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2017年11月 9日 (木)

北斎に始まり、北斎に終る?

奇想の江戸挿絵  辻惟雄  集英社

 まずは、「日本人は昔も今も、文章に絵をつけたがる。物語を文字で追ったり聴くだけでなく、眼に見えるイメージとして体験することが好きなのだ」ですしおすし(笑)よーするに平安の昔の絵巻物からして、そじゃね?の世界らすぃ…で、それが連綿と今でしょ(死語?)まで続いていると…

 そんな中で、本書は江戸時代に注目してみますたとゆー事になるとな(笑)そゆ事で、浮世絵っぽい絵柄の挿絵(白黒)キタコレの世界だろか?で、黄表紙の出番ですよってか(笑)

 「黄表紙のデザインの特徴として、細かなテキストの文字が絵の余白をびっしり埋め、あたかもマンガの吹き出しの無限延長のように見える点が見逃せない」のだそな…これは最早、絵本じゃね?の世界が展開している模様?

 そして読本キタコレで、山東京伝と曲亭馬琴の二大スター来たぁーっとなり、「京伝は歌川豊国と、馬琴は葛飾北斎と、それぞれコンピを組んで活躍した。文化年間が読本の黄金時代である」になるらすぃ…

 でもって、そのモノクロの挿絵は、「マンガ・劇画・アニメの先達」とな…表現力パネェって事でしょか?詳細は本書をドゾですが、「人間は「動く物質」であるのに、それを「動かない物質」としてスタティック(静止的)にとらえるのが西洋流だとすると、人間や妖怪や自然までも「運動の相のもとに」とらえる読本挿絵の手法、ひいて世界観は、近代の哲学者ベルクソン先生のお眼鏡にかなうやもしれない」って、ホンマでっかぁーっ?

 アリス的には、読本かなぁ?「読本は、その名のごとく「読む」かちを主張した小説である。もともと上方でつくられた当初は文字中心のものであった。だが江戸ではそれに、意匠をこらした口絵や独立した挿絵頁を加えて読者の視覚に訴えようとした。これが江戸読本の全盛を招くことになる」って、そーだったのか?アリス?

 それから絵師関係かなぁ?天農画伯的に?「読本挿絵でも、北斎と豊国はライバルであった。しかし、北斎は豊国を凌いで大変な人気を集めた」って、そーだったのか?アマノン?

 さて、実際の挿絵を見てみよーで、その詳細は本書をドゾなんですが、一例として曾我蕭白「雪山童子図」のとこを見ると、「羅刹の姿を思い切り醜悪に描く、ここでも身の丈二丈(六メートル)八面九足とテキストにあり、このような悪魔的なイメージが生み出された」のシーン…何とゆーか、もののけ姫か、千と千尋の世界にそっくりと思うのは気のせいか?

 グロい系では生首キタコレでこちらの詳細も本書をドゾですが、日本的に一つあげるとしたら「尼城錦」の首の絵でしょか?著者的には、「読本作品の中でもっとも恐ろしいものといってよい。隅田川の川面に流れる美女に生首のクローズアップは、あまりの不気味な迫力ゆえ本書に載せるかどうか迷ったほどで、葛飾北斎の有能な弟子蹄斎北馬の力作を捨て難く小さめに載せた」という程の絵なんですが、これ女性の顔だったのか?てっきり殿方の顔かと…

 ちなみに「読本や合巻には、このように陰惨な場面が好んで描かれている。多くの絵師が競ってグロテスクな生首をゴロゴロと登場させた時代だった。あまりの生首の流行りように、文化五年(一八〇八)には、「合巻作風心得之事」という通達が出たほどであった」そで、「生首が飛びまわる場面のほかに、蛇などか身体手足に巻きつく場面や、凶悪な男女を登場させること、体などから火が出る場面も禁止されている」って、ドンダケェー(死語?)

 とはいえ、「日本人はグロテスクな妖怪をもかわいげで人なつこい姿としてとらえる」そで、「生首の場合はそこまでゆかないが」「生首が娯楽としてのホラーの対象に仕立てられる」って、ホンマでっかぁーっ?

 そしてその妖怪なんですけど、まず、幽霊と妖怪の違いとは何ぞや?って「学者の間でも議論がある」なのか?「小松和彦氏は、幽霊を異界に住む妖怪の一つのタイプであり、生前の形で生首の前に現れる死霊と考える(「妖怪学論考」)」そで、「諏訪春雄氏は、人間であったもの、つまり死者が、人間の形をとって現れるものが幽霊であると定義し、妖怪一般と区別する。諏訪によれば、妖怪は異界、幽霊は他界と、それぞれ住む場所も違うことになる(「日本の幽霊」)」そな(笑)

 幽霊か、妖怪か、それが問題だってか?詳細は本書をドゾですけど、エピを一つだけ…「二〇〇五年から翌年にかけて、国際交流基金の援助により、パリ日本文化会館で「YOKAI~日本のおばけ図集~」展が催された」そな…妖怪と幽霊キタコレで大好評だったらすぃ…で、「パリ市民に受けたのは妖怪でなくむしろ幽霊だった」からお立会いってか(笑)幽霊は国境を超えるでしょか(笑)

 幽霊画についてのエトセトラも詳細は本書をドゾですけど、やっぱこの人を忘れてはいけないで、真打葛飾北斎キタコレってか(笑)「彼なしでは幽霊画の世界は成り立たない」ですしおすし(笑)例えば「霜夜星」の「お沢の幽霊が鎌倉で災いをなす場面」の絵なんですが、「これと不思議によく似た恐ろしい顔のクローズアップが、大友克洋の「AKIRA」PART4に出てくる」ってホンマでっかぁーっ?

 蛇足ですけど、マルセル・ブリヨン(20世紀の仏の評論家)が著書「幻想芸術」の中で、北斎を絶賛しているそな…仏的には、幽霊、それも北斎の幽霊がジャスティスって事なんだろか(笑)

 一方、妖怪の方ですが、こちらの詳細も本書をドゾ。後、骸骨とか髑髏とかもどよ?で、「骸骨は死の象徴として西洋の文学や絵画でごくなじみのものである。乾燥した気候が死者をミイラや骸骨として保存するのに適しているという事情が、その裏にある。これに対し湿気の多い日本では、土葬された屍は、腐敗し、骨すら満足に残らない。そのためだろうが、中世まで髑髏が絵画のモチーフになることはあまりなかった」って、そーだったのか?アマノン画伯?

 それにしても「江戸時代の後期になると、西洋から輸入された解剖書の刺激からか、骸骨や髑髏がさかんに描かれるようになる」って、ホンマでっかぁーっ?

 妖怪関係では、他に動物の妖怪もどよ?って事になるらすぃ…でもって、全然知らなかったのですが、「動物の妖怪を描くのは案外難しい」って、そーだったのか?動物妖怪?それと付喪神みたいな、道具の妖怪化あると思いますだろか?こちらも日本あるあるの一つなんだろなぁ(笑)

 後、絵画の手法としての自然描写どよ?だろか?「アニミズムの観念に沿い、神や怨霊の意を体した自然である」のとこですよ、奥さん(誰?)風とか、雨とか、嵐とかの表現の描線を見よってか?例えば、北斎の神奈川沖から見た富士山の絵のあの波の表現なんかも、そゆ事になるらすぃ…まぁ北斎のこれらの描写は海外にも相当に影響を与えた模様で、こちらの詳細も本書をドゾ(笑)

 後、面白いと思わされたのは、光の表現のとこだろか?光が拡散している表現を、旭日のよーに描くアレ、相当昔からあった技法なんですねぇ…西洋の宗教画もさもありなんですけど、「北斎が摩訶不思議な光の世界を現出させて、オランダの版画家エッシャーの絵のような超現実の雰囲気が印象的である」キタコレってか(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん、挿絵いぱーい、エピいぱーいの世界ですので、興味のある方は本書をドゾ。いや、絵の場合は、もー現物を見よしかないよな?ええ、モノホンのインパクトに勝る表現なしじゃね(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

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