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2018年1月 6日 (土)

捕まえられるものなら、捕まえてごらん号?

鉄道の誕生  湯沢威  創元社

 サブタイトルは、イギリスから世界へなんですが、表紙コピーが、「19世紀初めに誕生した鉄道は時をおかずして世界中に伝播し、輸送の効率化、工業化の促進、ライフスタイルの変化など、各国の近代化に多大な影響を与えた。本書では蒸気機関導入以前の初期鉄道に遡り、本格的鉄道登場の背景とプロセス、さらにその経済社会へのインパクトを経済史・経営史的観点から考察し、鉄道誕生の秘密とその意味を明らかにする。比較経営史の第一人者による鉄道草創期の本格的通史」なんですが、英国産業史というか、英国産業革命の流れとゆーか、蒸気機関事始めみたいなノリかなぁ?何せ、タイトルに鉄道とあるけど、その蒸気機関車が出てくるのに百ページ位読み進まないとないし(笑)

 でまぁ、鉄道(蒸気機関車)キタコレになる前に、輸送とは何か?で、国外も帆船の時代だし、国内では運河の時代だった模様…仏でも英でもやたらめったら運河キタコレって、これ国内輸送には船で運ぶこれがジャスティスって事だったらすぃ…まぁ大陸は平地ですから、運河を結ぶもあると思いますなのか?

 で、も一つが動力として水力キタコレで、工場はだいたい川沿いにがこれまたジャスティスってか(笑)よーするに、国外への輸出入も勿論、国内の流通にも、海の港から川沿いの工場、ついで蒸気機関のエネルギー石炭キタコレで、炭鉱から港までもしくは工場までもあると思いますの需要拡大ってか?大量輸送の為には、運河を造るより鉄道じゃね?が来たぁーって事らすぃ…

 そして、この必要性に英は蒸気機関車、鉄道を選択し、米は蒸気船を選択したとゆー…よーするに蒸気機関の動力を何に使うか?は、それこそ各国事情で違っていると思いますですしおすしらしー…

 とゆー訳で19世紀は動力が一気にエンジンというものに進んでいった世紀なんじゃね?でして、それを踏まえて、鉄道の来た道キタコレが本書かな?何か英の試行錯誤キタコレな気がしないでもないが(笑)

 アリス的には、三つので鉄オタアリス来たぁーっですが、本書は主に英が舞台って事で、ウルフ先生の出番ですになるのだろーか(笑)それにしても蒸気機関車、英でも便利だから一気に時代は蒸気機関車へじゃなくて、既得権益との戦いで一進一退が続いていたのか…面白いのは鉄道網なんて、国家プロジェクトの権化みたいなノリなのに、英らしーというか、民間というか、個々で敷きましたが、何か?の世界が展開していた模様…

 そんな訳で、英の鉄道史も既得権益の戦いと、地代(の高騰)と、バブルと、競争で凄い事になっていたらすぃ…こちらの詳細は本書をドゾ。さすが大英帝国の正義はパネェ…

 さて、鉄道に話を戻すと、「初期の鉄道は、鉱山などで重量物の運搬を効率化するために導入された。その運搬の範囲は運河までに限られており、当時輸送の主役であった運河を補助するものにすぎなかった」そな…でも「まだ蒸気機関はなく、もっぱら馬や自然の傾斜を利用していたが、レールを利用していた点は重要である。これらはワゴン・ウェィ(貨車軌道)とも呼ばれた」そな…

 でまぁ鉄道的にはレールきたこれもあると思いまずて、このレールの歴史もパネェ…「一六世紀、中央ヨーロッパの鉱山では、木製レールを敷設して貨車で運搬する方法がとられていたが、イギリスでも一六〇四年にはイングランド中部・東ノッティンガムの近郊に、石炭運搬を目的としたウォラントン木製軌道(延長約二マイル)が敷設されていた」そで、「これが確認されているイギリス最古の木製軌道といわれる」そな…とゆー訳でこちらの詳細は本書をドゾ。

 そして「一七三八年になると、イングランド北部カンバーランドに鋳鉄を利用したレールが登場した」来たぁーっになったらすぃ(笑)まぁ「木材の基盤の上に薄い帯状の鋳鉄を貼り付けたもの」ですが(笑)紆余曲折の中歴史はともかく、1767年になると「イングランド中西部シュロップシャーのコールブルックデールの製鉄所が鋳鉄製レールの製造」を始めますたキタコレってか(笑)これにてレール全体が鋳鉄製来たぁーっ(笑)更に1789年には棒状レール登場設置キタコレになるらすぃ…レールの形態の変化についての詳細も本書をドゾ。

 何とゆーか、私設の鉄道がまずありきで、その後に公的鉄道キタコレになったというのが英での鉄道の歴史らすぃ…で、実に英らしーのは、既得権益問題もさることながら、議会の承認キタコレがこれまた重要で、こちらの詳細も本書をドゾ。この手のエピで気の毒なのは当時の職人、エンジニアだろか?議会証言で弁舌爽やか説得力ありますじゃないと、議会承認得られないんだぜ(笑)なるほろ、本田宗一郎ってか(笑)

 蛇足ですけど、反対派の御意見もメインは既得権益ですけど、他にも色々あらーなでこちらの詳細は本書をドゾ。その中でも実に英的じゃねでは「クリーヴランド公爵は、狩猟用の狐の隠れ場の一部を通過することは許せないと反対した」とな…今だと野生生物の環境保護キタコレになるんでしょかねぇ?他には、都市間対立で代理戦争キタコレもあると思いますでしょか?英、ご近所事情もパネェ…

 そんなこんなで、ちなみに世界初の公共鉄道は、サリー鉄道になるそな…「サリー鉄道はロンドン南方のサリー州クロイドンから北上してテムズ川のワンズワース港までの九・五マイルを結ぶ鉄道である」とな…テムズ川一帯って、当時「水車を動力源として利用する多くの工場があり、ロンドン近郊における有数の水力工場の集積地」だったのか?とはいえ、これは「馬が牽引する貨車鉄道」ですが、何か?ですけど(笑)

 もっと手軽に動力を?が蒸気機関に向いますたが何かの方の詳細は本書をドゾ。蒸気機関というとワットのイメージだけど、あれって高圧蒸気機関じゃないんだよねで、蒸気機関車までの道はとほいってか(笑)

 で、この後、蒸気機関車の父トレヴィシック来たぁーから始まって、綺羅星の如く発明家というか、蒸気機関車関係者が出てくるので、こちらの詳細も本書をドゾ。ええ、蒸気機関車というとスティーヴンソンのイメージですけど、これまたそれだけじゃないんだぜって事らすぃ…まぁ蒸気機関車の紆余曲折についての詳細は本書をドゾ。ついでに、下記の一覧ドゾ(笑)そして、鉄道の父といえばやはりジョージ・スティーヴンソンなんですよ、奥さん(誰?)結局、トレヴィシックとスティーヴンソン、何が違ったかとゆーと、鉄道産業のシステム化、組織化が出来たか否か?それが問題だった事らすぃ…よーするに鉄道事業とは一人では成り立たないものだとゆー事じゃね?

 また鉄道事業の資金集めも、山あり谷ありで、何とゆーか、英にシティがある訳が分かるよな?投資とか、配当とかにものすごくキャッチーな気がするのは気のせいか?まぁともかく、儲かりまっか?ボチボチでんなで、資金の集まり具合どよ?になる訳で、そゆ時の人のつながりとゆーか、ネット、コネきたこれかなぁ?顔の広さとか?その中にクエーカーの人脈キタコレで、これあのストックトン・ダーリントン鉄道にも反映されていて、ストックトン・ダーリントン鉄道の又の名をクエーカー鉄道と言うそーって、ホンマでっかぁーっ?

 蛇足ですけど、後年ジョージ・ハドソンと蛸配当のとことかもありますよってにってか(笑)

 そして、リヴァプール・マンチェスター鉄道で、「本格的な鉄道時代の幕開けとなった。全線にわたって蒸気機関車が採用され、既存の交通手段を凌駕する技術水準を達成した」そな…で、こちらの詳細も本書をドゾ。

 他には、鉄道時代の到来って事で、鉄道の未来を見据えた人達キタコレでしょか?こちらの詳細も本書をドゾですけど、トーマス・グレイとヘンリー・ブースをお忘れなくってか(笑)でまぁ「鉄道に誕生に際しては、技術的問題のみならず、鉄道を受け入れる社会的コンセンサスが必要であった。グレイは鉄道がネットワーク産業になる可能性を見抜き、全国の鉄道網の未来像を提示した。その考えは多方面に影響を与え、後年、大鉄道網が実現した」そな…一方、ブースの方はとゆーと、「鉄道を文明の象徴としてとらえ、鉄道に対する確固たる理念があったからこそ」鉄道キタコレになったんじゃねと…社会を動的にみるか?静的に見るか?それが問題だってか?鉄道のある世界ってない世界と確実に違っているんですよねぇ…

 英鉄道史では、「一八七〇年以降、経営不振におちいっていった。イギリス経済は一八五〇~六〇年代にかけて「世界の工場」として黄金時代を謳歌したが、一八七三年以降の大不況およびドイツ、アメリカの経済の追い上げにより、イギリスの経済が相対的に低下したためである」って、そーだったのか?ウルフ先生?

 そんな鉄道業のハードはともかく、ソフトの方はトーマス・クックで、観光業キタコレってか?後、ブラッドショーの時刻表もキタコレかなぁ(笑)こちらの詳細も本書をドゾですけど、時刻表の刊行って「旅客には歓迎されたが、鉄道会社にとっては迷惑なところもあっただろう、というのも、外部の一業者の要求に合わせて、各鉄道会社は定期運行に格段の注意を払う必要が生まれたからである」ですしおすし…なるほろ、時刻表が出来る前は定時運行なんて、でもそんなの関係ねぇー(死語?)で好き勝手に機関車走らせていたのに、時刻表が出来てからは定時運行待ったなしになった訳か?

 ちなみにブラッドショーは、鉄道会社年鑑も発行していたそで、こちらは「鉄道投資家に大変便利」なものじゃまいかってか(笑)なるほろ、顧客に顔を向けた商売キタコレなんですね、分かります(笑)

 そんな投資家のみなはまは、国内飽和状態で海外にも鉄道(投資)をの世界に発展した模様ですが、勿論、自分達がお金出す以上損ダメ絶対で、こちらの詳細も本書をドゾ。表向きは関係ありませーんですけど、英政府、銀行、投資家、技師のつながりというか、軍と植民地支配キタコレってか?こちらの詳細は本当に本書をドゾ。さすが大英帝国サマは違うってか(笑)

 国の発展と鉄道、お金と植民地なそれで、一例として「タイ政府は鉄道建設に際して、ドイツの技術を採用しつつ、イギリスの請負業者を利用した。というのも、イギリスによって隣国ミャンマーに作られた鉄道がイギリスの利益にのみ寄与しているのを知っていたらかである。タイ政府は鉄道による先進国からの侵略や従属化を防ぐために、あえて複数の国から技術者を雇い入れ、競わせたのである」もあると思いますってか…

 また「中国における初の本格的鉄道は、北京から一五〇キロほど東北の唐山~胥各荘間(九・七キロ)である」そで、これにクロード・W・キンダーきたこれとな…「キンダーはイギリスの資本・資材の供給の窓口となり、イギリスの中国東北部における鉄道進出の拠点を確保した。一方、南下政策をとるロシアは中東鉄道を建設しており、中国東北部でイギリスと対峙することになった。ロシア側はキンダーの解任を強く求め、イギリス側はこれに断固抵抗した。当時、イギリスは南アフリカでブール戦争を遂行していたので中国東北部までなかなか手が回らない。イギリスが「栄光ある孤立」政策をやめて、日英同盟を結ぶ理由の一つとなったのである。キンダーの地位は保たれた」ってホンマでっかぁーっ?

 後、豆知識的には、コントラクターというビジネス来たぁーっでしょか?所謂工事の請負人、「彼らは契約に基づいて、工事費、完成期日を守る義務があり、契約通りに進まなければ、鉄道会社に違約金を払わなければならなかった。コントラクターは、割り当てられた区間の開削や築堤、またトンネルや橋梁の工事を担い、労働者の確保、当該工事に必要な資材・機械なども自ら調達した」でして、詳細は本書をドゾですけど、何か聞けば聞くほどゼネコンの始まりのよーな気がするのは気のせいか(笑)ちなみに「大きなコントラクターは、中小のコントラクターに工事を下請けに出し、自らは次第に金融会社的な性格を帯びてくる場合もあった」ですしおすし…

 それから、これまた実に英的なエピでは、リヴァプール・マンチェスター鉄道の開業式に英首相来ますたで、「群衆は首相の乗った車両めがけて石を投げつけるなど、敵意をあらわにした」の件だろか(笑)というのも「ウェリントン公はナポレオンをウォーター・ルーの戦いで破った英雄であったが、この頃の彼は、トーリー党内部での対立や彼の保守的な政策で、大衆から不人気であった」とな…英の民衆パネェというか、これが英の正義絶賛稼働中ってか(笑)

 英語的豆では、通勤って英語でコミュートというそーだけど、これって英的には米からの輸入英語になるのか?後、貨物も英だとgoodで、米だとfreightなんだそで、freightは船の貨物の事を指していたそーだけど、米では鉄道の貨物もそー呼ばれるよーになって、20世紀に入ると英でも使われるよーになって、WWⅡ以降は全面的になった模様…言葉の浸透度って経済力を表すってか?

 そんな貨物も面白豆になるのかなぁで、食肉…「一八七〇年ごろまでは家畜を生きたままロンドンまで運んで解体して供給されていた」そな、「冷凍技術が導入されると、地方で家畜を解体し冷凍車でロンドンまで運ぶ方法」になったそで、更に「十九世紀末には北米や南アフリカから冷凍食品が輸入されるようになり、イギリス南部のサウスハンプトン港で陸揚げされた冷凍食品は、ロンドン・サウス・ウェスタン鉄道の冷凍車でロンドンの貨物集散地ナイン・エルムズまで運ばれ、飲食店や家庭の食卓を飾った」になったそな…流通業者と食品業者、国内外問わず仁義なき戦い勃発中ってか?

 日本的なエピとしては明治のお雇い外国人のとこで、トレヴィシックの孫二人がキタコレになったらすぃ…長男フランシスの長男のリチャード・フランシスと三男のフランシス・ヘンリーが来日して鉄道事業の普及に関わったらすぃ…

 リチャード・フランシスは「一八八八年に神戸工場に勤務し、車両の組立や修理、蒸気機関車の製作に携わった。一八九三年には国産初の蒸気機関車AE形(のちの八六〇形)を製造し、一九〇四年には彼のアイデアを盛り込んだ九一五〇形を製造した」そで…フランシス・ヘンリーの方は「一八七六年に日本政府に雇用され、神戸工場で汽鑵方頭取として着任した。七八年に新橋工場の汽車監察方、八九年には汽車監督となった。蒸気機関車の製造・修理分野の責任者として日本の鉄道に貢献した。九三年に横川-軽井沢間にアプト式鉄道を導入したことでも知られる」そな…こちらの詳細も本書をドゾ。

 そんな訳で、「日本にやって来たイギリス人技術者は本国のエリート顧問技術者から直接派遣されたわけではなく」ほとんどが「「独自に海外市場を開拓した技術者たち」のグループに属する人たちであり、モレルもその一人であった」そな…ちなみにモレルとは、「日本の鉄道の創業に大きく貢献したエドモンド・モレルはニュージーランドやオーストラリアなどでの鉄道建設に従事したのち、セイロンのガレ(ゴール)で日本政府に鉄道建設を勧めたH・N・レイに会っている」そで、「レイはモレルに日本の鉄道の主任技師への就任を要請し、そこで日本の鉄道のゲージを三フィート六インチとする方針が決められたという」そで、大隈重信と決めたとゆー前に既に勝手に決まってますたとゆー事らすぃ…

 他にもたくさんたくさん本当にたくさん鉄道のエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。

 19世紀の蒸気機関車の流れ的には、
 1804年 トレヴィシック ペニーダレン炭鉱
 1805年 トレヴィシック ウィラム炭鉱
 1808年 トレヴィシック "Carch-me-whp-can"号
 1812年 ブレンキンソップ  ミドルトン炭鉱
 1813年 ブレンキンソップ、ヘドレー、ブラントン、チャップマン
 1814年 チャップマン、スチュアート、スティーヴンソン(Blicher号)
 1815年 ジョージ・スティーヴンソン
 1816年 ジョージ・スティーヴンソン、ロイヤル・ファンドリィ(独初・シレジア鉱山)
 1818年 ロイヤル・ファンドリィ(ザール鉱山・失敗)
 1822年 ジョージ・スティーヴンソン
 1825年 スティーヴンソン&Co.(S&D鉄道用・Locomotion号・Hope号)、ウィルソン(S&D鉄道用・Chitraprar号)、スティーヴンス(個人的・米初)
 1826年 スティーヴンソン&Co.(S&D鉄道用、炭田用)
 1827年 スティーヴンソン&Co.(仏へ)、ハックワース(S&D鉄道用)
 1828年 スティーヴンソン&Co.(S&D鉄道用、仏へ、米へ)
 1829年 スティーヴンソン&Co.(おもにL&M鉄道用、ロケット号含)、ハックワース(Sans Pareil号含)、プレスウエイト&E.(Novely号含)、バースタール(Perseverance号)、ラストリック(Stourbridge Lion号を含む米へ、米で初の実用化、内一台は炭鉱用)、サガン(仏初の鉄道、Lyon-St.Etienneで採用)、クーパー(実験用としてTom Thumb号)
 1830年 スティーヴンソン&Co.(L&M鉄道用、S&D鉄道用)、ベリー(L&M鉄道用)、ロスウエル&ヒック、ガーニー(道路工事用)、ミラー(米、Best Friend号)、ロング(米・失敗)
 1831年 スティーヴンソン&Co.(L&M鉄道、米へ)、ウェントン&マレー(L&M鉄道)

 目次参照  目次 交通 

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