国内

2018年11月22日 (木)

千変万態?

日本の滝200選  写真・文 中西栄一  東方出版

 所謂一つの滝ガイド本だろか?写真集とも言うかなぁ(笑)日本全国津々浦々、滝っていぱーいあったのですねぇ?何か滝というと、ナイアガラとか、エンジェルフォールとか、ヴィクトリアフォールとか、日本だと華厳の滝とか、那智の滝のイメージしかなくて、でもよく考えなくても川があれば滝はあるとゆー、むしろ水のあるとこ滝があるとゆー事か?

 それぞれの滝に解説が載っていますので、詳細は本書をドゾですが、何とゆーか、非常におべんきょになります(笑)で、まず、ご利益がありそーなとゆーか、お役立ち系かで、爪割の滝(福井・上中町)の場合、「爪割の清水は五穀成熟諸病退散の効あり」と言われていたそな…満願滝(大阪・和泉)では「昔、弘法大師が「この滝の水は胃腸病に良い」といわれた」とか、ありますですしおすし…

 他に、山彦の滝(北海道・丸瀬布町)のとこのエピで「真東向きの滝は御利益が深い」ってあるんですが、ホンマでっかぁーっ?これからは、真東向きの滝に向ってゴーじゃね(笑)

 それにしても、久住滝(鳥取・日野町)のとこでおろろいたんですが、「平成3年春に新たに発見され、幻の滝としてその年11月に名称を公募した」って、ホンマでっかぁーっ?日本にはまだまだ知られざる滝があるかもしれないって事なんでしょか?うーん(笑)

続きを読む "千変万態?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月10日 (水)

ずっと?ずっと(笑)

東京時間旅行  鹿島茂  作品社

 所謂一つのエッセイ本か?東京へのオマージュか(笑)東京を時間軸で見るとどよ?かなぁ?関ケ原以前の江戸と、江戸時代の江戸と、明治維新後の東京と、戦後の東京、東京五輪後の東京、そして今でしょ(死語?)の東京に続くと(笑)東京も色々あらーなって事ですか?そーですか(笑)

 今の東京の元になった東京は五輪後の東京という事になるらすぃ…東京大空襲で焼け野原になったやんけで、まっさらな東京を戦後組み立てたみたいなイメージが勝手にあるんですけど、でも、そんなの関係ねぇー(死語?)で、ハードの復興前に都内の人口も急激に膨れ上がって、間に合いませんの世界が展開していた模様…庶民としては日日の事何とかしろや、おらぁーだけど、施政者としてはこの際だから都市大改造して機能的な都市にしたいよね?長い目で見たらそっちの方がいいに決まっているしとなる訳ですが、戦後の日本、当たり前ですが、先立つものがない(笑)

 国の首都なんだから、都だけじゃなく、国の方も何とか都合つけてくらはいな話だが、「国の予算が東京都に対して、きわめて冷淡だったのである」ですしおすしで、立ち行かず、結局、この国を動かすには外圧が一番早いって事で、そーだ五輪をしよーになったらすぃ(笑)「オリンピックを開催し、外国人が大挙して東京にくるなら、そして、東京が旧態依然のままであったなら、恥をかくのは国である。国としては大幅な予算を割かざるをえなくなるだろう」という目論見で、東京は五輪招致を物凄い勢いで目指したらすぃ(笑)人間何事も下心があると動くなぁ(笑)

 よーするに五輪で東京が変わったのではなく、東京を変えたいが為に五輪を開催したとな(笑)かくして戦後、東京キタコレになるそな…何かこのやり方って新幹線と世界銀行と似てるよーな気がするのは気のせいか(笑)

 下心つながりでは、選手村どこにするよ?で、「組織委員会は当初、選手村として埼玉県朝霞市の米軍基地キャンプ・ドレイクを予定していた」そですが、「一九六一年五月九日、在日米軍は突如、キャンプ・ドレイクを返還する意思がないことを通告してきた」そな、ただし「ライシャワー大使は、意外にも、ワシントンハイツなら全面返還してもいいといってきたのである」って…ちなみに米軍基地ワシントンハイツは旧陸軍代々木練兵場にありますた(笑)これも「在日米軍としてはオリンピックが開かれる神宮外苑のすぐ横に広大な米軍基地があることが世界中に知らせることはは得策ではないと判断したようだ」で、人間何事も下心が以下略(笑)

 蛇足ですが、ワシントンハイツ跡地にでけた選手村は「施設、設備、食事、運営とも大好評で、選手たちは好印象を抱いて日本をあとにした」そな…そーだったのか?オシム(笑)

 でまぁ、具体的にどゆ改造整備になったかの詳細は本書をドゾ。ただ、今でしょ(死語?)の東京、西に発展していってね?はこの時決まったよーなもんだったよーで…というのも、メインが代々木、サブに世田谷ですけんで、東京の西じゃねで、西側を重点的に整備する事になったとな…この時、東京の東側は五輪に関与していなかったので殆ど放置プレイという事で今に至るらすぃ…

 で、この五輪を口実にした東京大改造の「大本は安井誠一郎、細部は山田正男」の二人によるものらすぃ…とにかく、整備はしますたとゆー事か?でも「都高速が美意識に基づく道路ではないことは確かである」でお察し下さい(笑)この辺りは所詮、日本のおっさんのした事って事ですか?そーですか(笑)

 かくして、五輪後東京ができましたとな(パチパチ/笑)

続きを読む "ずっと?ずっと(笑)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月20日 (金)

賦、比、興、風、雅、領?

大人の散歩道 東京老舗歩き  日地出版、

 表紙コピーは、江戸のこだわり、ぶらっと商店街、街で見つけた美術館・博物館、東京を遊ぶ20コースなんですが、所謂一つの東京ガイド本でしょか?何とゆーか、本書は東京歩きというより、江戸歩きとゆーよーな気がするのは気のせいか(笑)

 さて、土用の丑の日きたこれで、鰻っきゃないでしょ(笑)で、本書を開いたら、最初に紹介されているお店が、鰻屋さんだったんですよ、奥さん(誰?)これはもー運命を感じて、読むっきゃないでしょ(笑)

 掲載されているのは、やっ古(浅草)でして、「創業は寛政年間(一七八九~一八〇〇)」というから、ゆうに200年はたっているとゆー事らすぃ…そんな訳で「蒲焼は生粋の江戸前」「背から割いて中骨と腸を除き、皮と身の間に竹串を差す」そな…そして「強火で素焼きし、蒸した後、タレを三~四回付けながら焼く」スタイルらすぃ…

 ちなみにこちらのお店、「江戸後期の「蒲焼番付」では評判を取っていた」そーで…歴史と伝統ってパネェ…

 蛇足ですけど、こちらのメニューに松竹梅はないそーで、うな重と蒲焼は「梅、桜、桐」で、白焼は「菊」「藤」、のランク訳らすぃ(笑)

 良心的だなぁと思ったのはランチタイムが「十一時三十分から十六時まで」なんですよ、奥さん(誰?)これなら昼時をずらしてゆっくり行けるんじゃね?

 そんな訳で、「江戸に鰻屋が多くなるのは、江戸時代も中期以降、江戸前というのは江戸の前の海という意味だから、もともと、隅田川河口から品川沖あたりの東京湾でとれた新鮮な魚介やその料理を指した」そーなんだけど、「時代が下がると、江戸前というと、ほとんどうなぎを指すようになった」とは知らなんだ?今でしょ(死語?)だと江戸前というとお寿司のイメージだが?どよ?

 その鰻も、「深川や神田川産のものが上品とされた」そで、「江戸以外のものを旅ものといい、通の人はよその川でとれたうなぎはあまり好まなかったという」って言うからドンダケェー(死語?)てな訳で江戸っ子に人気の鰻でしたけど、「庶民にとっては高価で、アナゴなどで代用した」そな…今も昔も鰻って高級品だったんだ(笑)

続きを読む "賦、比、興、風、雅、領?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月17日 (火)

公園デビュー?

無料空間  松美理瑛子  モデラート

 サブタイトルは、スローライフの扉を開く身近なスポット38なんですが、まぁ都内中心とはいえ、無料で楽しめる施設がこれだけあるよって事らすぃ…

 基本、無料で自由に入れるとことゆーと、神社と公園位しか思い浮かばないんだが、お寺は、拝観料とるか、檀家しかあきまへんえが多いよーな気がするのは気のせいか(笑)

 てな訳で、本書、神社で言うなら鳳神社と明治神宮が、公園でいくと羽根木プレーパーク、あけぼの子どもの森公園、代々木公園フリーマーケット、庭園も含めていいのなら山手イタリア山庭園、皇居東御苑、毛利庭園などで、明治神宮外苑イチョウ並木は庭なのか公園なのかそれともただの街路樹なのか悩むとこだなぁ(笑)

 まっでも、この三つの公園、それぞれにメインとするものが違って公園と一口に言っても色々あるんだなぁと…羽根木のは公園内でアスレチックが出来ると見ていいんだろーか?「木にくくりつけたロープ、ターザン小屋など」があって、子供が自由に遊べる、体験できるよーになっているそな…その由来は「子ども達が、もっと自由に創造的に遊べる「冒険遊び場」として、昭和54年の国際児童年にオープン。運営しているのは住民の組織、「プレーパークの会」で、公園内の冒険遊び場としては、日本で初めてだったそうだ」ですしおすし…しかも「ここにある基地や小屋は、全て地元の人やボランティアによる手作り作品」ってホンマでっかぁーっ?そんな訳で自由ですから、よくある公園内の「禁止事項の看板もない」って、ドンダケェー(死語?)とはいえ、「火曜日以外の朝10時から夕方5時までは、フレーリーダーという大人がいて、子ども達を遠巻きに見守りながら、時々SOSに助け舟を出している」のだそな…何とゆーか、元祖地元で子供達育てますの世界が展開している模様…

 そしてあけぼの子どもの森公園の方は「平成時代の幕開けを記念して」「作られた都市公園」という事になるらすぃ…「入間川を見渡す加治丘陵の斜面を利用し、豊かな森と清流と、そこに不思議感覚で点在する自然素材の建物と…」がある公園らすぃ…森の中のメルヘンというか、何とゆーかムーミン谷みたいな雰囲気だなぁと写真を見て思ふ(笑)勿論だだっ広い芝生?のスペースもあるし…子供とか犬とかダーッと走って行ってしまいそーな空間だよなぁ(笑)

 でもって、代々木公園はフリマでして、こちらは地べたが全て売り場になっていますが、何か?の世界が展開しているよな?「フリーマーケット、日本では英語のFreeを使い、直訳すれば「自由市場」になる。しかし、そもそもの発祥の地ヨーロッパでは、Fleu Marketは「蚤の市」の意味。ちなみに「蚤」という言葉、フリーマーケットが始まった当初、商売をしているプロどうしが中心で、売れるものなら何でも、蚤がいそうな品々まで売っていたことから、その名がついたそうだ」って、ホンマでっかぁーっ?てゆーか、蚤そんなにいたんかい?

 そんな代々木公園のフリマは、「古美術などの骨董品」もあり〼ですけど、やはり場所柄と年齢層から、ファッション系が多いらすぃ(笑)まっ雑貨ともいうだろか?

 まっ何にせよ、都心にこーして公園、広場があるとゆーだけで平和なんだろなぁと(笑)

続きを読む "公園デビュー?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月15日 (木)

ひなたみち?

街道をゆく 十四  司馬遼太郎  朝日新聞社

 担当のHさんによると趣味の会ですの、ぶらり街道〇人旅(笑)今回は、愛媛から土佐への街道になるんだろーか?日本全国土地勘のない奴なんで、地図を見る分には四国の西海岸を下る旅路みたいだが?とゆー事で、主に宇和島藩の辺りを行くって事でOK?

 それにしても日本の藩割ってどーなっていたのか?まず国割?土佐とか、伊予とかの境が今一なのに、更にその中に藩がいぱーい分裂しているので、どこがどこやら…これがピンと来ないと日本史は厳しいってか…しかも、鎌倉、室町、戦国、江戸とトップの出入り激しいし…

 まぁでも、何とゆーか、今までの街道をゆくシリーズの中でも本書が一番のほほんとした雰囲気が通奏低音のよーにあるよなでして、読んでいて一番ストレスフリーだったよーな気がするのも気のせいか(笑)どこの歴史にも暗部はあるんですけど、それでもこちらにはおてんとうさまが光っている感じが最初から最後まであるよな(笑)

 それにしても愛媛県はどーして愛媛県になったか?の件がなかなかにスリリングというか、笑えるというか、幕末の空気感がパネェで、最初の県令で赴任した「土佐人本山茂任(只一郎)」に対する著者の評価が厳しい(笑)幕末に「あぶない橋は決して渡らなかった。同志のほとんどが幕末に死んだあと、維新でその果実をひろった男である」「人物力量のいかがわしさ」なお人って…ドンダケェー(死語?)この辺って企業内人事のよーだよなぁ…出来る人は何かしらプロジェクトを担当するから成功もするけど、失敗もありで失脚となり、結局、無能程何もしないから査定に引っかからず残り出世するみたいな(笑)

 まぁそれはともかく、愛媛のネーミング的には、「「古事記」に、イザナギ、イザナミの夫婦神が国生みをする記述がある。最初に淡路島を生み、次いで四国を生んだ」そで、その四国とは「身を一つにして面四つ有り」とあるそな…で「それぞれ男女の人名が命名された」そで、「讃岐は男性で飯依比古」「阿波は女性で、大宣都比売」、「土佐は男性で建依別」、「伊予は愛比売」だそで、意味は「文字通りいい女」とな…かくて「「いい女」などという行政区の名称は、世界中にないのではないか」って、ホンマでっかぁーっ?

 ついでに言うと松山という地名の方は、「秀吉のころここに城と城下をつくった加藤嘉明が、正木(松前)の城からいまの松山城の丘に城を移したのだが、赤松の美しさを見て松山と命名した」のだそな…

 まっそんなこんなで、土佐街道、今でしょ(死語?)では国道33号線を下る旅に出るぅーってか(笑)

続きを読む "ひなたみち?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月22日 (木)

カッチ、カチやで(笑)

街道をゆく 十三  司馬遼太郎  朝日新聞社

 今回の旅は、街道というより海道だろか?本書、たいていいつもタクシーで移動とゆー事で、その土地の道を走るみたいなノリは、これまたいつもの事なんですが、本書での移動もメインはタクシーなんですけど、土地感がないせーか?その移動距離がピンと来なくて、歩きましたとか、タクシーで行きましたとか、バス貸し切りましたとか、出てくるんですけど、それはどこ?みたいな…何か、道からしてもバスが通れないみたいなのもあるみたいで…島における道路事情って一体どーなっているのか?これまたピンと来てなくて申し訳ない…

 そんな島、島国ってどこよ?とゆーと、壱岐と対馬なんですよ、奥さん(誰?)対馬は何となく玄界灘の中にあるみたいなイメージでこれまたいたんですけど、壱岐と隠岐が今一混乱している情けなさで、壱岐って対馬と九州の間にある島だったと、今回初めて位置関係を確認した体たらく…いやぁ名前だけ知っている島って、実際海のどこのあるのか?把握していないとこ多いよな…五島列島とかもどの辺か今一だよなぁ…

 とはいえ、この二つの島の歴史は古いでして、それこそ上代の昔から日本の国の人だものの世界であった模様…だいたい「上代、国都の制ができたとき」から「一国として遇せられた」ですしおすしで、しかも古事記の国生みのとこで「「次に伊伎島(壱岐)を生みき」「次に津島(対馬)ほ生みき」とあり」でして「この二つの島が上代から十分の認識をもたれていた」とな…

 そして、この二つの島は全く形状の違う土地柄とゆー事になるらすぃ…「対馬は海面からいきなり鋸の歯を乱立させたような山国で、水流もすくなく」て、農耕には不向きの土地だったのに対して、「壱岐は、全島のすがたがカレーライスの皿を伏せたように平たく、多少の水流もあり、どこをとっても田畑ができる」そな…

 でもって壱岐は「むかしから野道が丘や野を越えて網の目のように発達している」のだそな…更に「壱岐は、どこを歩いても風が野と段丘と林を吹きわたっている」そで…後、歴史的な遺物の果てでは狼煙台があったらすぃ…この島だけで14台もあったゆーから、凄い…白村江の戦いの後、防人とか、まさにここは日本のリメスの一つだったんだなぁ…

 ちなみに今でしょ(死語?)だとこちらは長崎県になるらすぃが、県内で「二番目の広潤な平野で、穀倉地帯」なんだそな…ちなみに「戦国末期から明治維新まで壱岐は平戸藩の領地」だったそで…

続きを読む "カッチ、カチやで(笑)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月20日 (土)

凸凹?

水が教えてくれる東京の微地形散歩  内田宗治  実業之日本社

 コピーは、凸凹地図でわかった!なんですが、都内の地図を見てどよ?とゆーガイド本かなぁ?でもって、凸凹地図とあるよーに、高低差が分かる地図、というか、CG?を見ると、東京って、高台と谷の街だったんだなぁとゆー事が丸わかりってか(笑)どゆ事とゆーと、駿河台とか、目白台とか、台がつくとこは高いとこで、逆に渋谷とかは低いとことゆー…

 普通の地図だと高低差は殆どわっかりませーんだし、等高線で示されてもピンと来ないのが普通じゃね?地形って難しい…けど、こゆCG的におこしてみると、なるほろ東京って事になるのか?川もそうだけど、鉄道路線が見事に地形とそうように出来ていておろろいた?山手線のラインは何で綺麗な丸じゃないのか?は地形見ろよって事だったんですねぇ…

 そんな訳で、東京見えてしまいましたですけど、それにしても、東京の地形って、江戸幕府が造ったものだFAなんだろか?とにかく大きく変わったぁーっとゆー事らすぃ…で、何が変わったかとゆーと、「①川を引っ越しさせ、海を埋め立てる」「②川を征する」「③川(上水道)を作る」「④川を変身させ、城を守る濠とする」でして、都市計画って、まず水を征する事なんだかなぁ?上下水、これ大切…でもって、川の氾濫をおさえろってか?

 それにしても飲み水とか隅田川が流れているんだから、そこから引けば簡単じゃんと思ったけど、標高的に隅田川って低いとこを流れていて、そこより高い江戸の土地にもってくるにはポンプが必要だけど、当時そんなもんありまへんえで、遠いお山の高いところから延々引いて、重力サマの言う通りの水道川?管?を作るしかなかったのか?山の水源から重力で街まで引くって、何かローマの水道橋を思いだしてしまいますた(笑)モーターやポンプがなければ、重力を使う、これが古代の昔からのジャスティスなんですねぇ…

続きを読む "凸凹?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月12日 (火)

遠つ川?

街道をゆく 十二  司馬遼太郎  朝日新聞社

 今回のぶらり街道旅は、十津川街道だそで、土地勘が全然ないのでアレなんですが、地図見る分には、奈良から和歌山、三重の方に下る感じだろか?何か、ある種ニッポンの秘境発見?探検?みたいなノリに見えるのは気のせいか?紀伊半島の内陸部って一体?

 取り合えず、十津川郷とは「いまの奈良県吉野郡の奥にひろがっている広大な山岳地帯で、十津川という渓流が岩を噛むようにして紀州熊野にむかって流れ、平坦地はほとんどなく、秘境という人文・自然地理の概念にこれほどあてはまる地域は日本でもまずすくないといっていい」そな…

 それにしても十津川って村なのか?21世紀の今でもそーなのか?は知らないが、本書発行当時は、「昭和初年までの東京市のひろさにほぼ匹敵する」大きさで、「「村」としての面積の日本一だが、人口密度においても一キロ平方あたり十数人で、古来、その過疎ぶりまでが日本一だとして村人たちは自慢する」のだそぉ(笑)

 そんな十津川の歴史は、「土地の伝説では、天武天皇が大海人皇子とよばれたころ、天智天皇の近江朝と皇位継承権をめぐって対立し、吉野に隠棲した。のち吉野方の兵などを動かしてついに近江朝をたおす(壬申ノ乱・六七二)のだが、このとき十津川の兵も天武方に味方し、その功で免租されたという」という訳で、「免租どころか、上代から戦国期まで、交通の隔絶した大山塊であるために、中央権力の及ばない一種の政治的空白地であることはたしかだった」という土地柄らすぃ…

 まぁ太閤検地で検地はしたけど、その結果、免租地ですから…税が取れない程山の中とゆー事らすぃ…ちなみに「徳川期における大和盆地の大半とその周辺の山々は天領(幕府直轄領)であった」そで、「大和盆地の南につらなる十津川郷も、幕府にとって無収入の地ながら天領になり、大和盆地同様、五條の代官所の支配になった」そな…

 そしてそんな十津川郷の住民は「十津川農民のふしぎさは、下界の体制が自分たちを百姓にあつかおうが扱うまいが、主観的には全村が武士だと大山塊の中で思いこんできたことだった」って、ドンダケェー(死語?)ここまで聞いている分には、農民というよりも山民って感じがするんだが?でも、現地的には、でもそんなの関係ねぇー(死語?)を地でいっていらっさると…

 その一例としては、幕末、京都に「「十津川郷士」という集団が、小勢力ながらも存在しつづけた。市中に藩邸じみた屋敷をもち、どうせ借家であったろうが十津川屋敷などと称されて、十津川から出てきた連中が合宿し、御所の門の衛士をつとめていた。むろん全員が苗字を名乗り、帯刀し、士装していた。なんとも妙な一帯で、十津川村民というのは、本来、百姓身分なのである」ですしおすし…

続きを読む "遠つ川?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月18日 (土)

何千万という単一民族が、島の中の一ツ社会のなかで内緒ごとをささやいているような国(笑)

街道をゆく 十一  司馬遼太郎  朝日新聞社

 さて、今回の旅路は、肥前の諸街道って事で、唐津から長崎への道だろか?そゆ事で九州キタコレってか?まぁ今回は道というよりも津々浦々とゆー港巡りの旅のよな?土地勘が全くなのでアレなんですが、こちら海岸線が物凄く入り組んでいて、港がいぱーいといゆー事らすぃ…

 そんな訳で、「肥前は海岸線が皺ばんで、大小の入江が多い。紀元前、稲作農耕という新文明が北九州一円にひろがったとき、漁撈民たちは頑固に浦々に棲みつづけたることを固執した」そで、「中世にもなると、とくに肥前の西北角の浦々はことごとく剽悍な海賊の巣窟になったといっていい」で、海の時代来たぁーってか(笑)そして「中世末期に、世界史における大航海時代が勃興してくると、これらの浦々は紅毛南蛮の文化の受入れ口になった」そで、日本の西の玄関口ってこの辺りだったんだろか?

 ちなみに「平戸の海峡は十六世紀のヨーロッパの航海者のあいだでは日本名以外の名称で呼ばれていたし、また北松浦郡の湾の湾内にうかぶ鷹島は十三世紀の元寇のときの元軍の基地であったために、漢人から五竜山と名付けられたり、白骨山と名づけられたりした」そな…そーだったのか?ウルル?

 まぁともかく、著者達ご一行様は、福岡から唐津に入ると…江戸時代には唐津街道と呼ばれた国道202号を通って(笑)

続きを読む "何千万という単一民族が、島の中の一ツ社会のなかで内緒ごとをささやいているような国(笑)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月16日 (木)

まつりだ?まつりだ(笑)

東京イベントカレンダーガイド  講談社

 所謂一つの東京のガイド本と思われなんですが、本書的特徴としては、それが月別で一年間の行事を中心に仕分けされているところだろーか?例えば、今月、11月の場合だと、1-15日新宿御苑菊花壇展示公開(新宿御苑)、3日東京時代祭り(浅草寺周辺)、3日箱根大名行列(箱根町・湯本温泉街)、3-23日高雄山もみじ祭り(高尾山駅周辺)、17-8日秋葉神社鎮火祭(秋葉神社/向島)、23日炎天寺一茶まつり(炎天寺/足立・六月)、23日一葉祭(一葉記念館/台東・竜泉)、27-8日海雲寺千躰荒神秋季大祭(海雲寺/南品川)、28日小網どぶろく祭(小網神社/日本橋小網町)、最終土日曜玉姫稲荷神社靴のめぐみ祭り市(玉姫稲荷神社/台東・清川)、酉の日酉の市、20日前後の土日曜八王子いちょう祭り(八王子・追分町-小仏関所跡)、10月末から11月にかけての9日間東京国際映画祭が開催されている模様…

 11月というと、一年の中でもそんなに行事が多い月って方でもないよな、でこれですから、他の月のイベントに関しては、ええいずこの月も皆それぞれにいぱーいあるんですよ、奥さん(誰?)

 まぁ本気で探せば都内の場合、毎日どこかでイベントがのよーな気がするが?気のせいか?

 取り敢えず、新書サイズのコンパクトな本なんですが、ほぼ全ページカラーで、なかなかのデータ量だと思われですけど(笑)これが東京の暦とか(笑)

続きを読む "まつりだ?まつりだ(笑)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧