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2018年1月20日 (土)

凸凹?

水が教えてくれる東京の微地形散歩  内田宗治  実業之日本社

 コピーは、凸凹地図でわかった!なんですが、都内の地図を見てどよ?とゆーガイド本かなぁ?でもって、凸凹地図とあるよーに、高低差が分かる地図、というか、CG?を見ると、東京って、高台と谷の街だったんだなぁとゆー事が丸わかりってか(笑)どゆ事とゆーと、駿河台とか、目白台とか、台がつくとこは高いとこで、逆に渋谷とかは低いとことゆー…

 普通の地図だと高低差は殆どわっかりませーんだし、等高線で示されてもピンと来ないのが普通じゃね?地形って難しい…けど、こゆCG的におこしてみると、なるほろ東京って事になるのか?川もそうだけど、鉄道路線が見事に地形とそうように出来ていておろろいた?山手線のラインは何で綺麗な丸じゃないのか?は地形見ろよって事だったんですねぇ…

 そんな訳で、東京見えてしまいましたですけど、それにしても、東京の地形って、江戸幕府が造ったものだFAなんだろか?とにかく大きく変わったぁーっとゆー事らすぃ…で、何が変わったかとゆーと、「①川を引っ越しさせ、海を埋め立てる」「②川を征する」「③川(上水道)を作る」「④川を変身させ、城を守る濠とする」でして、都市計画って、まず水を征する事なんだかなぁ?上下水、これ大切…でもって、川の氾濫をおさえろってか?

 それにしても飲み水とか隅田川が流れているんだから、そこから引けば簡単じゃんと思ったけど、標高的に隅田川って低いとこを流れていて、そこより高い江戸の土地にもってくるにはポンプが必要だけど、当時そんなもんありまへんえで、遠いお山の高いところから延々引いて、重力サマの言う通りの水道川?管?を作るしかなかったのか?山の水源から重力で街まで引くって、何かローマの水道橋を思いだしてしまいますた(笑)モーターやポンプがなければ、重力を使う、これが古代の昔からのジャスティスなんですねぇ…

 アリス的には、お茶の水のとこだろーか?神保町的に?でして、片桐さん出番ですってか?ちなみに「JR中央線御茶ノ水駅付近の神田川の流れ方」のとこが、凸凹地図を眺めると不自然な事が一目瞭然とゆー事らすぃ…どゆ事とゆーと、神田川、本郷台をつっきって流れている事になると…水は低きに流れるのが鉄板ですから、こんな事は普通ありえへーんって事じゃね?
 どーも三崎橋から昌平橋までの間は、本郷台なんですよ、奥さん(誰?)で、自然ではありえない造形となれば、これは人工で行われたとゆー事で、「江戸時代初期、徳川幕府による江戸の町づくりのために、人工的に掘られた水路」だからとな…
 どゆ事とゆーと三崎橋で南に流れていた川を東に流したとゆー事らすぃ…でそのまま東に進んで隅田川にそそぐと…
 まぁ江戸初期の幕府って江戸を中心に関東を大々的に土木工事で改造しますたですから、これもその一環なのか?そんな訳で、江戸の土地って、明治や戦後のそれよりも、江戸時代始まりの頃の方が大変身って事らすぃ…そーだったのか?江戸、東京?
 そんな訳で、「現在の日本橋川沿いの神保町や飯田橋周辺は、しばしば洪水に襲われ、湿地帯が広がっていた」そで、「縄文時代にまで遡れば、ここも海だった所である」そな…
 も一つ神保町からすぐって事で千鳥ヶ淵、桜の名所ですけど、千鳥ヶ淵と半蔵濠は「土手で区切られているが水路で繋がっている」そな…江戸城西側の濠って…まぁこちらの詳細も本書をドゾ。
 蛇足ですが、この濠と淵の違いって、淵は「流れる水をせき止めていわばダム湖として作られたもの」だそで、濠の方は「そうでないもの」なんだそな…
 で、東京の鉄道路線のでき方なんですが、中央線の場合、「新宿-立川間が明治二十二年に開通」、新宿-飯田町が明治二十八年、飯田町-御茶ノ水間が明治三十七年、御茶ノ水-昌平橋間が明治四十一年、昌平橋-万世橋間が明治四十五年、万世橋-東京間が大正八年とな…何とゆーか、飯田橋から東京駅までの間の開通が相当に時間がかかっている事が分かるってか?
 蛇足ですけど、都内の鉄道を見る分には、線路、だいたい台地と平地の間にひかれているよーな?
 他にアリス的というと、有栖川宮キタコレで、「有栖川宮邸、後の高松宮御用地、現・港区立有栖川宮記念公園」のとこだろか?ちなみにこちら、白金台地にあるそな…
 後は神田川の水源も片桐さんのホームタウン吉祥寺キタコレで、井の頭公園来たぁーってしょか?「神田川源流、井の頭公園の池は、自然に湧き水が溜まったように見えるが、付近の八か所の深井戸などから、一日数千トンもの水を汲み上げて流している」そで、「池の最も奥の部分に徳川家康が使ったという伝説の残るお茶ノ水の井戸があり、現在もここから水が湧き出しているように見えるが、種を明かせば、この水も現在は地下一二〇メートルから汲み上げたものをそれらしく見せているものである」そな…そーだったのか?井の頭?
 地形的にそーだったのか?では、日比谷入り江と江戸前だろか?どゆ事とゆーと、神田の西側から新橋位までが湾だったんですよ、奥さん(誰?)それが日比谷入り江…でもって、日本橋からこれまた新橋位までが半島になっていて、これが江戸前だったとな…こーしてみると、今の東京駅前丸の内辺りなんてみんな海だったんですねぇ…
 後、地形図を見るの豆で、感潮域とそれ以外を見分けるコツとして、水車キタコレになるのか?「感潮域では、流れが停滞したり逆流したりするため、通常の水車を設けることはできない」のだそな…よーするに水車のあるとこは純粋に川で、ない下流は干満の差をもろに受けたとことゆー事だろか?
 面白豆知識的には、明治に遺臣で、大隈重信と山縣有朋って同い年だったのか?しかもお亡くなりになったのも同い年の大正11年とな…でもって、両氏とも、お葬式は日比谷公園で行われたそな…ただし、その葬儀の参列者の数はとゆーと、山縣は大隈の「十分の一ほどしか集まらなかった」そな…庶民は見ていたってか(笑)
 それと、東京(江戸)の三大火災って、「関東大震災」と「東京大空襲」と「明暦の大火」になるのか…
 個人的におろろいたのは、都内各地に水再生センターという下水処理場があるとこだろか?「下水は、アユなどの魚が住めるレベルまで高度処理され、地下深くに作られた水路を通り」処理されている模様…上水道も凄いと思ったが、下水の技術も凄くね?と思ったんだが?これがいわゆる世界標準って奴なんだろか?
 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。
 

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