒の男たちを、誤った信仰をもつという理由だけで人間以下の存在と見なし、その証しとしてひげを剃り頭髪も剃った姿にして「浴場」に収容したのである」がイスラム側の対応だったのに対して、キリスト側の捕虜の扱いは、聖ヨハネ騎士団以外は、個人の自由として同じ対応をとらなかったのだそな…

 そして土軍のイェニチェリ軍団の豆では、「定期的に巡回してくるトルコ政府の役人によって、トルコ帝国に住むキリスト教徒の家庭から強制的に連れ去られた十歳にみたない年頃の少年たちが、軍務をたたきこまれて育った男たち構成されていた」そな…ルーマニアのセクリターテみたいなもんだろか?ちなみに、イェニチェリ軍団の掟では「背を見せた者は、仲間であっても殺す」だそな…これが本当のでっとおああらいぶやねん?

 現代豆知識では、伊海軍の士官候補生の訓練用の大型帆船の名前が「アメリゴ・ヴェスブッチ」なんだそな…ちなみに「イタリア海軍史上屈指の海将ということでは、現代イタリア海軍の関係者の誰も異存がない」アンドリア・ドーリアの名前がついた船は、「巡洋艦」についているそな…ちなみにこちら「護衛の艦なしで戦闘可能」だそです…おサスガすぐる(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。個々の戦いとか、個々の事情とか、個々の背景とか、本当に半端ないです…でもって、本書で一番ハーヘーホーと思わされたとこを一つ、「敵に勝つには、敵と同じやり方をする、という考え方である。イスラムの海賊に対しては、彼らと同じやり方をしないかぎり勝てない、というのだ」の件じゃね…まさに、今でしょ(死語?)と思うのは気のせいか?

 目次参照  目次 文系

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