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2017年12月30日 (土)

旅をしつつ暮らす京都?

京都御所西一松町物語  杉山正明  日本経済新聞出版社

 所謂一つのエッセイ本でしょか?それも自分の住んでいるとこの歴史案内みたいなノリかなぁ?タイトルで分かる通り、京都のど真ん中ですから、そりゃ歴史幾らでも語れるよーな悪寒ってか(笑)

 何せ「千年をこえる王城の地、京都」という事になるそで、「この地球上でも、もっともしなやかで麗しい突出したハイセンスの街」なんだそな(笑)

 そんな訳で、世界の都市(の歴史)を見てみよーで、「古代ローマ帝国以来のローマ」の場合「その歴史は多分に切れ切れの時代もあった」じゃまいかで、「第二のローマであるコンスタンティノープル(クスタンティニーヤ@アラビア語/現イスタンブール)の場合は「現在のヨーロッパで最大規模の人口をもちます」そだが「首都ではありません」とな…またパリの場合は「かなり古い時代から、そのときどきの栄枯盛衰はさまざまにあったものの、ともかくもずっと都ではありました」って、そーだったのか?ベルサイユ(笑)

 そゆ訳で、京都は首都として、「その長さだけでいうならば、ひとまずこの三都に次ぐとも並ぶともいえることになるのでしょうか」とな(笑)

 他にも世界各国の都市(首都)を見てみよーでは、ロンドンの場合、ローマ帝国のブリタニア支配、「ローマ人たちは、紀元後四三年にテムズ川の北側にロンディニウムという拠点をつくりました」で、これがロンドンの起源らすぃ…ところがその後ずっと空白時代が続いて、アルフレッド大王キタコレもあったけど、本格的な復興キタコレでは、1066年のノルマンディー公ウィリアムのイングランド征服からだそで、まだ千年経っていないとゆー事になるらすぃ…ついでに言うと近代以前のロンドンって「ごくささやかな規模でしかありませんでした」ってホンマでっかぁーっ?

 またウィーン(ヴィーン@独/ヴィエナ@英)の場合は、「正式にはハプスブルク家のルドルフ一世が一二七八年に拠点都市としてからのことです」になるそで、モスクワは「せいぜいのところ、都合六百年ほどのこと」なんだそで、その間にサンクト・ペテルブルクが首都になった事もありましたしとゆー事らすぃ…

 それなら他の地域はどよ?で、長安、洛陽は「どちらも唐王朝とともに衰え、以後は都とは無縁のところになりました」し、北京はとゆーと「十三・四世紀、「ダイドゥ」(漢字では大都)もしくはモンゴル語・ペルシア語などで「カン・バリク」(「王の町」)と呼ばれ、人類史上で最大の領域をもつモンゴル世界帝国の文字通りの首都」でしたけど、「あえて少しさかのぼって、ジュシェン金王朝の都として歴史の表面に浮上し始めたときから通算したとしても、八百五十年ほどの都」にすぎないとな…

 それから、メッカ(マッカ)の場合は、「七世紀以来」の都市とはいえ、「あくまでも宗教都市」であり、メディナ(アル・マディーナ)も゛歴史上において首都であった時期はごく短いもの」にすぎないとな…しかも両都市とも「都市としての規模はささやかなものです」しおすし…

 それならカイロはどよ?とゆーと、「十世紀に「ミスル・アルカーヒラ」(アラビア語で「勝利者の町」)という軍営都市から次第に発展し、ついで中東で最大の拠点都市となって現在におよんでいます」になるらすぃ…

 またニュー・デリーは、13世紀の「「オールド・デリー」以来のえにしを持ちます」そな…

 でもって、バグダード、古名はマディーナト・アッサラーム(平安なる都)は「アッパース帝国の都」キタコレでしたけど、その後「ながく衰えたまま時ははるかに過ぎ」て、首都に復活したのはWWⅠ後のイラク王国からとな…

 と、かよーに世界の都市を見て見ても千年も首都でずっと栄えていたのって京都位じゃね?とゆー事らすぃ…「日本が誇る文化都市・京都は、まさに世界でもゆびおりの古都なのです」で、「日本と世界の宝ものなのです」って、そーだったのか?京都(笑)

 本書はそんな京都の今昔を住民目線で追ってみよーってか(笑)

 アリス的に京都…在住的には、准教授は勿論、婆ちゃんや朝井さんは生粋の京女って事で地もっちーだろしなぁ?本書の著者も、元は東の出で、京都には学生時代から移り住んで、大学勤務の今でしょ(死語?)まで四十年位の京都暮らしという方らすぃ…まさに准教授的な移転状況だろか?それにしても、著者40年近く京都に住んでいても、未だに自分の事を東夷と表現しなければならないところが、如何にも京都だよなぁと…だって、自分ごとき東夷が京都を語るなんておこがましいみたいな表現が一度ならずも何度も出てくるんだぜ(笑)40年経っても生粋のヨソモノ、それが京都って奴じゃなかろーか(笑)

 後アリス的には御所近辺のエピだろか?英都大的に(笑)京都御苑、「東西七百メートル、南北千三百メートル」「上京区のかなりの部分を占め、総面積はおよそ六十三万ヘクタール」で、今は「国民に開放された「国民公園」」ってか(笑)

 とはいえ「江戸時代には皇族・宮家・公家の屋敷がびっしりと密集して立ち並び、その周縁には九つの門が設けられて「九門の内」とか、もしくは「御築地内」とか呼ばれ、広く公家町を形成していました」そな…

 で、その「九門の内」が「現在の京都御苑のエリアにほぼそのまま重なること」になるそな…ちなみにその九門とは「北西の乾御門から始まって、その南に中立売御門、蛤御門、下立売御門、南側には境町御門、東側では、南から寺町御門、ついで清和院御門、石薬師御門、そして北に開く今出川御門」となるらすぃ(笑)

 御苑の中に目を転じると、「由緒ある公家屋敷の園木」がありますよってにとゆーので、「旧・近衛家の糸桜はとくに名高く」今も凄いとな…「旧・一条邸の跡地に聳える巨大な大いちょう」もあるとな(笑)

 更に「京都御苑の内外一帯」とゆーとこで、「京都御苑の北側、同志社大学と同志社女子大学が並ぶ今出川通は、京都で屈指のハイセンスな佇まいです」になるって、そーだったのか?アリス?「今出川通の南側には御苑の木立が麗しく茂り、北側には美しいレンガ造りの学舎が連続します」そな…春夏秋冬それぞれに風情があるらしーので、そちらの詳細は本書をドゾですが、「雪が降れば、同志社と御苑一帯の美しさは息を呑むほどです。実は京都は、雪の日がよく似合います」になるらすぃ…雪の京都、絵面はふつくしそーだけど、盆地だけにものすごーく寒そーと思うのは気のせいか?

 そして「京都御苑の北、今出川をこえて同志社大学の学舎の間をゆきますと、やがて広々として相国寺の寺域に入ります」そな…この辺りは、まさに四風荘の件だろか?今も相当に広い相国寺ですけど、「足利義満による創建のときは、遥かに壮大な構えを誇っていました」ってドンダケェー(死語?)

 義満は「屈指の名僧・無窓疎石を尊崇しており、彼の死後はその弟子の春屋妙葩と義堂周信を頼りにし(ふたりとも中国留学派でした)、このふたりを中心にして大変な大伽藍を造りあげたのです」って、そんな訳で、「京都一帯の木材は払底して「ミヤコニハ、ヒノ木スギノ木ツキハテテ、ナゲキテツクル相国寺カナ」と皮肉られるほどであったといいます」って、ホンマでっかぁーっ?日本の木材って戦国時代の大名による城造りで激減したと言われるけど、その前に寺院があったか(笑)

 ちなみにそんな相国寺は「一三九九年には高さ百九メートルという、かつての法勝寺の八角九重の大塔(現在の平安神宮の南にあったとされます)を上回る京都史上で最高の巨大な七重大塔が出現します」って、ホンマでっかぁーっ?今の東寺の五重の塔の二倍位の塔って、ドンダケェー(死語?)

 そんな相国寺の詳細は本書をドゾ。「幕末に近い文化年間のころに、現在の姿となって落ち着きました」とゆー事らすぃ…建物古いといっても200年位なのか?

 ちなみにそんな「相国寺からの借地として同志社が建ったのです。それは実は、今も変わりません」って、同志社大って借地に立っていたのか?

 他に御所近辺という事では、「梨木神社から西へ進み、北に転じて今出川御門が見えてくると、その右手(東側)に「桂の御所」がじつに静かに佇んでいます」となるそな…ちなみにこちらあの和宮が暮らしていたとこ…

 そしてその「北側、今出川通に接する一角は、京都御苑にかかわる人たちの宿舎となっています」なんだそな…「真北にむかい相国寺の南門」があるそで、その昔「今出川通の北には薩摩藩邸があり、相国寺・薩摩屋敷・桂の御所などが、御所の内と外を貫いて縦につらなっていたことがわかります」の配置になっていたらすぃ…その桂の御所の「西側一帯」が「旧・近衛邸跡」なんだそー…近衛池なんかもあってなかなかの趣らしーのだが「やや「荒れるにまかせた」といった風情なのは、どこか残念な気がします」って、京都、観光・文化都市の管理もその程度なのか(笑)

 御苑に関するエトセトラも本書をドゾですが、「二〇〇五年には京都御苑のなかに京都迎賓館が完成し、同年四月には開館披露式典がおこなわれました。そして、その秋には、ヘリで御苑内の空隙地に当時の米大統領・ジョージ・ブッシュ・ジュニアが降り立ち、小泉首相との会談が同館内でおこなわれました」って、そーだったのか?オスプレイ(笑)

 それから御苑の南門、堺町御門の南側には、かつて九条家の邸宅があったそで、そこの九条池もあるよと(笑)ちなみにその池の「甲羅干しをする亀たちを眺めるのも一興です」の件は、アポロンのアリスを思い出させるんですけど、どよ(笑)

 それにしても「京都御所の南につらなる白雲神社・宗像神社・厳島神社の三社は、ほとんど祭神を共通しているのです」で、それが「女神」と「海」なんだそな…京都、何のかんのと言いつつやっぱ女ならではの都であったか(笑)朝井さん(笑)ちなみに「厳島神社の社殿のまえにある唐破風の石鳥居は、蚕の社の三柱鳥居、北野天満宮の境内にある伴氏社の鳥居とともに「京都三珍鳥居」とされます」ってホンマでっかぁーっ?

 でもって、白雲神社の場合は、「旧・西園寺家の鎮守社」なんだそな…「女性の祭神であり、「妙音弁財天」とも称され、琵琶をもって家職とする西園寺家に「楽神」として奉祀されていました」とな…とまぁこちらの詳細は本書をドゾですけど、「明治の元老とされた西園寺公望は、率直にいって真の実力はどれほどかとも思うのですが、ともかく時運と幸運にめぐまれてのしあがり、そのついでに私塾の「立命館」なるものをこの地に開き、のち現在の立命館大学はその名をうけつぐことになりました」って、そーだったのか?立命館?

 他にアリス的だと、太閤秀吉のとこかなぁ?著者は信長、秀吉、家康からすると秀吉派のよーで(笑)まず、秀吉は「一介の土民から成りあがったというのはどこか創作に近く、実は案外それはそれなりの家の出で、計数にも明るい"近代人"だった」んじゃね?と、ども徳川家が天下とって「さまざまな作為やつくり話が意図的にデッチあげられたのでしょう」って、ホンマでっかぁーっ?

 ちなみにその徳川家ですけど「この家系はもともと新田・足利近辺にいた時宗の"破れ坊主"の流れ者で、三河にやってきたあと、ごくささやかな土豪程度の未亡人の"入り婿"となったのが始まりです」って、歴史学の授業では五代前までしか遡れないと聞いたよな?ですけど?まぁそれで、家康の今川の入り婿みたいなのも、信康の織田の入り婿みたいなのも、卓袱台返しになったんだろか?入り婿トラウマとか(笑)

 他にアリス的というと、四風荘の片桐さんの手土産のとこで、「東京方面のかたがたが京都の古いお家柄のところへ、たとえば虎屋の羊羹を手みやげに意気ようようと訪れて恥ずかしいおもいをしたといった類の話は、よく知られています」のとこかなぁ(笑)「実は、わたくしのところにもかつて某出版社のかたが東京の虎屋の羊羹をたずさえてこられたことがあり、この手の話は東京人をからかいたい"いわゆる京都人"という人種が好んでしたがるちょっとした定番なのですと、妙にくだくだしくそのおり説明したおぼえがあります」って…片桐さん、虎屋の羊羹じゃなくて、神楽坂の和菓子で良かったですねぇ…京都に行く時は洋菓子にした方が無難かも?

 他にアリス的というよりこれは准教授的なのかで、徒然草の第八十九段「奥山に、猫またというもの」の件のとこかなぁ?まさに幽霊の正体見たり枯れ尾花な気がするのは気のせいか(笑)ついでに猫またについては「明月記」(@藤原定家)もありますよってにってか(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。

 さて、本書の京都案内というか、京都語りなんですけど、これは京都人向けに書かれているみたいで、場所の表現が今の〇〇があるところみたいな話がいぱーい出てきまして、それってどこ?みたいな?現地人でないと分からないエピが多すぐるよな(笑)巻頭か巻末に現在と過去の時代それぞれの京都の地図を載せるか、はたまた章ごとに関連地図のせるかしてくれないと殆ど、一体どこの話やねん状態でして…いっそ、各所の緯度経度でも記載されている方が分かりやすいかも?と思うほど(笑)

 そんな訳で、本書の2/3を占めるメインの一松町についての詳細は本書をドゾ。京都って一町内でも、幾らでも書ける事があるんだなぁと納得しますた(笑)まぁかつては「一条札辻が京の中心」だったそで、「三条大橋に京の起点が移るのは、実は一七四〇年代よりのちのことなのです」しおすし(笑)

 なので、目についた豆っぽいとこをチョイスすると、京都、「平安京の東半分を「洛陽」、西半分を「長安」と名づけ、しかも右京にあたる西側の半分は結局はほとんど打ち捨てられる形になってしまっていった結果、東の「洛陽」部分が都としてのこり、やがて京の都にゆくことを「洛に上る」、すなわち"上洛"と表現することになりました」って、ホンマでっかぁーっ?

 京都のお寺いぱーいなんですが、その中の一つ知恩院キタコレでは、「浄土宗の総本山で、もともとは法然が営んだ草庵にちなみ、徳川家康が母の菩提のためにと華頂山の地に宏壮な構造物を造営した知恩院」来たぁーってか?完工は家光の時ってゆーからドンダケェー(死語?)「日本最大の三門」「楠の巨木が豊かにおい茂る山域」など「京都でも有数の観光ポイント」って、そーだったのか?知恩院?

 こちらの詳細も本書をドゾですが、まっ「おそらくは、いざという時の軍事拠点というか、東のかた坂東とも連絡のとれる"詰め城"の側面もひそかに兼ね備えていたのではないでしょうか」ですしおすし(笑)

 他にも九条道家と東福寺の辺りの詳細は本書をドゾ(笑)

 面白いと言うとアレだが、豊国神社の場合、「大坂夏の陣で豊臣家を滅ぼした徳川家康は、秀吉の墓所と豊国社の取り潰しを決定」したけど、「北政所が直訴して破却が見送られ、いったんは外まわりだけを壊すだけとなりました」とな…その四年後、「方広寺大仏殿の住持とされた妙法院の手で、山上の廟堂以外は勝手にとりこわされ、さらにのち廟堂と石室もこぼたわれて荒れはてたのです」って、大坂の陣といい外堀壊すのが徳川の伝統芸能なのか?そーなのか(笑)

 それからお船関係の一連のエピが面白い(笑)まずは、小野篁の場合、遣唐副使として渡航を試みるも三度遭難、四度目に「遣唐大使の藤原常嗣が、当初乗るはずだった第一船が嵐に遭って大破し、小野篁が乗るはずの第二船がほとんど痛んでいないのを見て、入れ換えてしまい、血の気の多かった小野篁は憤然として渡航を拒否、激怒した天皇によって隠岐に配流されたのです」って、うわーっいつの時代も上司って(笑)

 それにしても「大航海時代」って、日本でしか通用しないというか、日本の造語なのか?「かつて欧米が「(大)発見の時代」と呼び、それをあまりのユーロセントリク(ヨーロッパ中心主義)ぶりな所業だと危惧した二人の西洋史家が、無理やりひねくりだした「造語」なのです」って、ホンマでっかぁーっ?

 でまぁ大航海とは言うものの、「ポルトガル・イスパニアの船といってもまことに小型で、また小さくキッチリと作っておかないと、海洋では耐えられなかったのです」そで、コロンブスの船でさえ「せいぜい四十トン」位じゃねって事らすぃ…

 そして幕末ペリー来たぁーっですけど、「ペリー艦隊は世界史もしくは人類史を変えるものだったのです」になるとな…というのも「蒸気エンジン」の「動力船」キタコレで、「このささやかな艦隊は、海上を自分たちの欲するがままにすすむことのできる"自力航行船"を主力とした世界史上はじめての存在でした」で、帆船よ、さらばってか(笑)

 生活感あふれるエピでは、お風呂のとこかなぁ?百万遍と革堂の間には大きな風呂屋があったそーで、そこには「身分の上下や老若男女を問わず」キタコレ状態だったらすぃ…「室町から戦国時代にかけての有名な公家の山科言継は、仲間の公家たちとつれだって、しばしばこの「一条風呂屋」を利用したことを彼の日記にしるしています」って、その頃から日本人って風呂好きだったのか(笑)

 も一つ、鱧のとこも(笑)「祇園祭は"鱧祭"と呼ばれるほどとなり、各家庭でも、あるいは飲食店・料亭などでも、やたらに食されています。鱧といえば、今やすっかり夏の京都の代名詞のようですが、近年はどうやら淡路産・徳島産の鱧が主力であると聞きます」って、そーだったのか?鱧?

 そんな京都人の大好物鱧ですけど、「不思議なことにほとんどの外国人は鱧はダメです。もっとも、照り焼きにすると"好き"という人もかなりいますが」って、味が淡泊なのって、何故か海外には受けないよーな気がするのは気のせいか?甘辛の濃い味で、脂がのっているのって、ダイエットの道はとほいってか(笑)

 それから京都エピとしては、WWⅡ、京都にも爆撃キタコレで、「上京西陣、東山区馬町、右京区太秦、乙訓、舞鶴、峰山」とありましたとな…更に原爆投下地の候補、最初は京都だったそーで…これが覆ったのも「文化都市としての価値を重んじて京都を原爆投下目標から外したのではなく、アメリカがそれを破壊することが日本人に反感をいだかせ、占領統治の円滑な遂行を妨げるから京都を除外したのでした」ですしおすし…そんな米人が今じゃ大挙して京都に訪れているって(笑)ちなみに戦後「一松町にも米兵がきました。靴のまま畳に上がってきました。何をしにきたのか今でもわかりません」ですしおすし(笑)

 後、本書でも韓半島なんですよね渤海の頃なのに…朝鮮半島はもーない?とゆーか、21世紀的には教科書も韓半島になっているんでしょーか?その時、歴史が動いたってこゆ事か?

 ありがちなネタとしては、「日本という国のおそるべき便利さは、海外から帰ってくると、よけいに痛感します」の件かなぁ(笑)著者は新幹線で帰洛する時のエピで語っているのですが、もー日本全国津々浦々の鉄道に限らずの交通網、インフラ整備、「これほど移動に便利な国はありません」じゃね(笑)

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。

 目次参照  目次 京都

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