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2018年6月12日 (火)

わんぱくのすゝめ?

環境を知るととはどういうことか  養老孟司 岸由二  PHP研究所

 サブタイトルは、流域思考のすすめなんですが、所謂一つの対談集でしょか?途中から、竹村公太郎氏が参加して鼎談になっているみたいですが(笑)そして、舞台は神奈川県三浦半島の小網代一帯でしょか?

 そんな訳で成り立ちから見ていくと「基本的には、大きな山があると、水面が上昇しても川が山から大量の土砂を持ってくるので水際が埋まってしまい、リアスにはなりませんね。三浦半島は基本が岩盤なのであまり土砂がなく、海面上昇しても土砂が溜まらなかったようです」(@岸)そで、「二万年ほど前は、今より一三〇メートルぐらい水面が低かったのですが、一万年ほどかけて百数十メートル上昇し、そのときに、川が運んでくる泥が上がってくる潮と闘って、多摩川や鶴見川では運んでくる土が勝ち、沖積地というダブダブの泥でできた場所が形成されました。大地震があると、今でも液状化現象を起こす地帯です」(@岸)そな…

 で、「三浦は岩盤質で泥がありませんから、谷はそのまま水没して奥行きの深い、美しい湾ができる。リアス湾ですね。小網代はリアスの湾から一二〇〇メートルの浦の川流域の谷まで、全体で一つの地形なんです」(@岸)になるそな…

 又、「小網代の完結した集水域生態系には、二〇〇一年の私たちの集計では約二〇〇〇種類という生物の多様性があることになっていますが、実際は、たぶん三〇〇〇から四〇〇〇になると思います。甲殻類が五八種類いて、うち三〇種類強はカニです」(@岸)だそで、その蟹も陸と干潟と岩場の蟹がいるそな…

 でで、「そのような生態系のモデルのような場所を、ゴルフ場やリゾートマンションにしてしまうという計画が、一九八三年に持ち上がりました」(@岸)とな…いわゆる一つのリゾート開発計画乱立時代キタコレってか(笑)バブルの正体って(笑)

 小網代の自然を守れという市民活動キタコレになったのですが、こちらの詳細は本書をドゾ。一つだけ「いわゆる政治的な反対運動はしませんでした。イデオロギーを標榜して大きな声を出すような人にはお引き取り願いました。小網代の市民活動の基本方針は、対立型の運動はしないということです。共産党から自民党まですべてが賛成してくれないと小網代は絶対に守れない。だから特定の政党が特別扱いをしろといってきても全部断わりました」(@岸)のとこは政治も一神教とゆーか、唯一絶対主義なんだなぁ…

 「一九九〇年には、国際生態学会議という世界の生態学者を集めた大会議が横浜で開催されました」(@岸)そで、「このときに、ランドスケープエコロジーの世界の大物たちと、小網代までバスで小旅行に出かけたんです」(@岸)そで「大物たちが小網代の景色を見て「何だ、これは!」と非常に驚いた。彼らが言うには、「日本人はよくわかっていないかもしれないけど、相模湾岸の遠景まで含めて、こんな地形、こんな素晴らしいランドスケープは、同緯度の北半球にはない。なせここを壊すのだ?」」(@岸)そりゃ利権の為、既得権益と土建屋を大切に、これが政治的ジャスティスってか(笑)

 で、そんな大物生態学者達のお言葉集キタコレになったそで、「そのあたりから、県でもこれは壊せないなと思い出したらしい」(@岸)という訳で、ここからの第二章の詳細も本書をドゾ。まぁある意味、金と政治が絡んでいますから壮絶な戦いが水面下(?)で繰り広げられた模様…まさにでっとおああらいぶやねんだったらすぃ…

 「九七年には、七二ヘクタール保全との方針が示され、二〇〇五年には七〇ヘクタールの規模で国土審議会による「近郊緑地保全区域」の指定を受けました。現在は国と県による土地の買い上げ、借り上げがすすんでいて、あと一歩ですべてが行政の管理対象になるところまで来ています」(@岸)で、まさにドンダケェー(死語?)前人未踏の大偉業じゃまいか?「もし達成できれば、おそらく前代未聞の保全になります」(@岸)ですしおすし…「どこに家をつくってもいい第一種住居専用地域を、七〇ヘクタールの規模で保全するというのは本当に大変なこと」(@岸)なんですよ、奥さん(誰?)

 そゆ事で、「ただ自然を守りましょうとか、調査しましょうと言うだけでは、自然は守れないということですね」(@養老)って事らすぃ…これが究極の、でもこれ現実なのよねなんですか、そーですか(笑)

 アリス的に環境問題、活動…どーだろぉ?基本ミステリは都市小説だからなぁ(笑)

 まぁともかく、こちらは准教授的になるんじゃね?で「お読みになればわかるとおり、岸さんは理論家でもあり、実践家でもある。環境の保全がどういうものであるべきか、それがよくわかっているし、そうかといって、実践することの困難も体験され、しかもそれを克服している。そのすべてが小網代の保全という形で結実した。これが小さな仕事か、大きな仕事か、論は分かれるかもしれない。でも私は立派な仕事として評価する。論文を書くだけが学者の仕事ではない」(@養老)のとこかなぁ?准教授の日本でただ一人の臨床犯罪学者としてのフィールドワークも似たよーなもんじゃね?そんな事している暇があったら、一つでも多くの論文書いた方が出世の近道だよってゆーのが世間の常識らしーからなぁ(笑)

 学者の現場的なとこでは、当時の日本の生態学ってどよ?で「まだまだ古いソ連の生物学の影響が極めて強く、ルイセンコ主義(スターリンの庇護をうけて、メンデル遺伝学やそれにもとづく進化の総合説を否定し、獲得形質の遺伝にもとづく独自の生物学説を唱えたが、一九五四年、フルショフによるスターリン批判を契機に実権をうしなった。日本の政治的な生物論議の世界では一九七〇年代にいたるまでかなりの影響があった)が゛政治好きな生物系の学生の頭の中ではなお全盛だったと思います」(@岸)ってホンマでっかぁーっ?理系でそれか…「日本の戦後の生態学の世界は、不思議なマルクス主義が本当に広く根付いていた分野なのです」(@岸)で、それがドンダケェー(死語?)というと「一九六〇年代にネオ・ダーウィニズムで生態学をやろうなどという考えを起こしたのは、全国で私くらいのものだったと思います」(@岸)からお察しくださいってか…

 ついでになりますが、京大には森里海連環学というのがあるそな…「生態系同士のつながりが生み出す自然の恵みや、自然(森海)と人(里)が影響し合って生み出すものについて、大きな視点で研究しようという学問」(@養老)もありますよってに(笑)そんな訳で広ーい視野でねとゆーか、試みキタコレもあると思いますが、一方、「学者は、生態学で生態系の変化が予測できると思っている」派もあったりして(笑)まさに上から目線乙ってこの事を言うんじゃね?

 も一つ京大エピで、「「大学の林学はいったい何をしていたんですか」って訊いたら、京都大学の教授が「日本の大学に林学はありません」と笑っていました。もちろん具体的な場面で、この森をどうするということがわかる、という意味です」「完全な空洞化です。だって、林学や農学や工学や医学は実学でしょう。理学部や文学部では使いものにならないのはわかるけど、林学を出たやつが林で使いものにならない教育ではどうしょうもない」(@養老)って、事件は現場で起きているんだぁーってか(笑)

 これも准教授的になるのかの蟹関係のエピも興味深くて、「干潟をジッと見ていると、ガラスがきらめくような感じを受けますね。あれ、みんなカニたちのツメ。ダンスをするからガラス片のように輝くんですね」(@岸)とか、夏のアカデガニのお産シーズン対策のとことか、対応しているNPOのお仕事の一つにカニパトがあると…「カニパトの実施に当たっては、研究者や学校の先生など、それぞれプライドがあって、なかなか私たち市民団体のガイドには従ってくれない方々を説得するための研究もしました」(@岸)の件は、まぁ人の言う事を聞かない人の最右翼って何故かいつも引き合いに出されるのは学校の先生なんだよなぁ(笑)結局、こーゆー教師達に教育されている児童、生徒、学生って…皆まで言うなか…まぁそれもともかく、アカデガニの生態についての詳細は本書をドゾ。

 蟹の産卵エピでは、「かながわトラストみどり財団」にご入会如何っスかぁの件の詳細も本書をドゾ。所謂一つのナショナルトラストみたいなノリか?「一九九〇年から数年ぐらいの間に、四〇〇〇人ぐらい会員が増えました。神奈川県知事はこれにいちばんびっくりしたようです。署名が一〇万を超えようが二〇万を超えようが、行政にとってはちっとも怖くないんです。でも、お金を出す人が千単位で集まるとさすがに注目してくれる」(@岸)って、政治ってどこまでも、金、なんだなぁ(笑)

 蛇足ですけど、政治的なとこでは「山で草刈りをして、洪水のことがリアルにわかる人も、何もわからない宇宙人みたない人も同じ一票の権利を持っていて、それで地球環境危機の時代の民主主義が正常に動くのかどうか、はなはだ心もとないところがあります」(@岸)ってなると、民主主義制度では民度が一番の問題の核心であるのだろーか(笑)

 他にアリス的では大阪関連のとこで、「大阪の市民の町、堺です。堺は極端に緑が少ない。関東の人は、堺の町と聞くと自治の町といういいイメージばかりが膨らみがちですが、実際に行ってみるとイメージギャップに驚かされます。つまり市民だけで大きな権力がない所には緑がないし、どこか雑然としています。東京にあれだけ緑があるのは、徳川幕府や大名屋敷など、権力者がたくさんいたからですね」(@竹村)って、そーだったのか?アリス?京都にはパンピーな普通の公園がないなぁーとゆー話は聞いた事があったんですが、大阪お前もか?なんでしょか?アリス?

 それと作家的に言葉ってどよ?で「この世界には膨大な実在するものがあるのだけれど、言葉で表現されるものはほんのわずかなものでしかない。言葉で表現されたものの虚しさを感じることがありますね」(@養老)のとこだろか?そーだったのか?アリス?「客観性を心がけるのではなく、世界を豊かにする表現を目指すという考え方が根本にあるのがいいのでしょうね」(@養老)ってか(笑)

 そんなこんなで小網代の方に戻りますが、「保全のために必要な作業は私が代表をしているNPO法人(特定非営利活動法人小網代野外活動調整会議)がボランティアを行っています。県も財団も直接の関与はなし」(@岸)で、パンピーが自力で回している模様…

 運営費は、企業の基金や助成金で賄っている模様…そして交通費とかお弁当とか諸経費に回している模様…交通費は出すけど日当は出しませんの有償ボランティアきたこれってか…

 自然保護、環境問題に対する、政治と行政の限界が見えてしまいましたかなぁ?今でしょ(死語?)のそれはパンピーの有志で回しているんですねぇ…

 そんな小網代の自然ってどよ?とゆーと、「小網代は、子どもでも一時間で、「ああ、地べたってこうなっているんだ」と<流域>の自然を実感できます」(@岸)とこなんだそな…こちらの解説の詳細も本書をドゾ。山から海へ水が流れるってこゆ事なんだなぁと…

 蛇足ですけど「今の日本の地理教育は完全に歪んています。理系の事細かな地理学と文化地理学しかなくて、地形学を教えられるプロフェッショナルはいないそうです」(@岸)ってのも、でもこれ現実なのよね、なのか(笑)

 まっともかく「小網代のような環境は、たとえ百年、二百年見ていても法則性を見つけることは難しい。結局、その価値を彼らは知らないわけですよ。だからこそ小網代のような、基本的な自然の変化を放置している」(@養老)とな…

 まぁそれでいくと「小網代や鶴見川を理解する場合にも、氷河期の十万年というスパンで考えないと、今何が起こっているかを正確に把握することはできません。温暖化の危機が叫ばれていますが、氷河期のリズムからいうと、今から六千五百年ぐらい前にすでに暖かさの頂点を通り過ぎていますから、今はむしろ寒冷期に入っているのです。あと八万年もすればもう一回大氷河期が来るという推定もあるくらいです」(@岸)って、ホンマでっかぁーっ?昨今大騒ぎの地球温暖化なんてのも「今はその少し寒くなっているところに、おたんこぶを植え乗せするような温暖化がおこっているというわけですね」(@岸)って事らすぃ…となると、寒冷期に向かう途中の温暖化ってか?

 自然に対するスタンスが、やっぱ現場の人の感覚は凄いとゆー事でしょかねぇ(笑)例えば、「山が崩れるとみんな大騒ぎしますが、普通に起こる現象です。崩れると喜ぶ生きものもたくさんいる。崩れて大丈夫な所は崩れさせておけばいいんです」(@岸)とか、堰のとこでも「この堰がうまく機能すれば、ここに土砂が溜まります。大雨のときは堰の上手から溢流して谷全体に水が供給される。谷の自然の管理というと、多くの人はほとんど木のことしか考えませんが、ここでは水が大事です。水環境をきちんとしないといけない」(@岸)とか、榎のとこで「これは崩壊防止で植えた土留のエノキ。エノキは横に根を張るので田園脇の土留に使うのです」(@柳瀬)とか…

 でもって、やっぱりと思わされた一言が「日本ではトップに行けば行くほど、地べたがどうなっているのかわかっていません。わかっているのは治水のために流域を理解しないと仕事にならない河川官僚の皆さんばかりといったら、しかられるかもしれませんが…」(@岸)って言うのも、でもこれ現実なのよね、なんだろなぁ(笑)

 まぁ著者的には、「自然と聞くと体に染みついた近くの川や雑木林などを思い出すのがほとんどなのに、世間が自然について語るときは遠いアフリカの草原やサンゴ礁の島の話ばかり出てくる」の件じゃまいか(笑)自然と地元が完全に切り離されているのが現代って事でFA(笑)

 でまぁ、政治的なとこでどよ?は道州制お前もか?で「道州制の議論の中にとんでもない話があります。単なる試案の一つではありますが、神奈川県と千葉県を一緒にするという案です。経済事情だけを考えているんでしょうが、神奈川県と千葉県を一緒にして、河川行政は誰がやるのでしょう。洪水が起こったらどうなるのか。こういう感覚は非常に恐ろしいと私は思います」(@岸)のとこで、詳細は本書をドゾ。地元に根差したというか、河川流域を中心に見ると、とても道州制なんて一纏め、一括り観は出て来ないはずなんだけど、今時は何でも同じでしょだからなぁ(笑)

 鶴見川の行政区分の複雑さについての詳細は本書をドゾ。いやもー生半可な世界じゃね?縦割り行政ってパネェというか、利権ってパネェ…

 で、政経的に見ると「産業文明とは何か」「大量のエネルギーを使って同じものを大量につくって値段をつけ、買ってくれる所にはどこにでも運んでいこうとするシステムだと説明」(@岸)してるとな…こゆ「考えが世界大で広がってもう二百数十年になる。でもそれが今の地球環境危機の根本にある。地球をつくり上げる個々の地域(=流域)の制約や可能性、つまりは大地の個性をていねいに扱えない方法、思考だからです」(@岸)って事だろか?まさに、儲けちゃいけないんですかぁーっでここまで来たよぉーって事か(笑)

 でもって「「どこにでも運んでいく」というのは近代文明のキーワードです。近代とはものを移動させる時代でした。ポスト近代すなわち持続可能性とは、私はなるべく動かないことだと思います。ただ、交流はしないといけない。交流しないで孤立したら都市も地方も人も生物種も衰退していつかは絶えてしまいますから。流域を考えるのなら、ここは大事なポイントになる」(@竹村)って、ホンマでっかぁーっ?

 それから、政治的なとこでこれも「なぜ自治体にできないことが国にできるのかというと、国の行政組織は県会議員や市会議員に人事を握られていないからです。つまり、国の行政官はどんどん転勤しますが、赴任先の県会議員や町会議員とは個人的な縁がありません。ところが県の職員や市の職員は、生涯彼らと付き合わないといけないわけです。ですからさまざまなしがらみが生じて抵抗できないケースが多いのです」(@竹村)って、それって、地方公務員って県民や市民には顔を向けていませんが、何か?って事でジャスティス?

 そして、国家公務員の方も度重なる不祥事によるバッシングで、「行政側にしてみれば、市民活動を下支えしたり連携するのは公平さや透明さに気を遣いながら頑張るエネルギーが必要になりますが、萎縮するのは楽」(@竹村)で、タコつぼ化加速しているらすぃ…なるほろ、国民総ヒッキー化か(笑)別に、霞が関に洪水や土石流がくる訳でもないし…起きたらただちに問題はありませんで、被害がでたら想定外で責任ありませんで、その後に土建でウハウハで、利権が絡んでいないとこなら放置でオケってか(笑)

 更に「日本の政治家は、公を背負うことがあまりない。法律はつくるけれど、政治の現場でなされているのは、その法律をすり抜けることとか、破るようなことばかり目立つのは悲しい。法律を背負う人があまりに少ないという感じがします。政治家は基本的に地域利権の代表で、地域の深い利権から距離をとることができているのは、実は官僚だけという政治構造も各所にあるわけで」(@岸)すしおすし(笑)

 「政治家の扱う金を、彼らの仕事に必要な公的な金だと見なす人がいなくなって、全部が政治家個人の金ということになってきた」(@養老)って、これってどよ?ってか(笑)

 結局、金に左右されないリーダーがいるか?否か?それが問題だって事に落ち着くのか…これも一つの男社会の弊害だと思うのは気のせいか?

 それから「現場とのあいだにあるギャップが、物事が停滞する大きな原因の一つになっていることに、おそらく多くの日本人は気付いていません」(@養老)で、やっぱ本田宗一郎は偉大だったって事か(笑)でもって、「「不採算のところはやめればいい」というのは経済合理性ですが、現場はそれで動くわけではない。この部分をもっと深く考え、学ぶ必要がありそうです」(@養老)って事で、一億総、合理性と効率性の奴隷ってか(笑)

 後、生態学的にも変化があって、「つい三、四十年前まで、生態学者たちは、生態学現象を見るときにバランス・オブ・ネーチャーを重視していました」「基本的に自然そのものに任せましょうというルールが一般的だった」(@岸)そで、でも今でしょ(死語?)では「自然は局所的には遷移のような定型的な現象があるにせよ、基本的、大局的には偶然と変化に大きく既定されていることが見えてきました。自然の本質は調和・安定ではなく偶然・変化という見方に大きく変わっている」(@岸)キタコレってか…

 まっ「生態学も偶然の集積」「遡っていくと、でたらめな変異のようなものに出喰わして、それを因果や論理でねじまげずな記述するのがほんとうの生態学」(@養老)って事らすぃ…合理性とか、因果関係ってもしかして世界を硬直化に進めるものなのか?矛盾だろーが、何だろーが、全てを受け入れろやぁーって事だろか?もしかして、やっぱ自然ってスケールが違う…

 後、メディアはとゆーと、「鎌倉の川が死んだのは、昭和四十年代である」(@養老)の件で、詳細は本書をドゾですが、「当時は多摩川が泡立ち、メディアでもその状況が盛んに取り上げられた。それから某新聞では、パタッとその報道がなくなり、一ヵ月後に全紙面大の洗剤の広告が出た」(@養老)って、成程、これが報道の正義なんですね、分かります(笑)

 そして市民達はとゆーと、「水のマスタープランや総合治水のプランがしっかりあって、行政とうまくやっていく力のある市民団体の育っている流域だけをつくろうなどとしたら、今度は百年たってもできないかもしれませんけどね」(@岸)って事になるんだろーなぁ…何とゆーか、超人はいないってのがこの世界なんじゃねとしみじみ思うのは気のせいか?

 面白豆になるのだろか?でトンボの名前…アサヒナカワトンボなんですが「昔はヒガシカワトンボだったんですが、いつの間にか呼び方が変わっちゃった。分類は難しいそうです」(@岸)って、そーだったのか?リンネ?昔の名前で出ていますってか(笑)

 これも豆になるのだろか?で、「建築家の藤岡輝信が、人間の空間認識の基本にあるのは、その人が育った環境だといっていました」(@養老)で、人とは「ある年齢のとき、世界のイメージを決めてしまうのです」(@養老)って事らすぃ…そんな訳で極論に走れば「七、八歳から十一、二歳の頃までの間に地べたで遊ぶということをせず、自然と触れる喜びに感動するということを知らないままで、サイバー空間に入り込むような楽しい暮らしをさせれば、彼は彼なりの自分の世界をつくってしまうでしょう。そして、その世界はもうリアルな世界と関係ない」(@養老)って、そーだったのか?絶叫城?

 建築つながりで、遊水対策で日産スタジアム来たぁーってか?「あれも実は面積八四ヘクタール、総貯水量三九〇万立方メートルという巨大な人口池の中に高床式でつくったのです。解説されたのが二〇〇三年ですが、二〇〇四年の台風でかなりの水が入りました」(@岸)って、ホンマでっかぁーっ?なるほろ大型施設にはそゆ仕組みもあったのか?

 とはいえ、温暖化が加速すると今までは五十年に一度の超大型台風が、二、三十年に一度になるかもよで、この手の逃げ水対策もっと必要になるかもなのか?平地に住むリスクあると思いますか…森林の保水システムについての件は本書をドゾ。

 でもって「いま炭酸ガスの増加を完全にストップしても、IPCCなどの予想するとおりであれば、温暖化は着々とすすんでしまい、豪雨・旱魃の未来が待っています。温暖化で豪雨や渇水に見舞われる地域では、洪水渇水対応が文明的課題になってゆくほかない。そしてこれは、「流域」で、流域思考で、対応するほかない課題です」(@岸)なんですよ、奥さん(誰?)

 お水つながりで、全国の一級河川BOD値(生物化学的酸素要求量:河川の水や工場排水中の汚染物質や有機物が、微生物によって無機化あるいはガス化されるときに必要な酸素量)ワーストランキングが毎年発表されるんだそーですが、この御三家が、「奈良・大阪の大和川」「鶴見川」「埼玉・東京の綾瀬川」で、この三つの川が一、二、三位をぐるぐる持ち回りしているのが実情らしー(笑)

 ところが「実はこのランキング、一般の市民に受け取られる内容-鶴見川の水質は全国全ての川の中で、あるいは全ての一級河川の中でワーストランクという素朴な理解-でいえば、真っ赤な嘘なのです」(@岸)しおすしでして、こちらの詳細も本書をドゾ。何かもーこの手のデータの絡繰りって一体(笑)神様おりゃー何を信じたらいーだぁーっ(笑)

 更に真っ赤な嘘つながりで「水がきれいなほど魚もたくさんいる。鳥や魚が少ないのは、川の水が汚いから」(@岸)と思ってね?「川の水をきれいにして、魚や鳥を増やそうというわけですが、実はこれも、ときには大嘘なのです」(@岸)ってホンマでっかぁーっ?詳細は本書をドゾですが、よーするに「水清くして魚棲まず」あると思いますって事らすぃ…

 後、これも豆か?で、日本の林業も「うまくいっているのは、江戸時代からの代々の地主が管理している所です。彼らは自分の土地の中から適当な年数の木を伐り出して、上手く回転させることができる」(@養老)って事になるらすぃ…

 ちなみに理想的な人工林のあり方の標準モデルに近いのが伊勢神宮の森とな…こちらの詳細も本書をドゾ。まずビジョンありきってか?

 そしてこれも豆か?で、最近の歴史学、若もんの中から「歴史を偶然の集積として書こうという人が出てきました」(@養老)そな…「従来は、戦争に至る経緯を記述するなら、因果関係に従って書いていけばそれですんでいたわけですが、最近では、ある一定の内発的なエネルギーに基づいて事件を並べ、それに後から解釈を施すという形で書かないと、誰も読んでくれない」(@養老)って、ホンマでっかぁーっ?

 こちらは豆というより各国事情か?で、印の場合、「山腹に道路を切ったら、必ず水の流れに何度もぶつかります。だから、インドなどでは出水によって崩れるたびに、もう一度山側に道路をつくっています」(@養老)ってホンマでっかぁーっ?そんな訳で「ヒマラヤ山脈の、登りはじめ一〇分の一が大変です。平地に近いから大量の雨が集まるでしょう。上で降った水は当然下にきますから。だから、ヒマラヤ山脈の災害は、標高が上がって二〇〇〇メートルぐらいまで来たら、相当な雨が降っても問題ない。ふつうは下のほうが暖かいし済みやすいと思うでしょうが、平地は不安定なんです」(@養老)って、平地にはヒルやマラリアもあるしで、乾燥して寒くても「標高二五〇〇メートルの所に住んだほうがよほどいい」(@養老)というのが現地的にはジャスティスとな…ヒマラヤ住宅事情もパネェ…

 欧州では、「ヨーロッパ人は流域で土地を区分していますが、流域思考を持っているとはいえないと思います」(@竹村)に「行政区画上は存在しても、市民の意識の中にはないですね」(@岸)って事らすぃ…そーだったのか?メ〇ケル?

 尤も、米では「アメリカの西海岸では、流域をシャープに捉えてきた伝統があるかなと思います」(@岸)なんだそな…「乾燥地帯のアレゴンやワシントン、カリフォルニア、あのあたりは土地管理や都市の計画に当たって流域の概念がかなり明確に入ってくる」(@岸)のだそな…詳細は本書をドゾですが、「七〇年代以降、特に九〇年代前半の半ば、アメリカでは流域活動が盛んに行われています。ジョン・ウェズリー・パウエルというアメリカ地質調査所の第二代所長は、西部の州を流域に沿って区切った地図をつくりました。いまでもアメリカの流域原理主義者たちにとっては神さまのような存在です」(@岸)もあると思いますってか(笑)

 後、教育問題も根深いなぁで、「今アメリカでは教育の、特に小学校教育の大動乱期に入っています」(@岸)だそで、ブッシュの時に改正して「英語と数学に競争的なテストを導入して、それを目標にして先生たちが合理的な授業を行うというものです」(@岸)キタコレってか…

 そんな訳で「その余波として野外活動がほとんどできなくなった。環境教育はもちろん、社会や理科の勉強までしなくなって、そのうえたぶん体育なんかもしないのでしょう。肥満とADHD(注意欠陥・多動性障害)の子が増えたといわれています」(@岸)そで、「その後、この教育改革に対する大規模な反対運動が起こりました」(@岸)で、現在進行形らしー…のでこちらの詳細も本書をドゾ。

 何よりこあいのは日本でも学習指導要領の改訂キタコレで、学校の総合学習の時間が、「この春から全部英語の授業に切り替えました」なんて事態がキタコレになっているらすぃ…こちらの詳細も本書をドゾですが、「日本の教育分野の人たちはこういうことをほとんど問題にしていないように見えてしまうことですね」(@岸)の件かなぁ…もーみんなみんな一億総阿蘭陀通詞化まっしぐらってか(笑)

 かくて「現代の都市が何かの答えを一切身につけていない子どもを大量生産していることが気になる。僕は小学校のパソコン導入は勘弁してほしいといっています。子どもは山の中に放っておけと思っている」(@養老)とな(笑)まぁ母親が泥汚れを良しとせず、教師が野遊びを評価しないんだから、自然児なんて絶滅危惧種じゃね?

 他には、伊のボローニャ方式どよ?「イタリアのボローニャは、国から金を貰わないということを市の基本方針にしている町で、議員が給料を貰っていないんです。みんな仕事を持っていて、議会は夜の七時頃に始まる。市民のほうもそこまで本腰を入れないと、市民運動は育たないのではないですか。運動の結果だけを見ないで、その過程で市民が育っていくことの評価が必要です」(@養老)の件は非常に意味深だと思われなんですけど、どよ?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピいぱーいですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に一つ、本書で一番インパクトのあったお言葉、「ああいう泥だらけの連中が、将来の世界をしよって立つのです」(@養老)とな…

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