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2019年1月 2日 (水)

牛に引かれて?

伊勢神宮とは何か  植島啓司 写真・松原豊  集英社

 所謂一つのエッセイなのか?小論文なのか?多分、文化人類学的にどよ?なんでしょか?失われた伊勢を求めての旅に出るぅーっ?ってか?よーするに、今でしょ(死語?)の伊勢神宮もあると思いますですけど、その中でも一般に認知されているのって内宮と下宮の二つじゃね?みたいな?でも、今だって、伊勢神宮は125社あるねんでぇーっでして…更に時代をさかのぼれば、歴史の途中で増減あると思いますらすぃ…

 で、昔々のその昔、よーするに伊勢神宮前の伊勢にも土地神サマがいらっさったじゃまいか?ってか?そゆ、神域としての伊勢周辺を彷徨う、もといフィールドワークに行こーってか(笑)ある意味、伊勢の社の考古学みたいなノリかも?

 文体は口語体で非常に平易で、写真も美しスなんですけど、こー馴染みのない土地がいぱーい出てくるので、果たして、今ドコ?とココはどこ?の連続でして、土地勘のない人間には、何が何だか?ついでに歴史観もないので、意味不明な案件がざっくざくってか…

 でで、そんな時は、分からないなら目次に逃げるパターンいってみよーで、「はじめに、第一章 伊勢神宮フィーリング、1筑紫申真「アマテラスの誕生」、2伊勢・志摩を歩く、第二章 志摩の磯部へ、1磯部神社旧宮跡、2「アマテラスの他に神はいますか」、第三章 水の神、1伊勢参宮名所図会、2五十鈴川上流へ、3瀧原宮と潮石、第四章 遷宮という仕組み、1遷宮という仕組み、2松前健「日本の神々」、3心御柱、4床下の秘儀、第五章 サルタヒコとは何か、1興玉の森、2サルタヒコとアメノウズメ、3松坂から鈴鹿へ、第六章 的矢湾クルーズ、1谷川健一「志摩の磯部」、2的矢湾クルーズ、3御贄、4御船代、5伊勢神宮よ永遠に、特別対談「祭りの場としての伊勢神宮」植島啓司×櫻井治男(皇學館大學特別享受)、おわりに」のラインナップ(笑)まぁ、これで分かる人には分かるんだろか?

 アリス的には、伊勢神宮…うーん…ダリ繭かなぁ?土地柄的に?

 伊勢というと神宮としか思いつかない位、密接に結びついている地域じゃね?ですけど、実際に伊勢・志摩とゆーとこに行くと「歩いてみるとわかるのですが、この地の信仰の中心は漁撈信仰です」とゆー事になるらすぃ…そんな訳で「どの神社も河川および海と密接な関係にあります」となるそな…ちなみに「天照大神もその例外とは思えません」になるって、そーだったのか?天照?

 でもって、直木孝次郎キタコレで「アマテラスを祀る伊勢神宮は太古から皇室の先祖を祀る神社だったという通説は否定され」ますたとゆー事らすぃ…「少なくとも七世紀までは地方神を祀った神社だったことが明らかにされたのである」だそな…

 てな訳で昔々の伊勢はどよ?から今の伊勢はどよ?まで行ってみよーじゃございませんかぁーっ(エコー付/笑)でしょかねぇ(笑)取り敢えず、そのフィールドワークの詳細については本書をドゾ(笑)

 さて、神域、聖域とはどのよーにしてでけたのか?も興味深いところかもなぁ?まず「人がある場所で神の気配を感じとった」とすると、「そこは尋常な場所ではないので勝手に立ち入ってはいけない」って気付いたのか直感したのか天啓うけたのか、キタコレ状態は確かかな(笑)そしたらどーするで、「榊が立てられ」「注連縄で結界が張られたにちがいない」そで、所謂一つの「神籬」ってか?「もっとも古いかたちの聖域のしるしがそれで、祭りが終わると一斉に片付けられて通常の何もない場所へと変貌してしまう」のだそな…

 ところが、「その場所がある程度恒常化すると「祠」と呼ばれることになる」そで、こーして聖地が定位置化するらすぃ…更に「祠に雨風をしのぐための屋根をつけたりして多少とも家屋のかたちに近づけたのものを「社」と呼ぶが、これには別の語源もあって「杜」から来るとも言われている」とな…とはいえ、とにかく「神社の誕生」来たぁーってか(笑)

 更に「時の権力によってそこが特別な場所として認知されると「宮」と名づけられることになる」そな…そゆ箏で伊勢神宮の場合も「宮というのは権力中枢との密接な結びつきを示している」んだそな…

 そゆあらましというか、歴史があるとゆー事らすぃ…で、伊勢・志摩各地の古いお寺とか神社とか、今はもーなくなった跡地とかを見て回る箏になるんですが、こちらの詳細は本書をドゾ。故事来歴というか、その土地の土地神様や信仰は、ひとくくりに語れる内容ではないないよーじゃね(笑)

 そゆとこの写真が幾つか掲載されているのですが、それだけでもただならぬ気配がトーシロでも分かるので、これはもー自分の目で見て確認してくらはいとしか言いよーがないよーな?箏、神様だけに簡単に語れる内容じゃなかろーと…

 伊勢神宮に戻りますが「古代においては私的参拝が禁じられており、後に御師らが登場して代参が認められるようになり、室町時代以降、伊勢講による一般の人々の参宮へと広まっていったのである」で、「江戸時代に入ると「おかげまいり」などで年間数百万人の人々がお伊勢参りに訪れるようになる」に至ったらすぃ…

 とはいえ、今と違って昔は参拝も結構おおらかだったとゆーか、伊勢神宮そのものもおおらかだったらすぃ(笑)というのも「牛が正宮の中にまで入って榊をむしゃむしゃ食べてしまったというエピソード」って、これこそ元祖ホンマでっかぁーっ?じゃね?牛って榊の葉っぱも食べるのか?

 後、式年遷宮の件もなかなかにアレなよな?ちなみに下世話な話ですけど、この前の遷宮の費用五百億円也って、それってどよ?まっ今までの遷宮でも費用凄くね?と賛否両論出てたそな…でも、今回は「あまり批判の声が聞かれない」そな…まぁ世情がアレですから日本回帰キタコレもあると思いますなんでしょか?まぁ五百億円、庶民には物凄い桁の金額に見えるけど、もー東京五輪の金額に比べたら、あら?な気にもなろーとゆーもんじゃあーりませんか?のよな(笑)その手の話をあげていけば日本ほど元ネタある国なくね(笑)

 他にも永遠の捉え方の違いですかねぇ?「西欧では石造りの荘重で厳粛なゴシック建築のようなかたちで「永遠」をつかまえようとするが、日本では(永遠の)「繰り返し」ということが大きな意味を持ってくる」の件は、いかにもジャパンスタイルだよなぁ(笑)「われわれにとって大事なのは「流れ」のほうであり、そのようにして万物が繰り返されるということに価値を置くのである」なんですよ、奥さん(誰?)それの目に見える形が式年遷宮じゃね?とな…

 ちなみに式年遷宮の古儀は五つとな…一「心御柱の奉経」、二「新しい社殿の造営」、三「神宝・装束などの献進」、四「遷御の儀」、五「由貴の大御饌」だそな…こちらの詳細も本書をドゾ。

 後、伊勢神宮のご神体というと「八咫の鏡」じゃねですけど、その実「心御柱(忌柱)こそ神宮のかつての古いご神体であったことは、すでに多くの学者が指摘してきたことである」そな…そーだったのか?心御柱?

 ちなみに、そのご神体の八咫の鏡をおさめている箱が「御船代」とゆーそーな…こちらの詳細も本書をドゾ。やっぱ、伊勢、水と関係していると見てFAなんでしょかねぇ?

 他にもたくさんたくさん本当にたくさんエピ満載ですので、興味のある方は本書をドゾ。最後に一つ本書でハーヘーホーと思わされたとこを一つ、「江戸時代、だいたい祭りのときは幕府が「神嘗祭につきみんな厳粛に」というようなお触れを出しますから」(@櫻井)って、このエピだけでもやっぱみんな日本人と思うのは気のせいか(笑)

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