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2017年12月 3日 (日)

自分が生まれる前のことについて無知でいることは、ずっと子どものままでいること(笑)

仕事に効く教養としての「世界史」  出口治明  祥伝社

 所謂一つの歴史本でしょか?うーん、この手の本って、その道のプロというか、学者先生以外の人が書いた本の方が面白いと思うのは気のせいか?とかく学者と官僚の書いた文って無味乾燥なのは何故なんだぜ(笑)

 でまぁ、何とゆーか、世界各国について、著者博覧強記としか言えねぇでして、これは是非読んでくだせぇーの世界かなぁ?口語体で非常に読みやすいので、これで世界一周、歴史の旅ができてるんとちゃう?じゃね?

 そんな訳で、目次を見てちょで、はじめに なぜ歴史を学ぶのか、第1章 世界史から日本史だけを切り出せるだろうか・-ペリーが日本に来た本当の目的は何だろうか?・いま求められている日本史の知識について・奈良時代の女帝たちは「男性の中継ぎ」だったのか・ポルトガル船が漂着したから、種子島に鉄砲が伝来したのか・ペリーが日本にやって来た、本当の目的は何だったのか・交易が、歴史の重要なキーワードである・第2章 歴史は、なぜ中国で発達したのか・-始皇帝が完成させた文書行政、孟子の革命思想・文字が残る決め手は筆写材料にあった・始皇帝が完成させた文書行政が、歴史の発達を促進させた・孟子の革命思想が、中国の歴史をさらに発達させた・中国の神話に大洪水が出てくるのはなぜか・歴史がきちんと残るのなら自分の名前を後世に残したい・科挙という制度は、紙と印刷の存在で可能になった・コラム 帰って来る中国人留学生・第3章 神は、なぜ生まれたのか。なぜ宗教はできたのか・-キリスト教と仏教はいかにして誕生したか・本章でお話ししたいこと・ドメスティケーションの最後が、神の誕生だった・最後の審判という概念はどのようにして生まれたか・直線の時間と、ぐるぐる回る時間がある・善悪二元論が、生まれてきた理由・キリスト教と仏教はいかにして生まれてきたか・[1] キリスト教の誕生 それはユダヤ教の宗教改革として始まった・[2] 仏教の誕生と発展は、新興ブルジョアジーに支持されたからである・[3] パウロの後、キリスト教は、どのような人たちに広まったか・ゾロアスター教の永遠の火・第4章 中国を理解する四つの鍵・-難解で大きな隣国を誤解なく知るために・一つめの鍵は中華思想にある・二つめの鍵は諸子百家にある・三つめの鍵は、遊牧民と農耕民の対立と吸収の歴史・最後の鍵は、始皇帝のグランドデザインにある・コラム ロシアで一番面白い人?・第5章 キリスト教とローマ教会、ローマ教皇について・-成り立ちと特徴を考えるとヨーロッパが見えてくる・本章を設けた理由・「カトリック」とは何を意味する言葉なのか・キリスト教が、ローマ帝国の国教になるまで・[1] ローマ帝国の衰退とキリスト教の伸長・[2] 信教自由令と公会議・[3] コンスタンティノープルへの遷都・[4] キリスト教が国教となる・ローマ教会の、悪戦苦闘が始まる・[1] 衰退するローマとクローヴィスの転向・[2] 偶像崇拝禁止令・[3] ローマ教会の自立・せめぎあいが続くドイツ王とローマ教皇・叙任権闘争と贖宥状、聖年、宗教改革・[1] 叙任権闘争と贖宥状・[2] 聖年・[3] 宗教改革と新大陸作戦・ローマ教会の持っている三つの大きな特徴・[1] キリスト教の、ワンオブゼムである・[2] 領土を持ってしまった教会である・[3] 豊かな資金と情報を持っている・コラム 「神聖ローマ帝国」とは何か・第6章 ドイツ、フランス、イングランド・-三国は一緒に考えるとよくわかる・知っているようで知らない国々・三つの主要国は、どのようにしてできたのか・最初は強大だったドイツが、だんだん細分化されていくのはなぜか・フランスと英国の成り立ちは一緒に考えると、わかりやすい・英国に議会の伝統が生まれた理由・百年戦争が英国とフランスをはっきり別の国にした・ヴァイキングの人たちはもとは商人であった・コラム 刑事コロンブス?・第7章 交易の重要性・-地中海、ロンドン、ハンザ同盟、天才クビライ・生態系と交易との関係・交易の道は、東から西へ・地中海の交易ルートを巡って栄えた都市、衰亡した都市・ロンドンが海上交易の中心になっている理由・ハンザ同盟の技術革新、発展と盛衰・東の交易圏・[1] 天才クビライが考えた銀の大循環・[2] グローバリゼーションへの不満、朱元璋という男・[3] 東方交易の最後の輝き、鄭和艦隊の大遠征・ユーラシアの交易とシルクロード・コラム モンゴル、ペスト、新大陸・第8章 中央ユーラシアを駆け抜けたトゥルクマン・-ヨーロッパが生まれる前の大活劇・もう一つの遊牧民がいた・ユーラシアの大草原に生まれた史上最強の遊牧民の話・トゥルクマンとマムルーク・トゥルクマンがつくった大王朝、セルジューク朝・トゥルクマンの武力とペルシア人官僚の組み合わせがインドに大帝国もつくった・騎馬軍団の前に歩兵と鉄砲が現れた・ヨーロッパという概念は遊牧民の進出が止まって誕生した・第9章 アメリカとフランスの特異性・-人工国家と保守と革新・初めに、日本人のアメリカ観について・人間の当たり前の心情を断ち切って生まれた国がある・アメリカを応援して影響を受けたフランス・人工国家に対する反動として近代的保守主義が生まれた・人工国家だから、思いがけないことが起きる・特にアメリカの特異性について・[1] 大統領が尊敬される理由・[2] やり直しの舞台を提供できる広大な大地があった・[3] 西部の保安官から世界の保安官へ・第10章 アヘン戦争・-東洋の没落と西洋の勃興の分水嶺・英国がインドに抱いた野望・英国はインドにアヘンをつくらせて中国に密輸した・アヘン戦争の始まりと終わり・[1] 林則徐の登場と退場・[2] 林則徐と明治維新の意外な関係・たとえばアヘン戦争をGDPの変化で眺めてみる・アヘン戦争から、歴史は西洋史観中心になってしまった・[1] 愛国心という意識はどこから生まれてきたか・[2] 歴史は勝者が書き残す・-19世紀に西洋史観が確立した・終章 世界史の視点から日本を眺めてみよう・国と国家について・国も人もピークがあり寿命がある・なぜ、戦後の高度成長は生まれたのか・週に一度でもいいから英字紙を読む・日本の社会常識を、世界史の視点で考え直してみる・おわりに・なんですが、この構成で、だいたい分かる人は分かる流れじゃまいか?でしょか(笑)うんがぐぐっ(笑)

 アリス的には、歴史というより、国名シリーズでいくか(笑)

 で、まぁアリス的という事で朱色他の占いキタコレで、亀の甲羅や牛の肩甲骨を焼いて占うという亀甲占いでしたっけ来たぁーってか?中国は商の頃のソレですが、これって国の命運を賭けた占いですから、悪いケが出たらどーするんだ?とゆー素朴の疑問のとこで、「亀の甲羅を焼く前に、食事の下ごしらえをするように、プロが甲羅の下ごらしえをしていたのです。削ったり、少し割れ目を入れておいたり、望んだ結果の割れ目が出るようにしてあった」そな…確か、ローマの時も鳥占いだったと思うんだけど良い目が出るまで繰り返したはずで、占いってどこも似たよーなもんじゃないのけ?東も西も、変りなしってか(笑)これが国ぐるみでデータ改ざんの起源か(笑)

 英国庭園の英国関係では、宗教改革、英的には英国教会キタコレのとこだろか?これって元はカネの流れなのか?よーするに「イングランドの教会からローマにお金が流れ出る」のは如何なものか?で「国内から海外へお金が逃げ出すキャピタルフライトを避けたいと思うのは、為政者の常です」しおすし(笑)建前は離婚を認めないですけど、本音はお金の国外流出を避けたいだったのか?かくて「イングランドもローマ教会から離脱して英国国教会をつくりました」とな…英のお金は英にって事ですね、分かります(笑)

 でまぁ、英国事始めですけど、英は「海に面していて、いつもヴァイキングの恰好の餌食になっていました」とな…「デンマークからやってきたヴァイキングの、クヌート王がイングランドを占領しました(1016年)」そで、「イングランドはクヌートの帝国の一部になりました。これが英国の出発点です」って、そーだったのか?ウルフ先生?

 まず「ローマ軍が撤退した後、イングランドと呼ばれる大ブリテン島の南部地域には、アングロ・サクソン人が小さな王国をいくつもつくっていました」とな…この王国を制圧したのがクヌート王ですが、その後の英国もまとまらなーいって事が続いたらすぃ…かくて英の王族の一人ハロルドが仏のノルマンディーに漂着する(難破する?逃亡する?)まぁともかくたどり着いたと…そこでノルマンディー公国のギョームに、「ハロルドは臣従の礼をとり、ギョームのイングランド王位の継承を認めます」キタコレってか?

 なのに英に帰国したハロルドは、「先王が死ぬと自分が王様になってしまう」とな…ここで怒ったギョームは、英国へ侵攻、ノルマン・コンクエストきたこれってか(笑)かくてウィリアム(ギョーム)が初代の英国王となってノルマン朝を開く事になると…このウィリアム征服王は、仏では仏王の臣下、ノルマンディー公で、英では英国王という、どゆ立ち位置なのか?の二束わらじ生活始めましたキタコレってか(笑)このノルマン朝の人達もパネェで、ヘンリー二世、エレアノールとかの詳細は本書をドゾ。何でしたらキャサリン・ヘップバーン主演の映画「冬のライオン」もドゾ(笑)

 そしてリチャード一世、ジョン欠地王キタコレで、こちらの詳細も本書をドゾ。このジョン王があのマグナ・カルタのジョン王なのか?これも、戦争で増税ばかりなりで、こんな王様の言う事きいている場合じゃねぇーとゆー事から始まったとは(笑)領土は失う、税金は上がるでは、さすがに国民も立ち上がるよなぁ(笑)かくて英国議会の始まりキタコレってか(笑)それにしても英国議会って予算審議会から始まったみたいなノリなのか?湯水のよーに税金使う王様は駄目絶対って事なんだなぁ(笑)予算内でヨロってか(笑)

 更に仏との百年戦争キタコレでは、フィリップ六世vs.エドワード三世、どっちが血筋的に本流か?って事の王位継承権争いってか(笑)そして、これによって英は完全に仏とは別国としての道を進む事になると…袂をわかつってこーゆー事なんだなぁ…

 スイス時計的には、スイスで、ドイツ王にハプスブルク家キタコレのとこかなぁ?元々「スイスの領主の一人だったハプスブルク家のルドルフ一世」ドイツ王に就任ってか?

 スウェーデン館的には、北欧、ヴァイキングきたこれなんですけど、「ヴァイキングの活動は9世紀、10世紀頃から盛んになりますが、それは地球が暖かくなったからです」って、よーするに農業生産力が上がって、それに伴い人口も上がると、でも「人口が増えると、北国の穀物生産量では養うことができません」で、ヴァイキングは穀物を求めて南下すると…でも、南下した先、例えば仏とか英とかでは、いきなり余所者キタコレでフェアトレードなんて、でもそんなの関係ねぇー(死語?)って事に、かくてヴァイキングは武器を持つってか?そーだったのか?ヴェロニカさん?

 そんな訳で、ノルマンディー(公国)とか、イングランドとか、南伊でノルマン・シチリア王国とか、アイスランドとか、サンクトペテルブルクから川をのぼりノヴゴロド公国とか、キエフ公国とか進出したとゆー事らすぃ…ちなみに「ロシアのことを古くはルーシと呼んでいましたが、これはもともとスウェーデンのヴァイキング(ヴァリーグ)のことです」って、そーだったのか?ヴェロニカさん?

 さて、本書の歴史、いずこの国も皆それぞれにパネェでござるなんですが、それでも学校で習った世界史のおかげか?ある程度はどこかで聞いたよな?の下地とゆーか、おぼろげながらに流れが分かる気にさせられるんですが、トゥルクマンのとこの章は、もー丸々何を言っているのか全く分からなくて、頭がついていけませんですた…いや、世界って広い…でもって、中央アジアというか、ユーラシア大陸の真ん中辺りの歴史って、ぽっかりと抜けている事に気付きますた…

 で、トゥルクマンって何?とゆーと「テュルク系遊牧民」の事らすぃ…そゆ訳で中央ユーラシアの歴史キタコレで、「最初にスキタイという国が興り、アカイメネス朝ペルシアと対峙しました」そな…そして「その次匈奴という国が興りました」そで、「匈奴は漢と戦い東西に分かれたりして、五胡十六国の時代に中国に侵入」キタコレってか…でもって、その「匈奴の一部がフン族と呼ばれ、長躯西進」来たぁーっ…で、諸部族の玉突き、民族大移動キタコレってか…でで、匈奴の次は鮮卑、その次が柔然となるらすぃ…何はともあれこれらの国の特徴は「すべて大騎馬軍団を骨格とした遊牧民の国家」ですしおすし…

 そして時代は552年「突厥という国が柔然を破って中央ユーラシアを制覇」キタコレってか…この「突厥という漢字は、Turkの音写です(テュルク)」だそで、ここからテュルク来たぁーっとなるのか?とにかく、「モンゴル高原からカスピ海に至るまでの大領土を支配」したそな…

 ところが「744年に同じテュルク系のウイグルに滅ぼされます」が、それから840年にウイグルも「キルギスに滅ぼされます」とな…栄枯盛衰って…

 とはいえ、「キルギスは、強力な統一国家をつくることができなかったので、モンゴル高原は群雄割拠状態になり、弱小遊牧民の契丹(キタイ)やモンゴルが舞台に登場してくる素地が生まれました」となるらすぃ…

 一方、敗れたウイグルの方ですが、西進、「中央アジア南部のサマルカンドやアラル海の近辺、カスピ海沿岸など」を通過し、イスラム化したそな…でで、「このイスラム教に感化されて西に行った人々を、一般にトゥルクマンと呼んでいます」となったとな…

 も一つ一方、750年にイスラム帝国のアッバース朝キタコレってか…「首都はバグダードですが、800年代にバグダードの北にあるサーマッラーに遷都していた時期もありました」とな…

 さて、875年「サーマーン朝というペルシア系の政権が中央アジアに生まれます」ちなみにこちらは、「いまのブハラやサマルカンド、つまりウズベキスタン共和国あたりを本拠」としてたとな…その国境に、トゥルクマン来たぁーっなんですよ、奥さん(誰?)

 サーマーン朝的には、屈強な戦士のトゥルクマンきたこれで、何をしたか?とゆーと、その子供達を買ったとゆー事じゃまいか?それを自前で育成して戦士として、自分とこは勿論、何と「アッバース朝をはじめとするイスラム諸国に輸出しはじめました。この取引は大成功して、大量のトゥルクマンがイスラム諸国へマムルークとして売られていき、大きな戦力に成長していきます」って…奴隷売買ならぬ戦士売買、もしかして軍産企業事始めか?

 ちなみにマムルークって、「直訳すると、奴隷」だそーだが、貴重で巨大な戦力ですからねぇ…「買ったほうも自分の親衛隊として大切に育てます」しおすしで、「やがて彼らはユーラシアのイスラム王朝の近衛軍の中核となっていきます」なんですよ、奥さん(誰?)

 まっ、尤も、アッバース朝のとこのエピですが「この親衛隊は、カリフ直属の親衛隊であるということを笠に着て、乱行を繰り返しました」で、マムルークって、腕っぷしは強くて一騎当千かもしれなかったけど、民度か限りなく低かったって事でFA?なんだろか?ちなみにバクダードからサーマッラーに遷都したのも、その乱行で街から追い出されたとゆーのが真相らすぃ…いつの時代も余所者のありがたさってか…

 そんな訳で?「サーマーン朝のマムルークが軍政長官にまで出世し、やがてサーマーン朝から独立してアフガニスタンのカブールに近いガズナ」に新たに王朝建てたぜのガズナ王朝キタコレってか…「後にインドまで勢力を広げます」ですしおすし…

 そして10世紀末、「オグズ集団の中からセルジュークという部族長」来たぁーっで、子供の代には「ガズナ朝に仕える人も出てきました」とな…その「セルジュークの一族」は、「トゥグリル・ベグ」の代、1040年、「ガズナ朝を破って、当時いくつかあったトゥルクマンの王朝の中で、最後の支配者となりました」とな…

 その勇名を聞いて、アッパース朝のカリフは、「内乱の絶えないバクダード」の鎮圧を依頼し、見返りに「スルタンとしてトゥグリル・ベグを認め」よーじゃまいかってか(笑)これは「カリフ自身はイスラムの精神的権威として、地位と名誉は維持したうえで、実質的な王朝維持と武力的擁護を含めた支配権を、セルジューク朝に与えたことを意味します」ですしおすし…てな訳で、「トゥルクマンが歴史の表舞台に登場」ってか?

 さて、ここで問題です、トゥルクマン達がバクダードに入城したはいいが、官僚がいないから行政ができませんって、何故って彼らは皆戦士なんですよ、奥さん(誰?)とはいえ、「バクダードにはペルシア人の官僚の家系が、ずっと生き残っていました」とな…てな訳で、ここで「トゥルクマンの武力とペルシア人の官僚という組み合わせが成立」する事で、互いに補い合いウインウインってか(笑)

 かくて、セルジューク朝は、大帝国を築く事になり、「聖地エルサレムも制圧しました」になるそな…「最盛期には、西はアナトリア半島からシリアまで、さらにメソポタミア全域からペルシア湾、イラン、アフガニスタン、現在のキルギス共和国あたり(フェルガナの地)」まで勢力圏とな…

 で、セルジューク朝が内紛で分裂したトゥルクマンが独立して新たに王朝建てたぜっていうのが、ルーム・セルジューク朝(1077-1307)「いまのトルコ共和国があるアナトリア半島に、つくられた王朝」「アナトリア半島のトルコ化、イスラム化に大きな役割」を果たし「この王朝の末期に、アナトリア半島のコンスタンティノープルに近い海岸沿いで、オスマンというオグズ系のトゥルクマンの部隊長が、独立しました。後に子孫がオスマン帝国を建設します」とな…

 ザンギー朝(1127-1234)は、「北イラクとシリアを支配したこの王朝はモスルに首都を置いたアタベク政権です」そで、ちなみに「アタベクとは、セルジューク朝の君主の子弟の養育専任者の称号」だそな…「セルジューク朝の衰退期には、アタベクの称号を持つ独立王朝が数多く生まれました」とな…

 他にもホラズム・シャー朝(1077-1231)もあるで、「セルジューク朝に仕えたトゥルクマン系のマムルークが、カスピ海の東、アラル海に注ぐアムダリア川下流の、ホラズム地方に興した王朝」とな…「この王朝はセルジューク朝を1194年に滅ぼし、一時期、中央アジア、イラン、アフガニスタンの地に大帝国を築きましたが、チンギス・カアンに敗れて、滅亡に向いました」とな…

 さて、時代は十字軍遠征キタコレで、第一回十字軍の時はセルジューク朝内紛で十字軍側勝利キタコレですけど、ザンギー朝でけたで第二回、第三回十字軍キタコレになったらすぃ…その「第三回十字軍を撃破したのはサラーフッディーン(サラディン)というクルド人の武将でした」って、そーだったのか?クルド人?

 で、そのサラディンは、ザンギー朝からファティーマ朝(エジプト)に転職しますたそで、しかも「国の衰退に乗じて、これを倒しました」ってドンダケェー(死語?)1171年、アイユーブ朝でけたってか(笑)ちなみにファティーマ朝は「イスラムのイスマーイール派(シーア派の分派)の王朝」だったのに、「アイユーブ朝はスンナ派でした」そで…サラディン的には「カリフの権威を保っているアッバース朝の宗主権を認めて」「カリフをむしろ尊重しました」とな…

 そんなアイユーブ朝に、1248年第六回十字軍キタコレってか…仏王ルイ九世従軍で、対するアイユーブ朝のスルタン・サーリフ病没、アイユーブ危うしでスルタン直属のマルムークの迎撃で、「ルイ九世を捕虜にして、独力で十字軍を撃退」しますたってか(笑)そしてスルタンの未亡人とマルムークの首領アイバク結婚で、アイバクがスルタンに」とゆー事で、「エジプトにマルムークの王朝」がでけたとな…

 一方、1258年「モンゴル帝国のフレグが西アジアに進軍」「カリフを殺害してアッバース朝を滅ぼし、バグダードに入場」キタコレってか…続いて「シリアを攻略」、次はエジプトと虎視眈々ってか?そこにモンゴル帝国、皇帝のモンケ死亡、フレグ帰還となり、留守部隊とマルムーク朝が交戦する事に…パレスティナのアイン・ジャールートでの対戦で「不敗であったモンゴル軍が破れます」来たぁーとな…

 ちなみにこの時のマルムーク朝のバイバルス将軍、「彼の出自はカザフ草原にいたキプチャク集団」だそで、「キプチャクもオグズと並ぶ西方に向かったチュルク族の大集団の一つ」なんだそな…モンゴル対エジプトというよりは、騎馬軍団同士の戦いってか?でもって、地の利が勝利を分けたと…でまぁ、「バイバルスはマルムーク朝のスルタンになります」とな…

 1261年、バイバルスは、「フレグによって滅ぼされて放浪していたアッバース朝の一族をカイロに招いて、カリフに就けました」そで、「カリフの保護者になったバイバルスは、みずからマッカ、マディーナのイスラム聖地二都市の保護者をもって任じ、カアバ神殿にかける絹織物(キスワ)を寄贈するキャラバンを、海路から初めて送り出しました」とな…かくて「バイバルス以降、キスワを奉納するものがイスラム世界の指導者であるとの慣習が成立します」なんだそな…そーだったのか?キスワ?ちなみに今でしょ(死語?)はサウジアラビアが奉納しているらすぃ…

 さて、そんなアジアに西はともかく、東はどよ?とゆーと、「中国では五代十国時代に中原を制した五代王朝のうちじつに四王朝はテュルク系の沙陀族が建国したもの」なんだそな…

 998年、アフガニスタンのガズナ朝のマフムードが、「サーマーン朝を滅ぼして領土」拡大ってか気…そしてガンジス川を越えて「マフムードのイスラム軍は、インドを席巻して徹底的に仏教寺院を掠奪します」で、「仏教はインドの地では最終的に衰退してしまったのです」に至るらすぃ…

 そんないけいけのガズナ朝でしたがマフムードの死後、「セルジューク朝に敗れて」衰退、「このガズナに隣り合う都市ゴールを本拠地とするペルシア系のゴール朝が強盛」キタコレってか…そしてゴール朝もデリー掠奪なんですね…

 ところが、ゴール朝が掠奪から帰還すると、「アフガニスタンのゴール朝の本家」は「ホラズム・シャー朝に滅ぼされ、そのホラズム・シャー朝もチンギス・カアンに敗北して滅亡してしまいました」とな…何とゆーか、前にも言ったけど中央アジアの栄枯盛衰パネェ…

 こーしてデリーの残されたゴール朝の代官、「ゴール朝のキプチャク人・マムルークの将軍アイバクが、デリー・スルタン朝を開きました」になったそな…またの名を「奴隷王朝」って、マムルークの名パネェ…そんな訳で1206年、北インドに「初めて本格的なイスラム政権」キタコレになったらすぃ…という訳で、今度は対モンゴル勢力との長き戦いというか、にらみ合いというかで、1526年「ティムールから五代目の子孫、バーブルによって滅ぼされます」に至るらすぃ…

 「パープルはデリー・スルタン朝の最後のローディー朝を破って新しい王朝を開きますが、その名前のムガールはモンゴルの意味です」って、そーだったのか?ムガール帝国?そのムガール帝国は、「古代のマウリヤ朝と並ぶインド最大の強国として、英国にインドが占領されるまで続きます」とな…そして「この国も、トゥルクマンの武力とペルシア人の官僚によって経営された国」となるそな…

 13世紀初頭の中央ユーラシアの二大大国は、ホラズム・シャー朝とチンギス・カアンとな…この二大大国の決戦によって、モンゴル一強となったとな…かくて「中国からハンガリー大草原まで史上空前の大帝国」がでけたそな…

 とはいえ、気候までは支配できず、寒冷化によって明に敗れて中国を失う事になりますたとな…でもティムール登場で、何とか「中国を除くモンゴル帝国の旧領をほぼ回復」しますたとな…その「ティムール朝は三代君主シャー・ルフの死後内紛」キタコレで、「支配下にあった黒羊朝(カラ・コユンル朝)というトゥルクマン(オグズ)の一族が、現在のイラン西部・イラク・東部アナトリア」に建国したよと…ところがすぐに「同じトゥルクマン(オグズ)の白羊朝(アク・コユンル朝)によって滅亡、白羊朝は「東部アナトリアからイラン高原一帯を支配」したけど、今度は「サファヴィー朝」によって滅ぶと…

 ちなみにサファヴィー朝は「シーアを奉ずるイスラム教団、キジルバーシュ(赤い頭)を母体とする王朝」とな…黒、白、赤とキタコレなんですか?そーですか?まぁどちらにせよ、こちらもトゥルクマンの武とペルシアの官僚の国ですが、何か?ですしおすし…

 そしてサファヴィー朝の西隣のアナトリア半島には「東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン朝」があるでござるってか?で、バクダードを巡って、1514年「イラン側のチャルディラーン」での戦いキタコレとな…

 ちなみに、オスマン朝は13世紀末にアナトリア半島に生まれた王朝とな…当時のアナトリアはルーム・セルジューク朝の支配下で手出しでできないので、オスマン朝はバルカン半島(ブルガリア)に進出したそな…そこでデヴシルメ制度はじめましたとな(笑)

 デヴシルメとは何か?とゆーと、「バルカン半島のキリスト教徒の子どもを強制徴用して、イスラム教に改宗させたうえで、教育・訓練を施して、官吏や軍人を養成するシステム」なんだそな…で、「デヴシルメで育った兵士たちを、イエニチェリ」と言うとな…イエニチェリに鉄砲を持たせて歩兵団キタコレってか…

 かくて、話は戻って、「チャルディラーンの戦い」来たぁーっで、サファヴィー朝のトゥルクマンの騎馬軍団対イエニチェリ鉄砲団というか歩兵団の激突キタコレでしょか?中東版長篠の合戦キタコレかもしらん…で、こちらも無敵騎馬軍団が、鉄砲に負けたと…歴史ってパネェ?もしかして信長はこれを知っていたのか(笑)

 ここに時代の潮目がキタコレで、「トゥルクマンも、16世紀を限りにして、歴史の表舞台から退場していきます」になり候ってか…

 尤も、織田に負けた武田と違って、サファヴィー朝は「ペルシア中央部のエスファハンを都にして栄ました」ですしおすし…で「このイスラム少数派シーア派の王朝は、現代イランの原型」なんだそな…

 オスマン帝国の方は、1453年「コンスタンティノープルを攻略して、東ローマ帝国」滅亡、二回のウィーン包囲をしたりしましたが、WWⅠで独・墺サイドについて敗北・崩壊となる模様…

 まぁそゆ訳で、800年代から1500年代までトゥルクマン無双状態だったんじゃね?でして、「主な王朝だけでも、セルジューク朝、ガズナ朝、エジプトのマムルーク朝、インドのデリー・スルタン朝、そして黒羊朝、白羊朝、オスマン朝、サファヴィー朝、またジョチウルスのバトウの主軸部隊はキプチャクのトゥルクマン軍団でした。クビライもその親衛部隊はトゥルクマンであったといわれています」って、ホンマでっかぁーっ?

 さて、対する欧州の対抗策ですが、「オスマン朝が成立するまでのヨーロッパには、フン族から始まってアヴァール族、マジャール族(いまのハンガリーに入った民族)など、いろいろな遊牧民が東方からハンガリー大草原を経由して侵入してきました。ヨーロッパはほぼ負けっ放しの歴史です」って、ドンダケェー(死語?)

 そして、オスマン帝国のウィーン包囲が二回もキタコレで、その対抗策として「ポーランドとリトアニアが、同君連合で大きい国をつくりました」し、ロシアも「国境を固めました」とな…かくて「ロシア、ポーランド、リトアニア、オスマン朝と、かなり大きな国がヨーロッパとアジアの間に縦に成立してしまい、しかもそれらの国々は鉄砲と歩兵で武装」となれば、遊牧民が欧州に簡単に入れなくなったとな…

 こーして欧州キタコレになったらすぃ…なるほろ、欧州が露を気にせずにはいられないのもそゆ事か?でもって、未だに黄禍なんて言葉が出てくるのも、そゆ事なんでしょねぇ?

 とゆー事で、一章分でもこれだけの内容がありますよってにでして、その他各国の歴史の流れについての詳細は本書をドゾ。いやなんちゅーか、濃いぃー本です(笑)それにしても、本書では何度もマムルーク、奴隷は奴隷だけど一般に言う奴隷じゃないの言が出てきますが、でもそれが王様になれた訳で、中央アジアは秀吉がいぱーいとゆーか、下克上が当たり前だったんでしょかねぇ?

 他に歴史的なとこで着目点は、交易による栄枯盛衰の件かなぁ?ローマ帝国時代の幸福なアラビア(現在のイエメン)のとこも「キリスト教が国教となり土葬が中心になると乳香や没薬の需要は激減」して、オワタになったり、地中海交易も、ローマ帝国崩壊と共に海賊キタコレで、オワタになったり、海路がなければ陸路を使えばいいじゃないで、地中海ヤバイとなればマルセイユからローヌ川をさかのぼって交易キタコレで、シャンパーニュ繁栄もあると思いますになったり、尤もレコンキスタでイベリア半島がキリスト教国に奪回されたらジブラルタル海峡の制海権キタコレで、シャンパーニュの交易オワタになったり、その手のエピがいぱーい出てきます。ハンザ同盟とか、ロンドンとか、バルト海から地中海(イスタンブール)までの間でどこに港があれば都合がいいか?それが問題だってか?その点で、ヴェネツィアの衰退も位置的な問題だったのか?

 それにしても、英の名誉革命が、アムステルダムの衰退を招いたとは…王位の魅力でしょかねぇ?ロンドンに行けば王様になれるとなればロンドンに行くよね(笑)王様が移動すれば、商人もついてゆくよね(笑)

 でもって、英側も凄いのは「必要なものは、国王であってもよそから持ってくる。多少は理屈に合わなかったり、見てくれは悪くても、国が豊かになることを最優先させる。そういうイングランド伝統の柔軟な発想が「ウィンブルドン現象」と呼ばれる戦略を生み出したのです」になるそな…儲けファースト、それが英の正義、さすが海賊紳士は伊達じゃないってか(笑)

 それと、歴史的ターニングポイントは、東西的にはアヘン戦争でしょか?こちらの詳細も本書をドゾ。ただこれによって完全に歴史は、西高東低になったとゆー事らすぃ…それと林則徐をお忘れなく(笑)中国にもきれいな官僚がいたんですよ、奥さん(誰?)

 日本的になるほろと思うとこが、クビライによる科挙の中止のとこでしょか?官僚の道が閉ざされた人達の行方でしょか?「江南地方に行って、豪族の家庭教師になる」位しか道がなくなってしまいますたとゆー事らすぃ…そして「このように挫折した知識人は、南宋の朱熹を、あがめるようになります。彼は「修己治人」の道を説きました」とな…そして「歴史に正統政権というイデオロギー」をぶちたてたと…よーするに「遊牧民の政権が正統であるはずもありません」キタコレですよ、奥さん(誰?)そして「彼の学説は、後に朱子学と呼ばれるようになります」とな(笑)朱子学ってここからきたのか?

 他には、面白豆でチョイスすると、アジアって何かと女性に差別的だと口にされるけど、則天武后の頃はヒラリーがいっぱいの時代だったのか(笑)「新羅でも二代続けて女性の王様が生まれています」で7世紀半ば「善徳女王と真徳女王」キタコレってか…「隋や唐の母体となった拓跋部は、いわば男女同権的な民族だった」そで、キャリア女性来たぁーっらすぃ…例えば北魏の馮太后とか、まっそんな訳でアジアは空前の女権ブームだったんじゃねで、日本の女帝が続いたのもあると思いますらすぃ…

 後、権力の守り方には、二つあるで、一つが貴族制、も一つが官僚制とな…でまぁ世襲制より実力か?こーしてみるとバチカンが続いたのも一代限りが効いているとゆー事なんだろか?

 それから宦官、これって「遊牧民の伝統です」なのか?「遊牧民が家畜をコントロールするときには、雄の数が多すぎたり、あるいは体が弱い雄の子どもを産ませても儲からないので、去勢という方法を採ります」とな…「宦官という発想自体が、遊牧民でなけれぱ生まれないのです」って…そーだったのか?遊牧民…

 それと中国の中華思想、漢字の魔力パネェで、「いつのまにか周の王室は特別な存在である」とみんなが勝手に崇めるって…いつの時代も神話と誤解ってパネェ…そして諸子百家のとこもパネェ(笑)詳細は本書をドゾですけど、「法家は霞が関、儒家はアジテーション、墨家は平和デモ、それを冷ややかに見ている知識人は道家」って、もしかしてはいここわらうとこなんだろか(笑)

 まぁ時の王室が特別の存在だというのでは、「メロヴィング家には、聖なる海獣と人間の間に生まれた子どもを先祖に持っているという、言い伝えがあります」ってホンマでっかぁーっ?かくて「「王族の青い血」という言葉が生まれました」って、マジか?海獣の血をひいているから赤くなーいって事で、聖なる血、特殊な力あり〼の世界が展開していく模様…だから「ハンセン病患者などに手をかざせば治る、と信じられてきました」ですしおすし…

 それから戦闘的なとこで、「人類の戦争は歩兵、チャリオット、騎馬軍団」と主流が変化し、「鉄砲と歩兵の組み合わせ、次に戦車、そして飛行機」となったそな…まぁ今だと、核兵器みんなで持てばこわくないにまで来たってか?

 面白豆では、印では葉っぱに文字を書いていたのか?メソポタミアが粘土で、中国が紙の時に、印はヤシの葉…うーん、印って、お皿がバナナの葉っぱで、文書が椰子の葉って…そんなに葉っぱが好きだったのか?そんな訳で、「いま世界で文献がもっとも残っているのは中国とイスラム世界」なんだそな…何のかのといって紙の力って偉大だって事でしょか?

 言葉的なとこでは、「カトリックとは、ラテン語で「普遍的」という意味の言葉」とか、「ヴァイキングとは「入江(Vik)に住んでいる人々」という意味とか、「イングランドとは、「アングル(アングロと同義)人の土地」を意味するとか…

 宗教的なとこで、キリスト教の五大本山は、「コンスタンティノープル教会、(シリアの)アンティオキア教会、エルサレム教会、(エジプトの)アレクサンドリア教会、そしてローマ教会」とな…他には、「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教というセム的一神教の中で、制度として異端審問所を持っているのは、ローマ教会のみです」って、そーだったのか?魔女狩り?

 後、エコ的なとこで、都市ができるとエネルギー問題で木が伐採されて、はげ山ばかりなりがパターンですけど、その前に、グレートジャーニーと共に「大型草食獣」の激減キタコレなのか…ご先祖サマ達が移動する度に野生動物が減り、定住すれば木材が減り、人類の歴史って環境破壊の歴史か?もしかして?

 それから、「真の保守主義には、イデオロギーがないのです」の件は、もー笑うしかないよな(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。何か、今でしょ(死語?)と思うのは気のせいか(笑)他の名言としては、米は「人工国家で伝統がないのが強みです」の件かなぁ(笑)

 ちなみに「アメリカは平たく言うと、おだてて頑張ってもらうのが一番である。あまり厳しく言うと閉じこもって引きこもってしまい、それだと世界のためにならない。ある程度はおだてて、出しゃばらない程度に、保安官をやってもらおう。それが一番いいということを、ヨーロッパの人はよく認識しているように思います」って、愚痴りながら牛丼食べればみんなハッピーってか(笑)

 そんな本書ですが、本書で一つだけ?なとこは、名称のとこなんですよ、奥さん(誰?)よーするに国内と国外では呼び方がちゃいまんねんでして、たいていの本って、日本での呼び方で統一するのが普通じゃね?まぁたまに現地での呼び方で統一するとゆーのもあるけど?

 で、本書ではそれらは「日本国内での話なら問題はありません。ただ、世界に出かけるときには、このような呼び方や名称について、行く先々の国での正しい呼称を確認しておくと良いと思います。できるなら現地で通用するグローバルな呼称をメディアも意識して使うべきではないでしょうか」とゆー事で、本書ではイギリスではなくてイングランド、英国、連合王国とか使われていて、オランダもネーデルランドになっていたりして…でも、「ドイツは、「ドイツの」を意味するオランダ語ダイツが訛ったものです。ドイチェランドが正式です」とことわっておきながら何故かドイツはドイチェランドではないんですよ、奥さん(誰?)

 ちなみに漢については「本書では漢の表記を前漢、後漢ではなく、西漢、東漢としています。これは、中国がそう呼んでいるというだけではなく、西周、東周とあるように、周との統一という意味でも(同じことは、北宋、南宋にも言えますが)、漢だけ、時期基準の前後を使うのはおかしいと考えるからです。要は、地域基準で統一して考えるということです」なんだそな…なるほろエアーズロック?なるほろウルル?

 でで、そゆ事で本書では、韓半島と表記されているらすぃ…ででで、本当に素朴な疑問なんですけど、北朝鮮でも韓半島と呼んでいらっさるのだろーか?「現地で通用するグローバルな呼称」ですから?うーん?

 固有名詞でも名前なんかだと、その国の言語によって変化するのが普通で、本書でも仏にいるときゃぁーギョームと呼ばれたのぉー、英じゃウィリアムとなのったのぉーとなる訳で、アンリとヘンリーの方が分かりやすいか?同君で二国支配なんて時は、同じ人なのに現地で呼び方違うから、いちいちその時どちらに居たとか、その時どちらの問題について言及したで、名称の呼び方変えるとかになるのだろーか?うーん?

 まぁ国名とか、地名とかと、個人名とは違うよって事かもしらんが?まぁ同じ単語でも言語によって読みが異なるだけじゃんで、エッフェル塔とアイフルタワーもあると思いますですけど?でもバルト海とオストゼーとかならどーなるんだろぉ?うーん?

 他にもたくさんたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。

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